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桝添大臣が命をかけてすること

30日の毎日朝刊。
 1枚めくって目に飛び込んできたのは、「『与謝野官邸』に存在感」の見出しでした。
 その横に目をやると、目をむいた桝添厚労相。「『年金』解決 私の公約だ」。

 なおもめくると、「テロ特措法延長 『反対』民主に対案なし 原則論の1点張り 小沢戦略に党内沈黙」の記事。

 アベ氏は、参院選惨敗後の続投への批判をしりぞけて内閣改造を強行したわけですが、こうして既成事実を積み重ね、それをメディアが追認していくのは、やはり報道各社のトップたちとの会食で決まっていたことなのでしょうかね。

 庶民の生活も知らず、政策の理解もなくて、ひたすら米国の顔色をうかがい、国家主義のイデオロギーを押しつけるだけの首相、シンゾー氏。

 こんな風にメディア対策に終始することしか能がない首相を戴く国民の不幸を、当の本人はご存じないでしょうね。

 コイズミ以降、いよいよもって政治が軽いものになってしまいました。
 米国の言うことを忠実に遂行しておけばいい……
 メディア対策で、都合の悪いことも米国の影も消しておけばいい……
 それだけで政治ができるのですから。
 
 その上でアベ氏が無い知恵を絞るのは、日本会議派の国家主義イデオロギーを国民の中にいかに浸透させるか、というところでしょう。
 でも、このイデオロギーの反映の一つでもあった「価値観外交」を、町村外相は受け継がないらしい、というより、「後退」だ、とあります。

 「与謝野官邸」出現で、アベ氏はますます影が薄くなるらしい。

 そして桝添厚労相は、“命がけ”で年金問題を解決すると勇ましい。
 
 けれど、もともと積み立て方式と思っていたものがいつの間にか賦課方式だった、ということになってしまった年金について、利権にたかってきた政治家たちの懐に巨額な金が転がり込んでいるのだ、きっと、と私の周囲でも噂されています。
 
 貧困、格差問題をどう認識されていますか、と訊かれて新厚労相は、

「データには表れない感覚的格差はあると感じる。だから(自民党が)選挙で負けた。政府の大きな役割はセーフティーネットを張ることだ。だが、何でも税金を突っ込むのではモラルハザードを引きおこす」

 と答えた。「切磋琢磨も必要。要はバランスだ」という言葉も添えて。

 でも、いつも思いますが、私たちの社会で一番モラルハザードが激しいのは政治家ではないかしら。それも、利権に群がる与党政治家たちが。

 年金の巨額資金にしゃぶりついてきた人物たちを明らかにしようとすれば、確かに“命がけ”かもしれませんね。
 賢い桝添氏のこと、そんなことに命を懸けるとは思えません。
 じゃあ、いったい何に命を懸けるのでしょうか。

 もらえるはずの年金をもらっていないのかもしれない、あるいはもらえないかもしれない、という不安。

 もらえそうもない、という怒り、あるいはしらけ。そこから来る制度への不信。

 この不安と怒りとしらけの元になるのは、記録の不備と保険料の流用

 流用については、もしかしたら、これに政治家が絡んでいるのではないか、という疑問がどうしても払拭できないんですよね。もちろん官僚も。
 そうなれば、当然その額はマッサージチェア購入どころの話しではないわけですし。
 蜜に群がる蜂のように、業者のみならず政治家・官僚が寄ってたかって年金を食いものにしてきたのでしょう?

 たとえばグリーンピア問題について保坂展人さんは今年4月の記事で、

グリーンピア問題の責任は社会保険庁にはなく、旧厚生省年金局と自民党族議員にあったということを確認しておきたい」

 と書かれていますし。

 それにしても新聞にあった流用項目――
グリーンピア建設費・被保険者の住宅融資事務費交付金・福祉医療機構への支出・年金福祉施設の整備費・年金相談などの経費・年金事務費・委託事業――の内容は、あまりに大ざっぱすぎてよくわかりません。
 特に
事務費交付金・福祉医療機構への支出って、何でしょう? 

 現在は削除されてしまった「山本恵子の政界夜話」のページには、年金記録の破棄を命じた当時の長官正木馨氏の豪奢な邸宅の一部の写真が載ってましたっけ。それも、年金資金で建てたものだとかなんとか説明があったような。


 また、年金利権といえば、民主党チームが
東京・品川区の社保庁倉庫で見つけたという2冊のファイル 

「民主党サイドはファイルのコピーの提出を求めてきましたが、社保庁はずっと突っぱねてきた……その2冊のファイルには、自民党の族議員が、建設会社のために社保庁に“口利き”した証拠が眠っているとみられている。ついに中身が明らかに なるとあって、関係者は震え上がっていますよ」

 歴代の自民党政権は、社保庁とグルになって、グリーンピアとか厚生年金会館建設など、年金の給付以外に約6兆9000億円も国民の保険金を流用してきた。とてつもない“利権”が暴かれたら、安倍自民党は一巻の終わりだ」(livedoorニュース 8月24日)。

 ああ、記録不備の問題でも流用問題でも、年金のことを考えていくと終わりがありません。

 まさに厚労相が命をかけてする仕事にふさわしい。

 桝添大臣! 基礎年金番号に統合されていない5000万件の年金記録の照合作業も怠りなく。そして流用・利権問題についてもしっかりやっていただきたいです。
 まさか、2冊のファイルのマル秘事項隠しに命をかける、なんてことのないように。


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始まる前から、そして始まってからも無茶苦茶 

あああ、いわんこっちゃない、と心の中で呟く。

 今日の毎日朝刊。
 世界陸上、エリトリア選手団の5人が、開幕2日前の23日、指定先のホテルで部屋が確保できずに、ラウンジの床に毛布を敷いて夜を明かしたという。
 その後の24、25、26、そして27日昼まで、見かねて空きベッドを提供した隣国ジブチの選手と相部屋だったそうだ。 
 
 エリトリア
 1993年にエチオピアから独立した紅海沿岸の細長い小さな国。西隣はスーダン。
 ジブチは東隣のさらに小さな国で、1977年にフランスから独立している。

 ジブチの名は聞いたこともあるけれど、エリトリアという名は初めて知った。
 両国ともれっきとした国連加盟国だ。

 中国から贈られた建造物が、花博後壊れるがままにされていた話しは、イベントよりも大事なことで数日前に書いた。時はちょうどオリンピック誘致活動を盛んにやっていた1992(平成4)年のこと。このオリンピック招致の計画については、湾岸開発の失敗隠しに画策されたのではないか? と問題を投げかけているサイトもある。

 結局大阪市は招致に失敗して、公式発表で53億3200万円の税金を無駄にした。公表額がこれだから、実際はもっと使われたと考えてもおかしくはない。

 それから15年後の今年2月、世界陸上の準備作業の一つか、長居公園からホームレスたちのテントが強制撤去された。またこの時大阪市の行った手続きが法的要件を満たしていない可能性を指摘する専門家もいたほど、無茶な処置だった。

 その上ホームレスの人たちの尊厳を護るべく活動していた人を、予防拘禁にも等しい、聞いたこともないような軽微な罪名で逮捕。

 その結果がこれだ。アフリカの選手が、大会を前にホテルの床に毛布を敷いて寝る。

 当事者でなくとも腹が立つし、恥ずかしい。

 誰のための、何のための世界陸上なのか。

 大会を運営する組織委員会の名簿を見ると、お偉方の名前がずらーっと並ぶ。

 最高顧問は森喜朗・御手洗富士夫の両人。

 理事には河野洋平から大田房江知事、
關淳一市長、市議会議長、他日本陸上競技連盟関係者のみならず経団連、電通、経済同友会、商工会議所、毎日放送の関係者。
 目を引いたのは、理事の1人に吉本興業社長の名があったこと。ふ~ん、そんなものか……。
 
 この世界陸上。特需が期待されて、経済効果は210億円と試算されていると報じているのは
FujiSankei Business
65億人を魅了する世界陸上の舞台裏」を伝えるところもある。

 競技をする選手も素晴らしいが、競技を支えるIT技術もすごい。

 熱い闘いを繰り広げるアスリートたちには惜しみない拍手を送りたいが、それにしても裏方がひどすぎる。
 ボランティアたちの掲示板では悲鳴が聞こえてくるようだ。

 いくら競技場の周りからホームレスたちのテントを無理やり撤去して小ぎれいにしても、ホームレス支援の有志たちが抗議行動を起こさないように予防措置を講じても、ボタンの掛け違いが最後まで影響するように、混乱している。
 いくらIT技術がすごくても、結局最終的な力は一人ひとりの力の結集だ。
 
 人の命やその尊厳を軽視するような姿勢で良い結果の生まれるわけがない。
 
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その場しのぎの言葉に、アベ氏の本質が見える

どうもアベ氏の言動が一貫していない。矛盾だらけだ、支離滅裂だ、といってもいいくらい、と思って昨日その一部を問題にしたら、リベラル21さんでも同様なことが書かれていました。25日の「暑くたって忘れまい」です。

・「(参院選惨敗後)、『反省すべき点は反省して』と言った。ところが、その後、なにをどう反省したのか、なにもおっしゃらない。おっしゃる気配もない」し、

・ 敗戦記念日15日の全国戦没者追悼式での式辞「国民を代表して、深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します」言いながらも、

「『先の大戦』のどこのなにを反省するのか。満州事変、日中戦争、真珠湾、東南アジア侵攻、それぞれをどう総括しているのか」まったく不明で、

・ 同じく同「不戦の誓いを堅持し」と明言したこととテロ特措法の延長を図る意思は、どこをどう考えれば結びつくのか分からないし、

・ 広島・長崎「原爆の日」の式典で「憲法の条項を遵守し」と挨拶しながら、「戦後レジームからの脱却」の一環としてかねてから「憲法改定」を唱えてきたの事実はどうなっているのか、

 というようなことをリベラル21さんは指摘されていました。

 もっとも「不戦の誓いを堅持し」については「堅持ではなくチェンジ」に聞こえたぞ、という声も多くあり、それであればこれまでの言動とも一致するわけです(笑)。

 が、他の点についてはどうも分かりません。

 式辞でも挨拶でも、一応体裁は繕っておくわけでしょう。

 場違いな言葉を吐くとそれこそ大問題ですから、その場その場で“期待されるであろう表現を定式通りに並べている……ちょうど子供たちの「夏休みの友」の国語の宿題にありそうですが、決まり文句を適宜選択し、昨年とはちょっと並び方を変えて一丁あがり、としている場面を想像していまいます。

 時には妻まで動員して、米国に行けば米国の期待に沿った台詞を吐く。
 追悼の場ではそれらしき沈痛な面持ちで、適当な言葉を連ねておく。

 なんだかできの悪い生徒の安直な作文を聞かされているような居心地の悪さと気恥ずかしさを感じるのはそのせいですね。
 恥ずかしくないのは当人だけ? これだけ前言を翻して、また翻して、をくり返していたら穴があったら入りたくなる心境になるのが普通じゃないですか。
「私はウソは申しません」と言った、池田勇人がなつかしくさえなります、いろんな意味で。

 これはもう、“本音と建前”などという問題ではありません。それ以前の問題です。
 コイズミ純一郎の無責任放言の悪質さとはまたちがった‘どうしようもない’節操の無さ。
 叱られた子供が、大人の誘導にかかってその都度違ったいい訳を、地面を見ながらぼそぼそ言ってるみたいです。

 政治家がこれほどまでに自分の言葉に責任を持たなかったら、いったいどうなってしまうのでしょう。
 雄弁であれ、とまではいいませんが、もっと言葉に誠実であれ、かりにも国民に語りかけているのですよ。
 その場しのぎの言葉をパフォーマンスで誤魔化そうと思っても、そこまで私たち国民は馬鹿ではありません。

  
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今日のはてな そして説明不十分のアベ氏 

とむ丸の今日のはてな?

・埼玉県民は上田氏を、再び知事に選んだ。しかも投票率は27.67%。3、4人に1人しか投票場へ行ってない。私もちょっと縁のある埼玉県。いったい埼玉の人たちは何をしている? 

 上田清司氏とは、春の都知事選に神奈川の松沢氏と共に慎太郎氏の応援に駆けつけた人。
 
自衛官の人たちは大変だ。分かりやすく言えば平和を守るために人殺しの練習をしている。国民の命、財産を守るためだから偉いと褒めたたえなければいけない

 と述べて、図らずも軍隊の意味を世間に思い出させてくれた方。
 
 ご多分に漏れず「人殺し」の根拠を「平和を守るため」に求めています。

「海兵隊の訓練には平和の『へ』の字もありません。来る日も来る日も、するのは『殺しの訓練』です」

 と、話したのは、トナム従軍兵士の元米国海兵隊員アレン・ネルソンさん。

 どちらが真実を語っているかといえば、私にはやはりネルソンさんの方だと思います。
 国民の命、財産を守るというのであれば、人殺しをする前に、つまり戦争にいたる前に、政治に携わる人間にはすることがたくさんあります。
 ところが世の中には、政治的な努力をするよりも戦争をしたがる、“政治屋”ともいうべき人が、往々にして見受けられます。しかも自らの手は汚さず、自分と自分に連なる人たちを安全地帯に置きながら、他人の子供たちをけしかけるわけです。偉いぞ、と褒めた たえながら。

 そもそも、わざわざ「褒めたたえなければいけない」と言わなければならないのは、眉に唾をつけて聞いておきましょう。

 
・安倍改造内閣

 防衛相が高村正彦、厚労相が桝添要一。これって、何の意味があるのかしら?

 総務相の増田寛也って、いったい何ものだ?

