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伊吹文明という人は?

 25日、伊吹文部科学相は長崎県で開かれた自民党大会で、「大和民族が日本の国を統治してきたことは歴史的に間違いない事実。極めて同質的な国」と発言。
 改悪された教育基本法の前文に「公共の精神を尊び」という文言が加わったことについては、「日本がこれまで個人の立場を重視しすぎたため」と説明。人権をバターに例えて「栄養がある大切な食べ物だが、食べ過ぎれば日本社会は『人権メタボリック症候群』になる」と述べた。

 そして翌26日には、「単一民族なんて言っていない。日本国民が、大和民族がずっと統治してきた国で、そういう意味で極めて同質性があるということを言った」と述べたという話し。

 この方の強弁と論理は、今国会が始まってすぐの予算委員会でも見られました。

 賃料のいらない議員会館に資金管理団体の「主たる事務所」を置きながら巨額の「事務所費2005年は約4146万円)」を計上していた問題で、民主党の馬淵議員に「法律の通りにやっている。制度上の不備を理由に現時点では応じないというが、領収書を出すことで国民の不信は払拭できるのではないか」と質されました。
 これに対して伊吹氏は「政治活動はすべて平等でなければならない。ある政治家だけが公開する、すべて選挙活動を公にするということは困る」と答えるのみ。

 国会の質疑のありさまを見ると笑ってしまいますね。伊吹氏に限らず他の閣僚、アベ総理も、野党議員の追求には眉をつり上げ、語気荒く、こわいほどの剣幕で答えている人が、与党議員の優しいヨイショでえびす顔になるのですから。それがあまりに極端なので、日頃の生活でもこれだけ差があるのだろうか、という疑問がチラッと頭をかすめます。あの怒りのぶつけ方には一種の脅しがあるのかな? 

 単一民族なんて言ってない、日本は大和民族がずっと統治してきたという意味で極めて同質性がある、といったのだ、という伊吹大臣の主張。たしか古代史のこの問題については、結論は出ていないのではないでしょうか。だいたい、「日本」という概念自体、近代国家成立の前と後では異なりそうですし。

 ですからこれは、伊吹氏個人が信じていることなのでしょう。
 そして立場上問題にされることが分かっていて、あえて、というよりわざと、こうした発言をする。もしかしたら、どこまで世の中で許容されるか、テストをしているのかな?なんて考えました。 
 
 伊吹文明氏はご自身のHPで、戦後の長くて平坦な繁栄の時代に「国民全体が大切なものを見失って」しまった、と訴えます。大切なものとして例にあげているものが「『自助』の精神」、つまり「他人の世話になることの恥ずかしさ」だといいながら。

 と同時に「競争拝金主義者」が急増し、社会的エリートがそれに対する批判精神を失った。その結果「他人への依存が強まり、社会のリーダー層に批判精神の欠如が見られ、国家や社会、家庭へのつながりが薄くなってくる。」と断言。

 戦後日本の「社会主義的資本主義の軌道を転換」して「市場経済の方向に持っていった」のは正しいが「市場経済・自由社会は万能ではない」と言いつつ、最後に、今こそ、「慣習」「道徳」など日本の精神文化を重視し、市場経済と民主主義の欠点を補いつつ、日本を再生する、正しい保守主義が望まれると思いますね、と結論づけます(いきなり出てきた「民主主義」ですが、民主主義の欠点とは何を指していか不明です)。

         栄の時代 
       自助の精神を失う

    競争拝金主義者が生まれる
            
         日本の危機
            
  社会主義的政策は駄目だが、市場経済にも、ついでに民主主義にも満足できない。
    「慣習」「道徳」等の日本の精神文化を重視する正しい保守主義が一番!
(と伊吹氏は語っています。タイトルは、精神文化で日本再生――政治家の能力は「哲学」、「信念」、「説得力」
です)。

 これまでも、国民に犠牲を強いる政治家は、ことさら「精神」を強調してきました。精神さえ強ければことは片づく、とでもいうように。

 この論理で、いったいどれだけの人が納得できるでしょうか。  
 いつか稲田朋美氏がHPで訴えていることがおかしい、と言いましたが、負けず劣らず伊吹氏のものもおかしい。

 もともと頭のいい方でしょうから、本気でこのように考えているとは思えない部分を感じます。この文面で主張することはあくまでも支持者向けかもしれません。唐突に出てきた「正しい保守主義」についても、保守主義を標榜する政治家が「正しい保守主義」という言葉を口に出しただけで沸く人たちがいるのでしょう。そうした人たちは、みなそれぞれ、自分こそ正しい保守主義の持ち主だ、と思っていますから、伊吹氏がこの言葉を出しただけで、自分の代弁者として拍手するのではないでしょうか。

 そんな支持者が伊吹氏を下から支える一方で、氏を上から引っ張り上げる支持者もいるはず。そうした支持者は、伊吹氏と同様にこの主張が本心でないことを分かっているのだと思います。あくまでも票をもらって権力の座を手中におさめるための方便。

 まあ、そんなことが頭の中を駆けめぐりました。
 政治家は、財界の男芸者ですから。ちなみに、男芸者とは、「太鼓持ち」のこと。

 平成18(2007)年1月現在ですが、神道政治連盟国会議員懇談会の幹事長はこの伊吹文明氏です。
「神道政治連盟」はHPの最初に「神道精神を政治に」という言葉を掲げていますが、この神道精神というのは何でしょう?
「日本らしさ」が神政連のテーマだといいますが、はなはだ抽象的で分かりにくいので、具体的な活動を見てみますと、

「皇室尊厳護持活動」をし、「A級戦犯分祀・国立追悼施設建設」に疑義を唱えて反対、「夫婦別姓」に反対、明治憲法を「明治の日本人が苦心して作り上げた帝国憲法」と讃え、「日の丸」掲揚をうたう、という具合。

 日本全国で223名の国会議員がこの神道政治連盟の役員と会員に登録されています。でも、コイズミ純一郎氏の名は見えません。首相になる前は靖国参拝へは誘われてもいかなかったといいますから、無理ないですね。

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吉田茂の暗殺計画


 びっくりしました。戦後、旧軍将校の間でクーデター計画があったとは。
 26日までに解禁された米中央情報局(CIA)の文書で、旧日本軍参謀本部の作戦課長だった服部卓四郎ら旧日本軍幹部らが1952年7月、当時の吉田茂首相の暗殺計画を立てていたことが分かったという報道です。
hattoritakushirou.jpg

 この年10月31日付の文書によると、服部氏ら6人のグループは、吉田首相が国家主義者らに敵対的な姿勢をとっているとして、同首相を暗殺し、首相を鳩山一郎氏に代えるクーデター計画を立てていた。 しかし、服部氏の友人で元陸軍参謀の辻政信氏が「クーデターを起こす時ではない」などと説得。グループは計画実行を思いとどまったが、政府高官の暗殺まで検討した、というのですから。

tsujimasanobu.jpg

 写真上は服部卓四郎。下は辻政信。
 2人とも天保銭組なんですね。つまり陸大出。しかも恩賜組陸軍エリート
 胸いっぱいに勲章を着けた誇らしげな姿が象徴的です。

 陸士・陸大出は青春期を寝食共に過ごし、その心情的結びつきは私の想像を遙かに超えそう。同期は学業成績できっちり序列ができ、また師弟の結びつきもことのほか強く、互いに引きたて合いかばい合って、陸軍中枢に君臨する。

 お金はなくとも己の才覚、といっても単に陸士・陸大での成績だけですが、それだけで出世の道を極め、権力を握り、兵を、軍隊を、好きなように動かす。ただし、ノモンハン、ニューギニア、ガダルカナル等々、無謀な作戦を強行し、負け戦を重ねる。

 その戦前・戦中の栄光を忘れられない結果のクーデター計画でしょうか。

 辻はバンコクで敗戦を迎え、イギリス軍の戦犯訴追を怖れ、僧に変装するなどして逃げ、昭和23(1948)年に帰国。戦犯解除となる1950年まで逃避行を続けました。
「腹を切ってお詫びするのが道だがアジアの中で民族の再建を図るため」逃亡した、と強弁しているようです。理屈は後からいくらでもつけられますね。

 逃走中の記録「潜行三千里」はベストセラーになり、52年の衆院選では地元の石川県からトップ当選を果たしたというのですから、またまた驚き。日本の政治の現実をよく表しています(泣)。

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自動車産業のノウハウがお手本ですか?!

23日の衆議院予算委員会でアベ総理は、自民党の深谷隆司氏に答えて、中小企業に対して「競争力の高い自動車産業のノウハウを普及させることも必要だ」と述べています。
 以下にどのような文脈でその言葉が出てきたのか記してみます。
 
 働く人を大切にしていくこと、人材に投資していくことが長期的展望につながる。

 景気の回復は構造改革の果実であり、果実が行き渡り、果実を実感できる年にしたい。そのためには、これをさらに続けていくことが大切。
 さいわい明るい兆しが見えてきた。正規雇用が増えてきて、新卒内定率が上がり、初任給が上がってきた。

 人材に着目して就労支援をしていくこと、つまり人材への投資と中小企業支援という底上げ戦略を着実に具体的に進めていく必要がある。

 中小企業が生産性を上げて力強く成長することが、日本経済が安定的に力強く景気上昇の波に乗っていくためには必要ではないか。また家計部門に波及していくことによってそれが消費にまわり、消費が景気を支える、という好循環に入っていくことができると考えている。

 中小企業の生産性を上げて底上げを図っていくために、またその成果を下請けに波及させるために、たとえば、価格転嫁が下請けはなかなかできない状況下にあるわけだから、下請け取引の適正化を図っていったり、あるいは生産性を上昇させていくためにも、IT技術活用の支援をしていく。
 大変、今、世界で競争力の高い自動車産業のノウハウを普及させることも必要だ。
                                                    (以上)

「長期的展望」とは、ちょうどその前日の公聴会で森田実さんが「長期的展望をもって現実にあたれ」と使われていました。それをさっそく取り入れたのかどうかは定かでありませんが。

 また「景気の回復は構造改革の果実」という言葉を聞くと、即座に思い出すのが植草レポート。この中で植草氏は次のような説明をしています。

「小泉政権の5年半の期間に日本経済は最悪の状況に陥った。日経平均株価は7600円に暴落し、金融恐慌が目前にまで迫った。その後、日経平均株価は17000円台まで上昇し、日本経済も緩やかな改善を続けているから、小泉政権に対する国民の評価はさほど悪くない。
「改 革」で膿を出し尽くし、日本経済を再浮上させたなどという、見当違いの説明を聞いて思わず納得してしまう国民も多数存在しているようだ。だが、事実はまる で違う。小泉政権が提示した経済政策は文字通り日本経済を破綻寸前に追い込んだのだ。2003年5月に日本経済が破綻せず再浮上したのは、小泉政権が当初 示していた政策を全面撤回して、正反対の政策を実行したからにほかならない。」

 この結果
多くの国民が本来直面せずに済んだはずの苦しみに巻き込まれ」「外国資本が日本の優良資産を破格の安値で大量取得できた」と氏は指摘。
 この間にりそな銀行をめぐる国家的インサイダー取引が行われた疑いについても言及されていました。

