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とうとう再可決。総選挙を求めます

「もう、自民党はだめだな」と外出先から帰宅した家人が、再可決の報を聞いて吐き捨てるように言う。

「いや、まだ分からないよ、まただますつもりらしいから」と私。

「これだけのことをされたんだから、もうだまされないだろう」

「そうだといいんだけれど」

 6時半から総理の記者会見ということでテレビをつけてみましたが、聴けば聴くほど空しくなります。
 言い繕いばかりはうまいけれど、なんだ、結局、自公与党の政治家たちのための政治じゃないか、それだけじゃないか、という思いにかられるからです。

 一方米国では、夏場のドライブシーズンを控えて減税論議がさかんになってきていると今日の毎日夕刊が伝えています。

 共和党大統領候補ジョン・マケインは、

「勤労世帯がガソリン高騰に苦しんでいる」
「夏場のドライブシーズンに入る5月から9月初旬までガソリン税を免除すべきだ」

 ガソリン税の一時凍結を求める広告を作った民主党ヒラリー・クリントンは、

「大手石油会社の利益の一部をガソリン税(引き下げ)の代わりに充てるべきだ」

 ブッシュ大統領まで、とうとう、言わざるを得なくなったようです。

「エネルギーや食品価格の高騰が、多くの国民の家計に悪影響を与えているのはよく分かっている」
「マケイン上院議員の免税の提案を含めて、いかなる提案にも耳を傾けたい」

 
 

 これまで何度も、米国では暴動が起きてきたし、大統領選も控えて原油高騰に指をくわえてみ見ておくわけにはいかないよね、ブッシュさんも、と思いながら、つい私たちの国のことに思いは飛びます。

 大人しく見える有権者だって、ただ与党の政策に唯々諾々と従っているだけじゃない。
 これだけ悪政、失政に翻弄されてきた私たちだもの。
 その分、1票1票に思いをこめるんだ。

 衆院補選に民主党が勝ったことで解散がとおのいたとマスコミはいうけれど、来年の9月まではとても待てません。
 
 (総選挙は)「選挙すべきだとの国民の声が高まったときに行われる。国会運営のテクニックではない」と、小沢民主党代表が日銀総裁人事に揺れた3月、浜松市の記者会見で述べました。

 さあ、私たちに何が出来るのか、もう一度考えてみよう。 


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チベット問題 国際宣伝会社。コイズミ・竹中の戦略もデザインしているのかな?

3月の時点でチベットにふれたエントリーを2つ、「ほうっておけば軍拡に走るのが世の常? そしてチベットのこととか」「争乱で殺される命の周りにはどれだけの人の思いがあるだろう」をあげましたが、それ以後、チベットをめぐる動きが今ひとつ分からなくて、書けませんでした。

 最近あまり覗いてなかった田中宇さんが、これについて書いていました。

やはり今回の騒乱は、もともと反中国的なチベット人の国際組織作りを手伝ってきた「人権外交」を推進しようとする米英の諜報機関が、組織内の過激派 を扇動し、米英マスコミにも大々的報道をさせて拡大した動きと考えられる。運動参加者の多くは、このような裏側に気づいていない。中国の台頭を恐れて中国 嫌いになっている日本人の多くも「欧米より中国が悪いに決まっている」と思いたいだろう。しかし人々は、国際政治を頭に入れて、冷静に考え直した方が良 い。

 暴動というものは、何らかのきっかけがないと起きない。オリンピック前の重要な時期にチベット人を怒らせたくない中国政府は、チベット人 をできるだけ懐柔し、暴動が起きないようにしていたはずだ。中国政府でもダライラマでもない何者かが、暴動を誘発したと考えられる。ダライラマ以外の亡命 チベット組織の人々には、大した力はない。とすれば、最大の容疑者は、歴史的に亡命チベット組織を支援誘導してきた米英の諜報機関ということになる。

 

 この田中宇さんの推測通りだとすると、かつて日本がやり玉に挙がった「黄禍論」がまた頭をもたげてきたのか、とうんざりしますが、容疑者として目されている米英の諜報機関は、田中氏によれば欧米の国際的なイメージ宣伝会社とつながっているらしい。


 さらに今日、「私も一言! 夕方ニュース」だったでしょうか、世界100カ国以上を周ってきた方がゲストに迎えられて語る中にチベット問題がありました。


「チベットに関する現在の情報は、ほとんどといっていいくらい欧米から出ている。欧米人は、1933年に出版されたヒルトンの『失われた地平線』の理想郷“シャングリラ”からチベットのイメージを得ている。最近では映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』もある」。


 ニュースを鵜呑みにしない方がいい、とそんな話しでした。


 とほほさんの所には、こんなチベットの話しもありますし。

 25日に中国が対話の用意があると表明したことに対して、「「対話を実りあるものにするため、中国がダライ・ラマの前向きな役割を認めることが重要」と亡命政府が声明を発表しています。
 オリンピックを前にした苦し紛れの北京政府の表明だとしても、それがチベットとの対話につながっていけばいいな、と思います。


 なお、長野の聖火リレーについては、カトラーさんが詳しくレポートされています。


 で、私が気になったのは田中宇さんが言及する米英の諜報機関と関係の深い国際宣伝会社のこと。


 この国際宣伝会社とは、菅原出さんが『外注される戦争』で「戦争広告代理店」と呼んだThe Rendon Groupレンドン・グループのようなものでしょうか。それ以外にはSinclair Broadcasting Groupシンクレア・ブロードキャスティング・グループなどという会社があるらしいのですが、こうした会社がなければ、湾岸戦争もイラク戦争も起こらなかったかもしれない、とまでいわれています。


 この2社が今回のチベット問題に関係するのかどうかは、私にはまったく分かりません。
 ただ両社とも「心理戦」や「情報戦」を仕掛けるプロです。


 イラク戦開始前に米国民や国際世論を味方に付けるために大々的にプロパガンダ作戦を行ったのが、ブッシュ政権が契約したレンドン社であったことは有名。またパナマに侵攻してノリエガ政権を倒す時(1989年)に力あったのも、ブッシュ・パパの湾岸戦争時(1990年)、月額10万ドルをクウェート亡命政府から貰ってプロパガンダ支援をしたのもこのレンドン社。


 湾岸戦争後にはこの会社は、フセイン政権を倒すためにイラクの反体制派グループ育成の仕事をCIAから請け負ったそうです。


 もともとそうした仕事は、1946年にパナマに設立された米州学校The School of the Americasのように、直接アメリカの国防費で運営されていた組織が関わっていたのではなかったかしら。


 それが、民間に出来ることは民間に! の合い言葉よろしく、どんどん民営化されていったとか?
 ヤバイ仕事は民間に任した方が政権は安全なところに身を置けますしね。


 で、このレンドン社のトップページに掲げられた写真は、紛れもなく私たちの国日本の、おそらくは東京の夜景。コワイなあ。


     サービス内容は、戦略的コンサルタント、メディア分析、危機管理等々。その中に「早期警戒レーダー」というサービスがあるのですが、  ニュースモニターをして、 必要なときはメールで警告をしてくれるようです。

                                                                     

 おそらく日本の政治も、こうした会社に見張られているんでしょうね。


 もしかしたらコイズミ純一郎・竹中平蔵氏らの戦略をデザインしているのもこうした所かな? とモーソーしてしまいました……


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後期高齢者医療制度は長生きした罰? 日本の自殺者はアフガンの爆弾テロ犠牲死者数の5倍、イラク市民の死者数と同じ

党の総力を挙げて応援した候補が衆院補選に敗れてもなお、租税特別措置法改正案を30日に衆院で再可決する方針に関しては「何ら変わりはない」と町村官房長官は述べたようです。
 「国民全体の判断は山口2区の人に委ねる性質のものではない」と語ったといいます。

 伊吹文明幹事長は「追いついたと思ったが、後期高齢者医療制度の説明も不十分だった。『ぬかったな』と思う」と述べたとも伝えられています。

 ぬかったな……ですか! 

 長生きした罰だ! といわれているみたいだ、というお年寄りの声もあるというのに。

 今頃フクダ首相は後期高齢者医療制度を見直すように桝添厚労相に指示したというのですが、暫定税率の問題でも、この医療制度のことでも、有権者がこれほど怒りを見せるとは想像も出来なかったのでしょう
 それほど国民の生活に無関心なのが今の自公与党と政権なのでしょう。

 それに、一部の有権者の判断に過ぎない、と強弁してでも、なにがなんでもガソリン税暫定税率を復活させようとする政府与党の姿勢を見れば、どれほど与党政治家がこのガソリン税に寄りかかってきたかが分かるというもの。

 納税者から集めた税をどのように配分して何に使うか、ということが政治であるならば、これでは政治は政治家、それも自公与党政治家のためにあるようなものではないですか。
 
 
 気になることがまだありました。

 首都カブールで大統領暗殺を狙った爆発・発砲があったアフガニスタンでは、爆弾テロで年間6,000人が死亡していると報じられていました(産経新聞27日配信)。
 大統領は無事だったが、下院議員1人を含む4人が死亡したそうです。

 これを読んでハッとしたこと。

 爆弾テロで年間6,000人に対して、私たちの国では、年間3万人が自らの命を絶っている、ということ。
 
 これは、2003年3月の開戦以来5年間で、イラク人の死者が15万人を超えたというWHOの報告にある数の年間平均とほぼ同じ数です。

 ああ、私たちの国ではイラク戦争と同じ数の人たちが来る年も来る年も亡くなっているのか、と思うとやりきれませんね。

 年齢別自殺者数の年次推移を見ると、98年から急に跳ね上がっていますが、その前でもすでに2万人は超えているのです。
 一番多いのが50代。次いで60、70代となりますが、そのすぐ次には40代の働き盛りが迫っています。

 若い方の自殺も痛ましい限りで、うちの子が幼かった頃のご近所の子どもさんがひとり、13歳の時に走る電車に飛び込んで亡くなっています。私は友人からの手紙でそれを知りました。
 繊細で頭が良くて 、何事もきっちりとこなすおじょうさんでした。友人は、汚れた世の中が許せなかったのよ、と言ってました。

 電車に飛び込んだその日、おかあさんは姿の見えなくなった我が子を探し続け、今頃はもういないかもしれない、と呟いたそうです。
 ほんとうに、取り返しのつかないことです。親御さんにしてみたら、悔やんでも悔やみきれないのではないか、と思ったものです。

 年齢にかかわらず、自ら死を選ぶということには、胸が突かれます。
 働き盛りのお父さんが亡くなるときなど、どれだけ残していく家族のことが気にかかることでしょう。

 とにかく、そうした人たちが年間3万人にも上り、それは戦争で亡くなったイラク市民の数に等しいのです。戦争でもないこの国で。
 
 グラフの分析にもあるように、2004年あたりから50、60代の数は多いものの減少傾向にあるのに対して、逆に30、70代は増加。若い世代と高齢者が不安に追い立てられているのかもしれません。

 痛みに耐えろ、といったコイズミ純一郎氏等は、どう考えても自分自身は耐えているようには見えませんでしたし、今だって耐えていないでしょう。

 アベ晋三氏等は国民に愛国心を強制しようとすることばかり気にかけて、増大していく社会不安にも無関心でした。今だって、国際社会に恥を知らしめた辞任から半年経って、自分の再起しか年頭にない。

 ちょっとなりを潜めていた道路族が、このフクダ政権では表舞台で我が物顔でふるまっています。

 嘆いてばかりいても始まらないと、投票行動で意思表示をした有権者を、舐めてませんか。

  
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おめでとう 山口

久しぶりに、門司に行ってきました。

門司 002   めかり公園から門司港を望む

                   門司 007  関門橋。対岸は下関

      合戦  壇ノ浦での源平合戦の壁画
                       左隅には安徳天皇、建礼門院、二位の尼たちの乗る御座船。
                       八艘跳びをする義経も。

     下関を望む 海峡の向こうにかすむ下関。
                     中央左寄りのオレンジ色の2層の屋根は、フク料理(福をかけて、下関ではフグと濁らずにフクと呼ぶそうです)で有名な春帆楼。

 そもそもが伊藤博文のお気に入りのフク料理屋。
 日清戦争の講和条約はこの春帆楼で結ばれました。この時の調度品等は玄関前の日清講和条約記念館に納められています。
 すぐ隣は、先帝祭で有名な赤間神宮。壇ノ浦で入水するところを助けられた平家の女官たちが、安徳天皇の命日にお参りしたと言われています。
    平家物語
  
 ↑ 平家物語の一節。

 
 この下関の山を越えたはるか向うでは今日は衆院補選の投票日でしたね。

 平岡さん、平岡さんを応援された方々、おめでとうございます。

 とくらさんも、きっとご自分のことのように力を尽くされたと思います。
 お疲れ様。
 勝利の美酒を味わって、今日はバタンキューかな?


