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選挙戦の裏のうら


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 今日のおしゃべりは、 選挙戦の裏を、ごくごく一部垣間見て、びっくりしたこと、不思議だったことをちらーっとこぼすだけです。読んだらすぐに忘れてくださいね。

 これは下関という土地柄ゆえでしょう、シンゾー首相の自宅のある町内には民主党のポスターを貼ることはできません。投票で入れても、ポスターを貼らせるわけにはいきません、ということです。
 別にそういうお達しがあったのかなかったのか、全然知りませんが。
 ご近所さんたちのアベ家への“思いやり”の結果生じた自主規制かもしれません。多分そうでしょう。

 で、皆さんがいつも怒ってるメディアの自主規制は、当然欲得勘定の入ったもので、このご近所さんの自主規制とはちょっと事情が違うでしょうね。

 民主党だろうが社民党だろうが共産党だろうが、どこでもいい。どんどんポスターを貼ってくれ。そんなこと、私は気にしない。万機公論に決すべしだ、とでもいうような肝っ玉の大きなシンゾー氏であったのならば、今日のような苦境、与党惨敗はなかったのでは、と思いますが、いかがでしょうか。

 で、やっと貼ったポスターも、ときどき剥がせー、といわれたりするんですね。

 このポスターを貼る作業には大変な労力が要ります。1枚や2枚の話しではありませんから。

 どこかのお宅の壁や塀に貼らせていただくのですが、かならず所有者に許可を得て、それぞれ住所・氏名・電話番号を書いたカードを作り、地図に場所を記入しながら貼っていきます。
 後日、そのカードと地図を照らし合わせながらポスターを剥がしていかねばなりませんから。

 そのポスターがじゃまだからはがせ、と言ってくる人も、自分はいいのですが、苦情を言ってくる人がいるので……と後は言葉を濁したり。

 こういうときはだいたい、対抗陣営を応援する人からの苦情のようです。

 でもそうした場合でも迷惑が掛かってはいけませんから、大いに謝り、すぐさま撤去に向かいます。ふむふむ。

 このポスター貼りと剥がしで大変なのは、何といっても公示日前日のようです。
 今年の参院選の公示日は7月12日でしたので、11日にはつい何日か前に貼った立候補予定者の名前や顔写真入りのポスターを剥がし、新たに政党の政治活動と見なされるポスターを貼り付ける必要があります。

 野党はだいたいお金があまりありませんから、作業はボランティアに委ねられることが多いかもしれません。ボランティアたちが地図を片手に手分けしてポスター剥がしと新たなポスター貼りとにかけずり回ったりします。

 そんなことで、公示日前日、選対事務所はてんやわんやとか。
 この選挙ポスターに関しては違法の話しがあちらでもこちらでも、いろいろとあります。
 
 そんな話しを聞くだけでも、公職選挙法のバカらしさが分かるというものです。
 それに、なによりも先ず名前を売らねばならない新人にとって、圧倒的に不利な法律です。

 ボランティアの手が足りなければ当然業者にでも依頼することになるのかもしれませんが、ボランティアの手も足りない上に資金もなかったらどうなるのか、私は知りません。そういう人は立候補するな、ということでしょうか。

 これがお金をかけない、公正・公平な選挙の実現とどこでどう繋がるのか、私には理解不能。
 おまけに「厄介な公選法の規制に対処するには、公選法の条文をよく読んで、自分なりの都合の良い解釈をする以外に方法はありません」という選挙必勝法を説く方もいらっしゃるようで、興味の尽きない?法律、「公職選挙法」です。
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とくらさん、ありがとう

とうとう、参院選も終わってしまいましたね。

 自民惨敗でも、私にとってはめでたさも中ぐらい、ではなく1/3ぐらいでしょうか。

 なぜって、一つは応援していたとくらさんが落ちたこと、
 もう一つは、改憲を主張する候補者たちがたくさん通ったこと。

 それにしても山口県の保守傾向をあらためて認識しました。えっ、遅いですか?

 選挙運動らしきものもほとんどしない、典型的な「殿様政治」の方が選ばれてしまったのですから。

 そういえば、おばさまだったか大叔母様だったかが吉田松陰の獄に下る駕籠を見送ったという福岡市在住の老婦人を知っていますが、この方が山口県から博多に「お嫁にきて、ほんとにびっくりしました」といつか言われてましたねえ。

 質実剛健を旨とするところからお祭り好きな土地にやってきて、目を白黒されたようです。
 もっとも中国10カ国から関ヶ原後には周防・長門の2カ国に領有を減らされて、質実でないとやっていけなかったという長州の事情がその裏にあったのかもしれませんが。

 まあ、対する福岡の方も結構保守は強いようです。
 自民の当選者は、アニメ「学の夏休み」やDVD「誇り」で知られるあの日本青年会議所の元会頭ですし、民主の当選者はどうも日本会議国会議員懇談会メンバーのようですし。
 で、こうなると、保守というよりrightでしょうか。

 急激に社会が変わることに警戒心を抱く人はもともと多いわけで、その意味では保守的な判断をする人が多い、というのも頷けるのですが、この頃は保守というよりrightの方の声がやかましい。

 で、良心的な一般の保守の人たちがどれだけそのことに気づいているのかしら、とよく疑問に思ったりします。
 これはメディアにも責任があるとよくいわれていますね。

 いずれにしてもこれから私たちの国がどこを目指して進んでいくのか、しっかりと見ていきましょう。

 とくらさん、ほんとうにお疲れ様。

 選挙戦後半、精一杯やり遂げて一回りも二回りも大きくなってまぶしいほどでした。
 私たちの思いも背負ってがんばってくれたあなたに乾杯!


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* 追記:ワシントン・タイムズについてご指摘された方、ありがとうございました。確かにそうでしたね。わたしもうっかりでした。

小池百合子 疑惑、エコ・ライフ、台湾コネクション……エトセトラ


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 小池百合子防衛相、この方もいろいろある人ですね。

 2000年に秘書給与詐取疑惑が報じられたと思ったら、今年の「週刊文春」7月19日号では献金疑惑の浮上が伝えられていました。

 そして26日、選挙応援に行った弘前で、1995年の阪神大震災当時の救助活動について「アメリカ(の艦船)が支援のため神戸港に入ろうとしたところ、神戸の港湾組合が厳しいため、なかなか着岸できなかった」と述べたとか。

 ところがこれはまったく事実に反するということで、全国港湾労働組合協議会の玉田雅也事務局次長は「入港に反対した事実はない」として、防衛省に発言内容をただす考えを示した」そうです。
 どういう主張の中でこれを言ったのかちょっと分からないのですが、事実無根のところで悪者にされた方は、腹の虫が治まらない、というところでしょう。
 もともと震災当時からあったデマのようです。
 それを承知していた上での発言だったのか、それともデマと知らずに攻撃材料と見て発言にとりあげたのか、これもまた分かりませんが。

 いずれにしてもこの方は、「悪もの」をつくりあげて自らを際立たせる戦略をとる人なのでしょう。
 お友だちのタイプとしては最悪かしら。渡り鳥という評もあわせて。

 防衛大臣としてはキーティング米太平洋司令官になめられた、という話もあります。
 アベ氏と同じ、国内にだけ通じる大臣なんでしょうか。

 台湾の李登輝総統(当時)とは「親密な交際」がある、240万の高級ドレスも貰っている、しかもそれが台湾の国家安全局の機密費から支出された、また「私的友人にすぎない」のにやはり国家安全局の機密資金から度重なる台湾訪問費用を支弁してもらったとか。詳しくはこちらで。

  それにしても、李登輝氏とそんな関係になって何のメリットがあるのでしょうか?
(写真で見る限りは、小太り気味の体を駆使しているのかな? なんてミーハーとむ丸がびびっと反応)

 右派の中で自らの地歩を固めるため?
 政界の細木和子みたいなもの?

 台湾コネクション? とすると、防衛相に就任するのはかなり当然の話?

 で、さらにびっくりしたのは、こんなことまでやっています。

 新しいエコ・ライフを提言ですか! ecoyuri.comですか……
 1,200円の買い物バッグまで売り出し中。

 この「新しいエコ・ライフ提言」と戦争好き・タカ派の言動がどうもマッチしません。だって、戦争は究極の環境破壊でしょう? エコ・ライフとは矛盾するでしょ。

 いったい何を考えているのかしら? 本人の中ではうまく両方が同居しているんでしょうか?
 だとしたら、どちらかが、それとも両方共が、本気ではない、単なるポーズということでしょ。

 ・エコ・ライフ提案は政治家小池百合子にとってアクセサリーみたいなもので、本当は戦争が好き、というより軍隊のトップでいることが好き。

 ・エコ・ライフ提案は本気。むしろ軍隊のトップでいることが小池百合子のアクセサリーみたいなもの、というより勲章。

 ・エコ・ライフ提案も軍隊のトップであることも、単に政治家小池百合子のアクセサリーにすぎない。

 以上3つの場合を考えてみましたが、一番可能性の高いものはどれかな? やっぱり3番目かな? などと思っていますが、皆さんはいかがでしょうか。

 最近では中越沖地震の被災者支援に際して、水と食料とトイレの需要が高かったという阪神淡路大震災の教訓を生かすように自衛隊にげきを飛ばしたそうです。

 僭越ながらエコ・ライフをひとつ提案させていただければ、自衛隊は災害復旧隊に改変ししましょう! もちろん小池氏は災害復旧隊長! といいたいです。

 そうすれば、もちろん私の頭の中でもエコ・ライフ推進の百合子さんと自衛隊を統括する小池氏が矛盾なく一致します。

原子力行政はこれからどこへ


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 昨日に引き続き、27年前の『思想の科学』から、槌田劭(たかし)さんの寄稿文を読み直して。

 槌田さんによると、寄稿された「『豊かな暮らし』を問いなおす」が書かれる3年ほど前、

〈いやなお知らせですが、すぐそこまできた電気のピンチ〉「電気が自由に使えなくなる。まさかと思われるでしょうが、本当です。最悪の場合は昭和54年ごろ、日本の一部の地域で、電気の使用を制限していただくことになります。原因は発電所の不足です」
 
 というコピーで電気事業連合会の新聞広告が載ったそうです。
 「あなた、タイヘン!」と、黒い伝統を指さして金切り声を上げる奥さんのイラスト入りだったといいます。
 私は覚えていないのですが、そういえば“電気事業連合会”の名で時々広告が新聞にも入ってますね。
 今回の刈羽原発が地震の被害にあった報道の際には、やはりこの夏の電力の需要がまかなえるかどうか、などという話しも伝えられましたね。
 
 槌田さんはさらに、

「スリーマイル島原発の重大事故につづいて、二本の原発にも事故がつづいている。そのため、54年の夏は、日本の原発は軒並みに運転を停止した。まさに〈最悪の場合〉であった。にもかかわらず、最夏の電力需要ピークにさえ、電気のピンチはやってこなかった。狐につままれた思いになるのは認識う不足というものなのだろう。エネルギーについての話しにはこの種のウソはめずらしいものではない。とくに、原発をめぐってはウソと秘密のかたまりのようで、知れば知るほど、考えれば考えるほど、いやになる

 とまで語っておられます。

 80年代、槌田さんの著書『工業社会の崩壊』を読んで感激し、また氏の生き方にも目を見張らされたものですが、今でもお元気に活躍されているようでうれしい限りです。
 子供向けには『地球をこわさない生き方の本』(岩波ジュニア新書)を書かれ、あの嘉田 由紀子さん現滋賀県知事とも『共感する環境学』を共著で出されているようです。
 ちなみに、地球温暖化脅威説は世紀の暴論寒冷化と経済行為による森林と農地の喪失こそ大問題 ―と唱える槌田敦さんとはご兄弟です。

 とりわけエネルギー問題に関して、世の中を席捲する見方には何らかの政治的意思が働いているのではないか、と思わせるできごとがいろいろとありますから、いっぱんによく流布している考えを一度は疑ってみる価値はあるのではないか、と思います。

 つまり、
『不都合な真実』という本と映画をさげて啓発と伝導に歩いたアル・ゴア元副大統領の主張について疑問を持ってもいいのではないか、ということもそのひとつ。

 
国連の「気候変動に関する国際パネル」(IPCC)が「もはや温暖化は疑いの余地がない」と結論づけた背景には、気候変動について議論百出状態のところに政治的な意図に基づいてIPCCの事務局が暴走したものだ、という話もあります。
 
 その話を伝える田中宇さんは、その「地球温暖化のエセ科学」の中で、

「なぜ、温暖化問題はエセ科学が主流になっているのか。誰がそれを企図しているのか。
 ……イギリスを中心とする先進国が、発展途上国の成長率の一部をくすねるために考えついたのが、地球温暖化問題である」

 と結論しています。

 アメリカのイラク侵攻の目的が石油だったことが、7月3日にイラク政府が議会に送った「石油法の改正案」ではっきりしましたね。これについては「イラクは日本だ」で私もとりあげています。
 宗派間対立を口実の一つに掲げながらも、石油権益に群がる米企業に特別な配慮がなされているという「イラク新石油法」。

 やっかいなものです。
 エネルギー問題というのは、とりもなおさず大きな政治問題なのですね。

 ですから、原子力発電についても、ことは一私企業の問題として片づけられることでは決してない。原発推進と危険性・問題の隠蔽についても、日本という国家の意思が、端的に言えば私たちの国をどの方向にもっていくか決める人たちの意思が働いている、と考えるのがごく自然でしょう。

 危険を承知で、危険だと分かっているからこそ、いざっというときでも少数者の犠牲ですむように辺鄙な地に原発をつくるのでしょう。
 その他大勢の電力使用者たちには、電気のピンチだ、電気が自由に使えなくなるぞ、と脅しながら。

 ですからアベ氏が地震の第一報を聞いて長崎から急遽自衛隊ヘリで新潟に向かい、まず最初に柏崎刈羽原発に入ったのは当然の帰結だったのです。原発は国策でしょうから。

 そして「火災が原子炉建屋内ではないこと」「放射能モレは無いこと」「安全機器に異常は無い」と説明されたことがその後間違っていたことでシンゾー氏が激怒したというのも、私たちが東電の隠蔽を怒るのとちょっと事情が違うのではないかしら。

 危険はない、安全だ、とウソついてきたことがばれるじゃないか、なんでよりによって原発の地に地震が?! という自然災害そのものに対する複雑な感情と同時に、隠すべきことが隠しおおせなかったら? という恐れ、東電はうまく隠せなかじゃないか! という怒り……などなど、さまざまな感情が入り交じっていたのかもしれません。

 ひとまずは8月上旬にも調査団を派遣するという国際原子力機関IAEAにげたを預けて、これからどうするつもりなのでしょうか。imgf0663b83zikazj.jpeg

原子力行政 この30年の無策

原子力発電は電気のこぎりでバターを切るようなもの

 という言葉が出ていたのは1980年の『思想の科学』1月号。1976年にソフト・エネルギー・パスを提唱したアメリカの物理学者エモリー・ロビンズさんの言葉。

 パスとはpathで路の意。 
「従来のエネルギー供給システム、ハード・エネルギーパスに対する言葉で、エネルギー効率を利用側から考え、化石燃料を効率よく使用しつつ、太陽光、熱、風力、水力などの再生可 能な自然エネルギーを、その利用地点付近で、需要の質と規模に合わせて、分散的に自然界から得ることによって、エネルギーのそのものの最終用途での全体利 用効率を高めるようなエネルギー供給システム」(東京ガスHPより)のこと。
 