「改革」を小泉が絶叫し、それに反応した皆が「改革」に熱狂。その結果が9.11以後の日本の政治。

「日本が『改革』と言い出して早15年、
平成に入ってから11人の首相が誕生しましたが『改革』を
主張しなかった首相は一人もいませんでした。
兎角政治家は『改革』が好きなわけです」
といわれたのは、小林興起氏でした。

 政治家が好きなら国民も好きなんですよね、「改革」という言葉が。英語にしたら、単に「リフォーム」なのですが。

 アベ総理の好きな言葉は「イノベーション」。23日の答弁でも使われていました。「イノベーション25」というのがあります。
何でも、2025年までを視野に入れた成長に貢献するイノベーションの創造のための長期的戦略指針のこととか。分かったような、分からないような……。
 イノベーション担当大臣が高市早苗氏で、内閣府には「イノベーション担当大臣25特命室」が設置されているとか。どこの世界の話し? と突っ込みたくなる。

 で、世界で競争力の高い自動車産業のノウハウを普及させる、と聞くと、「トヨタ方式」なる言葉を連想してしまいます。『日経ものづくり』では礼賛されているようですが、私は鎌田慧さんの『自動車絶望工場』を思い出します。

仕事をしていて恐ろしく思うことがある。これは労働ではなくて、なにかの刑罰なのだ、と。
という鎌田さんの言葉に、
全く同感。延々と続く単調作業の繰り返しは人間を壊していく。俺の場合、半年だから何とか耐えることができた。(まだ終わってないけど) 」と、現在トヨタの現場で働く青年が呟く。
 
 そして「トヨタイズムの裏側で労組つぶし フィリピントヨタ労組の戦いに世界から支援の輪」
という記事が日刊ベリタに出たのが、去年の9月のことです。
「なぜトヨタはフィリピンに進出し、現地で何を行ってきたのか。労組つぶしだけではなく、フィリピン政府を手玉に取るトヨタの地域支配の実態」を労組委員長が語っています。

 トヨタの強さは、下請けのみならず、こうした期間工、海外工場の現地従業員の犠牲の上に成りたっているのではないか、という思いがふつふつと湧き上がります。

 いったいアベ総理は、「自動車産業のノウハウ」の何を中小企業に普及させようと考えているのでしょうかね。

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森田実さんの公聴会の言葉、そして日本会議に集う議員たち

昨日22日の衆議院予算委員会公聴会での森田実さんの言葉はもう聞かれましたか?

 平成19年度の予算書を読んだ感想を森田さんは、孟子の「民を尊しとなし、社稷(しゃしょく:国家のこと)これに次ぐ」というひと言で表していました。
 国民のためにことをなすのは「選挙で選ばれた政治家」だけである。国家を優先させて国民に負担を強いる政治は、絶望とあきらめを生むおそれがある。抑圧とあきらめを終わらせるのが民主主義の政治の役割だ、と胸に染みこむような口調で静かに語りかけられました。

 一利を興すは一害を除くにしかず、とも言われていましたが、この耶律楚材の言葉の後には「一事を生かすは一事を減らすにしかず」と続きます。
 世間の耳目をそばだてるような派手なことをするよりも、一つ一つの弊害を取り除くことこそ
政治の神髄である、と言われているように聞こえます。

 心身障害児の医療などに当たっている都立北療育医療センターへの総理夫人らの訪問。改革、と称して障害者を切り捨てるような施策をしてきたのはどう考えているのか、と真面目に考えれば次から次へと疑問が湧いてきます。
 民の台所を心配して散歩をしながらごみ箱を覗いたというごみ箱宰相東条英機のパフォーマンス、小泉前総理のインパクトの強いワンフレーズとアクション。自分の都合だけを考えた嘘。人気取り作戦の裏には、自分の、あるいは自分たちグループの権益確保のためには何でもやってのける精神がはびこっています。

 黒川紀章氏が石原慎太郎都知事が立候補を辞退しない場合には、都知事選に立候補することを表明したそうですが、2人とも確か日本会議に参加する同じ志を持った人たち。どういう作戦で何を狙っているのか、ちょっと分かりません。でも、せっかく手中にある都政の専横権ですから、これだけは他のグループに手渡したくない、と思っていることだけは確かではないでしょうか。
 
 日本会議:多くの右翼の団体・個人がここ行き着き、ここからまた出立する。「右翼の活動における1種のプラットホームの役割を果たしている、と言う人もいます。ちょうど10年前の1997年に「日本を守る会(1974年設立)」「日本を守る国民会議(1981年設立)」を統合してできました。

 日本会議の究極の目的は、第2次世界大戦の敗戦で否定された国体護持にあるようです。戦前・戦中の日本を貫く国体、天皇を中心とする政治秩序のもとで、よほど「「いい目」をみた人たちが存在するのかな? とつねづね疑問を抱いてきましたが、メンバーを見るとますますその思いを強くします。

 けれどもここに関係するのは、神道指導者たちや、いわゆる社会の「エリート層」に属する個人だけではありません。
  生長の家、モラロジー研究所、霊友会、キリストの幕屋等々の宗教関連団体が深く関わってきます。キリストの幕屋とかモラロジー研究所とか、聞き慣れぬ名が登場しますね。「結局、『日本会議』の屋根の下には神道だけでなく形式的には仏教、キリスト教など主要な宗教がすべて集まっている」といわれていますから、例の統一協会もここにからんでくるのでしょうか。石原都政をバックアップしているのも、こうした団体でしょうか。

「日本会議」の実質的な中枢が、240名を超える超党派議員の集団、日本会議国会議員懇談会。右翼団体「日本会議」に集約された意見は、この組織を通じて政治の世界に反映されます。

 これまでの執行部の中でも主だった人の名をあげると、麻生太郎(自民党、現外相)、平沼赳夫(無所属、元経済産業相)、中川昭一(現自民党政調会長)、下村博文(現内閣官房副長官)、古屋圭司(自民党)などで、200名を超える自民党議員と25名の民主党議員が加盟しているらしい。自民党と連立を組む公明党は宗教勢力をバックにしていることは周知の事実なのですから、日本の政界を覆う宗教の力がこれからどれだけ大きくなっていくのか考えると、おそろしいものがあります。
 
 みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会、等どいうのもありましたね。みんなで靖国神社に参拝する国民の会、というのも。国民といっても、国体護持を支持する議員にとっては臣民ですから、みんなで靖国神社に参拝する臣民の会といい変えた方が分かりやすい。
 
 しかし、どう考えても、全国民に対する日本会議関係者数の比率の低さに比べて、全国会議員に対する日本会議国会議員懇談会加入議員の数は多すぎるでしょう。

 貧しい人が増えているのは否定しがたい現実であり、一害を除くことに政治の使命がある。国家と国民のバランスに異常を来しているのではないか、と語った
森田さんの言葉は、日本会議を支えている議員たちの胸にどう響いたでしょうか。

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メディアの自主規制を狙う菅総務相 ムラの教育

菅総務相の脅しが利いたのか、最近のNHKの報道番組はますます見てはいられない、聞いてもいられないものになってきました。
   関西テレビのデータ捏造問題をきっかけに総務省が放送局への監督を強化する法改正を検討していると報道されています。「報道の自由は当然だが、事実と異なったことを報道する自由はない」と菅総務相は16日述べ、改正に改めて意欲を示したそうです。

 公共の電波を正しく使ってもらうという責任は総務省にある、ともいったそうですが、「(改正しても)業務改善命令を出すつもりはない。自主的なものを検討している」とつけ加えています。
「自主規制」を狙っているわけです。
 今でも十分すぎるほどテレビ局・新聞等の報道機関は自主規制しているのに、まだまだ足りないというのでしょうか。まだまだ貢ぎ足りない、まだどこかに隠しているんだろう、残らず召し出せ、とでも言いたげな何ともあこぎな強欲ぶりに、百姓と何とかは絞れるだけ絞れ、という言葉を思い出します。

 多分、人間のこうした欲望、とりわけ為政者、政治にたずさわるもの、人を支配していると思っている人たちの求めるさらなる要求は、際限がないのです。いつまで自分たちがその地位にいられるか不安に駆られる。権力の座にいる人は、自分がそこから滑り落ちるのが怖くてたまらない。
 疑心暗鬼の目を周囲に注いで、さらなる忠誠を求めるのです。

 と、腹ばかり立てているのもおもしろくないので、話題を変えて、昨日の桃太郎のエントリーで出てきた「若者宿」について、少々説明いたします。

 明治5(1872)年の学制発布以前の日本では、子供たちはどのようにして大人になっていったのか考えるとき、この若者組はどうあってもはずせないもの。
 当時、人口の85%を占めた農漁村の人びとは、支配層の持つ価値観、文化とは離れたところで生活の文化をつくり継承し、子育ての習俗を持ちました。

 幕藩体制下の過酷な統治にあって年貢等の支配者の要求に応えるために、ムラは村極(ぎめ)や村法を定めて連帯責任を確認。これを全うできない場合は、赤ん坊なら間引き、成長しては勘当・旧離を届け出て人別帳から外しました。

 一人前になるとはそうした村の構成員の一員になることであり、単に直系家族にとって意味があるだけでなく、ムラという共同体にとって重要な問題だったのです。ですから「若者組」とは社会的訓練として体系化されたムラの公的制度ともいえるわけです。
 
 祭礼や芝居興行を企画するのも若者組の役目でしたが、一揆や打ち壊しの主力となったのも彼等であり、漁村にあっては海難救助の任にもあたりました。
 
 夕食後若者宿に集まり、時には娘宿に夜なべ仕事を手伝いに行ったり、夜ばいに行ったりして朝までそこで過ごします。地方には高度成長期前までこの夜ばいの風習の残る村もあったようで、僻地に赴任した新卒の女性教師をこれから守るのも同僚教師の仕事だったと聞いたことがあります。

「質朴にして親切」だが「怠惰遊蕩の風」は逃れがたく、「村芝居に祭文読み、夜ばい」が好物だと明治の新聞に揶揄されたムラの住民たち。
 ソフィストケートされた(爆)現代人は当惑するばかりですが、若者組は、もちろんこんなことだけをしていたわけではありません。大体15歳で加入して結婚まで、あるいは結婚後も最長42歳まで共に過ごすわけですから、宿の仲間はさぞ結束が固かったことでしょう。そんな結束がムラの運営で大きな力を発揮するのはわかりますね。

 ヨーロッパにも同様な夜の集いヴェイエやキルトガングという風習があったといいますから、公教育制度以前の教育としては、けっこう普遍的な形なのかもしれません。

 このムラにあった若者組が、やがて官制の青年団へと再編成させられ、それの完了が大正末期。大正15年に創設された青年訓練所は主として軍事訓練を施し、これが後に実業補習学校と統合され、男子の義務となります。

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桃太郎は、どのようにして教科書に登場していったか

 自分が目立つことを最優先する政治家や、野党の追及が怖くて改革を進められない政治家は、内閣・首相官邸から去るべきだ」と、堪忍袋の緒が切れたらしい自民党 の中川幹事長がいったとか。
 あれあれ、たいして尊敬もできない人物をただ選挙のためにだけ担ぎ出したのは誰だったのでしょう。それで幹事長は愛党心を発揮し て、とにかく首相に忠誠を誓え、というわけですか。

