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宗教法人は、何を根拠にしているのだろうか

ちょっと外出すれば、嫌でも大川きょう子氏のポスターが目に入り、違和感を覚えながら、つい、ちらっと観察。

 少々上目遣いで潤んだ瞳、半開きの口……う~ん、笑顔を作ったつもりなんでしょうが、ちょっと政治ポスターの印象はありません。 
 
 瞳にキラキラを入れるくらいの加工は簡単でしょうし、候補者は、特に女性候補者はかなりの修正をしている可能性がありますから、そのこと自体はどうということないのですが、選挙用ポスターで、なぜきらきらさせて潤んだ瞳に見せるということを選んだのでしょう?
 
 それに、普通は有権者にほほえみかけているものですが、彼女の目はこちらを向いてません。
 目は私たちを素通りして、どこか“向こう"を見ている感じです。 
 
 幸福の科学という教団の絶対権力者の妻であり、また自ら進んでこの教団が作った政党の代表に就いたわけで、何枚も何枚も写した中からご本人が一番気に入ったものをポスターに使用したのでしょうから、このポスターに写る自画像こそ、本人の一番満足いくものだったのでしょう。

 そんなご本人得心の傑作自画像が、どこか遠くにほほえみかけるポスターの姿。もしかしたら、どこも見ていない、見ているのは自分自身だけ、ということかもしれません。

 ここで思い出すのが、映画『尼僧物語』でオードリ・ヘップバーン扮するヒロインが鏡に己の姿を認めたとき、その行為が「虚飾の罪」にあたると他のシスターに指摘される場面。聖職者とは厳しいものだと、子供心に思ったものです。

 件のきょう子氏は教団の幹部にあってもとりわけ高位に就く人ですから、常に他人の視線を意識していることでしょう。おそらく、常に見られる人であって、見る人ではない。
 ではどこを見ているのか、といえば、彼女自身、自分自身に過ぎない。
 彼女は無数の信者の視線にさらされて、つねに宗教者を演じる必要がある。
 その上で、鏡としての信者の目と、見られる自分をさらに見つめる自分がある。
 そんな構図を私は想像するわけです。

『尼僧物語』流に言えば、虚飾の罪の最たるものなのかもしれない。
 しかし鏡としての信者の目を作りあげてきたのがきょう子氏含む教団そのもので、そんな鏡を通して自分を見るという信者と教団の相互の行為が絶え間なく行われて、なんだか化け物のような存在ができあがった。 そんな事情がポスターの党首自画像からうかがわれるのが違和感を感じる原因ではないか、とこのところ考えてます。

 まあ、ごく単純に考えると、聖職者と世俗のもの、とりわけ世俗権力の最たるものである政治家とは相容れない存在のように思われるので、政界を目指す宗教者というのは信じられない、というのが正直なところ。

 しいて理屈をつければ、宗教者じゃない、ましてや聖職者じゃない、単なる宗教関係者だ、ということでしょうか。それでも善男善女が信じ込んで祭り上げていますしね。

 こうした宗教関係団体の内容から、なぜ宗教法人として認められたのかということまで、分からないことだらけです。

 宗教が心/魂の問題としたら、“聖と俗"は“魂と金"の問題に帰するのではないかと考えると、宗教団体がどこまで“聖”と区分けできるのだろうか、区分けできるとしたらどういった前提があるのだろうか、等々、疑問が次々に湧いてきます。

 これは一度、宗教法人というあり方を根本から考え直す必要があるのではないでしょうか。


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上田知事の発言から日の丸・君が代を考える

埼玉県の上田清司知事が「日本の国旗や国歌が嫌いな教員は辞めるしかない」と県議会で発言したと報じられています。

 確かこの方、前回都知事選の時、超保守お仲間同士ということで神奈川の松沢知事と並んで石原慎太郎氏応援に駆けつけていましたから、いかにも、という感じですが、とにかく超保守の方々は粘りますね。

 国歌・国旗法制化が決まる時、1999年の小渕恵三首相は衆議院本会議で、

「国旗及び国歌の強制についてお尋ねがありましたが、政府といたしましては、国旗・国歌の法制化に当たり、国旗の掲揚に関し義務づけなどを行うことは考えておりません。したがって、現行の運用に変更が生ずることにはならないと考えております」

 と答弁しました。

 う~ん、微妙なところですね。(法制化をする国家の意図として)「国旗の掲揚に関し義務づけなどをおこなう」という表現からは、義務づけなどの対象として国歌斉唱は抜け落ちてます。。

 国歌法制化のずっと以前、すでに80年代に入る前に、君が代をジャズアレンジした音楽教員が処分されるなどというできごとがありました。
 このジャズアレンジの君が代は素敵でしたが、そんなもの‘とんでもない’という大声にかき消されてしまいました。
 またそれ以前には、たしか「上を向いて歩こう」の坂本九さんが歌った君が代が、歌い方がふさわしくない、気に入らない、と横やりが入って、新聞・雑誌紙上を賑わしたことも。

