自民党高市早苗氏主導のネット規制の危うさ 高校PTA連合会会長も法案に反対
昨年11月、言い出しっぺの総務省が、「未成年者が使用する携帯電話における有害サイトアクセス制限サービス(フィルタリングサービス)の普及促進を図るため」携帯電話事業者3社(エヌ・ティ・ティ・ドコモ、KDDI、ソフトバンク)と電気通信事業者協会に対し、自主的取組を強化するよう要請したことから一気に流れができたような感じです。
が、今年1月末には、当の総務省が“過剰規制”がある、と問題視。
この時問題になったのが、ドコモとKDDIが採用した「携帯電話会社の公式サイトから、有害の恐れのあるサイトを排除し、残ったサイトの閲覧を許可する『ホワイトリスト』」というフィルタリングのやり方だったようです。要は、携帯電話会社が推奨するサイトしか見れない、というもの。
これにミクシィや楽天が異議を唱え、総務省は「4月をメドにフィルタリングの在り方について検討会の中間報告をまとめ、原則としてブラックリスト方式を適用するよう促していく」ということで対処。
さらに2月には総務省、警察庁、文科省連名で「携帯電話におけるフィルタリングの普及促進について」という文書を発表。
本日、総務省、警察庁及び文部科学省は合同で、インターネット上の有害な情報から子どもを保護するため、都道府県、教育委員会及び都道府県警察等に対 し、携帯電話におけるフィルタリングの普及促進について、学校関係者や保護者をはじめ住民に対する啓発活動に取り組むよう依頼しました。
というものです。
自主的規制を強化しなさい、と言いながらも自主的な強化しすぎに慌て、さらに普及促進を唱えてその啓発運動に取り組みなさい、というこの総務省のバタバタぶりも、ネットに規制を掛ける難しさを表している気がします。
こうした動きに、まるで手ぐすね引いて待っていたかのように、すかさず乗り出したのが自民党・高市早苗氏とか日本ユニセフ協会のアグネス・チャンあたりでしょうか。
そもそも、コイズミ政権時代の郵政民営化騒動の結果で、もっとも先鋭的に、もっとも確実に、現実として私たちの目の前に突きつけられているのが、衆院での自民党勢力の異様な膨張であり、それから生じる、いわゆる“ねじれ国会”でしょう。
あの異常ともいえる勢力の膨張分の一つの核が、この高市氏かな? もともと選挙にそれほど強かったわけではないですし。
そんな高市氏がテレビ出演したり、あらゆる手練手管で音頭をとって推進しているのが、ネット規制。
そう、子ども相手の携帯電話の世界だけとは限らず、大人が使うネットの世界も視野に入れられているようです。
「『自主規制では不十分』青少年ネット規制自民法案、高市早苗議員に聞く」 というNIKKEI NETの記事を読むと、そのあたりのことが分かり、怖さが実感できます。
――パソコンからのネット利用も規制の対象としています――という問に対して、
家出サイトや学校裏サイトは携帯電話からの利用が中心ですが、残虐な写真やわいせつ画像などの多くはパソコンで見ているという統計があります。放置しておくわけにはいきません。
と高市氏は答えています。さらには、
大人にもフィルタリングをかけたいということでは決してありません。大人は自分の身は自分で守るしかないですから。
大人も含めて、端末購入の際は最初からフィルタリングをすべてかければすっきりしてわかりやすいのではと考えました。利用者が大人であればその旨申請してはずせばよいだけなので、手間はかからないと思います。
と述べる高市氏。
おかしいではないですか。
経済の世界では、むやみやたらと規制を撤廃して強いもののされるがままに泣く人が後を絶たないというのに、市民生活に手枷足枷をはめようとしているのは。
この方が法的規制をすべきだとする論拠は、世論調査らしい。
自民党内でも自主的な取り組みに任せるべきだという意見もあるのは確かです。ただ、実際に携帯サイトをきっかけとした犯罪が後を絶たず、昨年の内閣府の 世 論調査でも9割以上が有害情報を規制すべきと考えているとの結果が出ています。自主的な取り組みだけで100%効果があるならば、こういった結果にならな いはずです。
……
先の安倍内閣でITや科学技術の担当大臣としてインターネットを振興する立場でしたから、ここにきて世論調査で有害サイトを規制すべきとの声がこれだけ多いことにショックを受けました。こういった問題に対処できなかったことにとても責任を感じたのです。
こうした問題についてはこちら、「高校PTA会長がネット規制法案に反対する理由」をぜひお読みください。
高等学校PTA連合会の高橋正夫会長のインタービューでは、以下のように伝えられています。
ネット規制を望む根拠として、出会い系サイトなどでの犯罪のほかによく利用される内閣府の「有害情報に関する特別世論調査」の結果についても懐疑的だ。
「9割以上の人が何らかの規制を望んでいる」とマスメディアで紹介されることが多いが、実態を知らずに答えてい る可能性があることは「携帯フィルタリング『強制反対派』に支持が集まらない理由」にも書いた。高橋会長は「高校生について90%はありえない。よくわか らない数字が独り歩きして『保護者の希望がこうだ』と言われても困ってしまう」と反論する。
