昨年の防衛庁省昇格・教育基本法改悪に続いて、現在も憲法改悪の手続きを定める国民投票法案、教育関連法案、社会保険庁改革法案など、たてつづけに成立を強行しそうですし、公務員改革と称して、「あっせん禁止を柱とした公務員制度改革関連法案は24日、与党や中央省庁の抵抗を受けながらも安倍晋三首相の強い意向で閣議決定にこぎつけた」と伝えられています(4月25日毎日)。
そして発足以降下がり続けていた支持率が上昇して、さらには3ヵ月ぶりに支持が不支持を上まわり、「政府・与党は夏の参院選に向けた『反転攻勢』の足がかりを得たと受け止めている。首相の指導力や政策への期待も高まっており、政権運営に一定の追い風となるとみられる」という声まで出る始末。
AFPには外交や積極的な国内の地方視察などにより「顔が見える」ようになったことが評価されたとあります。
でも、外交の成果が分かるのはまだこれからでしょ。
大体、内と外で使い分けている舌のせいでいかにも成果を挙げたように見せかけている今度の訪米にも、美爾さんやとらちゃんの所でいろいろと疑問が投げかけられているというのに。
人気取り政策で見せている顔なんて信じちゃ駄目!
とどこかで怒っている声が聞こえます。
1泊2日の米国行きでは、拉致問題解決への協力を求めてどうにか格好をつけましたが、よくよく聞いてみれば、「変わらぬ支持の表明を確約」しても、大統領は北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除に拉致問題を考慮する求めについては明言を避けた(28日毎日)、といいます。
なんだか、かなり無理をして支持を取り付けた感じですね。
それに、
「変わらぬ支持の表明」って、なあに?
拉致問題を解決しようとする日本の努力を支持するということ?
で、どんな努力をアベ氏はしてきたの?
これまで米国の支持で、拉致問題に何か進展でもあった?
と、これまた、たたみかけるような怒りの声。
《国民的人気》を後ろ盾に首相の座に就いた人だけれど、自身が口にするのは《妖怪》にして祖父でもある岸信介のことばかり。
華氏さんによると、自民党が24日に開催した「新憲法制定推進の集い」では、「改憲は祖父の岸信介元首相が果たせなかった宿願だった。私たちの時代に宿題を果たさなければならない」とも述べたらしい。
おじいさんの果たせなかった夢を実現するために、一族の期待をになって首相になったことをうかがわせるような言動は、これまでもたびたびありました。
支持率が40%を超えるというのがほんとうならば、《名門》という砂糖衣にくるんで大衆の前に差し出された岸信介の孫の毒に気づかない国民が40%以上にのぼるということ。ちょっと信じがたいですね。
1987年に90歳で亡くなった岸を知る人は、もうあまりいないかもしれません。
かくいう私も岸が首相にあった頃はまだ子どもで、暴漢に襲われた写真が新聞に大きく載ったことや安保改定や国会批准時の怪異な容貌ぐらいしか頭に残っていません。で、概して世間は否定的な評価だったような印象があります。
それが、偶然見つけたサイトで「「日本を独立国としての矜持をもつ国家にしようとした宰相、大衆迎合主義に陥らなかった真の政治家」と紹介されていたのですから、びっくりしました。
が、以前から耳にしていたモラロジー研究所とかのセミナーで話されたというので、ちょっと納得。同時に日本会議に連なる団体として謎めいていたこの集団の中味を覗いたような気分です。
誰が日本を独立国としての矜持をもつ国家にしようとした宰相ですって!?
大衆迎合主義に陥らなかった真の政治家ですって!
孫も国民の迷惑を顧みずに自説・持論を言い立てて走り抜く覚悟のようですが、そのくせ大衆人気を獲得しようと、パフォーマンスに余念がないというのに。
といよいよもって怒りの声。
真の政治家として岸を紹介したのは、自由主義史観研究会理事上原卓氏。
元教員のこの人の本は、モラロジー研究所(広池学園事業部)から刊行されています。
広池学園とは正しくは学校法人廣池学園といい、幼稚園から大学までを擁した総合学園で、おまけにゴルフ場まで経営。
学校名は麗澤。「道徳科学『モラロジー』に基づく知徳一体の教育」を基本理念とする、と謳われています。学園のあゆみを見れば、昭和10年に道徳科学専攻塾としてスタートしたということで、モラロジー研究所の由来が分かります。
やっぱり、倫理とか道徳を言いつのるところには、なにやら危険な匂いが。
怖いもの見たさでサイトを覗いてしまいましたが、リンクはしません。そんな気にはなりません。『新しい私を育てる』なんて言われたら、逃げて帰ります。
「 豊かな時代なのに、充実感が持てない。人間関係や自己不信に悩んでいる…。自分にとって大切な価値を見つけるには…。実りのある人間関係を、自分から積極的に築き上げましょう」と囁いてくるのですから。
これが歴史修正主義を受け入れる心でしょうか。
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私たち夫婦は魚好きの夫と菜食好きの妻の組み合わせ。
美味しいものを食べるためには手間も暇も惜しくはないが、高いお金をかけるのは惜しい、という食い道楽の夫ゆえに、まあ、我が家の食卓は何とかなるでしょう。
けれど、気になるのは共稼ぎの子供たち夫婦。
手間も暇もかけられない、お金だってかけていられない若い家族が、これからの食生活をどうしていくのか、頼まれもしないのに気になります。勝手に心配。
何のこと? といえば、アメリカ牛のこと、決まってるでしょう。
アベ首相はわざわざ米国まで行って、おいしいぞ、健康増進にいいぞ、といわれながらハンバーガーを食べさせられてしまった。
超党派のアメリカ上院議員数十名が、日本の輸入制限を撤廃させろ、全面的な輸入再開だ! と大統領に圧力をかけているみたいですし。
首相訪米を控えた24日には松岡利勝農水相はマイク・ジョハンズ農務長官と電話で会談しているし。
なんでも、日本の査察官をアメリカの食肉処理工場へ派遣することで意見が一致したとかいってる。
疑惑なんでもありぃの農水相は、「日本側の要求がほぼ受け入れられた形だ。今後の米国産牛肉の安全が保証されることなり、大きな前進といえる」と話し、お相手の農務長官は、できるだけ早く日本の査察官を受け入れたい。査察が完了すれば日本向け牛肉への『全箱検査』は終了する」と言ったというし。
5月には国際機関「国際獣疫事務局」(OIE)が、月齢を問わずに輸出できる「準安全国」に米国を認定する見通しだというし。
私には農水省も農務省も、松岡利勝もマイク・ジョハンズも信じられないし、国際獣疫事務局(OIE)も信用できないし。
もしかしたら、慰安婦問題でアベ氏に圧力をかけておいて、ぺこぺこ謝るところに突っ込んだりするのかな?
下げていた頭を急に上げて、検査を日本並みにしろ、トレサビリティ・システムを確立してから輸出してくれないと日本人はアメリカ産牛肉を食べないぞ、とは言えないものねえ。
これはアベ氏が自ら蒔いた種。謝るところを間違えてる。
よく調べてよく考えてから喋らないから。
それとも、言うこときかないと報復措置を取るぞ、と脅されたのかな?
経済的報復措置って、何を指すのかな?
日本の輸出花形産業に、もっとたくさん関税をかけるぞ、ということかな? もしそうだとしたら、当然日本の輸出企業側からアベ氏に圧力がかかるだろうし。
戦略的外交とか戦略的互恵関係とか、「戦略」という言葉が好きだけれど、ほんとにアベ氏には戦略があるのかな?
