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近未来予想図――おこぼれちょうだい

_213 とむ丸さんちのとむ丸ちゃーん、って、誰かが呼んでる。


 あたしをナンパしに来るって、いつか華氏451度さんとこのムル君が言ってたけれど、ほんとに来たのね。


_212  でも、うるさいわねえ、今は駄目よ。
 なんてったって、これからごちそう。


 お料理上手なパパさんが、今日も活きた魚を調理中なのよ。よだれが出そう……ゴクリ……つばも出ちゃう。


 なんてったってお魚よ。


 どうせ、おこぼれちょうだい、ってとこだろ、ですって。ムル君、言葉には気をつけてよね……分けてやらないから。


 最近ね、ママさん、私のえさ代ケチってね…今までは結構いいキャットフードを食べさせてくれてたのに……ワンランクどころか、2ランクも3ランクも下の、安売りショップのバーゲン品をまとめ買いするようになっちゃったのよ。


 原材料をママさんは気にして、老眼鏡をかけ直して箱の表示を読んでいたけど、ブツブツ言ってるの。まあ、いいわ、仕方ないわね……狂牛病にならないように、できるだけ気をつけてやるけれど……こればかりは私のせいじゃないのよ、ですって。


 あなたが、狂牛病になったら、じゃなくて狂猫病になっても、私を恨まないで政府を恨んでね……なにしろ、ただでさえ所得のないところに、消費税は上がるし、パパの医療費はかさむし、これ以上悪くなったら自費診療の方法しかありませんよっ、て診察で言われたらしいの。


 おまけにママさん、言ってくれるじゃないの。私の前歯はとっくの昔に自費診療だけど、猫の歯は丈夫でよかったわ。あっ、考えてみたら、あなたは昔から自費診療だったわね。獣医さんに行くのも大変だから、お願いだから、病気にならないでねっ、だってさ。


 もう、やぶれかぶれよ。せめて好きなお魚を、お腹いっぱい食べたいわ。でもね、パパさんまで、今まで毎日魚を食べていたのに、2日に1回しか食べられなくなった、って嘆いてた。ましてや、活きた魚なんて、まぼろしよ。


 それがこうして手に入ったんだもの。ムル君、だからあんたになんか、かまってられないの。
 食べるのがやっとなんだから……猫の世界でも。


 ああ、今まで、惰眠をむさぼっていたツケが来たのね。


Dscn1718_1 (と言いながら、お腹がいっぱいになって、目の皮がたるんでしまったとむ丸でございます。なさけない)


 

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チンピラ総理大臣

 ビワの木が茂りすぎて枝を払いました。何の鳥でしょうか、こうして巣を作っていました。荷造り用のひもまで使っているのがかわいそう。
  _218          


 アサヒ・コムによると、22日の経済諮問会議で、「増税してくれというまで削れ」と、首相が発言したらしい。


「歳出をどんどん切り詰めていけば『やめてほしい』という声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないといけない


 というのがその内容ですが、何という言葉でしょう。この冷酷さ、恥ずかしくないのでしょうか。


百姓とごまの油は、絞れるだけ絞れ」といわれた江戸の時代とどこが違うのでしょう。


宇佐見保さんによると、昨年8月の朝日ニュースター「パックインジャーナル」で、元参議院議員の平野貞夫さんが小泉首相について、「17、8歳のチンピラの発想」と断言したそうです。これを読んで、わが意を得たり、思わず膝を打ってしまいました。


 平野さんはさらに、「17、8歳の高校生なんか、口喧嘩うまいですよ!」


「そんな点が国民に受けて人気があるんですよ……大人になりきれていないでここまで来た


 と一刀両断。


 エアフォースワンに乗ってプレスリーの墓参をするのも、なるほどチンピラの発想だ!


 「(総裁選の)争点にしたいと思っている人もいるだろうが、靖国神社に参拝す るなという人は、突き詰めれば、参拝すれば首脳会談に応じないという中国の言い分がよいと思っているのではないか靖国神社に年に何回行こうと個人の自由 だ


 と訪問先のカナダで語ったと、NHKの正午のニュースで伝えられました。なるほど、チンピラだ。



 
 

 


 

 


 

指導者の強欲、国民の真面目さ

_199_1 キスゲの花。レモンイエローの清楚な花です。


 先のエントリーでお話ししましたホロコーストのことですが、中にかなり珍しい話が載っていました。数多い、理不尽で戦慄を覚える話しの中でも、ほっとするような場面です。


 20歳になった青年が、ナチスの侵攻を目前に、友人と共に父の家を出て数年にわたり逃避行を続けるのです。


 現在ウクライナ領、当時はポーランド領の故郷を出て、若者2人はひたすら東へと歩き続け、ヒッチハイクをしたり列車に飛び乗ったりして、3ヵ月後にはコーカサスに着きます。働きながら、しばらくはそこで過ごします。