(赤字で強調はとむ丸)
またPTA連合会が行った「デジタルメディア社会における子供の健全育成」とのタイトルでのPCや携帯について高校生、保護者の意識を調査の結果は次のようだったそうです。
アンケートには生徒3881人、保護者2601人が回答。報告書によれば、「ネット上でいじめを受けたことがあ りますか」との質問には93.6%が「いいえ」と答えている。「もし携帯が使えないとしたらどう思いますか」という質問には半数が「それほど困らない」 「まったく困らない」と答えた。
高橋会長は「若い子がみんな同じように携帯で問題を抱えているかのように報道されたり、語られたりすることが非常に悔しい。みんなが携帯やネットを使っているわけじゃないんです」と実情を訴え、問題はメディアリテラシー教育にあると分析する。
小学生と高校3年生が同じフィルターというのはおかしいでしょう。
……
高校の教科「情報」についても、実際に授業で教えられているのは、単にPCリテラシーであって、メディアリテラシーではない。そのことを高校生も保護者も分かっていない。
……
さて、Niphoneseさんは「そもそもこの法案を作った人々は,コンピューターやインターネットについて一体どの程度の知識を持っているのか,という素朴な疑問を抱いている」と言われます。
つまり、海外サイトについて有害指定がなされた場合に,青少年のサービス利用を規制することは法的に可能なのか? また、フィルタリングソフトのPCプレインストール義務化にしても、プレインストール機を使わず、自分でOSをインストールした場合などは、規制は無意味になってしまう、といった趣旨のことを言われてます。
そういえば、以前に私は、国境なき記者団の「反体制派ブロガーのための手引き書」を訳してまとめておりますが、その気になればいくらでも“検閲”を逃れることができる、ということです。
(なお、この手引き書のまとめについては、たしかまだ最後の部分は訳してなかったと思います。それでも、いろいろと網をかいくぐって活動することはありえるのだ、と感心してしまいました)。
ただし、私たちのような一般ブロガーは、おそらくそこまで面倒なことはしないし、したくない、というのが本音でしょう。
逆に、悪意があればいくらでも暴れることができる、ということ。
現に、いろいろと対策が講じられているのに、相も変わらずスパムは後を絶ちません。
結局、規制されるのは私たち一般の国民、ということになりそうです。
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税について、あらためて考えさせてくれた都知事イシハラ氏
「カネは都の税金だよな。それまでして○○したいかね」
というせりふは、そっくりそのまま、イシハラさん、あなたにお返ししますよ、と思わず反応した人は多いのではないでしょうね。
このイシハラ氏、己の信条を政治行動のバックボーンにしているような人ではなく、ただ大衆の溜飲を下げることだけでそれなりの支持を維持してきた人でしょう?
私もこれだけの税を使ってパンダにこだわるのはおかしいと思いますが、それを税云々とこの方にに言ってもらいたくない。
豪遊とかイシハラ銀行とか、公私混同のまるで暴君の為政者がよく言えたものだ、と別な意味で感心してしまいました。
これは彼がまったく分かっていないのか、それとも意図してやっていることなのか。
分かっていないのだとしたら、こんな愚かな小皇帝をトップに戴いた日本の首都の不幸であると同時にそうした選択をした首都の有権者に、今の私たちの国のありさまを見る気がします。
意図していることだとしたら、世の中の不満や疑問を吸い上げる嗅覚だけでこれまで世間を渡ってきた人なのでしょう。
「職員会議で教職員による挙手や採決の全面禁止」という、教育の場ではおよそ考えられないような通達のそもそもの出どころであるイシハラ都知事の暴君ぶりを知るにつけても、なぜこんな人物ができあがったのか、ちょっと興味がありますね。怖いもの見たさ、かもしれませんが。
そういえばこの方が名を連ねる日本会議ですが、そこの草の根会員の話を聞かされたとき、思わずのけぞったこと。
原油高騰でガソリン代灯油代の値上げが私たちの生活にも影を落とし始めたことが話題になって、年金基金などの投資家やヘッジファンドなどの投機資本が原油先物取引に参入しているからだ、という話しになったとき、件の日本会議草の根会員は、資本と聞いただけで俺は受けつけないぞ、と口にしたこと。
「資本」ときくと、『資本論』を著したマルクスなどを思い出すからだそうです。彼の頭の中では、資本主義は善、社会主義は悪、という価値観がしっかりと根を生やしています。
ワーキングプアだっていて当たり前。格差はあってよし。その理由は、格差をなくそうとしたら社会主義になるからだ、と断言したのも件の人物。
この論理の飛躍には対話は不可能、と今更ながらに思い知ったことでした。
イシハラ氏の論理と相通じるでしょう?
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祝祭空間としてのヤスクニ
今日プールで泳いだ仲間はおじさんたちが多い。
いつからガソリン上がるんだぁ?
