やっぱりアベ総理は2枚舌
20日金曜日の教育再生特別委員会で、中山成彬が長い発言をして、その中で慰安婦についてもずいぶんと自説を主張していました。
この方は「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の会長で、米国議会調査局の報告書では、歴史修正主義者の会を率いるものとして名指しされていました。
現内閣官房参与で、拉致問題に携わってクローズアップされた中山恭子氏の夫君。
話しには聞いていましたが、どのように歴史を修正しようとしているのか、今回のこの国会発言でよく示されたと思います。
「今日はテレビも入っていることですし」と言われたことから、中山氏の発言は、あらかじめ計算されたパフォーマンスであることがうかがわれます。
web上のビデオでは分かりませんが、テレビではこの中山氏を熱い眼差しで見つめていたアベ総理の姿が印象的でした。
報道によるとアベ総理は、二十六日からの初訪米を控えて、米ニューズウィーク誌とウォールストリート・ジャーナル紙のインタビューに応じ、従軍慰安婦問題につ いて「当時の慰安婦の方々に心から同情するし、日本の首相として大変申し訳ないと思っている。彼女たちが慰安婦として存在しなければならなかった状況に、 責任があると考えている」と述べたそうです。
首相が、慰安婦問題について、日本の「責任」に言及して謝罪の意を表明したのはこれが初めてとのこと。訪米を前に、米国世論の沈静化を狙った、と言われています。
食い入るように中山氏を見つめるアベ総理の眼差しは、あなたのおっしゃるとおりです、全面的にあなたのご意見に寄り添っていきます、というメッセージを発している、と私は受けとりましたが。
国内向けのメッセージと、国外、ことにアメリカ向けのメッセージ。このふたつが矛盾している。2枚舌です。
中山太郎氏は、慰安婦問題を「日本人が蒔いた種だ」と主張。
証拠としてあげたのは、1983年に出版された、嘘を書いたという吉田清二氏の著書。
そしてこの吉田某の著書で、初めて「従軍慰安婦」の言葉が出てきた、といっています。
だいたい、従軍慰安婦を否定する人は、この吉田某のことをよくあげます。私はそんな本を知りません。
私の手元にある『従軍慰安婦悲史』は1976年に出された千田夏光さんの書かれたもので、中山氏のいう吉田某の著書よりも6、7年前のことです。中山氏の言葉こそ、事実誤認がある。
また、よく、当時は「従軍慰安婦」なんて言葉はなかった、という主張がなされますね。
私はいわゆる「団塊の世代」と呼ばれる人間のひとりですが、「団塊の世代」という言葉を背負ってこの世に生まれたわけではありません。
私が生まれたときには、「団塊の世代」という言葉は存在していませんでした。でも、私という人間は、存在していました。
この言葉は作家の堺屋太一氏のネーミングによるもので、1976年刊行の『団塊の世代』でこの世に登場しただけのこと。
ですから、言葉がなかったからといって、そのものが、つまりその実態がなかった、ということは言えないわけです。
結局、教育再生特別委員会で、中山氏は次の3点を日本人によく理解してもらいたいこととして主張しました。
1.当時の日本では、売春が商行為として認められていた。
↓
2.当時の慰安婦はほとんどが日本人だった。
↓
(*ここで、三段論法もどきに論を進めて、当時の慰安婦はほとんどが商売だった、という結論を匂わせています。ただし、その結論は言外にあって、明言していません。
浅田次郎氏の著作と、宮崎在住の佐藤さんの手紙を披露して、女の子が買われていった話しを情に訴えかけるように長々と話していました。が、ついぞこの結論は『ご想像にお任せします」という形で示されるだけで、明言されませんでした。
国会発言で、言質がとられるのを回避したのでしょうか。
ついでにいいますと、この論は「証拠がない」という主張と重ねて、BBCの投書欄に殺到した日本人の主張の多くに見られました。ということは、従軍慰安婦の存在を否定したい人たちの主要な論点になっていることが推測できます)。
なお、生還した慰安婦の数等については、ここに詳しい)。
3.悲惨な境遇の女性たちに同情を禁じ得ない、大変だったのだと思う。
と、以上の3点でした。
これにつけ加え、当時の慰安婦の収入は大したものだった、という風なことも強調していました。何でも1,000円で豪邸の建った時代に、慰安婦たちの給料は月750円にも達したとかなんとか。