 まあ、そんな教育行政と社会でしたから、「現行の運用に変更が生ずることにはならない」という答弁は、半分以上は当たっているようです。

 で、問題は、この日の丸・君が代の扱いが、まるで「踏み絵」になっていることではないか、と私など考えるわけです。

 日の丸・君が代大賛成の方々は日本人の誇りを云々と声高に主張して私たちの自尊心をくすぐりますが、日の丸・君が代を強力に、というより強引に推し進めた戦前の体制、とりわけ昭和の戦争の時代の体制には、とてもじゃないが、誇りを持てない。

 なんだか、あの時代の体制を再び! と考える方々は日の丸・君が代を強制することで異議を唱える人々をあぶり出していると同時に、教育現場だけでなく、広く日本の社会にあの時代への郷愁を浸透させようとしているように思えます。

 あの、教育勅語が朗唱されている間はご真影を前に直立浮動して、鼻をすすることも咳払いも許されなかった教育現場と社会が、とても都合のよかった人たちが存在するのでしょうね。

 命令一下、その他大勢を好きなように動かせる、なんてそんな人たちにとって夢のような世界ですものね。
 
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定額給付金が選挙資金に化ける?

小司さんから
  
  ↑ 友人から届いた花束。

 この友だちは乳ガンの手術をして今年で15年目。この時すでに肺ガンも発症していましたし、その後脳腫瘍も併発。脳腫瘍は今年で13年目だったでしょうか。

 転移も何度か経験して、その都度放射線や温熱の治療を受けていますが、相変わらず好きなバトミントンを続け、今日も電話で元気な声を聞かせてくれました。

 明るいガン患者を自称しています。

(バトミントンは脳腫瘍発症以来すっかり下手になってしまったと嘆きますが、それでも1週間に数回楽しんでいるようです)。
 
 そうして、時にはこんな風にうれしい便りを。何だか、逆に私の方が励まされるようです。


 さて昨日、数日前に危険な状態になった叔母の見舞いに町を横断してびっくりしたのは、表通りから裏通りまで、とにかく公明党のポスターがやたらと多いこと。

 ここ1、2週間でぐっと増えたのではないでしょうか。

 そんな公明党のポスターが、2階屋の窓から、ぐーっと道路の上にのびた棒の先にくくられていたという話しが今日の平成海援隊のBBSにあります。

 そこまでして少しでも世の人々の目にとまってほしいとする涙ぐましい努力はどこまで効果があるのかな? という疑問が頭をかすめました。

 支持母体の創価学会を嫌う人には何のアピールにもならずにかえって不快にさせるだけですし、いわゆるF票が期待される人だって必ずしも期待通りに行動するとは限らないわけで、周囲の話しを聞いていると、常日頃からのつき合いがものをいうようです。

 で、ポスター張りひとつとっても、やっぱり公明党支持者自身が自分で納得いくまで、というか、ここまで努力したら功徳があるだろう、あってほしい、と気が済むまでやるだけなのかもしれませんね。

 でも、同じく平成海援隊BBSに出てきた話。

「実は例の定額給付金を、ある政党は選挙資金として支持者にカンパさせると言う構想を持っているという話があります。
これ有り得ないようであって、ありそうで怖い話です。
その為にある政党は選挙前の定額給付金給付にこだわっていると言う事です」

 ほんとうに、あってもおかしくないような話し。

 ありえる、と思える昨今の状況がコワイ。

 ポスターの話しぐらいではまだ笑えそうですが、こんな話しになると、顔が引きつって青くなりそう。
 
      
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演じるのは田母神前空幕長だけれど、脚本を書いたのは誰?

見事に脚本通りですね。

 田母神前空幕長の更迭劇

 更迭により、つまるところ定年。開き直り会見。 

 本人が辞職や懲戒処分への調査手続を拒んだので、定年退職にさせていただきました、という自衛隊側の説明が腑に落ちないのですが。
 本人が拒めば、処分の調査もしないで済むのですか? よくわかりませんね。

 見え見えの三流芝居の主役を務める大根役者は田母神俊雄空将。

 身を挺して抗議したのかと思ったら、己の身だけはちゃんと安全圏に置いて6,000万の退職金もきちんと手にすることになる。
 世間の注目も浴びる中で、日本会議に代表される右派勢力のかねてよりの主張を堂々と行う。
 
 怪しげな懸賞論文の審査員はあの渡部昇一氏。

 スポンサーはアパグループ。 

 で、脚本を書いたの誰でしょうか?