 この疑問はこれから考えることにして、発足の際のアベ氏の言葉。

 疑惑を持たれた場合について「何か指摘されれば、説明をしなければならない。十分な説明ができなければ、(内閣を)去っていただくという覚悟で閣僚になって頂いている」。

  この発言からは、疑惑が浮上した閣僚たちの説明不十分な対応に悩まされてきた姿ばかりが浮き彫りにされます。
 でも、赤城農水相(当時)の場合も、「農相はしっかり説明した」と述べ、問題はないとの認識を示したのではなかったかしら。
 松岡農水相(当時)の場合も、「説明責任を果たしている」とかばってたのに。

 アベ氏の当初の認識では、松岡氏も赤城氏も「十分な説明ができている」ということでしたね。
 それでも1人は死に、1人は更迭されましたよね。

 一貫性がないなあ。言葉が信用できません。いったい何を考えているのだか。

 十分説明している、と抗弁してきたことが誤りで180°見解を転換させるのであれば、あれほど問題になって、さらには死者まで出したのですから、
「説明が不十分と認識していたにもかかわらず、心ならずもウソを言わねばなりませんでした」と、一度きちんと国民に謝ってから次の行動に移ってほしい。 

 自分の言葉に責任を持ってほしい。

 でも内弁慶のお山の大将は、謝ることが大の苦手なんですよね。それに責任を取ることも。

 
  
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イベントよりも大事なこと

  アッテンボローさんも書かれていましたが、世界陸上を前にした24日、日雇・野宿労働者への攻撃に対して先頭をなって抵抗してきた人を大阪府警が予防拘禁にも等しい逮捕をしたことを、薔薇、または陽だまりの猫さんが伝えています。
 25日の華やかな開会式の裏にそんな出来事のあったことを、いったいどれだけの人が知っているでしょうか。

 大阪と言えばオリンピック候補地に手を挙げたことが想い出されます。
 オーサカ、オーサカと歌い踊りながらオリンピック開催をしきりと訴えていた頃、私は花博の跡地、鶴見緑地にしばし遊んだことがあります。

 それはそれで楽しかったのですが、その楽しさが失望に変わる体験をしたのも、この花博記念公園鶴見緑地でした。

 花の万博の際に各国から贈られた庭園が、メモリアルガーデンとして残されています。
 そのうち、木造建造物で構成されていた中国庭園の荒れ方がはなはだしかったためです。詳しくいいますと、中国庭園に立てられた木造の東屋や塀らしきものが、何カ所も壊れたたまま放置されていたのです。

 せっかく寄贈されたものです。もっと大事にしてほしい、と思ったのは当然のこと、オリンピック誘致運動に莫大なお金を使うのならば、その一部だけでも修理に使うべきではないか。そもそも、オリンピック開催に名乗りを上げる前に、かつて行った国際イベントの跡地の維持管理をきちんとするべきではないか、と思って腹立たしさを覚えたものです。

 次から次へとイベントを開催する。これは、その後の活用を考えずに次々に箱ものを作るだけの行政と同じ。その上、「臭い物に蓋をしろ」とばかりに、ホームレスを排除する。
 そればかりでなく、開会式を控えて、ホームレス排除に抗議の声をあげた人たちが再び行動しないように、聞いたこともないような罪状でひとりの人間の自由を奪ったわけです。

 圧倒的な力でホームレスを排除し、さらにはその支援者を拘束した上でアスリートが行進し、歌劇団が舞い、歌舞伎役者が大阪締めをする。

 イベントを挙行するのが政治の目的ではなかったはず。
 人びとが安心して毎日を暮らすようにすることが、政治の仕事ではなかったかしら。
 一体いつから私たちの国は、地道な積み重ねを軽視して、その時その時の一時的な催しにうつつを抜かすようになったのでしょうか。

 しかも、フランスでも同様のことが行われたようです。
 中心街からホームレスを追い出そうと、ネズミ駆除に使う化学薬品を路上に撒いていた市があったのだとか。

 目障りなものを視界から遠ざける

 これを、ナチスの例を出すまでもなく、私たちは日常的にしています。
 ゴミ出しがその典型。車の運転をしながらタバコの吸い殻を外に放るのもそうですが、もっと大変なのが基地であり原発です。

 で、私たちの日常的なゴミ出しとこのホームレス排除や基地・原発との決定的な違いは、圧倒的な力で強制するかしないか。
 でも、強権で排除するのも、このゴミを自分の視界の外に追いやろうとする人の心の働きを利用しているのは確か。それで何となく納得してしまう人もいるのでしょう。

 とにかく自分たちの見えないところに、気になるもの、じゃまなもの、肯定しがたいものを押しやってしまう。目の前をちらちらしなければ、なんだか安心する……そんなごまかしを許さないどころか、行政自らが率先して行ってしまう。しかも、強権を行使して。 
 
 もう一つ、排除されるものとしてゴミとホームレスが決定的に違う点は、片方は紛れもなく人間だということ。意思と生命を持つということ。
 野宿するまでどんな経緯があってどんな事情を秘めているか知りませんし、それぞれが異なる生を抱えていることでしょう。でも人として尊厳に値するのは同じこと。
 時には命をも奪うホームレスへの傷害事件で逮捕される少年たちと、排除を行う行政と、どこが違うというのでしょうか。

 最後に人の命の保証をするのは政治の仕事です。
 それとも、所詮、使い捨ての駒に過ぎない、とでも考えているとしたら……怖ろしいことです。
 
 政治が仕事をしていないことを訴えて本来の仕事を果たすように要求してきた人を、イベントのじゃまになるとして予防的に逮捕することは、さらに怖ろしいことです。

  
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男性原理――競争社会を生き抜く気概(良く言えば)

初めて訪問したPAGES D'ECRITUREさんの「国家主義的右翼が『マゾヒスト史観』と訣別したがるとき【4】」はフランスの『ヌーベルオブザーバー』誌を訳された記事ですが、やけに気になりました。
 
特に、こういうことだったのか、と合点のいった個所が、以下の部分です。

「(つくる)会の発起人の一人は 西部邁、極右の理論家に転向した元トロツキストだ。彼は説明する、『我々の戦いのイデオロギー的基礎、それはフランス革命思想の拒絶だ。人間は自由で平等 に生ま れる、母親の腹から出るや否や人権を享受する、という思想はグロテスクだ。個人は、その教育に応じて、徐々に権利を獲得していくのだ。自由、平等 、友愛  という言葉に対して、私は対置する。秩序 、差異 と競争心 だ!』」
(文中のフランス語の削除はとむ丸です)。

 このフランス人権思想の否定に私は仰天するわけですが、ちょうど同じことを呟いていた高校生を知っていました。少年から青年の世界に足を踏み入れかけた16歳。
 口癖が「世の中は弱肉強食の世界だ」「弟が兄に勝てると思うな」。
 デモクラシーをせせら笑い、老いは醜いとうそぶいて人の神経を逆なでする子でしたが、真面目で一途に「真実」を追求したいという姿勢も持っているような男の子。

 小林よしのりの『戦争論』に感激したあたりから右派傾向を強めていき、しきりに「南京大虐殺は中国のでっち上げだ」「慰安婦は商売だった」「八紘一宇、三光作戦は正しかった」と言い始めました。

 そもそもが真面目なお子さんでしたから次第に信仰のように頑なな態度を示すようになり、初めは笑って言い分を聞いていた私の顔もだんだんと引きつるようになって、とうとう出入り禁止同然の対応をすることになってしまいました。

 当時私の周囲にいる友人たちはこの話にピンとくることは皆無でしたし、後日「つくる会」から次々に出された本についても関心を示すことはありませんでした。けっこう社会問題には敏感な人たちだったのですが。世間一般の人たちは、今でもそんなものかもしれません。

 その時代、中学・高校の男子生徒の中には、ことあるごとに「天才」という言葉を連発したり、時には他人を「ボケ」と罵倒したりする子がいて、そんなことを言うものではないとたしなめても効果なし。
 へへへと笑いながら「天才だね」と呟く言葉は単なる自己への褒めことばでしたし、「ボケ」というのも、「お前のかあちゃんでべそ」ぐらいのことだったのかもしれませんが。


 自由・平等・博愛の精神は自明のことで、まるで先験的に与えられていたように感じていた私が、デモクラシーなんて衆愚政治だ、と
目の前で否定されたときの驚きを想像していただけるでしょうか。 
 ただ、デモクラシーを罵倒する考えが彼の心の琴線に触れたことは事実で、またその理由も判らないわけではありませんでした。
 
 
自由・平等・博愛の精神を信じていたものが、急に「秩序・差異・競争心」を信奉するようになるわけではありません。そして真面目で真摯な姿勢を見せていても、弱いものへその眼差しを注ぐとはかぎりません。
 だいたい若い人は自分自身に夢中で、己の力を誇示することに心を砕きます。ましてや上昇志向の強い親によって幼い時から競争を強いられていたら、他人のことなどにかまってはいられません。

 一方で、「私を虐めることで気が済むならそうさせてやってもいい」と言った中学生もいました。小さなもの、弱いものに人一倍思い入れを示す子で、なんだか自己と他者の境界があやふやになっているような感じがしました。思い入れは小さな虫けらにまで及びます。
 でも、心の中では虐めに対する怒りを抱え、思わぬところで怒りがほとばしり出ました。
 こんなとき専門家なら何というのか知りませんが、とにかく私は、矛盾を含んだ彼女の言い分に耳を傾けましたっけ。

 女性原理自己を犠牲にしてでも他者を生かそうとし、男性原理他者を犠牲にして踏みにじってでも踏み砕いてでも、他者をのり超えて進んでいこうとする。100%女性原理に貫かれることも、100%男性原理に貫かれることも現実にはありえない、といいます。

 先の西部邁氏を左翼・右翼の切り口で観るなら確かに180°立場を換えた人でしょうが、この男性原理・女性原理から見ると、男性原理がとても強い。おそらく何処も変わっていない、一貫して男性原理に立ってきた人ではないでしょうか。

(なお、「トロツキスト」という語自体は、レオン・トロツキーの生涯を描いたアイザック・ドイッチャーの「予言者」3部作を読んだ身には、意味のない言葉のように思えます)。

 今話題の小池百合子や高市早苗といった自民党の女性議員たちによく見られる傾向ですが、「女」を利用しながらも女性原理からはほど遠い人たちです。

 ところでアベ氏ですが、奇妙なことに女性原理はもちろんのこと、男性原理さえもあまり感じないのです。競争社会を生き抜く気概のようなものが男性原理には見えるのですが、それがどうもない。
 やはり皆さんが揶揄するように、人間として未成熟なのでしょうか。成長する前も成長してからも周りが全てお膳立てしてくれた、そんなところから、とらえ所のない人間が生まれるのかもしれません。

 
アベ氏を観ていて感じる何ともいえぬ違和感やいらだちは、そんなことも原因の一つでしょうか。

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告別式

告別式に参列しました。
 先生の愛弟子、元留学生の中国人女性も一緒です。17年前、来日したばかりの頃、右も左も分からない彼女に、時刻表に赤線を引いて列車の時刻を教えてくれたのも先生だったといいます。
 日本でお葬式に出るのはこれで2度目だけれど、こんな大きなものは初めてと、昨日からピタッと私にくっついて、見よう見まねで焼香その他をこなしてきました。
 
 日本の大手企業で働くようになってからも、いつも人生の師として先生を慕い、奥さまにも可愛がられた人です。

 先生と最後の別れでした。

 合掌。


 明日から、いつものブログに戻ります。




欲が無さ過ぎた


 申しわけありません。まだ政治ブログを書く気になれないので、今日も亡くなった人の話を少し。

 夫は50代に入って間もなく、大学時代の仲間を3人癌で失いましたが、私の方は幸いと言うべきでしょうか、これまでに友人の死は経験していませんでした。今回の先生の死が初めてです。

 欲が無さ過ぎたねえ、もっとじたばたと生きたがっても良かったと思うのだけれど、と言う人もいました。
 
 通夜でお会いした奥さまのやつれ具合がちょっと痛々しくて。そういえば、お盆前にお会いしたときも先生は心配されていましたっけ。
 車にはねられたとき、そして闘病生活に、奥さまの気が休まるときがなかったのでは、と考えながらも、いやいや、ヤマモモ取りにご一緒したときも、それは楽しそうだった。たしか癌の再発前のその時期、ご夫婦で、ご家族で、きっと楽しい思い出をたくさんつくられたに違いないと、帰り道つらつらと考えます。

 大阪のご出身でしたからお好み焼きを作るのが上手で、学生時代は仙台の街をお好み焼きの屋台を引いては生活費稼ぎをしていたのが自慢? でした。
 もちろん私たちは、今度お好み焼きをするぞー、と言われると喜々としていつもの赤提灯に直行したものです。その日ばかりはカウンターの中に入った先生がマスターです。私はアルコール類は体が受け付けないので、もっぱらお好み焼きとお茶でしたが。

 そしてお正月には干しエビの入った塩味のお餅を作られるのですが、それがまた美味しいのです。

 うーん、やっぱり料理は人の気持ちを和ませます。
 通夜帰り、いつもの赤提灯で弔い酒を交わしながら、またお好み焼きが食べたい、いや、餅の方だ、餅が食べたいと、みなさん勝手なことを言ってます。

 やせこけて、ほんとに亡骸(なきがら)になってしまった先生の姿に衝撃を受けながら、なんだか魂だけは抜け殻になった身体を離れてみんなを観ているのではないか、そんな気がしてきました。

僕は大丈夫ですから、もう泣かないでください

昼の暑さもようやく和らぎほっとしていると、訃報が届きました。
 
 つい先日、「有権者の参院の乱 乱にはおさまるの意味が」で伝えた先生の奥さまからの電話でした。あまりに早かったのでびっくりしましたが、受話器を置いた後しばらく、心の中で合掌。

 前日はちょっと苦しまれたそうですが、今日の午後、静かに眠るように逝かれたというお話でした。夫の飲み友だちでしたが私も結構親しくさせていただき、分からないことがあるとメールでお尋ねすれば、律儀にお返事をして下さる方でした。

 車の運転が好きで、愛車のベンツを駆ってご夫婦で、あるいは一番気のあったお孫さんを連れて、よくドライブをされていました。おじいちゃんと小学生の利発なお孫さんは、とてもいいコンビ。
 免許を取られたのはかなり遅く50代でしたが、教程もスムーズにこなされて楽しんでいらっしゃる様子がほほえましい、そんな感じでした。

 私たち夫婦も何度かごいっしょしましたね。
 お孫さんがそっと私を手招きするので行ってみると、おじいちゃんの愛車のバンパーにちょっとした傷が。うん? と思って先生の方へ目をやると、素知らぬふりをしてらした……無関心の関心ですね。

 先生のベンツでワイワイにぎやかに宮崎県の椎葉村に行ったこともありましたが、あれはリタイア後のこと。学長を務められたときは国立大学が独立行政法人への移行期で、お忙しそうでした。
 そんな中、我が家の庭でのバーベキュー・パーティにもご参加いただきました。そういえば、あの時一緒に飲んで食べた、通称「駅長」さんも、もう何年も前に鬼籍に入られてしまった……。

 先生は、といえば、リタイア生活を楽しまれながらも、ここ何年か、少々不運なことが続きました。喉頭癌で手術した後だったでしょうか、それとも前だったでしょうか。夜道で軽自動車にはねられのです。でも、お見舞いに行くとスタスタと歩かれ、私たちはお元気な姿を拝見して安堵したものです。

 先生の話によると、事故後ふと気づくと、横で女の人がおんおん泣いている。どうしたのか尋ねると、自分をはねた車の運転手だった。
「僕は大丈夫ですから、もう泣かないでください」
 そう言ったんだよ、と笑いながら話されたのが思い出されます。

 この事故からは何事もないように生還されましたが、癌には勝てませんでしたね。
 
 安らかにお眠り下さい。

神話を背負ったブラックプリンス

「あべさんが可哀想だったので林さんに入れました」。

 そんなことを言う人がいたのだそうです。
 
 先の参院選の投票行動について山口県の人と話しをしていたときに出てきた話です。
 私にはかなりショックで、電話を切った後もしばらくの間この言葉が耳の奥で鳴り響いていました。

 私の癖ですが、この言葉を発した人がどんな人か、想像してみます。
 お年寄り? 高齢者で投票場に足を運べる人と考えると、大正生まれもそう多くはありません。昭和生まれの最高齢で81、2歳です。

 戦争中の逼迫した生活を経験しながらも、大正生まれほど戦地にかり出されることがまだ少なかった世代かな?