でもこの750円では何もできなかったに等しいと思います。なにしろ「軍票」で支払われていたのですから。
*追記: 軍票は現地調達のための手段に過ぎなかったようです。現地調達とは強奪。軍票は強奪を正当化するためのもので、領収書のようなものでした。
このページに詳しいです。
最後に中山氏は、
安部内閣は美しい国といいます。日本に住む私たちも、ほんとに美しい日本人になりたい。学力も、規範意識も大事です。しかし、気概を持たないといけない。気力も持たないといかん。私はそういう意味で、日本人同士、信義を大切にし、なんといっても先祖を敬うことも、私は大事だと思うわけでございます。
という話しでしめたのです。
慰安婦問題が、いつの間にか日本人の信義の問題、先祖を敬う、という話になってしまいました。講談なら、ここで拍手に湧くところでしょう。
ちょっとお粗末な国会講談。
でも、この話を信用している人もけっこういるようですね。
信用するというより、「信用したい」「信じたい」という気持が働くのでしょう。
印象操作の色濃い主張。世間の人たちの情に訴える話しぶり、そして内容。
こんな状況を目の前にして、暗澹とした気持にとらわれそうになるのも辛いですね。
国会での具体的な言葉は最後に掲載しておきましたので、参考までにご覧下さい。
なお、読みやすいように、私の方で適当に段落を区切りました。
↓ ランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします。

人気blogランキングへ
中山: 基礎学力もそうですが、私はここで日本の歴史教育について触れないわけにはいきません。
アベ総理も心中悩まされているのではないかと思うわけでございますが、今、米国の下院におきましてですね、日本のいわゆる従軍慰安婦の非難決議案が出ていまして、アベ総理に謝罪を求めているわけでございます。
この案文を読んでみますと、ほんとにひどいことが書いてあるんですよ。日本の兵隊達が若い女性を性的奴隷化したと、そして集団的暴行、強制中絶、そして性的暴力を加えた、20世紀最大の人身売買であると。だから、総理大臣に謝罪しろと、こういうことになっていましてね。
日本の国民のみなさん方はあんまりお知りになっていないかもしれないけれど、まさにそれが、今採択されるかもしれない、という話になっているわけで、とんでもないことだと、私はこのように思うわけですけれど、まあ、そもそも、この慰安婦の問題、私たちはあまり口にしない。なんていうんでしょう、そういう気持があるでしょう、お互い思いやって。
だけれども、国際社会において日本がそういう風な非難を受けていると、そういうわけであるならば、今日はテレビも入っていることですし、国民のみなさん方にも是非、理解していただきたい、と、まあ、このように思うわけでございます。
そもそもこの従軍慰安婦という言葉はもともとなかったんですけれどね。初めて出てまいりましたのが、1983年にですね、吉田清二という人が、自分は済州島において慰安婦狩りをした、強制連行をしたと、こういう本を書かれたんですね。
それをある新聞が大々的なキャンペーンを致しまして、それが一人歩きしたんですけれど、不信に思った韓国の、これは女性の記者でございますけれど、済州島に行って調査したら、そういう事実はなかったということがはっきりしたわけです。
後には実はこの吉田清二さんという方も、実はあれは嘘だったということを告白されたわけですけれど、これが一人歩きをしていると、これがまさに国際的な問題になっていると言うことを私たちはしらなけりゃあいけんと。そしてまた、日本の弁護士が韓国に行きまして、誰か従軍慰安婦の訴訟をしませんかと、こういう募集をしたんですね。
この問題というのは日本人が蒔いた種なんですよ。日本人が蒔いた種。そして歴代ですね、私は日本の外交にも問題があったと思うんですけれど、その場しのぎの対応をしてきた。そのことがですね、アベ総理の胸を痛めていることになるんではないかと、まあ、このように考えるわけでございます。
まあ、ここではっきりと申し上げた方がいいと思いますけれど、私は3つのことを申し上げたいんですね。
1つは、私たちは考えられませんが、当時は売春というものが商行為として認められていたわけですね。そのことを私たちはまず知らなければいけません。
2つ目は、慰安婦と言われる方々は日本の女性だった。私はこの浅田二郎さんという作家は大好きで、いつも読んでますけれど、一番最近の買いました本の中で、これは『月島慕情』という本でございますが、最初にこういう文がございます。