 それに、連係プレーの他の役目はどうなっているのでしょうかね。

「以前にも同趣旨の論文を書いている」
「知っていてあえて空幕長に任命したということは、非常に大きな責任がある」

 と民主党の小沢代表は述べていますが、そもそもこの田母神氏をひきたてて航空自衛隊のトップに据えたこと自体、シナリオ通りなのでしょう。

 田母神氏とぜんぜん違わない考えを持っていそうなアソウ太郎現首相とその閣僚たちも、表向きでは「政府見解と異なる」と断言してますが、それぞれシナリオ通りに役割分担して、裏ではガッツポーズかVサインをしているのじゃないか? と考えてもおかしくないかしら。

 万事うまくやってやるから、俺が「村山談話を踏襲する」「政府見解と異なる」といっても、文句言うなよ、怒るなよ、なんて。。

(正確には、村山談話を「ふしゅう」するでしたっけ? 

 アソウ太郎氏、67歳。

 年をくった分だけアベ晋三氏よりも現実的で、ゴルゴ十三で権謀術数を学んだ分だけ、マキャベリスト。

 脚本家は別にいそうですが、こんなシナリオを書く悪知恵があったら、もっと知恵を使って外交術を学んでほしいと思う。


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《いい訳と自己弁護の部分》のみを抽出した田母神論文+不愉快なアパグループ

航空幕僚長を更迭された田母神氏。

 この方の書いた“論文”とやらがあまりに低レベルなことに識者の方々があきれ顔ですね。
 でも専門家に限らず一般人の私たちでも、義務教育の段階からそれなりに勉強していれば、当然分かること。

 航空自衛隊のトップが、その分かるべきことを分かっていなかったことをどう解釈すればいいのか、まったく面食らってしまいます。

 中高での歴史の勉強がおざなりだったのでしょうか?

 それとも、いちおう教科書にあることは試験に出るので勉強したにしても、別な場面で、歴史とはいえないようなお話を読んだり聞いたりしたのでしょう?

 あるいは高校卒業後、つまり防衛大に入学・卒業、自衛隊入隊後のどこかの時点で、反歴史というか逆の歴史を教えられたのでしょうか?

 実は昭和23(1948)年生まれの田母神氏が育った時代は、復興に励み高度成長を実現するという、戦争経験者が、現役でバリバリと働いていた時代です。
 戦争経験者には前線に出て戦場を体験した人もいれば内地に留まり銃後の守りを担った人もいますが。

 みな、民主主義への希求は大きいものがあったと思いますが、同時に戦前・戦中しっかり植え付けられた忠君・愛国の思想や感覚は残っていました。

 また何よりも、戦争を遂行した、あるいは戦争遂行に協力した責を、一人ひとりの日本人がどのように自己の内で解決したのか、という問題があります。

 大東亜共栄圏とか八紘一宇とかのイデオロギーを否応なく教え込まれ、侵略戦争も正義の戦争だと信じ込まされた、だから戦争遂行の一翼を担い、戦争遂行に協力したのも仕方なかった、と考えた人もけっこういたのではないでしょうか。

 たまたま戦争の時代に生まれ育ち、戦争に巻きこまれていったのだ、それだけだ、という思いを共有する方々も多いかもしれません。

 で、戦争の責任に真っ正面から向き合うことを避けて、いや、あの戦争だって良い面があったのだ、と弁護する姿もかなり見られたのが、私たちの国の戦後の社会だと思います。

 東南アジアの国々が戦後独立を達成したのも戦争中に進出していった日本の力が大きい、といった考えも、そんな自己弁護の一つ。

 平和と民主主義を実現した私たちの国を喜び、大歓迎しながらも、心のどこかでは戦争責任について絶えずいい訳と自己弁護をしていた、それが私たちの国ではなかったか、と60年間をふり返って思うのです。

 そのいい訳と自己弁護は、戦後ずっと、私たちの社会のどこかでくすぶり続けてきました。

 そのくすぶりが、時々ブスッ、ブスッ、と単発的に表面に出てきたことは何度かありますが、小火のようにはっきりと目に見えるようになったのは、比較的最近のことではないでしょうか。

 戦場、あるいは進出/侵略をしていった先々の地に住む人々を知っている人たちは、心の内でいい訳をしながらも、なんらかの後ろめたさ、後悔の念を抱えていたと思います。
 
 ですが、そんな戦場も知らない、進出/侵略をしていった先々の地に住む人々も知らない世代が、おおっぴらに《いい訳と自己弁護の部分》のみを取りだして主張し始めたのが、90年代以降の保守の動きでしょう。
 
 それにしても「真の近現代史観」論文を募集して賞金総額500万を与える、なんてことを企画実行したアパグループとは、なんとも奇っ怪な存在ですね。

 耐震偽装が発覚した時からちょっと時間も経ち、ほとぼりも冷めた、という判断でしょうか。

 こうした企画がどこまで政治的社会的に受け入れられるのか、観測気球を打ち上げたのかもしれませんが、完全なトカゲのしっぽ切りに終わった耐震偽装問題を鼻先で笑っているようで、とても不愉快。

 安晋会とかアベ晋三とか政治家と手を結びながら、世の中、器用にずるく立ち回って、大勢の人を踏みつけながら、金を儲けさえすればいい、という人生訓のままに生きている姿を見せつけられるようで、不愉快極まりない。