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一番謝罪しなければならない人が、一番謝罪してない

なんだか近ごろ、ずいぶんと“謝罪”が多いですね。

 近いところでは山口・光市の事件の判決について、青山学院大の学長が、教員の個人HPでの発言で謝罪してます。

 私は常々死刑制度には疑問を持ってきました。
 職員のみならず、揺れる死刑囚の身体を押さえることから執行直後の後始末までをする懲役囚たちを含めて、直接執行に携わる人たちの負担がなくならない限りは、どうしても納得できない、と思ってます。

 とりわけ、一番人の嫌がる作業を懲役囚にやらせるというのは懲罰的な意味合いが強いけれど、そもそもそうした懲罰は法で規定されているのか、それとも単なる慣習なのか、と疑問が湧いてきます。慣習であれば、そうした新たな懲罰方法が可能なのか、法で規定されていれば、そうしたことが妥当なのか、とも。

 問題となった青山学院大准教授氏の発言には、専業主婦云々の発言も含めて、おや? と感じる箇所がいくつかあって、そんな言い草はないでしょう、と思います。
 が、「世界では、特に先進国といわれる国々では、死刑廃止のほうがメジャーである。多くの人が言っていることが正しいとは限らないが、これだけ世界の潮流が死刑廃止論を支持しているということは重く考えたほうがいい」などという箇所にはそれなりの主張があると思います。

 でも、分からなかったこと。
 なぜ、学長が謝罪するの? ということ。
 大学側に抗議や謝罪の要求があったのでしょうか。それもたくさん。

 こうしたことがこの頃多いのですが、でも、一番謝罪しなければならない人が、一番謝罪してないなあ、と思いませんか。

 今、高齢者の方を中心にして日本中の怒りを買っている後期高齢者医療制度は、そもそもコイズミ改革の一環であって、2003年に閣議決定し、例の郵政詐欺選挙後の2006年に自民・公明与党の賛成で成立してしまったもの。

 2005年9月11日の郵政詐欺選挙の公約のトップに掲げられていたのに、有権者はコイズミさん、コイズミさん、と狂喜し、コイズミさんはコイズミさんで、民営化をするのかしないのか、と郵政民営化一本で有権者に迫り、圧勝。

 これで獲得した圧倒的な数の力で、医療制度改革関連法案が国会を通過してしまった。。。

 小泉チルドレンの「よく分からなかった」という発言は無責任の極みですが、こうして思うに、法案の中味はそこそこ分かっていた。
 分からなかったのは、国民がこんなに怒る、ということではなかったか、ということ。

 刺客やら何やらでおもしろおかしく有権者を楽しませながら有権者を騙したといえるコイズミさん。
 コイズミさんを持ち上げたメディアとメディアに登場してきたご意見人士たちも、いっしょになって有権者を騙したといえますよね。

 騙した方が悪いのか、騙された方が悪いのか。つまり、詐欺行為を行った人が悪いのか、騙された方が悪いのか。

 そりゃあ、詐欺行為を行った人が逮捕・罰せられて、騙された方は被害者となり財産上の損害は受けるもののお咎めなしですから、やっぱり騙した方が悪い、と庶民は考えます。

 竹中平蔵氏といっしょになって純一郎氏が推進したコイズミ内閣の、改革に名を借りた有権者騙しはこの医療制度以外にもいろいろありました。つまり、コイズミ-竹中ラインの過ちはこの医療制度改革に留まりません。

 私たちの国で、今、一番謝らないといけないのは、このコイズミ氏ではないですか。

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祝祭空間としてのヤスクニ

うわあ、おじさんたち、怒ってる。
 今日プールで泳いだ仲間はおじさんたちが多い。

 いつからガソリン上がるんだぁ? 
 盗る取ることばかり考えやがって!!

  といった調子。

 本当に再議決するのでしょうか。 

 自民党さんも公明党さんも、本籍地自民党の民主大江康弘・渡辺秀央のおふたりも、同じく民主の山下八洲夫さんも、こんな怒りを無視するんでしょうか。


 さてさて、今日はガソリン税の話しではありません。
 私がよく行く「katolerのマーケティング言論」にエントリーされている「私を靖国に連れてって!~靖国アミューズメントパーク化計画」のご紹介。

 katolerさんはそこで、「戦争パノラマを展示する見せ物小屋空間としての『靖国』」の話しをされています。

 もともとは坪内祐三著の『靖国』で語られている、まさに目から鱗の靖国神社譚。

 建立当初の靖国は大鳥居の下で日本で最初の競馬が連日行われたり、サーカス小屋などができてにぎわっていたそうです。

 笑ってしまったのがこの写真
 TDLのシンデレラ城顔負けの様式建築物の前に時代がかった扮装の男女4人。男性の方はわらじ履きに股引・法被とおぼしき姿。ぜひ、katolerさんのページで拡大してご覧下さい。
 靖国神社の付属施設、遊就館も現在の建物は昭和になってからのもので、明治期に最初に建てられたのは、イタリア人雇われ建築家カペレッティが設計したロマネスク様式の建物である、この写真のものなのだとか。

 敗戦直後にはGHQとの間で実際にアミューズメントパーク化構想が持ち上がったことも、私には初耳。
 なんだかんだ言いながら、私も含めて、みんなは靖国のことを知らなさすぎるのじゃないかしら、と思った次第。

 だいたいが、西郷隆盛が唯一尊敬する人物だと明言し、この靖国神社を崇敬している稲田朋美氏は、ここに西郷隆盛は祀られていないことを知らないようですし。

現在の遊就館の姿は、靖国というものが、その出自から本質的に持ち合わせている「見せ物小屋」としての遺伝子が色濃く反映されたものと考えるべきなのである。

 靖国という場所は、現在の左右によるイデオロギー論争の際などに、両者がアプリオリに前提としているような青白く痩せたものではなかった。特に昭和~太平洋戦争時には「国家神道」というインチキ宗教の受け皿にさせられたおかげで、歪んだ姿になってしまった。

 
……

 祝祭空間としての靖国の原点にもう一度還るのだ。



 とkatolerさんが喝破していることに、思わず拍手。

 そういえばつい60数年前まで、私たちの国は宗教国家でしたよね。国家の根幹に神道という宗教を持ってきたという意味で。

 そんな国家の装置の一つが靖国であり、全国津々浦々にわたって学校に置かれた奉安殿でしょう。

0004l←天皇・皇后の写真を安置した奉安殿。    
   ↓
     Senseki6
  









 戦時中の学校におかれた奉安殿に、子供たちは登下校の際、最敬礼をし、この前で
行われるセレモニーでは、咳ひとつ、クシャミひとつ、ましてや鼻をすすることなどもってのほか。ひたすら直立不動で教育勅語を聞かされていました。


 宗教国家というのは、国民を一斉に一つの方向に向ける意味では、為政者にとっていかにも都合のいいものでしょうね。
 自分の思い通りに民を動かしたい、なんて、政治に携わる人たちがつい抱きがちな妄想なのでしょうが、いつもなにがしかの割合でそんな妄想の相手をしない人たちがいるわけです。これは政治のことに限りませんが、世間で主流になっている考えに“否”と言うのは大変なエネルギーが要ります。


 どうしてそういうことが可能か考えますが、なかなか結論は出ません。
 科学性・合理性が云々されたりしますが、それだけではない、ちょっと違う気がします。
 やっぱり、何かおかしいぞ、という感覚をとっかかりにして、人と考えは違っても自分は自分、と考えているような気がします。
 でも、そんな感覚はどこから生まれてくるのか? と思うと、やはり分かりません。


 う~ん、袋小路に入ってしまいそうだ……


     
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自公政権によって、私たちと私たちの国の状態は向上したかどうか

日刊ベリタによると、4月の世論調査では、就任して1年になるフランスのサルコジ政権の支持率は3月の37%から36%に下がり、不支持が63%から64%に増えたそうです。

 それぞれ1%の増減で誤差のうちなのかもしれませんが、おや? と思ったのが、日本でよくある「分からない」とか「どちらともいえない」とかの曖昧なものがこの数値の中に全然ないこと。日本だったらかなりの率を占めますよね。

 もともとそうした項目がないのでしょうか?
 だとしたらなぜないのでしょうか?
 フランス人は支持か不支持かはっきりしているのでしょうか?
 
 おもしろいな、と思いました。

 さらに、「サルコジ政権によってフランス人とフランスの状態は向上したかどうか」という質問に対しては79%が「向上してない」と答えたらしいですが、この質問の仕方も単刀直入でおもしろいですね。

 今年3月の日本経済新聞の調査では、

「Q3.あなたは福田内閣の仕事ぶりを評価しますか、しませんか」とあり、

 (   24) 評価する
   (   62) 評価しない
   (    8) (どちらともいえない)
   (    6) (いえない・わからない)

 という結果が出ていましたが、

「フクダ政権によって日本人と日本の状態は向上したかどうか」という表現で質問をしたら、どんな結果が出るでしょうか。

 それにしても「仕事ぶり」を評価するって、なんだかおかしいですね。
 
 どんな結果であれ、一所懸命やっていたらOKよ、ということなのでしょうか。子どもの教育ではそんな言い方がよくされますが、政治がそれでは困ります。

 内閣のとった政策の結果、私たちと私たちの国の状態がどうなったか、という質問の設定の方が、現行の政治に対する有権者の評価が的確に出ないでしょうか?