*追記: 日米間の協議とは別に、家畜疾病についての国際機関、国際獣疫事務局OIEでは、無条件で輸入を承認すべき物品として、現在の牛乳・乳製品のほか、骨なし牛肉等を追加する等のBSEコードの改定案(改正案、とはいいたくないです)が提案され、5月下旬に改定される見込みだそうです。
これ自体には強制力がないとはいえ、この国際基準に適合する措置はWTO協定に適合していると見なされて、これより高い基準をとろうとする国は科学的に正当な理由があることを立証しなければいけないわけです。
つまり、全頭検査とかトレサビリティ・システムとかを採用する日本は、これをアメリカにも要求するには、自分で《科学的》な根拠を示さなければならないということ。
アメリカにとって、OIEの決定に自国の利益を反映させることなど、簡単なのでしょうが、なぜそうなっちゃうの? 科学的に正当な理由って何? と素朴な疑問を感じませんか。
自分の国の牛肉は安全だ、という科学的根拠を示してくれないと、食べてやらない、と抵抗するより手はないかもしれません。
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びっくりしたのは、この書き込みが政治問題を扱った掲示板やブログではなく、2チャンネルの「料理」や「医学」関係の掲示板にコピー・ペーストされて転載・引用されていたこと。
らんきーブログさんが「ブログ共闘で普通の人たちを巻き込もう!」と呼びかけたのがつい数日前。「反戦の家づくり」さんが「ブロガーの皆さんへの提案 読者範囲の拡大のために」と政治以外の分野のブロガーに声かけ=TBをしていこう、と呼びかけたのも同じ頃のことです。
ところが、相手はとっくの昔に実行していた、というわけですか!
報道によると、都知事選については「料理」の掲示板で「東京都の人は、ぜひ読んでみてください」として「反日団体が総がかりで応援しています」、参院沖縄補選では「医学」の掲示板で「どうか民主党だけは避けてください。県民の生命に関わる可能性があります」という文面だったとか。
そしてこれらが他の掲示板や一般のブロガに転載・引用されていたというのです。
私たちが公職選挙法に神経をとがらして、いかに自分の思いを人に伝えようかと頭をひねっていたとき、相手はこうして大量に、根も葉もない雑言を書き連ねてネットの中に誹謗中傷を広げていったんですね。
いつものことながら、なりふり構わぬ汚いやり方です。
根拠のないことは言いたくない。
根拠があっても、汚い言葉は使いたくない。
根拠があって、良識の許される限りで適切な言葉や言い回しを見つけても、それを使って裏で操作するようなことはしたくないし、そんなやり口に手を貸したくない!
といつも思っている私たちは、往々にして守勢に立たされますね。それはこれまでも分かっているんですよね。
でもやはり、相手の土俵にのりたくない。
合法・非合法のすき間を狙い、組織的に役割分担して責め立ててくる相手にいったい何ができるのだろうか? と怒りとも嘆きともつかぬため息が出てきそう。
自分の良心に照らし合わせたことしかできない。
それでも時に間違ったりする平凡な人間。
やはりコツコツと、そして人と力を合わせるしかない、と思う。
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カナダのトロントでは、毎年、ドキュメンタリー作品の映画祭が開かれ、ことしは1700点余りの応募作品から選ばれた129点が11日間にわたって公開されています。
監督を務めた日系2世の森本りささんが、亡くなった自分の叔父が特攻隊の元隊員だったことを知ったのをきっかけに作ったものです。映画は、特攻隊員を命じ られながら一命を取り留めた元隊員たちが、戦争に終わりが見えないなか、死への恐怖に苦しみながら命令に逆らえず出撃していった当時の心境や、送り出した 家族の思いなどを紹介しています。
(以下省略)
これが「敗北の翼 Wings of Defeat」。
今年の夏から一般公開されるということで、楽しみです。
*その他、戦争と平和を考えるときのお薦めビデオを見つけました。
一つはYou Tubeの「明治学院大学元学長森井眞さんのお話。前編と後編があります。
自分と同じ時期に
地球上の異なった地域にいて
他者の運命を
自分のそれとして受けとめること
これが教養だというのです。ものをたくさん知っているとか、読んでいるとかではなくてね。
という言葉で始まります。
もう一つは、JANJANにありました。
「国際社会は日本国憲法の出番を待つ」のタイトルで、武者小路公秀氏の講演の記録。
憲法前文と九条はワンセットの「歴史の到達点」だ、という言葉をもう一度噛みしめたいですね。
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↑ 雑談日記さんからお借りしました。
「私や私の秘書が犯人や暴力団と関係があるのであれば、直ちに首相も衆院議員も辞める考えだ」と述べ、強い憤りを示した。さらに「いくらなんでもだまっているわけにはいかない」と、法的措置を取る意向を明らかにした。
というのですから、穏やかではありません。
ネット上では疑惑のかたまり、闇の勢力との怪しい関係をいろいろ指摘されているアベ氏ですから、好奇心も手伝い、先週に引き続き、生まれて3度目か4度目の週刊誌購入。
で、買ってみると、なぜそんなに怒るの? わけ分かりません、という感じでした。アベさんって、クリーンが売りだったの? という疑問も含めて。
(追記: asahi.comには、見出しに激怒したとありますね。でも、秘書がトラブルに巻き込まれて、その相手が水心会だったのであれば、関係ないことはない。しかもそのトラブルは
競艇の場外舟券売り場の利権をめぐって秘書が口利きをしたことから生じたようですし)。
アベ氏と長崎事件の接点については、「反戦な家づくり」さんや気まぐれな日々さんがすでに記事にされています。
秘書のトラブルをめぐっては週刊ポストが4月13日号で報じているわけですが、そのトラブルと1月に警視庁に逮捕された、長崎市長銃撃事件の実行犯城尾が属していた組織、水心会の幹部(37歳)とのつながりを週刊朝日は疑っているのです。結局、真相は今のところ分からないようです。
秘書のトラブルについての捜査を安部首相側から依頼したことは安部事務所も否定したことは書かれているし、何をそんなに怒ることがあるのかしらん。
アベ氏の暴力団との関わりについては、2000年6月から8月にかけて5回も下関市内の自宅と事務所に火焔瓶が投げ込まれたり、乗用車が燃やされたりした事件がありました。
犯行後逮捕されたのは工藤会系高野組組長ら6人ということで、なんでもアベ氏の推す市長候補を勝たせるために暴力団関係者が対立候補の誹謗中傷ビラをまき、この時アベ氏秘書が300万をこの男に工面したとか。
さらにこの男の要求にアベ氏が応じなかったために、火焔瓶攻撃に至ったということですが、何もないのに300万を融通するものでしょうか?