 こちらのブログではソフト・エネルギー・パスについてもう少し詳しく取りあげられています。

 この前年の1979年にアメリカのスリーマイル島原子力発電事故が起こったことであらためて原発について考えさせられたのか、この同誌114号の特集が「『原発の時代』を生きぬく」でした。

 27年前のこの年、昭和55年は、3月26日に衆議院科学技術振興対策特別委員会で参考人を呼んでの質疑応答が行われています。
 
 エモリー・ロビンズ著『ソフト・エネルギー・パス』の訳者槌屋治紀氏も参考人として出席し、

「われわれの経済成長とエネルギー需要というのはほとんど関係がないはずだ、われわれが豊かな生活を進めていくのには経済成長が必要である、経済成長をするにはエネルギー需要の増大が必要である、そういう考え方自体を疑ってみる必要がある」

「自然のエネルギー装置というのは、どこにでもこれを設置することができます。どんな中小企業でもこういったものをつくることができます。個人でもつくることができます」

 と述べています。

 またこの時、日本学術会議エネルギー・資源開発問題特別委員会幹事、中島篤之助氏はスリーマイル島原子力発電事故の調査特別委員会で出されたケメニー報告の警告と自分の考えが一致していることを語っています。

 どんなことかというと、

原子力というものは、口に出して危険だというようなふうに企業やあるいは規制当局や電力会社の姿勢を、あるいは原子力産業界の姿勢を、そういうふうに転換しなければいけないのだ

 ということです。

 さらに中島氏は、

「自主、民主、公開というりっぱな三原則を定めながら、米国で開発された軽水炉を、すでに安証された原子炉だというふうに考えて、非常に安易に導入されて、 今日その結果はさんたんたるものである、五〇%に満たない稼働率でしか運転できない、それでなおかつ軽水炉にしがみついてそれを最も重要な代替エネルギー とする政策が進められておるということは、私にとっては大変不思議なことであると思うのであります。

 言うまでもありませんが、軽水炉燃料は濃縮ウランを必要といたしますし、それは現在、一〇〇%米国に依存しております。エネルギー自立を目指す、あるい はエネルギーのセキュリティーを保障したいということであれば、少なくともこの燃料が、対等、平等の条約によって保障されるというようなことをまずやらな ければいけないはずでありますし、さもなければ、原子力を大規模に開発することは、セキュリティーを増さないで、石油への非常に安易な依存がわが国のエネ ルギー危機を招来したのと同じような、そういう結果にしかならないだろうと私は考えるわけであります」

 とまで言っているわけです。

 ちょうどこの委員会が開かれた頃は柏崎刈羽原発は7年前に立地が決まって、岩盤に穴を掘っている時期でした。そして1号機が運転を開始したのが5年後の1985(昭和60)年。翌年チェルノブイリ原発事故が起こります。

 80年代は原発論議がかなり盛んだったように記憶しています。
 甲状腺異常が多発するチェルノブイリの子供たちを支援する運動が各地で生まれたのもこの頃。
 また私が「原発ジプシー」という言葉を知ったのもこのころのことです。

 あれから20年、そして30年近く経って事態は良くなったのか? と問うてみると、NO! としか言えないようですね。

 90年代からさらに21世紀になって、原発がさしたる関心を呼ぶこともありませんでした。

 町内会や子供会、あるいは有志を募って見学ツアーも組まれて、原発への危機感を持つのはごく少数の変わり者とさえ見る傾向がありました。

 でもこれは見事に国と電力会社の隠蔽が功を奏しただけのことであって、原発運転について安全性が確保されたわけではありませんでした。

 原子力は危険なものであるとはっきりと認識して対処することが最も大事なこと、最も基本的なことだと国会の場で指摘されながらも、曖昧なまま、さらにもっと悪いことには危険性を隠して安全性ばかりを宣伝してきた電力会社と国の施策が間違っていたことが、今回の刈羽原発の事故ではっきりしたのではないでしょうか。

 おまけに軽水炉について国会でこれだけ危険性・不合理性を指摘されながら、その後30年近く、国も電力会社も何ら有効な対策もとらなかった、むしろ危険性を隠すことに努めた……参考人招致は単なるセレモニーに過ぎないのか、と思われてもしかたないのでは。

 原発ジプシーの問題は近年の格差社会の進展でさらに悲惨な様相を見せ、2003年のスペインの新聞には「日本の原発奴隷」のタイトルでそのレポートが寄せられています。

 もしかしたら政権が格差を容認するのは産業の安全弁として活用する目的以外にも、こんな危険な職場で必要とされる労力確保ためか、と勘ぐっても間違いではないかもしれません。

 戦後60年以上、そして戦前から考えると100年以上にわたる政治がこんな事態を招いてしまいました。だいたい私たちの社会は、政治・経済の分野でかなりの部分で戦前からの連続性が保たれてきたのですから。
 日本に今必要なものは政治を変えること、方向転換することではないかしら、と痛切に思います。

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 ↑ 千年虫さんからお借りしました。

 期日前投票に行ってきました。ついでに家の者も引っ張って(笑)。
 ウィークデーの午前中。お年寄りが多かったですね。

 あまりに簡単にできてしまって、家人は結構喜んでおりましたが、噂のように替え玉投票が可能か、と少々心配になったとむ丸です。

要人の失言 「違いのあること」と差別はちがう

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 昔から政権を担当する党の要人たちの失言はよくありましたが、短期間でこれほどまでの失言オンパレードはなかったように思います。

 アベ内閣の前にも、昨年の年頭会見で「女性は犬のように産め」発言をしたコイズミ氏の例があり、あれには欧米のメディアの方がびっくりしたようでした。

 そして今年に入っても柳沢「産む機械」発言に始まる閣僚たちの失言はとどまることを知らず、麻生「アルツハイマー」発言、山本拓「芸者の花代」発言……。
 
 言った本人は当初は失言であることに気づかない、だからこそ失言なのでしょうが、そこに私たち普通の人たちとの感覚の違いを感じます。

 アベソーリの800円発言も含めて、どこかで一般の庶民感覚とずれている、いやそれどころか、大きくかけ離れているのではないか、と思わざるを得ません。
 
 喜八さんの「サヨナラ、殿様政治(1)」を読んだとき、そのことを思い出してしまいました。
「殿様」麻生大臣の数々の差別失言には、“違い”が存在するのだから差別があって当然だ、という身に染み込んだ感覚がうかがえます。

 もちろん、違いのわかることと差別することも違います。

 SMAPが「世界で一つだけの花」と歌い、金子みすずが「みんな違ってみんないい」といったように、この世に生まれてきたこと、そして等しく誰もが死を迎えること、この二つ以外は一人ひとりがことごとく異なるものを持ち、違った生をいきざるをえません。

 でもだからといってその一つ一つの生をこちらは良い、あちらは悪い、あっちはダメ、と差別をすることが当たり前なことにはならないのです。

 今の政界・経済界の主導的立場にある人たちの多くは、どうもこのことが分かっていないようです。

 ご存じのように日本の政治は“世襲デモクラシー”と揶揄されるように、政治的に重要な地位を占める政治家2世・3世・4世がとても多いのです。
 家業としての「政治屋」を受け継ぎ、自分は国を、そして“民”を治めて当然。逆に“民”は治められて当然、という感覚で育ち育てられた結果は、アベ氏、麻生氏らの言動を見ていれば分かります。

 上を見るな、下見て暮らせ、という世の中の見方を近代以降も持ち続けてきたのが私たちの社会です。
 自分よりもまだ下がいる、と安心させる政策は今でも変わりませんね。安月給の正社員でも、パート、フリーターよりも“まだまし”と思わせる、卑屈な安心政策。。

 政治家や財界人は納税者を、経済人は消費者を、文化人は庶民を、男は女を、それぞれ見下し、与しやすし、と考えているのかもしれませんね。

 そんな“文化人”で有名なひとりが三浦朱門氏。
「エリートは100人に1人でいい。非才、無才はただ実直な精神だけを養ってくれればいいんだ」といった言葉がよく知られています。

 1871年、スイス、バーゼルで当時のヨーロッパを震撼させたパリコミューンの報を聞いたとき、ニーチェはブルクハルトを求め、ブルクハルトはニーチェを求め、行き違いの末にようやく会えたふたりの男は、すすり泣いていたといわれてます。

 当時のヨーロッパを代表する知性は、このとき、きっと花の都パリが無教養な労働者たちに蹂躙されたことを嘆いていたのでしょうか。

 人間は一人ひとり、姿形も違えば持っている力も違います。得意な点も不得手なところも違います。

 学校教育では違いは明確に点数となって意識されます。
 良い点数をとった方が優れていて、悪い点数をとるものは劣っている、と評価されます。その切り口で、子供たちを評価をする教師をさらに評価するシステムが従来よりも磨きをかけていよいよ現実化することになっています。

 ともすれば己の自尊心を満足させるために、他の人びとを下に見る私たちの性癖。
 おそらくこれは、人間が成長の過程で学習したものでしょうが、差別することで自分の位置を確認するのは、けっして例外的なものではありません。
 
 いつの間にか私たちは、日常のちょっとした隙間で差別することを学んでしまいました。
 誰の心にも潜んでいるこの感覚ゆえにか、他人の中に自分と異なるものを発見すると、それを差別につなげることがあります。
 違う、といいうことは事実ですが、その事実を認めることと差別することはまったく別物です。

 人間の弱い心は、とかく他者の中に見た“違い”を排斥しようとして他人を劣ったものに位置づけようとします。
 でもそれを自覚して、自分も人も貶めることを嫌い、ぐっと耐える人もいます。あるいは倫理としてそうして差別することはいけないことだ、と自分を抑える人もいます。そうした人は当然葛藤も経験し、自覚しない人よりも苦しい思いを経験するかもしれません。

 これまでたびたび失言が問題になる政治家たちには、そんな自覚も葛藤も見つけられそうにないのが問題。

 自分たちがエリートであることは自明のことと心得ているからでしょう。

 そんな自分の人間観の根拠として、というよりも口実として、「違う」ことを持ってくるんですよね。

 私は自分が高潔な人間であるとは思いません。
 知らない間に誰かを傷つけたり、差別していることにハッと気づいたりしますし。
 そんな弱い人間なんですよね、大体の人が。
 でもそんな自分であることを認めてなんとかしよう、したい、という良心も持っています。

 ですから政治家たちの心ない言動に傷つく人たちに、他人のことでも共感を持つことができるわけでしょうし、自分のことであれば異議申し立てをしたいと思うわけです。


 今日も拙い私のブログをお読みいただきありがとうございました。
 お礼にお気に入りのアーティストの歌を一つ載せておきます。クリックしてお聴き下さい。

「04_4.mp3」をダウンロード


 



日本の政治を変える! ウイ・ラブ・タカコ

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 昨日は夕方6:30から下関の“とくらたかこ決起集会”でした。

 会場となるシーモール前の歩道にはぞくぞく人が詰めかけてきました。
 動員されたわけじゃない、そんな人ばかり。
 女性の姿もかなりありました。
 仕事帰りではないのでしょうね、げた履きの男性もいました。

 今までは自民に入れたけど、今度はとくらに入れる、という会社経営のおじさんも。
 みなさん、ほんとうに真剣でした。
  もちろん、テレビカメラもありました。

 力強い平岡衆院議員の話し、いかにも老練な政治家を思わせる渡部恒三さんの語り口の後、待ちに待ったとくらさんの演説。

 討幕運動に立ち上がった高杉晋作が世の人びとから“乱民”と呼ばれていたことを自身とかけあわせて、去年の8月参院選に手を挙げたとき、周囲からは「なにをとくらは狂ったか!」といわれたとか。そんな話しから始まりました。

 真っ黒に日焼けして、一度剥けたところがさらに日焼けして、声がかすれるのにもめげずに懸命に訴える姿に私も驚いてしまいました。
 ほんと、逞しい。たくましくなりました。

 県内の至る所でたくさん励ましの言葉をいただくのだとか。

 そうだろうな、と納得するくらい、政治に怒りを抱えた人が大勢いるのですから。

 そんな人たちの代弁者なのだから、とくらたかこは。 
 
 We love Takako.

テレビも「改革」を叫んでいるのか?

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 うん? おかしいな? 

 いくらテレビを見ない私でも、家人がつけていれば一部見ることもありますし、音声は否応なく耳から入ってきます。

 それで思ったこと。

 昨晩の『情熱大陸』は財政破綻した夕張市。
 ここで奮戦している医師が主役でした。
 市立病院を民営化し自ら理事長となり「改革」に取り組む姿が描かれていました。
 やけに「民営化」「改革」といった語が使われて、気になります。

 で、この村上医師は単身赴任で、子供3人と奥さんは札幌在住。
 そして時には朝の5時まで勤務しています。
 3分間診察が定番になったような世界で、今村上氏は15分診察にかけているそうです。
 ファンのおばあちゃんもいるようですし、病院職員は、前勤務先から村上医師を慕ってついてきたようです。

 彼は専門科を持たない「総合医」とかいう資格を持っているので、ようするにオールマイティ、全ての患者を診ることができるという話しです。

 村上医師のの行動を支えているのが医師法第1条だとか。
 
 医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする、というものです。

 ナレーションや登場人物の声を聞いている限りは、民営化バンザイ、改革バンザイ、ということになりそうです。

 そして今朝のNHK連続ドラマでは、老舗旅館の「改革」が大問題になっていました。

 もちろんここでも、主人公をいびってきた人たちが、たっぷりと嫌味を見せて抵抗勢力を演じています。頑固一徹の板前さんは辞めて旅館を飛び出すようですし。

 医師法の精神を貫いて診察と病院経営にあたる村上医師はすごい、とは思います。

 でも、今のこの時期、声高に「改革」をくり返すナレーションは何かの意図でもあるのか? と思わせるものでした。

 子供さん3人はある程度大きくなっていて心配ないのでしょうか。
 午前5時までの勤務の話しも出ていましたが、これを聞いてすぐさま「紺屋の白ばかま」「医者の不養生」といった言葉を思い浮かべたのは私だけでしょうか。

 子供は一人ひとり感性が違い、持っている精神世界も異なります。
 父親のことをよく理解しているのでしょうか。そのときよく理解していると本人も周囲のものも受けとめていたとしても、それですべて終わるわけではありません。

 医療改革をしろ、医師たるもの、ときには明け方までの勤務も覚悟しろ、単身赴任だって当然だ、とでも言おうとするのであれば、それは違うのではないか、と言いたいですね。

 医師不足に象徴されるような今の医療システムを作って推進してきた問題が忘れられているのではないでしょうか。

 90年代、大学受験のための予備校では医学部受験生たちは「医者が余っているわけではない。むしろ医者は不足している。偏在しているために、余っているように見えるだけだ」と説明されてました。
 でも当時は“医者あまり”と世間に認識されていて、そのまま今日の事態に至ったのではないでしょうか。

 村上医師のされていることはたしかに立派です。
 ですが医師法を楯に医者個人の心構えと自己犠牲を要求するだけで終わるのはおかしいと思います。
 それでは政治の放棄になります。

 素人考えですが、総合医は患者の身近な相談相手としてはとても良いと思います。予防医学を推進するのも大賛成です。
 が、それ以上の医療行為が必要なときもたくさんあるのだと思います。

 そんなときでも私たちが安心して医療を受けられるようなシステムを作り上げるのは、政治の責任ではないでしょうか。

 つい最近、子供がいないために私たち夫婦が何かと面倒を見ている叔母が手術を受けました。20年近くリウマチに苦しんできた人です。

 その人が手術から1カ月して退院してきましたが、晴れやかな笑顔を見せてスクッと立ち上がり、スタスタと廊下を歩いて見せたときは、ほんとうに感動しました。
 叔母とふたり、手を合わせ、たたき合って喜び合いました。
「リハビリはきつかったけれどねえ」と言いながら、自分の足で歩ける歓びを全身で表しているのです。

 ごくありきたりの手術で医者の方は心配もしていなかったようですが、20年近く薬に頼りながら痛い足を引きずり、やっとこさっとこ家の中での最低限の歩行ですませてきた叔母ばかりか私たちにとっても、医学はすごい、と実感させるものでした。

 ついでながらいいますと、本人が払った医療費は額は忘れましたがわずかなものでした。

 すごいです、日本のこの医療保健制度は。

 億の桁で財産を持つニューリッチ層の人でも、私たちのようなしがない庶民でも、同質の医療が受けられるのですから。

 でもねえ、おばちゃん、いつまでもこうしていられるかどうか、わからないのよ、今の日本は。実際にリハビリも発症から最長で180日間しか保険がきかないことになっているでしょう?
 善処するようなことを厚労省が言っていたけれど、あれから問題の法律が変わったとは聞かないし、

 と思わず真剣に話してしまいました。

  NHKの連ドラは波瀾万丈のストーリー展開でいじめっ子たちもしっかり配置して、始まった当初からいかにもフィクションを感じさせていました。
 準主人公の改革断行に主人公からも疑問が出るという今後のあらすじですが、さて、どんなものになるのでしょうか? 疑問が出されても、結局改革成功、なんてことになるのかもしれません。
 で、それ以前にいじめっ子たちの抵抗勢力のイヤらしさは十二分に放映されていますし。
 
 これと自民党のテレビCMがオーバーラップして、1週間後の投票日を迎える、なんていやだあ!