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アソウ・橋下・東国原 3氏に共通していること

アソウ首相、橋下府知事、東国原県知事。

 この3人が相次いで話題に上ったここ数日のニュース。

 毎日、高給レストラン、料亭、ホテルのバーで夜の会合を続け、「庶民の感覚と懸け離れているのでは」という記者団の質問に、「(記者や警官に囲まれて)安いところに行って営業妨害と言われたら何と答える」「今聞いてんだよ。答えろ」と逆切れした方。

 テレビで懲戒請求を呼びかけた件で敗訴し、「弁護士資格を返上しては」と言われて「朝日新聞は廃業しろ、首を切れ」とまじ切れした方。

 衆院選宮崎1区での立候補を巡って煮え切らない態度を続け、「複数の県議が『すでにオオカミ少年状態』と断じているのも事実だ」「知事も含めた一連の迷走と混乱が有権者に印象づけたのは、『政治家』の言葉の軽さだけだった」等と朝日に書かれて、やっぱり切れた方。

 どうもこの3人、よく似ています。

 いずれもちやほやもてはやされてきたせいか、批判されると屁理屈をつけてやたらと怒る。

 偉い! と拍手されないと不満で、思い通りにならないと、自制できずに爆発する。

 やっと首相になれて、なってしまえばこちらのもん的なアソウ氏も、あとのおふたりも、なにか民主主義国家のリーダーとして致命的なほど、大事なものが欠落していると思う。

 また2人の知事が、ほとんど時を同じくして朝日新聞という同一の新聞を攻撃していることも、偶然ではありません。

 私の気づいた範囲ですが、特に90年代後半から、朝日、毎日の2紙に対するキャンペーンが右派の側から繰り広げられてきました。
「日本を守る国民会議」と「日本を守る会」のふたつが「日本会議」という名で統合された頃にあたります。

 実はちょうどその頃、知り合いの高校生がいきなり、熱に浮かされたように歴史問題を唱え始めたのです。それも、ひとりではありません。

 彼等は口々に言いました。

 日本でいちばんいい新聞は産経新聞だ。次に読売。両方とも歴史の問題をすぐわかった。朝日と毎日にも働きかけるけど、ふたつともどうしても聞かないんだ……

 という風に、高校生たちは理解してました。歴史好きの、進学校の生徒たちでしたが。

 で、ここでいう歴史の問題とは、いわゆる先の大戦の評価に関わる、というよりも、ずばり言えば、従軍慰安婦や強制連行のことです。

 高校生たちは小林よしのり氏の『戦争論』に触発されて正義感をつのらせた上に、さらに月刊誌にも目を通し、とりわけ朝日が酷い! と憤るわけです。

 みな現在では社会の一線で活躍していると思いますが、時々私は、今もこの考えに変わりはないですか? とこっそり心の中で尋ねています。

 あの感受性の鋭い時期に出会った、それまでの価値観を180°転換させた囁きはよほど強烈だったようですが、なにしろ思考も経験もまだまだ浅いお年頃。
 高校生の主張はまったく『戦争論』とその他の月刊誌の受け売り以外の何ものでもありませんでした。

 あっ、十代ばかりか、後に出会った年輩の方、すでに年金生活に入られている方も、やはり、日本会議の機関誌『日本の息吹』の受け売り以外の何ものでもない意見で気を吐いてましたが。
 
 で、もちろん朝日新聞については、他の新聞と同様に「マスゴミ」と呼ばれても仕方ないような面もありまして、特に2005年の総選挙の際には私も大いに失望したわけですが、高校生たちが非難したのはもちろん、そうした問題に対してではありません。

 橋下・東国原両氏の朝日への怨念にも似た感情、激情ぶりは、おそらく私が経験した高校生たちの延長線上にあるものだと思います。

 しかし、仮にも大きな自治体の首長として民主主義国家のリーダーの一環をなしている方たちがとる態度ではありません。

 そういえば、日本会議に統合後の問題のキャンペーンでは、民主主義は否定されていたのではないでしょうか。

 上で述べた高校生たちは、民主主義ではダメだ、衆愚政治だから、と言いながら、ほんとうに英明なエリートが政治を司るべきだ、と言ってましたから。

 もちろん、そんな高校生たちは、自分たちもそのエリートの仲間入りをするのだ、と思っていたことでしょう。

 でも、ほんとうに英明かどうか、誰が判断するのでしょうかね。
  
 で、これはどう考えても矛盾するのではないかと思うのですが、橋下・東国原の両氏は明らかに民主主義の下で選ばれたリーダーです。(あえて、衆愚政治の下で選ばれた、とは申しません)。

 アソウ太郎氏は、そうした民主主義を否定するに疑問を呈する勢力が待望してきた首相でした。

 この方の最近の上機嫌ぶりをみると、首相になりさえすればいい、と思ってきたのではないかしら、と感じられます。

 首相になりさえすれば、ブレーン官僚がいいようにこの国を運営してくれる、と。
 後はグルメ三昧、マンガ三昧? とまでは申しませんが。


     
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国会論戦に注目と期待をしたいけれど

アソウ氏のパフォーマンスはスーパーマーケット視察ですか。
 まあ、アベ晋三氏の農作業パフォーマンスほど不自然でなかったのは、いちおう“視察”というテーマのせいかもしれません。それも都内のスーパーという無難な対象ですし。

「反貧困 世直しイッキ大集会」が開かれたのも同じ頃でしょうか?