「私や私の秘書が犯人や暴力団と関係があるのであれば、直ちに首相も衆院議員も辞める考えだ」というのであれば、とっくの昔に辞職していてもおかしくはないのに。
「法的措置」といえば、2006年に週刊現代が特集した記事のことで、講談社の野間佐和子代表宛に「通告書」を送りつけていることを思い出します。
アベ氏は、北朝鮮強硬派で知られる裏側で、03年夏ごろからポスト小泉を狙うには北朝鮮問題で実績を上げるしかないとして、密かに自分の手柄にす べく2元外交を展開。しかも、その内容は「8名の拉致被害者家族」さえ帰れば、後の被害者のことは問わない、核開発もご自由に、さらに約60億円を支払う という、まさに媚びを売る交渉内容だった、という例の記事です。
これ以前には、雑誌『選択』の6つの記事に対して名誉棄損で訴えるという「執拗な訴訟攻勢」もありました。(この問題記事が掲載されたときの編集長が、確かその後選択出版を退社してファクタ出版を設立した阿倍重夫氏です)。
昨年7月号の同誌には、嘆きとも怒りともとれるような現編集者の声が載っています。
この裁判の過程で強く感じたことは、安倍氏側のメディアに対する挑戦的、高圧的な姿勢です。全国紙での謝罪を本気でやらせようというのですから尋常ではありません。最近の安倍氏関連記事に対する抗議文も「まだ懲りないのか」といわんばかりの脅迫まがいです。
(以下省略)
「まだ懲りないのか」といわんばかりの脅迫まがい、というのが安部事務所の持つ体質かもしれませんね。
そういえば、FACTA創刊号の記事について弁護士に抗議書を送らせたのも、当時の内閣官房長官・安部晋三氏でした。
抗議書
当職は内閣官房長官・安倍晋三(以下通知人という)の代理人として、貴社に対し、以下のとおり、貴社発行にかかる「FACTA」創刊号(平成18年5月号、以下本件雑誌という)における不当な報道について抗議します。
本件雑誌において、「蓋された安倍晋三の実像」と題する記事(76頁)その他において、通知人に関する報道をしておりますが、種々の事実関係の摘示に誤りがあり、公正妥当な報道とは到底認められません。
(以下省略)
FACTAは年間購読契約が必要ですし、格別経済に関心があるわけでもないフツーの主婦にはちょっと荷の重い購読料のために読んでいませんから、果たしてどんなアベ晋三像が描かれていたのか知りません。
ただ分かることは、こうやってメディアに圧力をかけ続ける人物だ、ということだけは確か、ということです。
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1.保守系文化人グループ
『諸君』『正論』産経新聞などでおなじみの、いわゆる論客たち。
2.一般会員
善意の人たち。
日本会議は社会福祉事業団体か、はたまた老人の居場所づくりをしているのか、と分析する平田氏は自嘲気味に語っています。
3.椛嶋有三氏のグループ。
日本会議を実際に取り仕切っている。
で、この1.グループと3.グループが重なる部分もあるとか。
椛嶋有三は現日本会議事務総長で、生長の家学生連盟と日本青年協議会のトップを務めていた人。
そして今は、「青年」をとった「日本協議会」の会長におさまり、各地に支部を作っているそうです。
この椛嶋グループの若者のことを、
「男は去勢されたごとくであり、元気・覇気ばかりかとにかく知性がない。その上、こっけいなくらい傲慢である。傲慢とは、話が出来ない、という意味である。外部に対する興味がない、と言い換えてもいい」
「一人ひとりに人格を感じない。決められたことだけを見、聞き、語るだけ。たまに話を聞いているように見えるときは、情報収集。人の努力の成果を剽窃して、適当にまとめて、例えば『日本時事評論』に送る」と、平田氏は形容しています。
日本会議の給料はとても安いらしい。「まともに暮らしていけない額」とか。そこで椛嶋グループの若者が30人とか40人とか働いているらしい。
そんな若者たちは、講演会の手伝いをしてもその後の懇親会に出席することは皆無で、その理由に平田氏があげているのが「洗脳が解けては困る」こと。
さらには、
人格の消滅と交換(これを洗脳というが、国レベルでやられたのが、占領政策)・金銭と人間関係から組織に全面依存せざるを得ない状況に陥らせること(社会からの囲い込み、隔離)。組織がこのような構成員からなっているとき、その組織はカルトとして分類されよう。
日本会議を取り仕切っているのは、「カルト集団」なのである。
とまで断言しています。
椛嶋グループの、生長の家で洗脳された若者たちは、「日本会議の講演会で配る資料の袋詰めと、来賓に花の色や大きさを間違えずに花をつけ」たり、講演会で機関誌『祖国と青年』や日本会議の出版物を売ったり、《愛国寄席》で店を出したりしているらしい。
なるほどなあと、以前からそれとなくうかがわれていたことが、より具体的な形で教えられました。
私は、日本会議に集う人たち共通のイデオロギー、天皇中心の国家の樹立がどうしても理解できませんでした。なぜ、今更そんな前近代的なことを唱えるのか不思議で、どこでどうして天皇中心の国家が理想として登場してくるのか? と理解に苦しみました。
おもしろいのが、このイデオロギーを奉じる集団には、盲目的なカルト集団が従属していること。
そして極めつけは、「陛下の大御心(おおみごころ)」という言葉。
これは魔法の言葉のようです。
この言葉で、リーダー達の命ずるところはすべて正当化されます。まるで天皇の心の仲介者がそのリーダーであるかのように。
そこにあるのは、虚構としての天皇という存在。
現実に皇居で生活をしている生身の天皇ではありません。いかに大仰な尊敬語で形容されても、拝められるものは貶められる、という皮肉をそこに感じます。
リーダーは天皇の心を読み解く巫女のような存在でしょうか、ちょうどギリシア神話でいえば、トランス状態でデルフォイの神託を下した巫女たちのような。ただ、日本会議に集う巫女たちは、少なくともトランス状態には陥っていないように思います。
冷徹な計算に基づいた確信犯。
自らの考えを「大御心」で正当化すれば、すべて許されたのが戦前の高級将校たち。
この大御心の根拠が「万世一系」なのかもしれません。
これは戦前の教育を受けたお年寄りを引きつけるのには十分なものだったでしょう。でも若い人はどうしてそう易々と、私の言葉で言えば《引っ掛かってしまった》のでしょう?
自分探しの旅の途中で、たまたま出会ったものだったのでしょうか? 現代人の心のすきまに、虚に忍び込んだのでしょうか? ちょうどオウムのように。
カルト集団に象徴されるように、「大御心」を唱えるリーダーたちとそれに従う「人格の消滅と交換」のみられる集団とは、絶対的な壁で仕切られています。それも透明な、目には見えない壁で仕切られているみたいです。
これは、三浦朱門氏の、才も力もない人間はただ実直に働くことを覚えてくれさえすればいい、というような言葉によく表れているかもしれません。
多くの宗教団体がこの日本会議を支えていることを考えると、各団体の教祖自身が神託を一般信徒に伝える巫女なのでしょうが、なぜそうした宗教共同体の長が、また一方で天皇を中心とした国造り、という共同幻想を受け入れているのか、これも私には大きな疑問です。
もしかしたら、精神界を支配するのに飽きたらずに世俗権力にも色目を使っているのかな、なんて……。
一度権力を掌握してその味を覚えたら、容易には棄てられないものなのでしょうね。そんな意味でも、王国を捨てた釈尊はすごいけれど。
ひょっとすると、上記の宗教共同体の中では、神・天皇・教祖の3つがひとつのものとして、つまり三位一体として捉えられているのではないかしら、などとモーソーを膨らましてしまいました。
さらに、こうした集団と創価学会は明らかに相いれないと思うのに、なぜいっしょに与党を支えているのか、という疑問も湧いてきます。
創価学会が露骨に政界での自らの居場所を主張しているのに対して、他の宗教集団はその宗教的存在を巧みに世間の目から隠して今日に至っています。
この教義も手段もまったく異なる団体が、選挙になると同じ勢力によってかつがれた候補を応援しているのは、摩訶不思議。
合従連衡ともいえますが、ことは宗教団体という、互いに非寛容的な集団の性格に反すると思うのです。
結局、きっと宗教というのは方便なのだ。権力掌握のための隠れ蓑なのだ。だから節操がないのだ、という結論に達しましたが、みなさんはいかがでしょうか。
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↑ 雑談日記さんからお借りしました。
(参院福島補選(同)の20日まで の期日前投票者数は10万588人で、こちらも前回比10.3%増加)。
この数字がどういうことを意味するのかについては今のところ分かりかねますが、昨年11月の沖縄知事選では直前に不自然な人口増があったこと等々を考えると、いろいろ疑いたくなりますね
(大体沖縄県は全国でも数少ない人口増加県ですが、それでも自然増は年3%ちょっと。なお、国勢調査に基づく沖縄県の人口動態はについてはここにあります)。
私の周囲でわざわざ期日前投票をする人がどれだけいるだろうか? と考えると皆無に近いんですよね。よほど選挙に関心のある人か、あるいは義理やその他で投票を依頼された人ぐらい。だいたい、期日前投票が簡単になったことを知っている人さえ珍しいのですから。
で、ヤメ蚊さんの所で知った、まるで手品のような期日前投票の怪!