 採寸は間違えるわ、生地も裁ち間違えて仕立てるわで、服が着られない。それでも服に体を合わせろ、といっているみたい。
 
 柳井前駐米大使、中西京大教授、伊豆見静岡県立大教授出席の18日のNHK日曜討論では、6カ国協議で日本が孤立していたということはあり得ない、北朝鮮に大規模経済支援ができる国は日本だけであり、日本が6カ国協議の成否を握っていると、終始政権擁護が繰り返されてました。

 いろいろなところで、いろいろな人たちが、総理をかばってくれるようです。

 堅い話が続いたので、今日は目先を変えて「桃太郎」のことでも。

 いつかLuxemburgさんが「世界一受けたくない授業」として武田鉄矢さんの桃太郎解釈をあげられていました。
 多面的な見方の例として武田さんは、「桃太郎は両親に育てられなかったために、人と違うといじめられて仲間はずれになり、グレてそのコンプレックスから自分は人と違う、だから違うことをしなければならない、と思うようになり、鬼退治に至った」と解釈されたそうです。

 こんな解釈をしたら、フロイトさんも口をあんぐり、というよりも、怒り出すかもしれません。
 
 この桃太郎話しの変遷を、『学校のない社会 学校のある社会』の中で中内敏夫さんが書かれた「教材『桃太郎』話しの心性史」から見ていきます。

 もともと「桃太郎」話しは、室町末期に桃信仰と島渡り伝説という別々の話しが合体してできあがったもので、400年の伝統がある。
 桃を食べて、あるいは川の水を飲んで若返った「ぢゞ」と「ばゞ」の間に赤ちゃんが生まれる話しが回春型。老婦人が川から拾ってきた桃から桃太郎が生まれたという果生型より古いタイプだ。
 
 これが江戸時代には草双紙といった出版物のかたちで広まり、まず最初は「赤本」という女性や子ども向けのマンガ本のようなものに
回春型の話しが登場する。

「昔々、爺は山へ柴刈りに、婆は川へ洗濯に。美しき桃流れ来しを取りて帰る。
  爺『あゝくたびれた。早く帰って婆が顔でも見よう』
  婆『やれよい桃かな。も一つ流れてこい。爺におませう』
 爺婆桃を服し、忽ち若やぎて一子を設け、桃太郎と名づく。」
 
 赤本の中には、「ばばあどのもいきなおんなになつていろけたぷりに」という表現や、桃太郎が後に女郎買いに出かける場面まで出てくるものまである。けれど
8世紀の徳川吉宗の享保年間あたりから子どもへの眼差し、つまり読者である子どもに寄せる人々の気持ちのありようが変化したことから、話しそのものも回春型から果生型へとの変わっていく。

「風俗之為にもよろしからざる」好色本の類として吉宗の政権が行った草双紙類取り締まり・弾圧を逃れて、「桃太郎」の話しは教育用童話の仲間入りをする。ただし一気に変わっていったのではなく、回春型と果生型の混合型がかなり長い間続く。
 学校教育の中で『桃太郎」が教科書に初めて採用されたのが明治20(1887)年の『尋常小学読本』。そしてこれ以後、国定教科書の中で語られていく。

 鬼ヶ島征伐に向かった桃太郎は、明治に入ってもしばらくは少年ではなく若衆の姿だった。若衆といっても特定の年齢に絞れるものではなく、若者宿に集った独身の男ということぐらいの意味。

( 若者宿については別名「ワローグミ」という語があるように、若衆は重要な労働力であると同時に、時には持て余すほどのエネルギーを持った手に負えない存在 です。桃太郎は、そんな「ワロー」のひとりだったのでしょう。そして明治27(1894)年の巌谷小波の作品では、「ワロー」は凛々しい美青年になっています。)

 そんな若衆姿の桃太郎が少年の姿で描かれるようになったのは第1次大戦の終わる頃。
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(上の写真は1781年に赤本で書かれた『桃太郎一代記』。
 上では若衆姿の桃太郎が鬼と連れだって歩いています。下では同行した鬼たちといっしょにこれから遊里で遊ぼうか、というところでしょう。遊女まで角が生えているようです。
この『桃太郎一代記』頃の鬼ヶ島行きは、単に「たからものをとりにゆく」とされていただけ。ワローの気質をよく見せてけっして、優等生ではありません。)

 幕末から明治にかけての国学者たちは、儒者たちが伝統的に捉えてきた「学ぶ」に対して、「教える」という考えを「愛(お)す」の発露として説く。成立して間もない「日本」という空間意識を記紀神話で裏打ちして三次元化し、桃太郎は「天津神」の申し子であるから『うつくし』まねばならぬという」「啓蒙的な形」をとった

 このことは巌谷小波の童話によく表れ、子供のいないのを嘆く爺婆の望みが神意によってかなえられ、そのためこれを慈しまねばならぬとされている。子の教育に対する親の義務が、ヨーロッパのように超越神ではなく祖霊神であるところに日本の特色がある。

 さらに明治末期になると、神意を持ち出して説いた愛育の義務があたりまえのこととして人々の心の中に入り込んでいったため、強調する必要も無くなくなる。

 すでに桃太郎話しは、鬼が「悪さ」をするので「こらしめに」いくという征伐話になっており、1898年の修身の教科書では「天子様」に忠義を尽くしたいと鬼退治に出かけ、やはり天子様への忠義の心で鬼たちを打ち負かす話しとして出ていた。

 回春型はとっくの昔に消えて、桃太郎は若衆姿ではなく、今日よく見る「気はやさしくて力もちの、生まれながらにして美徳を備えた少年の姿へと変貌。期待される人間像として教訓童話、修身童話のなかに受け継がれていく。 

「桃太郎」像という日本に住んできた人びとの心性に棲み込んできた子供像を利用し、これを加工することによって、薩長政権が心性の革命を起こそうとした。

 以上が中内敏夫さんのお話です。

 おもしろいのは別種の桃太郎がいくつも存在したことです。
 その中の一つ、芥川龍之介の桃太郎も見てみましょう。 

  鬼ヶ島を蹂躙した桃太郎に、鬼の酋長がおそるおそる尋ねる場面を抜き書きすると次のようになります。

  「わたくしどもはあなた様に何か無礼でも致したため、御征伐を受けたことと存じて居ります。しかし実はわたくしを始め、鬼が島の鬼はあなた様にどういう無礼を致したのやら、とんと合点が参りませぬ。ついてはその無礼の次第をお明し下さるわけには参りますまいか?」
 桃太郎は悠然と頷いた。
「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」
「ではそのお三かたをお召し抱えなすったのはどういうわけでございますか?」
「それはもとより鬼が島を征伐したいと志した故、きび団子をやっても召し抱えたのだ。
――どうだ? これでもまだわからないといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。」
 鬼の酋長は驚いたように、三尺ほどうしろへ飛び下がると、いよいよまた丁寧におじぎをした。


 第1次世界大戦後の1920年、ドイツ領だった南洋の島々の赤道以北が日本の委任統治領になります。芥川がこれを書いたのは1924年のこと。鬼が島は絶海の孤島で、「椰子えたり、極楽鳥ったりする、美しい天然楽土」。「この楽土にけた鬼は勿論平和を愛していた」といいますから、この南洋の島々が彼の念頭にあったのでしょうか。

 さすが芥川! 教科書の桃太郎とはひと味違います。でも、本来民衆の間に伝わっていた赤本の桃太郎とは、ずいぶん違うものになっていますね。


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民主党前原グループを採点してみると

議員のプロフィールを調べていると、いろいろ興味深いことが出てきました。その中のひとつ、前原グループの総帥前原誠司氏のところで見つけた言葉。
「凌雲会」「国防省設置を早期に実現する議員連盟」「日本会議国会議員懇談会」。

 いずれも前原氏の所属グループですが、世にいう前原・枝野グループとは、この「凌雲会」のことを指したものです。

 凌雲会

 後見人的存在の仙石由人の他、若手30名よりなるといわれ、以下の方々がメンバーと見られていますが、私が確認できていない人も含まれています。
 前原誠司、野田佳彦、枝野幸男、津村啓介、小宮山洋子、安住淳 、玄葉光一郎、細野豪志、渡辺周、古川元久、近藤昭一、泉健太、山井和則、馬淵澄夫、北神圭朗、松本剛明、小川淳也、高井美穂、奥村展三、田島一成(以上衆議院)、
 福山哲郎・松井孝治(参議院)

「偽黄門をそそのかした民主党の妖怪」「その筋が仕事の背景を調べていて、官邸がその情報を握っている」と平野貞夫さんに言われた「阿波狸」とは、この仙石由人のことと思われます。
 枝野氏と前原氏は、日本新党・新党さきがけ以来の同士。
 前原誠司、野田佳彦、玄葉光一郎、福山哲郎、山井和則は、松下政経塾出身仲間。
 
 耐震偽装事件を取り上げた馬淵澄夫氏がこのグループだったとは意外ですが、2005年総選挙後の民主党代表選挙では前原氏の推薦人を務めています。
 前原氏の推薦人は他には
安住淳、泉健太、小宮山洋子、近藤洋介、武正公一、長島昭久、中川正春、野田佳彦、伴野豊、藤村修、古川元久、松本剛明、渡辺周(以上衆議院)、榛葉賀津也、鈴木寛、広中和歌子、松井孝治、蓮舫、若林秀樹(以上参議院)の方々がいます。

 細野氏は、前原氏とは学生時代からのつき合いのようです。 
 奥村展三氏は前原氏と旧さきがけ仲間。

 小宮山洋子氏は決して若くはありませんが、凌雲会の勉強会に参加しています。憲法9条については戦力の不保持を定めた第2項は改めるべきだという考えを持っているようです。

 山井和則氏については、 山口二郎氏が、「松下政経塾出身の政治アニマルとは異なる。もちろん、松下政経塾出身者の中にも、福山哲郎山井和則のようなまともな政治家もいる」と言っています。
 ただし山井氏の2006年毎日新聞アンケートの回答を見ると、問2の1931年の満州事変以降の対中戦争ついて「侵略行為が行われた」と思うかどうかについて、「どちらともいえない」と答えているところが気になります。

 なお近藤昭一、田島一成、山井和則の3氏は「リベラルの会」のメンバーです。

 どうもこの前原グループといわれている凌雲会の性格がちょっと掴みきれません。

 そこで次の表を見て頂きたい。

 
11
12
13
14
15
17
18
19
 
不 
_
_
_
他 
や 
○ 
_
_
_
なし
×
×
×
×
×
×
_
×
×
×
×
×
_
 
*左端は議員名の略。それぞれ、小宮山洋子、細野豪志、渡辺周、近藤昭一、松本剛明、奥村展三、北神圭朗、前原誠司、泉健太、山井和則、田島一成、馬淵澄夫、津村啓介、小川淳也、高井美穂の方々。
 