 いっそのこと、この集会の後にあったパレードに参加して、貧困に怒る人たちといっしょに隊列を組んだ方が、もっといいパフォーマンスになったと思います。

 経済的貧困ばかりでなく、政治の貧困にもみんな腹を立てていますよ。
 

 さて、もう10年ほど前になるでしょうか。

 知人から、お宅の中学校区でアムウェイに勤めている女性が土地を探しているの、という電話が入りました。
 車を4台置きたいので、ちょっと広めに200坪以上はほしいということだけれど、いいところある? という話しでした。

 車4台に200坪以上とは景気のいい話ね、いったいどんな商売をしてそれだけの土地が買えるほど儲かるの?! と少々驚きながらも、それだけの広さの土地は知らないわ、と答えました。

 後日その知人と会ったとき、件の話しがどうなったか尋ねてみると、離婚をしたからそれで土地の話しもご破算よ、ということでした。

 まあ、その頃もアムウェイ=マルチ、という知識だけは持ってましたし、私には関係ないことでしたからそれでお終い。

 4、5年前のこと、知り合いの年輩女性が背中のリュックに健康食品をいっぱい詰めて、わが家に立ち寄りました。私に売るのは諦めていた様子ですが、説明会に出席して21万円購入してきたとか。

私:ネズミ講みたいのじゃないの? ほらっ、マルチ商法とかいうでしょ? 

相手:ううん、誰かがそれを訊いたけど、違いますって言ってたのよ。

私:そりゃあ、誰だってそう言うわよ。自分から、ネズミ講です、とか、マルチです、なんて言わないわよ。

相手:そうかねえ??

 そこで、その会社の名前を尋ねてネットで検索すると、案の定、妻がそこの会員で困っている、という男性の告発文が載ってました。残念ながらその会社名を今はもう忘れてしまいましたが。

 もちろん、この知人にはその告発を見せて、もうこれ以上その健康食品を買うべきではないし、他人にも売るべきではない、と口を酸っぱくして言ました。
 本人がそれから新たに購入した話しも聞きませんが、21万円分はどうなったのかしら。

 またもうひとりは知人というより友人。

 子ども時代の交通事故の後遺症で人を疑うことを知らない大人に育った息子さんが、一度は絵画を、もう一度は空気清浄機を買わされました。両方とも、彼の高校時代の友人からです。
 絵画はたしか100万ほど、空気清浄機は数十万のものを3台も!

 よくできた母親である友人は、あなたの好きな絵を買ったんでしょうから、大事にしなさい、と息子さんに最初は言ってましたが、空気清浄機のときはさすがに困ってました。

 こうしてみてみると、結構私の周辺でもマルチ商法の匂いがする話しがちらほら聞こえてきます。 

 今回あらためて「アムウェイ」で検索すると、「アムウェイ離婚」なる言葉まであって、びっくりです。
 それに、マルチって、なにやらカルト宗教みたいですね。狂信的で信じ切るところが。

 で、民主党の前田議員に始まったマルチ疑惑が、野田聖子消費者行政担当相、石井一民主党副代表、山岡賢二民主党国体委員長、小泉チルドレンの佐藤ゆかり衆院議員らから、果てはアソウ太郎首相自身までも広がり、決定的なのは新潟選出の自民党衆院議員吉田六ざえもん氏のようです。
 なにしろ、「アムウェイ大好き デストリビューター六さん」ですから。

 それにアムウェイ疑惑には猪口邦子も登場するらしいですから、いったいどこまで広がることやら。
 藪をつついて蛇を出すのか、墓穴を掘るのか。

 でも、マルチだ、アムウェイだ、と騒いでいつのまにやら国会論戦が終わってしまったら、年金未納問題のときのようになってしまいます。
 そうは問屋が卸さねえゾ、とたんかを切れば、なんだか江戸時代のお白州気分ですが、言いたくなります。


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アソウ氏の所信表明演説。民主党との対決姿勢だけじゃないぞ。

言いたい放題の中山成彬氏は大臣を辞任し、アソウ総理は28日夕方の会見で中山国交相に対し「怒りをあらわにした」と伝えられている。

 でも、ほんとうに怒っていたようには思えない。
 なぜって、アソウ太郎氏も中山成彬氏も同じような感覚と考えの持ち主だと思うから。

 腹の中では、よく言ってくれた、と拍手しているのかな、と思ったり。

 どうもアソウ氏は総裁就任後、これまでのイメージとずいぶん異なる姿を見せているように感じられる。

 早く言えば、やたらとよそゆき顔なのだ。

 国連総会での演説で拍手を求めてしばし言葉をとめ、その後のしてやったりの笑い顔は、総理の地位を手に入れた喜びに輝きながら、国外というよりむしろ国内に向けてのアピールのように受けとめたけれど。