3ヶ月以上住民登録していないと投票できない、と同時に、転出後4ヶ月間は転出前の選挙区で投票できる!
これはどういうことかいうと、
公職選挙法 第21条により、選挙人名簿に登録されるのは、年齢満20歳以上の日本国民で、
《住民票が作成された日》または、《転入届出をした日》から引き続き3ヶ月以上経過している者。
公職選挙法第28条により、選挙人名簿から抹消されるのは、死亡した時、日本国籍を失った時、転出後4ヵ月を経過した時。
詳しいことはヤメ蚊さんが図解付きで解説されていますが、もともと沖縄以外が地元の人であっても、住民票を移動させることで昨年の沖縄知事選、そして今回の補選の両方に投票した上で本来の地元に住民票を返して、7月の参院選に臨むことが可能だ、ということです。
(初日算入・不算入によって1日ほどは違ってくるかもしれませんが)昨年の知事選のために移した住民票を12月6日〜4月5日の間に地元に戻せば、沖縄と地元の両方で選挙権の行使ができるということ。
1人で2人分の効果です。
投票率が低ければ低いほど、この効果は高くなります。そら恐ろしい現実。
ヤメ蚊さんは、「沖縄在住の方を中心に真相を明らかにするために、告発するべきではないでしょうか」と呼びかけておいでです。
大体、普通は期日前投票のために市・区役所、町・村役場にまで出かけるのが面倒で棄権をしてしまう人が多い中で、わざわざ沖縄まで出かけて投票する人は限られてきます。
また期日前投票以外にも郵送による投票があるのです。対象は身体に重度の障害のある人、要介護度5の人。
これに加えて、上肢または視覚の1級であるもの、戦傷病者で上肢または視覚の障害の程度が特別項症から第2項症までということで、この方たちについて代理記載制度があります。
この制度を利用するには、郵便等投票証明書以外に「代理記載制度に該当する旨の申請書」と「代理記載人となるべき者のの届け出書兼代理記載人となる旨の同意書および選挙権を有する旨の宣誓書」の2つの届け出をする必要があります(ネットで手に入ります)。
1度これをしておけば7年間有効。
もし私が有権者を多く抱えて資金も潤沢な組織の選挙対策担当者であれば、住民票移動と選挙地への旅費負担には出し惜しみせず、さらにはこの代理記載制度も利用しない手はないと考えて、手間暇惜しみませんね。
もしかしたら、選挙地への旅費ぐらいは、かなりの人が自腹を切ってくれるかもしれませんし。
それにしても、有権者がどんどん投票所へ足を運べば、こんなことまで気にする必要がないのかもしれません。
踊りながら、歌いながら投票所へ行け、とまではいいませんから、せめて民主主義を標榜する国として、この民主主義の根幹にあたる投票制度をまっとうなかたちで維持するために、幼い頃からきちんを教育することが必要ではないでしょうか。
投票制度そのものについても、私たちには知らないことが多すぎます。
いっそのこと投票権を行使しない人にはペナルティを課す、なんてことまではいいませんから。
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20日金曜日の教育再生特別委員会で、中山成彬が長い発言をして、その中で慰安婦についてもずいぶんと自説を主張していました。
この方は「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の会長で、米国議会調査局の報告書では、歴史修正主義者の会を率いるものとして名指しされていました。
現内閣官房参与で、拉致問題に携わってクローズアップされた中山恭子氏の夫君。
話しには聞いていましたが、どのように歴史を修正しようとしているのか、今回のこの国会発言でよく示されたと思います。
「今日はテレビも入っていることですし」と言われたことから、中山氏の発言は、あらかじめ計算されたパフォーマンスであることがうかがわれます。
web上のビデオでは分かりませんが、テレビではこの中山氏を熱い眼差しで見つめていたアベ総理の姿が印象的でした。
報道によるとアベ総理は、二十六日からの初訪米を控えて、米ニューズウィーク誌とウォールストリート・ジャーナル紙のインタビューに応じ、従軍慰安婦問題につ いて「当時の慰安婦の方々に心から同情するし、日本の首相として大変申し訳ないと思っている。彼女たちが慰安婦として存在しなければならなかった状況に、 責任があると考えている」と述べたそうです。
首相が、慰安婦問題について、日本の「責任」に言及して謝罪の意を表明したのはこれが初めてとのこと。訪米を前に、米国世論の沈静化を狙った、と言われています。
食い入るように中山氏を見つめるアベ総理の眼差しは、あなたのおっしゃるとおりです、全面的にあなたのご意見に寄り添っていきます、というメッセージを発している、と私は受けとりましたが。
国内向けのメッセージと、国外、ことにアメリカ向けのメッセージ。このふたつが矛盾している。2枚舌です。
中山太郎氏は、慰安婦問題を「日本人が蒔いた種だ」と主張。
証拠としてあげたのは、1983年に出版された、嘘を書いたという吉田清二氏の著書。
そしてこの吉田某の著書で、初めて「従軍慰安婦」の言葉が出てきた、といっています。
だいたい、従軍慰安婦を否定する人は、この吉田某のことをよくあげます。私はそんな本を知りません。
私の手元にある『従軍慰安婦悲史』は1976年に出された千田夏光さんの書かれたもので、中山氏のいう吉田某の著書よりも6、7年前のことです。中山氏の言葉こそ、事実誤認がある。
また、よく、当時は「従軍慰安婦」なんて言葉はなかった、という主張がなされますね。
私はいわゆる「団塊の世代」と呼ばれる人間のひとりですが、「団塊の世代」という言葉を背負ってこの世に生まれたわけではありません。
私が生まれたときには、「団塊の世代」という言葉は存在していませんでした。でも、私という人間は、存在していました。
この言葉は作家の堺屋太一氏のネーミングによるもので、1976年刊行の『団塊の世代』でこの世に登場しただけのこと。
ですから、言葉がなかったからといって、そのものが、つまりその実態がなかった、ということは言えないわけです。
結局、教育再生特別委員会で、中山氏は次の3点を日本人によく理解してもらいたいこととして主張しました。
1.当時の日本では、売春が商行為として認められていた。
↓
2.当時の慰安婦はほとんどが日本人だった。
↓
(*ここで、三段論法もどきに論を進めて、当時の慰安婦はほとんどが商売だった、という結論を匂わせています。ただし、その結論は言外にあって、明言していません。
浅田次郎氏の著作と、宮崎在住の佐藤さんの手紙を披露して、女の子が買われていった話しを情に訴えかけるように長々と話していました。が、ついぞこの結論は『ご想像にお任せします」という形で示されるだけで、明言されませんでした。
国会発言で、言質がとられるのを回避したのでしょうか。