といった調子。
本当に再議決するのでしょうか。
自民党さんも公明党さんも、本籍地自民党の民主大江康弘・渡辺秀央のおふたりも、同じく民主の山下八洲夫さんも、こんな怒りを無視するんでしょうか。
さてさて、今日はガソリン税の話しではありません。
私がよく行く「katolerのマーケティング言論」にエントリーされている「私を靖国に連れてって!〜靖国アミューズメントパーク化計画」のご紹介。
katolerさんはそこで、「戦争パノラマを展示する見せ物小屋空間としての『靖国』」の話しをされています。
もともとは坪内祐三著の『靖国』で語られている、まさに目から鱗の靖国神社譚。
建立当初の靖国は大鳥居の下で日本で最初の競馬が連日行われたり、サーカス小屋などができてにぎわっていたそうです。
笑ってしまったのがこの写真。
TDLのシンデレラ城顔負けの様式建築物の前に時代がかった扮装の男女4人。男性の方はわらじ履きに股引・法被とおぼしき姿。ぜひ、katolerさんのページで拡大してご覧下さい。
靖国神社の付属施設、遊就館も現在の建物は昭和になってからのもので、明治期に最初に建てられたのは、イタリア人雇われ建築家カペレッティが設計したロマネスク様式の建物である、この写真のものなのだとか。
敗戦直後にはGHQとの間で実際にアミューズメントパーク化構想が持ち上がったことも、私には初耳。
なんだかんだ言いながら、私も含めて、みんなは靖国のことを知らなさすぎるのじゃないかしら、と思った次第。
だいたいが、西郷隆盛が唯一尊敬する人物だと明言し、この靖国神社を崇敬している稲田朋美氏は、ここに西郷隆盛は祀られていないことを知らないようですし。
現在の遊就館の姿は、靖国というものが、その出自から本質的に持ち合わせている「見せ物小屋」としての遺伝子が色濃く反映されたものと考えるべきなのである。
靖国という場所は、現在の左右によるイデオロギー論争の際などに、両者がアプリオリに前提としているような青白く痩せたものではなかった。特に昭和〜太平洋戦争時には「国家神道」というインチキ宗教の受け皿にさせられたおかげで、歪んだ姿になってしまった。
……
祝祭空間としての靖国の原点にもう一度還るのだ。
とkatolerさんが喝破していることに、思わず拍手。
そういえばつい60数年前まで、私たちの国は宗教国家でしたよね。国家の根幹に神道という宗教を持ってきたという意味で。
そんな国家の装置の一つが靖国であり、全国津々浦々にわたって学校に置かれた奉安殿でしょう。


←天皇・皇后の写真を安置した奉安殿。 ↓

戦時中の学校におかれた奉安殿に、子供たちは登下校の際、最敬礼をし、この前で行われるセレモニーでは、咳ひとつ、クシャミひとつ、ましてや鼻をすすることなどもってのほか。ひたすら直立不動で教育勅語を聞かされていました。
宗教国家というのは、国民を一斉に一つの方向に向ける意味では、為政者にとっていかにも都合のいいものでしょうね。
自分の思い通りに民を動かしたい、なんて、政治に携わる人たちがつい抱きがちな妄想なのでしょうが、いつもなにがしかの割合でそんな妄想の相手をしない人たちがいるわけです。これは政治のことに限りませんが、世間で主流になっている考えに“否”と言うのは大変なエネルギーが要ります。
どうしてそういうことが可能か考えますが、なかなか結論は出ません。
科学性・合理性が云々されたりしますが、それだけではない、ちょっと違う気がします。
やっぱり、何かおかしいぞ、という感覚をとっかかりにして、人と考えは違っても自分は自分、と考えているような気がします。
でも、そんな感覚はどこから生まれてくるのか? と思うと、やはり分かりません。
う〜ん、袋小路に入ってしまいそうだ……
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冤罪を生み出す環境をそのままにして規制の網ばかり広げ、目を細かくして、いったい何を捕らえようとしているの?
街に出ればいつもの見慣れた光景が広がり、耳に入るざわめきも毎度お馴染みのものだけれど。
昨日のスーパーではおばさん同士の連れが、みんな上がってるけんねえ、といいながら傍らを過ぎていきましたが、それだけではないのよ、という言葉が喉まで上がってきました。
市民生活に対する規制の網がどんどん広がってきて、その網目も細かくなってきていませんか。
なんでこんな社会に? という思いが胸いっぱいに広がって、“とてつもなく”気色悪い日本になっていくような気さえします。
自民党高市早苗氏がとりまとめたネット規制法案、
同じく自民党稲田朋美・有本治子両氏の映画『靖国』への横やり・上映阻止活動、
広告塔なのでしょうか、アグネス・チャンが旗を振る、国連ユニセフとは別物の“財団法人日本ユネスコ協会”の「児童ポルノ規制」と、自民党高市早苗氏が推進する児童ポルノ法改悪改正などなど。
なお、ネット規制、児童ポルノ法改正については民主党も関わっています。
「千葉景子総務委員長(児童買春・児童ポルノ処罰チーム法改正案検討チーム座長)、神本美恵子『次の内閣』ネクスト子ども・男女共同参画担当大臣、小宮山 洋子ネクスト文部科学大臣らの女性議員は2日、党本部でトーマス・シーファー駐日米国大使と『児童ポルノ規制』をめぐり意見交換し」、
「日本での法規制強化、単純保持を処罰の対象にした場合、警察権力の乱用につながることへの危惧も示され、このようなことがないことがしっかりと示せないといけない」という日本側の指摘に対して大使側からは、
「今虐待されている子どもを救うことを優先すべきではないか、乱用をしたいと思えば他のことでもできてしまう。保持の定義をしっかりするなど、乱用につながらない取り組みはできる、といった意見が出された」
等々。
民主党高井美穂氏は、
「 私が事務局長として議員立法を進めている『子どもが安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案』の中間報告が、民主党『次の内閣』で了承されました。
携帯やPCを通じてのインターネットに、子どもが犯罪に巻き込まれる情報が氾濫している状況に危機を感じ、一昨年秋、私が国会で初めて取り上げたのがきっかけです」
など、ご自身のサイトで述べている。。。
プロフィールを見れば、なんだ、うちの子と同じ歳……。
このくらいの若いお母さんたちって、いい子を育てたい、というエネルギーはものすごい。
でも、「禁止すればすべからくことはうまく納まる」ような錯覚を持ちがちなんだよなあ、とぼやきたくなります。高井氏がおかあさんかどうか知りませんが。
現行の児童ポルノ法の改定で問題になること、つまり「児童ポルノの単純所持の違法・処罰」化では、悪意のあるものではなく善意の人間が容疑の対象になる恐れが大きいことをどう考えているのか、納得できるような説明が見あたりません。
ただただ、児童ポルノは絶対ダメというだけ。
「『児童ポルノ法改正』に潜む危険」を小寺信良氏が分かりやすく書かれていますので、ぜひご一読下さい。ことに、氏も言われていますが、青少年に対する性的虐待をなくす、という目的が、なぜこうもすぐあぶなっかしい規制になってしまうのか、財団法人日本ユニセフ協会の怪しさもあわせて何とも理解しがたいところです。
今回の規制について、「自民党の『児童ポルノ禁止法見直しに関する小委員会』(森山真弓小委員長)は10日の会合で、性的な姿態を写実的に描いたアニメやCGなど被写体が実在し ない創作物について、規制を見送ることで一致した」ということですが、ご存じ高市早苗同小委員会事務局長はこんなことを言っているそうです。
速やかに法改正の第1弾を行うための現実的判断だ。 (毎日jp10日)
今回は見送っても、第2弾、第3弾があるぞっ! ということでしょ?