 戦争が続いているとは信じられないくらいの平和な日々ですが、夜には家族の写真に語りかけ、枕を涙で濡らします。やがて、ナチがやって来ると聞いて、またそこを発ちますが、数千の避難民の群れを目にすることもあったようです。


 カスピ海を渡り、トルクメニスタンのクラスノブスクに着くと、そこにも避難民。そしてウズベキスタンのサマルカンド、タシケントから、キルギスタンの首都に着いた頃には、もう21歳になっていました。


 ウズベキスタンの北部国境にはポーランドからの避難民のキャンプができていると聞き、そこを目指す途中、地元の遊牧民家族と出会い、丁重なもてなしを受けます。


 難民キャンプからタシケントに戻った後モスクワへ向かい、途中ポーランド軍と合流。45年のベルリン攻略に参加。そしてベルリン陥落。戦争終結。この時すでに、家を出てから4年の歳月が流れていました。


 その頃、両親と4人の姉妹がすでに亡くなっていることを隣人からの手紙で知ることになりましたが、それでも最初の数年間は、列車に乗ってどこかへ行くたびに、家族の姿を探したといいます。


 もともと、大人になった息子に避難することを提案されながらも、父親はそれを拒否して、家族共々虐殺されてしまったのです。その事情は他の家族でも変わらず、家に留まり、ホロコーストの犠牲になっている例がほとんどです。


 なぜ、逃げなかったのか、という問に生存者は答えます。「自分の家を出るなんてことはとてもできません。考えられませんでした」


 Kokorohaitamanaino


 統一協会が跋扈して、政治中枢に金で働きかける。札束で頬を叩かれる議員たち。


 世界基督教統一神霊協会の合同結婚式(祝福式だったとか、特定の宗教団体の儀式ではありませんとか、いろいろ主張しているようですが、実質的にはまさしく合同結婚式そのもの)に祝電を打った国会議員 は次の人たちと某ブログでいわれています。


 それぞれの注釈は、heart's shotさん。

 岸信夫   参議院議員・安倍晋太郎の三男、アベジョンイル弟
 山谷えり子 参議院議員/内閣府大臣政務官
 高市早苗  衆議院議員
 山本一太  ウマ下手シンガー・アベジョンイル官房
 石原宏高  衆議院議員 慎太郎の三男
 松浪健太  衆・選挙違反や談合汚職一族の星、ちょんまげ健四郎の甥
 保岡興治  衆議院議員・憲法改悪論者

 松波健太氏はHPを持っていないようです。


 山本一太氏はマイクの前で陶酔境に浸り、「かいかくの詩」を歌っています。


 他の方々は、にこやかな笑みを浮かべていますが、相手のない微笑みです。ちょっと怖イ。


 ただし、私がビデオから拾った人の名前と一致してません。この名簿はちょっと怪しい。


 (wikipediaにも載っていましたが、確認のために今見ますと、すでに削除されています。)


 ビデオで読み上げられていた名は、安部氏以外では、


 元法務大臣の衆議院議員保岡興治自民党政調会長中川秀直自民党衆議院議員増原義剛他国会議員3名(不明です)。政治家以外では、第一薬科大学副学長吉武タケド? 九州大学名誉教授高島良正


 また、統一協会のこの大会は全国12都市で行われています。詳しくは、カマヤンの虚業日記をご参照ください。


 権力のうまみをたっぷりと味わい、その維持に余念がない選良たち。強欲といい訳。


 住民税の老年者控除全廃で増税されても、国の財政を心配する国民。


 この国はどこへ行こうとしているのか。どうなるのか。私の周りのお年寄りでも、そうした不安を口走っています。 


 国の指導者が駄目でも、私たち国民は本当に真面目。


 黙々と働いて税金を納め、病気や事故で倒れたら、最長180日でお払い箱にされそうですし、若くて丈夫だったら、今に戦地に駆り出されるかもしれないし、 


 こんな国いやだあ! といっても、愛国心を強制されそうだし。


 陸路を徒歩で逃げたホロコースト生存者の場合と違って、私たちは海に囲まれていますしねえ。


 この国に留まって、何とか生き延びる方策を考えるより仕方ないかな、という心境です。

寝たきりでも、リハビリは必要です

_157 墨田の花火、よく名づけたものです。_183


 さて、この春PSE法が問題になって大騒ぎしたのを忘れたころ、またまた新たな問題が浮上しています。


 「リハビリテーション医療の一律打ち切り」です。


 リハビリはこれまで医療保険適用の期間に制限がありませんでした。それがこの4月の診療報酬改定で疾患別に日数制限が決められ、脳卒中など脳血管疾患は発症してから百八十日、心大血管疾患は百五十日、運動器が百五十日、呼吸器が九十日。それ以上は自己負担になりました。


