戦後の日本社会が失ったもの?
転載作業をしながらいろいろと考えます。というよりいろんなことが頭の中をかけめぐる、といった方が適切かもしれません。HPにあったプロフィールや写真を思い浮かべながら、あの風貌にこの答えは似合わないなあ、とか、へえ、この経歴でこんなこと考えているんだ、とか、結構いい加減です。
このアンケートの質問19項目のうち、気になったものがあります。「戦後の日本社会が失ったもの」という問に対して、答えを選択肢の中から3つまで選ぶ形式のもので、選ばれたものの上位3点は「地域のきずな」「他人への思いやり」「家族のきずな」です。3つが3つとも人の心根に関わるものであるところに興味が惹かれます。
「戦後失った」ということは、「戦前はあった」ということを前提にしていると考えますと、戦後、私たち日本人がそれまで持っていた心根、それも良い心根を失ってしまったと考える議員が多い、ということでしょう。
しかし質問に答えていた議員のほとんどは戦後生まれで、戦前の社会を自身で体験しているわけではありません。忙しい議員生活の中で新聞社のアンケートに答えるのに、わざわざ資料で戦前の社会を調べ、その上で戦後何が失われたか検証したなどということはまずないでしょうから、自分自身の経験や見聞を念頭に、反射的に答えたのだと思います。
戦争が終わって11年もすると、「もはや戦後ではない」と経済白書にいわれましたが、この時の戦後も、まだ幼い私にはおぼろげな記憶しかありません。
漠然とイメージが浮かび上がってきた戦前・戦後の境界は、とてもあやふやなものにならざるを得ないのではないでしょうか。つまり、思いやりの心やきずなが「あった・失われた」とする境目がどこか、はっきりしていないのです。
1945年の敗戦ととその後に続く変革でたしかに体制は180度転換させられましたが、それが思いやりの心や人と人とのきずなを失わせることになったとは、どうしても思えません。おそらく、なんとなくイメージだけで答えたものでしょう。
「地域のきずな」は、落語に登場する長屋のご隠居さんはご愛敬として、下手をすると隣近所の干渉になりかねません。今でも結構、ご近所さんと人の口はやかましいですよ。
「家族のきずな」ってなんだろう、「イエ」の成員間の関係を指してはいないか? 「きずな」という語は人と人との繋がりを肯定的に捉えているから、「家族のきずな」そのものは、文句なしに「美しい」となってしまうのではないか? という疑問が頭をもたげてきます。
さらには「美しい家族のきずな」がことさら強調されると、ただでさえ「小さな政府」が目指されている社会では、福祉問題も家族問題に還元されてしまうのではないか? と心配します。
まさか今はないと思いますが、つい数十年前には「孝行嫁表彰制度」なるものが存在している町や村があったです。そこまではいかなくとも、高齢の方々、おばあさんにでも聞けば、いかに結婚後の女性の生活が大変であったか、話しは尽きません。つまり、お嫁さんの犠牲の上に成り立っていた「家族のきずな」というものがあったということです。
「地域のきずな」「家族のきずな」が失われたと判断した議員の一人ひとりは、いったいどんなきずなを思い描いていたのか、訊いてみたい気がします。
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