*2006年毎日新聞アンケートを私が整理した質問番号。
1:1941年の対米開戦について。「無謀」「やむおえない選択」のどちらか。
2:1931年からの対中戦争で、「侵略行為が行われた」と思うかどうか。「○思う」「△どちらともいえない」。
3:第2次世界大戦についての日本政府の謝罪・反省は十分だったかどうか。
4:1951年の極東軍事裁判について。「不当」「正当」のどちらか。
5:軽武装・経済重視の日本の戦後の60年について。「評価する」「評価しない」
6:軽武装・経済重視路線のこれからについて。「○今後の維持していくべきだ」「×再考し、変えるべきだ」のどちらか。
11:憲法9条について。1は「1項、2項とも変えるべきではない」。3は「戦力の不保持を定めた2項だけを改めるべきだ」。5は「その他」
12:集団的自衛権の容認について。「○認めるべきだ」「×現行通り禁じるべきだ」のどちらか。
13:日本の核武装について。1は「将来にわたって検討すべきではない」。2は「国際情勢によっては検討すべきだ」。
14・15は対アジア外交について。今回の分析に、この回答は使用しませんでした。
17:首相の靖国参拝について。「反対」「賛成」のどちらか。
18:A級戦犯分祀について。「反対」「賛成」のどちらか。
19:無宗教の新たな施設建設について。「反対」「賛成」のどちらか。
 
以上の質問から各回答をリベラル色が強いか弱いかで分け、強い方に1点と加算していき、問1、2については、それぞれ、「やむおえない」「△ どちらともいえない」で答えた場合は1点を引きます(赤字の場合が1点になります。青字が-1点)。
採点ルールをそのように決めた上で議員ごとに採点してみました。
 
小宮山洋子、細野豪志、渡辺周、近藤昭一11、奥村展三11、北神圭朗、前原誠司、泉健太、山井和則、田島一成、馬淵澄夫、津村啓介、小川淳也11、高井美穂、という結果が出ました。
 もちろん、採点基準が変われば得点は変わりますが、今回は私の独断と偏見でしてみました。それでもかなり見えてきたことがあります。
意外や意外、耐震偽装事件追及の頃の好感度抜群だった馬淵氏が北神圭朗氏と並んで最低得点獲得。
ソフトムードの小宮山さんが思ったほど点が伸びず、近藤昭一、奥村展三、小川淳也の3氏が最高得点をマーク。
 みなさんそれぞれの採点では、どのような結果が出るでしょうか?
 
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イラク――不可能な国家

イラク建国 「不可能な国家」の原点
 ここ数日間読んでいた本です。著者はファクタ編集長阿倍重夫氏

 帯には「イラクの戦後復興はなぜ泥沼に陥ったのか」とありますが、書かれている大半は1921年のイラク建国前後の舞台裏です。
 イラクの部族社会に根回しをして国境線を引いた1人のイギリス女性ガートルード・ベルを中心に、「アラビアの」ローレンスや個性豊かなイギリス諜報局の面々が絡み、ベドウィンの雄イヴン・サウードが、そしてアラブ随一の名家ハーシム家から出て初代イラク国王となったファイサルが登場します。

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ガートルード・ベルと(アラビアの)ローレンス
  










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 20世紀初頭、瀕死の大国オスマン帝国のトルコにビスマルク後のドイツが触手を伸ばす。当時、現在のイラクにあたるメソポタミア地方はこの帝国の一部。富の源泉インドを領有し、ペルシャ(イラン)南西部の油田に利権を持つイギリスは、ヨーロッパとインドを結ぶ海路を握っていた。

 ドイツは、ベルリンからビザンチウム、バグダード、クェートまでをつなぐ鉄道を敷設し、ペルシャの族長たちをけしかける。強欲なイギリスに分け前をやることはない。やつらを放逐して、石油のすべてを自分のものにしろ、と。これを、族長たちは逆手にとって、イギリスの採掘料をつり上げようと、駆け引きに使う。

 これに対してイギリスはあらゆる策を講じようとして、2枚舌どころか3枚舌を使う
 1枚目は第一次大戦勃発直前の外相とトルコとの間のアラビア半島を南北分割する秘密合意(1914年6月)。(これ以外にもアラブの反乱の論功行賞としてハーシム家のフサインに自治権を与えるという約束を1915年7月~1916年3月の書簡で明言していた……4枚舌?)。

 2枚目はロシアの10月革命の結果暴露された「サイクス=ピコ協定」(1916年5月)。これは大戦後のオスマン帝国領の分割を約束してイギリス・フランス・ロシアとの間で結ばれたもので、メソポタミアはイギリスの保護領だった。

 3枚目は外相がロスチャイルド卿との書簡の中でユダヤ人国家の建設を約束したバルフォア宣言(1916年11月)。当時アラブの現地で汗を流すベルはこの宣言を知り、「いっさいの現実に目をつぶる、まるっきり机上の空論」と吐き捨てるように言う。

 アラブの古老から、いったいどの公約を信じればいいのか問われたローレンスは、相矛盾する文書のうちで、一番日付の新しいものを信じなさい、と答えている。
 1917年3月、バクダード陥落。オスマン帝国はメソポタミアを失う。ベルは占領地で新国家建設の青写真を描く作業に夢中になるが、そこにサイクス=ピコ協定バルフォア宣言が影を落とす。19年のパリ講和会議でベルとローレンスは、領土と油田の権益しか眼中にない政府首脳を前にして手を組んでアラブの将来のために奮闘する。が、中東を英仏の委任統治領にする以外何も決まらない。

 アラブ国家の樹立を急ぐベルはバダードのスンナ派長老を訪ね、その助言にほぼ従ってイラク統治政策の骨格をかためる。当時イラクの総人口280万人中150万人がシーア派だったが、当面の治安のために都市部の裕福な少数派スンナ派に依存して、多数のシーア派を封じ込めることにした。

 帝国としてイギリスが生き延びるためには、自発的な政府と行政を支援するか設立するべきだ、とベルは考える。しかし、本国政府も現地の民政長官代行も耳を貸さず、民政移管は一向に進まない。
 19年の暮れ、騒擾が発生。20年4月、英仏の両国は旧オスマン帝国領アラブの分割を決め、メソポタミアとパレスティナはイギリスの委任統治領になる。そこでアラブに暴動が起こる。シーア派のイスラーム法解説者たちがジハードを呼びかけ、ラマダーンが始まるとスンナ派とシーア派の信徒たちが結束しはじめる。イラク全土に流言卑語が飛び交い、族長たちは反乱密謀を凝らす。

 メソポタミアはイギリス軍と暴徒の凄惨な内戦に突入し、一方で野心満々の名望家の息子が己をメソポタミアの王に推戴させるべく陰謀を巡らす。この間、数百人のイギリス人の犠牲者が出て、大戦が終わったというのに多額の臨時出費がイギリスの国庫を直撃する。けれどアラブ人の犠牲はその数十倍、1万人を超えてしまう。

21世紀初頭の米国の躓(つまず)きとこれはよく似ている」と阿部重夫さんは言う。「専政の重い鉄蓋をあけたとたん、沸騰しはじめるメソポタミア。異邦人には見えないこの国の「地下」に、どんなマグマが隠れているのだろう」とも。

 21年、新しい高等弁務官の着任と共に民政移管は実行に移され、11月にはスンナ派主導のアラブ人の暫定内閣が発足する。イラクとペルシアの国境線はベルが引き、スンナ派とシーア派は再び分断される。
 イラクの統治はイギリス人顧問団と王家とスンナ派にゆだねられ、アラブ系の族長たちは、ペルシア系が優勢なシーア派のイスラーム法学者たちへの反感を煽られる。
 
まさに分断して統治せよのとおり。

 21世紀のイラク、今年の1月29日シーア派の聖地ナジャフでイラク治安部隊と駐留米軍が交戦した相手は、シーア派の聖職者殺害を計画するスンニ派の武装勢力だったとCNNは伝えている。
 が、シーア派そのものもまた分裂している。サッダーム・フセインの政権と対峙しなかったシスターニー師やホエイ師を許さない勢力が存在しており、そのひとつが、私たちもたびたび耳にしたムクタダ・サドル師を支持するグループだ。彼の父親は、サッダーム・フセインの刺客に殺されている。

 この分断と分裂の状態を「近代国家の前提となる均質性」が欠けていると、阿倍重夫氏は見る。
 
 21年3月、時の植民相ウィンストン・チャーチル、ローレンス、ベル、高等弁務官コックスがカイロに会し、新国家の国境を決めた。クルド人の多い北部、正統スンナ派のアラブ人の多い中部、シーア派のアラブ人の多い南部、さらにそこにペルシア人、ユダヤ人、ネストリウス派キリスト教徒といった少数派が入り込んでいた。
 中部と南部だけでは反抗的なシーア派が多数を占めて、御しやすいスンナ派が劣勢なるということで、ベルは3地域を一括して、さらには北部の油田の権益も考慮しながら地図に国境線を書き入れる。クルド人の住む北部は分離すべきだ、というローレンスの意見はベルに一蹴された。
 イラク南部とクェートとの間、砂漠の空白に中立地帯の線を引いたのもベルだった(1923年)。
 
 ベルの画策で実現したファイサルによる王政は、1958年の軍事革命で幕を閉じた。

初めは傀儡アラブ人王(ファイサル1世のこと)政、次はコミュニズムと結託した軍事独裁、そして汎アラブの疑似社会主義政党(バース党)独裁、そしてサッダームの個人崇拝の恐怖政治……と強権支配が続いたのは、部族制の根強いこの地では近代西欧型の完結した国民(民族)国家が不可のだからだ、それでもイラクが国家として存立できたのは、はじめはベルやローレンスの背後で「インドへの回廊」を守ろうとした英国の意志があったからであり、1970年代の石油危機から湾岸戦争までは冷戦の盾や反ホメイニーの防波堤として米国が必要としたからである。
 
 今回のイラク侵略戦略を立てた超大国米国の政権中枢やその追随者たちは、ベルやローレンスが経験したような挫折と懊悩にある内省を驚くほど欠いている。ベルが設計したキメラ(混在)国家が無理なら、イラクを解体して国境線を引き直さなければならないはずなのに、国家の原点に帰るだけの構想も資源もない、と阿倍重夫氏は断じる。

 日本の戦後をモデルに考えて、イラクに期待を裏切られたブッシュのアメリカ。

 ひるがえって日本は先の大戦に敗れたばかりか、今も忠実に「アメリカからの改革の要望」に応え続ける。イラクにあるマグマが私たちの国にはないのだろうか?