 ついでに、

「コイズミ政権によって日本人と日本の状態は向上したかどうか」
「安倍政権によって日本人と日本の状態は向上したかどうか」

 と過去をふり返ってし調査して欲しい。


 また、今日、自民党国家戦略本部の国家ビジョン策定委員会が、衆院定数を200(現行480)、参院定数を50 (同242)に削減することを柱とする政治体制改革案を発表したらしい。

 さらには頭数の減ったところで、政党への公的助成を現行の国民1人あたり250円から1.000円に増やせ、といってるらしい。

 これが「国家ビジョン」というのですから困ったものです。「国家ビジョン」というより自民党政権維持のための「小手先ビジョン」。

 定数をこれだけ減らせば、ますます少数政党は切り捨てられて、国民の多様な意見が政治に反映するのが難しくなるのではないでしょうか。

 おまけに企業からの献金はばっちり取って、そのうえに政党助成金を現行の4倍ほしいとは、○○も休み休み言え、というところ。

 こんなことを政権与党が考えているなんて、ほんとうにこの国は大丈夫か?! と心配です。


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「厳しい」と「要求」、そして「いい加減」

いきなりだけれど、戦後日本が経済力をつけて豊かになった60、70年代以降、つまり高度成長期以後、日本人の次世代を育てるという行為、つまり“子育て”のキーワードは、「厳しい」と「要求」だった、と私は勝手に思っている。

 もともと日本人の子育てには、「児やらい」という考えがあった。

……たしか虎のお母さんが、仔虎の食物に夢中になってゐる隙を見て、そっと往ってしまふことが書いてありましたが、日本でも熊は仔熊を三才までは連れてあるくことがあって、四歳の春の雪解けに穴をでるとき、その子と別れることになってゐます。
……

 人を成人にする大切な知識の中には、家で与へることのできぬものが実はいくつもありました。さういふ点については世間が教育し、また本人が自分の責任で修養したのであります。ヤラフといふのは何か苛酷のやうにも聞こえますが、どこかに区切りをつけぬと、いつまでも一人立ちができぬのみならず、親より倍優りなものを作り上げることもできなかったのであります。
……
(大藤ゆき著『児やらい』の序にある柳田国男の言葉)
                                                                                                     

  乳幼児の死亡率が異常に高かった時代、育てる、と決めた子を、産みの親ばかりか名付け親、拾い親等々いろいろな大人が手をかけ、気をかけて、「7歳までは神のうち」というように、いつ忽然とこの世から消え去るか分からない子どもを、大切に育てた。


 そんな大事だいじに育てた子どもも、時期が来たら追い立てるようにして突き放す。これが「児やらい」だ。


 これについて柳田国男は、

「ちゃうど今日の教育といふものの、前に立って引っ張って行かうとするのとは、まるで正反対の方法であったと思はれる……」

「あなた方は『児やらい』などといふ本を書きながら、はたしてあるときが来たらヤラフことができると思ひますか。できなくとも私はちっとも怪しみません……」

 とも述べている。


 ある時が来たからといって我が子をヤラウことがはたしてできるとお考えですか。まあ、できないと考えても不思議ではないのですが、と問いかけながら柳田は、昔と今、(時代によって地域によって)人によって、実にさまざまな児やらい、子育てのありかたがある。それを伝えるだけでもいい、と著者たちに言葉をかける。


 この柳田の問いを自分に向けてみる。
 はたして私は、ヤラウことができると思うか? 答えは、“No”でもあり“Yes”でもある。
 自分はヤラフことがでたか? と考えてみると、多分、私ひとりでは“No”だった。“Yes”といえるのは、子どものおかげだ。つまり、もう僕を/私をヤラッてくれ、と子どもたちが私に教えてくれたのだ。


 子育ては一方的に親や他の大人が前に立って子どもたちを引っ張っていこうとするだけではない、あくまでも子どもとの互いの働きがけで進んでいく。
 児やらいのためには、親は子どもの声に耳を澄ますことが必要なのだ、と思う。


 では自分は、十分子どもたちの声に耳を傾けてきたか? と考えるとどうもYesとは答えられない。でもどうにかヤラウことができた。これも子ども自身の必死の訴えのおかげだ。
 児やらいとは、それほど難しい。
 特に現代において子育ては、ある時期が来たら、というより「不断のやらい」だと思うから。

 昔はそれほどややこしく考えなかっただろう。それなりの習俗があって、みんなといっしょに従っていたら良かった。親は親でとにかく生活を維持しなければならなかったので、そんなに子どもにかまっていられるか、というところか。


 私の世代は、敗戦直後の混乱が次第に落ち着いて復興に邁進しようとする時期に生をうけ、そのまま日本の経済と社会が伸びていくのに歩を合わせて育ってきた。経済成長の恵みを全身で受けて、あれよあれよというまに大きくなったのだ。

 この間、「ある時期が来たらヤラウ」という習俗はいつの間にか形だけを残し、まったく個人的な問題としてそれぞれの家庭に任されることになった。
 
 ところで私の子ども時代、昭和30年代には、都会にもまだまだ牧歌的な風景が広がっていた(私は横浜育ち)。
 牧歌的、といえば聞こえがいいが、要は、生活するのに忙しい親を尻目に、大人の目の届かないところで暗くなるまで思いっきり遊んだ、ということ。
 親の口出しはあまり受けず、失敗もたくさんして、恥もいろいろかいて、いつの間にかヤライも済み、大きくなったといえる。


 日本人が高度成長を謳歌しているとき、ベトナム戦争はますます激化していった。
 南ベトナム、ゴジンジェム政権の腐敗、思想犯と思しきものたちの通称「虎の檻(おり)」への収容(中には3才の幼児までいたという)と拷問ソンミ村の虐殺等々が報じられるたびに、若い正義感は燃えたぎる。そんな時代だった。
 そして大学に入った翌年には、大学紛争が私たちの所にも及び、学部封鎖・大学封鎖に突入。


 あの頃、パリではカルティエラタンの「5月革命」が、アメリカでは映画『いちご白書』に描かれた世界があった一方で、中国では紅衛兵旋風が吹き荒れていた。
(文化大革命の具体的なありさまは、映画『芙蓉鎮』からもうかがえる)。


 さて、このところ、ブログ界の片隅で、この時代のことが、正確に言えば連合赤軍への言及について問題になっていた。


 あくまでもノンポリとして4年間を過ごした私も、いちおう同時代を生き、あの時代の空気を吸った、ということで少しぐらいの発言は許されるかな。


 私は地方で学生時代を送ったが、同級生や友人には東大安田講堂に立てこもったメンバーがいた。
 地方といっても、戦後の一時期、国立大にあるまじき不正入学に某政治家が関わっていたという問題などもあって、東京には比べようがないものの、けっこう学生運動が先鋭化。
 中核派が本部占拠をしたとき、当時の資料が発見されて足がガクガク震えた、という話しも聞こえてきたが、これについては真偽のほどは定かではない。
 まあ、そんなことで、大学紛争の中でこの不正入学問題は公然の秘密のごとく一般学生の間でも語られるようになって、私も知ることになった、というわけ。 


 大衆団交や学生大会がしょっちゅう開かれ、異議なし! とか、ナンセンス! 自己批判せよ! といった語がよく飛び交っていたが、この自己批判せよ! という言葉も、この時代を切りとったときに出てくる言葉の一つ。

 そしてこの言葉が次の団交や学生大会で誰に向けられていくのかは、まるっきりノンポリの私には予測不能だった。いや、ノンポリでなくても、予測はできなかったと思う。


 若ものの持つ正義の刃は切っ先鋭く他者の心を切り裂き、ぐいぐいと食い込むもの。
 昨日、自己批判せよ! と先頭に立って叫んでいたものが、今日は自己批判を要求される側に立たされたとしても、不思議はなかった。


 私よりも何年も前から学生をしていて熱心な運動家として学内で有名だった人は、ある日、教授から食事をおごられて変節した、ということで非難・糾弾された。
 新入生歓迎コンパにやってきて、ぐるりと中腰で回って「マ~ルクスしゅ~ぎのなんたらかんたら」と歌いながら踊り、新入生の私の眼をまん丸くさせた人だったけれど、それ以後学生運動の表舞台から姿を消し、私が卒業して何年もたってから、京都のお寺で雲水をしてる、という情報が入ってきた。仏の道に入って、救われただろうか、どうだろうか。


 当時学生運動をしているものたちの中には親から仕送りを止められた人がたくさんいた。むろんそんな人たちは食べるのにも困るわけで、たった何百円、多くて千円やそこらで買収されたとしても不自然ではない。そんな時代だった。
 
 
 安田講堂組のひとりは、卒業間際になって学校を辞めていった。
『男はつらいよ』の寅さんの義理の弟のように印刷工になったはずだが、かつての同級生仲間も、もう30数年音信不通とのこと。今どこで何をしているか、皆わからない。


 大学卒、という学歴を捨て、いわゆるプチブルになることを否定して一介の労働者になることを選び取った彼は、正義を追求する、自分にも他者にも厳しい人だったのだろうか、と考えたことがあるが、本当のことは本人のみぞ知る。
 そんなにカッコイイものじゃない、失望したり、意地はったり、いろいろあるさと、今会えば、還暦を前にして語るかもしれない。


 あとのひとりはその後精神を病み、やはり30数年前に私と会ったときは、機動隊の棍棒で殴られて、あれから自分は頭がおかしくなった、と真剣な面持ちでしゃべっていた。この時のことを思い出すと、やはり今でも涙が出てくる。
 私は大した友人でもなかったのに……。偶然会っただけだったのに。
 闘争時、怖いほど鋭い目をしていた人が、まるっきり人が変わったようになっていたのが脳裏に刻まれた。


 私にはとてもできなかったが、時代のうねりの中に自ら飛び込み、散っていった人たちだ。
 連合赤軍の“総括”の陰には、こんな例が無数にあったのだと思う。


 そんなことをしたり見つめたりしてきた私たちは、学校出てからもう38年。
 自己批判せよ、と迫った潔癖感・正義感をもてあましながらも、人間関係を模索してきたと思う。
 上記にあげた人たちも、悲しいことばかりじゃない、この30年をこえた月日の間、楽しいことや心から笑えることがきっとあったはずだ、と思いたい。



 私たちはダブルスタンダードで子育てに失敗した世代だ、と残間えり子さんがいつかラジオで語っていたけれど、たしかにダブルスタンダードだったかもしれない、と私も思う。
 もっといい成績を取れ、と無言のうちに子どもに要求する母親が、『あばれはっちゃく』が理想です」と公言して何の疑問も抱いてない様子が見え見えだったことなど、そのいい例だ。


 はな垂れ坊主だったり、スカートの下のパンツが真っ黒けの泥だらけになるくらい遊び回った女の子だったり、冬、半ズボンの下に厚い股引をはいて寒さに耐えていたり、ときにはその股引の上に厚手の靴下というかストッキング(それも木綿のストッキング……)をはかせられたりして、およそファッションとは似ても似つかないような代物をまとった悪ガキども。
 まだ貧しい昭和30年代を駆け抜けた、ごくありきたりの、男の子・女の子たち。
 それが私たちだった。

 
 長じて家庭を築き、子育ては児やらいだ、ということを忘れはしなかったか?
 懸命に向かい合う子どもの中に、小公子・小公女を求めたりはしなかっただろうか? と自問してみる。 
 

 ダブルスタンダードというより、ダブルバインドというほうがふさわしいかな。
 それくらい、子どもにとっては縛りになるものね。


 要求に応えられない子どもも、親の無言の要求を我が身に引き受けて、自らを規制し縛りつける子どもも、その心と体は、悲鳴をあげてSOSを発する。

 いい子であればあるだけ、親の言動や要求にいつの間にか沿うように自己規制して、自分で自分を縛り上げる。そんなことに、と驚くような些細なことにとらわれてがんじがらめに自分を縛り、見動きできなくなる子もいる。
 体にいいもの悪いもの、ねばならぬ、あらねばならぬ、等々で自分を縛るのだ。


 親の愛を獲得するのにはいい子の条件を満たさないといけないと、強迫観念のように自分を縛る子もいれば、親の懐に見切りをつけて、どこかに飛んでいってしまう子もいる。どちらの子どもも、世界一の不幸を背負っているような顔をしている。
 でもこの時縛られているのは子どもだけじゃない。親も縛られている。


 人はよく、子どもの“でき”で親を評価する。
 でも、子どもにはそれぞれ個性がある。要求の強い子、弱い子、努力をする子しない子。
 個性だけじゃない。努力をして報われる子もいれば報われない子もいる。報われるときもあれば報われないときもある。
 中にはとり立てて親が配慮しなくても、すくすくと努力家のいい子に育つ子もいるけれど、そんな子を持った親は、ラッキー。ただそれだけのこと。

 
 誰でも、あらねばならぬ、という呪縛を解いて縛りから解放されると、憑きものが落ちたようにいい顔になる。
 
 
 で、子育ては親育て。育った私が学んだこと。


 人間関係はいい加減がいい。
 子どもはそのまま、無条件で受け入れる。人にも多くを要求せず、ちゃらんぽらんな自分も許す。
 きっと、それくらいでちょうどいい。


 いきなりだけれど、水葉さん、傷つくのを怖れなくてもいい。傷ついて強くなる。
 しんどいときは、人に支えてもらっていい。お互い様だから。


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 *と、こんな人生観しかもてない私ですが、なんでもかんでもちゃらんぽらんでいい、というわけではありません。