 いやいや、年寄りとは限らないぞ……むしろお隣のおばさん、お姉さんのような人たちが、あっけらかんとして言いそうだ……待てよ、女性とは決まっていない、男の人の可能性だってある……。

 でも働き盛りの男性については、「もう、今回は自民党には入れない。民主党に入れてやるよ」という言葉が聞かれてもいましたし、積極的な林・アベ支持派だったら「アベさんがかわいそうだから」などという言い方はしないだろう……。

 それからはロールプレーイングです。
 おはようございました、と後半の「ご」を強く発音して折り目正しく挨拶する山口地方の以前のお年寄りなら、しっとりと優しく、「あべさんが可哀想だったので林さんに入れました」でいいけれど、今の年輩の人はどんな言い方をするのかしら?

 おしゃべり中だったら「アベさんがかわいそうだから、林さんに入れたのよ」
 それとも、「林さんに入れないと、あべさん、かわいそうよね」

 とか?

  こちらは真面目に政治を考えているのに、何をぼけたことを。本当に可哀想なのはいったい誰よ! 

 と一蹴したい気分でしたが、いかんいかん、‘民主主義’だ、人を馬鹿にしてはいけない、と自分の気持ちをなだめなだめて、思い出したのが「B層」でした。

「B層」については最近ではたんぽぽさん
kojitakenさんが書かれていますね。
 らんきーブログさんはシリーズものです。先ずは「B層スパイラル」へ。
 
 
 たんぽぽさんは「「B層=だまされやすい人」といわれています。
 なるほど、アベ氏がかわいそうだ、とは完全に騙されていますよね。

 ことに山口県では、3代も4代も前からアベ・岸・林に馴染んでいて、思い入れも人一倍なのでしょう。
 日本の、ことに地方の年配者は律儀です。一度入れたら、その後も律儀に同じ投票行動をくり返しそうです。

 ‘辣腕’洋子ママの講演会に晴れ着を着ていそいそと出かける女性たちも問題の発言をした人も、やはり「B層」に区分けされそうです。

 ネットではアベ氏について「バ○」「資質がない」「器でない」等々の言葉が飛び交っていますが、選挙区には「私たちの国のプリンス」と受けとめている人が少なからず存在するのです。一種の‘偶像’でしょうか。

 そして偶像に憧れたり、偶像の存在に安心したりする人たちがいるのでしょう。偶像といってもその歴史は、岸信介の活躍した農商務省・満州国時代にまで遡っても100年にもなりませんが。

 また岸信介が戦後、国を売るのと引き換えにCIAから‘cold cash’つまり「現ナマを得て、さらには統一協会と手を結び、孫のシンゾー氏は親の代から得体の知れない新興宗教とも関わり蓄財にも励んできたわけですから、プリンスはプリンスでも「ブラックプリンス」ということです。

 積極派にしても消極派にしても、そんなこと気にしていない。信じていないし知利もしない人も多そう。テレビに映る気弱そうな我が郷土の王子さまがかわいそう、と思ってしまう。

 なんでもシンゾー氏は政治家になりたてのころ、とても話しが下手くそだったといいます。今でもけっしてうまくはないのですから、お母さんはオーラがあって、あんなに話もうまいのに、どうして? と不思議がられたとか。
 そんなシンゾー坊やがかえって気になったのか、総選挙ではいつも圧倒的な支持を得ています。父親の晋太郎氏がすんでのところで病に倒れて亡くなってしまったことへの同情みたいなもの、1種の判官びいきもあるでしょうし、郷土から宰相を、の願いも強かったことでしょう。

 60年代末か70年代初め、友人が山陽本線の列車の中で目撃したという、「君はもう‘岸詣で’をすませたか?」としたり顔で語っていたという‘エリート’の卵たちとはまた異なるアベ支持者たちです。
 山口県の特殊事情かもしれません。
 江川紹子さんは‘岸真理教’という言葉を使っていましたが、「岸神話」といってもいい。

 おそらくこの手の「神話」は、全国各地にみられるでしょう。キーになる人物が亡くなると、その瞬間から神話は生まれ育っていき、一定の人びとの間で共有される、という風に。

 ただ、この神話はシンゾー君には重すぎる、という気がします。
 神話を信じてシンゾー君は滞りなく祭祀を執り行おうとしましたが、見事国民から拒否されました。けれどこの神話があってこそのシンゾー氏なのですから、神話を否定することは自分を否定すること。否定したふりをしても、ふりだけなのはすぐばれます。
 これからどうするのでしょうか。

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言葉でごまかされない


 地理上の位置といい、受け入れ国支援いわゆる「思いやり予算」といい、日本に基地を置くアメリカ側のメリットは計り知れないようです。
 私が高校生の時、爆撃機は岩国基地からベトナムへと出動しましたし、湾岸戦争の時には沖縄の海兵隊も派遣されました。2003年からのイラク戦でも、沖縄からも派遣されています。

 米国にとって便利な存在なんでしょうね、私たちの国って。

 父の転勤で岩国に行って驚いたことはいろいろありましたが、その一つが米軍基地に供給される水道でした。
 とにかく基地はとても優遇されていました。水道本管が日本の一般家庭に比べて地中深いところに埋設されているのでしょう、夏は冷たく、冬は温かいのです。我が家は基地のすぐ近くにあったので、その恩恵にちょっとだけあずかっていました。
 こんな小さな優遇策をあげていたらきりがないかもしれません。

 基地内の生活環境は、60年代当時の私たちと比べて雲泥の差。世界中どこにいっても本国と同じ生活が保障されている……まさにグローバルスタンダード、もしくはアメリカン・スタンダードな生活。

 でもこの頃はまだ「思いやり予算」などなくて、一応施設の建設・維持の費用も基地で働く人の給料も全部米国が自分でまかなっていたようです。それが1978年からは思いやり予算で一部を日本側が負担するようになり、1982年には一部どころではなく1/2を、1990年からは全額を負担するようになった、という話です。

 その後は基地に限らず経済の分野でも米国への‘思いやり’が発揮されて「年次改革要望書」が交わされ、コイズミ政権下ではひたむきに‘改革’路線を突っ走っていくのは周知の通り。
 
思いやり予算」は英語ではHost Nation Support = HNSで、そのまま訳せば「受け入れ国支援」。
 米国政府がDefense Policy Review Initiative「防衛政策見直し協議」としたものを日本側は「日米審議官級協議」と呼んでいる間に、米軍再編問題は米国側のペースで進んでいってしまったようです。これでは‘政治の不在’といってもいい。

 あげく岩国や辺野古については「思いやり」は示されずに強権行使。 

 そういえば、防衛問題に限らずいろいろあります。「実務者協議」とか「局長級協議」とか。ニュースを耳にしながら、何だろう? と思っていましたが、問題をぼかして秘密裏に処理を進めるには都合のいい言葉なのでしょう。

「審議官級」とか「局長級」とか「実務者」といわれても、普通はピンときません。そういうところは巧妙ですね。 

 また、もともと日米安保条約には「極東条項」と呼ばれるものがあり、米国が日本に基地を置きそれを使用する根拠は「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」とされています。

 ところが実際は、ベトナム戦争当時から在日米軍の活動は極東を越えているのですが、政府には「極東の平和と安全に寄与している」という言葉で処理可能なようです。ただしそれも国内向けですが。

 政治家や官僚の使う言葉は信用できない、とあらためて痛感します。
 政治家の軽々しい言葉も官僚のもってまわった白々しい国会での答弁も疑心暗鬼を呼ぶばかりですし、いったい私たちは何を信用すればいいのでしょうか。

 本音と建前を使い分けて体裁を整えることに心を砕く日本人の心情が政治の面で悪用されるとこうなるのでしょうか。
 政治は、ことに外交は、本音と建前の使い分けとは別の論理が貫かれるべきではないだろうか。内弁慶的に国内さえ黙らせれば何とかなる、というのでは、いつまで経っても私たちの政治不信は払拭されないと、夏ばてにぼけた頭で考えました。

 余談になりますが、ベトナム戦争に従軍した元海兵隊員のアレン・ネルソンさんは、米国からベトナムに派遣される途中、沖縄で実戦訓練を受けたそうです。
 射撃訓練では「的」もそれまでとは異なり「人型」になったというように、「実戦訓練」は「殺人訓練」と同義で、またその「人型」のどこに狙いをつけるかというと、男性の下腹部、急所だそうです。
 彼の戦友たち、20歳前の若者たちも、ベトナムの戦場でそうした負傷をおって激痛に何時間も泣きわめき、苦しんで死んでいったといいます。

 昼間の訓練が終わって夜の町に繰り出すとき、殺人訓練で身に付いた暴力性も一緒に外出する、いわば歩く暴力なのですから、基地の町に不祥事が絶えないのも当然といえば当然です。

「平和と安全に寄与する」ことと「殺人」という暴力がどこでどう結びつくのか、理解できません。

 TBをいただいた「平和への結集第2ブログ」さんのところで、「日米援助交際」のビデオを見ました。

「航空自衛隊はイラクで武装米兵を輸送している」
「イラクで非暴力運動をすすめるイラク自由会議の部隊長アブド・アルフセイン・サダム氏を米軍などが銃撃・ら致 7月6日に氏は遺体で発見」

 ということです。

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在日米軍とその再編についての備忘録 つづき

【在日米軍専用施設面積 都道府県別】

1.沖縄県 
2.青森県
3.神奈川
4.東京都
5.山口県
6.長崎県

 以下、北海道、広島県、千葉県、埼玉県、静岡県、福岡県、佐賀県、と続く。

 このうち特に沖縄県には全施設面積の74.67%が集中し、2番目に多い青森県が7.57%を占めているのと比べても、突出していることが分かる。

 米軍基地の地図については「沖縄情報センター・米軍基地」へ。

*沖縄米軍基地は「太平洋の要石」と呼ばれ、米政府は東アジアの戦略拠点と位置づけている。

 在沖縄米軍は、海兵隊約15,000人、陸海空軍25,000人以上。
 東アジア最大の空軍嘉手納基地
 海兵隊の普天間飛行場
 米軍唯一のジャングル線訓練施設の北部訓練場
 第3海兵隊遠征軍は、米本土外で唯一常時配備されている海兵隊実戦部隊でキャンプ・コートニー(うるま市)に司令部を置く

【加重な負担の悪影響】

 本土復帰の1972年から、

 2005年7月まで:41件の墜落を含む362件の航空機関連の事故が発生。
 2005年3月まで:殺人、強盗、放火など541件の凶悪犯罪を含む5328件の米兵・軍属がらみの事件が起きる。

【基地関連の経済効果】

 2002年度で1931億円
 内訳:軍人・軍属の消費支出523億円
     軍雇用者の所得540億円
     軍用地料収入869億円(自衛隊分103億円を含む)

 *米軍基地による負担の対価としてさまざまな公共事業費が投入されている。

【2004年日米協議】

 1995年の少女暴行事件をきっかけに発足した日米特別行動委員会(SACO)が96年の最終報告で、県内移設を条件に5~7年以内に普天間飛行場を全面返還することで合意。
 同時にこれを含めて県内11の米軍施設の返還を明記。ただし、大半は県内移設が返還条件。

 1998年大田昌秀沖縄県知事(当時)が、「基地のない平和な沖縄を実現する」という考えのもと、名護市沖への海上ヘリ基地建設反対を表明。

 同年11月、稲嶺恵一氏、沖縄県知事に。
 このときの公約が「15年使用期限」、つまり普天間飛行場代替施設を、供用開始から15年後に米軍が返還するということ。
 岸本建男名護市長も、1999年12月に移設条件として15年の使用期限を表明。
 この翌日に政府は普天間飛行場の移設先を「キャンプ・シュワブ水域内沖縄県名護市辺野古沿岸域」と確認。
  ↓
 2002年7月、国、沖縄県、計画変更。辺野古沖約184ヘクタールを埋め立てる方式に切り替え。

 2003年11月、ラムズフェルド国防長官(当時)と沖縄県知事稲嶺恵一の会談。
 この後、普天間飛行場の移設問題と一部海兵隊の本土移転構想が急浮上して大きな焦点になっていく。

 2004年4月、東京での日米審議官級協議でローレス国防副次官補は、1996年の日米合意(SACO最終報告)に基づく名護市辺野古沖への移設を8年以内、2012年までに完了させるように要求。それまで日本政府はこれについて放置していた。

 このとき米国側は、具体的に在沖縄米軍の移転・削減案を提示し、日本政府に国内の移転先を選定するように要求。
 普天間飛行場のヘリ部隊を暫定的に嘉手納基地に移すことを検討する姿勢も示していた。

 が、在日米軍の再編協議で戦略を欠いたコイズミ政権は、これに答えることができなかった。

*日本政府は、在沖縄米軍の各部隊がいかなる機能を果たしているのかも、個別具体的に把握していない。米国に日本案を提示するための基礎知識さえ持ち合わせていなかった。

 この協議の2日目に、那覇防衛施設局は辺野古沖などの環境アセスメントに翌日からとりかかることを発表。
 また、この日、辺野古漁港で座り込みを続ける住民たちは、調査延期を求める3352人の署名を那覇防衛施設局職員に手渡した。


 在日米軍の再編問題について、せめてことの経緯だけでもきちんと整理して知っておきたいと思ったのですが、これが結構大変です。

 そして痛感するのが日本政府の無策。
 これじゃあ、「政権担当能力」があるのかどうか、などと野党のことを笑えないでしょ!
 まさか、政権にとっての防衛問題とは「防衛利権問題」に限られていて、その他のことは「お説ごもっとも」と米国に頭を垂れていれば済むというわけではないでしょ?!