小泉政治との訣別

「日本列島の津々浦々からうめき声が聞こえる」と、亀井静香氏1が13日の衆院予算委員会で小泉前首相の経済政策を批判しました。

 私の手元にある「小泉政権の実績」と書かれた紙は、昨年の12月に、ロンドン在住の知り合いが送ってきたメールをプリントしたもの。
 彼の地から、年間3万人もの自殺者を出しておきながらよくみんな黙ってるな、と怒りのメッセージを送ってきたのは数年前のこと。
 そんな彼が小泉政権の無惨な失政を、海のかなたで次のように評価しました。

 GDP下落率………………歴代総理中第1位
 自殺者数  ………………歴代総理中第1位
 失業率増加………………歴代総理中第1位
 倒産件数 …………………歴代総理中第1位
 自己破産者数………………歴代総理中第1位
 生活保護申請者数…………歴代総理中第1位
 税収減  ……………………歴代総理中第1位
 赤字国債増加率……………歴代総理中第1位
 国債格下げ ………………歴代総理中第1位
 不良債権増 ………………歴代総理中第1位
 国民資産損失………………歴代総理中第1位
 地価下落率 ………………歴代総理中第1位
 株価下落率 ………………歴代総理中第1位
 医療費自己負担率…………歴代総理中第1位
 年金給付下げ率……………歴代総理中第1位
 年金保険料未納額…………歴代総理中第1位
 年金住宅金融焦げ付き額……歴代総理中第1位
 犯罪増加率 …………………歴代総理中第1位
 民間の平均給与 ……………7年連続ダウン
 出生率 ………………………日本史上最低
 犯罪検挙率……………………戦後最低
 所得格差 ……………………戦後最悪
 高校生就職内定率…………戦後最悪

 と、いずれも記録的なものばかり……。

 ちなみに、自己破産件数の推移も。
    
        件数    前年比   増減率
H5     43,545            401          o.9
H6       40,385       -3,160         -7.3
H7       43,414        3,029          7.5
H8       56,494      13,080        30.1
H9       71,200       14,805        26,2
H10   103,803      32,504        45.6
H11   122,741      18,938        18.2
H12   139,280      16,539        13.5
H13   160,457      21,177        15.2   ←小泉内閣
H14   214,638     54,181         33.8 ←小泉内閣
H15   242,357     27,219         12.9  ←小泉内閣
H16   211,402   -30,955         -12.8 ←小泉内閣

計 1,449,815人

すでになされた増税

(医療費)70歳以上低率1割負担等  2,000億
雇用保険料引き上げ           3,000億
健保保険料引き上げ          10,300億
健保本人3割負担             4,000億
介護保険料の値上げ           2,000億
失業給付額の削減            3,400億
たばこ税の増税              2,600億
配偶者特別控除の廃止(所得税)   4,790億
厚生年金等の保険料の引き上げ   6,000億
老年者控除の廃止           1,240億
配偶者特別控除の廃止(住民税)  2,554億
雇用保険料引き上げ          3,000億
所得税・個人住民税の定率減税縮小・廃止  40,000億(サラリーマン増税)
イラク戦争による石油の値上げ ?(←クエスチョンマークを落としていました)。

今後予定されている増税
消費税10~20%
竹下内閣~森内閣までの国債を2倍に増やした400兆分

その他 各種政府統計

・生活保護受給世帯
1992年 58万5972世帯  89万8499人
      ↓
2005年2月 101万6341世帯 144万7807人(小泉内閣)
 (*2005年度の生活保護受給世帯数は約104万世帯、約148万人と総務省の資料にあります)

・完全失業率
1992年    142万人    2.2%
      ↓
2004年    313万人    4.7%(小泉内閣)

・自殺者
1993年    2万1851人
       ↓
2003年    3万4427人(小泉内閣)

(以上)

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民主党衆議院議員たち――アンケートの回答から

昨年6月に毎日新聞が議員たちに行ったアンケートの結果を先月飯大蔵さんからいただきました。飯大蔵さん、ありがとうございました。m(_ _)m

 民主党衆議院113名分のうち回収されたものは81名分(副議長の横路氏を含む)ですが、そのうちには4名は無回答。2名は1問のみ回答して残りは無回答。
 
 第1問:1941年の対米開戦について、無謀な選択だったの回答は65名、やむおえない選択だったは名でした。あの馬淵議員がやむおえない選択だったと答えていたのが目を引きました。

 第2問:1931年の満州事変以降の対中戦争に対して、大半が「侵略行為が行われたと思う」と回答していたのに対し、(侵略行為が行われたとも行われなかったとも)「どちらともいえない」の回答が10名ほどいました。

 第3問:第2次大戦をめぐる日本政府の謝罪、反省について、「十分だった」とするのが36名。不十分32名。そして中には篠原孝渡辺周山田正彦氏のように「謝罪、反省は必要ない」と答える議員も。篠原孝氏、元農水省官僚58歳。私と同じ団塊の世代。渡辺周氏、元読売新聞記者45歳の2世議員。山田正彦氏、弁護士65歳。
 やはり第2次世界大戦をめぐる謝罪・反省は、戦後早い時期に、しっかりとしておかねばならなかった、と思います。

 第11問:憲法9条第1項の「戦争放棄」、第2項「戦力の不保持」について、「1項、2項とも改めるべきでない」が15名、「第2項だけを改めるべきだ」が一番多くて28名、「1項、2項とも改めるべきだ」が石関貴史鷲尾英一郎伴野豊名。石関貴史氏元郵政官僚36歳。鷲尾英一郎公認会3計士30歳。ふたりとも若いですね。そして伴野豊元JR東海社員46歳。
 蛇足ですが、戦後の日本社会が失ったもののエントリーで私が問題にした「地域のきずな」「他人への思いやり」「家族のきずな」の3点を揃ってあげていたのはこの伴野豊氏だけでした(笑)。

 第12問:「集団的自衛権行使」について、「認めるべきだ」としたのが24名、「「現行通り禁じるべきだ」としたのが39名。回答を得られた中では、現行通り禁じるべきだの方が多いですね。

 第13問:日本の核武装について、「将来にわたって検討すべきではない」とする人が64名、「国際情勢によっては検討すべきだ」とする人が名。

 日本のアジア外交に関しては「対米関係を基軸にしつつ、アジア外交をもっと重視すべきだ」とした議員が圧倒的に多いのですが、その中でも「最優先で取り組むべきだ」とする人と「必要性はあるが、最優先課題ではない」の2つの意見に分かれます。
 前者は48名。後者は19名。回答のあったうち7割強は対米関係を基軸にしつつ、アジア外交をもっと重視すべきだ」とした上で「最優先で取り組むべきだ」としているわけです。

 そして最後、靖国神社に関して。首相の参拝に反対する議員は61名。賛成は10名。
 反対する議員のほとんどは、A級戦犯分祀・無宗教の新たな国立施設設立に賛成していますが、伴野豊氏のように、
A級戦犯分祀に賛成、新たな施設には反対している人もいます。またその他と答えている人も何名かいます。なにか別な知恵があるのかも知れません。

「みんなで
靖国神社に参拝する国会議員の会」に所属している原口一博氏はもちろん首相の参拝に賛成していますが、同時にA級戦犯分祀・新たな施設にも賛成。渡辺周氏も同じ。

 沖縄知事選後の発言が問題になった長島昭久氏は首相参拝・A級戦犯分祀に賛成して新たな施設に反対。鷲尾英一郎神風英男氏も似たようなもの。分祀をして外交問題としてのヤスクニを解決しろ、ということですね。

 吉田泉石関貴史氏が首相参拝に賛成して分祀にも新たな施設にも反対しています。あくまでも靖国を貫け、という一番強硬派ですね。吉田氏は元会社員・福島県いわき市議の57歳。
 松木謙公氏は首相参拝に賛成して分祀・新たな施設については無回答。
 岡本充功氏は首相参拝に賛成して分祀についてはその他(どういう選択肢があるのかしら?)で新たな施設に賛成。新たな施設を造って外交問題としてのヤスクニを解決しろ、ということでしょうか。これと似たのが北神圭朗氏。分祀には反対だが、新たな施設を造れ、という方。

 憲法9条についてもヤスクニ問題についてもなかなか強硬な考えを持っていそうな石関氏、そして鷲尾氏。ふたりとも我が家の子供たちとちょうど同じ歳。私たち親は子ども達に何を伝えてきただろうか、とふと考えて、
なんだか胸がちょっと痛くなります。

 私たちの世代は、戦争に行った父親の背中を見て育ってきました。何も言われなくとも、戦争でどんなことがあったか、どんなことをしてきたか、少しは分かりました。でも、孫たちの世代には、黙っていては伝わらなかったでしょう。

 (もっとも、57歳の吉田氏は、対中戦争について、侵略行為が行われたとも行われなかったともいえない、という答えを出しているところを見ると、石関氏よりもさらに強硬。この方は「集団的自衛権行使を認めるべき」で、日本の核武装についても「国際情勢によっては検討すべきだ」と答えています。そこは石関氏とまったく一致。
一概に年齢では括れません)。

 何がいけなかったのか、もう一度検証してみないといけない、と思ってます。

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輸出企業の甘い汁――国民は納税マシーンか?!


 昨日の法人税と消費税のエントリーで布引さんにいただいたコメントで、消費税の怪しい仕組みを教えて頂きました。
 こんなこと、ご存じでしたか?
 以下、布引さんのお話を一部引用しました。

 トヨタの奥田、キャノンの御手洗などが経団連会長として消費税増税を打ち出しています。
景気が冷え込むことが分かりきっている消費税増税を経団連会長が何故求めるのでしょうか。?
 其の秘密は消費税輸出品がゼロ課税でトヨタやキャノンのような輸出企業は消費税は払うものではなく、国から払い戻しされる税金だからなのなのです。
5%国に払うのではなく5%国から貰えるのですから止められません。
私たちは消費税を払い、奥田や御手洗は消費税をもらう。!こんな不公平インチキ税制はいい加減にしてほしい。
 
 消費税は皆平等と思っている『お人よしの日本人』は結構多い。
消費税が平等なのは貧乏人に対してだけ。
貧乏人は消費税を払い、大金持ちは消費税を貰う。(トヨタ自動車は二千億円以上受け取っている)

 何故そうなるか。?消費税は其の名前の通り、消費に税金をかけるからです。!

 何故トヨタやキャノンが消費税を貰えるのか。?輸出は消費では無いからですよ。!
消費税0%の輸出品でも、仕入れには既に消費税払っている。よってトヨタ自動車には既に払っている消費税が払い戻してくれる。

 消費税が上がれば上がるほど、黙っていても莫大な税金が払い戻してくれる。こんな嬉しい、美味しい話は有りません。
貧乏人が消費税を払い、大金持ちが消費税を貰う。金持ちにとって消費税は『戻し税』なんですよ。
(引用終わり)

 これを読んで驚き、さっそく検索してみると、消費税の廃止を求める関西連絡会の「輸出企業に消費税が還付されるしくみ」というページがありました。

 こんなこと、新聞でも読んだ記憶はありません。多くの国民は知らないのではないでしょうか。
 企業に対する減税は投資意欲を高め、経済活性化につながるだろう、と“有識者”は説き、真面目な国民は素直に受けとめる。そんな優しい国民が私の周りにもたくさんいます。おそらく大半がそうです。私たちは、見事にだまされていますね。

 2003 年度分の輸出上位 10 社の輸出戻し税(還付税額)は、6842億円と試算されています。
 トヨタ自動車、本田技研工業、ソニー、日産自動車、キャノン、松下電器産業、東芝、マツダ、三菱自動車工業、日立製作所が、その上位10社に当たります。自動車・電器産業ですね。

 これが2005年度になりますと、9974億円になります。ここから国内売り上げに対して納税すべき消費税は、1247億円ですから、それを差し引いて最終的に還付される額は、8727億円

 この試算をした
関東学院大学教授の湖東京至先生によると、消費税による税収の23%が、実は輸出大企業に戻されているといいます。

 昨年の11月13日、経団連の御手洗会長は、現在39.54%(標準税率)である企業の実効税率負担を10%下げろ、と要求しました。 税率が10%下がると4.4兆円の減税になります。 消費税1%の税収は、2.2兆円(国・地方の支出分を除く)ですから、消費税を2%上げれば、御手洗会長が主張する4.4兆円の企業減税がまかなえることになります。

 さらにその2%増税分が輸出企業への還付に上乗せされる……どこまで欲深なトヨタ、キャノンさんたち。
 おまけに、トヨタは納めすぎた税金を還付してもらっているのではなく、一度も消費税を税務署に納めたことがない、とか。
 
 2005年度をみれば、約1兆円近い上位10社の輸出戻し税です。およそ0.45%消費税率をあげる効果がありますね。

 森永卓郎さんは、財政状態が上向いているので、消費税率を引き上げる必要はなくなった、といってます。

 知れば知るほど、だまされてきたことが分かります。

 こういう政府を持ってしまった国民の不幸。嘆く前に、怒ろう!!