 これを知ったのは結構最近のことで、川辺よりさんの記事からでした。さっそく「リハビリテーション医療の打ち切りに反対する署名活動」のページに行くと、「リハビリ中止は死の宣告」という、脳梗塞の後遺症で現在リハビリを続けられている多田富雄さんの悲痛な叫びも掲載されていました。


 もう20年ほど前になりますが、私は30代の6年間を、義理の両親の介護に明け暮れていました。最初の3年間は父の、そして後の3年間は母の介護です。


 特に母、いわゆる姑が倒れた時は、父の時の教訓もあり、入院中に始めたリハビリを退院後もひたすら続けました。


 運動障害のみならず、失語、さらには意識障害もあって1日中ベッドの中にいる母でしたが、それでも朝起きたら顔を拭き、寝間着を脱がせて一日の始まりを知らせ、1日2回のリハビリを続けて、どうにか私の介添えでポータブル便器に坐ることができるような足腰を、少しでも長く維持する必要がありました


 何も判らなくなったような姑でしたが、それでも排尿にしくじってベッドを汚したときなどの悲しそうな顔は、今でもよく覚えています。


 嫌がる母の手を取りながら、起立訓練やその他のリハビリをするとき、他人が見たら、なぜそこまで? といぶかしく思ったに違いありません。実際、そんな声も聞こえてきましたから。


 でも、寝たきりになった姑の最後に残った、唯一ともいえる人間の誇りを支えるものが、とにかく、人の助けを借りながらでも、自分の足でベッドの横に立って、用を足すことでした。たったそれだけの力しか残っていませんでしたし、それは、1日2回のリハビリによってかろうじて保たれていた能力でした。


 何も知らない人から見たら、ほんとうに馬鹿らしいほどの、取るに足らない能力です。でも、寝たままで排尿を済ますことと、腰を曲げながらでも、人の力を借りながらでも、自分の足で立つという動作を経由して排尿するということには雲泥の差があります。


 こんな意識障害があり、ただ寝ているにしか見えない人でも、リハビリするかしないかで結果が全く違ったものになるのです。


 そうした一人ひとりの、人間として生をまっとうしよう、させようという私たちの努力をまるであざ笑うかのごとき今回の改定は、人を有用と不要に分別する匂いさえ感じさせます。


 今回ばかりは私も、署名用紙をプリントし、友人やご近所のお年寄りのお宅を回ってみました。我が家がかつて老人介護で苦労したのを知っている人たちですから、こうした問題で私が署名を集めるのを、みなさんよく理解してくださいました。 


 今朝などは、安部さんの祝電問題、新聞に出ていましたね、と声をかけてくださる人もいて、ちょっとうれしくなりました。


 でも我が家の取っている毎日は、社会面の隅に、申しわけ程度にちょろっと載せているだけです。第1面に堂々と載せてくれ! これは社会問題ではない。政治問題だ! とまた怒りムラムラ。


 


 あっ、いつの間にか、リハビリからアベ問題に移ってしまいました。不正と疑惑のラッシュですから、しかたありません。



「Maukie」設置方法

こんな新聞いらない! 世襲政治屋もいらない!

 朝起きるなり、脳天をガツーンと直撃された気分です。


 毎日の1面、左の隅ですが結構目立つところにこんな記事。


 毎日新聞は17、18の両日、全国世論調査(電話)を実施した。次期首相にふさわしいと思う政治家を自民党の6人を挙げて聞いたところ、安倍晋三官房長官が5月の前回調査から4ポイント増の42%でトップを維持。


ブログ界では予想されていたとはいえ、こうもシナリオ通りに進むとそれはそれで、やはり唖然としてしまいます。


E0049842_19463714


(数年前の勧誘員に根負けして購読契約をしてしまったのがそもそもの間違い。今年は朝日も毎日も、もちろん断ってます。)