総務省の狡猾さ 菅大臣にご用心

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 お金をかけない選挙、公正・公平な選挙のお題目が空しくなる公職選挙法ですが、昨日のらんきーブログさんの「究極の公選法=投票させない作戦」を読んでみるみる間に頭に血が上るのが分かりました。
 もうそろそろ歳なのだから気をつけよう、と自分でも思ったり、この頃怒りすぎだよ、と家人に注意されたりしてますが、心静かに一日を過そうなんて、今は夢のまた夢。

(念のためにひと言つけ加えておきますと、私の怒りの対象はあくまでも政治と政治屋です。周囲の人や可愛い猫たちには、けっして八つ当たりはしておりません)。

 
総務省は20日、参院選(29日投開票)で全国5万1743カ所の投票所のうち、28・7%に当たる1万4840カ所で、午後8時の投票締め切り時刻を繰り上げると発表した(中日新聞7月20日付)とか。

 お金をかける選挙、不公正・不公平な選挙をモットーにする公職選挙法を楯に、市町村選挙管理委員会の裁量によって締め切り時刻を最大4時間繰り上げることができることになっているそうです。

 ですからこれまでの選挙では午後8時だった締めきり時間が、今回は午後4時になる可能性もあるわけです。
 
 有権者の投票権を奪う、もっと穏やかに言えば、有権者の投票権を侵害する? とでもいえるような状況ではないですか。

 「政権を維持するためには何でもありの自民・公明」とは聞いていましたが、ここまでする?! 

 この投票締め切り時刻繰り上げを発表したのが選挙制度を所管する総務省
 行政組織の中では筆頭にあげられる省で、閣僚名簿の中でも総務大臣は内閣総理大臣の次に列せられるといいます。

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←現在の長は菅義偉氏。

 秋田県の高校を卒業後集団就職で上京。苦学して大学を卒業。現在の地位を手に入れた人のようです。
 で、この方については、“強権行使もためらわない策士”のイメージが私にはあります。

 アベ呆れた内閣・アブナイ内閣を陰でも表でも支える人。
 もしかしたら、ある意味この内閣で唯一といってもいいほどの成功人事?
 
 
権力志向、上昇志向の格別強い人なのでしょうね。
 努力家でしょうし、悪知恵もよく働くのかしら。
 
 この投票締め切り時刻繰り上げの話しを知って真っ先に浮かんだのがこの人でした。

 NHK国際放送に拉致問題を扱えと放送命令を出せば、受信料を義務づけてやる代わりに値下げしろと言い、NHKを担当する
総務省放送政策課課長を交代させたかと思えば郵政公社総裁生田正治氏を解任して日本郵政社長西川善文氏を就任させたり。

 放送法改悪を射程に入れて、
「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」(座長:堀部政男 一橋大学名誉教授)の「中間取りまとめ」を発表させてパブリック・コメントを募集する、それも参院選直前を選んだ狡猾さもこの人の知恵なのでしょうか。

 隠然として権力をふるうところが、かなり怖い。

 たけきものもついには滅びぬ。ひとえに風の前の塵に同じ……

 と、にわか古典愛好家になってしまいそうな心境です。
 

いい加減にしてくれませんか

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 今日も朝からNHKでパキスタンのニュースを伝えている。
「過激派」「テロ」の言葉が再三くり返されています。
 以前のエントリー「みんなの、みんなによる、みんなのための政治」でも述べたように、モスクへの軍の突入で殺されたガジ師は、

「われわれは原理主義でも過激派でもない」
「われわれはタリバンでもないし、アルカイダとの関係もない。9・11(米同時多発テロ)の前も後も、イスラムに忠実に生きているだけだ」

 と語っているのですが。

「過激派だ」「テロだ」と断定するとそれだけで分かった気になってしまい、それ以上考えるのをやめてしまう。

 なんだか60年代、70年代に「ベトコン」という語が使われたのと状況が似ています。

 ついでにいいますと、当時どなたかが「“ベトコン”という南ベトナム民族解放戦線の蔑称を最後まで使ったのがNHKだ」と批判していましたが、今の放送界は逆でしょうね。

 さて、話題をいろいろ提供してくれるアベ氏のことですが、内田樹先生のところで、つい数日前にフランスのリベラシオン紙の安部晋三評価を見つけました。

 内田先生も「安倍首相の失点は年金とか事務所費とか内政の不手際ばかり責められるが、無能力が露呈したのはむしろ外交の方である」と評価されていますが、フランス左派系のインテリさんたちのアベ氏評価もまた最低レベルのようです。

 選挙ばかりか日頃の政治についてもとかく内向きになりがちで、「外交は票にならない」とまで言われている私たちの国で、“改革者”を気取るのであれば国際政治・外交についてもっと気配りして欲しい、と思うところですが。

 就任直後の訪米では「そのエネルギーのほとんどは自分が火を点けた従軍慰安婦問題の『火消し』に費やされた」にもかかわらず「日本政府の謝罪要求決議は首相訪米直後に通ってしまったから、首相の訪米成果はほとんどゼロだったことになる」と内田先生は断言。

 この件についてリベラシオンは、

「前任者である小泉純一郎とおなじく外交能力を欠如させた人物なのであろうか?というのは、彼は2006年秋に政権に就いて以来隣国に築いたはずの信頼感を 破壊してしまった」

 と述べているとか。

 6月のG8でアベ氏のスピーチを聴いた特派員は、

「彼は貧困・開発の問題については一言も言及しなかった。オックスファム・ジャパンの同職者は蒼白になっていた。記者会見では全員が同じことを考えていた。 これほどのエネルギーと手間ひまをかけてこれほど貧しい成果しか得られないのであれば、これ以上G8を開催する必要があるのか?」

 と来年に予定されているホスト・アベ氏のG8に疑問を投げかけています。

 また、

「日本では極右は政府と政権与党(自民党、その党首は安倍晋三首相である)によって育まれている。政権にあるナショナリストたちは大日本帝国に対する共感とノスタルジーを隠そうとしない」

 という日本の言論人の話しも紹介。

 そうして内田先生は、

「 私たちは日本のナショナリズム風潮が海外からはどのように見られているのかということについてもう少し意識的になった方がいいだろう。
日本のナショナリズムは「政治的に危険」だというふうに評価されるよりも(その方がまだましである)むしろ「倫理的に低い」あるいは「知的に劣っている」人々の妄動という印象を諸外国に与えているのである」

 と嘆いているのです。

 ただし「政治家の仕事の本体は『何をするか』であるよりむしろ『何をしているように見えるか』にある」という内田先生の意見には私自身は同意できません。

 アベ氏は終始一貫して「何をしているように見えるか」にのみ心を砕き、それがことごとく失敗しているように見えます。そこには政治を司る者としての誠意も見られません。

 もともと人びとの生活に関心もなければ世界の中で日本がどう生きていくかにもこれといった指針を持たずに、ただ権力の座に就くために政界を志しただけの人でしょうから。

 同じようなことは、こんな人たちについてもいえるでしょうか。

 公明党の北川一雄幹事長が、国会内で小池新防衛相に挨拶されたときに思わず口にした言葉が、

制服姿の小池さんが見たいなあ。戦闘機に乗ってもらわないと

 というもの。
 
 いったい何を考えているのだ? 何か勘違いしていませんか。

 アルツハイマー発言が問題になっている麻生外相には、次のような発言もあったとか。
 
奥さん方に分かり易く例えれば、安倍晋三の顔と、小沢一郎の顔と、どちらの顔がいいかを選ぶ選挙」、

 つまり、どちらの顔が女性の目には魅力的と映るか、それで投票をしろ、とでも言いたかったのでしょうか。それも「分かり易く例えれば」との注釈付きで。

 ほんとの話し、こんな下らない話しにかかずらっていたくないですよね。

 でもいつまでもたっても、舌なめずりでもしているような、あるいは人をバカにしたようなこの種の話しがなくなりません。

 どこか人と社会に対する姿勢が間違っているのではないか、と思わせるような言葉が次から次に政治の中枢から出てくる……

 古いのよね、分かってないのよね、と私のまわりでは奥様方が呆れています。

隠蔽を許さない――みなが情報を得る大切さ

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 新潟での地震発生直後にあったアベ氏の原発視察についての詳細が、地元選出の近藤正道参院議員のサイトにありました。ヤメ蚊さんの所で知りました。

 柏崎市内も原発の敷地内もひどいものです。

 以下近藤議員のサイトから一部抜粋します。

******

「自民党県議らが待ち受ける中、総理が変圧器の火災現場が見えるところにバスで到着。防災大臣や、関係省庁の関係者も一緒。市長、所長らが出迎え、火災現場を指しながら、説明。
所長は「火災が原子炉建屋内ではないこと」「放射能モレは無いこと」「安全機器に異常は無い」ことを、強調。総理は、ほとんど発言せず、説明を聞きながら、「それは安心しました」などと答え、この間、わずか4~5分。
その後、総理一行は柏崎市内へ。
マスコミの前で、まず、これをやるために、東京からヘリで来たのです。
そして、いの一番に原発に来たのです。それはあのテレビの「黒煙と日」のショッキングシーン。とにかく、総理は危機対応を、しっかりとアピールしたかに見えた。
しかし、それなまもなくひっくり返る」。

「その日の夜、6号機で放射能を含んだ水を1、2トン、海水に流したことを(東電が)記者会見」。

「使用済み燃料プールの水が地震の揺れで漏れたようですが、原因は不明。ここでも放射能漏れの事実を国に報告したのが、発見から6~7時間経過した後であることが判明。
本当にデタラメです」。

「何を聞いても『異常なし』、『大丈夫』という答えしか、返ってきません」。

(この後、ヨウ素、コバルトが大気中へ放出されたこと、放射能廃棄物を入れたドラム缶が転倒して付近が汚染されたこと等に言及)

「私達の前では『なんとも無い』と言う、私達が帰ると、『実は』と次々に放射能モレの事実を明らかにする。この体質は一体なんだ!」

****** 以上*******

 という具合に、近藤議員は東京電力の「インペイ、ウソの体質」を怒っています。

 またその後のさまざまなニュースでチェルノブイリ並の原発事故さえあってもおかしくなかった状況を知ると愕然としますね。

 スリーマイル島の事故が1979年、チェルノブイリが1986年。

 もう20年経ちますが、チェルノブイリの事故の後、専門家を呼んで有志で話しを聞いたことがあります。

 話しの大半が忘却の彼方に消えてしまったのですが、いまなお印象に残っているのは、当時事故の報道に接した西ヨーロッパの国々の人たちがとった行動です。

 事故で多量のヨウ素が放出されたことを知った人びとが薬局にヨウ素剤を買いに殺到した、という話しでした。

 私だけでなくその話しを聞いた者はみな??? とわけ分からなかったのですが、説明を聞いて納得すると同時に感心したこと。

 ヨウ素は甲状腺に蓄積されるため、あらかじめヨウ素剤をたくさんとって甲状腺を飽和状態にしておくと、事故によって放出されたヨウ素が体に取り込まれることはない。そのことを知っていたための行動であったとか。

 さてさて、こうしたことを知っているのは私たちの国ではどれだけいることでしょうか。

 また、このヨウ素に関する話しを知っていて、さらには柏崎で地震、と聞いたときすぐに原発を心配した私でも、恥ずかしながら、事故直後のニュースを見て小火でよかったね、と思ってしまった不見識。

 企業側の嘘つき、隠蔽体質もさることながら、自分も含めた情報受け手側の甘い見通しを今更ながらに痛感しました。

 思えば40数年前の新潟地震では石油タンクが70基ほど次々に延焼・爆発を起こし、黒煙が2週間近く空を覆い、浸水被害に遭っていた周辺の町は、流れ出た原油で黒い海に浮かぶ街の様相を呈していました。中学時代の友人の家がどんどん焼けていきました。

 おまけに赤く塗られた水素タンクに引火したら爆発で半径○○キロ以内は焼け野原になる、と言われて、ひたすら遠くへと旅行鞄に大事なものを詰めて家族と共に逃げたことも思い出といえば思い出ですが……。

 そんな危険なものが自分たちの住む町の近くにあることなど、住民は誰も知らなかったのです。
 目の前に突きつけられて、初めて知ったのです。

 いつか十数年ぶりに当時の友人と会ったとき、一緒に大荷物持って逃げたねえ、と笑いあいましたが、ほんとうは笑えるような話しではなかったのです。 

 数年前に会った中国人留学生が、親御さんがチェルノブイリに出稼ぎに行ってる、と話しているのを聞いて、原発事故のことを知らないのだろうか、知らされていないのだろうか、と少々気になりました。事故のあったことを知っていたとしても、その危険性を知らなかったら同じことです。

 そういえば、長妻議員が年金問題を初めて国会で追求したとき、アベ氏は「年金そのものに対する不安をあおる結果になる危険性があるのではないか」といって、同議員の提案を全否定したことがありましたね。

 話は飛びますが、この方たちの主張する純潔教育の推進で女子中高校生の性に関する知識は驚くほど貧困で、自分で自分の身を守る術さえ知られていないという話も聞きます。
 相手となる男性側に対しては、商業化されて誇張されたり歪まされたりした性知識が町に溢れているというのに、女の子たちには“純潔”の言葉のもとに“無知”が求められるわけです。

 最低限でも女の子たちは自分の身を守る方法を、たとえば望まない妊娠やエイズなどの病気を避ける方法を知る必要があります。さらには人と人とが愛することについて、また人と人とが共に生活をしていくことについて、知り、考える必要があります。世の中で、男と女、人と人が幸せに暮らしていくために。