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法人税を下げて消費税を上げる?

今日2月12日の毎日新聞「闘論――法人税の引き下げ」に登場したのは、東京大学公共政策大学院教授井堀利宏氏と連合会長高木剛氏。

 井堀氏は、
 他国より税率が高いと外国に逃げられてしまう。現在の法人税の実行税率約40%は国際比較で見ると高く、可能であれば引き下げるべきだ。減税は企業の投資意欲を刺激し、雇用拡大の意欲を高め、経済活性化につながるだろう、といって、より税率の低い国として中国(33%)、韓国(27.5%)等の例をあげています。

 さらに、
・最終的に製品価格や従業員の賃金などに転化される法人税は、誰が負担しているか分かりにくい。 
・法人税のうち約12%が地方税であることから、企業や工場の多い都市部に税収が片寄る結果になっている。
   → 偏りが小さい地方消費税を増税すれば、自治体間の税財源格差の縮小を図ることが可能になる。
・経営者への報酬や株主配当、従業員の賃金などを増やす形で、最終的には家計のメリットになる。
・企業業績の回復に対して賃金が上がっていないのは、労働も国際競争にさらされているのが原因で、企業への減税とは別の論議だ。

 などと説き、最後に「税収が伸びなければ、社会保障費などの削減を余儀なくされ、結果的に弱者に最もしわ寄せが及ぶ」と結論しています。

 これに対して高木氏は、
 減税で社内にたまる利益が増えた分、設備投資が進んだり、株主や従業員などへの配分を増やす連鎖関係が保証されれば一般の生活も良くなるだろう。しかし現実は、労働分配率は低下し、家計は疲弊している、と述べています。

 税はその時々の経済状況や企業業績、家計の動向など全体のバランスの中で考える必要がある。

・日本企業の公的負担が重いか軽いかの検証が不十分。
・企業負担については社会保険料なども含めて検討すべき。
・税率20%程度の付加価値税のあるヨーロッパと、消費税率5%の日本と、単純には比較できない。
・発展途上国は外資を導入して経済発展をしたいから税率を低くしている。税は行政サービスのバランスで決まるのだから、成熟度の低い国と比較するのは間違い。
・景気回復に伴う税収の自然増を企業に還元するために減税すべきだ、という考えもあるが、それでは基礎的財政収支の黒字化が進まない。

 など歳入確保の努力が必要だ、と訴えています。
  井堀氏に限らず法人税率を引き下げようと主張する人は、企業が強くならないと税収は増えないぞ、と脅かしますが、本当のところはどうなのでしょう? 大風が吹くと桶屋が儲かるのとどう違うのでしょう? 

 それぞれがもっともそうなことをいって、私のようなど素人にはなんとも難しいことではあります。それでも、分からないなりに考えてみると、やっぱり疑問がいろいろと湧いてきます。

 井堀氏のいう「地方消費税」という語もここで初めって知った次第。なんでも、消費税率5%のうち、4%が国税である消費税の税率で、1%がこの地方消費税にあたるということです。
 地方法人税を減税し、地方消費税を増税すれば、自治体間の税財源格差が縮小する、というのも納得いかないですねえ。ごまかされている気がします。
 消費税というのはできるだけ多くの人ができるだけ高価なものを購入したときに一番多くの税収が得られることを考えると、人口が少なく、個人の収入も都会と比べて低い地方は税財源もやはり低いままではないかなあ、と思いますが。

 かぎりなくフラットになった所得税は問題ではないですか?
 昭和49年には所得によって税率が19段階に分かれていたのが、59、62、63年とどんどん減っていき、平成元年には5段階に、11年にはとうとう、4段階になってしまいました。それが今年から6段階に増したとはいえ、年収1,800万を越えればあとはいくらになろうと同じ税率だというのもおかしいのでは?

 若いうちは子どもの養育・教育に出費がかさみますが、同時に子どもの将来と親自身の老後のために、とにもかくにも貯金をするのは生活防衛の一手段。年金だけを当てにしていたらとんでもないことになりそうです。ぜいたくな消費に回すお金なんか無い、というのが庶民の感覚じゃないですか?

 子供たちが大学卒業するまで教育費のかからないフランスやドイツなどのことを考えると、生活に必要な経費が全然違うでしょうから、彼の国の付加価値税なみに消費税を上げようというのも頷けません。

 それに付加価値税にはゼロ税率などというのもあるらしい。つまり生活に密着した消費には課税をしても税率がゼロだということ。
 食品から上下水道料、書籍代、建物の建設等々イギリスのゼロ税率対象品目は実に多岐にわたって16グループに区分けされています。
 単一税率を取っている日本(5%)や韓国(10%)の方がまれで、大半の国でゼロ税率を含む複数税率をとっています。
 かねがね逆累進制が指摘されている日本の消費税です。なぜ複数税率がとられないのでしょう?

 9日に開かれた政府税制調査会(首相の諮問機関)の会合で葛西泰会長が米国などで主流の経済成長重視の税制を念頭に、「公平・中立・簡素」という日本の伝統的な税制改革の理念を再検討する考えを示したそうです。
 それによると、どうも2005年にブッシュ大統領の税制改革諮問委員会が示した「簡素・公正・成長」という理念がモデルになるようです。

 公平・中立・簡素 から 簡素・公正・成長
 平が正に、中立が成長に変わったことは何を意味するのかな? と思わず考えてしまいました。

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民権運動の中から生まれた憲法草案

 昨晩のNHKテレビETV特集は「焼け跡から生まれた憲法草案」でしたね。
 その中で憲法研究会の鈴木安蔵さんが高知の民権家植木枝盛の憲法草案を見つけ出したときのことが描かれていました。
 植木枝盛の憲法草案を初めて目にしたときは、私も驚きました。でも、うれしい驚きです。あの強圧的な明治政権下でここまで謳っている、と感動すら覚えました。部分的には何度か見てはいたのですが、それ全文通しで読んだのはここです。
 
私はこの憲法草案を昨年3月に取り上げています。その時は4回にわたってエントリーしましたが、今日はそれをこの1回でとりあげます。再掲載です。
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 植木枝盛は1857(安政4) 年、土佐(現在の高知市井口町)に生まれ、21歳の若さで立志社に入り、以後独学で自らの自由民権理論を確立。国会開設を要求した「立志社建白書」を起草 し、以後板垣退助のブレーンとして民権理論の普及と運動の発展に生涯を賭けます。1890(明治23)年、第1回衆議院議員に当選しましたが、1892 (明治25)年の第2回総選挙を前に36歳の若さで死去しました。

 明治10年代、自由民権派を中心に数々の私擬憲法草案が作成され ましたが、植木も、立志社の憲法草案として1881年(明治14)8月に起草。18編、附則あわせ220条に及ぶものです。主権在民の画期的な憲法草 案でしたが明治政府に葬られ、65年後の1946年の日本国憲法において、ようやくその思想が引き継がれることになったのです。
 
 明治憲法と現行の日本国憲法の違いについては中学・高校で学びましたが、南英世先生のVIRTUAL政治・経済学教室
「明治憲法との比較」に詳しく載っています。一度ご覧になることをお薦めいたします。

 この植木が起草した憲法草案を、明治憲法(大日本帝国憲法)と比べながらちょっと見ていこうと思いましたが、前提となっていることがあまりにも違いました。

 たとえば自由権に関してですが、明治憲法では「法律の範囲内で」という文言が入ります。

第二十二条  日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ移住及移転ノ自由ヲ有ス
第二十九条  日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス

 逆に言えば、法律でいくらでも人権を制限することが可能だ、と考えられます。

 本来、近代世界に誕生した国民国家の定めた憲法は、前の時代に専横を極めた君主の専制権力に対抗して、それに制約を加えるために、一定の政治原理を含む基礎法が確立されたものです。
 
 ですから憲法とは、国家権力を制限し、国民の人権を国家権力から守るべきもの。植木の憲法案には、そんな近代国家を拓いていこうという気概が感じられます。

 また明治憲法の前文ともいえる「告文」・「憲法発布勅語」の御名御璽と日付、明治二十二年二月十一日の後にずらっと並ぶ政権中枢の肩書きを見ると、「○○大臣」と共に「伯爵・子爵」の文字が見えます。

 あらためて「維新」とは何だったのか、維新の主体となった彼ら下級武士は、どんな国家を目指そうとしたのか、考えてしまいます。

 
  私が一番に興味を持った部分、現行憲法の「第3章 国民の権利及び義務」(第10条~第40条)に該当するところは、【明治憲法】では「第2章 臣民権利 義務(第18条~第32条)」、植木の草案【東洋大日本国国憲案】では、「第4編 日本国民及日本人民ノ自由権利」です。

臣民権利義務」と「日本国民及日本人民ノ自由権利」。この語句の違いが、その内容の違いをよく表しています。

 明治憲法「第2章 臣民権利義務」の全15ヵ条には、国民の「自由権利」の規定は皆無である、といっても過言ではありません。先に述べた第22条・29条以外に「自由」の文字が見えるのは第28条です。

第二十八条  日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス

「安寧の秩序」は、いわゆる「公序良俗」ということでしょうが、ここでもやはり「臣民たるの義務に背かざる限りにおいて」という但し書きが入ってきます。

 これに対し、日本国国憲案「第4編 日本国民及日本人民ノ自由権利」は、第40条・41条でのいわば日本国民の定義で始まり、第42条「日本ノ人民ハ法律上ニ於テ平等トナス」と続きます。