 世界各地に基地を作り、兵と武器を送り込むアメリカ。このとき受け入れ国は基地建設・維持の経費を負担して米国の世界戦略に「貢献」する。 基地依存経済がときどき問題になるけれど、世界で一番基地に依存しているのは、米国そのものじゃないかしら、なんて思いました。 

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在日米軍とその再編についての備忘録

小池-守屋の防衛庁バトルの彼方にかすんでいるかに見える米軍の問題、とりわけ再編問題について、主に久江雅彦著『米軍再編』、「米軍海外基地・施設の整備と費用負担」を参考にして、備忘録として書きとめておきます。

【米国との関係】

  もともと国務省・国防総省のカウンターパートは外務省であり、防衛庁は「添え物」に過ぎなかったが、ちょうど10年前の1997年9月に策定された日米防 衛協力新指針(新ガイドライン)の策定作業を通じて当時の防衛局長だった秋山昌弘が制服組を前面に押し出すなどして防衛庁の地位を大きく引き上げた。

 この頃から外務省側に対抗意識が芽生えた。
 そして今や防衛「庁」ではなく、防衛「省」である。

 外務省は、安保条約と地位協定を所管することから、米政府と関係。
 防衛庁・省は、日米両国舞台の運用を通じて対米関係を緊密化し、同時に日米安保協力の拡大を模索する。

【外務省】

日米安保条約に基づく協力」と区別して、「世界の中の日米同盟」と位置づけてテロ対策特措法による極東を越える範囲での自衛隊派遣を推進してきた。つまり自衛隊のアラビア海・イラクへの派遣の根拠は安保条約ではない、と認識。

*日米安保条約第6条①:日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

【防衛庁・防衛省】

「極東の平和と安全」「わが国の防衛」の実現のためには、地理的な範囲の限定はほとんど意味を持たない、と認識。

「安保条約の政府解釈」ではなく、「わが国の安全保障」を死守すべきだ、と認識。

【テロ特措法・イラク特措法】

 この2つの時限立法は、いずれも事実上の対米協力法。

「世界の中の日米同盟」は単なるキャッチフレーズ。国連平和維持活動PKO以外で(米軍主導の軍事作戦の後方支援や戦後復興のために)自衛隊が海外へ展開する場合に、法律を下支えするものとして考え出された。

【在日米軍】

・駐留米兵数 37,240人(2005年6月末時点)。

・九州から台湾にかけての南西諸島列島線は、中国の海岸線のうち2/3をふさいでいる。
 日本は、中東~朝鮮半島までの潜在的な紛争地域「不安定の孤」の東端に位置する
   ↓
 日本に基地を確保することによる米国側のメリット、

 大量の装備・人員をスピーディに展開できる。
 大量の部隊を支えるための大量物資の保管・流通が確実にできる。
 米軍の保有する武器等についても、施設・熟練した労働力等、一定の修理能力がある。
  (例:横須賀基地――大型ドックをかかえ、造船・修理能力が十分にある)。

 とりわけ、受け入れ国支援Host Nation Support = HNS 通称「思いやり予算」が世界で群を抜いている。
 以下、主要な同盟・受け入れ国による米軍駐留経費負担額。

2001年

          直接支援        間接支援         合計
日 本    34億5,663万ドル   11億5,822万ドル   46億1,486万ドル
韓 国     4億6,545万ドル    3億8,465万ドル    8億5,010万ドル
ドイツ         821万ドル    8億5,345万ドル    8億6,166万ドル
イタリア        290万ドル    3億2,113万ドル    3億2,403万ドル
イギリス       2,060万ドル   1億1,384万ドル    1億3,390万ドル 

2002年

日 本    32億2,843万ドル    11億8,292万ドル   44億1,134万ドル
韓 国     4億8,661万ドル     3億5,650万ドル    8億4,311万ドル
ドイツ        2,670万ドル    15億3522万ドル    15億6,392万ドル
イタリア        320万ドル     3億6,353万ドル    3億6,655万ドル
イギリス      2,753万ドル     2億1,096万ドル    2億3,846万ドル

 (出典:米国国防総省による年次報告書 共同防衛に対する同盟国の貢献度
   2003, 2004 Statistical Compendium on  Allied Contributions  to the  Common Defense

* 直接支援 : 私有地の借料、受け入れ国従業員の労務費、光熱水料、施設整備費、周辺対策費等で、受け入れ国の予算に計上される。

 間接支援 : 公有地の借料、各種免税措置、その他。米軍の諸活動に対する免税等によって生じた「国庫歳入の損失分」。

*NATO諸国(ここに載せた3カ国以外を含めて)のほとんどで、間接支援の占める割合が、日本や韓国に比べて非常に高い。

 2002年のNATO負担額は合計で24億8,432万ドル。これと比べてもわが国の負担額は19億ドル以上多く、突出している。

 NATO安全保障投資計画NSIPによって重要インフラ整備等が行われ、それはここの直接支援には含まれていない。

 NSIPによる負担額(2003年)

 ドイツ   1億3,190万ドル
 イタリア    5,360万ドル
 イギリス    9,410万ドル 

 実績年度が異なるので、先に示した受け入れ国支援に単純にプラスするわけにはいかないが、それでもおおよそのところは分かり、やはりわが国の負担額は突出している。

 また家族用住宅、コミュニティ支援施設等について、NATO諸国の場合は米国が整備費用の大半を負担していると思われる。が、わが国では「提供施設の整備」という名目で日本側が負担している。

米軍再編


・2006年4月、在日米軍再編協議の米側担当者ローレス国防副次官が、再編計画の実施に要する費用の総額を、今後8年間で「3兆円と発言。

 現在わが国が負担する駐留経費が年間6,000億円。これにグアム移転を含む再編経費3兆円の年平均額をたすと、年間1兆円に達する。


 2008年までの実現を目指す再編案

①米西海岸ワシントン州フォートルイスにある米陸軍第一軍団司令部をキャンプ座間に移転させる。
②横田基地にある米第5空軍司令部をグアム第13空軍司令部へ移転させる。

*厚木基地の空母艦載機部隊の岩国基地移転構想はこれより先の実現を目指す。

・第1軍団司令部の活動範囲は、地球面積のほぼ半分を占める。2万人の兵力に加え、約2万人の予備役兵や州兵を動員できる。情報技術を軸に即応化、軽量化を進める米軍の軍事技術革命のモデル部隊。

*国際情勢の大きな変化に伴い、米軍は陸軍を主体とする重厚長大型から、任務に応じて部隊を柔軟に編制する機動力重視型への戦力の転換を図る。

・2004年10月、米韓政府は37,000人(当時)の在韓米軍の1/3にあたる13,500人を、2008年9月までに3段階に分けて削減することに合意。
 同時に、41ヵ所ある主要な基地を2010年までに23ヵ所に統合。司令部等をソウルの南に移転。

・在日米軍の再編は、この在韓米軍の再編と密接にリンクしている。

 こうした中で陸軍が生き残りをかけて組織の強化を図ったのが、冷戦構造の残滓である朝鮮半島と軍事的に台頭する中国を抱える太平洋軍の管轄地域。ここから、第1軍団司令部のキャンプ座間移転構想が出てくる。

  ↓

在韓米軍の部分的撤収と南方シフト、在日米陸軍司令部の強化によって、朝鮮半島有事や中台有事に備え、米軍が前線の司令部機能に韓国と日本で二重の担保をかける。


 今日はここまで。
 明日はこの在日米軍の再編と沖縄について。

 それにしても米軍駐留に世界の国々が金額にしてどれだけの負担を担っているか、また日本の負担額が他の国々と比べてどれほど大きいことか。驚きますね。
 世界中の国々から集めたお金の一部は、施設建設等々を通してベクテル社のようなサイコパス企業に吸い上げられるのでしょうね。

 ベクテル社については、拙ブログ「むき出しの資本主義の病理」「新自由主義=新植民地主義の行き着く先」等でもふれております。

「サイコパス企業」については、拙ブログ「新自由主義が生んだサイコパス企業」でも説明しております。
  
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国を護る――イラク石油労組の力 国軍の良心

久しぶりに、ちょっとホッとするニュースです。

 昨日の日刊ベリタの記事。

米英の占領はやはり石油収奪目的だ、とイラク人労組告発 ストで政府を譲歩さす

 私と別に関係があるわけではないのですが、イラクの「新石油法」の行方が気になっていただけに、この見出しを読んだとき、ちょっとうれしかったです。

「新石油法」なるものを初めて知ったのは今年の4月初めの頃でしょうか。
 新自由主義新植民地主義だ、と喝破するカナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインさんの講演録からでした。

 この新石油法も含めた新植民地主義についてのエントリーは以下の3つです。

新植民地主義と国家の民営化 ワーキングプアにもなれない人たち」 

新自由主義=新植民地主義の行き着く先

イラクは日本だ

 今年の5月3日、イラク政府は「石油法の改正案」(=新石油法)を議会に送りました。
「改正」といっても、日本と同様、イラクの人々にとってはまさに「改悪」。

 表向きは、

「原油輸出からの収入を国内18の県に公平に分配し、海外資本に石油、天然ガス分野を開放することを目的」とし、

「イラクの宗派抗争を終結させる重要な『ベンチマーク(基準点)』になる」

 と米国政府は強調するわけですが、本音は別のところにありました。

 つまり、第2次世界大戦後のアラブナショナリズムの高まりから生産現場を追放された欧米石油メジャーが、国営で発掘運営されて公平に分配してきた15年前からのシステムを自分たちに都合の良いように変えようとしているのです。

 これに対してイラク石油労組は「石油法反対スト」を宣言。

 「イラク写真展工房」さんの5月24日のエントリーがそれを伝えています。

                ***** 引用開始*****


 (写真 バグダッドの石油施設。現場で働く労働者なしに1日も動かない)

  イラク石油労組(IFOU)は、イラク南部石油企業とイラク北部石油企業の26000人の組合員で組織されている。シーア派、スンニ派、クルド族が、 同じ立場で組合に参加している。石油労組の団結権は1978年にサダム・フセインによって否定され、現在も、米軍とイラク国民議会によって禁止されてい る。

 イラク石油労組は1940年代、50年代と大ストライキ闘争を闘った歴史を持ち、米軍占領下の4年間でも弾圧を打ち破って果敢にストライキを打ち抜いて きた。03年、CPA(占領軍暫定当局)が石油労働者の賃金削減を決定したとき、イラク石油労組はストライキに立った。石油省は弾圧に回ったが、このスト はウム・カッスルのドック労働者や外国企業に雇われた外国人労働者にまで広がった。

 06年、イラク南部石油労組は労働条件と低賃金に対する数ヶ月にわたる抗議行動の後、8月にストライキに突入し、バスラからの石油搬送をストップさせた。労働者の要求は、
1.賃金が期日に支払われなければならない。
2.残業手当が支払われなければならない。
3.労働者の手当を増額せよ。
4.必要な時に病気の労働者を病院に移送するために職場に救急車を提供せよ。
であり、完全に勝利した。

 07年2月、バスラの石油労組連合は、新イラク石油法と石油出資法に対し、反対声明を発表した。「外国企業による石油支配を拒否する。新石油法がもし議会を通過するなら、イラク石油労組とイラク労働者は巨大なストライキで答えるだろう」と。

                   ***引用終わり*****   (赤字の強調と段落替えはとむ丸)

 
イギリス女性ガートルード・ベルがイラクとイランの国境線を引いたとき、イラクの統治はイギリス人顧問団と王家とスンナ派にゆだねられました。そこでアラブ系の族長たちは、ペルシア系が優勢なシーア派のイスラーム法学者たちへの反感を煽られることになりました。

 これはまさに、「分断して統治せよ」という宗主国の植民地統治の鉄則。

 新石油法制定の口実にもこの宗派間対立があげられました。
 でも宗派間対立は、このイラク石油労組ですでに克服されているようです。
 石油の問題に限らず、過去においても何度か、スンニ派・シーア派が手を握って宗主国イギリスを困らせたことがありました。
 
 日刊ベリタによると、労組弾圧のためにスト現場に派遣されたイラク国軍は「資源はイラク国民のために」という憲法条項に従って、労働者を排除しなかったということです。

 働く人たちの最後・最強の抵抗であるストライキが、ストを行う人びとのみにとどまらず、一般の人びとまで守ることになったのです。
 アベ氏の唱える「この国を護る決意」など、空しいものです。
 本当に国を守るとは、こういうことではないでしょうか。

 悲惨なニュースばかり続くイラク報道のなかで、私が知った、唯一といってもいいほどのうれしい知らせ。

 国軍が労組の側に立ったのも、暫定政府成立以来、外国からの援助(米軍からの武器供与も含めて)自国の財産が政権中枢にいる人たちからかすめ取られてきたこの国で、やっと耳にした支配する側にいる組織の良心。思わず心の中で、ガンバレ、と応援してしまいました。