 いろいろな理由をつけて、さまざまな口実で、大切なことや知っておくべきことが隠されています。

 第2の風土ともいえるようなそうした私たちの国の為政者の、またそれでもいいや、とする有権者の傾向を、なんとしても打ち破りたいですね。

私たちの国はどこへ行くのか

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 パキスタン、イスラマバードのモスクに籠城した神学生を武力で鎮圧して指導者ガジ師を殺したムシャラフ政権に、疑問どころかNO! を突きつけるように自爆テロが起こっていますね。
「テロリスト鎮圧・人質となった女子の救出」といった軍突入の口実も怪しい、嘘ではないか、と思われますし、政権内部でも、

政府による米国支援は国民にとって幸せなことではない。過激派やテロリストが米国の政策の下で生まれているのだ

 という声(ハク宗教問題相)が出ているそうです。

 現に、軍の強行突入の日、“テロとの戦い”の同盟国として生きる道を選んだパキスタンの現政権に、ご褒美として米国からF16戦闘機が届いたとか。
 もともと90年に売買契約を結んでいたものが核開発疑惑で経済制裁を受けて反古になり、昨年に再契約が結ばれ、この結果になったようです。

 なぜパキスタンにF16戦闘機がいるのだ? と考えても私には分かりません。
 確かにおとなりのインドとは犬猿の仲で、カシミールの領有をめぐって争ったり(印パ戦争)核保有競争をして、インドに次いで世界で7番目の核保有国になったりはしましたが。

 世界でいくつもの国が採用しているこうした戦闘機は、いったい何に使うのでしょうか。
 パキスタンがF16を採用すればインドでは戦闘機126機の新規調達を正式決定したそうです。
 双方で戦闘機を飛ばしあいっこしたら、いったいどうなってしまうのでしょ?
 それとも床の間に飾るように見せあいっこしながら、牽制しあうのでしょうか?
 ひとたび戦闘機が飛び立てば、さらにはそれが実際に戦闘の使われれば、エコバッグだ、省エネだ、といっているのが空しくなるほど燃料は消費するでしょうし、桁外れの環境破壊は生じるわけですし。

 うーん、考えれば考えるほど分からなくなってくる……戦争ごっこが好きな男の子たちが己の戦力を自慢するだけのような気さえします。

 で、一番確かなことは、ロッキードマーティン社のような戦闘機メーカーは、さぞ儲かるだろうな、ということですが。

 元はといえば同じ英領インドで、それ以前に栄えたムガール帝国の豊かな遺産もそこかしこに存在しているというのに、田中宇さんは「生まれながらの不幸を抱えた国」と呼んでいます。そうした見方は彼ひとりではないようです。

 国際政治の荒波の中で軍を使った強権政治を行って国の舵取りをせざるを得ない政権を、また不正蓄財で政権を担当してきた同国のエリート層を批判するのは簡単ですが、私たちの日本がそんなパキスタンを笑えるだろか?! と疑問に思うのは私だけでしょうか?

 最近とみに、「日本はどこへ行くのだ?」と不安に思う声が大きくなってはいませんか?

 それにごく普通の有権者が、政治家の利権漁り、政・財・官の手に手を取り合った錬金術・蓄財術を予想しています。ただ具体的な事例が把握できていないだけです。
 どうせやってるよね、年金だってあの人たちが山分けして使ってしまったのよね、と見ています。

 アフガニスタン→イラク→パキスタンと、米国がいわゆる“対テロ戦争”を叫べば叫ぶほど、“テロとの戦い”を推進すればするほど、テロが生まれ、テロに攪乱される世界が広がってくる現実を、私たちの国の政権はどう考えているのでしょうか。

 参院選の争点は年金だ、格差だ、教育だ、といろいろ言われていますが、アベ氏が政権維持できるだけの議席確保ができたら、年金も格差も教育もその他もろもろの問題についても思い通りに強行していくのは目に見えていますね。

 で、そうした問題と同等かそれ以上に重たい問題が、国際社会の中での日本の立ち位置ではないでしょうか。

 ひたすら米国を頼みとしてその身を米国に委ねる一方で、軍国日本の行状を美化して蛮行はなかったこととすることで自らの誇りとアイデンティティを持とうとするおかしさ(この辺りは美しい壺日記さんがよく追求されていますね)。

 敗戦から60年以上もたって、ついぞ日本は自らの立ち位置を確保できなかったのか、存在証明は米国という他国に預けてしまったのか、とため息が出そうになるとき、「政府による米国支援は国民にとって幸せなことではない。過激派やテロリストが米国の政策の下で生まれているのだ」というパキスタン閣僚の言葉の方が、アベ氏等日本の政権担当者よりよほど真実をついているというものです。

 そうそう、コイズミ純一郎氏もアベ氏も、国連外交の場で米国を支持し、「国際貢献」とか「人道支援」の名の下に米国のイラク政策を助け、大量破壊兵器が見つからずに大義名分が失われた後もついぞ自分たちの政策の誤りを認めることがありませんでした。
 ほおかぶりをしていたら、そのうち皆が忘れてくれる、とでも考えているかのようです。

 超大国アメリカに対する日本の自己主張が慰安婦問題でのデマ広告とか対日非難決議案に対する抗議書とかでは、あまりに情けない。

 「ふつうの国」だとか与党候補者にも嫌われた「美しい国」だとかのような、舌足らず・思考足らずのせりふではなく、考え抜かれて鍛え抜かれた言葉で私たちの国をこれからどうしていこうとするのか、有権者のみならず世界に向けて、怖いアメリカからしたたかなヨーロッパ、目の上のたんこぶの中国等々世界中の国々とその指導者たちへ向けて、正々堂々と主張してくれ! 発信してくれ! と言いたい。
 それをしてこそ、政権担当者ではないですか。

“誇り”でだまされてはいけない

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朝のテレビでとくらさんの政見放送をしていました。
 そうそう、と頷きながら聞いてましたが、ちょっと気になったこと。

 実際のとくらさんは、もっとチャーミングで~す。

 一度会ったら誰でもが好きになるような、そんな人。
 ひたむきで、正直すぎるくらい正直で、政治家にするにはもったいないほど(笑)です。
 

 さて今回の参院選で注目する候補者が私にも何人かいるのですが、そのうちの1人が元陸上自衛隊イラク復興業務支援隊長の佐藤正久氏。
 
 毎日新聞のアンケートに対する答えで主だったものを見てみますと、

1.最大の争点は:教育
6.7.憲法改正・9条改正:賛成
9.集団的自衛権の行使:可
10.安部首相の靖国参拝への態度:不可
11. 〃   は靖国参拝すべきか:はい
12.日本の核武装:情勢次第
13.14.道徳教育の強化・ゆとり教育の見直し:賛成

 という具合に、一つの傾向を見せていますね。
 かなりの強硬派とお見受けしました。

 以前のエントリー「人生いろいろ、自衛官もいろいろ?」でこの佐藤氏の発言について疑問を投げかけたのですが、もう一度ここに記しておこうと思います。

 佐藤氏が復興業務支援隊初代隊長としてイラクへ行ったのが2004年のこと。
 サマワでの半年の任務を終えて
帰国する隊員90人をスーツ姿で帰国させたことについて、氏が「堂々と胸を張って、制服姿で帰りたかった。隊員たちに悲しい思いをさせた」と語ったことが伝えられています。

「空港での制服着用は遠慮してほしい」と成田国際空港からの要請を防衛庁が受け入れたことを、イラクで立派な仕事をしてきた隊員たちの誇りを奪うような措置だ、と批判するような記事だったようです。

 でも、なぜ成田国際空港からそうした要請が防衛庁(当時)にあったのか、記事には述べられていません。

 要は、民間航空機を軍事利用することは国際条約で禁止されていて、私たちの国もその条約を締結している、ただそれだけのことなのです。

 それを、“誇り”の問題に置き換えた上で、さらには記事して世の人びとの心情に訴えるのはそもそもが間違っているわけです。
 
 長い連休の後、どっと海外から帰国する人の波がよくテレビ画面に映し出されますが、あんな風にごく普通の感覚でどこの国へも民間の旅客機に乗って出かけられるのも、民間航空機を保護する条約があるためです。

 一般にシカゴ条約と呼ばれる国際民間航空条約がそれです。
 2006年8月1日の時点で、この条約の締結国は189カ国にのぼります。

 民間航空機にたいして「国の航空機」というものがあります。 軍、税関及び警察の業務に用いる航空機を指します。

「ビジネスとして米海兵隊あるいは附属する武器弾薬を民間機が運んだ場合」でも、「相手から国の航空機と見なされる危険が極めて高い」とエキスパートは話しています。

「国の航空機」と見なされるとどんなことが起こるのかは、

1988年7月、 イラン航空のエアバスがアメリカ海軍イージス艦に撃墜され、乗客298名が死亡したこと、1983年9月、ソ連から米国軍機と判断された大韓航空機が領空侵犯したとして撃墜されたこと等で分かります。

 イラクから帰国する自衛隊員が航空機に乗り込む前にクェートでそれぞれスーツを購入して着替えた、というのは当然なのです。

 自衛官の誇り云々の前に、一般民間人や民間航空機の乗員の安全が問題なのです。

 賢明な佐藤氏とその言葉を報道したSankei記者たちのことですから、そんなことは百も承知だったのではないでしょうか。

 そこをあえて誇りの問題にしてしまうのですから、ある意味スゴイなあ、と思ってしまいます。

 考えてみれば外交・政治の問題をたくみに情緒の問題にすり替えて世論を都合のいい方向に引っ張っていくのが昨今のやり方になっています。
 人間の心の弱い部分に働きかける情報戦略の一つなのでしょうが、私たちにはそれを見極める目がいよいよ必要になってきましたね。

 

バカにされたような気がするって?

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 参院選一人区の自民党の候補者が、アベ氏が決起集会に出席した2週間以上も経ったあと、ずいぶんと嫌味なことをいってますね。

高知は明日の飯をどうやって食うかという追いつめられた状況にある。絵に描いた『美しい国 日本』で応援に来られて適当なことばかり言われたら、馬鹿にされたような気がする
 とまで演説で述べているのですから。

 適当なパフォーマンスで適当なことばかりいうという認識が、批判する立場の有権者の中にあるのは当然です。
 でもこれが与党の中にもあったというのはちょっとだけ驚きですが、いわゆるB層をだまそうとして使った言葉を代議士まで信じていたらどうしようもないよね、と納得しました。

 でも、選挙に強い、なんていう理由をつけて自分たちで選んだ総裁でしょ! 
「美しい国」なんて言葉が我が物顔ではびこるようになったのは昨日今日の話しではないというのに。
 これまで散々、強行採決にも協力してきたんでしょ!

 「(首相が)私の選挙を心配するなら銭を持ってきてほしい。南海地震対策を政府の責任で5000億円ぐらいやったら、高知は地震や台風に耐えられる県になる」
 とまで言ったそうです。
 
 選挙戦のふたを開けてみたら有権者にちっとも響かない! とびっくりして、慌てて批判してもご都合主義というものではないですか!?

 それにアベ氏自体、女傑らしき母親に岸家のものの見方をしっかりと躾けられて、きっと他所が見えない、ましてや大局的な見方など期待する方が無理でしょう。ただ地盤・カンバン・かばんを受け継いで代議士先生になっただけ、と思えますしね。

 選挙というある意味候補者にとっては極限的な状況の中では、これまで見えなかったものがよく見えてくるようです。

 前国交省事務次官でこの夏の参院選に、自民比例区から出馬した佐藤信昭氏を、

(耐震偽装事件で)違法な数値操作を行い、民間事業者に責任を被せた。その功績と引き換えに、安倍晋三が公認した

 と藤田東吾氏が告発していますね。

 これが事実なら、政治家転身の足がかりに耐震偽装事件を使ったことになりますね。

 おまけに彼のプロフィールを見ると、私が経験した新潟地震を、新潟高校2年の時に経験していることになります。

 水道管が破裂して市中が水浸しになり、腰まで水に浸かりながら帰宅を急いだ1人だったのではないかしら?
 流砂現象で県営住宅が傾いたほか全壊・半壊した家屋が何千戸にものぼり、信濃川にかかる近代的な橋が落ちて、新潟市の東西を結ぶのは最も古い万代橋一つになった当時の新潟の記憶を忘れてしまったのでしょうか。

 立候補して初めて自分の名が一般に知られていないことに愕然としたという丸川珠代氏は、
 2004年6月にアメリカから帰国後転入届を提出していなかったために選挙権がない、という事態に直面したようです。

 あまりにお粗末、としか言いようがありません。
 転勤その他で転居したものにとって、まず第一にすることは転出・転入届、と心得てきましたもの。
 
 亀井静香氏のフジモリ氏擁立も奇々怪々で、日本政界の闇を垣間見させてくれました。

 やはりこれしかありませんね。

 
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みんなの、みんなによる、みんなのための政治

 朝、家事の手を休めてひと休みしていると新潟・長野方面での地震が速報されました。

 40数年前に石油タンクが次々に炎上した新潟地震を経験しているだけに、人ごとではありません。
 柏崎といえば原発もありました。
 後のニュースで原発の火災も伝えられました。幸い小火ですんだようですね(後のニュースを見るとそんなものではないですね。6号機から微量の放射性物質を含んだ水が漏れて海に流れ出たかもしれないとか)。

 でも地震の直接の被害だけでもたくさんの死傷者が出ているようですし、時間の経過とともに被害が増えていますね。

 心配です。
 地震にあわれた方々には、くれぐれもお大事に、としかいえませんが。

 ********

 さて今日の毎日には、パキスタン、イスラマバードでのモスク籠城で殺されたラシッド・ガジ師についての記事が載っています。

 なんでも軍が突入する前日の9日に、宗教問題相・情報相・副情報相相ら閣僚と宗教指導者たちの計11名で5時間以上にわたってモスクの前でガジ師と交渉が行われて、双方合意に至っていたのだという話しです。

 合意内容は“降伏条件案」としてすぐ大統領府に伝えられたが大統領側の答えは「全項目の拒否」。その上「身の安全は保証されない」と通告され、ガジ師は激怒し、その2時間後には軍の強行突入が始まったといいます。

 12日のテレビでムシャラフ大統領は「過激派の要求は到底受け入れられないものだった」と演説をしましたが、合意内容をみればどこが“過激派”なのか理解に苦しむところ。

 たてつくものには容赦しない、ということでしょうね。
 もちろん、大統領の後ろには米国が控えているのでしょう。

 5月、ガジ師は毎日の記者と会見をして「われわれは原理主義でも過激派でもない」と言っています。

「われわれはタリバンでもないし、アルカイダとの関係もない。9・11(米同時多発テロ)の前も後も、イスラムに忠実に生きているだけだ」とも。

米国の経済制裁解除後に、パキスタンの経済が発展したことについては、
「一部の特権階級だけが恩恵を受けている」とし、

「(国境付近での武装勢力掃討作戦で) 多くの市民への犠牲を甘受しているのはその代償なのか」と憤り、

 年内に予定されている総選挙については
「悪い者も正直者も投票できる米国流民主主義はおかし い」と述べたそうです。
 
 おそらくガジ師の主張はほんとで、原理主義でも過激派でも、タリバンでもアルカイダでもないのだと思います。

 政府に異議を唱えるガジ師たちは、過激派だ、テロだ、という口実で片づけられてしまったのではないか、という疑いをぬぐうことができません。

 また師の主張を「持論」と毎日は表現していますが、国連機関に勤務経験があり、視野の広さと深い洞察力で知られ世界に「イスラムの窮状」を発信し続けたという師の降伏を認めずに突入を強行した経緯をみると、軍隊は誰のために、何のためにあるのかと、いま一度問いただしたい気持になります。