 以後第74条まで、国民が享受する自由権利が謳われているわけです。ちょっと長いですが、一つ一つの条文は短く分かりやすいですから、ぜひ最後までご覧ください。

第43条

 日本ノ人民ハ法律ノ外ニ於テ自由権利ヲ犯サレサルヘシ

第44条

 日本ノ人民ハ生命ヲ全フシ四肢ヲ全フシ形体ヲ全フシ健康ヲ保チ面目ヲ保チ地上ノ物件ヲ使用スルノ権ヲ有ス

第45条

 日本ノ人民ハ何等ノ罪アリト雖モ生命ヲ奪ハレサルヘシ

第46条

 日本ノ人民ハ法律ノ外ニ於テ何等ノ刑罰ヲモ科セラレサルヘシ又タ法律ノ外ニ於テ麹治セラレ逮捕セラレ拘留セラレ禁錮セラレ喚問セラル丶コトナシ

第47条

 日本人民ハ一罪ノ為メニ身体汚辱ノ刑ヲ再ヒセラル丶コトナシ

第48条

 日本人民ハ拷問ヲ加ヘラル丶コトナシ

第49条

 日本人民ハ思想ノ自由ヲ有ス

第50条

 日本人民ハ如何ナル宗教ヲ信スルモ自由ナリ

第51条

 日本人民ハ言語ヲ述フルノ自由権ヲ有ス

第52条

 日本人民ハ議論ヲ演フルノ自由権ヲ有ス

第53条

 日本人民ハ言語ヲ筆記シ板行シテ之ヲ世ニ公ケニスルノ権ヲ有ス

第54条

 日本人民ハ自由ニ集会スルノ権ヲ有ス

第55条

 日本人民ハ自由ニ結社スルノ権ヲ有ス

第56条

 日本人民ハ自由ニ歩行スルノ権ヲ有ス

第57条

 日本人民ハ住居ヲ犯サレサルノ権ヲ有ス

第58条

 日本人民ハ何クニ住居スルモ自由トス又タ何クニ旅行スルモ自由トス

第59条

 日本人民ハ何等ノ教授ヲナシ何等ノ学ヲナスモ自由トス

第60条

 日本人民ハ如何ナル産業ヲ営ムモ自由トス

第61条

 日本人民ハ法律ノ正序ニ拠ラスシテ室内ヲ探検セラレ器物ヲ開視セラル丶コトナシ

第62条

 日本人民ハ信書ノ秘密ヲ犯サレザルベシ

第63条

 日本人民ハ日本国ヲ辞スルコト自由トス

第64条

 日本人民ハ凡ソ無法ニ抵抗スルコトヲ得

第65条

 日本人民ハ諸財産ヲ自由ニスルノ権アリ

第66条

 日本人民ハ何等ノ罪アリト雖モ其私有ヲ没収セラル丶コトナシ

第67条

 日本人民ハ正当ノ報償ナクシテ所有ヲ公用トセラルコトナシ

第68条

 日本人民ハ其名ヲ以テ政府ニ上書スルコトヲ得各其身ノタメニ請願オナスノ権アリ其公立会社ニ於テハ会社ノ名ヲ以テ其書ヲ呈スルコトヲ得

第69条

 日本人民ハ諸政官ニ任セラル丶ノ権アリ

第70条

 政府国憲ニ違背スルトキハ日本人民ハ之ニ従ハザルコトヲ得

第71条

 政府官吏圧制ヲ為ストキハ日本人民ハ之ヲ排斥スルヲ得

 政府威力ヲ以テ擅恣暴逆ヲ逞フスルトキハ日本人民ハ兵器ヲ以テ之ニ抗スルコトヲ得

第72条

 政府恣ニ国憲ニ背キ擅ニ人民ノ自由権利ヲ残害シ建国ノ旨趣ヲ妨クルトキハ日本国民ハ之ヲ覆滅シテ新政府ヲ建設スルコトヲ得

第73条

 日本人民ハ兵士ノ宿泊ヲ拒絶スルヲ得

第74条

 日本人民ハ法廷ニ喚問セラル丶時ニ当リ詞訴ノ起ル原由ヲ聴クヲ得 己レヲ訴フル本人ト対決スルヲ得己レヲ助クル証拠人及表白スルノ人ヲ得ルノ権利アリ


  第44条の「日本の人民は生命を全うし四肢を全うし形体を全うし健康を保ち面目を保ち地上の物件を使用するの権を有す」は、現行憲法の第25条「最低生活 の保障」を 、「面目を保ち」という語は、現行憲法の「個人の尊重」を思わせます。明治憲法にはそうした文言はみられません。

 植木枝盛の憲法草案「日本国国憲 案」の第49~56条にかけての8ヵ条、第58・59・60・63・65条の5ヵ条は、それぞれ思想の自由、信教の自由、言語表現の自由、議論の自由、出 版の自由、集会の自由、結社の自由、歩行の自由、住居・旅行の自由、学問の自由、産業の自由、国籍離脱の自由、財産の自由を定めています。第62条には 「通信の秘密」も規定しています。

 幕藩体制の下で、志高く国の将来を憂う人々が処罰され、獄門に下ったことへの反省が、よくみられるではありませんか! 
『海 国兵談』を著して版木没収、蟄居の憂き目にあった林子平が、「親もなく妻なし子なし版木なし、金も無ければ死にたくもなし」と自嘲気味に歌い「六無斉」と 称したのは、19世紀直前のこと。そして幕末の動乱期、これらの自由権が否定されていたことで、有名無名含めて、どれだけ多くの人々の血が流されたでしょ うか。

 ただし明治の新政府においても藩閥強権政府の下で植木も含めて多くの民権論者が獄に投じられたことも忘れてはいけないでしょう。


 第45条の「何らの罪ありといえども、生命を奪われざるべし」というのは、「死刑廃止」を意味するのでしょうか。

 そしてすごいのは、第64条の「無法に抵抗することを得」という抵抗権の規定と、第70~72条の規定です。

 前者は、「国家権力の不当な行使に対して抵抗する国民の権利」を保証していること。後者は「革命」をも容認していること。

「政府国憲に違背するときは日本人民は之に従わざることを得」(第70条)、
「政府官吏圧政を為すときは、日本人民は之を排斥するを得。政府威力を以てほしいままに暴虐を逞しくするときは、日本人民は兵器を以て之に抗することを得」」(第71条)

「政府ほしいままに国憲に背きほしいままに人民の自由権利を残害し建国の旨趣を妨ぐるときは、日本国民は之を覆滅して新政府を建設することを得」(第72条)

 少々笑ってしまったのが、第73条「日本の人民は兵士の宿泊を拒絶するを得」です。何か唐突に出てきた感のあるこの項目が、当時の世相を背景にしているのは間違いないでしょう。知り合いのさる識者(ただしこの分野の専門家ではありません)はこう説明してくれました。

「確 かな根拠を私もいまのところ持ち得ませんが、この「草案」が明治14年に発表されているということから、明治の初年から明治10年間で続く、各地での動 乱、秋月の乱・萩の乱、そして西南戦争などで、政府軍の各地での戦線拡大に際して、兵士の宿泊施設を強制的に民家に求めたことに対する、人民の権利確保が 背景にあるものと考えられます。」

 兵士を宿泊させること自体大変なことでしょうし、その後の戦況の推移によっては宿泊所提供者にどんな災難がふりかかってくるか分かりません。当時の庶民の狼狽がうかがえます。

 
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頑固おやじのヒステリー 教員免許の国家試験化


 1月に提案された教育再生会議の第1次報告については、出席停止制度に話題が集中しています。数日前も車の中で聴いたNHKラジオでもこの問題を取り上げて視聴者からの、また子供たち自身の意見を紹介し、いじめについては加害者・被害者の境界が曖昧なため、実際の適用が難しい、というようなことで締めくくられていました。
 この出席停止については委員会でもだいぶ反論があったけれど、結局官邸の意向が通ったとか。「やらせ」の変種みたいなものですね。

 でもこれ以上に私が問題に思ったのが、「教育再生に向けての今後の検討課題」の「2.教員の養成課程、資格、採用、処遇、研修、分限などあらゆる面から教員の質の向上を図るために、以下の諸点を検討します」と謳う中で2番目にある「国家試験化を含めた教員免許制度の在り方」です。報告書の24ページ、最後の行にあります。

 教員免許が国家試験化されると、影響は国内のすべての教員に及びます。おまけに、教員養成課程をもつ大学を卒業生の「質」で事後評価し、合格率が低調な場合は教職課程の認定を取り消す措置の導入も検討することも加えられています。

 経済で規制緩和が進み自由度が増しているのとまったく逆な動きに、唖然としませんか? 
 教育への国家管理の試みは、更新制とあいまって、この教員免許の国家試験化で完成するでしょうし、なぜこうも教育をいじりたがるのか、とため息が出てきそう。

 それにこの報告書、「父母を愛し、兄弟姉妹を愛し、友を愛そう」……愛そう、愛そう、とうるさいこと! 

 せめて政治に携わる方々が、票とお金ではなく国民を愛してくれていたら、もっといい世の中になっていたのではないでしょうか。

子供の心を知らない頑固オヤジがヒステリーを起こしている感じだ」と、元最高検検事で、さわやか福祉財団理事長の堀田力さんが、安倍教育改革を進める教育再生会議を評し、子どもの人間力育成を、と提言したたそうです。

「ほとんどの政治家は、子育てを母親に任せ、子供とロクに会話もせず、たまに会えば叱るだけ。少し成績が下がっただけで、「教師が問題」「教育システムが悪い」と国家レベルで管理しようとしている。だから、ヒステリーだというのです」とも。

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戦後の日本社会が失ったもの?

ここ数日間、飯大蔵さんからいただいた資料、昨年6月に毎日新聞が行った国会議員に対するアンケート結果を国会議員ウォッチに転載する作業を続けています。まだ完了していませんが。
 転載作業をしながらいろいろと考えます。というよりいろんなことが頭の中をかけめぐる、といった方が適切かもしれません。HPにあったプロフィールや写真を思い浮かべながら、あの風貌にこの答えは似合わないなあ、とか、へえ、この経歴でこんなこと考えているんだ、とか、結構いい加減です。

 このアンケートの質問19項目のうち、気になったものがあります。「戦後の日本社会が失ったもの」という問に対して、答えを選択肢の中から3つまで選ぶ形式のもので、選ばれたものの上位3点は「地域のきずな」「他人への思いやり」「家族のきずなです。3つが3つとも人の心根に関わるものであるところに興味が惹かれます。

「戦後失った」ということは、「戦前はあった」ということを前提にしていると考えますと、戦後、私たち日本人がそれまで持っていた心根、それも良い心根を失ってしまったと考える議員が多い、ということでしょう。

 しかし質問に答えていた議員のほとんどは戦後生まれで、戦前の社会を自身で体験しているわけではありません。忙しい議員生活の中で新聞社のアンケートに答えるのに、わざわざ資料で戦前の社会を調べ、その上で戦後何が失われたか検証したなどということはまずないでしょうから、自分自身の経験や見聞を念頭に、反射的に答えたのだと思います。

 戦争が終わって11年もすると、「もはや戦後ではない」と経済白書にいわれましたが、この時の戦後も、まだ幼い私にはおぼろげな記憶しかありません。
 漠然とイメージが浮かび上がってきた戦前・戦後の境界は、とてもあやふやなものにならざるを得ないのではないでしょうか。つまり、思いやりの心やきずなが「あった・失われた」とする境目がどこか、はっきりしていないのです。

 1945年の敗戦ととその後に続く変革でたしかに体制は180度転換させられましたが、それが思いやりの心や人と人とのきずなを失わせることになったとは、どうしても思えません。おそらく、なんとなくイメージだけで答えたものでしょう。

「地域のきずな」は、落語に登場する長屋のご隠居さんはご愛敬として、下手をすると隣近所の干渉になりかねません。今でも結構、ご近所さんと人の口はやかましいですよ。

「家族のきずな」ってなんだろう、「イエ」の成員間の関係を指してはいないか? 「きずな」という語は人と人との繋がりを肯定的に捉えているから、「家族のきずな」そのものは、文句なしに「美しい」となってしまうのではないか? という疑問が頭をもたげてきます。
 さらには「美しい家族のきずな」がことさら強調されると、ただでさえ「小さな政府」が目指されている社会では、福祉問題も家族問題に還元されてしまうのではないか? と心配します。