ついでにいいますと、この論は「証拠がない」という主張と重ねて、BBCの投書欄に殺到した日本人の主張の多くに見られました。ということは、従軍慰安婦の存在を否定したい人たちの主要な論点になっていることが推測できます)。
なお、生還した慰安婦の数等については、ここに詳しい)。
3.悲惨な境遇の女性たちに同情を禁じ得ない、大変だったのだと思う。
と、以上の3点でした。
これにつけ加え、当時の慰安婦の収入は大したものだった、という風なことも強調していました。何でも1,000円で豪邸の建った時代に、慰安婦たちの給料は月750円にも達したとかなんとか。
でもこの750円では何もできなかったに等しいと思います。なにしろ「軍票」で支払われていたのですから。
*追記: 軍票は現地調達のための手段に過ぎなかったようです。現地調達とは強奪。軍票は強奪を正当化するためのもので、領収書のようなものでした。
このページに詳しいです。
最後に中山氏は、
安部内閣は美しい国といいます。日本に住む私たちも、ほんとに美しい日本人になりたい。学力も、規範意識も大事です。しかし、気概を持たないといけない。気力も持たないといかん。私はそういう意味で、日本人同士、信義を大切にし、なんといっても先祖を敬うことも、私は大事だと思うわけでございます。
という話しでしめたのです。
慰安婦問題が、いつの間にか日本人の信義の問題、先祖を敬う、という話になってしまいました。講談なら、ここで拍手に湧くところでしょう。
ちょっとお粗末な国会講談。
でも、この話を信用している人もけっこういるようですね。
信用するというより、「信用したい」「信じたい」という気持が働くのでしょう。
印象操作の色濃い主張。世間の人たちの情に訴える話しぶり、そして内容。
こんな状況を目の前にして、暗澹とした気持にとらわれそうになるのも辛いですね。
国会での具体的な言葉は最後に掲載しておきましたので、参考までにご覧下さい。
なお、読みやすいように、私の方で適当に段落を区切りました。
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中山: 基礎学力もそうですが、私はここで日本の歴史教育について触れないわけにはいきません。
アベ総理も心中悩まされているのではないかと思うわけでございますが、今、米国の下院におきましてですね、日本のいわゆる従軍慰安婦の非難決議案が出ていまして、アベ総理に謝罪を求めているわけでございます。
この案文を読んでみますと、ほんとにひどいことが書いてあるんですよ。日本の兵隊達が若い女性を性的奴隷化したと、そして集団的暴行、強制中絶、そして性的暴力を加えた、20世紀最大の人身売買であると。だから、総理大臣に謝罪しろと、こういうことになっていましてね。
日本の国民のみなさん方はあんまりお知りになっていないかもしれないけれど、まさにそれが、今採択されるかもしれない、という話になっているわけで、とんでもないことだと、私はこのように思うわけですけれど、まあ、そもそも、この慰安婦の問題、私たちはあまり口にしない。なんていうんでしょう、そういう気持があるでしょう、お互い思いやって。
だけれども、国際社会において日本がそういう風な非難を受けていると、そういうわけであるならば、今日はテレビも入っていることですし、国民のみなさん方にも是非、理解していただきたい、と、まあ、このように思うわけでございます。
そもそもこの従軍慰安婦という言葉はもともとなかったんですけれどね。初めて出てまいりましたのが、1983年にですね、吉田清二という人が、自分は済州島において慰安婦狩りをした、強制連行をしたと、こういう本を書かれたんですね。
それをある新聞が大々的なキャンペーンを致しまして、それが一人歩きしたんですけれど、不信に思った韓国の、これは女性の記者でございますけれど、済州島に行って調査したら、そういう事実はなかったということがはっきりしたわけです。
後には実はこの吉田清二さんという方も、実はあれは嘘だったということを告白されたわけですけれど、これが一人歩きをしていると、これがまさに国際的な問題になっていると言うことを私たちはしらなけりゃあいけんと。そしてまた、日本の弁護士が韓国に行きまして、誰か従軍慰安婦の訴訟をしませんかと、こういう募集をしたんですね。
この問題というのは日本人が蒔いた種なんですよ。日本人が蒔いた種。そして歴代ですね、私は日本の外交にも問題があったと思うんですけれど、その場しのぎの対応をしてきた。そのことがですね、アベ総理の胸を痛めていることになるんではないかと、まあ、このように考えるわけでございます。
まあ、ここではっきりと申し上げた方がいいと思いますけれど、私は3つのことを申し上げたいんですね。
1つは、私たちは考えられませんが、当時は売春というものが商行為として認められていたわけですね。そのことを私たちはまず知らなければいけません。
2つ目は、慰安婦と言われる方々は日本の女性だった。私はこの浅田二郎さんという作家は大好きで、いつも読んでますけれど、一番最近の買いました本の中で、これは『月島慕情』という本でございますが、最初にこういう文がございます。
明治26年の巳年の生まれだからミノと名づけられました。故郷の村には同じミノが何人もいたが、一回り上の大勢いたはずの同じ名前の娘達は、ミノが物心ついたときには、皆姿を消していた。一つ年上のタツも……雪が解ける頃、何人もの人買いがやってきて、小学校を終えた娘達を連れて行くのだった。行き先のほとんどは上州……の製糸工場だったが、とりわけ器量の良い子は、東京へと買われた。そういう娘は値が違うから、家宝だと噂された。
こういう風な文章があります。私の宮崎の……佐藤とうりょう(表記が分かりません)さんという方がですね、バブルで40年近く自分が育てたゴルフ場が外資の手に渡ってしまった。その方からこの間手紙が来ました。……なんとか、観光宮崎が蘇生して欲しい、まあそういうような……その文章の一番最後にこういう言葉がありました。私は小学校の時、同級生の女の子が売られていったことを忘れることができない。佐藤さんが好きな女の子ではなかったかな、そのことを88歳になっても、佐藤さんまだ思い出している。そういう時代だった、と言うことを私たちは知らなければいかんと思うのです。
3つ目に申し上げたいのは、総理もいつも言っておられます。悲惨な境遇の女性達に同情は禁じ得ない、大変だったのだと思う。まあ、その当時でございました。こういったところにも書いてあります(と浅田次郎氏の著書を手でそっと叩くように示す)。とまあ、深い意味で、沈んでなかなか上れない、たくさんの方がいらっしゃったことも、事実でございます。
まあ、しかし、一方、そうじゃない、ということもあるわけでございまして、これはまさにアメリカの主張にあるわけでございますけれど、第2次世界大戦中にですね、日本が占領したところを、次にアメリカが取り返していった、奪い返していった。ビルマの戦線でですね、アメリカの情報部が調べた記録が残っている。それによりますとね、慰安婦が1ヵ月、売り上げが1,500円。これを経営者と慰安婦で半々、5分5分でとっていた。だから750円慰安婦の手取りだったと。