 

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マダム・スシ総理大臣なんて、酷すぎる

どうもおかしい。

 朝の慌ただしい時間、テレビ朝日系の朝のワイドショーから耳に入ってくる声の行方を追いながら、ひとりつぶやきます。

 今回の小池防衛大臣と守屋防衛事務次官のバトルを、大臣に異を唱える守屋事務次官はクーデターを起こしているのと同じだとかなんとか、とおもしろおかしくテレビは伝え、いっぱしの政治通になるように、“識者”のコメントも紹介されます。

 このとき外交評論家小池某の言ったことは、小池防衛大臣は沖縄の大臣もしたことから、沖縄に特別思い入れがある、ということでした。
 つまり、沖縄は守屋事務次官の好き勝手にはさせないと考えているのだというのです。

 小池百合子の沖縄への思い入れ? そんなものあるわけないだろう、あるとしたら、自分のステップアップのためには沖縄問題をどう処理するか、それだけだろう、と心の中でチャチャ。

 その後、大臣-事務次官バトルの問題はすぐに小池百合子自身の軌跡、キャスターから政治家、大臣へと着実に階段を駆け上っていく話題へと移り、とうとう総理大臣の可能性について、何人もの識者にコメントを求めるところまで。

 これに答えた4人のうち半数は「可能性アリ」だったと思います。残り2人も、×と△で、「時期尚早」ということでした(ということは将来的には「可能性アリ」なのでしょうか?)。

 報道番組ではなく、ワイドショーという娯楽番組ですからここまで小池百合子総理大臣待望論で遊べるのでしょうが、これをみている人たちの頭の中には、必然的に小池百合子総理大臣のイメージが刻印されていきます。

 またこのマダム・スシの‘政界渡り鳥’模様も、この番組ではとても肯定的に捉えられています。渡り鳥状態は誰でも知っている事実ですから、今更否定はできない、ならばそれをプラスに評価しよう、という意図かもしれません。

 小沢からもコイズミからも大切なことを学んだ、という切り口だったと思います。

 こうして小池百合子はお茶の間の話題になっていく……。

 思えば喜八さんが指摘されたように、この人が国会開会中にもかかわらず急ぎ飛んでいったあたりから、アメリカ側の焦点はアベ氏ではないことはもちろん、前原氏でもなくこのマダム・スシ小池に当てられていたのではないでしょうか。

 時の風向きを上手に見て、世論への受けも良さそうだ、好きなように操縦可能でもある、とアメリカ側が睨んだのかしら?
 
 この方マダム・スシの発言はその時その時の行き当たりばったり、ただ風任せ。軽いおざなりのパフォーマンスで世間の耳目を引きますが、その姿勢や考えがのぞき見える発言は、見識の無さを露呈するばかりです。
 でも断定的で自信を持った口調に、もしかしたら世間の人は騙されてしまうかもしれません。

 マダム・スシの臭いうわさ話などもテレビを通じてロンダリングされて、美談に仕立て上げられることだって可能かも。

 厄介なことになりそうですが……私の予想なんて当たるも八卦当たらぬも八卦。

 こんないやらしい話しは、当たらぬことを願っています。


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 ↑ 雑談日記さんにバナーをお借りしました。

洋子ママの不肖の子 

朝のニュースで目を引いた記事2つ。

・アベ氏は今月下旬にインドを訪れる際、極東国際軍事裁判(東京裁判)のパル判事の遺族と23日に面会する方向で調整している

・ 小池防衛相が一度内定した守屋武昌防衛事務次官(62)の退任が13日、凍結された。

 参院選惨敗後も続投を宣言したアベ氏は、夏休みもとらずに官邸にこもっているということです。なんだかこのこと自体、どうしようもない成績をとって叱責されたボクちゃんが、勉強部屋にこもっている姿を思わせてしまうのですが……。

 こういう時って、勉強は手につかないんですよね。
 いろいろ心の中でいい訳をして、あったことや想ったことが胸に去来し、恨み辛みがふつふつとわき起こるんです。

 江川紹子さんは「岸真理教」への帰依か、といわれてましたが、私にとっては昨年教育基本法改定案が国会を通って成立が決まったときに見せた、虚空を見つめるアベ氏の姿が忘れられません。

 中学生がよく言ってた「“いっちゃってる”目」をしていました。

 岸信介の娘である洋子ママは、なぜ3人の息子のうち、このシンゾー氏に望みをかけたのでしょうか? 

 3人の兄弟のうち、次男であるシンゾー氏が洋子ママに一番似ていた。そして一番よく“岸真理教”に染まった。そういうことかもしれませんね。

 おじいちゃんは無罪だ、と信じてるし、それを世に知らしめたい。パールさん、あなたもそう思うでしょう? とシンゾー氏は今は亡きインドの判事に向かって呟いているのかもしれません。

 しかしいくらシンゾー氏がパール判事にすがろうと、

 日本の傀儡・満州国で重要な地位を占め、さらに東条開戦内閣で商工大臣として入閣して戦時体制を指揮したひとりだったこと、
 さらには戦後CIAのエージェントとしてアメリカと深く関わり、財政援助を受けて首相にまで上りつめたこと、しかもCIAによる財政的支援の恒久的な財源を要求して日米安保条約の成立を請け負ったこと

 等々がすべて“なかったこと”になるわけではありません。

 21日からのインド行きでパール判事の遺族と会って、A級戦犯の容疑者だった岸信介は無罪である、と印象づけるようなパフォーマンスを繰り広げ、それをまたメディアが大々的に取り上げて応援するのだろうな、と今から嫌な気分になります。

 この人が“最高権力者”になった目的は、国家主義的な政策の実現と同時におじいちゃんの名誉回復なんでしょうが、そのどちらもおじいちゃんの意思の実現でしょう? 
これって、政治の私物化ではないですか? 

 おじいちゃんの意思も、もっと高邁な政治の理想を語るものだったらまた違うのですが、権力掌握のためには金銭と引き換えに自国の独立をもアメリカに売るような生き様ですからねえ。

 おじいちゃんコンプレックス、マザーコンプレックスのアベ氏に自分自身はあるのでしょうか。そんなこというと、また下手な意地を張って、コンプレックスなんてない、と言い張りそう。

 だいたい、そんな心配をせざるを得ないような人が私たちの国の指導者だ、ということが、とても恥ずかしい。

 ところで、酢飯の小池氏は、一時は塩崎官房長官とやりあいながらも、アベ氏に直談判して交代人事を押し切った、と伝えられています。辞任をほのめかしな がら泣き落としをしたといいますから、この人事を認めてくれないなら、私が辞めます、私が辞任します、なんて啖呵を切ったり、涙を見せたりの手練手管?

 なんだか、これも恥ずかしい。

 
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元自衛官佐藤正久参院議員のトンデモ度


 先の参院選での当選者、とんでも組の1人、佐藤正久氏がまたまた問題になっていますね。

 トンデモ度も、アメリカからの帰国後も住民票を移さずに選挙権がなかったのに、意気揚々と期日前投票に報道陣を引き連れて出かけてとんだ恥をかいた、なんとも抜けた丸川氏と比べ、桁違いの悪質度です。

 すんでの所で私たちの国は、あのイラク侵略戦争の泥沼にズブズブと引き込まれるところだったのですから。


  仲@ukiukiさんによると、憲法違反とされる、いわゆる「駆けつけ警護――味方である他国の軍隊が攻撃された場合、駆けつけて応戦するもの」を佐藤氏が行うつもりだったという話しです。

 この方については私もこれまで2度エントリーを、つまり「人生いろいろ、自衛官もいろいろ」「“誇り”でだまされてはいけない」をあげていますが、2004年からの自衛隊イラク派遣では第一次復興業務支援隊長を務めています。

 その佐藤氏が、

「自衛隊とオランダ軍が近くの地域で活動していたら、何らかの対応をやらなかったら、自衛隊に対する批判というものは、ものすごく出ると思います」

「巻き込まれない限りは正当防衛・緊急避難の状況は作れませんから。目の前で苦しんでいる仲間がいる。普通に考えて手をさしのべるべきだというときは(警護)に行ったと思うんですけどね。その代わり、日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれてやろうと」

 と発言。

 また、もしオランダ軍が攻撃を受ければ、「情報収集の名目で現場に駆けつけ、あえて巻き込まれる」という状況を作り出すことで、憲法に違反しない形で警護するつもりだった、とも。

 こんな話しを聞くと、やはり“口実”などどうにでもなるのだ、という思いを新たにします。
 1931年のわが国の対中戦争勃発のみならず、ナチスドイツのチェコ・ズデーテン地方侵攻等、“自衛”“正当防衛”の口実でどれだけ多くの戦争が始まったことでしょう。

 この佐藤氏、「
日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれてやろうと」というように、日本人が弱いといわれる“情”に訴えて煽動するタイプですね。

 イラク駐留中はこうした憲法違反の行為を念頭に置き、帰国時にはシカゴ条約、つまり国際民間航空条約違反して民間航空機の乗員や他の乗客たちの命を危険にさらしても、軍人としての自衛隊員の‘誇り’を貫きたい、と考えていたようなのです。

 氏は、サマワでの半年の任務を終えて帰国する隊員90人をスーツ姿で帰国させたことについて「堂々と胸を張って、制服姿で帰りたかった。隊員たちに悲しい思いをさせた」と語ったと報道されました。

 氏のような幹部自衛官がシカゴ条約のことを知らないわけありません。

 制服姿の軍人を運んで万が一攻撃され、航空機が撃墜されたとしたらどのような事態に陥るか、予測済み、計算済みの上で世論を煽るような発言をした、と考えておかしくありません。

 この発言、そして‘駆けつけ警護」をするつもりだった発言。
 この二つの発言だけでも、佐藤正久という元自衛官の参議院議員はその職にふさわしくないといえませんか?!

 佐藤氏の選挙での得票数は251,579票。
 現在自衛官の数は240,812人。
 自衛隊は、組織を利用して特定の政党に投票させる訓練をし、その上投票率ほぼ100%。

 現職自衛官以外にも家族を含めた自衛隊関係者が佐藤氏に投票したと考えて、当然の得票数ですね。
 
 “人の情け”のもろい部分に巧妙に訴えるこの扇動家が自衛隊の期待を背負って自民党公認で立候補した時点で、 アベ氏を支える勢力は、また一歩戦前レジーム復活に近づくぞ、とほくそ笑んだに違いありません。

 これで将来この方が防衛大臣にでもなれば、ふたたび悪夢が現実になりそうです。

Higecaution



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コイケ防衛大臣は戦場を思え

ジョージ! ジュンイチロウ! と呼び合うのを見てフラッシュバックのように「ロン-ヤス」関係を思い出しました。
 ジョージ-ジュンイチロウ関係をだいぶ忘れかけたと思ったら、今度は「ライス-コイケ」関係ですか! ヤレヤレですね。


                   abewoendodeabend47.gif

 ロン! ヤス! と言い合いながら、「日本は不沈空母だ」とか「日米は運命共同体だ」とかの迷言がヤスの口から飛び出して国民の肝を寒からしめたのは、ついこの間のことのようです。

 ジョージ-ジュンイチロウ関係のおかしさは、プレスリーのサングラスをかけて狂態を演じたジュンイチロウの姿に象徴されていました。並のお笑いでは追いつけない、芸人ジュンイチロウ(ぞーっ、むかっ)の面目躍如でしたね。

 そして今度は「マダム・スシ」ですか!! 
 この人、出世のためなら何でもありの女性だけれど、ここまで媚びるとは……。他の場面でも想像が付くというものです。かなりまずそうだけれど、みんなで食べちゃいましょ。

 昨日の毎日の夕刊には、このライス-コイケの「ふたりの人気は政権内の群を抜く」と表現してありました。
「国民的人気」のアベ氏の凋落著しく、人気の実体は何だったのか、と不信に思っているところに、今度は「アベ・どうしようも内閣で群を抜く人気」ですか。

 上のSOBAさんのバナーでは、ふたりは夜叉に変身しています。仮面を剥ぎ取れば、まさにその通りでしょう。

 さて昨日偶然見つけたサイト、「属国のビーチガール」。
 ここのちょっと古い記事「米兵がポルノサイトに提供した残虐写真」にリンクされているのは、米兵が撮したイラクの犠牲者たちの写真です。

 2005年のオンライン報道記事には、これについて次のように説明されているとか。一部を抜粋します。

「戦争の真実の姿を見たいと望むなら、素人投稿のポルノサイト『ナウザッツファックドアップ・ドットコム』に行けばいい。ここ一年近くの間、イラクとアフガニスタンに駐留する米兵達は、つぎつぎに死体の写真を撮影してはこのサイトの管理人、クリス・ウィルソンに送り続けている」。

 なんでも、

「このポルノサイトは基本的には有料。しかし、自分の奥さんやガールフレンドのえっちな写真を投稿すれば、それとひきかえに無料でアクセスで きるようになります。しかし、駐留米兵はガールフレンドの写真なんて撮れません。危険地帯にいるのでクレジットカードも使えません。でも、このサイトにア クセスしたい。ならば、「リアルな戦争の生写真」を送ればかわりに無料アクセスOKにしますよ~と、ポルノサイトを運営するフロリダ在住の27歳の企業家 は思いついた」

 ということです。

 投稿した米兵たちがそれぞれ写真につけたキャプションは、「料理されたイラク人」「この器官の名前をあてよう」「イラク人は皆こうだ」「死ね、イスラム教徒、死ね」「アメリカ軍にたてつくな」……。

「イラクの自由作戦」と名づけて正義の旗印の下にかり出された兵士たちが、侵略していった国でいったい何をしたか。このタイトルだけでも分かりませんか?
 