 悪い者、正直者が誰であるか、いったい誰が判断するのだ、という問いは永遠に解けそうにない問題ですが、米国流民主主義はおかしい、と断言するガジ師の言葉も、気持は分かります。

 でもやっぱり、私たちは民主主義を超えるシステムをいまだ見いだしていないのだ、と思います。

 民主主義がうまく機能するためには、つまり「人民の人民による人民のための政治」が行われるためには、不断の努力が必要です。

 もともと「人民」はpeopleの訳語ですから、これを「みんなの、みんなによる、みんなのための政治」と言い換えてもいいかな、なんて考えてみました。

「みんなの、みんなによる、みんなのための政治」には手間も暇も知恵もとりわけ必要で、主権者である“みんな”には、それなりの良識と見識が求められます。
 それを面倒くさがっていては、民主主義はうまく機能しません。

 その民主主義を面倒くさがっているのが、どうも私たちの国ではアベ氏のようです。

 最高権力者として自分の思い通りに政治をしたい、国を動かしたい、という衝動に突き動かされているように見えます。

 そのためには前言を翻すこともいとわず、慰安婦問題についても年金問題についても、意見をころころ変えることをためらいません(どなたかが年金に関するアベ氏の発言の変遷をまとめてくれていましたが)でした。
 
“ぶれない”のは私心のない証しだ、などとアベ氏を評価する向きがかつてありましたが、今はどうなのでしょう。

 ぶれたり迷ったり悩んだりして人間は賢くなるのだと私は思っていますが、アベ氏の言葉のぶれはそれではなく、自己の地位を築くこととその保全のためでした。

 確かドイツ語では約束を守る男のことを「言葉の男」と表現したと記憶にあります。

 言葉を大切にして約束を守る、これも民主主義では大切ですが、アベ氏の手によって「美しい」を初めとした日本の言葉が、なんと軽くなってしまったことでしょう。

 仮にこれからも私たちの国のリーダーでいたいのであれば、言葉を大切にして人びとの暮らしを守ると約束し直し、その約束を大切にする……無理でしょうね。
 
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民営化ユートピア・競争ユートピア・詐欺としての道州制

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だまされているような気がするのではなくだまされています」といわれたのは、13日のエントリー「なにかだまされているような気がする」を読まれたluxemburgさんです。

 曰く、「
最近は『廃県置藩』がキーワードですね。幕府が人為的に引いた線もありますが、基本的にはそれぞれの地域の特色を生かした300の藩がありました。民主主義が遠のき中央集権が近づく道州制、絶対ダメっすよ

 とのことです。

 また「(道州制は)小泉竹中のイロイロ詐欺の一環」といわれたのはコギトエルゴスムさん。

「道州制は、地方公共団体の借金の解消(ごまかし)が第一の目的だと思いますが、本当の狙いは、経済界(政財界、資産家、及び外国資本家)の要望する『税制改変』だと思います。
『州同士を競わせる』とかナントカ言って、法人税や所得税や住民税や相続税やその他の税を、州に自主的?に決めさせ、その間隙をぬって富裕層が私財を拡張させようと企んでいるのです。
あの「経済学者としては三流だがペテン師としては一流の竹中平蔵」と彼の詐欺仲間達がセコセコと案を練っているのです。

こんなペテン話に軽く乗せられちゃうんですよね、日本人って!
『道州制? いいんじゃないですか』って、深く考えずに簡単に街頭質問に答える会社員のオジサン達には、心底、むかつきます」

 と怒りを抑えきれない様子です。

 さて、道州制を推進する人たちの中には『道州制推進連盟』に集まる人たちがいます。

 このサイトのトップページを開けると、上部にいきなり「
増え続ける国と地方の借金 」と「 一世帯当たりの借金負担額」が刻々と増えていく数値がみえて、ちょっとギョッとします。

 で、読んでいきますと、道州制を推進しようという考えは新自由主義の考えと表裏一体となっていることが透けて見えます。

「今すぐ道州制にしないとどんな危険が予想されるでしょうか?」と問いかけ、

「働き手が減ったうえ、仕事が海外に逃げて食えなくなり、国や地方が財政破綻すると、倒産、失業、物価が急騰し、食糧やエネルギー資源が輸入できなくなり、最後には治安 が悪化して生命の危険にさらされると予想されます」

 と自ら答えているわけですが、これは今まで何度も耳にしてきた論ですね。

「道州制の効果」についてもいろいろ述べられていますが、

1.中央官庁の解体で、政官業の癒着がなくなり、汚職や談合もなくなります。
2.小さな政府の実現で無駄をなくし、増税しないでも国の借金を急激に減らすことが可能になります。
3.地方が自立し、特色を生かして競争することにより、新しい産業が生まれ経済も元気になります。

 等々、いいことずくめのように説明されています。

1.の「中央官庁の解体→政官業の癒着がなくなる」とは「官僚主導から民間主導となり、諸々の規制が緩和・撤廃され、各方面の既得権が解消されるから」だということです。

 なんだかコイズミ・竹中ラインが「改革」を絶叫していたときに、耳にたこができるほど聞かされたせりふではないですか。

「道州制を突き詰めれば、国の省庁の権限削減につながる」という全国市長会会長の佐竹秋田市長が語るのはこの部分でしょうね。

2.の小さな政府論では「民間で出来ることは民間へ、地方でできることは地方へ」と、これまたお馴染みのモットー。

 極めつけは、「道州制の効果」の5番目にあげられた「国民がこぞって立ち上がり、道州制・地方主権を実現すれば、創造的で生き生きとした安心できる社会を実現することができます」
というものです。

 そこでは「破局・破産寸前の日本を再生し、将来税金"0"の無税国家もあながち夢ではなくなります」とまで述べられています。

 ここまで言われると、いよいよ「詐欺」の趣が。
 
「民間にできることは民間に」の合い言葉で推し進められた福祉政策がどんな結果を招いたか、コムスンの例はまだ記憶に新しいところです。

「地方にできることは地方に」の合い言葉で各州の間に競争原理を持ち込むことでいったい何を企んでいるのでしょうか?

 民間主導、民営化すべきだ、競争がすべて、競争しさえすればうまくおさまる、という信仰にも似た思いを個人が持つのは勝手ですが、それが国の政策として遂行されたらこの国はどうなってしまうのでしょうか?

 民営化ユートピア、競争ユートピアでは問題は解決されません。
 

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 ↑ とりあえずガスパーチョさんからお借りしました。

  やあ諸君、ジミンズヴォートキャンプへようこそ!ジミンズヴォートキャンプは、創価学会統一協会と並ぶ3大集票プログラムのひとつだ。準備は簡単!あとは気合いでやり通すだけの短期集中型エクササイズ、それがジミンズヴォートキャンプだ。たった一週間で結果が出るのはジミンズヴォートキャンプだけ!さあ、君も入党しよう!!ラララライ!!

公職選挙法と抜け道

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 毎日、政治と政治屋さんたちに怒り疲れている方はこんな歌はいかがでしょうか。私のお気に入りのアーティストです。


「03_3.mp3」をダウンロード


  澄んだ歌声を聞いて癒されたところでまた 腹の立つ話題で恐縮ですが、公職選挙法のことです。


 この法律のおかしさは明月さんを初めとしてさまざまな方が指摘されています。


 私も今春、この法律を杓子定規に解釈すれば公示前であろうが公示後であろうが、365日24時間、日本ではブログで候補者や政党の応援や批判ができなくなるようなことをどこかで読んでびっくりしたことがあります。


 そんな馬鹿な、ですよね、ほんと。


 もともとお金をかけない、公正・公平な選挙の実現を目的とした法律のはずでしたよね。


 それがポスターひとつとってみても、たとえば公示日前日には候補予定者のポスターを撤去しなければならない手間について話しを聞くと、どうしてそれがお金をかけない公正・公平な選挙と関係あるのか分からなくなります。


 また一度貼ったポスターを剥がせ、という依頼も選挙事務所には時々あるようで、そのひとつひとつにはそれぞれ事情があって仕方ないというところですが、中にはポスター貼りを許可した当人に他党支持者から横やりが入っていたりします。まあ、これも仕方ないでしょうね。


 で、今回の参院選は特に与党に逆風が吹いているということで、与党、というより○明党、もしくは○明党支持者の監視の目が民主党に向いているということです。いきおい民主党関係者は自粛せざるを得ない、というところみたいです。


 自分たちはするくせに他人がするとすぐ言いつける、と不満の声が聞こえてきますし、これまで東奔西走して知人宅へ投票依頼に押しかけたりしているのはこの○明党支持者たちで、ことに年寄り所帯でもあれば格好の標的となっています。
 投票依頼ではなく後援会入会依頼であっても、たしか戸別訪問は禁止されているはずですが、堂々とされています。


 いったいどうなっているのかわけ分からない、と思っていたところ、こんなサイトがありました。


逆発想の地方議員選挙必勝マニュアル」です。

 国政選挙であっても戸別訪問については同じかな、と思って読んでみますと、

「厄介な公選法の規制に対処するには、公選法の条文をよく読んで、自分なりの都合の良い解釈をする以外に方法はありません」

 ということです。

 とにかく訪問の目的を選挙からそらす、たとえばリサーチやご用聞き等の言い回しで訪問するのだそうです。
 ということは、違反を指摘されても選挙目的ではないと抗弁すれば許されるのでしょうか。

 公選法の条文をよく読んで、自分なりの都合の良い解釈をする、というのが立候補者陣営の現実的な対処法みたいですね。

 それにしても本来の主旨を置き去りにしてこうした枝葉末節のところでテクニックを働かせてばかりいるのも、一般の人たちを政治嫌いにする一因になりかねません。

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 ↑ とりあえずガスパーチョさんからお借りしました。

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なにかだまされているような気がする

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 前エントリー「命を大切にすることは、農業も大切にすること」でふれた、気になった新聞記事の二つ目。

 5日の毎日朝刊に掲載された第27代全国市長会会長に選ばれた秋田市長佐竹敬久さんの話しです。

 「陳情するサロンから 国と闘う政策集団に」

 という見出しで佐竹さんが、「現在の産業構造から生じる地方間税収格差について、是正論議を進めたい」といわれているところはさておき、

「道州制と突き詰めれば、国の省庁の権限削減につながる。実現のために、全国知事会とも連携して制度設計に携わりたい」

 という言葉に引っ掛かったのです。

 道州制がほんとうに国の省庁の権限につながるのでしょうか。
 またそれが、私たちの暮らしにどのような影響を与えるのでしょうか。

 実は私、道州制にははなはだ疑念を抱いております。

 なぜかというと、第1の理由が、アベ政権が推進しようとしていることだから。
 少々乱暴な理由付けかもしれませんが、これが結構当たります。

「平成の大合併」で地方自治体を編制し直した意義がどこにあるのか、まだ自分には分からないのが第2の理由。

 複数の自治体を一つにまとめる動機と結果は何だったのでしょうか。

 結果として地方から取り上げられた分の交付金・補助金はどうなったのでしょうか。

 家計を考えれば、支出項目の数を減らして複数の項目を一つにまとめるのは支出の絶対量を減らすためだと思います。
三位一体の改革」で、それまで地方に配られていたものが地方に行かずにどこか違うところで使われてしまったのではないかな、と考えているのですが、本当のところはどうでしょうか。

 まあ、あくまでもど素人の“勘”ですが。
 でも、実際地方に補助金・交付金として渡った金額は明らかに半減しているわけですから、「改革」を自称しながら、国は一石二鳥、三鳥の施策を行ったのではないかな、と疑っています。

 財政に困った自治体があれば、補助金・交付金の類で頬を叩いて中央政府の意見を押し通すこともできるし、というのはモーソーかもしれませんが、ほんとうだったりして……。

 道州論議は郵政民営化論議を彷彿とさせます。
 有権者・納税者の理解が進まないうちに、さも「良さそう」に宣伝されてその気にさせられてしまうような危うさを感じます。

1.「道」といえば北海道。
 他の都府県とは比較にならないほど広い北海道の自治の現状はどうなのか?
 道と中央政府・省庁との関係、道と道内の各自治体との関係はどうなっているのか?

2.「州」といえばアメリカ合衆国。
 アメリカの地方分権のありさまは有名ですが、歴史も気質も異なる日本で道州制にして、はたして地方自治が進むのか?

3.明治の廃藩置県はどのような意図で行われ、結果はどうだったのか。道州制と通じるところはないか?

4.都府県を廃して圧倒的に広い地域をカバーする地方行政府をつくると、当然その数自体が大幅に減り、その下に同レベルで多くの市や町が存在することになる。
 これはかえって地方自治が衰え中央集権化が進むことになるのではないか?

 等々疑問を持っています。
 まだまだ不勉強ですが、なにかがおかしいぞ、と直感するのです。

 道州制についての議論が深まらないうちに、どさくさ紛れにこの制度が一方的に導入されてはいけません。
 地方自治を私たちは大切にしたい。これは現在の地方自治をもっと良いものにしたいという願いを込めた上での気持ですが。

不適正な処理でなければ、なんでもいいのか

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 小池百合子防衛相に、もう献金疑惑が浮上しているといわれてます。まだ何かあったな? と思ったら、秘書給与の詐取疑惑でした。

 また昨日11日に報じられたのが、九州・山口の4参院議員、松山政司、小斉平(こせひら)敏文、林芳正、後藤博子の4氏に関するもので、議員会館を主たる事務所の所在地にしながら、事務所費、備品・消耗品費など多額の経常経費を政治資金収支報告書に記載している、ということでした。

 憲法に定められている特権(この中の「相当額の歳費」の現状が妥当かどうかの問題はさておき)以外にも年金、JRパス、航空運賃、宿舎等々、微に入り細にわたり優遇され、家賃ゼロの議員会館には机・椅子・PC等は提供されているし電話代の一部から光熱水道費まで負担されているし……いったい何に使うのだ? と不思議でならないのが私たち一般の国民。

 地元事務所の活動資金の一部までも含めた経費で“不適正な処理”とはいえない、と説明する担当者もあったらしいのですが、なにやら苦しいですね。

「不適正な処理ではない」ということは「法に則っている」ということと同じこと? 
「違反はしていない」ということでしょうか。

 そんなこといわれると、思春期以前の生意気盛りな年頃、「法律に違反はしていないモン」というせりふが子供の口から出ると、「違反をしなければ何をしてもいいというのか!?」と親の雷が落ちていたことを思い出します。

 明治生まれの姑は、

「天知る、地知る、己知る」

 とよく孫たちを諭していました。

 地位も名誉も学歴も財産もない庶民は、こうして自分を律していたのでしょう。
 いつもそれで律することができたとはいえないまでも、ずっしりと心の重しになっていたことは確かなようです。

 これに対して、地位も名誉も学歴も財産もある国会議員たちが、違反はしていないゾ、と抗弁する、それも一国の総理大臣が言う。

 なにか庶民の良心が足蹴にされているような感じさえします。

 渦中の赤城農水相の家庭は高級外車3台を乗り回しているという話です。
 まあ、どんな車に乗るかは本人の趣味ですから、財源が天に知られても地に知られても恥ずかしいものでない限り私たちが文句を言う筋合いの話しではないのですが、事務所費等でこうも疑惑が生じていると、いろいろと勘ぐられても仕方ないというところ。

 法律で規制できることとできないことがあるのでしょうか。
 合法であるか違法であるかは大違いですし、微に入り細に穿つ法はかえって漏れが多いのではないか、つまり違反と規定されていなければ何をしてもいい、という感触があるのかな、という気さえします。

 わざわざ複雑怪奇な法律が制定されているのを目にすると、それを解釈するのに専門的な知識と判断を必要とし、法に則ってものごとを実行していくのに、これまた複雑怪奇な手続や手順が必要なことに絶句します。
 
 もともとお金のかからない公平・公正な選挙を実現すべく制定され、さらにたびたび改定されてきたというのに、とても改“正”されたとは思えない公職選挙法も複雑怪奇ですね。

 ポスター貼りひとつとっても公示前と公示後では扱いが違うようで、そのためにかかる手間と費用は莫大で、想像以上のようです。

 話しを聞いて、笑いながらも顔が引きつってしまったエピソードをひとつ。

 新人の場合、有権者にいかに名前を浸透させるかは大きな問題です。
 それでポスターがとても重要になりますが、一般家庭の壁等に貼るのに、もちろんそこの所有者の許可を得て一つ一つ貼っていくわけです。ところがたまに、貼られた後で「困る、はがせ」といってくる人があるという話。

 その時の言い分に「ここは昔から○民党通りなんじゃ」というのがあったとか。

 地域の保守性を語ってあまりあるでしょ?