 まさか今はないと思いますが、つい数十年前には「孝行嫁表彰制度」なるものが存在している町や村があったです。そこまではいかなくとも、高齢の方々、おばあさんにでも聞けば、いかに結婚後の女性の生活が大変であったか、話しは尽きません。つまり、お嫁さんの犠牲の上に成り立っていた「家族のきずな」というものがあったということです。

「地域のきずな」「家族のきずな」が失われたと判断した議員の一人ひとりは、いったいどんなきずなを思い描いていたのか、訊いてみたい気がします。

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柳澤大臣 小池百合子補佐官

「産む機械」発言で窮地に立っていた柳澤厚労相は、「健全」発言に加え、昨日は民主党の小宮山氏を「開明された女性議員」と呼んでまたまた一波乱だったらしい。

 いるんですよね、こんな人。本音を口に出しただけだからと思って、何がいかねいのかさっぱり理解していない人が。おまけに愛知知事選で与党が勝ったことで胸をなで下ろして開き直っている様さえあります。現職知事を支持する票より、批判票の方が多かったというのに。

 この方で思い出すのが昨年10月、共産党の市田氏が偽装請負の問題を追及しているときの不誠実極まりない答弁です。

 偽装請負の労働者を受け入れている企業名を問う市田氏に対して、「将来の行政の正しい運営ということから考えて、細目にわたってご説明するのは控えさせていただいているところでございます」と答えたのです。

 これに対して市田氏自ら受け入れ先企業名を開かして、 メーカーは違法の働かせ方で不当な利益を得ている。受けいれているメーカー側にも厳正な指導が必要である、と指摘。
 が柳澤厚労相は、
法に基づいて行政を展開し、必要に応じて司法的手続の発端を作っているので、そのように御理解お願いしたい」と、にわかには理解しがたい表現で答えてました。

 こうした表現は国会独自の表現なのでしょうか。なんだか私には国会の隠語的表現、ジャーゴンのようなものに思われます。

「将来の行政の正しい運営ということから……」といい「そのように御理解お願いしたい」といい、なんと便利で無責任な言葉でしょうか。

 まずは主権者である私たち国民に分かるような言葉と表現を使って頂きたいですね。

 で、話題を元に戻しますと、久しぶりに登場した小池百合子首相補佐官が産む機械発言に対して、「柳沢さんだけじゃなくて、イスラムの国よりも日本における男性の女性に対する見方は遅れてるんじゃないか」と語り、不快感を示したという話がありました(2月4日asahi.com)。
カイロ大に留学していた同補佐官がイスラム通であるという注釈も付けて。

 なんだかね~。 青山貞一さん、佐藤清文さんのいうとおり、自分がこういう形で引き合い出されるというのは、愉快じゃないですよね。おまけに発言主は閣僚ですし。


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おじいさま・おとうさまコンプレックス

 昨日7日の北方領土返還要求全国大会で安倍晋三首相は、「(父親の)遺志を引き継いで、平和条約の締結に向け全力で取り組む」と挨拶したそうです。


 またか! と感じた人は多いのでは?


 昨年の日刊ゲンダイには、総理総裁の座を獲得した直後のアベ氏について「何かにつけて血筋を誇示したがる安倍の悪癖」と題する一文が掲載されていました。


「血筋を誇示する」というよりも、大人になりきれていないのでは? と私など心配になります。おかあさまに見守られながら懸命に総裁職をこなし、ことあるごとに祖父や父親を引き合いに出すのをみていると、マザーコンプレックスの土台の上に「おじいさま・おとうさまコンプレックス」が乗っかっている図を思い浮かべてしまいます。


 血脈ネットワークが本来抱える現象でしょうか、それとも網目をつくっていくときの単なるちょっとした手違いなのでしょうか。


 選択誌がこのネットワーク上にいるニューエスタブリッシュメント(新支配層)の共通項を「ひ弱さ」と指摘しているところから考えると、生まれながらにして将来が約束されている地盤・看板・鞄を受け継ぐ苦労知らずは、この罠にはまる率が高いのかも知れません。


 昨日のことですが、「日中21世紀交流事業」で日本を訪問した上海の高校生約30人が在上海日本総領事公邸での報告会で、昭恵首相夫人のことをこんな風に語ったと夕刊にありました。


「優しくて気さくで、友だちみたいに話してくれた。それに、すごく可愛い」 
 ふむふむ、なんだかなあ~。


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エ「スタブリッシュメントと血のつながり

久しぶりに暇を楽しみ、気になっていたことを考えてみました。私たちの国を覆う、世襲、そして閨閥のことです。

 4男5女の子供をもうけ、女の子を次々にヨーロッパの王室へ嫁がせたのは、いわずと知れたイギリス・ヴィクトリア女王。子孫にはドイツ皇帝ヴィルヘルム2世、スペイン国王アルフォンソ13世(1856~1941)、ロシア皇太子アレクセイ等々。錯綜した縁戚関係を見ていくのはちょっと疲れます。

 日本の場合、こんな風に国際的にはなりませんが、、吉田茂と岸信介・佐藤栄作は母方のいとこ(従兄弟)同士。麻生太郎の母親とアベ晋三の母親は、はとこ(また従兄弟)同士。従って麻生外務大臣とアベ晋三首相は、はとこの子同士
 つまり、長州藩士で島根県令を務めた佐藤信寛の子が佐藤信彦で、その信彦の娘が「さわ」と「茂世」。さわの子が吉田茂で、茂世の子が岸信介・佐藤栄作というわけです。

 入り婿するよりも他家へ嫁ぐ(こういう表現は嫌いで、私自身は結婚をこのようには捉えていません)女性の方が圧倒的に多いですから、血のつながりを広げるというのは、どうも女性の役割になるようですね。

 そうしてこうした複雑な縁戚関係の網は、私たちの頭のはるか上、私たちの知らないところで張り巡らされてきたわけです。(詳しいことは、『選択』、や日本の政治を糾弾するで)。個人の婚姻関係のようなプライベートなことは知らないで当たり前ですよね。知る必要もありません。

 でもこの縁戚関係に経済界から果ては官僚の世界までがからみ、私たちの国を動かしていっているとなると、無関心ではいられません。

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北九州市長選

民主、社民、国民新推薦の北橋健治(53)さんが、自民、公明推薦の元国土交通省局長柴田高博(57)さんと共産推薦の元北九州市立大教授三輪俊和(63)さん破り当選確実になりましたね。友人から連絡が入りました。

 金持ちが柴田さんを応援したのよ。
 北橋さんは資金が無くてね、事務所も柴田さんみたいにたくさんは作れなくて、どこに置くか、ちょっと大変だったみたい。で、たまたま八幡西区で北橋さんに会って、握手してきたわよ! まあ、柴田さんとも握手したけれどね。
 それでね、自民党の○○議員が柴田さんの応援に来てね、宮崎みたいになっていいんですか?! って言ったのよ。失礼よね。

 ちなみに、この友人は結構まめに演説会場まで足を運ぶ人です。

 北橋さんは新日鐵の出身ですから、八幡東西区は心配ない、という前評判でした。それでも、会社は柴田さんを応援して、労組が北橋さんを応援する、という構図。

 小倉は自見さんがいるから心配ないでしょうと、この構図を説明してくれた人は言っていたとか。
 沖縄知事選からまだ3ヵ月経っていませんから、学会票のことはそれほど心配しなくていい、とも。

 結局、資金はそれほど潤沢ではなかったけれど、勝ったわけです。
 考えてみれば、北九州市に限らず、世の中は圧倒的にお金を持っていない人の方が多いのですから。
 
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働いても働いても楽になれない

今日はちょっとためいき。

 朝、久しぶりの好天に洗濯物を干していると、なにやら見慣れぬ男性がふたり、ご近所にやってきました。ひとりが呼び鈴を何度も押し、大声で呼んで、やっとご当主が出てきました。
 さっそく、借金の返済を求め始めました。

 息子が保証人になっているんですが。
 その息子さんから入金がないんですよ……

 いたたまれなくなって私は家の中に入りましたが、ご近所ではしばらく問答が続いておりました。

 そういえば、数年前、このご近所さんは自宅を増築していました。もともと2人の子供さんが小学生の時古屋を買い取って修繕して住み始めたのですが、20年近くたち、アパート住まいの子供さんが越してくるということで一部屋建て増ししたのが数年前のことです。
 その時の建設業者が代金取り立てにきたのです。

 車1台分の駐車にも事欠くような狭い三角地にどうにか建てた部屋も、1年もしないうちに主がいなくなりました。

 あれからご当主の入院、手術と続き、毎晩11時近くになってやっと帰宅する奥さまが、朝から晩まで働いて家計を支えているようです。

 子供さんたちの独立後何年も経ち、2人きりの生活はなんとか成りたっているだろうと思ってましたが、朝早くには家を出て深夜近くに帰宅する奥さまの生活はずっと続いています。ご主人は中学を卒業してすぐに働き始め、過度な飲酒で体をこわしたのか、大手術の末にがりがりにやせられ、今はほとんど働いていない様子。
 時々夫婦げんかで、周辺に大声が響き渡ります。働いても働いても楽にならない生活。

 歳をとって体もこわし、再チャレンジなんて無理です。懸命に働く奥さまの体も心配です。子供は子供で、自分たちの生活で精一杯でしょう。

 何がいけないのだろう?
 今日はちょっと身につまされました。

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資金洗浄法案 修正

日本弁護士連合会が問題にして、海渡弁護士が
「共謀罪の行方に関心を持つ1人でも多くの皆さんに、依頼者密告制度を含む犯罪収益移転防止法案にも関心を持ち、その反対に立ち上がっていただくよう、心からお願いする」
と呼びかけた「一億密告社会を招く共謀罪と犯罪収益移転防止法案」ですが、「犯罪収益移転防止法案」の方は修正されて、弁護士は対象外になりましたね。

 日弁連の反発が強かったために、法案をまとめた警察庁が「ギリギリの譲歩」をしたということです。でも資金洗浄、テロ資金対策のための国際機関「金融活動作業部会FATF」から実施を求められることは確かで、これで済んだ、という話しではないようです。

「法案を死なすわけにはいかない」ということで、とりあえずは「成立」を優先したそうです。なんだか、解決していないのとほとんど変わりませんね。

 マネーロンダリングという見慣れぬ言葉が金融機関の貼り紙に現れたのはずいぶん前のことです。静かに暮らしていた市井の一市民である私にとって遠い世界の話しで、アメリカ映画を連想したものですが、実際のところはどうなのでしょう? 私たちの社会の裏で、マネーロンダリングはどんな風に、どれくらい浸透しているのでしょうか?

 国際機関の勧告で、とにかく法案を成立させるのだ、ということですが、私には分からないことが多すぎます。

 裏社会の話しでは、北九州でおかしな話しがあります。

 若い人の暴力団加入をくい止めようと県警が北九州地区の中高校生向けに暴力団の実態を描いたビデオを製作したのですが、当の暴力団関係のみならず、校長からも「組員の子供がいじめられるおそれがある」と上映に反対の声が続出しているらしいのです。

 これを聞いたとき、一瞬、クエスチョンマークが頭の中を駆けめぐりました。

 いじめ問題がこんなところまで、こんな風に波及するなんて。なにか、問題があべこべでしょう?

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