次回はどうなるか、分かりませんが、高市氏の胸の中ではもう決まっているのかもしれませんね。
こうして市民生活はいよいよ不自由になって、物価高と合わせて二重苦。年金の不備をあわせれば、三重苦です。
窒息しそう。
ほんとうに子どもたちのことを考えるならば、別のやり方があるはず、高市早苗さん
日曜の朝、家人のつけていたテレビに高市早苗氏が映ってました。
この人が出てくるときは要注意だ、と思って家事をしながら聞き耳を立てていると、どうやら学校裏サイトとネットいじめがテーマのようでした。
被害者らしき若者が何人か登場し、たびたび高市氏の顔が画面に大きく映る……胸騒ぎを覚えながらも不愉快さに耐えられず、サンデーモーニングに切り換えました。
学校裏サイトで理不尽ないじめにあった話しは、きっと本当の出来事で、ごく普通の中高生たちがネット上で同級生を陥れたり陥れられたりする現実は、たしかに今の社会の現実なのでしょう。
DISAMOND on lineには、そのあたりの事情が説明されています。
しかし被害にあってテレビカメラの前で自分の経験を口にする若者の前で、救いの女神のような顔をしてしたり顔で語る高市氏の姿に、なんとも違和感を感じてしまいました。
ニコニコする高市氏は、自分を中心にしてとりまとめたネット規制法案に大いに満足して、それを宣伝する目的でテレビ出演したのでしょうし、その宣伝に一役買うのがいつものフジテレビ、というとても分かりやすい構図。
で、この法案の問題点等についてはさまざまなところで取り上げられていますが、ヤメ蚊さんの所にも。
こちらでは自民党議員からも問題の指摘が相次ぐほどの“悪法案”ぶりが言われています。
萩生田光一内閣部会部会長代理が「基本的には、この法案が自民党の考え方である」と述べたそうですが、そんなことで、どこが「自由」で「民主」なのか、党名を変えて分かりやすくしてください、と腹が立ちます。
学校裏サイトのいじめの実態を訴えることでネット規制を容認させる世論を作り上げようとする高市氏の、規制すればことたれり、という認識は、そもそも「自由」と「民主」に反するでしょっ。
明治生まれの義母でさえ、人の口には戸は立てられない、と言ったものです。
物言わぬは腹ふくるる思いで、王様の耳はロバの耳よろしく、自民党は○○だ〜、高市早苗は○○○だ〜、と穴掘って大声でわめきたい誘惑にかられそう。
子どもが学校裏サイトでいじめられたら、私だったらどうするだろうか、と考えながらも、ネットいじめ対策を口実にした高市氏の卑しい動機にどうしても関心が行ってしまいます。
いつの時代も、ひとたび権力を握ればいかにそれを維持していくか、ということばかりに腐心する人の多いこと。自分ばかりが正義だ、とばかりに規制強化に乗り出す人が多いのには呆れるのですが、このごろ目につくのが、一連の女性議員たち。
一種の広告塔なんでしょうかね。
西のアン・コールター、東の高市早苗……なんて持ち上げるのもイヤだな。
育児と老親の世話に関して、経験者が語るのは圧倒的に悔やむ例が多い。
うまくやった、私はとてもいい娘だったとか母親だったとか話すのを、私は聞いたことがありません。みな、あの時こうすれば良かった、ああすれば良かった、という後悔ばかりです。
で、私が子育てについて後悔するのは、なんといっても当の子ども、つまり我が子の言いたいこと、言っていることに耳を傾けなかったこと。
もっと時間をかけて、子どもの背丈に合わせて腰を下ろし、相手の口から少しずつでも言葉が出てくるのを待つべきだった、と昔をふり返るたびに胸がチクッと痛みます。
ネット規制をする前に、教師や親もいっしょに、携帯電話そのものについてもネットの利用についても、じっくりと子どもたち自身に考えさせて、話し合うことが大切ではないでしょうか。ましてや携帯電話を利用する年齢になれば、考えること話し合うことこそが必要ではないでしょうか。
権力で規制を押しつけるのは簡単ですが、実際の効果は怪しい。むしろ、百害あって一利なし、になる可能性大。
大事なことは、自立した人間が自己を律しながら自分の行為・行動を決めること。この、自立した人間に育てるのが教育でしょう。
携帯電話を持つ年頃になれば、ケータイやネットについて導入前も導入後も、友だち関係から社会との関係までも子どもたち自身が考え、大人の懸念も伝えることが必要ではないか。
これには当然時間も手間もかかるが、規制だけでこと足れりとするのは、あまりに安直で「教育」の名に値しないのではないか。
と、まあ、そんなことを考えました。
ほんとうに高市氏が子どもたちのこと教育のことを憂えているならば、そう考えるのではないか、とも。
まあ、この方は子どもを育てた経験はないでしょう? とは言いたくありません。世の中には子どもを持たずともずっと愛情の溢れた人たちがたくさんいます。
それに大人は必ず子ども時代を経験しているわけですから、分からないときは自分自身に聞けばいいのです。
とにかく高市早苗さん、ネットいじめ対策をきっかけにして一般の市民に規制をかけよう、というのでは、ネットで被害にあった子どもたちへの、まさに冒涜になるのではありませんか。
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経済界の規制緩和と市民生活の規制強化が同時進行中?