 でも、世の中は確実に変わっていってます。

視野が狭いのはどちらか?!

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 村瀬清司社会保険庁長官が全職員にボーナスを返しておわびしなさーいということを、またOBにも職を退いても責任あるゾー、と寄付を催促することを明らかにしたのは6月25日のこと。

 たしか、「あくまでも自主的な返納だ」といっていたのに、何日か前には「まだ返しに来ない人がこんなにいま~す」とばかりに未返納者の数字を発表しました。

 そして今、全職員の92.9%が一部返納に応じ、寄付に応じていなかったOB2人も支払います、といってきたようです。

 あくまでも自主返納だ、といっておきながら実質的には強制ではないか、と呆れる前に、その手法のイヤらしさと、問題をすり替えてなんとしても誤魔化していこうとする政府の逃げ方に怒り。

 一方、政界の大物、キングメーカーを気取る森喜朗元首相は、滋賀県栗東市内で計画された東海道新幹線の新駅建設問題にふれ、嘉田由紀子・同県知事が建設に反対していることについて、

女の方だなあ、やっぱり(視野が)狭いなあと思った

 と語ったとか。

 怒れ! 女性たち。

 食欲・性欲・金銭欲・権力欲のままに政界を泳いできたような、おのれの欲得しか眼中にない視野の狭いこの方に、言われたくない!

 で、この発言に嘉田知事は読売新聞の取材に対し、

「前後の文脈がわからないので(女性軽視にあたるかどうかは)コメントしかねる」としながらも、

「新幹線新駅が不要だということ は、滋賀県民の判断。財政難の中、優先順位を考えたら税金を使ってほしくないということで、男とか、女とかの問題ではない」

と話したそうです。

 嘉田さん、えらい! と思わず拍手してしまいました。

米国の威信が怖い?

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 失言が元で辞任した(といわれた)初代防衛相でしたが、オーストラリアでも防衛相の失言が大問題になっているようです。

 もっとも日本では久間氏の辞任は防衛利権が絡んだ別な問題のようですが。
 エンジン1基が数億円という防衛産業は、なるほど久間氏と自民党の金づるだったんですね。どうりで、クラスター爆弾にもNO! といえなかったわけです。

 で、オーストラリアの防衛相は何をしゃべったかというと、

「オーストラリアが世界的に嫌われているイラク戦争に敢えて参加しているのは『エネルギー確保』と中東の安定がオーストラリアの将来にとって重要だから」

 ということ。さらには、

「国防は国の物理的な安全だけでなく、経済も防衛するものだ。またアメリカとイギリスの世界的な優位さを支持することも重要だ。今日発表する国防最新情報は、オーストラリアの国防と安全保障の優先事項を明らかにするものであり、資源の確保もその一つだ」

 と、この5日、オーストラリア放送協会のラジオで述べたという話し。
 これにメディアも野党も騒ぎだし、ハワード首相はこれを否定し、与党は火消しに躍起とか。


 なんでもオーストラリアは現在1,500人の軍隊を派遣しているそうですが、

 ハワード首相は、オーストラリアがイラク戦に参加した動機は石油ではない、と言い

 ネルソン防衛相は、イラクの石油供給を守ることが軍隊駐留の動機のひとつだ、と言ったわけです。

 両大臣の主張のどこがどう結びつくのか、理解できる人はいるのでしょうか?

  アベ氏の月800円の光熱費で辞任させるのか?! の発言と同じくらいおかしいでしょう?

 気になるのは、ネルソン防衛相が米国と英国の「威信」を支えることが重要だ、「重要な同盟国である米国」を支援するためだけでなくテロをなくすために駐留してるんだ、と言ったこと。

 わが国ではさすがにコイズミ氏もアベ氏も米国の「威信prestige云々は言ってないと思いますが、「重要な同盟国」とはしょっちゅう口にしていましたね。

 でも、本音を言ったらこの通りなのかな? なんて思いませんか?

 米国の威信に逆らったら怖い。それを「重要な同盟国」という言葉でごまかしているのでしょうか。

 なにが怖いのかって、きっと政権から引きずり下ろされるのが怖いのでは?

 そんな怖い目にあうより、片棒担いでおこぼれにあずかったほうが断然いい、と余程の人でない限り思いますよね。

 なぜ政権から引きずり下ろすことが可能なのかって?

 弱味を握られているからではないですか。

 たとえば久間氏のように、防衛利権に絡んで大物フィクサーとワシントン詣でをくり返していたら、当然米国側には把握されているわけでしょう。飛んで火に入る夏の虫状態かもしれません。

 それを承知で日本側も行動しているのは、自分の身も政権も安泰だ、と思っているからでしょうし、政権維持のためにありとあらゆる努力をして悪魔とも手を結ぶつもりだからでしょう。

 幸い、善男善女の国民はだまされやすいのです。

 こんなことがいつまでも続くとは思いたくありません。

アベ・林王国で負けるな! がんばれ、とくらさん!

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 外出から帰宅すると、アベ氏の800円発言が話題になっていて、笑ってしまいました。

 アベ氏と言えば、その母岸洋子氏、ではなく安部洋子氏は凄い女性なのだと地元の人は言います。

 洋子氏の講演会には地元のご婦人たちは晴れ着で出席。
 演壇にこの人がひとたび立てば、どんなにおしゃべりが弾んでいてもピタッとおさまり、静けさと緊張があたりを支配するといいます。

 “昭和の妖怪” 岸信介が手ずから仕込んだ魔法使い。
 ゴッドファーザーならぬゴッドマザー。
 晋三氏がマザコンというのは、おそらくほんとうでしょう。

 洋子氏の一声で、人と組織が動き出す様子が想像されます。
 また林芳正氏の母、林登季子氏も隠然とした勢力を誇示しているようです。

 いずれも女性票を狙った強力な陣を敷いていることでしょう。
 また晋三氏の現在の地位とアベ家の威光から、林氏も晋三氏に忠誠を誓っていると思われます。
 さらには晋三氏の父晋太郎の秘書だった人物も根を生やしているようですし。
 「盤石」といわれる理由の一つでしょう。

 アベ・林王国に使いっ走りの江島潔を加えた御三家の地方支配の構造。
 これが下関、ひいては山口県の民主主義の現状かと思うとめまいがしそうです。

 でも考えてみても下さい。

 街をいくさまざまな人たちも街角でおしゃべりに余念のないおばさまたちも、この御三家とはほとんど関係ない人たちが大部分なのです。

 市民はもうあきらめてしまったのよ、と下関に住む私の友人はいいます。

 でもでも、2005年の市長選はかろうじて現職の江島氏が勝利しましたが、これは5,000万で対抗馬を立たせて票割れを起こさせたり、旧郡部の票を得たり創価学会票をかき集めたりした結果でした。旧下関市の住民は、もう江島はイヤだ! の声の方がずっと大きかったのです。

 提灯を飾ったりしていても、みながみなアベさんの首相就任を喜んだわけじゃないのよ、という声も聞きました。

 そんな中でさわやかな風を呼び込んでいるとくらさんが、あきらめないで頑張っています。

 私たちも、あきらめるわけにはいきません。

  ↓ 民主党の「年金通帳」チラシはなかなかおもしろかったです。


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 * 余談ですが、壇ノ浦古戦場を示す真新しい石碑には、大きく「下関市長 江島潔」の名がしっかりと刻まれています。
 これまでも何度か足を延ばしていますが、最近初めてこの石碑を目にしました。
ムムムム……江島氏はよほど歴史に名を残したいらしい。

 でも壇ノ浦と江島氏とは関係ありません。 
 この方はいったい何を考えているのか、それを象徴するような光景です。


001jpg_s_1                                              よもや、金子みすずまで自分の手柄にすることはないと思いますが。            

命を大切にすることは、農業も大切にすること

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 最近気になった新聞記事を二つ。 
 どちらもそれほど大きな記事ではありませんが、なんだかこれからの日本社会のあり方と大きく関わるような気がしたのです。
 今日はそのうちの一つを。

 都市ガス会社が野菜工場を経営する、というものです。
 ガスを利用した空調設備以外は本業に関係するものはなく、液体肥料の入ったプールの水のなかで人工灯の光を浴びてレタスが育っています。
 
 こういう話しを読むと「羊が人を食う」とトマス・モアが批判した「囲い込み」エンクロージャーを連想してしまう私……。
 16世紀のイギリスで羊毛を確保するために解放耕地や共有地を統合し、垣根で囲って個人の所有地とし、これを牧場に転換したのが、第1次囲い込みです。

 昨秋何日間か農村に滞在して、感じるところが多かったのも原因かもしれません。

 農業人口は減少の一途を辿り、高齢化率は高まるばかりです。
 大学教育を受けたものはどんどん農村を出てサラリーマンになっています。

 高齢者がいつまでも農作業をできるわけではありません。自然と休耕地・休耕田が多くなってきます。
 また老後の経済も、専業農家でやってきた人は大変です。
 
 こんな話しは今に始まったことではありません。
 何十年も前から言われ続けてきたことです。

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 何か農業政策が間違っていたのではないか、と思わせるような問題点がゴロゴロしています。

 ブログの中にも、たとえばここのように真面目に新しい「農」を考えるようなページがあり、危機感を読者と共有しているようです。

 私はといえば、どこかおかしいぞ、なんだか変だぞ、と疑問点の提示ぐらいしかできないところが心苦しいのですが。
 それでも一貫して私たちの生活と命そのものに最も関わりの深い農業が軽視され、愚直にコツコツ農業に携わってきた人や何十年、営々と田畑を耕してきた人たちが報われない場面を目にすれば、憤りさえ感じます。

 ガス会社が野菜工場を経営するかと思えば、悪名? 高い人材派遣会社が農業分野に進出しています。もちろんHPはいいことずくめですが、ほんとう? なにかだましていない? とつい勘ぐってしまいたくなるこのご時世。

 近郊の産直店へ買い出しに行く道すがら周囲の緑に目をやれば、去年と同じところに同じように水が張られて稲がぐんぐん育っていると、ほんとうに安心します。

 このあたりの農村に農協婦人部が産直店を開いて10年ちょっとになるでしょうか。
 安くて新鮮で安心だと評判になり、午前中で商品はほとんどなくなります。近所のスーパーで同等の商品を買おうと思えば、2、3倍の代金を支払わねばなりません。
 あまりの人気に店舗も拡張されて、その農作物を使ったバイキングレストランまででき大にぎわいです。
 これからの暑い季節は並ぶ野菜の絶対量が減り、ちょっとした争奪戦まで見られます。

 この店のおかげで農家の年収は5、600万増えたと納入農家の方から聞いたのは大分前です。なにしろ毎日の生活に欠かせないものですから、需要は確実にあるわけです。

 でも都市近郊だからこれが可能になるのであって、山間部の過疎地域では事情は違うでしょうね。

 自民党の農業政策では4ヘクタール以上の大規模農家にかぎって助成され、いきおい小規模農家は切り捨てられていくことになります。

 米国流の適地適作の大規模農法が日本に向いているとは思えません。おまけに補助金をふんだんに貰って世界の作物市場を席巻している図はそこまでやるか、と反感さえ覚える米国の戦略。

 きっと日本には日本のやり方があるのでは、と感じています。

 ちなみに自民党の助成対象となる4ヘクタールとは200m×200m の正方形と同じ広さです。日本の大半の農家はそこまでの耕作地を持っていないという話。

 大きければいい、とばかりに資本の論理で競争が農村に持ち込まれ、小さな農家が大きな農家に、さらには大きな企業の出資する農作物工場に吸収されていく。これが私には土地を囲んで人を追い出して牧草地とし、「羊が人を食う」と揶揄された「囲い込み」運動を思わせるのです。

 私たちの日々の食卓の源は農村にあります。
 これは農村で育つ作物に限らず、自然と環境をひっくるめたトータルとしての農村です。
 
 そりゃあ、野菜工場もいいでしょう。新しい試みとして挑戦する価値はあります。

 でも、狭い耕作地で多種多様な作物を育てることもまた必要だと思います。

 現に、産地へ買い出しに行くとき、私たちはそれを望んでいるのです。色々な野菜のあった方が、絶対うれしい。

 大規模野菜工場があってもいい。
 でも小さな他品種栽培をする農家も大切にしたい。

 農業でも多様性を認めたい、と思います。 


大統領の弾劾 コイズミタケ

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 American Research Group の世論調査で、
ブッシュ大統領への弾劾手続を始めた米議会下院に対し、45%が賛成、46%が反対を示し、チェイニー副大統領の弾劾となると、54%対40%で多くが賛成しているという結果が出た(AFP)そうです。

 イラク侵攻の口実になった大量破壊兵器は結局存在もしなければ、その製造計画もなかったわけです。
正義の戦争」を演出したかったブッシュ政権が雇った「戦争広告代理店」が、『外注される戦争』の菅原出さんによると民間のコンサルティング会社、レンドン・グループです。
 
 もともとこの会社はブッシュ・パパが政権に就いたときにはすでに米政府と契約を結び、「多様なキャンペーンのノウハウや心理戦のテクニックを最大限に用いて」パナマのノリエガ将軍追放から90年の湾岸戦争までの成功に一役買いもすれば導きもしたわけです。
 
 フセイン政権追い落としのプロパガンダを引き受けたのもこのレンドン社でした。

 はじめに攻撃ありきの対イラク戦争の目的はこれだったのか、とあらためて確認したのが、3日のイラク政府による新石油法の議会提出でした。

 フセイン政権の脅威を煽り立てるために雇われたPR会社が、ほとんどをの姿を見せることなく業務を遂行した結果でもありました。

 郵政民営化を初めとする日本売り飛ばし計画のPR会社といわれる電通もこのレンドン社に学んだかもしれませんね。もしかしたら、電通の陰にレンドン社あり、の状態かもしれません。

 で、米大統領が誤った情報だったと認めた後もコイズミ政権は反省を見せず、官房長官(当時)アベ氏は「イラク攻撃の支持は合理的な判断だった」と強弁したことが伝えられました(2005年12月)。

 そして当の米国では、とうとう大統領弾劾が現実味を帯びてきています。

 私たちの国ではコイズミ・アベ・バトルでとうとうコイズミが勝利したといわれるだけで、弾劾の「だ」の字も聞かれません。
 コイズミ純一郎の弾劾を主張しているのは藤田東吾さんくらいですね。
 これまでの悪政の数々が国民の目にまだ明らかにされていないからでしょうか。