文鮮明 - アベ晋三 - 金正日が実は仲良し、という「魔のトライアングル」説がますます真実味を帯びてきました。


 あまり自分の意のままになるからといって調子に乗っていると、後が怖い、と世間ではいわれますが、政治屋3代目のおぼっちゃまには分からないのでしょうね。


E0049842_2081566  でも、驚いたのはこれだけではありません。もう、ちょっと古くなったでしょうか、先週漏れてきた話しですが、世襲政治の世界は、そろそろ4代目を準備中なんですね。


小泉首相の二男、進次郎氏、米国一流シンクタンクCSISに6月入社のナゼ?」


 米国で超名門といわれているコロンビア大大学院に留学していたらしいので、この就職も不思議はない、ということですが、日本にいた頃の氏を知る人は、勉強が得意だったという印象がない、と首を傾げているとか。


 学歴問題では、入学から卒業まで7年かかったとか、ロンドン大では1単位も取ってなかったとか、はたまた、かつての同級生栗本慎一郎氏には馬鹿にされ、京都でのブッシュ大統領との会話ではさんざん笑いものにされた首相が、せめてもの親心で配慮した末の名門大学留学と一流シンクタンク就職でしょうか。


 人は生まれながらにして差がついている、を実感させる記事でした。


 この件については、おもしろい解説がありました。thetheメディアリテラシー向上のためにです。一部引用しますと、


 進次郎氏が英語ができたとしても、この研究所(事実上のボスは、あのヘンリー・キッシンジャー博士)の仕事についていけるかは疑問です。おそらく他の日本人職員がメンター(指導教授)につくと思いますが、彼が2008年までにどのような論文を発表するかなどに注目したいと思います。まあ借り(仮?)にできなくても、アメリカが仕込みを入れるために、入所させたと考えれば別に不思議ではありません。


 


 


ということでした。



「Maukie」設置方法

ホロコーストの闇 つづき

_145  まだ咲き始めたばかりのガクアジサイ。


_155 それがだんだん開いてきて、


_162 花びらの先が紅を帯びてきます。


 ただし、花と思われているここは、本来、「ガク」にあたるところとか。


 さて、先日の記事「ホロコーストの闇」で書いた、出産を迎えた妊婦にふりかかってきた悲惨な話を読まれて、みなさんはどう感じられたでしょうか。


 ユダヤ人を平気でいたぶり殺す群衆におぞましさを感じながらも、人間に潜む獣性を見る思いで、自分も、そして周りの人たちもけして無縁ではないと考えられた人もいらっしゃるのではないでしょうか。


 ユダヤ人一家をかくまっていたことが見つかり、見せしめでしょう、幼い子どもを含めて全員が殺害されてしまった家族がいましたが、ことはそれだけではおさまりませんでした。なんと、その地域で同じ姓をもつ家族がことごとく皆殺しにあったのです。それで誰も助けようとしなくなった、といいます。


 それを考えると、ユダヤ人妊婦と生まれた子どもに対する群衆の蛮行は、かならずしも憎悪から生まれた自然発生的なものとは思えなくなりました。


 うまい表現が見つかりませんが、「やらせ」のようなもので、動員された可能性も考えられます。動員されてその現場にいたら、あの狂気にも似た行為に荷担せざるを得ないような気がします。もし動員を拒否したら、その時は自分と自分の家族の命が危機に陥る、そんなことがあったのかもしれない、十分ありうるな、と思います。


 小さな町で、隣がどうもおかしい、と考えてゲシュタポに通報した人もいました。その結果、かくまわれていたユダヤ人のみならず、かくまっていた家族も、全員に死刑が執行されました。ナチ統治下ではユダヤ人は法律の保護下にはなかったので、見つかればその場ですぐに射殺です。でも、かくまった方は市民ですから、一応法的な手続きが取られます。が、射殺と絞首刑の違いがあっても、結果は同じ。


 戦後になって、ゲシュタポに通報した隣人の家が売りに出されているところを見ると、ナチの統治が終わってから、どこかに引っ越していったのでしょう。そりゃあ、誰が誰を「売った」のか周囲の人は覚えていますから、とても住んではいられないでしょう。


 「ラインハルト作戦」という名が示すように、統治する側が、そうしたことを政策として実行していったわけです。あまりに大規模に、あまりに徹底的に、組織的に遂行されていき、それが日常化すると、人は自分の感性を押さえ込み、良心も脇に置いて、いえ、そうしたことさえそのうち意識からなくなり、ごくあたりまえに、それこそ粛々と、処理をしていくのかもしれません。