コメント欄には、
「『反日映画』に、国民の税金を使うなど、家財没収の上、蟄居閉門ですね。この部長」
「有村治子議員 GJ!ですね。
この反日映画に750万の助成を決めた専門委員のメンバーをオープンにして糾弾しなければなりません」
等の意見がずらり。
でも、試写を見た議員の方々にもさまざまな感想がありましたし、「反日」と断定した人もまだ見ていないのでしょう? イナダ先生の意見はイナダ先生の意見。
「反日」の定義そのものにも異議がありますが、虚心坦懐に先入観を排して自分の目で見てみるのが一番でしょう。
もともと世で評判になったものにはちょっと斜めに構えてすぐにはとびつかない私でも、こうまで賛否両論入り乱れていろいろ言われているこの映画に、がぜん興味が湧いてきました。
もちろん、ぜひ公開をしていただきたいし、ぜひ見たい。
なお、有村治子氏の名前はよく覚えています。去年の参院選の時、下関の神社にポスターが掲げられてましたから。
山谷えり子、稲田朋美、そしてこの有村治子の3氏、みんな感じがよく似ているなあ、とポスターを見て思ったものです。
もしかしたらこの人たち、アグネス・チャンの「財団法人ユニセフ協会」と同様に「児童ポルノ禁止法」改定で単純所持に罰則で儲けようをもうけよう、という動きに関係するのかしら? と思って検索すると、有村氏がヒット。
鳩山邦夫法相は4日の参院予算委員会で、児童買春・児童ポルノ禁止法をめぐり、児童ポルノ画像を所持しているだけで処罰する規定を新設すべきだと の考えを示した。有村治子氏(自民)の質問に答えた。単純所持に対する処罰を求める考えは根強く、法相発言をきっかけに法改正に向けた動きが進む可能性が ある。
自民党がまとめた児童買春・児童ポルノ禁止法改正案の骨子案
・児童ポルノに関する禁止行為(製造、輸入など)に「(目的にかかわらない)所持」を追加
・「所持」の範囲の限定(「入手経緯が受動的で、保管していることを知らなかった場合など」の除外を検討)
・「所持」に罰則規定を設ける (朝日4月3日)
「目的に関わらない」とか「入手経緯が受動的で、保管していることを知らなかった場合など」とかの除外事例にあたる、と誰がどこで判断するのでしょうか。
最近は、経済界の規制緩和とは逆に、市民生活上のこんな規制強化話が多いですね。統一協会の純潔キャンディーを思い出したのは私だけでしょうか?
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またこの方か、稲田朋美議員
オランダの極右政党自由党の党首ウィルダース下院議員が、過去の大きなテロ事件とイスラム教の教えを結びつけた『フィトナ(闘争)』と題する短編映画を公開してイスラム世界の反発を招いているようです。
映画『フィトナ』そのものも 、「アラビア語に興味があります」さんによれば、誤解と曲解に基づいて編集された内容になっているようです。
こちらによると、ウィルダース下院議員よりエールを送られたデンマーク、ラスムッセン首相は、
首相及びデンマークは表現の自由を大切にするが、ヘアト・ウィルダースが描く価値観や視点を共有するものではなく、これとははっきりと距離を置くとし、信仰や民族的背景によって一定のグループの人を悪者とするような発言、振る舞い、表現を非難する。
また国連の潘基文バンギムン国連事務総長は、
不快なほど反イスラム的な映画の放映を最大級の表現で非難する。
差別発言や暴力の誠意道は正当化できない。表現の自由の権利の問題ではない。自由は常に社会的責任を伴わねばならない。
隔たりはイスラム教徒と西欧社会の間にあるのではない。少数過激派の間にあるのだ。
かつての日本は、大戦前夜も、戦争が始まってからも、きっとこんな風にメディアも社会も「自主規制」をしていって、自由と民主主義をどんどん譲り渡していったのだろうな、ということが実感として迫ってきます。
「表現の自由は尊重されるべきで残念だ」と述べる稲田氏は、してやったり、と今頃にんまりしているでしょうか。
町村官房長官の上映中止についてのことば。
いろんな嫌がらせや圧力で表現の自由が左右されるのは不適切だ。
稲田さんは言論の自由はしっかり護られるべきだとも述べており、そのことが上映中止につながったとは考えない。
こうも白々しくって軽い政治家の言葉。
町村氏も稲田氏の目論見どおりにことが進んでいることを分かっているくせに、優等生的な一般論で言い逃れをしている。。。
デンマークのラスムッセン首相や国連の潘基文バンギムン国連事務総長の具体的な言葉といい対照です。
試写会を要求した稲田氏は、事前検閲ではない、助成金の支払いが妥当であったか否かだと主張しますが、この方の日頃の言動から考えれば、何を意図していたのかははっきりしています。
神道と靖国を奉じるものとして、神の国の住民として、帝国と皇軍の過ちは一切認めない、というスタンスでしょ?