「人間関係はいい加減がいい」という表現の中には、「いい湯加減」という言葉にある「いい加減」、good enoughを含ませています。

 

コイズミ医療制度改革 リハビリ編

後期高齢者医療制度が問題になって、2年前、私も友人やご近所さんに署名を集めに行った「リハビリテーション医療の一律打ち切り」が、最近またクローズアップされてきたのでしょうか。だとうれしいのですが。
 署名運動のその後、厚労省はほんの少し制度を手直ししたようですが、大した改善はされていないようです。
 コイズミ政権下で始まった医療費削減・弱者切り捨て政策について、この署名運動を呼びかけた多田富雄さんが『わたしのリハビリ闘争』を書かれています。

 今朝のNHK生活ほっとモーニングのテーマはリハビリでした。

 コイズミ改革は弱いものいじめだ、とよく言われてきましたが、とにかく少数者が泣きをみるような政策を推し進めてきました。少数の弱いものを無視して切り捨ててきたわけです。
 そしていよいよ後期高齢者医療制度を実施することでとうとう多数を相手にすることになり、問題が明からさまになった、といえそうです。

 *教訓
 少数の問題と思っていると、やがて多数のものにも、その他大勢にもふりかかってくる。 

  さて、生活ほっとモーニングの本日のスペシャル、タイトルは「時間がたっても回復できる」です。

  病院を退院した後のリハビリが課題となっています。一昨年の診療報酬の改定以降、リハビリはおおよそ半年を境に医療保険から介護保険に移り、続ける形になりました。

しかし、介護保険の施設では専門家が不足し、なかなか十分なリハビリが行えません。
一方で、東京都世田谷区にあるリハビリの施設では、専門家のサポートを受けながら、利用者が自ら目標を立て、その目標を実現するためのリハビリを自主的に行っています。
発症から数年たっても能力が回復していく人が出るなど成果が上がっています。
番組では、十分なリハビリができない介護施設の現状と、リハビリの持つ可能性についてお伝えしました。

(番組HPより)

                                                                                                        
 わが家では、子どもがいないために何かと私たち夫婦が世話をしてきた夫の叔父夫婦が、今この問題に直面しています。

 医療保険適用期間は、なにしろ「発症から最長で6か月間」です。
 危機を脱して本格的なリハビリを始めたときには、叔母はすでに発症から3か月を経過していました。今のまま病院でリハビリの指導を受けるのは、あと2か月のタイムリミット。

 長年病床にある80歳を過ぎた叔母は、頭もしっかりしていて意欲的ですが、体そのものにかなりの故障を抱えています。
 そのためこれまでも時々リハビリが中断され、そのたびに不安を抱えながら、タイムリミットが迫るのを、指をくわえて見ているより仕方ありませんでした。

 本格的なリハビリを再開してもう2週間が経ち、タイムリミットまで1か月半。ここに来てまた故障がひとつ出てきました。
 またちょっと、リハビリはお休み。
 せっかく足に力が入るようになった、と喜んでいたのに。

 おばちゃんが、持ち前の明るさと意欲でなんとか乗り切れますように! また自宅でおじちゃんといっしょに生活できますように!

 なおリハビリについての私エントリーは、

寝たきりでも、リハビリは必要です
リハビリ打ち切り制度はどうなったか

 介護については、

暴言マスゾエ氏 その介護体験は?
政府公認 使い捨て

 等があります。お時間の許す方は、読んでいただけたらうれしいです。

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選挙結果を制する手段 軍民共用化 電子投票法

なぜか、多くの市民に忌避されながらも、大合併後の4期目の今も市政のトップであり続ける、下関の江島潔市長。

 下関の現状を知るたびに、日本の近未来の姿を先取りしているのではないか、と悪寒が走るのを覚えたものです。

 選挙結果を制するのには実に色々な手口があるものだ、ということを教えてくれるケースの一つですよね。
 つまり、江島-安倍ラインが市民派を名乗ったり怪文書を撒かせたり、5,000万の選挙資金を与えて3番目の候補者を立たせたりしたことですが。

 さらには山口2区衆院補選では、岩国基地滑走路の軍民共用化が釣り餌として有権者の前にぶら下げられたようですね。
「地元の発展にはどうしても必要と思っているので、私どもとしても約束する」と、フクダ首相が言明したとか。

 もともと日米両政府が2005年10月に合意した在日米軍再編計画に盛り込まれ、日米合同委員会で岩国-羽田1日4往復で合意されているのだそうです。


 自民党候補で元国交省官僚の山本繁太郎氏の公約にかかげられているこの軍民共用化を早いところ実現させよう、ということらしい。
 
 羽田直行便が地元にできるということは、なにかしら、漠然と、東京の風を感じていい気分になるものなのでしょうか? そしてその風を早く身に受けたい、と考えるものなのでしょうか?

 米軍の横田基地に面積の29.4%を提供している東京都の瑞穂町は、軍民共用化について、以下のようにHPで述べています。
 

横田基地の軍民共用化は、さらに住民の生活環境の悪化を来たすばかりでなく、飛行場の永久化につながることから反対しています。

                                                                                                            

 2001(平成13)年1月には、

東京都の「航空政策基本方針」及び「多摩の将来像素案」における横田飛行場の民間航空利用の記述は遺憾として、都知事・都議会・都議会総務委員長・都議会各会派・外務大臣へ「米軍横田基地の軍民共用化に反対する陳情書」を提出

   

 と説明がされています。

 何となくムードを掻き立てられて、その気にされて、だまされないで、と声をかけたいですね。

 

 米軍基地といえば、「米国に反旗を翻す南米:コロンビアVSエクアドル・ベネズエラ」で、エクアドルのコレア大統領が、世界銀行からの債務帳消し政策を推し進め、二万四千ヘクタールの広大な土地に広がる米空軍基地を貸与協定の期限が切れる2009年にはこれを打ち切ろうとしていることを伝えました。
 

 新憲法草案を審議しているエクアドルの制憲議会は1日、外国軍基地を国内に置くことを禁止する条項を賛成多数で可決しました。草案は今年後半に国民投票にかけられる予定で、国民投票で同条項が承認されれば、米国の望む更新はほぼ不可能になる見通しだ、という話し。

 アメリカの世界戦略から脱して独自の国づくりをしようと果敢に挑戦していた大統領が事故死してから27年経ち、やっとここまでたどり着いたのか、と思えば、私たちの国はまだまだ、緒にもついてません。


 それどころか、反対に米軍に組み込まれて一蓮托生かそれ以上の軍事貢献がすでに日程に上っているのでしょうね。航空自衛隊による多国籍軍兵士の輸送を違憲と認定した名古屋高裁判決を「関係ねえ」と言いはなったのは航空自衛隊のトップでした。


 で、話しを元に戻しますと、選挙結果を制する究極の手口、といえばこれかもしれません。

 電子投票法です。

 これについては、Like a rolling beansさんが追跡されています。

NHKニュースでのみ流れているような気がする『電子投票導入修正で基本合意』

内部統制能力(自浄能力)を期待できない人たちに電子投票を委ねるわけにはいきません

【モリ氏・シオカワ氏らが推進した電子投票の大いなる懸念】本日22日以内に意見を!


「山口二区の補欠選挙にあたり「政局」になる前の23日に自民党の政策審議会が開かれるそうです。

22日までに、自民党関係方面に意見を、まだの方は是非ぜひ送ってください。

※もちろん他の政党にも」

 とRolling beanさんが言われています。


その他にも、


村野瀬玲奈の秘書課広報室さんの
電子投票とは、開票を密室で限られた開票作業者だけが行なうということにほかならない。(1)


現政権に「ノー」!!!さんの
電子投票導入に利権の影が?


民主党参議院議員中村てつじさんの
[電子投票緒]民主・自民修正案合意のはずが!?」 

私の以前のエントリーにも。
疑いだしたらきりがないけど、やっぱりアブナイ電子投票

電子投票法案 野党は再考して


 等々があります。


「「原田の電子投票法か!電子投票法の原田か!」というキャッチフレーズをHPに載せていた自民党衆議院議員原田義昭氏も、いろいろ話題を提供してくれる方です。


『沖縄米兵少女暴行事件』とある分析」を自身のブログに掲載し、産経氏とともにセカンド・レイプともいうべき行為に走ったり、17日の道路財源(暫定税率)復活総決起大会に出席した民主党大江康弘参議院議員を賞賛したり、航空自衛隊による多国籍軍兵士の輸送を違憲と認定した名古屋高裁判決について、「『傍論』ならぬ『暴論』」といったり……。


 古賀誠、麻生太郎、山崎拓、大田誠一、西川京子、鳩山邦夫、そしてこの原田義昭。これに三原朝彦、武田良太を加えたのが、福岡県小選挙区選出自民党衆議院議員。なんだかなあ、福岡県。。。


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そろばん勘定、票勘定だけの議員は要らない

朝からちょっと遠出をして、数か月ぶりに海に近い農村地帯の産直店へ向かいました。

 1週間前にオープンした道の駅も見物してこよう、苺ももうだいぶ安くなっただろう、透き通るような身のモンゴウイカも季節だし、イカナゴもそろそろだし、新タマネギもセロリもたくさん出てるはずだ、久しぶりに美味しい鶏肉も食べられるぞ、とうきうきしながら車に乗っていると、いつもは信号もなくがら空きの路が渋滞。

 なにしろ狭い田舎道。新しい道の駅の駐車場に入るための車が、他の一般車両といっしょになって列をなしていたのです。
 もちろんそこで見物気分も吹き飛んで、道の駅は素通り。
 いつも行っていた買い物拠点を4、5ヵ所周って帰ってきました。

 産直店に通うようになってもう10年ちょっとになるでしょうか。
 最初の頃は悠々と買い物ができていたのに、特に夏場、殺気だった雰囲気さえ感じるようなときもあるなど、段々とせわしくせちがらくなっていきました。その度に売り場は拡張されていったのですが。
 新しい道の駅はそんな産直拠点のひとつが移転してさらに面積を広げたものです。

 まあ、来月くらいになったら少しは落ち着くだろうか、と思いながらも、このところの食に対する関心がこれまでになく高まっているから、どうなることやらと少々気になります。

 で、驚いたことに、養鶏場が経営する店の鶏肉の値段がほとんど倍になってました。
 これまではガラも入れた半羽分500円でおいしい地鶏が食べられたのですが、値段は同じでも量は半減していました。従来が安すぎたきらいはあるのですが、それにしても倍になることないでしょ、と心の中で独り言。

 もう季節も外れたかと諦めていたサラダほうれん草があったのはうれしかったのですが、これまた量が少ない。もっともスーパーならこの量で値段も1.5~2倍かな?