当時、一般の兵隊さん達の給料というのは、7円50銭。軍曹が30円だったそうでございます。7円50銭と750円。百倍の違いがあるわけですね。
まあ、私たちの給料が今30万とすると、3,000万ですよ。こういう儲かる商売だったというのも、実は事実でございます。
先ほど、日本の弁護士が韓国に行って、従軍慰安婦の訴訟をしませんか、と言った人がいらっしゃいます。その女性の方はもう一つの訴訟も起こしていました。これは何かというとですね、戦後預金を封鎖された、これを返してくれ、と言う、そういう訴訟でございます。その金額はなんと26,000円でございます。当時の金では1,000円あると豪邸が建ったそうでございます。ですから26,000円というといかに大きな金額であるかと、で、こういう事実もあるわけでございまして、そういったことも、私は日本人としてしっかり知っておかないと。
私は何を申し上げたいかと、安部内閣は美しい国といいます。日本に住む私たちも、ほんとに美しい日本人になりたい。学力も、規範意識も大事です。しかし、気概を持たないといけない。気力も持たないといかん。私はそういう意味で、日本人同士、信義を大切にし、なんといっても先祖を敬うことも私は大事だと思うわけでございます。
ほんとに大変な想いをされた女性の方々のですね、尊厳を大事にすることも大事ですけれども、日本人の尊厳、特に前の大戦で命を落とされたたくさんの兵士の方々、あるいは広島、長崎、あるいは大空襲で命を落とされたたくさんの日本人。あるいは満州で150万の日本の方々が悲惨な体験をされた。そういったことにもですね、やっぱり思いを致して、私たちはこの国造りをしなけりゃあいけない、そういうわけで一寸時間をとりましたが、申し上げたわけです。
伊吹文科大臣に申し上げたい。今年も高校2年生の歴史教科書に、まだまだ、従軍慰安婦とか強制連行という言葉が残っているんです。
アベ総理、われわれはずっと、この言葉をなくしたい。なかった言葉が教科書にあるんだからなくそうという運動をしてきて、幸い中学校の歴史教科書からこの文言は消えました。しかし、高校にはまだ残っている。
私、担当官に訊きました。どうして残っているの? いや、小中学校と高校は違うんです。
何が違うんか? 小中学校の教科書は無償だけれど、高校の教科書は有償だから、あんまり文科省としては強く言えないんだ。
私は呆れました。検定制度とはそういうものですか?
伊吹:私はそういうことはいっていないと思いますけれど、日本という国は議員内閣制で動いているわけですから、各々の正当のイズムで教科書を云々することは、私は適当でないと思っております。したがって、ご承知のように、検定教科書審議会という客観的な判断をしていただく判断を、まあ、家永判決においてもそうですけれど、文部科学省はそれを尊重するというか、その意見によって合格を判定すると。したがって、今回のことについても、アベ総理も私も検定についてひと言の言葉も挟んだことはありません。
政権が変われば教科書が変わるほど、日本は怖い国であってはならないと、私は思っております。ただ大切なことは、一方的な思想によって教科書の事実が歪められてる、ということだけは正さなければいけませんから、書かれているないようについて、両論あるという場合はですね、両論をかならず併記して貰わなければならない。あるいは、一方的な記述は止めてもらわなければならない。そのことだけは、これから白紙の状態で学んでいく子どもには、しっかりと中立的立場で、教科書というものを客観事実にそって作り上げていくということだと思います。
いろいろ政治家も、特に最近の政治家も日本国民も、歴史を見る目はひとりひとり違うと思いますので、各々のイズムによって批判をしたり、逆に各々のイズムによって検定結果を逆の意味で批判をするというのは、私はあってはならない。ですから家永裁判においてもどのように判決が行われているかというと、学術的、教育的、専門的判断とされ、文部科学大臣は、合意の決定は同審議会の答申に基づいて行われるものと、で、私はこのことに忠実に理解をし、実行してまいりましたので、両方の立場から批判を受けるというのは、私の職責からいえば当然のことだと思っております。
中山: 戦後60年経って、封印されていたものが、いろいろ記録等が出てきているんですね。それに基づきまして、いわゆる歴史研究家、その方々の研究も進んでいます。そういう意味でですね、客観的な歴史的事実、これを勉強して欲しいと、検定をやっておられる方々が。伊吹大臣の立場は私はよく理解できます。ですから検定にあたられる方々も新しい研究成果をしっかり勉強して欲しい、学んで欲しいということを要望いたします。
そしてアベ総理、ぜひですね、日本人というのはすぐ、謝るんですね。謝ったら、謝ったのに許さないのはまたけしからん、とまた怒られるくらいですけれど、国際政治においては、謝ったらどうしてくれるんだと、賠償はどうしてくれるんだ、という話になるんです。われわれ日本人は、ダブルスタンダードの中で生きていかなければいかんな、とこう思うんですけどね、黙っていたら認めたことになるんですからね。
私はやっぱり美しい国は強くなければいけんと思うんです。これからも、違ったこと、間違ったことについては反論していく、そういった勇気が必要だと、そのように考えるところでございます。
で、そういう国際化というのでしょうかね、日本人というのは井の中の蛙みたいに、なかなか国際化に馴染みにくい。それで私は英語教育についてですね、私はこれを大臣にお願いしたい。
(これ以降、シンガポールの例を出して、ネイティブに耳から口から英語を教えることが大切だという主張が続きます)。
地中に根を伸ばし、冬の間はゆっくりと眠っていた花や木々が、今次々に花を咲かせています。
薔薇もどんどん花芽を膨らませていますが、この季節、特に見事なのはボタンでしょうか。
あの花を見て香りを嗅げば、だれでも東洋的な高貴な匂いに魅せられそうです。
2月頃から練習を重ねてきたウグイスも、ここにきてやっと、あの谷渡りを聞かせてくれるようになりました。
金柑の実は昨年あたりからほとんど鳥についばまれて収穫ができなくなりましたが、それでも残り少ない実を口に入れながら、こうして鳥たちともいっしょに生きているんだ、と実感します。
庭の果実は、全部は収穫しないで、鳥のために少し残しておくんだよ、と年寄りはいつも言ってましたっけ。
見上げる山の所々に見えた山桜の白やうす桃色も、今では新緑に変わってり、街を歩けば、なんじゃもんじゃの木がやっと芽吹き始めたのに気づきます。
うーん、田舎に住んでしあわせだなあ、と悦に入ってます。東京や大阪の街中では、とてもこんなこと味わえないぞ。それに、田舎でも、もう何年か前から光ファイバー網の恩恵を受けているなんて、とても現代的でしょう?