そんな自分の姿勢にちょっとでも触るようなことがあれば許さなーい、という不寛容の持ち主でしょ?
日本の神さまというのはそんなにケチで狭量なものなのか、とよく疑問に思うのですが、それは稲田氏たちが勝手に思い込んでいる神さまのせい?
こうした不寛容な考えに立つ人たちは、自分たちとは相容れないものあれば徹底的に排斥・排除して、社会的に抹殺しようとしますが、民主主義はそんな不寛容さまでも内にかかえ、存在を認めざるをえないですよね。
悪意のあるものがいれば、民主主義はいつでもその内側から攻撃可能なわけです。
自分たちは見境なく民主主義に寛容さを要求しても、自らが示す寛容さは最低限のもので、敵と見なしたものにはこれっぽっちの寛容さも許さない、というのが、“極”の字がつく理由かな?
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神話を背負ったブラックプリンス
そんなことを言う人がいたのだそうです。
先の参院選の投票行動について山口県の人と話しをしていたときに出てきた話です。
私にはかなりショックで、電話を切った後もしばらくの間この言葉が耳の奥で鳴り響いていました。
私の癖ですが、この言葉を発した人がどんな人か、想像してみます。
お年寄り? 高齢者で投票場に足を運べる人と考えると、大正生まれもそう多くはありません。昭和生まれの最高齢で81、2歳です。
戦争中の逼迫した生活を経験しながらも、大正生まれほど戦地にかり出されることがまだ少なかった世代かな?
いやいや、年寄りとは限らないぞ……むしろお隣のおばさん、お姉さんのような人たちが、あっけらかんとして言いそうだ……待てよ、女性とは決まっていない、男の人の可能性だってある……。
でも働き盛りの男性については、「もう、今回は自民党には入れない。民主党に入れてやるよ」という言葉が聞かれてもいましたし、積極的な林・アベ支持派だったら「アベさんがかわいそうだから」などという言い方はしないだろう……。
それからはロールプレーイングです。
おはようございました、と後半の「ご」を強く発音して折り目正しく挨拶する山口地方の以前のお年寄りなら、しっとりと優しく、「あべさんが可哀想だったので林さんに入れました」でいいけれど、今の年輩の人はどんな言い方をするのかしら?
おしゃべり中だったら「アベさんがかわいそうだから、林さんに入れたのよ」
それとも、「林さんに入れないと、あべさん、かわいそうよね」
とか?
こちらは真面目に政治を考えているのに、何をぼけたことを。本当に可哀想なのはいったい誰よ!
と一蹴したい気分でしたが、いかんいかん、‘民主主義’だ、人を馬鹿にしてはいけない、と自分の気持ちをなだめなだめて、思い出したのが「B層」でした。
「B層」については最近ではたんぽぽさんやkojitakenさんが書かれていますね。
らんきーブログさんはシリーズものです。先ずは「B層スパイラル」へ。
たんぽぽさんは「「B層=だまされやすい人」といわれています。
なるほど、アベ氏がかわいそうだ、とは完全に騙されていますよね。
ことに山口県では、3代も4代も前からアベ・岸・林に馴染んでいて、思い入れも人一倍なのでしょう。
日本の、ことに地方の年配者は律儀です。一度入れたら、その後も律儀に同じ投票行動をくり返しそうです。
‘辣腕’洋子ママの講演会に晴れ着を着ていそいそと出かける女性たちも問題の発言をした人も、やはり「B層」に区分けされそうです。
ネットではアベ氏について「バ○」「資質がない」「器でない」等々の言葉が飛び交っていますが、選挙区には「私たちの国のプリンス」と受けとめている人が少なからず存在するのです。一種の‘偶像’でしょうか。
そして偶像に憧れたり、偶像の存在に安心したりする人たちがいるのでしょう。偶像といってもその歴史は、岸信介の活躍した農商務省・満州国時代にまで遡っても100年にもなりませんが。
また岸信介が戦後、国を売るのと引き換えにCIAから‘cold cash’つまり「現ナマ」を得て、さらには統一協会と手を結び、孫のシンゾー氏は親の代から得体の知れない新興宗教とも関わり蓄財にも励んできたわけですから、プリンスはプリンスでも「ブラックプリンス」ということです。
積極派にしても消極派にしても、そんなこと気にしていない。信じていないし知利もしない人も多そう。テレビに映る気弱そうな我が郷土の王子さまがかわいそう、と思ってしまう。
なんでもシンゾー氏は政治家になりたてのころ、とても話しが下手くそだったといいます。今でもけっしてうまくはないのですから、お母さんはオーラがあって、あんなに話もうまいのに、どうして? と不思議がられたとか。
そんなシンゾー坊やがかえって気になったのか、総選挙ではいつも圧倒的な支持を得ています。父親の晋太郎氏がすんでのところで病に倒れて亡くなってしまったことへの同情みたいなもの、1種の判官びいきもあるでしょうし、郷土から宰相を、の願いも強かったことでしょう。
60年代末か70年代初め、友人が山陽本線の列車の中で目撃したという、「君はもう‘岸詣で’をすませたか?」としたり顔で語っていたという‘エリート’の卵たちとはまた異なるアベ支持者たちです。
山口県の特殊事情かもしれません。
江川紹子さんは‘岸真理教’という言葉を使っていましたが、「岸神話」といってもいい。
おそらくこの手の「神話」は、全国各地にみられるでしょう。キーになる人物が亡くなると、その瞬間から神話は生まれ育っていき、一定の人びとの間で共有される、という風に。
ただ、この神話はシンゾー君には重すぎる、という気がします。
神話を信じてシンゾー君は滞りなく祭祀を執り行おうとしましたが、見事国民から拒否されました。けれどこの神話があってこそのシンゾー氏なのですから、神話を否定することは自分を否定すること。否定したふりをしても、ふりだけなのはすぐばれます。
これからどうするのでしょうか。
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またまた数が正義?