明治26年の巳年の生まれだからミノと名づけられました。故郷の村には同じミノが何人もいたが、一回り上の大勢いたはずの同じ名前の娘達は、ミノが物心ついたときには、皆姿を消していた。一つ年上のタツも……雪が解ける頃、何人もの人買いがやってきて、小学校を終えた娘達を連れて行くのだった。行き先のほとんどは上州……の製糸工場だったが、とりわけ器量の良い子は、東京へと買われた。そういう娘は値が違うから、家宝だと噂された。
こういう風な文章があります。私の宮崎の……佐藤とうりょう(表記が分かりません)さんという方がですね、バブルで40年近く自分が育てたゴルフ場が外資の手に渡ってしまった。その方からこの間手紙が来ました。……なんとか、観光宮崎が蘇生して欲しい、まあそういうような……その文章の一番最後にこういう言葉がありました。私は小学校の時、同級生の女の子が売られていったことを忘れることができない。佐藤さんが好きな女の子ではなかったかな、そのことを88歳になっても、佐藤さんまだ思い出している。そういう時代だった、と言うことを私たちは知らなければいかんと思うのです。
3つ目に申し上げたいのは、総理もいつも言っておられます。悲惨な境遇の女性達に同情は禁じ得ない、大変だったのだと思う。まあ、その当時でございました。こういったところにも書いてあります(と浅田次郎氏の著書を手でそっと叩くように示す)。とまあ、深い意味で、沈んでなかなか上れない、たくさんの方がいらっしゃったことも、事実でございます。
まあ、しかし、一方、そうじゃない、ということもあるわけでございまして、これはまさにアメリカの主張にあるわけでございますけれど、第2次世界大戦中にですね、日本が占領したところを、次にアメリカが取り返していった、奪い返していった。ビルマの戦線でですね、アメリカの情報部が調べた記録が残っている。それによりますとね、慰安婦が1ヵ月、売り上げが1,500円。これを経営者と慰安婦で半々、5分5分でとっていた。だから750円慰安婦の手取りだったと。
当時、一般の兵隊さん達の給料というのは、7円50銭。軍曹が30円だったそうでございます。7円50銭と750円。百倍の違いがあるわけですね。
まあ、私たちの給料が今30万とすると、3,000万ですよ。こういう儲かる商売だったというのも、実は事実でございます。
先ほど、日本の弁護士が韓国に行って、従軍慰安婦の訴訟をしませんか、と言った人がいらっしゃいます。その女性の方はもう一つの訴訟も起こしていました。これは何かというとですね、戦後預金を封鎖された、これを返してくれ、と言う、そういう訴訟でございます。その金額はなんと26,000円でございます。当時の金では1,000円あると豪邸が建ったそうでございます。ですから26,000円というといかに大きな金額であるかと、で、こういう事実もあるわけでございまして、そういったことも、私は日本人としてしっかり知っておかないと。
私は何を申し上げたいかと、安部内閣は美しい国といいます。日本に住む私たちも、ほんとに美しい日本人になりたい。学力も、規範意識も大事です。しかし、気概を持たないといけない。気力も持たないといかん。私はそういう意味で、日本人同士、信義を大切にし、なんといっても先祖を敬うことも私は大事だと思うわけでございます。
ほんとに大変な想いをされた女性の方々のですね、尊厳を大事にすることも大事ですけれども、日本人の尊厳、特に前の大戦で命を落とされたたくさんの兵士の方々、あるいは広島、長崎、あるいは大空襲で命を落とされたたくさんの日本人。あるいは満州で150万の日本の方々が悲惨な体験をされた。そういったことにもですね、やっぱり思いを致して、私たちはこの国造りをしなけりゃあいけない、そういうわけで一寸時間をとりましたが、申し上げたわけです。
伊吹文科大臣に申し上げたい。今年も高校2年生の歴史教科書に、まだまだ、従軍慰安婦とか強制連行という言葉が残っているんです。
アベ総理、われわれはずっと、この言葉をなくしたい。なかった言葉が教科書にあるんだからなくそうという運動をしてきて、幸い中学校の歴史教科書からこの文言は消えました。しかし、高校にはまだ残っている。
私、担当官に訊きました。どうして残っているの? いや、小中学校と高校は違うんです。
何が違うんか? 小中学校の教科書は無償だけれど、高校の教科書は有償だから、あんまり文科省としては強く言えないんだ。
私は呆れました。検定制度とはそういうものですか?