 米軍再編問題の中で日本の位置づけもガラリと変わってしまった、というよりこれまでの枠組みを跳び越えて、すでに危険な方向に向かって走り始めてしまいました。
 みんなの目がやっと問題を捉えたときはもう遅い、なんてことにしないために、今私たちにやれることを精一杯やりたいですね。

 それはそうと、日刊ベリタで知ったデイリーNK
 ここに北朝鮮の「新興富裕層は体制の変化を望まない」と分析したロシアの専門家の話があります。

「 中朝貿易などで財産を貯えた新興富裕層は、既に政権に対する信頼を失ったにもかかわらず、金正日体制のために得られる利益が大きくて、体制の変化を拒否する」

 というものです。

 金正日体制を維持するものはイデオロギーではなく「お金」だ、ということですね。

 これを読んで思い出したのが『サンデー毎日』7月8日号の牧太郎さんの話。

 安部内閣の「支持率30%という数字は『全体における超富裕層+富裕層+準富裕層』にほぼ一致する」という説です。

 なるほどどんな体制であれ、その体制から利益を得られる層は支持をやめない、というわけですね。

 傑作なのは牧さんの説では、この例外が大半の公明党支持者ということです。

 つまり、公明党支持者≒創価学会信者の大半は安部内閣を支持する層を除いた残り70%の中に入っているわけですから、自公に票を入れるのは自分で自分の首を絞めているようなもの、ということ。

 これは2005年の総選挙でもずいぶんと話題になりました。
 コイズミおもしれー、と自民に票を入れた若者たちのことです。

 さてあれから、この若者たちも、そして民営化ユートピアに踊らされた人たちも、どれほどだまされたことに気づいたのでしょうか。

(民営化ユートピアを嘘を暴く材料にはコムスン問題がいいですね。営利に走る民営化はいつでもどこでも、第2第3のコムスンをいくらでも生んでいくことでしょう)。 

 支持率からいうと気づいた人もいそうですが、もしかしたら単に薄気味悪い安部内閣はイヤだ、元のバカ明るいコイズミが恋しい、というだけのことかもしれません。

 コイズミ氏の選挙応援をメディアはどう報じるでしょうか。

 それがちょっと気がかりです。  
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↑ 2005年にコイズミ首相(当時)が発見したという幻覚キノコについて、とりあえずガスパーチョさんに解説していただきます。


 14日に首相公邸庭で見つかったキノコは調査の結果幻覚キノコ「テングタケ」の新種である事がわかった。このキノコは発見者の小泉首相 ちなんで「コイズミタケ」と命名される事となった。このキノコには猛毒があり、胞子を少しでも吸引すると強い譫妄状態(妄覚と極度の興奮を伴う混乱状態) に陥るという。根元の部分の形や模様がどことなく小泉首相に似ているのが特徴。この偶然には調査した学者も驚きを隠せないようだ。


 小泉首相はメルマガや記者会見の場などでしきりにこのキノコについて語ったり、秘書に「食べられるのか、食べるとどうなるのか」と聞くなど非常に強い関心を示している。一部情報筋によれば「このキノコは小泉首相のフケから発生したもので、実は小泉首相自身が幻覚キノコだ」という噂も流れ始めているという。


(2005年10月15日 共謀通信)



下関の闇


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 下関という町は、駅を出るとすぐ頭上にペデストリアン・デッキが迫ってきて、はためく雲のようなデッキの上には、ニョキッとエイジング塗装された醜悪な外観の結婚式場が飛び出しています。
 デッキの下もズズーッと綺麗に敷きレンガで舗装されているのですが、人の姿がほとんど見えません。まあ、道路はそれなりに車の往来があるのですが。

  昨年10月下関市を相手に、大型公共事業・社会教育複合施設を三菱商事グループに高値落札させたことは初めに結論ありきの官製談合だ、として山口地裁に訴えて一躍ネットの世界で名を馳せた原弘産もこの町にあります。

 で、この原弘産について、地元の人の話はちょっと違います。

 なんでも、町の小さな不動産屋さんがあれよあれよという間に大きくなってしまった、ということらしいのです。それもここ10年ほどの間に。
 さらにこの会社自体、アベ氏の仲間と地元では受けとめられています。

 ちょうど
江島潔市長がアベ氏の歩みと歩調を合わせるように勢力を固めていったように、この原弘産もアベ晋三氏が政界で地歩を固めるのと平行して地元で成長して事業を拡大していったという話し。 

 ですから訴訟を起こしたときは「みな、どうして? と不思議がったのよ」
「おまけに、年が明けたら、訴状も取り下げてしまったし。わけ分からない」
 
 と、何人もの人が言われるのです。

 市外から10数年前までずっと下関のとある大企業に勤めていた知人も、「原弘産? 知りませんねえ。そんな名前、聞いたことありません」と言ってます。

 数年前に初めて下関駅前のペデストリアン・デッキを眼にしたときは度肝を抜かれた、というのは大げさですが、びっくりしたのは確かです。

 あの大規模な歩道橋はいつ見ても好きになれません。

 デッキの上は小ぎれいで車も気にせずに歩けて便利なようですが、空を切り取られてしまった
デッキ下の圧迫感と薄暗さ。

 人と車の分離、なんていかにも、というような口実で建設が進められたのでしょう。
 デッキを歩けば、その下の薄暗い世界やごみごみした世界や寂れた光景を見ずに住みます。なんだか、臭い物には蓋をしろ、の世界観と通じるような気がしないでもありません。

 下関は他にもっと良いところがたくさんあるのですが、この駅周辺は江島市政の毒牙にかかったところとお見受けしました(訂正:ペデストリアン・デッキは江島市政前に手がけられたものということでした。当初も市民の反対がずいぶんあったそうです)。
 駅からちょっと離れたところにあるふぐの競りで有名な唐戸市場も再開発されて明るくなりましたが、こうしてリニューアルするとテナントの経済的負担はさぞ大変だろうと別な心配が湧いてきます。

 もっとも下関市政はその前からアベ氏の勢力に牛耳られていたようですし、現在も父の故晋太郎の秘書だった人が80過ぎて健在のようです。たしか現役の市議ではないでしょうか。
 
 そんな時、まだ30代の江島氏が颯爽と登場した。しかも4人の子の中には身障者がいて、その子どものためにもいろいろ活動をしていたらしい。
 そんな江島氏が1995年に再度市長選に挑戦したとき、いわゆる「市民派グループ」も熱心に応援をした。
 結果、当選。江島氏はその足で自民党事務所に向かい、以後、彼の事務所は選挙で応援した市民派グループの人たちを出入り禁止にした。

 そんな話しを聞いたのはかなり前のことです。細部のところが正確かどうか、確認をしておきますが、とにかくアベ氏のお仲間は権力を握るためには手段を選ばない、何でもあり、といえそうです。

 現在、大形開発プロジェクトが進行中。
 その一方では市民の、とりわけお年寄りの憩いの場で
入浴施設を備えていた「満珠荘」がアスベストの使用を理由に休館されて、いつ再開するとも分からないとか。
 
 ちなみにこの再開発プロジェクトでスクラップ・アンド・ビルドの対象になっている婦人会館は、現参議院議員林芳正氏の母君おばあさんが長らく会長を務めてその建設に尽力したという話。現在は林芳正氏のお母さんがこの方は昨年も連合婦人会の会長をされているようですから、おそらく今年もそのままでしょう。

 つまり林、江島、アベ氏の勢力が下関に深く根を下ろしているわけです。
 下関という中規模の地方都市がそうした事情を許すのかもしれませんね。
 
聞いても聞いても終わりのない闇の世界を覗くようです。

 ふー、とくらさんは大変なところで頑張っています。


 ↓ とりあえずガスパーチョさんからお借りしました。

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イラクは日本だ

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 世界で一番危険な国は米国。

 イランよりも北朝鮮よりもどこよりも米国が危険、という世論調査の結果がヨーロッパで出たというニュースを最近見ました。どこで見たか忘れてしまったのですが。

 ストックホルム国際平和研究所が発表した2006年の世界の軍事支出・主要国の武器売り上げ総額でも、米国はダントツの1位でした。

 「原爆の使用が終戦をもたらし、連合国側の数十万単位の人命だけでなく、文字通り、何百万人もの日本人の命を救ったという点では、ほとんどの歴史家の見解は一致する」 という米国特使の核軍縮枠組みづくりに関する会見での発言に見られる見解は常々疑問視されてきました。

「何百万人もの日本人の命を救った」という点でも「ほとんどの歴史家の見解に一致する」という点でも、これまで再三にわたって誤りが指摘されています。 
 それでも、まだ懲りずによく言いますよね。

 イラクのように自国が米軍の直接的な脅威にさらされていなくても、日本には世界一狂暴で貪欲な米国の触手がすでに伸びているのは、ネットの世界では結構知られています。
 残念ながら、リアルの世界ではまだまだ認知が足りません。

 さすがに牛肉については変だ、と考えている人は多いのですが、日本の富が収奪されることとコイズミ・アベ政権の施策を結びつけて考える人はけっして多くないと思います。
 その点では私は少々悲観的。民営化ユートピアを信じている人がまだまだ多いという感触です。

 3日、イラク政府は「石油法の改正案」を議会に送ったと伝えられています。
 「改正」といっても、これは日本における自公政権のいう「改正」とまったく同じ。国民にとっては「改悪」になっています。
 
 AFPには

「原油輸出からの収入を国内18の県に公平に分配し、海外資本に石油、天然ガス分野を開放することを目的とする。米国政府は、この法案に関し、イラクの宗派抗争を終結させる重要な『ベンチマーク(基準点)』になると強調する」

 とあります。

 ところがこちらによると、今年の2月、この新イラク石油法・石油出資法に対してバスラの石油労組連合は、反対声明を発表したそうです。

外国企業による石油支配を拒否する。新石油法がもし議会を通過するなら、イラク石油労組とイラク労働者は巨大なストライキで答えるだろう」と。

 新自由主義は新植民地主義だ、と喝破するカナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインはこの新石油法について、

新植民地主義の第1段階は、未加工資源の収奪、つまり未加工資源の輸出。

  現在閣議は通ったが議会は通っていない新石油法では、この収奪が合法化されている。
 これはまさに、1950年代から70年代にかけてのアラブナショナリズムの波、資源の返還要求が出てきた状況であり、アラブ・ナショナリズムの旗印の下に築かれた産業・工場の収奪であり、90年代の旧ソ連で見られた矢継ぎ早に実施されたショック療法型露天掘り収奪であり、イラクのプランAだ」

 と言ってます。

 つまり第2次世界大戦後のアラブナショナリズムの高まりで米欧石油メジャーを生産現場から追放し、価格決定権を握った産油国は、その権利を再び取り上げられようとしているわけです。

 そのことを、イラク人自身は、

「国営で発掘運営され公平に分配してきた15年前からのシステムを今の政権が行なおうとしているシステム(註・それぞれの地域が外資を導入して行なう民営化による石油開発)に変えるのは問題です」

 とこちらで語っています。

 おまけにその法案の内容はイラク国民に知らされていないとか。
 憲法改正についても同じだった、「多くの国民にとって重要なことなのに、僕たちはそれについて内容を知らされずイエスかノーかという選択を与えられただけでした」

 とも述べられています。

 どうでしょうか? こんなことを聞くと、日本の私たちの状況とそっくり同じだと思いませんか。

 いくら自衛隊が行こうと、遠い海外。
 米軍とそれを支える民間軍事会社PMC、そして多国籍軍に蹂躙されたイラクの話しは遠い国のできごとで、人ごとのようです。

 でも私たちの国は軍事的暴力こそふるわれていないものの、政治的・経済的暴力はこれからもっともっとひどくなりそう。
 憲法問題でも、審議を尽くす姿勢が自公政権には見られません。できることなら、Yes か No かだけを問いたい、という本音がありあり。

 実際2年前、コイズミ純一郎率いる自公政権が、郵政民営化、Yes か No か、だけで選挙を戦って大勝利を収め、今日の惨状を招くきっかけをつくりました

 自殺者は毎年3万を超え、非正規労働者の割合は高くなる一方で、社会福祉への予算配分は減る一方でしょう? 
 
  これまで国土と国家予算を米軍に捧げ、ここに来て生命を捧げることも、ついそこまで迫ってきています。

 互いに憎悪を煽る昨今の社会の風潮もイヤです。
 憎悪を煽って利益を得る人はいつの時代でも存在します。
 
 分断して統治せよ――これが宗主国の植民地統治の鉄則。

 イラク新石油法制定の口実に宗派間の対立解消が挙げられています。
 そもそもイギリス女性ガートルード・ベルがイラクとイランの国境線を引いたとき、イラクの統治はイギリス人顧問団と王家とスンナ派にゆだねられました。そこでアラブ系の族長たちは、ペルシア系が優勢なシーア派のイスラーム法学者たちへの反感を煽られることになるわけです。

 伝えられる宗派間対立というものは本当なのだろうか、本当だとしてもイラクの人々自身はそんなこと望んではいないんではないか? というのがいつも消えない私の疑問です。
 案の定、欧米資本による民営化という植民地収奪の試みを許す新石油法提出の口実になりました。

 日本収奪の口実は何だったでしょうか。

 とにかく「規制緩和」と「改革」を旗印にも武器にもして乗り込んできたのがグローバリズムという米国流新植民地主義の論理で、その先鞭役を務めたのがコイズミ・竹中ラインでした。

 竹中平蔵の代理と言われる大田弘子氏は、アベ独断国会での矢継ぎ早の問題法案成立の陰に隠れていったい何をしているのだろうか、と気になります。

 コイズミ氏も新防衛相の小池氏も、地道に政策を勉強するのは大っきらいタイプとお見受けしました。

 TPOに合わせたスタイルに腐心し、権力の海を巧みに泳ぎ渡る才能は別なところで発揮していただいた方が国民にとって幸せではないか、と思いますが。


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疑惑はどうなったの?

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 「サメの脳みそ」と「ノミの心臓」を持つ男、森喜朗首相(当時)の買春疑惑が報じられたのが2000年5月のこと。

 まだ早稲田在学中の1958(昭和33)年、売春等取り締まり条例で検挙されたが、石川県では有名なエライ町長さんの息子で将来もある身であると起訴猶予になった、という話でした。

 当時発足後間もない内閣は支持率・不支持率ともに30%を辛うじて上まわったくらいでしたが、その後失言とスキャンダルが相次いで支持率は下がり続けてついに20%を切り、不支持率は上昇の一途を辿って年の暮れには64%にまで。
 たしか、戦後最低の支持率を記録した内閣だったではないでしょうか。
 
 それが今では“キングメーカー”とは! 今だに解せません。

 そして疑惑には事欠かない自民党。
 時効直前の疑惑を思い出せ、ということでしょう。はなゆーさんが、小池百合子防衛相の政策秘書給与の詐取疑惑を知らせてくれています。
 秘書給与疑惑といえば山本譲司氏や辻元清美氏のことが記憶に新しいのですが、この小池氏の疑惑については上記2人ほどは騒がれずに終わっていますね。

「政策秘書とは名ばかりで、今年(2000年)8月に議員会館に出向いたのは2回だけ、月の大半は自らが役員をしている都内の健康食品会社に出勤。国から出る政策秘書の給与は月に10万円だけが渡され、残りの年間約900万円はどこかに消えているという」。

 また

「そもそも、政策秘書は特別国家公務員で、民間企業の役員と兼業することは禁じられている」

 ということですから、その意味でも限りなく灰色。
 
 時が経つにつれてうやむやになってしまう政治家たちの疑惑、なんとかならないものでしょうか。

 なおこの方には、環境相だったときの暴言こちらにもあります。

 久間氏の辞任を受けて間髪いれずにこの小池氏を防衛相に任命したアベ氏は、久間氏について、

「(辞任は)大臣として一番重い責任の取り方」で
「任命責任は私にあります」といいながらも、

「私には改革を進めていくという使命」がある、と付け足して、自らの辞任要求の声には予防線を張っていました。

  こうして疑惑ばかり書き連ねていると、こちらまで品性が下劣な方に引っ張られていくようでほんとうにイヤだっ、くたびれるっ、とつくづく思うのですが、これが今の政治の現状なのでしょ。

 そういえば、久間氏の辞任を聞いた中川秀直幹事長は、

「賢明なる勇気あるご英断」と讃えていましたね。

「賢明なる勇気あるご英断」の人が政権にいたら、今の日本の惨状はこれほどまでのことはなかったでしょうに。 

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 ↑ SOBAさん作製のこわーいバナー。
  あまりに不気味なので貼るのをためらいましたが、今の政治の酷さはこれ以上かな?
 と、清水の舞台から飛び降りる気持で「賢明なる勇気ある英断」を選んだのですが、あまりに気持ち悪いから、今日限りにします。

筋肉質化・スリム化が必要なのは?