これが、昨日のエントリーでもとりあげたアベ氏の問題発言。
この発言については立花隆さんがメディア ソシオーポリティクスで、「総理大臣による事実上の指揮権発動に近い発言」で、とんでもないものだ、と明言されています。
つまり、官邸(安倍首相本人かその意を体した周辺の人物)が、(緑資源機構問題に関し)捜査当局に対して、誰と誰を取り調べたのかを問い合わせ、これから誰を取り調べるつもりであるのかを問い合わせたことが、この発言からわかる、というわけです。
で、これを白川勝彦さんは、
問い合わせるだけで「現場では事実上の指揮権発動と受けとられてしまう」。
「指揮権発動のにおいが少しでもするような発言は、日本の政治世界では絶対の禁句なのである」
と言われています。
おじいちゃんみたいになるんだ、なるんだ、といってアベ氏が掴んだ総理の座。
でも、それにふさわしい政界の常識さえもこの人はご存じなかった、ということでしょうか。
もちろん、それ以前の人としての良識や見識も怪しいものですが。
これも以前お伝えしたことですが、2004年の参院選を控えた春、○価学会員がやってきて、年金はもう大丈夫、心配ない、信じて? と強調しました(もちろん私は信じませんでした)が、その後も年金問題は解決されることなく、むしろ当時以上の問題が露呈して今日に至っています。
それを例の5000万件の支給漏れ問題にとりあえず蓋をしたい自公民の、たった1日の審議での強行採決に、河野洋平衆院議長が、与党の賛成多数による可決を有効と認めながらも、
「国民にわかりやすい採決をお願いしたい」と述べ、議長裁定として「確認のための採決」を行うよう要請した」
ということでした。
毎日は第1面のトップに強行採決が「与党強行」という語を使った見出しで、第3面には河野議長の要請が掲載されていました。
他紙はどうだったのでしょうか?
これ自体は悪いことではないのですが、強行採決をこうも大きく報じることができるようになったということは、なにか別の意図があるのかな? と疑念が頭をもたげてくるのは、あまりの悪政に私の品性まで低下したのか、とこれまた別の心配が出てきます。
白川さんは「公明党との連立以来自民党はおかしくなってきている」といわれていますが、このことは自自公連立政権が9年前に成立した当初から言われて私の頭に刻み込まれています。つまり、自民党は公明党に食われる、と。
でも公明党の歯牙にかかったのは自民党どころか、結局私たち国民、ということになるのではないでしょうか?
数だけが正義だ、とでもいうような自民党・公明党が舵取りをする政治がどれだけおかしな日本を作ってきたことか、強行採決のあるたびに思い起こされます。
そういえば、27日のNHK日曜討論では、公明党の太田代表が、
今度の参院選では、あまり強く改憲を主張する人の応援には「躊躇する」
と言ったようですね。
公明党は、連立を組む自民党への牽制をしたのでしょうか。
それとも沈没しかける自民党丸からいち早く逃げ出そうとするネズミなのでしょうか?
民主党と水面下で交渉中などという情報もありますから、もしそうだとすれば、「ネズミ」の方ですね。
どことでも組める? 政治理念はないのでしょうか。
確か、平和を掲げていたと思うのですが、平和に反する法の成立にこれまでどれだけ力を貸してきたことでしょう。
折しも、昨日30日に発表された「グローバル・ピース・インデックス(世界平和指標)」では、日本は平和度別ランキングで世界5位だそうです(AFP より)。
1位はノルウェー、その後ニュージーランド、デンマーク、アイルランドと続いて日本はフィンランドよりも、スウェーデンよりも平和だそうです。
うそ! 嘘でしょう、と思わず呟く私。
この指標を定めて評価したのは『エコノミスト』誌が関係する研究チーム「エコノミスト・インテリジェンス・ユニットEIU」です。
このチームは以前も民主主義の成熟度調査で日本を20位と認定し、成熟した民主主義の国のひとつに数えたところ。
この時ずいぶん私の実感と異なるものだ、と当惑したものですが、今度の「平和度」では、「エコノミスト」はいったい何を見ているのだ、と腹が立ちそうです。
ちなみに、米国は121ヵ国中96位、ロシアは96位、イラクが最下位の121です。
日本は今にも転がり落ちそうな5位であることは確かです。
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カルト政権と憲法
明らかに戦前回帰だと分かるのに、明治憲法回帰だと分かるのに、「戦前は良かった」「大日本帝国憲法は良かった」と言いつのり、改憲のために、たった2割の賛成で改憲できるように、しゃにむに国民投票法案を通そうとするごり押し内閣の姿がいよいよ見えてきましたね。
自民党議員に強く根を張る神道政治連盟は、「現行の日本国憲法は、残念ながら日本人として自身(「自信」の間違いでしょう)と誇りを持てない恥ずかしい憲法です」と主張しています。
その理由は、まず「翻訳調であること、そして万国共通の原理や法則が通用するように謳っていること、現実離れの空言である」の3点。
万国共通の原理や法則が通用するように謳っているとは、「人類普遍の原理」とか「政治的道徳の法則は、普遍的なものであり」を、現実離れの空言とは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」を指しています。
つまり言い回しも翻訳であれば、そこに見える理念も翻訳だ、というわけです。