 モンゴウイカはまだ生きているようなものが4~5はいで1,000円。これはうれしかったです。2,000円分買い込みました。海が荒れているので、その他にある魚はアナゴくらいでした。
 でもそのアナゴも、自分でおろすことを条件に、なんと5匹で500円。
 わが家は夫がプロ顔負けの腕で調理してくれるので、迷わずゲット。

 セロリもおおきな株が180円。
 これはサラダにスープになんでもござれですが、意外なのが餃子に入れること。
 ニラといっしょに入れると美味しい。もちろん豚肉は出来合の挽肉を買わずに自分で刻んで叩いて使います。ちなみにわが家は皮も自分でつくります。
 
 苺は甘くておいしい高級種が、粒がちょっと小さくて不揃いのせいぐっと安くて1パック200円。これを1箱買っても800円。  

 ……

 という具合に、爽やかな4月の陽気に誘われた買い出しは順調に終わったのですが、あの渋滞を思い出すと、つい不安になります。
 夏場の供給量が減った時期、混雑する産直店で棚の野菜にわれ先へと手が出るのに遭遇するたびに感じていたこと……食べるものに困らないような世の中は、これからもずっと続くのだろうか? と。
 
 戦後生まれの私は、戦中・戦後のあの厳しい食糧難の時代は経験してませんが、すでに50年近く前、60年代には、日本の農業は「三ちゃん農業」だ、と自嘲気味に言われてました。

 農業の実質的担い手が、じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんの3人だ、ということです。

“工業製品を売って稼いだ外貨で食料を輸入すればいい”政策で、農業就業人口はどんどん減り、高齢化率も高まるばかり。

 もうずいぶん前から農村に住む叔父などは、減反政策なんかしなくてもいい、ほうっておけば年をとって農業ができなくなるから自然に減反されるよ、と言ってましたっけ。

 産直から帰り、お土産の野菜と、きのう堀たてを茹でた竹の子をもって友人の家へ。
 そこでご主人を交えて3人でおしゃべり。
 結局、これから老年期に入って自分や周りのものの身をどうやって処していくか、という問題が話しの中心になりました。

 そちらもわが家も、そして私のご近所も、どちらの家も、子どもたちがUターンしてくることはまず考えられません。
 海の幸・山の幸に恵まれながらも、働くところがないのですから。

 やっぱりいびつに発展してきたのかな、私たちの国は。

 これからのこの国のかたちをどうしていくか、いよいよ本気で考え直さないといけない時だ、とあらためて思います。

 今朝、カーラジオから聞こえてくるNHK日曜討論は自民vs民主。

 自民:西川京子厚労副大臣、衛藤晟一参院議員、大村秀章衆院議員
 民主:長妻昭衆院議員、福山哲郎参院議員、山野井和則衆院議員

 で、自民の方はもっともらしい数字を並べての言い訳に終始して理念も哲学もありません。

 西川氏は、高齢者も今まで同様に医療が受けられます等々、立て板に水の如くとうとうと、そして平然と言ってのける。
 さすがは小泉風が吹いていたとはいえ、落下傘候補の身で自見庄三郎氏を破った人だ、ウソがうまい、と感心。いやあ、キツネですね、と心のうちで呟く。


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アンチ小泉法、そして「最後っぺ」発言

海舌さんが、「『アンチ小泉法』、つまり、小泉政権で成立した法の全てを一旦、廃止する法を成立させるべきである」と言われています。

 同じページに引用されたヤメ蚊さんの、

画期的違憲判決を書いた青山邦夫名古屋高等裁判所裁判長が3月31日付けで「依願」退官していることは軽視してはいけないと思う。確か、住基ネット違憲判 決については、まもなく、裁判長が自殺したはずだ。それだけの重みがある判決であり、他方で、それだけのプレッシャーが本来独立して判断すべき裁判官にか けられているわけだ。また、このニュースについて重みをもって伝えられなかったメディアがあったことも忘れてはならない。青山裁判長の勇気に敬意を表する とともに、この点をメモしておきたい。

  という言葉。

  どちらにも深く同意いたします。

   以前からコイズミ政権下で成立した法の検証をすべきだ、と私も言ってきましたが、あのちゃらんぽらん総理に加え、 数のデタラメを引き継いだ安倍、福田政権下で成立した法についても同じことがいえますね。
                                                                                                           

 そして中山成彬衆院議員の空自違憲判決「最後っぺ」発言。

18日の宮崎市で開かれた党の会合で、名古屋高裁の17日の判決文を書いた裁判長について、

いろいろと問題のある、癖のある人だった。

最後っぺで、ああいう判決を出したのか。

  

 などと言ったそうですね。

 自分の意に沿わない判決だからといってこんな言い草ないでしょっ、と怒りながらも、これが私たちの国の国会議員かと思うと、悲しくなります。

 中山成彬氏こそ、いろいろと問題のある、癖のある人。
 
 ちょうど1年前、つまり2007年4月、米国議会調査局から出された従軍慰安婦問題の背景に関する報告書で、

自民党の日本の前途と歴史教育を考える議員の会に代表されるような日本の歴史修正主義者たちは、重大な罪が免除されることを求めているようにみえる
 
 と言われながら、その歴史修正主義者として同氏が名指しされていました。

 あのころ、まだアベ氏が首相として気勢を上げて意気軒昂にしていたとき、国会で従軍慰安婦はいなかったとして論陣を張り、怪気炎をあげていたこの中山成彬氏の姿がまざまざと思い出されます。

 夫人の中山恭子内閣総理大臣補佐官とは大蔵省時代の同期だったのですね。

 それにびっくり、ポスト福井で1番に名前のあがっていた武藤敏郎日銀総裁候補もやはり大蔵省時代の同期だったのです。

 うわあ、参院で総裁就任を否決して正解でしたね。
 こうしたお仲間たちが日本を自分たちの都合のいいように好き勝手に動かそうと、司法も含めてさまざまな所に圧力をかけているかな?

 従軍慰安婦他、さまざまな歴史教育の問題についてもきちんと事実を知っているくせに、計算づくで故意に否定しているのではないかな? とはこれまでずっと感じてきたことです。

 こんな汚(お)発言は、それこそ最後っぺでもなんでもいいですから、最後にして欲しい。

  
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政治の問題じゃない、とか、1年生議員だったのでわからなかった、とか、あまりに無惨な政治屋さんたちの言葉

珍しくお昼時にテレビをつけると後期高齢者制度についてのシリーズもののようでしたのでそのまま聞いていると……テレビ朝日でしたが……塩川正十郎、井脇ノブ子などなどが、ぞろぞろ登場。

 当年86歳の塩川氏は、コイズミ政権下で成立した医療制度改革法について、 

役人の頭の中の体操だ。
 
政治の問題ではない。

 
     と怒る。

 小泉チルドレンの井脇ノブ子氏は、

よくわからなかった……
 

  こうした言葉を聞いたときは、思わず耳を疑いましたよ。まさしく、政治の問題でしょっ!

 医療制度改革法が成立した2006年6月には、塩川氏は確かに政界を引退していますから、議決に加わっていません。

 それでも、「政治の問題ではない」と言いきるのはなんだあ!!  

 番組はその後、今年の1月金沢で行われたフォーラムでの、際限なく上がる医療費を抑制する目的について語る官僚の発言記録を流してました。

 まさか、すべてを厚労官僚の罪にして政治家は逃げ去ろう、という作戦ではないでしょうね。

 そして1年生議員だったのでわからなかった、という小泉チルドレンの無責任な採決姿勢を象徴する言葉には、唖然とするほかありません。

 おそらくそんなことだろうとは予想していましたが、あまりに無惨な政治に携わる/携わった人たちの姿。

 塩川氏はいったい何を考えているのでしょう。
 見えてくるのは官僚の作文に疑問を呈することなく言うがままになる政治屋さんたちの、自分たちの責任をどこかに放り投げて次の選挙の票集めに余念のない姿です。

 そしてフレッシュ・マン/ウーマンだから、わからな~い、なんて今時の新入社員でも言わなさそうな言葉を恥ずかしげもなく吐けるチルドレン。

 医療制度改革法だけではありませんよ、コイズミ、アベ、フクダ政権下で、数を武器に次々に通ってきた悪法は。

 それにしても恥ずかしい限りです。
 こんな認識の政治屋さんたちを国会議員に持っている私たちの国は。

 何度もいいますが、行政改革って、何だったの?
 官僚の手から国民の代表が政治を取りもどすんじゃなかったの?

 改革って、何だったの?
  
 改革の呼び声に答えて立ち上がったかのごときコイズミチルドレンたちは、いったに何だったの?
 単なる演出に過ぎなかった、ということでしょっ。

 官僚の手から取りもどして政治家が自ら政策を練り上げていくというのは、きっと大変なのだと思います。
 徒党を組むことと次の選挙の票集め用に地ならしするばかりでは、政策の勉強もできませんよ。

 やっぱり改革は、政治家自身の改革が先でしょう。

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有権者の怒りをしっかりと受けとめて、 民主党!

イヤなニュースが続きますね。

 それもこれもあれも、ぜ~んぶ、政治が悪いから、とは言いません。
 でも政治が背負うべき問題が多いのも事実。
 で、悪政に庶民が四苦八苦なのも事実。

 なにしろ、

 暫定税率失効のままじゃあ、世界から笑いものにされるぞ、
 いうこと聞かないと、道路をつくる金なんかやらないよ、
 歳とったら国が面倒みるのは最低限の所でやるよ、できるだけ金は出したくないから、

 という具合に脅しだましを含めてあの手この手で有権者を縛って搾り取ろうという姿勢をチラチラ見せている政府ですから。

 世界に笑われているのは自分たち理念も志も持たない政治屋だ、ということを知ってか知らずか、無視しているのですから。
 同時に、笑われているのはそんな政治屋を“選良”に選ぶ私たち有権者かもしれませんが。

 昨日あった植草さんの控訴審判決についてはJANJANにレポートがあります。
 たった1回の公判で、新たな証拠調べも行われずに結審したようですが、言い渡すときの裁判長の声が非常に低くて、聞き取るのに苦労したそうです。
 詳しいことはそちらのレポートをお読み下さい。

 で、ちょっと前になりますが、8日のアサヒコムに、「道路特定財源、『支持』署名した引退首長たちのホンネ」という記事が掲載されてました。


 道路行政にかつてない厳しい視線が注がれる中、国土交通省をはじめとする維持派の大きなよりどころとなっているのが、同省と関係の深い「道路整備促進期成同盟会全国協議会」(道全協)が昨年11月に集めた署名だ。

  「道路特定財源はすべて道路整備にあて、08年度以降も暫定税率を延長する」ことを求める内容に、1800人の全市町村長のうち、署名し なかったのはわずか6人。冬柴国交相(71)は「維持すべしと直筆で署名したものが(ファイルで)3冊ある。首長さんは続けてもらいたいとおっしゃってい る」などと国会や記者会見で盛んに取り上げた。

 しかし、今回の取材に対しては35人のうち13人が「完全一般財源化」、4人が「一部 一般財源化」を支持すると答えた。「道路使用にか かる税そのものの廃止」を訴えた人も1人いた。一般財源化支持の17人については、ガソリン税などの暫定税率についても「廃止」を望む人が10人にのぼ り、「暫定税率のまま維持」を唱えたのは1人もいなかった。

 

さらには、 

首長にとっては一種の踏み絵。あえて署名しないなら相当なプレッシャーを覚悟しなければならない

  などという意見も。

 そうか、脅しをちらつかせて踏み絵を踏ませる、そんな政治が21世紀の日本でまかり通っている、ということだ。それこそ、世界の笑いものだ。


 さて、焦点のひとつ、27日投開票の山口2区補欠選挙の動向については、thetheさんの記事が厳しい現実を指摘されています。

「井原勝彦前岩国市長が負けたショックが未だ尾を引いて」「福田政権は、国土交通省や防衛省を使って露骨に地元を締め上げ始めている」らしい。。。

「山口県は、労組がほぼ自民党支持のため」とthetheさんは言われていますが、これには同感するところあり。

 少なくとも、民主党候補を勝たせる力にはなってない可能性もありますよね。


 で、今日は仲間のおばさまたちといっしょに泳ぎながら、久しぶりにプール端会議。まだ70にならない人でも、65歳になって介護保険料が天引きされるようになった、後期高齢者医療制度もそうだけれど、取ることばかりしっかりやる等、怒ること、怒ること。
 

「2年前に可決されていたんだってねえ、そんなこと、私たち知らなかった。新聞もテレビも問題にしなかったじゃない」

「コイズミのどこがいいの! 次期首相だとか、いい加減にしてほしい」

「道路財源があんな所に使われていたなんて知らなかったよね」

「ぜったい自民党なんかには入れてやらないよ。もちろん、公明党なんか、あたりまえでしょ!」

 という具合に、みなさん手厳しい。 

 中には、コイズミ純一郎に群がって黄色い声を張りあげる女性陣を見て、○○○に選挙権なんかやるからこんなことになるんだ、と主人に言われた、と嘆く人までいました。 
 コイズミ純一郎なんかに負けずに、世の中の男性も女性にアピールできるようになって欲しいよね、と冗談言いながら、お金も時間も持ってない庶民には無理だよね、などという自嘲的な声も。
 そうでも言わないとやりきれない。せめて口ぐらい、元気に笑い飛ばしたい、というところかもしれません。

 ごく普通のおじさん、おばさんたちが怒っています。特にリタイア組、年金世代が怒っています。そりゃあ、当然ですよね。  
 「平岡陣営のやる気を欠いているのも、盛り上がらない一因」とthetheさんは書かれていますが、それでは困ります。 

 怒っているのは、山口の人、つまり山口2区の人も同じだと思います。
 民主党陣営は、そんな有権者の怒りをしっかり受けとめる必要があります。
 岩国の住民の方々は、2月の市長選後、沖縄、横須賀等の基地の町で何が起こってきたか、考えて欲しい。

 幸い、今日の毎日では、他県から議員・秘書団も応援に入って、地道な選挙戦を展開していることが報じられています。

 がんばって、山口! 