 戦時中の中国で、「手術演習」として、麻酔なしに生体解剖をした元軍医の話が、今日の新聞に出ています。


「生体解剖した事実を多くの関係者は本当に忘れている。信じられないかもしれないが、当時はあまりに日常的で印象に残ってないのです」


 そして、「麻酔をせずに悶絶するのを怖がっていては、天皇の軍隊ではない。むしろ『仕事をした』という達成感でやっていた」という、当時の空気も伝えています。


 ごく普通の人が、こうした残虐行為に手を染めていく。残虐を「非道」とおきかえてもいい。


 政治に行き詰まると、権力を手中にするものは、誰かを犠牲にして打開しようとします。ナチや戦時中の軍隊のような露骨さは、もっと洗練されて、巧妙に血祭りにするものを求めている、なんて一足早い怪談ものが、目の前をちらちらしています。おまけに、犠牲になるのは、いつも弱いものですよね。


 おととい、医療制度改革法が成立しましたね。川辺よりさん早雲さんを読むと、この医療制度改革なるものが、弱いものに、いかに暴力的に襲いかかってくるか、よく分かります。


 弱いものとは、権力を持たないものだと私は思っています。ですから、ナチ統治下の群衆の蛮行は、弱いものが弱いものをいたぶる構図になっています。お金は、特に新自由主義を標榜する社会では権力の代わりともなりますから、弱いものとは、権力もお金も持たないものだといえます。


 まさに私たちのこと……


 弱いものが犠牲になるのは、やはりおかしい。犠牲になるのはいやだ! と、声を大にして叫んでみよう。


 


 

子供を産み、育てる社会か?

_138 フェンネルの花が咲いています。しばらくすると、この花のひとつひとつが、あの薫り高い実になります。毎年その実を収穫して楽しんでいますが、取り残したものが地に落ちて、また新たな株に成長しています。



 東ヨーロッパの小さな町で実際にあったユダヤ人虐殺は、総督府におけるReinhard Aktionラインハルト作戦の一環でした。それ以前にも同様の虐殺事件がありましたが、ドイツに占領されて政策が遂行され、そこで初めて大殺戮が組織化されたわけです。



 舞台の1つ、現在ウクライナ領にある小さな町では、1942年の2度目の大虐殺で、2,000人のユダヤ人が犠牲になっています。



 このとき、特に標的になったのが、子供たち。



 3日間に及ぶ殺戮で、600~700人の子供が殺されています。



 足を掴まれ、歩道の縁に頭を打ちつけられてなくなったそうです。



 いかに一撃で息の根を止めるかということと共に、殺めた人数を、ゲシュタポ、およびそれに荷担した民間人、というより、結果的に民族的反目をさらに助長した他民族出身の警官は、自慢し合います。日本兵の100人斬りと同じ構図です。



 手っ取り早く未来の大人を殺めるのも、世界のあちらこちらでやられているようです。



 ひるがえってこの国のことを考えますと、少子化が問題になっていますね。



 私自身こどもふたりを育ててきたわけですが、今の時代、若い夫婦だったら、また育ててみたいと思いますか? と尋ねられたら、しばし答えに躊躇せざるをえません。



 正直なところ、結婚と子産みは、理性ではできません。



 少なくとも私の場合、理屈抜きで結婚と子産みをしてきました。(^_^;)



 子育てはそれだけでは済みませんでしたが。



 アンケートでもされたら、もっともらしい理屈のどれかに○をつけて、それらしき集計結果が出るかも知れません。



 こんな世の中にわが子を送り出すのなんか嫌だ! と、心のどこかで叫び声が聞こえます。これは、理性ではなく直観ですね。 



 ましてや、年金制度が危ういとか言われて、脅されて産むのは嫌です。



 日本の厚生年金や国民年金は、制度が創設された時には積み立て方式だったのが、なし崩し的に現行の賦課方式に、つまり働く世代が高齢世代を支えるようになったといいます。



 政治の無策が産んだ今の年金問題を、それ産め、やれ産めで解決しようとするのはあまりに無策。



  さらには、将来の戦闘要員に備えて産ませようなどというのは、もっともっと嫌、と、体と心は反応します。



 今は、子どもにとても厳しい世の中です。



 この厳しさがどこからくるかというと、どもらしさと同時に、成熟さをも要求される社会に、私は1つの答えを求めます。



「子どもらしさ」と「成熟さ」という、この2つの矛盾するものを突きつけられて、子どもは戸惑い、親はふらふら迷う。



 脇目もふらずに一直線、エリートコースにたどり着くために邁進するのは、ある意味では楽かもしれません。他のことには目を閉ざすことになるからです。でもそれも、どこかに落とし穴がある、挫折がある。