 以前のエントリー「みんな、聞いてくれ これが軍隊だ!」でもふれた元アメリカ海兵隊員アレン・ネルソンさんは、

国家は、戦争相手を『人間じゃない』と思い込ませる

 と証言します。さらに、

「今日、アメリカ兵たちは、イラクの人たちを「イラク人」とは呼んでおりません。『砂漠のサル』と呼びます。人間じゃないわけです」

 とも。

 ネルソンさんが従軍したベトナムでは、ベトナム人とは呼ばず、「グークス」、つまり「浅黒い連中」とか「コミュニスト、共産主義者」とか「目のつり上がった連中」とか呼んでいたそうです。

「兵士はソーシャルワーカーではありません。戦場に赴くのは、戦場でヨロヨロしているおばあさんを助けるためではありません。子供や女を助けるためでもありません。病院や学校を建てるためでもありません。任務は『KILL!』。『殺しです』」
 
 とネルソンさん。

 ちょっと想像力を働かせたら、いくら戦争好きな防衛大臣でも、そんなこと分かりそうなものなのに。

 あっ、分かっているのに無視しているんですかね。自分が直接手を下すわけじゃないから。

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8月の連想 「国体」 (国民体育大会ではありません)

うだるような暑さに青息吐息の低血圧の体をもてあましていると、まだお盆前だというのにお寺さんのご来訪。生臭坊主を地で行くような風体の僧職がひとり、玄関先に汗をふきふき立ってました。実をいいますと、この方はアルバイトさんなのです。            

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 我が家の檀那寺は檀家が多いのでしょうね、この季節は毎年アルバイト僧侶を何人か契約するようです。我が家にはその中のお二人が交代でみえます。


 あんなお経にもったいない、と夫はお布施の額を落とすように言いますが、まあ、お寺の他の行事をさぼっているからと、このときばかりは善男善女のひとりとして、大きなお札を1枚袋に入れました。


でも、でっかい、よくいえばハスキー、悪くいえば「○ミ声」で、何を言っているかまったく分からない、超特急で済ませるお経はとてもおざなりです。かろうじて「ナムカラタンノトラヤーヤ」だけは分かりましたが。
 帰り際に、これから何軒廻られるのですか? と尋ねると、30軒という答えが返ってきました。
 八月の異名は葉月よりも「僧走」「坊走」とでもいう方がふさわしいような気がします。

 日本の8月は、いろいろな記憶が重なり合っています。

 62年前の今日は、御前会議で「ポツダム宣言」受諾を天皇が決意し、その条件として「国体護持」が決定され、中立国経由で、連合国への受諾条件申し入れが行われた日です。

 ポツダム宣言の受諾にあたり、終始日本の指導層がこだわった「国体護持」。
 森喜朗元首相も大好きな「国体」。
 アベ氏の目指す戦前レジーム=「国体」
 私がこだわるのは「国体」という語。

 そもそもは国家体制から「国体」という語ができあがったと思うのですが、単なる国家体制のことであればさまざまな体制があってもいいと思うのですが、なぜか「国体」の語が示すのは、「天皇を中心とした国の体制」のみですね。

 幕末期、いまだ天皇の存在を知らない庶民に、お稲荷さんに正一位の位を授けた人だ、とかなんとかいって教えたという話をどこかで読んだような記憶があります。


 そんな中で生まれた新しい国家体制である天皇制=国体は、教育その他のあらゆる機会を通じて教え込まれたのでしょう。


「じゃあ、おばあちゃんはフランス革命を知らないの?」


 と素っ頓狂な声をあげた若き日の私の相手は、明治生まれの姑でした。


 小学4年で学校教育を終えたこの人は、神武から始まる歴代天皇の名を60年後になってもしっかりとそらんじることができました。歴史教育として叩 き込まれましたから、当然といえば当然でしょうが、生活の知恵がたくさん詰まった頭の中にある歴史が天皇の名前に限定されていることに、かなりショッ クを覚えたものです。


 確かに「フランス革命」を知らなくても生きていけます。第一、「革命」などという物騒な言葉を知らない方がよほど身のためだった、そんな時代に姑は育ったわけですし。
 後日このエピソードは、友人のご主人を大いに笑わせることになりました。


 それでもやはり、九九を覚えるように天皇名を覚えさせた歴史教育に感じた違和感は拭い去ることができません。
 別に天皇名を覚えることがおかしいといっているのではありません。当時初等教育で歴史教育として許されていたのがこの種のことに限られていたことに、何ともいえぬ違和感や怒りを感じるわけです。


 おそらく、奉安殿の中のご真影を前にした式典ではクシャミ一つ、咳ひとつ許されなかったように、天皇名を間違えることはとんでもないことだったでしょう。


「わが皇室は、万世一系の皇統をうけつぎたまひて、二千五百余年のむかしより、今日に至るまで、常に、仁愛を以て、国たみの上にのぞませたまへり」(明治33年(1900年)の「新編 修身教典(尋常小学校用)巻四」より)


 と子供たちは教え込まされました。
 1880(明治13)年に公布された旧刑法では、すでに「不敬罪」も明文化されていました。


 1907(明治40)年の刑法第73条には、 


天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ對シ危害ヲ加ヘ又ハ加へントシタル者ハ死刑ニ處ス
 と定められています。
 重要な皇族に危害を加えたり加えようとしたものは死刑。
「加へントシタル者」とは、具体的にはどのような行為に適用されたのでしょうか。
 
 極めつけは1925(大正14)年成立の「治安維持法」。

 第一条 国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁固ニ処ス
  前項ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

 というように、「国体」が大きくクローズアップされ、国民の思想統制に大きな網が張られていくことになります。
 この後治安維持法は何度か改定され、1941年には「予防拘禁」も導入。

 この頃の違反者数を見ていきましょう。

1928年 治安維持法違反事件検挙者 3426人(起訴525人)
      特別要視察人1309人(前年比443人増)

1929年 治安維持法違反事件検挙者4942人 
      行政執行法第1条違反拘束者26万8644人
      (‘行政執行法第1条違反’ ってなんでしょうね。公務執行妨害を連想しましたが)。 

1932年 治安維持法違反事件検挙者1万3938人、起訴646人

1933年 治安維持法違反事件検挙者1万4622人、起訴1285人
(この年をピークに以後、検挙者・起訴者数ともに減っていきます)。

1939年 治安維持法違反事件検挙者323人。

(数値は「法政大学大原社研『社会・労働運動大年表』データベースより)

 ピークの1933年は京大の河上肇らが逮捕され、また内務省が治安維持法を拡大適用して、左右両翼をともに取り締まることに決めた年です。

 1930年代は作曲家古賀政男が誕生し、淡谷のり子がヒットを飛ばした時代ですが、一方で「国体」を掲げて治安維持法が徹底されていくとともに、人びとが息を潜めて生活するようになるさまが想像され、なんともやりきれなくなります。


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*花の写真は花オクラ。大輪の美しい花で、実ではなく花を食します。

有権者の参院の乱 「乱」には「おさまる」の意味が

ガンで入院中の知人の見舞いに夫とふたりで行ってきました。
 喉頭癌で手術をされたのが4、5年前だったでしょうか。
 今春、腰が痛い、と言われて入院したときには、すでにガンは全身に転移していました。
 その時私はお会いしていないので、病状も夫から聞くばかりでした。

 そして今回の入院。
 やせこけた土色の顔に内心驚きながらも、当たり障りのない会話が続きます。
 絞り出すような声に耳を傾けながら、病人の表情と部屋の様子をうかがいます。

「やっと重湯が食べられるようになったよ」

 なるほど、棚には柔らかく伸ばした梅干しの果肉の瓶詰め等が並んでいます。
 想像してはいましたが、実際に「塩酸モルヒネ」の点滴の用意があることに軽い衝撃を受けますし、血液が容器に入ってぶら下がり、管を流れる様子を見るのもかなり辛いものがありました。なにしろ、輸血を目の前に見るのは初めてでしたから。
 もちろん周りには高齢者が多かったので、救急車に何度も乗り、病院通いが日課だったこともありますが。

 病人は私たちより一回り年上で、国立大学の学長を2期まで務めた方。私の身近で数少ない、“歩く辞書”のお一人です。

 帰り際、以前聞いたお話を数日前に想い出していたので、切り出してみました。

「先生は、『男女7歳にして席を同じうせず』の『席』は『床』、つまり『寝床』のことだ、といわれましたよね」。

「そうだ。草かんむりがあろうとなかろうと『席(席)』と『蓆(むしろ)』は音が同じでね、時々入れ替わったりする」。

「『乱』だってそうだ。『みだれる』の意と同時に「おさめる」の意がある」。

「あっ、知ってます。『高場乱』の名は『おさむ』ですよね」。

 ここから幕末期の福岡藩の勤王の志士について、ひとしきり話しがはずみます。
  
20051116-siseki201.jpg

 ちなみに高場乱は幕末から明治にかけての儒学者で女性です(↑ 上図)。
 当時全国的に有名だった福岡県須恵町「田原眼科」の家の出で、現在の代々木ゼミナール近くの地に私塾を開き、多くの門弟を抱えました。これがいわゆる「ニンジン畑塾」。
(ニンジン畑だったところだったのでそう呼ばれたわけですが、この場合、もちろんニンジンは朝鮮ニンジンのことだったと記憶しています)。
 そこで荒くれものの福岡の青年たちを教え、最後の弟子で有名なのが、あの頭山満でした。

 こうして高場乱から話しは平野国臣、野村望東尼にまで及びます。

 先生の目にも力がこもってきました。

「獄から処刑に向かうとき、『行くぞおー』と平野国臣が同志に大きく声をかけていったという話は、切なかったですねえ」と、私。

 そんな話を交わすうち、高場乱の知識を得た本が先生と私とでは違っていたことが分かりました。

 結局、

「書名と出版社をメールで知らせて。本屋に注文するから」

 という話に。

 食が通らずすっかり痩せて1人で立つこともできなくなり、ベッドの上でリハビリをする病人が、新たに本を注文して読むという。
 うれしかったですねえ。

 ついでに、今回の有権者による「参院の乱」が、私たちの国が独立国として国際社会の中で歩むきっかけになるように、そしてこの国がうまく「おさまる」ように願いたいものです。
 

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工作機関 米国民主基金NED

久しぶりに見たル・モンド・ディプロマティークに興味深い記事が載っていた。
米国民主基金という工作機関」だ。

 1947年に創設されたCIAが冷戦構造の中で「ソ連の『イデオロギー的な影響』を阻止するため」には手段を選ばなかったことはよく知られている。秘密主義を貫き、「クーデターメーカー」などというあだ名もあるらしい。

 この「手段」が悪かったということで、つまり世界の政治指導者を標的にした謀略・犯罪行為がいけなかった、ということで新たな組織が構想されて「米国民主基金」ができあがったということだ。

 英語名称はNational Endowment for Democracy, NED

 法律上は民間団体であるが、予算は国務省で計上され、議会の承認を受ける。
「非政府組織」というのは看板に偽りアリだが、でもそのおかげで「米国政府機関では得られない信用を海外で得ることに役立つ」らしい。

 初代理事長をしていた人物の証言ではこのNEDの活動は、その昔「CIAが秘密裡にやっていたことと同じ」で、「人権と民主制の擁護という崇高な目的を掲げ」ながら、実際は「反政府派への資金援助を通じて、非親米的な政府に揺さぶりをかける」というものらしい。

 
 NEDが社会・経済・政治プロセスへの干渉を続けてきた国は、アフリカ、ラテンアメリカ、アジア、東欧の約90カ国にのぼり、米国のグローバルな政策目標の達成にとって極めて重要なものには選挙への介入があるという。

 なお、米国の利益に反するものは、

 共産主義体制、共産主義勢力、攻撃的な独裁政権、急進的ナショナリスト、イスラム原理主義勢力

 といったものらしい。

 そのことを考えると、コイズミ純一郎の政権がいかに米国の利益と合致していたことか、今更ながらに驚く。

 アベ氏のようにナショナリストたちが後ろに控えているわけでもない。
 無味・無臭・無色で、米国流にいかようにもお染め下さい、といった風情だった。

 NEDが干渉を続けてきたアジアの国の中には、きっと日本も入るのだろう。

 もしかしたら、フランスにも触手を伸ばしていたのか?

 コイズミ純一郎と同じかそれ以上に、サルコジ新大統領はアメリカに忠義を尽くしそうだ。
 従来の慣習を破って2週間のバカンスをアメリカで過ごし、フランスメディアの批判をあびている。「友人の招待だ」といったというが、その友人はマイクロソフト社の役員だ。

 4、5月の大統領選挙でもNED提供の選挙資金が動いたかもしれない。

 フランスと違ってメディアの批判を浴びることもなかったコイズミ氏。

 米国に従順だが急進的ナショナリストの心情あふれるアベ氏。それでも一応米国には、参院選惨敗後もアベ氏続投に安堵しているような発言があったと伝えられている。
「米国は長年、日本と強固な関係を保ってきた。日米関係は不変である」とケーシー国務副長官が述べたというのだが。

 はてさて、NED等の機関が日本への工作をこれから強めてくるのだろうか。

 もしかしたら、跳ね上がりの前原誠司などは格好の相手になりそうだ。
 時々ささやかれる前原新党とかコイズミ新党とかは、やはりNED等から提供されるのだろうか。

 
市民生活を充実させるよりも軍事を優先する米国は、国家予算の60%を軍事に使っている。そんな無理をしている上に、さらに工作資金を都合する。
 令状なし盗聴法案も成立したし。
 とても民主主義の手本になるような国じゃない。

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アベ氏の「得育」:ただし、「徳育」ではありません

ああ、こんなこと知らなかったなぁ、と思わず呟いた大竹市の話し。

 「薔薇、または陽だまりの猫」さんの今日の記事のひとつ、「大竹の8・6宣言中止 市教委関係者が「国策・子どもに配慮を」から。
 
「平和宣言は一九八三年に始めた式典のひとこまで、協議会長が文案を練り、宣言する。三年前は自衛隊のイラク派遣を「遺憾」と訴えた。昨年は米海兵隊岩国 基地(岩国市)への空母艦載機移転に伴い、原子力空母が瀬戸内海を航行する懸念があるとして「美しい瀬戸内海が核で脅かされようとしている」と危機感を示 した。

 しかし、式典に児童や生徒も参加している状況を踏まえ、市教委関係者から二年ほど前、『国の施策を批判すると学校関係者が参加しにくい』との指摘があったという」。

 例によって例のごとし。
 またまた、国の施策にケチつけるな! ということです。

 「子どもの前で政治的な発言をすることは個人的には賛成しない」とかなんとか、西尾裕次教育長が語ったとか。
 逆方向からの政治的な発言はするくせになあ、よく言うよ、というのが私の正直な感想。

 なんで子供に政治を語ってはいけないのだろう?
 未来の有権者・国の主権者なのだから、むしろ積極的に語るべきではないのだろうか。
 民主主義を標榜する日本なのだから、子供たちにも民主主義のことをもっと語るべきではないのか。
 もっと語って、もっと考え、論議を広く、そして深めていく必要があるのではないか。
 
 とはいえ、世界観・価値観が反映する政治の話しを子供たちに伝えるのは、ほんとうに難しい。けれど、現在のように一方的に忌避しているのはおかしい。

 それに子供たちはそれぞれの家庭で、学校で、友人間で、家族間の会話のみならずテレビや雑誌その他を通してすでに政治的な話しは洗礼済みだ、と考える方が自然ではないでしょうか。まあ、子供の年齢によっても違いますし、さらには個人差ももちろんありますが。
 
 たまたまこれが子供も列席する式典だったので「政治的な話しを子供の前でするな」とか「学校関係者が参加しにくい」という口実が使われましたが、国の施策に対する批判に対して「まった」をかけられることはいくらでもありますね。

 要は、国のすることを批判するな、ということでしょう?