 


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調査捕鯨は国策なの? 妨害行動を非難するばかりですが、何か隠してませんか

南極海で調査捕鯨を行っていた日新丸が帰港した15日をはさみ、調査捕鯨に対する妨害行為について、私の知る限りで3種類のニュースがNHKで流されました。

・“調査捕鯨 妨害行為が影響”
・調査捕鯨 危険な妨害やめて
・妨害受けた調査捕鯨船を検証

 の3つです。

 まず帰港前日の14日、農水省の白須事務次官のことば。

調査捕鯨に反対するアメリカの環境保護団体『シー・シェパード』などによる妨害行為を回避する必要があったため、調査日 数が不足した。捕獲の計画を達することができなかったのはまことに遺憾だ。


 
 なんでも、昨年12月~今年3月の調査期間中、ミンククジラ等900頭前後を捕獲する計画だったのが、ミンククジラ551頭と計画の60%程度にとどまった、ということでした。

 15日の帰港直後の会見で日新丸船長のことば。

『シーマンシップ』にのっとって人命を危機に さらすような行為はしてほしくない。

     さらには水産庁成子隆英課長が、計画の60%程度にとどまったことについて語ったことば。

資金面で影響が出れば値上げ もやむをえない。

 
 なんでも
、調査捕鯨の費用が主に調査捕鯨で捕獲した鯨の販売収入で賄われていることから、捕獲した頭数の大幅な減少で今年夏以降に販売す る鯨の肉の値上げが必要になるという考えを示したそうです。 
                                                    

 そして帰港翌日の16日。

 海上保安官19人が、東京・大田区の大井ふ頭に接岸中の「日新丸」に乗り込んで調査。これまでに、投げつけられた瓶を押収。またビデオ映像を分析して瓶を投げつけたメンバーの特定を進めるなど、傷害や威力業務妨害などの疑いで捜査し、今 後、船長や乗組員からも当時の詳しい状況を聞き取ることにしている、ということでした。

 やれやれ、例の実力行使は日本人の反感を呼んで、けっしていい戦術ではないと思うのだけれど。

 でも、農水省側の言い分がどうも不可解。

 調査を行う(財)日本鯨類研究所は、共同船舶(株)から船舶を乗組員つきでチャーターして南半球ミンククジラの調査をする。
 水産庁が支出する鯨類調査資金の半分以上はこの南氷洋のミンククジラの調査に割り当てられる。
 その他の資金は国際捕鯨委員会IWCから委託された南半球および北太平洋での目視調査(←日本鯨類研究所のHPでは「目視採集調査)に、またわずかながらイシイルカ調査に割り当て。

 不条理日記さんによると2006年度のこの額は9億円ということですから、こちらにある1990年度の頃とたいして変わっていませんが、そこには
農林水産省の所管の「海外漁業協力財団」からの無利子融資については言及がありません。

 この無利子融資36億のうち10億が
(財)日本鯨類研究所は返せなかった。
 おまけに、詳しい実態調査をするという名目で捕獲数が増えた(05~06年度で440→850頭)が消費は伸びず、95~05年の10年間で在庫が倍増してしまった(1813→3945トン)。

 
調査捕鯨の資金の流れは06年度でいえば、

海外漁業協力財団は補助金12億をもらい、35億を日本鯨類研究所に無利子融資。 
日本鯨類研究所の収入65億のうち、
 クジラ肉売り上げ 55
 補助金        5億(南氷洋ミンククジラ調査へと思われる)
 調査受託       4億(南半球・北太平洋のIWC/IDCR航海へと思われる)
  その他         2億  

 (億未満は四捨五入)

   ということ。                                                       

 で、調査捕鯨の費用が主に調査捕鯨で捕獲した鯨の販売収入で賄われている、という水産庁課長氏の言葉とこの数値が食い違います。つまり、海外漁業協力財団からの無利子融資35億円分のことが、水産庁課長氏の発言には考慮されていません。
 課長氏が知らないわけありませんから、故意に隠していると考えて差し支えないのではないでしょうか。
 
 さらには、値上げもやむおえない、といっても、100グラム1000円前後という今でも破格の高値のクジラ肉の消費がこれからどれだけ伸びるのか疑問。

 おまけに水銀、PCB等の有害物質蓄積の問題があります。鯨類研究所では汚染度の高いものは販売を見送っていると述べられていますが。

 これほど不利な条件が揃っていながら、また捕獲せずとも調査は可能だと批判されながら、
無利子融資のことを隠してでも、なぜ捕獲を強行するのか、さっぱり分からないのです。

 
 暫定税率の失効のことで小池百合子氏が「(京都)
議定書の『出発の日』にガソリン値下げという逆の流れとなり、このままでは日本は世界に支離滅裂なメッセージを出してしまう」と、いかにも世界に笑われるぞ、と言いたげな発言をしましたが、これは日本政府の姿勢でしたね。

 一方捕鯨問題に関しては、世界の批判なにするものぞ、のごとく突っ走る。

 どうもそのあたりは一貫性がないのですが、何かを隠している、という点では両者の間にズレはなさそうです。
 
 政府は国民への説明を怠っていませんか。
 怠っているばかりか、シーシェパードを非難することで、世論を別な方向に誘導しようとしていませんか。

     
      
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○○風の吹く永田町に、つぎつぎに超党派議連

解散風か何の風か知りませんが、永田町はまたぞろ騒がしくなってきたようです。

 数々の超党派議連についてメモ。

京都議定書目標達成議員連盟】(略称・もくたつ議連)

1日に発足。自民・公明の議員60名が入会。
 会長:中川秀直
 幹事長:小池百合子
 会長代理:浜四津敏子公明党代表代行
 名誉顧問:コイズミ純一郎

 議連は今後も賛同者を募るが、「政局的な憶測を呼ばないように」(関係者)するた民主党とは連携しない方針。

  

 ↓ 発足に際し小池氏のあいさつ。

議定書の『出発の日』にガソリン値下げという逆の流れとなり、このままでは日本は世界に支離滅裂なメッセージを出してしまう。集まった人数が多くてこの部屋も温暖化しているようですね。
                                                                                                        
 口とごまかしのうまさで政界を渡ってきた、とまでは言いませんが、これは
昨日の記事通り、うそです。
 
 暫定税率の有無に関わらずCO2排出量は増えていく」(増井利彦 室長/国立環境研究所 社会環境システム研究領域)というのが、正しい。

 
国立環境研究所は、ガソリン税の暫定税率が廃止された場合、現在の燃料価格が2割程度安くなると想定。その結果・・・。
「運輸部門全体で(毎年)約520万トン、CO2g排出量が増加する。520万トンのうち、全部が自動車」(増井利彦 室長/国立環境研究所 社会環境システム研究領域)
5年後までに6%削減するという目標に大きく逆行するという。では、ガソリン税を廃止せずに道路を作り続けると、どうなるのか・・・。

「経済成長とともにエネルギー消費が上昇、CO2排出量も増加する」(増井利彦 室長/国立環境研究所 社会環境システム研究領域)

税率を下げても道路を作っても、CO2が増えるとすれば、環境問題から見た場合、ガソリン税は道路以外に使うべきとの指摘もある。 
 
 
  自民・公明の与党はこの国立環境研究所の試算で、自分たちにとって都合の良い部分だけを切り取って主張しているだけです。

 だいたいこの方、自身が環境相だったとき、ジュゴンの生きる海に米軍の滑走路をつくっても問題ない、と言いながら、エコを売り物にしてエコユリバッグ”などというものを考案しネット販売している方。舌は何枚あるのかな? 昔はこういうときも、えんま様に抜かれるぞ、なんて教わったものですが。

 小池氏、時流に乗る嗅覚は優れているのかもしれませんが、その嗅覚をもっとまっとうに使って欲しい。


クールアース50懇話会

 
温暖化対策をめぐって安倍シンゾー氏が3月5日に発足させた勉強会。

 座長:安倍シンゾー
 世話人:丹羽雄哉元厚労相、谷津義男元農水相、鈴木俊一元環境相
 会員:塩崎恭久、世耕弘成、川口順子、中川雅治、竹下亘

   諦めきれずにアベ氏再始動ですか? 
 で、川口氏は、上記のコイズミ純一郎のもくたつ議連の方ではなくシンゾー氏の方に参加ですね。


地方政府IT推進議連

 会長:アソー太郎
 参加:鳩山由起夫(民主)、原口一博(民主)
 

 国や地方自治体のIT化が進んでいるのに、自治体間ネットワークは進まず企業や住民の利便性に寄与していないことから、超党派で法整備を目指すために発足したそうです。

 でもおもしろいですね。“フロッピー麻生”で話題になって笑われた人がITを語る時代になったんですね。。。

「いまはIT化が進み、久間章生元防衛相でさえ携帯メールを使える時代だ。いろいろ面白い知恵を出してみんなで頑張りたい」とはアソー氏の挨拶だとか。

《保守勢力の結集》か? と言われているように、平沼赳夫氏と連携を深めているそうです。


【ビビンバの会】

 加藤紘一(自民)、仙石由人(民主)等が発足させる。

 初会合は国会図書館

 参加:山崎拓、枝野幸男(民主)、辻元清美(社民)、河村建夫(自民)、船田元(自民)

「  加藤氏はここ数年、CS放送のキャスターを務めるなど「評論家活動」にいそしんできたが、福田内閣の支持率急落を受け、与野党のパイプ作りを再開。17日には山崎氏、民主党の菅直人代表代行、国民新党の亀井静香代表代行と『3KY』を結成した」。

「私たちはごちゃまぜの会なので、『ビビンバの会』を名乗ろう」という加藤氏の言葉から名前がのだとか。 

「 松本健一・麗澤大教授を講師に招き、ナショナリズムや国家像について意見交換し」
「健全なナショナリズム育成に向け、議論を深め、政界の『軸探し』をしたい」と加藤氏が意気込んだというのですが、この麗澤大学は以前のエントリーでも取り上げていて、宗教右翼「モラロジー研究所」が母体となっている学校。久間防衛相(当時)が原爆仕方なかった発言をしたところです。
 
 健全なナショナリズムや国家像って、どんなものなのでしょうかね。

 なんだか食べたらお腹を壊しそうなビビンバです。


 ついでにいいますと、モラロジーとは「最高道徳』の存在と内容を、科学的に説明した学問」だそうです。
 最高○○などというと、私は革命後のフランスでロベスピエールが唱えた「最高存在」を思い浮かべます。



地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合】(せんたく)