 子どもはいつもいい子を要求されて、いい子は、素直な子、従順な子、つまりおとなしい子とも解釈されてきました。おとなしい子は大人しい子です。



 でも、子どもの持つエネルギーは、その解釈には収まりきれません。



 そして、その解釈の枠からはずれると、まさに社会は不寛容です。子どもにも、親にも不寛容です。その不寛容さが、ゲシュタポのごとき圧倒的力で迫ってきたら、私たちにはなすすべありません。



 先のナチ占領下の東ヨーロッパの小さな町では、一度虐殺を経験してから、ユダヤ人たちはとにかく隠れることを考えたといいます。そしていつ、どこで、どんなふうに隠れるか、友人にも、ときには家族にも明かしません。明かしたら、それだけ生き残る確率が低下します。互いの信頼をも奪われた社会です。



 ナチスドイツの例は極端かも知れません。けれど日本にも、それほど誇れる過去があるわけではありません。外政しかり、内政しかり。床屋での世間話が元で逮捕されることもあった治安維持法など、その最たるものでしょう。



 政策が社会に不寛容の空気を生んだ、極端な例です。踏み絵のようになった国歌・国旗法も、政策が、社会の不寛容を助長してきたいい例です。その上に、密告も奨励する共謀罪が成立したら、人の信頼関係など、ずたずたでしょう。



 そんな社会では、私は子どもを産みたくもないし、育てたくもない。



 (子どもというのは、母親が1人で育てるものではありません。日本には、社会生活を営む上での知恵として、名付け親、烏帽子親などなど、何人もの「親」代わりが、1人の子どもを見守り育てた習俗がありました。子ども1人の命は、そうした複数の人間のあいだで共有され、育まれてきたのです。そんなことは当然、不寛容な閉ざされた社会では不可能ですよね)





 



 

防衛庁、省昇格法案

 今日のアサヒ・コムによると、政府は9日午前の閣議で、防衛庁の「省昇格法案」を決定したとのこと。


 法案は(1)防衛庁を「防衛省」に、防衛庁長官を「防衛相」に格上げする防衛庁設置法改正(2)自衛隊の海外活動を付随的任務から本来任務に格上げする自衛隊法改正――などの一括改正。


 現在の内閣府の外局から独立の省に格上げすることにより、法案提出などの閣議開催の要求や、予算の財務相への要求などが直接可能になる。不審船に対処する「海上警備行動」などの発令の承認を得る閣議の開催も要求できる。同庁は「危機に迅速に対応できる」と意義を強調する。


 これが実現しますと、だいぶ戦前体制に近づきますね。


 悪いことは考えたくないのですが、なにしろ60年前の日本の状況が分かっているだけに、杞憂とは思えないものを感じてしまいます。


 60年前までこの国には、陸軍省と海軍省がありましたから、もちろん、陸軍大臣がいて、海軍大臣がいて、2人は軍部出身で、閣議にも出て、政策決定に大きな力を及ぼしていたわけです。1941年10月に首相に就任した東条英機は、内務大臣・陸軍大臣も兼ねて1人3役。その前の近衛内閣では陸軍大臣でした。


 おもえば、戦前、大きな権力をふるい、悪名高き特高警察もその所管だった内務省が戦後解体されて、できたうちのひとつが、「自治庁」です。この自治庁が自治省に昇格したのが、私が小学校6年のときでした。ちょうど学校で国の統治機構の勉強をしていたときで、行政機構に変化があったことを新聞で知り、授業で発表した覚えがあります。


 そして今はその自治省が省庁再編で「総務省」になっています。ますます、戦前体制に似てきていますねぇ。


 すでに昭和30年代から、いえ、敗戦直後から、戦前の「国体」への復帰、「国体護持」が画策され続けてきたのでしょうね。


 そんな馬鹿な! と以前は思っていましたが、近頃のように民主主義そのものが危うくなってくるような政治のありさまを考えると、だんだん、現実味を帯びてきたように感じます。


 

ホロコーストの闇

_149 _150_1 ラムズイアー。子羊の耳の意を持つこのハーブ、可愛らしいピンクの花が咲きますが、びっしりと産毛のような白い毛が生えた柔らかい葉っぱは、さわるとほんわり柔らかくて、癒されます。


 政府と政権与党の横暴に腹の立つあまり、とりあえず邸の麗子嬢とゆっくりお茶を飲む暇もゆとりもない方々は、是非身近に置くことをお薦め致します。


 先日から、東ヨーロッパの小さな町で起こったホロコーストを取材した本を読んでいます。かなりなボリュームで、原書ですから、少々時間がかかり、ブログの更新内容を考えるゆとりがありません。もちろん、麗子嬢やばあやとの楽しいお茶の時間は後まわし。