 アベ氏というリーダーの姿勢が、末端の一地方リーダーにまでよく行き渡っています。
 日本社会の底を流れる「お上に逆らうな」という意識の表れで、アベ氏とはその意識を共有しているともいえます。
 日本の政治的な保守層が堅持する民に対する基本的な態度です。

 生まれた年こそ戦後の新憲法の時代でしたが、心は戦前の体制を求め、それ以外は考えられない、といった感じのシンゾー首相。

 批判されて鍛えられる、ということも知らない人。
 自己を客観視できない人。
 意見の異なる人に対しては強権で屈服させるか排除するかしかできない人。
 議論とか交渉とかも知らない人。
 政治家として国を引っ張っていくのに、最もふさわしくない人。

“ぶれない”のは私心のない証しだ、なんて褒め称えてシンゾー首相待望論をぶった方がおりました。就任後、アベ氏がぶれまくりなのは周知の通り。慰安婦問題にしてもこちらでは居丈高に出たかと思えばあちらではぺこぺこ。それも肝心の頭を下げる相手が違いましたし。

 そもそも、“ぶれる”“ぶれない”を指導者の評価基準にするのがおかしいのですが。
 戦時中のリーダーたちが、“ぶれずに”国民を誤った方向に引っ張っていったのは、ドイツでも日本でも同じだったではないですか。
 
 と、ちょっと脱線してしまいましたが、話しを元に戻します。 

 大竹市は広島県の南西の端に位置し、すぐお隣の岩国市は山口県。
 高度成長の時代、岩国まで延びる石油コンビナートのおかげで、実家に帰ると愛用のフルートがすぐ真っ黒になってしまう、と嘆い知り合いがいました。亜硫酸ガスのせいかな、と思いましたが、現在はどうなのでしょう(とまた脱線)。
 
 薔薇、または陽だまりの猫さんによると、

「昨年暮れ、岩国基地への艦載機移転問題で政府側が、「反対」を公約に掲げて当選した大竹市長を「振興策」=アメでゆさぶり、艦載機移転賛成に寝返らせたという〝事件〟があった」といいます。

 その結果、

「在日米軍再編に関係する十二都道県四十三市町村(五十五自治体)のうち、八都道県三十一市町村(三十九自治体)が賛成、四県十二市町(十六自治体)が反対となっている」とか。

 アメをしゃぶるか、それともムチに打たれるか、と札束をかざして迫る人間性を無視するやり方を見れば、この人たちが唱える「徳育」なんて、所詮「得育」の意味しかない、それも国民の得ではなく、自分たちだけの「得」を育てることしか頭にない、と思います。

 そういえば、「社保庁の無人倉庫で見つけた怪しいファイル、その中にはグリーンピアなどムダな福祉施設に群がった国会議員や秘書の名前がずらり」らしい。

 年金の不備を知っていたのに国会で取り上げるのを嫌がったアベ氏は、こうした事情を知っていたからですよね。

 ああ、やっぱり脱線して、話題はすぐこちらに行ってしまいます。
 
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政治家は、有権者に鍛えられてこそ

『サンデー毎日』に連載する保坂正康さんの昭和史を初めて読んだのは、あのコイズミ純一郎氏の「女性は犬のように子供を産め」発言について岩見隆夫さんが書かれたコラムを読んだときでした。
 その「昭和史の大河を往く」は、現在で71回目の連載。
 1945年の戦争末期、当時の日本の指導者たちが、東京を初めとする本土の大都市が空襲を受けて灰燼に帰す様子を見ながら何を感じ何を考えていたのか、検証されてました。

 常々私は、外地では負け戦さを重ね本土では衣食住生活の全ての面で困窮する国民を前にして、当時の戦争指導者たちがなぜ「本土決戦」や「国体護持」しか口にしなかったのか、できなかったのか、不思議に思っていました。

 信じがたいことだけれど、なぜ彼等の頭の中では「本土決戦」や「国体護持」しか思い浮かべられなかったのでしょうか。
 
 首相就任当初、散歩の折りに民の生活状況を知ろうとごみ箱を覗いて歩いたという東条英機のことですから、いくら単なるパフォーマンスとはいえ、人にはそれぞれ生活があることぐらい分かっていただろうに、なぜだ?

 といつもそこで立ち往生していました。

 それが、アベシンゾー首相を見ていて、なんとなく半分は分かったような気がします。
 ウソか本当か、パンがなければお菓子を食べればいい、といったマリー・アントワネットのような感覚。生まれながらに何不自由ない生活を送り、苦労することなく首相の位にも就けたことから来る無知・無感覚でしょう。

 そして後の半分は、保坂さんのいう「東京大空襲も本土決戦を呼号した指導者の感性」そのものが人間性を失っていた、ということなのかもしれません。

 木戸幸一ら当時の首脳部の日記を読んで保坂さんは次のように言われています。

「指導者の間には戦争被害に馴れる感情があり、それが戦争に終止符を打つという感情よりも、しだいに天災に遭っているとの思いを持ったのではと感じられてきたほどだった。被害の大きさにおののき、一刻も早く戦争を終わらせなければとの話し合いはもちろん、そのような考えさえ起きないほど、指導者や指導層の人びとは感覚が鈍磨してしまったといえるのではないだろうか」。

「わたしがあえて言いたかったのは、東京大空襲での膨大な人びとの死は、ほとんどといっていいほど戦時指導者の間では無視されたという事実である」。

 撃ちてし止まん、一億総特攻等々のかけ声ばかりは勇ましいけれど、お膝元の帝都も全国の大都市も、累々たる屍の山。
 これに思いを馳せる様子は、指導者たちの日記からも行動からもうかがえないようです。

 一人ひとりの国民にとってかけがえのない肉親や縁者も、当時の日本の政治を率いていた人たちにとっては単なる“捨て駒”ですか。

 3年9カ月続いた太平洋戦争のうち「2年余は確かに軍事上の戦闘であった」と認めながらも、「残りの1年余は軍事上の戦いではなく……」と保坂さんは断言されます。

 残りの1年余、玉砕と空襲が続く中で過酷な現実から目をそむけ続けた指導者たち。

 1944年から45年にかけて大地震(東南海地震三河地震)が発生しても情報統制によってほとんど報道されることがなかったという話しは別の機会に知りました。

 もしかしたら当時の日本政府の中枢に座っていた人たちは、国民に対してのみ情報統制をしていたわけではないのでは?

 自分たち自身でめいめいの心に情報統制していたのではないのかしら? 心を閉ざして認めたくない現実から目を逸らしていたのではないかしら。
 それが日常化して、無数の人びとの死にも心が動かされなくなった?
 そうした無辜の民の命が己の肩にかかっていることを忘れていた、もしくはそこから逃げていた?

「焼失30万戸 罹災者120万 死3-7万 負傷者80%」などの空襲被害を表す数字も単なる字面にすぎず、数字の向こう側にある人びとの生活と命の破壊には思いが至らないわけか……。

「戦争とは負けと思ったときが負け」と自分の心に言いきかせると同時に“臣民たち”に教え込む。
 見たくもない現実を後ろに追いやり、けして振り向こうとはしない。
 そうして、“臣民ども”に対する情報統制は、皮肉なことに今度は自分自身に作用する

 おかしなことに、この状況が、どうもシンゾー首相の情況とぴったり重なってしまうのは偶然でしょうか。新自由主義経済の下で呻吟する人は増えるばかりですし。

 アベ氏は、最後まで自分の勝利を信じていたという裸の王様状態のようでした。
 デモ隊が取り巻く中で「私には声なき声が聞こえる」とうそぶいたおじいちゃんのDNAですか。
 まさか、民が自分を分かってくれない、と被害者意識に泣いてはいないでしょうね。

 それにしても、なぜこうも「鈍感」な指導者が私たちの国に生まれるのでしょうか。
 そんな「鈍感」な指導者に限って己が批判されるのは耐え難く、強権でさまざまな意見を封じ込めようとしますしね。

 きっとこれは、私たち国民の政治家の鍛え方が足りないんですよ。
 批判があって、意見を闘わせ、それを受けとめて政治家は育つのだ、と思わせないといけないんですよ。
 世襲にあぐらをかいて世の中の意見に耳を傾けないのはダメなのだ、と痛感させないといけないんですよ。
 ましてや情報統制してメディアを思いのままにしたところで、それはかえって政治家としての存在を弱いもの、駄目なものにする、と思い知らせないといけないんですよね。

 選挙は私たち有権者にとって最強の手段でもっとも大切なものですが、常日頃から声をあげる、声を届ける。そのためにはよく政治をウォッチする。これを心がけたいですね。
 
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究極のアウトソーシング 


 はなゆーさんが言及された、2004年3月に、イラクのファルージャで民間軍事会社のアメリカ人傭兵4人が殺され、その焼死体を住民が引きずまわしたり、鉄橋から逆さ吊りにしたりした事件(violent day in Fallujah)、いわゆる“ファルージャの悲劇”について、菅原出さんの『外注される戦争』にかなり詳しく事情が載っています。

 この民間軍事会社はこれまで何度か私も名前を出したことがあるブラックウォーター社なのですが、「この傭兵惨殺事件は民間軍事会社PMC間の過当競争による安全管理のずさんさが生んだ悲劇の一例であった」と菅原さんは語っています。

 いまだに「民 間 軍 事 会 社」といってもピンとこない私たちですが、兵站支援を民間業者に頼るのは独立戦争以来アメリカが続けてきたことだとか。
 ただし今日その規模がかつてないほど大きくなっているのだそうです。

 もともと米陸軍は米ケロッグ・ブラウン&ルート(KBR)社と「兵站民間補強計画契約」を結んでいたのですが、下請け・孫請けを介してひ孫請けのブラックウォーター社にまわってきたのが、イラクで最も危険な場所ファルージャでの警備の仕事でした。

 *なお、このKBR社というのはハリバートン社の子会社で、ハリバートン社こそ、チェイニー副大統領が最高経営責任者(CEO)を務めていたところ。アメリカでもいろいろ問題になっている会社のようです。
 
 KBR社はイラクとクェートで約5万人の従業員を抱え、60箇所で業務を展開し、その契約下で働くイラクの民間人は10万人にのぼるとか。

 ひ孫請けの諸経費を盛り込んだ請求に孫請け・下請けがそれぞれ手数料をくわえて請求書を発注元に出し、1日600ドルですむ警備コストがすぐに数千ドルに跳ね上がってしまうのだといいます。
 その上さらに利益をひねり出そうとすれば中間の孫請け・下請けあたりの操作で簡単にできてしまう

 結局、1台2,000万の防護車両が1台300万の一般普通乗用車で代用され、
 6名の武装警備員が2台の防護車両を使って警備する契約が、4名の警備員で2台の普通車両で警備に当たることになった、という事情があります。

 さらには他社がキャンセルした契約をむりやり取ったため、訓練機関も準備期間もなく、危険情報を初めとする基本的な情報さえ伝えられていなかったようです。

 それを菅原氏は、

「脅威レベルを調べるための事前のリスク評価調査もなく、事前のルート調査やその他の関連情報も土地勘もなく、チームとしての結束や仲間意識もないまま……派遣されたのである。無謀というほかない。……悲惨な結末は、起こるべくして起こった人災だったといえるかもしれない」

 と評しています。

 そもそもイラクの危険な状態を招いたのは誰か、と考えたら自業自得だともいえそうですが、それにしても現場で直接業務に携わるものの命の軽さには唖然とします。

 究極のアウトソーシング。
 市場原理と貪欲さの見本

 米国の軍事予算は対テロ戦争費だけでも2008年には総計90兆円に迫る見通し。
 自衛隊のインド洋での給油活動をPMCに委託したら、いったいどれだけの費用がかかるのか。
 国家財政が破綻に瀕する一方でPMCはかつてないほどの好景気に沸き、株価は急騰しているとか。

 吐き気がするほどの、むき出しの貪欲さ
 愚行を重ねてきた人間が、また一方で懸命に追求してきた叡智はどこへいってしまったのか?!

 こんなことが許されるのだろうか。

 頭に血が上ります。

 またwokipediaによると、

「戦争行為は、その戦争を構成する戦闘行為の実体(用兵作戦・前線戦闘・後方支援・広報・諜報等)によって成立する。今次の艦隊派遣は、まさに戦争行為を構成する後方支援であり、戦闘行為である」

 ということです。

 私たちの国は「後方支援」によって参戦したらしい。
 いつ、誰がそんなこと決めたか?!  