土曜日の朝、そんな気分で庭を眺めながら朝食をとってテレビを見ていると、「グリーンピア南紀」の問題がニュースショーでとりあげられてました。
きゃあ、1億6,000万で360ヘクタールの海辺の緑地が売られていた! それも白亜のホテルつき。親戚中と知り合い中のお金をかき集めて、私も買いたかった!! と叫んでみても後の祭り。すでに香港のペーパーカンパニーにと契約済みでした。それも、実は、払い下げられる前から。
まあ、1億6,000万は10年間の賃貸料だけれど、その後には無償で譲渡される、と言う特約付きだというのですから、素人の私の目には、1億6,000万で売り飛ばされた、としか理解できません。
この「グリーンピア南紀」の問題についてはここに詳しく載っています。
テレビの画面では、そもそも、「公共の福祉」のために、と土地を譲った地元の方々は怒り心頭でした。
払い下げられて所有者となっていた町と賃貸契約を結んだ、書類上だけに存在する香港企業は、事業計画書に地元の雇用200人とかなんとか書いたらしいけれど、この「雇用を生み出す」という甘い言葉が、錦の御旗になってしまっているのでしょうか。
日本中で雇用を崩壊させて、次の段階でこの甘言を使う、なんてマッチポンプ作戦は冗談じゃない。
まさか、10年後には、このグリーンピアの跡にどこかの宗教施設ができる、なんてことないでしょうね、と〈モーソー〉を膨らませてしまいましたが、本当のところはどうなんでしょうね。
庭の草取りは新タイプの小型鎌が威力を発揮して、敷きレンガの間に生えてきたものまで根こそぎとるのも簡単になりました。
ヤブガラシのしつこい大きな根っこは、相変わらず、スコップでごっそ、と掘り下げて引っ張り抜いていますが、取っても取っても、またどこかで伸びてきます。
まるでこの国の悪の構造を見るようで、この時ばかりは私も緑を相手に嫌な気分になります。
それにしても、日本テレビでこんな政治かがらみの疑惑を大々的に報道するなんて、まだ、どこかに、もっと大きな闇があるのだろうか。この疑惑で、とりあえず何かから目を逸らしておく必要があるのだろうか、などという疑念も湧いてくるとは、自分で自分が嫌になります。
でも、もとはといえば、私たちの目に見えている現象の裏側には魑魅魍魎が蠢いていて、それがヤブガラシのように根を張り、さらにはどんどんその根を太らせている。そんなヤブガラシの根っこみたいな存在に栄養を与えている政治家たちがわんさといるのじゃないだろうか、と直観することしきりの今日この頃。
ええい、スコップでごそっと土を裏返して、おもいっきり引っ張って、抜いてやりたーい。
でも、途中でプツンと切れてしまいそう……。
なんだか、相変わらず、国民は泣き寝入り?
いやだあ、そんなことお! と、わめいてみたい。
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昨年正月の記者会見で、小泉首相(当時)が「戌年にあやかって、女性は犬のように子どもを産むように」と言ったという記事を確かめるためです。
そして、しばし呆然。
犬のように子どもをたくさん産め、と言われて嫌悪感を感じない女性はいないでしょう!
ことの始まりはロンドン在住の故森嶋通夫元ロンドン大教授の奥さまが、2006年1月5日付のタイムズ紙に、笑顔の小学生たちに囲まれてうれしそうにし ているコイズミ氏の写真が大きく載り、それについている見出しが、「戌年にあやかって、犬のように子どもを産むようにと女性に言った」とあることに憤って 、『一冊の本』(朝日新聞社刊)のコラムに書いたことのようです。
森嶋さんは、「小泉発言は日本ではまったく無視され(!?)続けているようなのに比べて、柳沢発言はそれ以後大臣の退任まで要求する反対が盛り上がったり、議会審議の進行に支障が起こったりしていると聞く。タイムズの記事で驚き憤慨した私は、この大きな反応の違いはどこから出ているのかと考えざるを得なかった」と書かれているとか。
そのタイムズ紙の当該記事も見つけました。以下はその訳です。
小泉純一郎の口から、年頭記者会見――昨年の日本の人口が19,000人減少し、これから100年以上は続く人口減少時代の始まったことが明らかになって以降、最初に姿を見せた公式の場――で、いきなり「犬のように産め」発言が飛び出した。今年は戌年なので、2006年の日本人の理想的な役割モデルは動物界にある、と彼は説明した。「犬はたくさん子を産むので、日本人も子どもをたくさん産めば、労働力問題は心配ない」と語り、「人びとが子育ては楽しい」と考えることができる環境をつくるために,
これからあらゆる施策をとるつもりだとつけ加えた。
小泉氏は出生率問題に対処する方策について、しかも首相としては最後の年頭記者会見であることはほとんど確実な中で、この「犬のように産め」をしのぐ提言は、何もなかった。東京には3,000万の人が居住する(訳注:首都圏人口のことと思われる)が、一人の女性が産む子どもの数は、0.99人に低下している。
小泉氏は日本における一連の困難な改革を成し遂げてきたが、出生率問題への対処では壁に突き当たり、失敗している。、再三にわたって、適切な戦略をもっているのか質問されてきたが、その都度、ない、と答えている。
人口が自然減少する年がやってくると、漠然と予想されていたが、実際には予想よりもはるかに早く到来した。首相の陽気な「犬のようにたくさん産め」発言でさえ、「明らかに、人口減少にうろたえているように聞こえる」と政治アナリストたちは語る。
2005年の最後の国会で、内閣は、日本の迫りくる人口統計上の大変動を回避する最後の抵抗として、第2次男女共同参画基本計画(訳注:2005年12月27. 日閣議決定)を表明した。一見したところ不可能と思えるこのプランは、日本の女性たちが、家庭にいてもっと多くの子ども持つ状況を作り出すためにも、もっとハードに働く状況を作り出すために策定された。
その根底には、女性たちが今より家族数を増やすのを妨げている障害のいくつかを取り除く労働状況改善のための総合政策こそ望まれていて、それこそ新しい動きだ。対策にはフレキシブルな労働時間の導入や不況によって空いた何百もの店舗を育児施設に変えるという提言が含まれる。
ところがこの基本構想はまた、人口統計上のもう一方の問題にも対処しようとする。すなわち、人口が減少するのと同時に労働力も減少しすぎて、場合によっては経済上の悲観的な結果をともなう。政府の解決策は子育て後に、より多くの女性たちが仕事に復帰するような気にさせることだ。
同プランは、「女性の再チャレンジ支援」と下手な名もつけて、小泉氏自身の手で閣議を通過させたが、企業や政治分野でリーダーシップをとる女性たちの世代をつくるが目的だ。
日本ではおよそ70%の母親が、子どもを産むと職場に戻らない。この傾向は部分的には文化的なものであるが、その多くは、仕事に復帰する上では現実の問題をどうにかしなければいけない。つまり、女性たちは、子どもを持ったがために去ることになった良い職場に戻ることはほとんど不可能である、と気づくわけだ。
このことで日本の女性たちは、キャリアをとるか、母であることをとるか、という厳しい選択を強いられるが、今の世代は、ますますキャリア追求に関心を示している。
フレキシブルな労働時間を導入して積極的に母親が職場に戻ることを奨励することで、このプランは子育てがキャリアの妨げにならないものにするのを目指している 。
(以上)
この「犬のように」発言は、岩見さんはご存じなかったし、私も、もちろん知りませんでした。ブログに書かれた天木さんだって、「サンデー毎日」で知ったのでしょうし。
そこで捜したところ、ちゃんと首相官邸のサイトに、平成18年1月4日付で掲載されていました。
小泉総理大臣年頭記者会見がそれです。
確かにありました。該当箇所を引用します。
今後、少子化が進んでいく、子育てをいかに楽しめるような環境にしていくか、子どもたちは我々社会の宝であると、国の宝であると、社会全体で子どもたちを健全に、健やかに育てていこうと、そういう環境をつくっていくのがより一層大事な時代になったと思います。