 とても重たい本です。(もちろん、重量のことではありません)。


 言葉をなくすとか胸が突かれるとかいう言葉だけでは、とても言い表せないほどの衝撃です。ホロコーストといえば、日本ではアンネの日記とかアウシュビッツを思い浮かべますが、息を潜めた隠れ家生活の日常や絶滅収容所での体験とは違う、ポーランドやウクライナ各地の町や村でおこった大小さまざまなユダヤ人虐殺の実態が、家族の歴史と共に描かれています。


 虐殺そのものも、あまりにすさまじく、当分の間私の頭から去りそうにもありませんが、その殺戮が、ドイツ・ゲシュタポのみならず、その協力者、昨日まで隣人として共に生活をしてきた人々の手によって行われたことに、また違った恐怖と衝撃を味わいます。


 日本でも、沖縄戦の最中、壕に逃げ込んだ若い母親が、泣いている赤ん坊の口を塞いで窒息死させた話を聞きますが、ちょうど同じようなことが、ゲシュタポがユダヤ人探索をするときにも出てきます。


 でもそれよりもおそろしかったのは、そうした探索の最中に、お産を迎えた妊婦の話でした。


 周囲にいる人の懇願空しく産気づいた女性が広場に引きずられていく。陣痛が始まると、そこにある大きなゴミ箱の上に引っ張り上げられ、お産の痛みに苦しむ姿が群衆にさらされる。それを見つめる人々は、冗談を言いあい、罵声を浴びせる。子供が生まれるや、赤ん坊は臍の緒のついたまま、すぐさま母親の腕からもぎとられ、群衆の中に投げ飛ばされる。人々は生まれたてのその赤ん坊を踏みつける……母親は血を垂らしながら、数時間その場に立ちつくす。そして駅へと引っ立てられていき、絶滅収容所行きの貨物列車に詰め込まれる……


 20世紀に入ってからも、フランスでは公開処刑が行われていたことを、カミュか誰かが書いていました。普通の市民が、今日はギロチンだ、という日、喜々として処刑が行われる広場に駆けつけるわけです。


 おまけに東ヨーロッパでは、20世紀になっても、ときどきユダヤ人の住まいが襲撃されるポグロムが起こっていました。社会不安のはけ口だったのでしょう。


 国家保安部長ラインハルト・ハイドリッヒという人物が、この東ヨーロッパのホロコーストの指揮を執ったのですが、実際に手を下したのは、ゲシュタポのみならずこうした普通の人々でした。もちろん、中には絶滅収容所行きトラック(ユダヤ人輸送には、列車だけでなく、家畜運搬用のトラックも使用されました)から逃げ出した人を救ったり、パルチザンになってユダヤ人と共に闘った人は、少数ですがおりました。


 でも、昨日まで、平和に暮らしていた隣人が、こうして牙をむくことがあるのは、旧ユーゴスラビアでのボスニア・ヘルツェゴビナの内戦でも顕著に見られたことでした。


(あああ、頭の中がいっぱいでうまくまとまりません。今日はここまで)


 


 

統一教会合同結婚式祝電――安部氏以外にも色々

Abejanihongaabunai2  すごいですねー、バナーをクリックすると、当日のビデオが出てきます。(どうもうまくゆきません。でてきません。雑談日記さんに飛んでビデオを見てください)。


 祝電を送ったのは、安部晋三氏だけではないのですね。


 元法務大臣の衆議院議員保岡興治、自民党政調会長中川秀直、自民党衆議院議員増原義剛他国会議員3名誰だ?)。政治家以外では、第一薬科大学副学長吉武タケド? 九州大学名誉教授高島良正といった大学関係者まで出てきたのには、これまたびっくり。


 知り合いのお嬢さんが「原理」に入って、急ぎ大学教授のお父さんが連れ戻しに行かれたましたが、帰宅後のお嬢さんの具合はあまり良くないと聞いたのはつい最近のことです。その統一協会に教育関係者まで関わっていたなんて、いいんでしょうか。


 私の学生時代は、「原理」の学生さんというと、目が座って、つじ説法をよくしていたことを覚えています。その後、各種押し売り、カンボジア難民募金とか、いろいろやっている様子がうかがわれ、目にするたびに顔をしかめていました。最近はあまり見かけないな、と感じて、かえって不気味に思っていましたが、深く静かに政治の中枢部に潜行していたのでしょうか。あまり想像したくありませんが。