 で、それ以後、テレビに登場するアソウ総理の顔はやけにしかめっ面。
 まるで、笑い顔を見せてはいけません、とでも言われたように、眉間にしわを寄せたようなお面をかぶっているみたいで、思うところあることを隠しているような怖さがある。

 所信表明演説には、そんな衣の下の鎧がちらちらと見え隠れしていなかったかしら。
 
・わたしの前に、58人の総理が列しておいでです。118年になんなんとする、憲政の大河があります。

・日本は、強くあらねばなりません。 強い日本とは、難局に臨んで動じず、むしろこれを好機として、一層の飛躍を成し遂げる国であります。

・(幕末の)わたしども日本人と は、決して豊かでないにもかかわらず、実によく笑い、微笑む国民だったことを知っています。この性質は、今に脈々受け継がれているはずでありま す。蘇らせなくてはなりません。

・先の国会で、民主党は、自らが勢力を握る参議院において、税制法案を店晒(たなざら)しにしました。その結果、2カ月も意思決定がなされませんでした。

 …… 

 与野党の論戦と、政策をめぐる攻防は、もとより議会制民主主義が前提とするところです。しかし、合意の形成をあらかじめ拒む議会は、およそその名に値しません。

 「政治とは国民の生活を守るためにある」。民主党の標語であります。議会人たる者、何人も異を唱えぬでありましょう。ならばこそ、今、まさしくその本旨を達するため、合意形成のルールを打ち立てるべきであります。

・(日本経済の立て直しには)3段階を踏んで臨みます。当面は景気対策、中期的に財政再建、中長期的には、改革による経済成長。


 等々訴えながら、最後は「日本経済は全治3年、と申し上げます。3年で、日本は脱皮できる、せねばならぬと信じるものであります」と締めくくる。

 118年になる「憲政の大河」と綺麗な言葉でまとめて、現行憲法と明治憲法を同列に置いたことに、拍手する向きもあるだろう、と思う。

 一度は否定された明治憲法の復権の試みのひとつかな。

 でも考えてみよう。

 現行の日本国憲法が公布されてから、もうすぐ62年、施行から61年。

 その間、私たちは今の憲法に守られてきたのだ、ということを。

  そして幕末の日本人は、貧しくともよく笑った、か! 

 物価上昇、格差拡大、医療・福祉制度後退、まっとうに、まじめに働く人にとってなんとも生活が苦しく生きがたい人たちが増えても、とにかく笑え! と言われているようだ。

 アソウ太郎氏のお仲間たちは、しきりに、日本人の心を取りもどせ、とか、取りもどそう、とか訴えている。
 たぶん、そうした言葉に惹かれたり、心地よさを感じたりする人の共感を計算してだ。
 この情緒に訴える表現の裏に隠されている鋭い爪を、どれだけの人が感じ取るだろうか。

 民主党が参議院で店ざらしにした税制法案って、ガソリン税などの暫定税率 維持を含む税制関連法案のことかな?

 野党の反発するガソリン税・軽油税の暫定税率を10年間維持する案を牛肉やビールなどの輸入関税の軽減措置、住宅や不動産に関するの軽減措置と一緒くたにして一つの法案にまとめたのは政府と与党の戦略だったのじゃなかったのかな?

 ガソリン税・軽油税の暫定税率の10年間維持には圧倒的に多数の国民が反対していたので、わざと期限の切れる減税措置を図るその他のものと一つにして、この法案を通さないと“損”をしますよ、とポーズをつけたのじゃなかったかな。

 増税延長と減税延長を一つの法案にしてしまうという奇妙な法案を政府自らの手で提出したのは、恥ずかしくないのかな。 
 
「被災者生活再建支援法改正案」など与野党修正合意により多くの法案が成立したという事実もあるのにこの言い草は、やっぱり民主党に喧嘩を売ってるのかな?

 都合が悪くなると審議を打ち切り強行採決する国会運営は、アソウ総理が胸をはって誇れることかな?

 耳に快さそうな言葉を羅列して始まった所信表明演説だけど、よく読んでみればコワイ。

 それにしても、

 わたくし麻生太郎、この度、国権の最高機関による指名、かしこくも、御名御璽をいただき、第92代内閣総理大臣に就任いたしました,とは。

 総理って、かしこくも、ぎょめいぎょじをいただき、と所信表明を始めるものなのだろうか?