 
参加:北川正恭元三重県知事、東国原英夫宮崎県知事、 松沢成文神奈川県知事、山田啓二京都府知事、佐々木毅学習院大教授

 
「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)が母体

で、

地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合を支援する議員連盟】
  
 
「せんたく」と連携し、マニフェストを充実させるなどを目的に掲げている。

 
発起人:河村建夫(自民)、園田博之(自民)ら8人、野田佳彦(民主)、枝野幸男(民主)ら8人、公明党からも2人が参加。


 共同代表:河村、野田両氏がに就任する見通し。

 民主党の参加者は小沢一郎代表と距離を置くメンバーが多い。
 3月2日に正式発足

 
鳩山友愛塾

 鳩山由起夫・邦夫の兄弟がこの4月から始めた。

 設立趣意書には、

「友愛の淵源は、クーデンホフ・カレルギー伯(汎ヨーロッパ運動主催者)の友愛革命を原点とし、その目的は人類の人格の尊厳を基調としての相互尊重、相互理解、相互扶助であり、人道主義、人格主義、協力主義、そして騎士道、武士道までも包含した謂わば紳士と淑女の人間関係の涵養であり、その核心は母性愛を根 源とした人間や自然に優しい世界の醸成であります」

 等々、実に格調高い(?)理念が謳われていますが、つい先頃も就任以来3度目の死刑執行を命令し、「(死刑執行は)抑止力になって治安の良い国をつくる第一歩だと考えている」「これからも、粛々とやらせていただく」と語ったことと、どこでどうつじつまが合うのかわからな~い、とぶつぶつ言っております。


 とりあえず今日はメモしておきます。

 
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暫定税率の有無に関わらずCO2排出量は増えていく、というのが国立環境研究所の結論です

またまたおかしな話し。

 暫定税率の失効でこのままガソリン税と軽油引取税が引き下げられたままでは、車の利用が増えることに加え、企業の生産活動などの活発化によって二酸化炭素の排出量が増えて、地球温暖化防止に逆行する、というのです。

 ちょっと前の話しになりますが、NHKが11日に伝えたことです。
 
 茨城県つくば市にある国立環境研究所がまとめたところによると、

 

今の税率が 仮に1年間続いた場合、二酸化炭素の排出が年間およそ600万トン増えると試算しています。このうち3分の2は乗用車やトラックなどの運輸部門が占め、車 の使用が増えることが最も大きな影響を及ぼすと分析しています。さらに、この税率が今後5年間続いたとすると、二酸化炭素の増加はおよそ3900万トンに 上ると試算しており、その場合、年間排出量は京都議定書の基準となっている1990年の排出量のおよそ0.6%分増えると予測されています。これについ て、環境省では「ガソリン税などの引き下げは地球温暖化防止に逆行する側面があり、二酸化炭素の排出をこれ以上増やさないためには再検討が必要だ」と話し ています。

    だそうです。

 また昨日紹介しました石油元売りの雄エクソンモービルのCM文句。

   

明るい未来は手の届くところに来ている


 悪い冗談としか思えません……。

 それにしても国立環境研究所に試算させて、これ以上二酸化炭素の排出を増やさないためには、税率を引き上げなければならない、とニュースで流すのはどうもおかしい。ガソリン価格がどんどん高騰したのは比較的最近のことですし、1リットルあたり100円前後で推移しているときも120円の頃も、二酸化炭素の排出が増えるから税率を上げるべきだ、などという話しはありませんでした。

 はてな? と思っていると、このニュースにはからくりがあったことに気づきました。

 テレビ東京ワールドビジネスサテライトの「どうなる? ガソリン税 08/2/19」に載っています。


今年度の道路特定財源は、およそ3兆円。その8割がガソリン税で賄われている。主な使い道は、新しい道路建設や維持管理などの「道路整備費」。最近、発覚したマッサージチェアなどの購入も、この「道路整備費」に含まれていた。
ガソリン税維持を主張する福田総理は・・・。
「燃料課税は温暖化対策上、果たしている役割は無視しえない」(福田 総理)

ガソリン税をどうするのか・・・? 地球温暖化という点から見てみると・・・。

暫定税率の有無に関わらずCO2排出量は増えていく」(増井利彦 室長/国立環境研究所 社会環境システム研究領域)

国立環境研究所は、ガソリン税の暫定税率が廃止された場合、現在の燃料価格が2割程度安くなると想定。その結果・・・。
「運輸部門全体で(毎年)約520万トン、CO2g排出量が増加する。520万トンのうち、全部が自動車」(増井利彦 室長/国立環境研究所 社会環境システム研究領域)
5年後までに6%削減するという目標に大きく逆行するという。では、ガソリン税を廃止せずに道路を作り続けると、どうなるのか・・・。

「経済成長とともにエネルギー消費が上昇、CO2排出量も増加する」(増井利彦 室長/国立環境研究所 社会環境システム研究領域)

税率を下げても道路を作っても、CO2が増えるとすれば、環境問題から見た場合、ガソリン税は道路以外に使うべきとの指摘もある。
 

 

 NHKニュースではこの最後の、ガソリン税を廃止せずに道路を作り続けると、経済成長とともにエネルギー消費が上昇、CO2排出量も増加する、という部分を無視してしまったのです。

 親に叱られる子どもが問いつめられてもなかなか肝心な部分を話さないで、それで? それで? と尋ねられて、やっとぼつりぽつりと事情を話すときみたいですね。おまけに、それで? と尋ねる人がいませんから、その重要部分は完全になかったことにされてしまった。。。 

    政府・与党の圧力、古森ごり押し就任経営委員長のにらみもあるのでしょうか、みごとな国営放送ぶりでした。

                                      

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『靖国』から神の国を考える

冗談でしょっ!

明るい未来は手の届くところに来ている  エクソンモービル

  とは、今朝初めて知ったテレビCMのせりふ。

 実際はこう。

暗い現実が、今ここにある

               

 稲田朋美、有村治子と、ultra-rightなおばさま方の口出しがあったかと思ったら、映画を貫く低奏通音のような響きで登場するらしい刀工の方の話しがあり、そして今度は、主題でありながらこれまで姿を見せなかった主人公靖国神社側の物言いがあったとか。

 靖国神社が11日付でHPに掲載した、李監督と制作会社「龍影」、配給元の「アルゴ・ピクチャーズ」に対し、一部映像の削除を求める通知をしたその理由。

 境内における撮影許可手続が遵守されていないだけでなく、その内容についても事実を誤認 させるような映像等が含まれており……

 

 こうした中で、

映画を見ないまま反対している人もいる。見たうえで是非を論議しよう

    

 と  「一水会」(東京)など五つの民族派団体が中心とな って18日の試写を決めたそうです。                             

 なんだか、  一般人の私にはわけ分からないことばかり。

 8月15日の靖国については、ニュース映像で首相参拝がチラッと流れるくらいしか知りません。
 でも、とにかくYASUKUNIというのは、自身の姿を一般にさらしたくないようだ、ということだけは分かりました。
 事実誤認をおそれているように言ってるけれど。
 8月15日の靖国の喧噪は、見てはいけないものなのですか。

 昔から、○○の秘儀といって宗教儀式につきものの秘密のベールに包まれたものは世界中にありました。エレウシスの秘儀が有名ですが、ポンペイの秘儀の家の壁画 ↓ は、ディオニュソスだったと思います。

      15538.jpg

 天皇家は祭祀王として、さぞかしいろいろな秘儀を受け継いできたことでしょう。
 秘儀とするのは神への畏れかな? でも神秘のベールに包まれることで権威はいよいよ高まるかもしれないなあ、などと勝手に想像。

 考えてみれば、つい60数年前までの80年弱の間、日本は天皇を頂点に戴く祭政一致の国だったのです。
 

 さて、話しは変わって、

 従軍慰安婦や南京事件、沖縄集団自決等々、確かにあったこの国の戦争犯罪を、なぜ、なかったこととして見ないように、見せないようにする人たちがいるのか、分かりませんでした。単に間違ったことをしたと認めたくないだけではないだろうが、と不思議でした。


 で、遅ればせながらやっと最近、神の国が過ちを犯してはいけないんだ、この国を神の国と考えれば、何が何でも誤りを認めることはできない、という論理展開になっているのではないか、と気づいたわけです。
 今頃になってそんなことに気がつくなんて。まあ、いつもそれだけを考えていたわけではないし、そもそも神の国と信じること自体理解しがたいことだったのですから、この国を神の国としてその無謬性を信じることが理解できるわけがありません。

 神の国という認識が今の世に生きていることを知ったのは、2000年5月の森氏の発言を知ったときでした。
 そりゃあ、びっくりしました。

 森氏に限らず神の国を唱導している人たちが日本の指導層にけっこう存在するようなのですが、

 日本は神の国である→神は過ちを犯さない→日本は過ちを犯さない、

 と半ば故意に喧伝しているのではないか、とさえ思えたりします。
 そして、この喧伝に拍手を送る人の中には、日本=神の国という図式に自尊心を刺激されて高揚感を覚える人たちがいるのかもしれません。

 神の国といえば、この言葉に関して高校の倫理社会に載っていたのは『神の国』を著したアウグスティヌスでした。
 神の国という概念とか理念とかをつくり出す感覚は、洋の東西問わずに存在しているのでしょうね。もちろん、アウグスティヌスの神の国と森氏の言った神の国はまったくの別物。何を神の国としてイメージするかは人それぞれでしょう。
 
 で、祭政一致のかつての日本は、まさに神の国とされていたのでしょう? 神が統治する国、神が守る国、というのが神の国である、と一応しておきます。でも、祭の方は別にして政の方は、ことあるときには責任を取らなければならないもの。

 いや、祭の方も責任を取ることがあったかもしれません。伝統社会に受け継がれてきた巫女の役割――たとえばイザイホーで知られる沖縄久高島の神女(ノロ)――は五感六感を研ぎ澄まし命をかけて宣託を授かるのでしょうが、その宣託の結果に不幸があるなどして霊力を失ったと判断されることもあったと考えて不思議ではないと思うのですが、どうでしょう? 霊力を失えば、もやは巫女は神女ではあり得ないわけで、責任を取らざるを得ないのではないか、と思うのです。

 いずれにしても、その昔、古代においては、祭にしろ政にしろ、己の能力を極限まで使って、命を削って世を治めたのだろう、と思います。それが責任だったと。
 その後、祭は形式的なものになるのでしょうが、イザイホーなどはけっこう最近まで機能していたようです。 古代からすっ飛んで、近現代の総力戦体制を考えると、総動員された民が、国を守ろうと命を削った。そして、死して後も神となって国を守る、とされているわけです。

 こうして守られている国が神の国ですか。。。
 祭祀を司るものが己の五感六感を極限まで使って神のお告げを聞く。そうして民を守った。それがどこがどうなって逆転してしまったのかな? 

 等々、神の国について考え始めたら際限がありません。

 分かっているようで分からない。
 いったい神の国ってどんな国なのでしょうか。

 もしかしたら、映画『靖国』には、意図せずとも自ずから、それぞれの参拝者が抱く神の国が描かれているのかもしれませんね。

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  ↑ 

強いものや声の大きなものには弱いくせに。馬鹿にしないでよね、と言いたくなります。

嫌な世の中になったなあ、とまた思う……というより、近頃そう思わない日はありません。

 今日の朝刊だけでも、こんなニュース。

・自衛隊イラク派遣反対のビラを配るために防衛庁官舎に立ち入って住居侵入罪に問われていた3人の有罪が確定。

 最高裁が上告を棄却して、3人全員を有罪とした高裁判決で決まったわけです。

 ですが、東京地裁は次のような理由で無罪としていました。

  官舎に入ったのはせいぜい7~8分間で40年以上政治ビラを配っている被告となった住職はそれまで立ち入りをとがめられたことがなかった。ピザのチ ラシなども投 げ込まれていたが、業者が逮捕されたという報道はない。ビラ配りに住居侵入罪を適用することは、まだ社会的な合意になっていない。

  もともと日本の裁判所は上に行くに従って保守的になっていく、と前々から言われていましたが、保守というのとちょっと違うのではないか、とよく思います。
 国、というよりも政府と与党、今は自民党・公明党の許容する枠ができあがっていて、その枠の外にあると判断されれば有罪にされる、そういうことが司法の場でもある、それが上級審に行くにつれてその傾向が強くなる、ということではないかと。


 イラク侵攻に参戦する、というのはコイズミ純一郎率いる日本政府の一大方針でしたから、それに異を唱えたビラを配るという行為は、当然この枠外だったのでしょう。


 そして、

・国民健康保険証 別居妻への交付だめ

 離婚協議などで夫と別居している妻が夫と別の国民健康保険証(遠隔地証)交付を申請しても、「世帯主以外の申請には交付しない」と政府が公式に見解を示したとか。
 政府見解ということは厚生労働省の見解になるのでしょうか。市民生活を分かっていない人たちだと、ほとほと呆れます。


 要は、夫と別居するなら、病気や怪我をしても国の世話にならない覚悟をしろ、ということ?