 統一教会が提供する秘書を、自分の手出しゼロで使っていた議員さん達も大勢おられましたね。私たちは子どもの頃から、ただほど高いものはない、と教わってきたのですが。選良の方々が、それを知らない、ということはないですよね。


 

ロンドンのメイドスタイル

_125 _128 深紅の薔薇はブルグント88。ビロードのような花弁です。(葉っぱに病気が出始めています。やっぱり消毒しないといけないのかなあ)



 さてさて、10数年前の話になりますが、はじめてのロンドン旅行でびっくりしたのは、やはり人種間格差を見せつけられたときです。



 ハロッズ近くの繁華街に店を構える有名喫茶店での経験ですが、この喫茶店は、なんでも革命のフランスを逃れて来た人が始めたという、二都物語を地でいくようなお店です。



 満員の店内を動き回ってサービスしているのは、ブルー(だったと思う)のストライプのワンピースに白のエプロンをつけた、まさにメイドスタイルのアジア系と思しき女性たち。我が家の隣のお嬢さん、おばさんたちと変わらぬ顔立ちに、つい日本語でオーダーしそうになってしまいました。



 (南方アジア系の人たちは、けっこうみなさん、実年齢より若く見える人が多いですよね。それなのに、ウェイトレスをしていることから年配者ではないと思うのですが、ちょっとくたびれたような表情でふけてみえて、おばさんのイメージでした)



 無愛想なのか疲れているのか、にこっともしない浅黒い丸顔の、あまり自信のなさそうな表情に、ちょっととまどったことを覚えています。



 その「メイドさん」タイプの女性たちを指揮・監督するのが、すらっとして金髪の、アングロサクソン系の若い女性。白のブラウス、黒のタイトスカート、赤のベスト、といったいでたちです。きびきびした表情と態度で、フロアーの隅々まで目を光らせています。



 そして店内を統括しているのが、黒いスーツの、やはりアングロサクソン系のスマートな男性。



 この3者は、服装が違うだけではありません。目の動きをはじめとした表情から態度、歩き方まで、まるで違うのです。



  要求されている仕事の中味によって、これだけ人間の外見にも差が出るのか、と愕然とした1日でした。



 

女の平和

_142  またまた忙しモードに突入しましたので、しばらくはお気楽モードでエントリーします。


 写真の絵皿はギリシア土産にいただいたものですが、デーメーテールの愛娘ペルセポネーが、黄泉の国の王、ハデスにさらわれているところ。


 ギリシア神話には子どもの頃から色々創造力をかき立てられましたが、長ずるに及びギリシア悲劇を知ると、ギリシア趣味は決定的になりました。


 まだ上の子がお腹の中にいるときは現在のNHKホールができて間もない頃で、しばらく落成記念イベントのようなものが目白押しだったように記憶しています。


 このイベントの目玉に本場のギリシア悲劇の上演がありまして、もちろん私も飛んでいきました。


 高いチケットを、夫が自分の分はE席(だったかな?)を買っても、私にはC席を買ってくれまして、大きなお腹を抱えて、いそいそと出かけていきました。C席でも舞台は遙かかなた、オペラグラスのないことが悔やまれましたが、それでもコロスの素晴らしさに酔いしれるひとときでした。


 悲劇もさることながら、喜劇も忘れられません。


 アリストパネスの『女の平和』はおもしろいですよね。


 女たちが○○○ストライキでアクロポリスの丘に立てこもり、戦争を続ける男たちに抗議するという話でしたが、全然嫌らしさもなくて楽しめました。


 あれにとまどう男性陣のひとりに、当然luxemburg卿が入りそうだし、皮肉屋さんのkaetzchen師、真面目な青年(?)華氏さんも、どこかで顔を覗かせそう。


 ストライキ勢のリーダーはお玉おばさんで、若いスパルタ代表はとくらさんかな? 村野瀬さんがどこからか文献引っ張り出して、理論的裏付けをやっている感じ。


 私は、もちろん、ストライキ勢の食欲を満たすべく、一生懸命にパンやピザを焼いたり、おにぎり握っています。


 


 


 追記:お昼の食事時、フジテレビの番組予告でしょうか、黒人少年と「奴隷」という文字が画面に出て、そのすぐ後に安部晋三氏が涙をぬぐう場面がありました。


 あれは何だったのでしょうか。まさか、2匹目のドジョウを狙っているのでしょうか。涙は女の武器といわれていましたが、政治家の武器にもなったのでしょうか。

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