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進め一億火の玉だ! と言いたかったのかな、中山国交相

今日の中山国交相。

 昨日陳謝したことがよほど癇に触っていたのでしょう。今日も自民党宮崎県連の会合で、

「日教組の一部の人たちが考えられない行動を取っている。教育基本法の改正のときには、日教組の先生が国会を取り巻いていた。何より問題なのは、道徳教育に反対していることだ。日教組は何とか解体しないといけない。わたしはこの運動の先頭に立ちたい」

 と、日教組を日本の教育の「がん」だ断じながら述べるのですから。

「ぶっ壊すために火の玉になる」と怪気炎もあげて。

  その後記者団に対して、「出処進退は自分で決める」と啖呵を切ってましたが、確か女房(中山恭子補佐官)とふたりでゆっくり相談する、とかなんとか言ってなかったかしら。
 まあ、奥さまと相談するのは勝手、そんなことどうでもいい。

 一度頭を下げさせられたことがよほど我慢ができなかったのかしら。

 で、前日、「日教組の強い地域は学力が低い」という中山発言について、 「なかなか本質を突いている」と語った、なにかと話題に首を突っ込みたい橋下府知事は、中山氏のこの熱血漢ぶり自爆ぶり頑迷固陋ぶりに、またまたボルテージを上げるのかしら。

 しかし分からない人だなあ。

「ぶっ壊す」というコイズミ氏得意の台詞をこの方が言っても、なにかカラッとしない粘着物質がまとわりついていて、正直いって気色悪い。

「火の玉」云々も、戦時下の標語、進め一億火の玉だ! を思い起こさせるし。

 ああ、日頃からその感覚なんでしょうね。

 そんな標語で自分を奮い立たせるのは勝手だけれど、えしてこうした標語好きは、正義と道徳を説きながら、他人にも火の玉になることを要求するのよね。
 それも、火の玉になる! と決意した自分に酔ってイカレながら。

 では、そんな中山氏のために。
 あっ、私は火の玉なんかになりたくない。。


 

  
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自民党高市早苗氏主導のネット規制の危うさ 高校PTA連合会会長も法案に反対

有害情報から子どもたちを守る、という大義を掲げて押し進められてきた携帯電話のフィルタリングサービスの法制化について28日に自民・民主両党が合意したというニュースを受けて、あちらこちらのブログでも問題点の指摘から政府主導の規制に反対する声を届けようという呼びかけまで、さまざまなエントリーが上がっています。

 昨年11月、言い出しっぺの総務省が、「未成年者が使用する携帯電話における有害サイトアクセス制限サービス(フィルタリングサービス)の普及促進を図るため」携帯電話事業者3社(エヌ・ティ・ティ・ドコモ、KDDI、ソフトバンク)と電気通信事業者協会に対し、自主的取組を強化するよう要請したことから一気に流れができたような感じです。

 が、今年1月末には、当の総務省が“過剰規制”がある、と問題視。
 この時問題になったのが、ドコモとKDDIが採用した「携帯電話会社の公式サイトから、有害の恐れのあるサイトを排除し、残ったサイトの閲覧を許可する『ホワイトリスト』」というフィルタリングのやり方だったようです。要は、携帯電話会社が推奨するサイトしか見れない、というもの。

 これにミクシィや楽天が異議を唱え、総務省は「4月をメドにフィルタリングの在り方について検討会の中間報告をまとめ、原則としてブラックリスト方式を適用するよう促していく」ということで対処。

 さらに2月には総務省、警察庁、文科省連名で「携帯電話におけるフィルタリングの普及促進について」という文書を発表。

  本日、総務省、警察庁及び文部科学省は合同で、インターネット上の有害な情報から子どもを保護するため、都道府県、教育委員会及び都道府県警察等に対 し、携帯電話におけるフィルタリングの普及促進について、学校関係者や保護者をはじめ住民に対する啓発活動に取り組むよう依頼しました。

 というものです。

 自主的規制を強化しなさい、と言いながらも自主的な強化しすぎに慌て、さらに普及促進を唱えてその啓発運動に取り組みなさい、というこの総務省のバタバタぶりも、ネットに規制を掛ける難しさを表している気がします。

 こうした動きに、まるで手ぐすね引いて待っていたかのように、すかさず乗り出したのが自民党・高市早苗氏とか日本ユニセフ協会のアグネス・チャンあたりでしょうか。

 そもそも、コイズミ政権時代の郵政民営化騒動の結果で、もっとも先鋭的に、もっとも確実に、現実として私たちの目の前に突きつけられているのが、衆院での自民党勢力の異様な膨張であり、それから生じる、いわゆる“ねじれ国会”でしょう。
 あの異常ともいえる勢力の膨張分の一つの核が、この高市氏かな? もともと選挙にそれほど強かったわけではないですし。
 そんな高市氏がテレビ出演したり、あらゆる手練手管で音頭をとって推進しているのが、ネット規制。

 そう、子ども相手の携帯電話の世界だけとは限らず、大人が使うネットの世界も視野に入れられているようです。

『自主規制では不十分』青少年ネット規制自民法案、高市早苗議員に聞く」 というNIKKEI  NETの記事を読むと、そのあたりのことが分かり、怖さが実感できます。 
 

――パソコンからのネット利用も規制の対象としています――という問に対して、

  家出サイトや学校裏サイトは携帯電話からの利用が中心ですが、残虐な写真やわいせつ画像などの多くはパソコンで見ているという統計があります。放置しておくわけにはいきません。           