伊吹:私はそういうことはいっていないと思いますけれど、日本という国は議員内閣制で動いているわけですから、各々の正当のイズムで教科書を云々することは、私は適当でないと思っております。したがって、ご承知のように、検定教科書審議会という客観的な判断をしていただく判断を、まあ、家永判決においてもそうですけれど、文部科学省はそれを尊重するというか、その意見によって合格を判定すると。したがって、今回のことについても、アベ総理も私も検定についてひと言の言葉も挟んだことはありません。
政権が変われば教科書が変わるほど、日本は怖い国であってはならないと、私は思っております。ただ大切なことは、一方的な思想によって教科書の事実が歪められてる、ということだけは正さなければいけませんから、書かれているないようについて、両論あるという場合はですね、両論をかならず併記して貰わなければならない。あるいは、一方的な記述は止めてもらわなければならない。そのことだけは、これから白紙の状態で学んでいく子どもには、しっかりと中立的立場で、教科書というものを客観事実にそって作り上げていくということだと思います。
いろいろ政治家も、特に最近の政治家も日本国民も、歴史を見る目はひとりひとり違うと思いますので、各々のイズムによって批判をしたり、逆に各々のイズムによって検定結果を逆の意味で批判をするというのは、私はあってはならない。ですから家永裁判においてもどのように判決が行われているかというと、学術的、教育的、専門的判断とされ、文部科学大臣は、合意の決定は同審議会の答申に基づいて行われるものと、で、私はこのことに忠実に理解をし、実行してまいりましたので、両方の立場から批判を受けるというのは、私の職責からいえば当然のことだと思っております。
中山: 戦後60年経って、封印されていたものが、いろいろ記録等が出てきているんですね。それに基づきまして、いわゆる歴史研究家、その方々の研究も進んでいます。そういう意味でですね、客観的な歴史的事実、これを勉強して欲しいと、検定をやっておられる方々が。伊吹大臣の立場は私はよく理解できます。ですから検定にあたられる方々も新しい研究成果をしっかり勉強して欲しい、学んで欲しいということを要望いたします。
そしてアベ総理、ぜひですね、日本人というのはすぐ、謝るんですね。謝ったら、謝ったのに許さないのはまたけしからん、とまた怒られるくらいですけれど、国際政治においては、謝ったらどうしてくれるんだと、賠償はどうしてくれるんだ、という話になるんです。われわれ日本人は、ダブルスタンダードの中で生きていかなければいかんな、とこう思うんですけどね、黙っていたら認めたことになるんですからね。
私はやっぱり美しい国は強くなければいけんと思うんです。これからも、違ったこと、間違ったことについては反論していく、そういった勇気が必要だと、そのように考えるところでございます。
で、そういう国際化というのでしょうかね、日本人というのは井の中の蛙みたいに、なかなか国際化に馴染みにくい。それで私は英語教育についてですね、私はこれを大臣にお願いしたい。
(これ以降、シンガポールの例を出して、ネイティブに耳から口から英語を教えることが大切だという主張が続きます)。