今年は、犬年でありますが、犬は子どもをたくさん産む、そしてお産も軽いそうです。犬にあやかるわけではありませんけれども、多くの方々 が子育ては楽しいぞと、子どもを持つことは人生を豊かにすると、そのような環境整備に多くの皆さんの知恵を借りて邁進していきたいと思っております。
(以上)
うーむ、記者を前にして、国民一般にこれを語りかける様子を想像すると、やはりおぞましさが先に立ちます。日本の、ことに年輩の男性がよく持っている女性を見るある種の目も感じますし。
それに、こうした首相を戴いていることが恥ずかしくなるようなタイムズの文面。読んでいるうちに、頭に血が上ります。
岩見さんが言われるように、ロンドンの日本大使館は、こうした報道にしかるべき対応はしたのでしょうか。
文化の違いもありますが、これを書かれたレオ・ルイスさんは年頭早々、女性を犬になぞらえた首相の言葉に、さぞびっくりしたことでしょう。
首相としての最後の年頭会見で、犬をお手本にしたこと以外は建設的な少子化対策を何ら示せなかった首相の見識にも驚いたことでしょうね。
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さて、昨日の米国議会調査局の「日本軍の『慰安婦』システム」の結論部分の全訳をお読みいただけたでしょうか。
「米国議会に、慰安婦問題はどう報告されたか」とあわせてこれを読むと、sankeiweb12日付小森義久記者の「『組織的強制徴用なし』 慰安婦問題 米議会調査局が報告書」の記事のおかしさが、少しはお分かりいただけると思います。
「いわゆる慰安婦問題の主要争点とされる「日本軍による女性の強制徴用」について同報告書は「日本軍はおそらくほとんどの徴募を直接に実行はしなかっただろ う。とくに朝鮮半島ではそうだった」と述べ、いま下院に提出されている慰安婦問題での日本糾弾の決議案が「日本軍による20万人女性の性の奴隷化」という 表現で非難する日本軍による組織的、政策的な強制徴用はなかったという趣旨の見解を示した」
という古森記者の文面はあきらかに報告書とは異なっています。
「日本軍による女性の強制徴用」を主要争点にしたのは、アベ首相や「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」以下の方々であって、 報告書の方は次のように明言しています。
結局、これまでの慰安婦システムに関する日本での、また日本と外国との間での議論の中心になったのは次の3点であった。
1.日本軍と日本政府の関与の程度
2.慰安婦徴募・輸送に日本軍の関与があったかどうか
3.慰安婦システムの中に連れてこられた女性たちが、自由意思で売春に従事したか、それとも不本意ながらせざるを得なかったか。
(以上)
くり返しますが、米国議会調査局の報告書では、「日本軍による女性の強制徴用」が主要争点とは言ってません。
むしろ、「2007年の慰安婦徴募における強制をめぐる議論は、慰安婦たちは同システムの中で自由意思に基づいて売春をしたのか、不本意ながらせざるを得なかったのか、というより大きな問題を覆い隠してしまった」と述べているわけです。
こうなってくると、「印象操作」どころかねつ造疑惑さえ生じてきます。
その他、このSankeiの記事については、疑問に思うことしきりです。
アベ首相の言葉自体が1951年のサンフランシスコ平和条約第11条に違反している可能性を指摘されていること、ワシントンポストの社説「アベの2枚舌」にまで言及されていることにひと言も触れずに「組織的強制徴用なし」ですか!
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私など、昨晩の衝撃的なニュースで初めてお名前を知ったほどですが、思わず心の中で、どうぞ、回復されりますように、と祈ってしまいました。
ご家族や関係者の方々の悲しみも思いやられますし、こうした形で人の命が奪われて、やりきれなさが抑えられません。
痛恨の極み、とどなたがが言われてましたが、本当にそう思います。
昨日夜の首相コメントは、「厳正な捜査」と「真相究明」を求めた、あっさりした型どおりの文言だったらしい。まあ、今日のお昼のNHKニュースでは、「選挙期間中に」とか「民主主義に対する」とかの言葉が聞こえてきましたが、事件の直後から「暴力への怒りや批判」なり「伊藤市長の容態への気遣い」なりがあってしかるべきではなかったのか、とますますやりきれなくなります。
たしか昨年の加藤紘一さん自宅放火事件の際も、小泉首相・安部官房長官(当時)は事件発生当時は見て見ぬふり、といわれてもしかたのないような対応で、やっとコメントを出したのが2週間後ぐらいではなかったでしょうか。
何の関係もない、自民党支持者でも加藤氏支持者でもない私が、すぐにお見舞いと激励の言葉を送ったというのに。
なんだか、とんでもない時代に突入しているような「いやーな気分」です。
報道によると、平和問題、ことに核問題に対して毅然とした姿勢を貫かれた方のようです。
asahi.comの記事の一部を抜粋します。
当選した年の11月、オランダ・ハーグの国際司法裁判所での証言で、広島市長とともに「核兵器の使用は国際法に違反していることは明らか」と陳述。 「違反とまでは言えない」との立場の外務省からは、文言をめぐって直前まで働きかけが続いたが、曲折の末、「違法」を明言した。
02年8月には「原爆の日」の「平和宣言」で、同時多発テロ後の米国の核政策を「国際社会の核兵器廃絶への努力に逆行している。こうした一連の独断的な行動を断じて許すことはできない」と述べ、初めて米国を名指しで批判した。
05年5月、米ニューヨークの国連本部で開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の本会議場で発言。長崎の原爆で黒こげになった少年の写真を掲げ、「核兵器と人類は共存できない」と訴えた。
今年3月、前年に続いて被爆地・長崎の反対の声を押し切り、米海軍のイージス艦が長崎港に入港。「核搭載の疑惑もある軍艦なので、残念の一言に尽きる」と語った。
(以上)
伊藤一長さんのご冥福をお祈りいたします。
ちょっと長いですが、この報告書が下院議員に配布されて、審議の参考にされるのでしょうね。
特に最後の部分については私たちも意見の分かれるところだと思いますが、一応、米国でこのような捉え方がされていることを知っていてもいいかな、という気持ちです。
【結論】
1992年以来、第2次世界大戦の前から戦中にかけて、慰安婦システムの設置・運営に関わった日本軍と日本政府の役割を十分認めたことに疑いの余地はほとんどない。しかし、2007年3月の安部首相の物議をかもした発言以前でさえ、多くの人の目から見れば、歴史に関係する日本の行状をめぐる論争で、たとえば小泉首相の靖国( 戦死者が祀られているが、また14人の戦犯も同時に祀られている)参拝、歴史教科書の記載内容、そして前述の文科相の言葉のような個々の日本の政治リーダー達の言葉をめぐって繰り広げられた論争で、自らの非を認めたことにも説得力がなくなってしまったと言うものもいる。認める認めないの争いは歴史教科書の記載内容を主な戦いの場にして、現在の日本でも続いている。さらに、教科書からは慰安婦システムの解説が省かれる傾向もあって、慰安婦たちへの書簡の中で、日本は「過去の歴史を直視し、正しくそれを後世に伝えねばならない」と述べた総理たちの言葉に疑念が生じている。
慰安婦問題は、日本人は、1930年代から第2次世界大戦にかけての自国の行状をいかに見るべきか、という日本におけるより大きな議論の一部である。自民党「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」小委員会に代表されるような日本の歴史修正主義者たちは、この時代の行為に対する重大な罪が免除されることを求めているようだ。歴史修正主義者たちに反対するものは、日本は自分たちの行状の負の