なんだか言いがかりに近いものがありますね。無理があります。
言葉遣いもその中味も翻訳だから、恥ずかしい。昔に戻せ、というわけですから。
人類普遍の原理などありえない。自分たちの唱える天皇中心の明治期から敗戦終戦までの世の中が現実的だ、といっているように聞こえます。
敗戦後も生き延びた「国体護持」というお化けが跋扈していているのが透けて見えませんか。
こう主張する人びとが本気でそう信じているというよりも、単なる方便になっているのではないか、というのが私がずっと抱いてきた疑問です。
国体護持を復活させるために、国体護持の周りをさまざまな言葉と情緒で飾り、魔術を仕掛けて人を罠に落とす。往々にして、真面目な若者がこの手の魔術にひっかかります。
一億総白痴化が心配されたテレビは、魔術のかかりを良くするための催眠装置です。
さて、権力欲を成就させるのには政治家ほど都合のよい職業はありません。早くいえば、与党の政治家ほど、権勢をほしいままにできる商売はありません。
その議員という身分を保ち、確かなものにするためには、手段も選ばずに手を尽くす、と考えてもおかしくありません。
おまけに議員であることは政治家ひとりの問題ではないでしょう。ひとりの政治家の下には、いったいどれだけの人数の人が身を寄せているのでしょうか。ひもを引っ張れば、家族にとどまらず、秘書から後援会、その他諸々の利害関係を持つ人たちが、きっとぞろぞろ連なって出てくるでしょう。
政治家とそれを取り巻く人たち家の子郎党は、日頃から自分たちの既得権益を「死守」するつもりで一丸となって戦ってきた人たち、といえそうです。
議員になるため、またその地位を守るためには、なんでも有りです。
節操の無さでよく話題になるのは山谷えり子ですが、私のところで最近話題になったのは、伊吹文明文科大臣。でもこの人たちは氷山の一角と考えるのが自然でしょう。
議員として生き延びるためには、支えてくれさえすれば何でもよし。節操のないのが当たり前。
今事務所費問題を抱えている松岡利勝は、1999年の『週刊現代』で統一協会系の秘書を4人抱えていたことを指摘されていて、いくら「ただ」だからといっても、後がこわいよ、と呆れたものです。統一教会系秘書の数を見ると衛藤征士郎の5人がダントツ1位でしたから、松岡利勝は第2位ということになります。
与党には宗教勢力の影が見えすぎます。
公明党を支えるのが創価学会だというのは周知の事実ですが、これに劣らず自民党もしっかりと宗教勢力に浸蝕されています。
自民党議員の多くと民主党議員の一部が所属しているといわれている日本会議には政界・財界・神道界のリーダー以外に、生長の家、モラロジー研究所、霊友会、キリストの幕屋等々の新興宗教団体が参加しています。宗教団体は動員力がありますから、選挙の時は大きな貢献をするでしょうが、当然、その見返りが期待されるでしょうね。
もちろん話題の石原慎太郎は日本会議ですから、こうした宗教団体が後ろに控えています。
数日前にNHKの画面に統一協会の合同結婚式に祝電を打った上に夫人までが出席していた保岡興治氏が出ていたので何事かと見ていると、衆議院憲法特別委員会が開会できなかったニュースでした。保岡氏は同委員会の自民党筆頭理事とか。
この方の秘書について1999年の週間ゲンダイでは統一協会系は0人となっていますが、祝電と妻まで送ったところをみると、かなり強い結びつきを疑われても仕方ないでしょう。
霊感商法で貧者からかき集められた金銭が、まわり回ってこうした議員のところにも一部流れる、なんて考えたくありませんが、可能性は大いにあります。
安部首相自身、慧光塾やら統一協会、観音様を立てた社団法人などとの奇怪な関係がいろいろ取りざたされています。
そして解せないのが、他宗派を排斥することで有名な創価学会・公明党が、連立を組む自民党のこの状態を黙認していること。
結局、政権の裏には、神道系・キリスト教系・仏教系を含む雑多な新興宗教に創価学会という一大勢力から統一協会までがうごめいている、というわけです。
ひとたび命令を下せば一糸乱れず指導者たちのいうがままに動く新興宗教の信徒たちの世界が、おそらく日本会議に集うこの国のリーダー達の理想なのではないか、と私は疑っています。
いつか知り合いの高校生が民主主義を否定するのを直に聞いたときは、跳び上がるほどビックリしてしまった私。曰く、大衆は馬鹿だ、民主主義は衆愚政治だ。
おかしいのは、この高校生が自分を大衆の1人としては勘定に入れていないことです。明らかに大衆の1人なのですが、本人の自覚としては、自分は大衆を指導する側なのです。あくまでも権力に繋がる存在としての僕、です。
日本会議に集う人たちの感覚は、これと似たようなものでしょうか。
これまで私たちは、神道政治連盟がバカにする日本国憲法、つまり現行憲法で守られてきたました。
歴代政権が「解釈改憲」によって外堀を埋めてきたのも確かですが、それでもまだ、ボリビア憲法に戦争放棄条項を盛り込むことを明らかにしたモラレス大統領のように、私たちの国以外の人たちにも希望を与えてきたのは確かでしょう。
(写真はモラレス大統領)

解釈改憲に飽きたらず、本当の改憲でとどめを刺そう、というのが日本会議や神道政治連盟の企図するところ。
そのためにはなんでもやる、という姿勢の表れが改憲手続簡略化法である国民投票法案。
ふー、今日の私のおしゃべりが、妄想でありますように。
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