 もちろん、2003年コイズミ政権によって閣議決定され制定されたテロ対策特別措置法が実施されたためです。

 このときのコイズミ氏の談話には、参戦のさの字もありません。

 ただ「我が国を含む国際社会の平和と安全を守るため」「全力で取り組んでまいりました」から今後もそれを続けることを匂わせる言葉が羅列されているだけ。

「参戦する」なんて言葉を発したら、きっと私たちの国はハチの巣を突いたような騒ぎになる、と考えたのでしょうか。

 あげく「自衛隊の行くところ、活動するところが非戦闘地域だ」というトンデモ発言をする始末。

 耳に心地よい言葉と詭弁にもならない稚拙な論理を、なぜ国民は許してしまったのでしょうか。 

 ブラックウォーターの4人の社員が惨殺された映像は全米に流されました。そして米国民の怒りに背中を押されるようにしてファルージャに対する大規模な軍事作戦が開始されたのが2004年の11月。

 米軍は準備作戦段階で猛撃を加え、結果、ファルージャの町の大半は廃墟と化し、犠牲者はイラクの武装勢力1,200名民間人約600名、米兵の死者70名負傷者200名にまでのぼることになります。

 文字通り、死闘、ほんとうに悲劇でした。悲劇どころではない、大惨事だ、ともいいたくなりますし、大惨事は今でもイラクの至る所で起こっているのだろうと思います。

  *この後日談かどうか知りませんが、パトリック・コバーン著『イラク占領』にある話。

 ファルージャ近郊の大規模な米軍基地にはポータブルのトイレがいっぱい立ち並んでいるそうです。しかし実際に使われているのはそのごく一部。

 便漕に溜まった糞尿処理の仕事は民営化されてアメリカ企業が請け負っていても、その企業に雇われたものたちが、危険すぎるということでファルージャ行きを拒否。
 そして満タンとなったポータブル・トイレはそのまま放置されて新しいトイレが増設される、ということです。

 これを読んだときすぐさま私の脳裏に浮かんだのは、原発とそこから出る核のゴミ、使用済み核燃料です。糞尿などまだいい、臭いだけで肥やしにもなる。でも核のゴミはどうしようもないです。

 
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メディア業界改造? 総務省

 
  参院選も終盤の7月26日、「有害ネット 法規制」の見出しで、総務省がネット上のポルノや残虐映像など青少年に有害な情報を法律で恥じ得て規制する方針を決めたことが伝えられました。

「総務省はネットでの『表現の自由』にも配慮し、同法そのものには罰則は付けないが、自治体がこの法律を根拠に条例で罰則を設けることは容認する。同省の研究会『通信・放送に関する研究会』(座長・堀部政男一橋大学名誉教授)が年末にまとめる最終報告でこの方針を打ち出し、同省は年明けから具体的な法案作りに着手する」

 また

「当面の青少年保護策として業界と協力し、利用者がサイトに有害情報が含まれるかどうかを事前に判別できるシステムの開発に乗り出す」

 ということです。

 この問題についてはヤメ蚊さんいろいろと詳しく論じられていますのでそちらをぜひご覧下さい。私は放送やネットについて規制の網をかぶせていく方針を立てた総務省のトップ、菅義偉大臣のすることが気になります。

 この方についてはこれまでも「アベ内閣の陰の官房長官」や「総務省の狡猾さ 菅大臣にご用心」でふれてきました。

 閣僚が次から次へと失言・事務所費問題で矢面に立たされる中で、一応こともなく業務を遂行している総務省の菅義偉大臣は、着々と自ら主導するプログラムを進めているようです。
 放送やネットに規制の網をかぶせようとしていることについても、通信・放送分野の“改革”を推し進めていく、とここでも「改革」の大義が掲げられています。

 昨年末に設置された「通信・放送問題タスクフォース」(座長 東洋大学教授松原聡)のメンバーの1人が書いた「総務大臣が宣言した『情報通信改革』の本気度」の中にあげられた5つの改革――NHK改革、ユビキタス特区の創設、通信・放送の融合・連携、モバイルビジネスの活性化、国際放送の強化。

 その中でNHK改革のうち「6月までに12人中5人の経営委員(経営委員長を含む)が交代する。その人事も含め、菅大臣の「豪腕」でNHK改革が進むことを切に期待したい」といわれた人事についてはすでに実現。

 
富士フイルムホールディングスの古森重隆氏が経営委員長に就くにあたって「放送用機器メーカーの役員はメンバーになれない」ことを規定した放送法に違反しているのではないか、という問題が起こったのは記憶に新しいところです。

「問題ない」ということで押し切ってしまったアベ氏サイドですが、とにかく自分のすることについては常に「問題なし」、異なる意見の人に対しては「問題有り」という判断をするこの方は、ほんとうに専制独裁の匂いがぷんぷんします。
(この人事については菅大臣ではなくアベ氏の意向だといわれています)。

 いかにもメディア業界の未来志向と見せながら、その中にメディアを意のままにしようとする政府の意図を巧みに潜り込ませるのは得意中の得意でしょうね。

「有害ネット」を「法規制」しても罰則は設けないよ、といわれても、素人のおばさんである私は、すぐさまアベ氏の下関にある自宅町内では選挙ポスターを貼るのもままならない現実を、つまりアベ氏に配慮して自主規制してしまうことを思い出してしまいます。
 
 
国民の大半はほんとに真面目というか善人というか……。
 罰則は設けないとしても、法律で謳われていたらやはり人は自主規制してしまうでしょう。
 自主規制どころか先走る人が出てきてもおかしくありませんしね。

 おまけに、

「自治体がこの法律を根拠に条例で罰則を設けることは容認する」

 というのですから、しようと思えばいくらでも罰則を設けることが可能なわけではないですか。
 このあたりの巧妙さはなんといえばいいのでしょうか。
 
 今回の参院選で圧勝した民主党ですが、地方議会の構成を見れば、民主党系議員は驚くほど少数です。いわんや、社民・共産をや、というところ。
 私たちの感触で言えば、無所属を含めてほとんどが保守系、ということになるのではないかしら。
(これについては護憲+グループ・ごまめのブログさんがデータを載せられています)。

 ということは、
有害であるかどうか、誰が判断するのかという問題も含めて、その気になれば総務省の意図に沿った条例をつくることがぐーんと現実味を帯びてくる、ということになりませんか?
 地方自治に詳しい方がいらしたら教えていただきたいものです。

 それにしてもこの“総務省”というお役所、旧総務庁・郵政省・自治省の3つの機関からなるわけですが、行政改革とか何とかいって省庁再編成して数を減らしたのも、もしかしたら権力掌握をより簡単にするためかな? と考えていますがいかがでしょうか。

 だって、旧省庁の3つの機関の仕事を、この菅大臣は1人で握っているのですからね。縦割り行政の弊害がよく唱えられましたが、1人で大きな権限を持つのも、これはこれで怖いことだな、と思います。
 
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単に「にぶい」だけでは


 朝、日課のようにニュースを見ていると、AFPに来年の大統領選に関する民主党の立候補者オバマ氏の演説についての記事がありました。

 コワイ、と思ったのは、大統領に選出された場合、パキスタンの国際テロ組織アルカイダに対し、同国政府の反対にかかわらず攻撃を命じる用意があると語った、ということでした。

 パキスタン政府の反対に関わらず、同国内にある「テロ」組織を攻撃する……これでは、「テロ組織殲滅」を口実にすれば、その政府が反対しても米国の好きになるじゃないか、米国のやりたい放題じゃあないか、まあ、今でも大して変わりないけれど、それでも「その政府が反対しても好きなようにする」なんて公言したことがあるのだろうか、と考えると、めまいがしそうです。

 なんでも、

「この大胆な演説は、パキスタンの部族地域でのアルカイダの再編成を指摘した米情報機関の報告書に応えるかたちで行われたもので、オバマ議員の外交政策に対する支持を広げ、経験不足との批判を意識してのものだと見られている」

 ということです。

 45歳とかいうこの方、“若さはバカさ”を地でいったのでしょうか。
 おまけにこれが「外交政策」なのですから、そんな乱暴な外交を主張するようでは、今以上に信用できない国になるな、と怒りがこみ上げてきますね。

 で、“若さはバカさ”な例は私たちの国にもありました。

「戦後一番若い総理大臣」といわれるアベ氏のことです。

 やはり“若さはバカさ”を地でいったような赤城農相に「一から出直してほしい」といったとか。

 私たちにしてみれば、「一から出直してほしい」のは農相にとどまらず、アベ氏その人、それに政権全体ですもの。赤城氏自身については単なる「トカゲのしっぽ」と受けとめています。

 任命「責任」と痛感する、といいながら必ずその後に「でも」とか「しかし」とかいった語が続き、自分にしか通じない理屈屁理屈、「国民の期待」とか「私の使命」とかを主張するのですからねえ、なんだかねえ。
 
 渡辺淳一の著書は読んでいません。ですが私が“鈍感力”と考えるのは、感じやすく傷つきやすい「ナイーブ」の反対を肯定的に捉えたもの。
 ナイーブな感性を持ちながら、他者の痛みにも思いをめぐらすことのできる人が獲得してこそ意味のある“鈍感力”でしょう。
 単に「にぶい」だけではお話になりません。

 とりわけコイズミ以降に進展した格差社会を否定せず、むしろさらに推し進めようとし、その上やたらと「戦前レジーム復活」をもくろむばかりで、社会政策にも目を向けない。

 そんなアベ氏にほとほと愛想が尽きた、というのが国民の正直な気持ち。

 それが理解できないのか、それとも理解できないふりをしているのか。多分理解できないんでしょうね。
 自分のイデオロギーを最優先させて国民に押しつけるのが天から授かった自分の使命と考えているのかもしれません。

 祖父の岸信介も、そして母親の洋子さんも、罪なことをしたものだなあ、と思ったりします。
 でも子供というものは親の言うとおりに育つわけでもありませんから、もともとの発想というか思考回路がおじいちゃん、おかあさん譲りなのでしょうか。

 ただし地元の人たちは、あんなにお母さんは講演が上手なのにどうして? あれでもずいぶん良くなったほうよ、とアベ氏の話し下手が不思議でならない、という感じで話してくれます。

 おじいちゃんとおかあさんの思いが強すぎて、それがかえって後釜に据えた子の成長を歪ませたのかな、などとも考えてみましたが、よそ様の家のこと、ほんとうのところは分かりません。

 でも、たぶん、考えている以上のことは口には出せません。
 また求められているときにそれにふさわしい言動をしてこそリーダーとして人に認められるというものです。

 直接アベ氏を知っている人たちがよく口にする「いい人よ」という評価だけでは、一国を率いる人間としてはあまりにお粗末。
 自分の力のなさをアベ氏は自覚していないのでしょうか。

 アベ氏を後継に推したコイズミ氏、それに賛成票を投じた自民党多数派の「責任」はどうなっているのでしょうか。

 まあ、そうした人たちが今回も「続投」にOKしたのでしょうね。
 よほど、利用がいのある人なんでしょうね、アベ氏って。
 
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丸川珠代の宗教票と民主主義

   参院選の結果を見て、違和感の残る当選者が何人もいます。
 その中のひとりが、丸川珠代氏。

 住民基本台帳法に違反してアメリカからの帰国後転入届をしなかったために期日前投票をできなかったのが7月16日。
 このときは「いまや自民党の足を引っ張る存在だ」と酷評されていました。

 さらに片山さつき衆院議員に抱きついて号泣したのが19日のこと。
 この日、川田龍平さんからは「政治を志すものとして、投票に行ってないなんて信じられない。これはきちんと有権者に判断してほしい」と厳しく非難された、と報じられました。

 石原伸晃氏にだめ出しされ選対本部長の平沢氏は鬼の形相だ、と伝えられ、落選確定と噂されていたのが、ふと気づくといつの間にか当落線上。そして同じ自民の候補者を蹴落として当選。

 腑に落ちないなあ、と思っていたところ、なあんだ、石原ファミリーの丸抱え応援で宗教票、つまり霊友会票を取っていたのね。

 霊友会、創価学会を初めとして、その他日本会議に集うさまざまな新興宗教団体は、なぜこうも政治権力との結びつきを求めるのか、怒り半分、驚き半分でいつものことながら疑問が湧いてきます。
 
 政治家にとってはまとまった票が号令一過で転がり込んでくるわけですから、こたえられない、といったところでしょう。
 政治に絡む宗教、つまり政治権力と結びつこうとする宗教グループは、一斉に同じ姿勢と同じ見方をとるようで、そこに疑問を挟む余地はないようです。

 政教分離を持ち出すまでもなく、私たちの国の圧倒的多数は、己の信仰先と選挙の際の投票先は別だ、という感覚を持っています。
 いえ、これは正確ではありませんね。「信仰」という自覚がほとんどありませんから。

 それでも法事の際にお経でも和尚さんに和して読むと、なんとなくいい気分になるのも確かです。このときほのかにかおるお香にもほっとした気分になるのは、やはり長年の習慣でしょうか。
 
 でも、だからといって和尚さんが投票先を薦めるわけでも強要するわけでもない。
 そうやって私たちは長い間、政治と宗教に対する姿勢を保ってきました。政治と宗教それぞれに対する距離を、それなりにとってきたわけです。

 私たちの多くは、宗教に根ざした排他的行為をとても嫌います。自分たちだけが特別に選ばれた存在であると主張するグループは私たちの社会とあまり馴染まない、というか、警戒心を抱かせるだけに終わることが多いのも事実。
 そんな宗教グループがいくつもあって、選挙の際は同一教団であれば同一の投票行為を行う。おまけにこの宗教票は候補者の当落を決定することがある。
 その結果選ばれた“先生方”が、日本の政治の一翼を担うことなる。

 そんな政治のありさまにたまらない嫌悪感を覚えるのですが、みなさんはいかがでしょう。

 すでに選挙前に節操の無さでさんざん笑われた“丸川先生”は、これからどんな言動をとるのやら。第2の山谷えり子になるのかな? なんてちらっと考えたりしましたが。 
 
 宗教グループのこうした政治権力との結びつきを見ると、日本の民主主義の弱さ・未熟さを痛感します。
 一人ひとりが主権者としていかに政治と関わっていくか、これも幼い頃からの教育が大切でしょう。ただでさえ難しいその教育が、昨年の教育基本法改悪で風前のともしび状態。

 やはり政治から目が離せませんね。

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