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 強行採決が「実績」ならば、
 トンボ蝶々も鳥のうち、
 焼いた魚が泳ぎだし、
 絵に描いたダルマさん手足出し、
 電信柱にゃ花が咲く。
 夏の暑い日に雪が降り、
 太陽西より出ずるなり。

 カマヤンさんが日露戦争当時はやったという歌をちょっとアレンジされたようです。
 いいですね、この歌。カマヤンさん、ありがとうございます。

 アベ・オウボーで疲れた心と体に、こんなオチョクリも効くかもしれません。
 そしてとくらさん流に「微力だけど無力じゃない」という薬も飲んで、元気になろう。

 そういえば、朝、車の中で聞いたNHKラジオニュースでは「筋肉質の政府」がどうのこうの言ってました。
 行政も筋肉質でスリム化するために公用車の数を削減して、さらには経費の安い軽自動車に取り替えていく、という話です。

 選挙前のアピールか? と悪いけれど思いました。これはこれで悪いことではないけれど。

 でも、有権者が望んでいることは、そんなチマチマしたことじゃない!
 
 筋肉質化、スリム化が一番必要なのは、政権党と政権党の政治家たちでしょう。

 などと怒っていると、目を惹く記事がありました。

「日本経団連は主要な会員企業に対し今年の企業献金を1社当たり1千万円増額するよう要請した」

 とはFACTA7月号のフリー記事。

 昨年は25億が集まり、「今年も自動車、電機、商社の大手企業はトヨタ自動車の6400万円をトップに2千万~3千万円をすでに献金している」という話し。

 たしか、企業が行う献金はこんなものではなかったはず。桁が違います。

 それに、政治家が開くパーティは水商売どころじゃない荒稼ぎをやっているのではなかったかしら。
 
 またこれとは別に「政党助成金」(または政党交付金ともいう)などというものもありましたね。

 その他、裏・表、さまざまなルートから政党と政治家にお金が集まる仕組みができあがっています。もちろん、桁違いに一番多くお金が集まるのは、長らく政権を担当してきた自民党でしょう。

 疑獄事件や大きな政治とカネの問題が起こるたび、政治資金規制法が改正されてきましたが、転んでもただでは起きないのが規制される側である政治家たち。
 
 ロッキード事件、リクルート事件、金丸事件、佐川急便事件等々、政治家と企業の癒着からくる政治腐敗の解消と政治活動に必要な財源基盤の強化を目指すために、という名目で1994(平成6)年からスタートした政党助成金ですが、億単位のお金を政党が自由に使っていますね。

 でもこれでも飽きたらずに1993年以来中止していた企業献金の再開がきまったのが2003年。詳しくいうと「日本経団連が献金仲介を再開」ということですが。

 もともと企業献金に依存しない仕組み作り、ということで政党助成金の制度ができたのではなかったかしら?

 それがいつのまにか、なかったことになったのでしょうか? 歴史問題みたいに。

 2重取りで有権者と納税者をだましていませんか?

 経済界は品川正治さんの言葉でいえば「政治との距離の取り方がわからなくなって」、やたらと政界に「おねだり」。

 あげく私たちには「改革」に名を借りた増税の山

 メタボリック症候群になって筋肉質化・スリム化が必要なのはいったいどこなんでしょうか、アベさん。

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碧猫さんたちへ

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 碧猫さんのところで知った新聞記事。

 これを元にしてSankeiのコモリ記者が「慰安婦決議案 米下院委が可決 中国系反日団体が圧力」の記事を書いているのですが、どうも怪しいぞと碧猫さんが懸念されている様子でした。

 そこで碧猫さんが探し出した地元新聞に掲載されたものを読んで訳してみました。

 一番気になったのは、決議案の可決を促す人たちを、コモリ氏が「中国系反日団体」とひとくくりで済ましてしまったこと。

 実際の記事に登場したのは、世界抗日戦争史実維護連合会the Global Alliance for Preserving the History of World War II in Asiaと台湾の民主制を支持する中国系アメリカ人the Chinese Americans for Democracy in Taiwan等でした。

 コモリ氏の記事ではおそらく台湾系と思われるアメリカ人のことが無視されているのです。
(なお、このDemocracy in Taiwanについて、こうした団体が存在するのかネットを調べてみましたが、いまのところ不明です。いずれにせよ、forで繋がっているのですから台湾の民主制を支持する人たちでしょう。ちなみに台湾の民主化は李登輝氏主導で、1987年の戒厳令解除後の政党結成の自由・メディア規制撤廃あたりから始まります)。

 それにしてもコモリさん、そんなに“反日”を煽って、何がしたいんでしょうか?
 
 なお、下院外交委員会での可決についてはここにも、こちらにも論評があります。

 6月8日の時点では、アジア系アメリカ人のグループも決議案の可決が可能かどうか不安を感じて焦っていたようすがこの記事からうかがわれます。

 そこへ来てワシントンポストに慰安婦決議案の内容は歴史的事実と異なると反論する自民党と民主党、無所属の議員45人と教授、政治評論家、ジャーナリストらの意見広告が掲載されたわけですから、確かにこれによって可決への流れが一気に強まったと考えてもおかしくありません。

 またこの決議案を提出したマイク・ホンダは、2月の日米タイムズのインタビューにこたえて、

 犠牲となった20万のうち残されているのは300人にも満たないこと、そのため一日経てばそれだけ謝罪を得る機会が失われる。

 これまでも日本の首相は謝罪をしているが、それは首相たちが個人として痛恨の念を述べただけだった。
 ちょうど戦時中に強制収用された日系人に対する償いと賠償を決めた442号決議案の時と同じように、議会が正式に謝罪し、それから政府を代表して首相が謝罪する必要がある。

  といったことを語っています。
 
 また、決議案は日米関係に悪影響を与えるという加藤良三大使の言葉を“ばかげてる”としながらも、大使からいろいろ働きがけのあったことを語ってます。

 なんでも、3月に予定のアジア女性基金の解散を先延ばしにしてもいい、という提案が大使からなされたようです。
 それ以外は、忘れたといって言葉を濁しながらも、決議案の取り下げはできない、するつもりはない、と明言するマイク・ホンダ。

 インタビューの最後は、正式な謝罪によって、日本と他のアジア諸国との関係はさらに強化されるだろう、という言葉でした。
 

 では碧猫さんのところにあった問題の記事から。

 ***********

アジア系アメリカ人、日本の謝罪を求める

日米タイムズ・ウィークリー 2007年6月14日付

 クパチーノ発(ベイシティ・ニュースサービス通信)――6月8日、アジア系アメリカ人のグループがコミュニティを訪れるなか、第2次世界大戦前及び最中のアジア女性たちの強制売春について日本政府の謝罪をもとめるよう議会への働きかけを促すべく役員を選んだ。

 世界抗日戦争史実維護連合会(直訳:アジアにおける第二次世界大戦の歴史保存を求める世界連盟)のメンバーたち、民主台湾を支持する中国系アメリカ人らは、6月8日中華レストランに会し、マイク・ホンダ議員(民主 サン・ホセ)の提出した下院決議案121号の支持を促した。

 同決議案は日本政府が日本の帝国軍隊が若い女性に性奴隷を強要した歴史上の責任を認め、謝罪をして責任を受け入れるよう主張している。

「これは人権問題です。女性の人権問題です」とバリー・チャンは言った。「正当な行動ですよ」。

 チャンの話しでは、日本政府は若い女性に性奴隷を強要したことは認めたけれども、今だに正式な謝罪をしていないということだ。

 世界抗日戦争史実維護連合会副会長イグナチウス・ディンによれば、下院議長のナンシー・ペロシ(民主 サンフランシスコ)と下院議員トム・ラントス(民主 サンマテオ/サンフランシスコ)の応待はその場しのぎだと語るグループのメンバーもいたという。

 ラントス議員は人権で高い評判を得ているが、決議案121号支持要請にも返事がなく、有権者およびアジア系アメリカ人コミュニティを軽視する態度を見せている、と同グループは断言する。

 同グループのメンバーには、民主党および共和党へ献金をしているものもいるが、資金調達の目的のために利用されるだけで、 いざ行動といった段になると無視されるということではないかと懸念している、と語った。

 同決議案は現在129名の賛同者を得ているが、可決を確実なものにするには218名の賛同者が必要だ。融資条件がついてないとか政治的検討課題にのぼってないとかいうだけで、道徳的に正しい決議案をよくも簡単に脇へ追いやれるもんだ、とディンは述べる。

 ディンによれば、同決議案は全米9,000の教会の支持も得ているということだ。

 チャンとディンは同時に、ラントスは33%のアジア系アメリカ人がいる地区を代表しているが、意思の疎通ができなければ、その時にはおそらく新しい代表者が選ばれることになるとほのめかした。

 同グループは、カリフォルニア12区の人口統計上の数字と2008年の選挙でラントスに対抗する独自候補を立てる根拠になると思われるこれまでの選挙結果を引いて、その脅威を裏付けた。

 ラントスの事務所から受けた扱いに、「狐につままれた気分だ」 とディンは語った。「最近まで、ラントスは我々に良くしてくれていたのに」とも。

 アジア系アメリカ人の女性に適任者がいて、その女性も含めて何人か候補者を考えているとディンは語るが、女性の名を明かすことはなかった。

***** 以上 *****


 ↓ とりあえずガスパーチョさんからお借りしました。

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* とくらさんのビラの画像を使いたいといわれた方、どうぞ使われてけっこうですよ。
  ただし、大切に扱ってくださいね。

コイズミ・アベ・バトル?

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久間防衛相が、原爆投下はしようがなかったと発言して大きな問題になっていますね。

 この発言した場が千葉県柏市の麗澤大学での講演会。
 麗澤大学と言えば何度か私も言及したモラロジー研究所が母体となっている大学です。

 身内のおしゃべり会でつい本音が出てしまった、ということでしょう。

 この方はいろいろ巨額の金銭疑惑がある方なのに、ずいぶんと口の軽い方のようですね。
 自民・公明の与党が絶対多数を占める国会運営で好き放題できて、油断しているのかもしれません。緊張感の足りない人だ!

 さて、参院選を前にして、一般有権者にはわけ分からない情報がいろいろと出てきますね。
 
 逮捕された公安調査庁元長官らが「総連から4億3000万詐取」したという事件も、新聞には「全容判明」とありますが、それですべてとは思えないような……。

 もっと分からないのが、川口順子・中山恭子をおしたてての「コイズミ・アベの『怨念代理バトル』」というもの。
 どっちもどっちのバトルですが。

 難病を患って車いすを使う川口氏を「あなたが行けないところは、私が代役を務めます」とまでいうコイズミ氏に対して、首相補佐官として官邸入りした中山氏に“強い要請”をして参院選に立候補させたというアベ氏。

 これが前首相と現首相をバックにした「オンナの戦争」だと週刊誌は伝えます。
 さらにライターは前首相の秘書飯島氏だといわれるこちらでも、アベ氏のことは以前からボロクソくそみそに言われてます。 

 でも、自分の後継はアベ氏だと強調して日本会議メンバー待望の首相を実現させたのは当のコイズミ氏だったのでは? と考えると、またまたわけ分からなくなります。

 川口氏が官邸入りすると中山氏が即座に補佐官を辞任した2004年9月の時点で、すでに日朝国交正常化を重視するコイズミ氏と拉致問題で人気を得たアベ氏のバトルが始まっていたといわれています(『サンデー毎日』7月8日号)。

 そんなバトル相手であったのならば、なぜあれほどまでに後継者としてアベ氏の名前を挙げたのでしょうか?

 あの時アベ氏なんぞを後継指名しなければ、今日の惨状もこれほどまでではなかったのにと、思わず恨み言の一つでも言いたくなりませんか?

 もしかしてコイズミ氏の意に反してアベ氏を後継首相に推さざるを得なかった事情でもあったのでしょうか。

 アベ氏を首相に望んだのは誰だったのか? どんな人たちだったのか? と考えると、やはり日本会議‐統一協会のラインが真っ先にあげられます。

 首相就任前にメディアを席捲したアベ氏の「国民的人気」というものも、ねつ造された匂いがぷんぷんでしたし、かなり以前から日本会議のメンバーたちの間ではアベ首相待望論が出ていました。
 
 そういえば皇室典範問題では、コイズミ氏は日本会議側勢力からだいぶ攻撃をされていましたね。
 天皇制は王政とは違うのだ、とかなんとか言いながらY遺伝子とか何とか、インテリジェント・デザイン論を思い起こさせるような説を唱えて気を吐いていた人たちを見て、これもまたわけ分からない思いをしたものです。
 
 それが、

「歴代の天皇で、側近の意見に反して行動した者はいません。1941年の時点で、もし私がそんな行動(戦争に反対だ、と国民に宣言すること)を取れば、間違いなく首をかき切られていました」 (47年1月22日)

 という昭和天皇の言葉で、ちょっと分かりました。

 天皇は道具で天皇制は舞台装置に過ぎない、と考えれば、その道具や舞台装置をできるだけ自分たちの考える完璧な形で維持する必要があったのだ、と思い至ったのです。

 これが、崇められるものは貶められる、の実態です。

 ちょうどあの頃、皇室典範問題で右派から非難ごうごうだったとき、水面下ではコイズミ・アベ・バトルの真っ最中だったのかな? と今にして思います。

 そしてこの日本会議-統一協会ラインに乗っかって各種勢力がそれぞれの思惑と利権をもとに調整・取引した末のアベ氏の首相就任だったのかもしれません。

 いや、もしかしたらアベ氏のことですから、調整もせずに見切り発車だったのかも(笑)。

 おかげで私たちは無惨な国会運営をみせつけられ、この後、アベ政権下で成立した無茶な法律に拘束され、さらには増税で追い打ちをかけられ苦しむ、という算段になるわけです。

 これは歴史に残る内閣ですね。
 コイズミ政権も酷かったけれど、アベ氏の政権はさらに酷い。

 で、60年後には、これもなかったことにするのかな? とちらっと思ってしまいました……。


Abe07yakuza


とりあえずガスパーチョさんからお借りしました。

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