 
 と高市氏は答えています。さらには、

 大人にもフィルタリングをかけたいということでは決してありません。大人は自分の身は自分で守るしかないですから。         


  と言いながらも、

 大人も含めて、端末購入の際は最初からフィルタリングをすべてかければすっきりしてわかりやすいのではと考えました。利用者が大人であればその旨申請してはずせばよいだけなので、手間はかからないと思います。

 

 と述べる高市氏。

 要らぬお世話、と思わずつぶやく私。
 おかしいではないですか。
 経済の世界では、むやみやたらと規制を撤廃して強いもののされるがままに泣く人が後を絶たないというのに、市民生活に手枷足枷をはめようとしているのは。


 この方が法的規制をすべきだとする論拠は、世論調査らしい。


 自民党内でも自主的な取り組みに任せるべきだという意見もあるのは確かです。ただ、実際に携帯サイトをきっかけとした犯罪が後を絶たず、昨年の内閣府の 世 論調査でも9割以上が有害情報を規制すべきと考えているとの結果が出ています。自主的な取り組みだけで100%効果があるならば、こういった結果にならな いはずです。
 

 ……

 先の安倍内閣でITや科学技術の担当大臣としてインターネットを振興する立場でしたから、ここにきて世論調査で有害サイトを規制すべきとの声がこれだけ多いことにショックを受けました。こういった問題に対処できなかったことにとても責任を感じたのです。

 

 が、この内閣府の調査も、どのような構成でどんな設問内容を設定したのか、等々、いろいろ疑問が浮かびます。


 こうした問題についてはこちら、「高校PTA会長がネット規制法案に反対する理由」をぜひお読みください。

 
 高等学校PTA連合会の高橋正夫会長のインタービューでは、以下のように伝えられています。

 ネット規制を望む根拠として、出会い系サイトなどでの犯罪のほかによく利用される内閣府の「有害情報に関する特別世論調査」の結果についても懐疑的だ。

  「9割以上の人が何らかの規制を望んでいる」とマスメディアで紹介されることが多いが、実態を知らずに答えてい る可能性があることは「携帯フィルタリング『強制反対派』に支持が集まらない理由」にも書いた。高橋会長は「高校生について90%はありえない。よくわか らない数字が独り歩きして『保護者の希望がこうだ』と言われても困ってしまう」と反論する。

(赤字で強調はとむ丸)

 

 またPTA連合会が行った「デジタルメディア社会における子供の健全育成」とのタイトルでのPCや携帯について高校生、保護者の意識を調査の結果は次のようだったそうです。


 アンケートには生徒3881人、保護者2601人が回答。報告書によれば、「ネット上でいじめを受けたことがあ りますか」との質問には93.6%が「いいえ」と答えている。「もし携帯が使えないとしたらどう思いますか」という質問には半数が「それほど困らない」 「まったく困らない」と答えた。

 高橋会長は「若い子がみんな同じように携帯で問題を抱えているかのように報道されたり、語られたりすることが非常に悔しい。みんなが携帯やネットを使っているわけじゃないんです」と実情を訴え、問題はメディアリテラシー教育にあると分析する。

                                                                                                               

小学生と高校3年生が同じフィルターというのはおかしいでしょう。
 ……

 高校の教科「情報」についても、実際に授業で教えられているのは、単にPCリテラシーであって、メディアリテラシーではない。そのことを高校生も保護者も分かっていない。
 ……

  いまの保護者は理解できていない。連合会は保護者を集めることはできるので力になれると思います。裾野のほうまでやっていけるという気がしています。
 


 さて、Niphoneseさんは「そもそもこの法案を作った人々は,コンピューターやインターネットについて一体どの程度の知識を持っているのか,という素朴な疑問を抱いている」と言われます。


 つまり、海外サイトについて有害指定がなされた場合に,青少年のサービス利用を規制することは法的に可能なのか? また、フィルタリングソフトのPCプレインストール義務化にしても、プレインストール機を使わず、自分でOSをインストールした場合などは、規制は無意味になってしまう、といった趣旨のことを言われてます。


 そういえば、以前に私は、国境なき記者団の「反体制派ブロガーのための手引き書」を訳してまとめておりますが、その気になればいくらでも“検閲”を逃れることができる、ということです。

(なお、この手引き書のまとめについては、たしかまだ最後の部分は訳してなかったと思います。それでも、いろいろと網をかいくぐって活動することはありえるのだ、と感心してしまいました)。


 ただし、私たちのような一般ブロガーは、おそらくそこまで面倒なことはしないし、したくない、というのが本音でしょう。
 逆に、悪意があればいくらでも暴れることができる、ということ。
 現に、いろいろと対策が講じられているのに、相も変わらずスパムは後を絶ちません。


 結局、規制されるのは私たち一般の国民、ということになりそうです。



      
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