 世帯主以外の申請は認めない、というのは、国民健康保険法第9条(以下↓)を根拠にしているようです。

第9条 被保険者の属する世帯の世帯主(以下単に「世帯主」という。)は、厚生労働省令の定めるところにより、その世帯に属する被保険者の資格の取得及び喪失に関する事項その他必要な事項を市町村に届け出なければならない。

 世帯主は、市町村に対し、その世帯に属するすべての被保険者に係る被保険者証の交付を求めることができる。

  

 ふ~ん、なるほど。「交付を求めることができる」ですか。 

 常識で考えると、「世帯主が○○できる」のならば、「世帯主以外も○○できる」と考えても良さそうですが。

 で、ここに気になる新聞記事があります。

国民健康保険証:福岡市、別居妻に交付せず 離婚訴訟中、夫が要請

  離婚訴訟中で夫と別居している福岡市の女性(42)が、夫と別の国民健康保険証の交付を市から認められず、医療機関での保険診療受診が困難になっ ていることが分かった。国民健康保険法では別居の家族に「遠隔地証」として例外的に保険証を交付できるが、その施行規則に基づき「交付対象は世帯主の夫に 限る」と市が判断し、妻の申請を認めなかった。しかし、同様のケースで妻への交付を認める自治体もあり、全国的に住む場所で不平等が生じている可能性があ る。

 女性の夫は05年春から離婚を求め、後に住所を教えず転居して離婚訴訟を起こし、現在係争中。2人の間に子どもはおらず、女性は離婚に反対してい るが、保険証を夫が持ち出したため07年2月、単身赴任や大学進学などで別居した家族を対象とした「遠隔地証」の交付を市の区役所に申請した。

 しかし、申請の事実を知った夫が市に交付しないよう求め、国民健康保険の施行規則にも「市町村は世帯主に保険証を交付する」とあったことから、市は「世帯主である夫が拒否している」として交付を認めなかった。

 女性は「『離婚を認めないと不利益を被るぞ』という夫の嫌がらせで、個人の権利が認められないのは違法」として07年4月、市に交付を求めて福岡地裁に提訴した。

 毎日新聞の調べでは、福岡市と同様に、北九州市や那覇市も「世帯主が明確に拒否すれば出せない」との立場。一方、離婚訴訟に絡んだ別居などの事情 を酌み、交付を認める自治体もあった。長崎市や山口市は「世帯主の妻だという本人確認ができれば(世帯主でなくても)交付する」と説明している。【高橋咲 子、川名壮志】

 趣旨誤って認識--社会保障問題に詳しい井上英夫・金沢大教授の話

 福岡市も国も、制度の趣旨を間違って認識している。国民健康保険にかかるのは個人。世帯主を申請者にしたのは行政の便宜上の理由にすぎず、個人の 権利が認められないのはおかしい。離婚など家族関係が壊れるケースが増えており、世帯主という「家族」を単位にした国民健康保険の現行システムに支障が出 始めている。国は運用の改善を検討すべきだ。

毎日新聞 2008年3月30日 東京朝刊

 

   ひどいなあ、まるで夫の嫌がらせを行政が支援しているみたいですね。

 こうした問題で柔軟に対応している山口市は、今回の政府見解で、

「人権上の観点から認めてきたが、国の指導があれば対応を検討せざるを得ない」

 と語っているとか。


 相手が少数だったり声が小さかったりすると、けんもほろろの酷い対応をする政府の姿勢がよく分かります。泣き寝入りを政府が勧めているみたいですね。
 怨嗟の声が巷の充満しないと、気づかないのかしら。

  

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冤罪を生み出す環境をそのままにして規制の網ばかり広げ、目を細かくして、いったい何を捕らえようとしているの?

近ごろ、生まれ育ってきたこの私たちの社会が、ちょうど湿気を吸って徐々に崩れていく砂糖菓子の塊のように、ズルズルと鈍い音をたてて崩壊していくような怖さを感じています。

 街に出ればいつもの見慣れた光景が広がり、耳に入るざわめきも毎度お馴染みのものだけれど。
 昨日のスーパーではおばさん同士の連れが、みんな上がってるけんねえ、といいながら傍らを過ぎていきましたが、それだけではないのよ、という言葉が喉まで上がってきました。

 市民生活に対する規制の網がどんどん広がってきて、その網目も細かくなってきていませんか。

 なんでこんな社会に? という思いが胸いっぱいに広がって、“とてつもなく”気色悪い日本になっていくような気さえします。

 自民党高市早苗氏がとりまとめたネット規制法案
 同じく自民党稲田朋美・有本治子両氏の映画『靖国』への横やり・上映阻止活動
 広告塔なのでしょうか、アグネス・チャンが旗を振る、国連ユニセフとは別物の“財団法人日本ユネスコ協会”の「児童ポルノ規制」と、自民党高市早苗氏が推進する児童ポルノ法改悪改正などなど。

 なお、ネット規制、児童ポルノ法改正については民主党も関わっています。


「千葉景子総務委員長(児童買春・児童ポルノ処罰チーム法改正案検討チーム座長)、神本美恵子『次の内閣』ネクスト子ども・男女共同参画担当大臣、小宮山 洋子ネクスト文部科学大臣らの女性議員は2日、党本部でトーマス・シーファー駐日米国大使と『児童ポルノ規制』をめぐり意見交換し」、

「日本での法規制強化、単純保持を処罰の対象にした場合、警察権力の乱用につながることへの危惧も示され、このようなことがないことがしっかりと示せないといけない」という日本側の指摘に対して大使側からは、

「今虐待されている子どもを救うことを優先すべきではないか、乱用をしたいと思えば他のことでもできてしまう。保持の定義をしっかりするなど、乱用につながらない取り組みはできる、といった意見が出された」

 等々。

 民主党高井美穂氏は、

「 私が事務局長として議員立法を進めている『子どもが安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律案』の中間報告が、民主党『次の内閣』で了承されました。
  携帯やPCを通じてのインターネットに、子どもが犯罪に巻き込まれる情報が氾濫している状況に危機を感じ、一昨年秋、私が国会で初めて取り上げたのがきっかけです」

 など、ご自身のサイトで述べている。。。

 プロフィールを見れば、なんだ、うちの子と同じ歳……。

 このくらいの若いお母さんたちって、いい子を育てたい、というエネルギーはものすごい。
 でも、「禁止すればすべからくことはうまく納まる」ような錯覚を持ちがちなんだよなあ、とぼやきたくなります。高井氏がおかあさんかどうか知りませんが。

 現行の児童ポルノ法の改定で問題になること、つまり「児童ポルノの単純所持の違法・処罰」化では、悪意のあるものではなく善意の人間が容疑の対象になる恐れが大きいことをどう考えているのか、納得できるような説明が見あたりません。
 ただただ、児童ポルノは絶対ダメというだけ。
 
『児童ポルノ法改正』に潜む危険」を小寺信良氏が分かりやすく書かれていますので、ぜひご一読下さい。ことに、氏も言われていますが、青少年に対する性的虐待をなくす、という目的が、なぜこうもすぐあぶなっかしい規制になってしまうのか、財団法人日本ユニセフ協会の怪しさもあわせて何とも理解しがたいところです。


 今回の規制について、「自民党の『児童ポルノ禁止法見直しに関する小委員会』(森山真弓小委員長)は10日の会合で、性的な姿態を写実的に描いたアニメやCGなど被写体が実在し ない創作物について、規制を見送ることで一致した」ということですが、ご存じ高市早苗同小委員会事務局長はこんなことを言っているそうです。

速やかに法改正の第1弾を行うための現実的判断だ。 (毎日jp10日)

 

 今回は見送っても、第2弾、第3弾があるぞっ! ということでしょ?

 1999年に制定された法律では効果がないからと、一層強化して締め付けをするのが今回。
 次回はどうなるか、分かりませんが、高市氏の胸の中ではもう決まっているのかもしれませんね。

 冤罪を生み出す環境をそのままにして規制の網ばかり広げ、目を細かくして、いったい何を捕らえようとしているのでしょうか。

 こうして市民生活はいよいよ不自由になって、物価高と合わせて二重苦。年金の不備をあわせれば、三重苦です。

 窒息しそう。

 

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官僚制の不思議 

9日NHKラジオ「わたしもひと言 夕方ニュース」で、

 大事なことは、いかに財務官僚を取り込むかということだ。
 これだけ財務省をいじめておいて、政権をとったおりに民主党は財務省の協力をどれだけ得られるのか、

 とまあ、そんな解説がなされてました。

 6時過ぎの同じくNHKのテレビニュースでは、福岡県の暫定税率期限切れ問題で道路工事がストップしていること、さらには道路問題ばかりか他の問題でも、たとえば県から委託された多重債務者のためのグリーンコープの低利融資事業へ財源が回ってこない状況等が報じられました。
 アソウ福岡県知事は全国知事会の会長で暫定税率延長を唱えた急先鋒でしたからね。

 あいにく私は見逃したのですが、報道によると、昨日の党首討論ではフクダ首相は、日銀総裁・副総裁人事への民主党の不同意を“権力の濫用だ”となじったらしい。

 権力を散々濫用してきたのはどちらだ、ここにきて濫用できなくなったからといってその言はないでしょう、と苦笑したいのですが、これが首相当時のアベ氏が言った「最高権力者」の言葉とはにわかには信じがたいこと。
 要するに、自民党と公明党が権力濫用できなくなって、それを野党の責任にしたということでしょう?

 で、いかに財務官僚を取り込むかということが大事、との見方が示されたNHKラジオの夕方ニュースですが、こうした言葉を聞くと、ほんとうに、いったい私たちの国はどうなってしまうのか、と嘆きたくなります。

 悪賢い官僚と欲深なダメ政治家にのっとられた感のあるこの国で、道路特定財源の無駄遣いに表れているようなガン化した官僚組織にいいようのない“いら立ち”を覚えている人たちはどれほどいるでしょうか。

 いかに財務官僚を取り込むかということが大事、という見方からうかがえるのは、政権交代しても、結局この国の政治を動かしていくのは官僚。本来なら選挙で選ばれた政治家が官僚機構を指揮していく必要があるのでしょうが、実際には複雑・専門化した官僚組織を動かしていく力量がないから、逆に官僚に政治家が動かされている、ということ。

 じゃあ、行政改革は何だったのだ?! 

 三権分立さえもコケにされて、 鳴り物入りで断行された行政改革は、巨大利権官庁の雄、国土交通省を生んだことに象徴されるように、ますますガン細胞が増殖したに過ぎない! ということ?

 で、あらためて日本の官僚制とはどんなものか、見てみます。

 

 内閣は、その下に、内閣府、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省、防衛省と国家公安委員会の1府12省をおいている。
 
 これらの省では大臣を頂点に、副大臣、大臣政務官、事務次官、局長、課長、
……というピラミッド状の組織が存在。

 大臣・副大臣・大臣政務官=特別職: 国会議員の中から選ばれる【政治任用】
 事務次官以下=一般職: 官僚(国家公務員試験に合格したという資格を持つ)が任命される【資格任用】
   
 事務次官は官僚のトップ
      任期はないが1、2年が慣例

*事務次官と同期のキャリア官僚(国家公務員
種試験合格者)は省から去るのが慣例
    
 天下り

事務次官たちの会議が法律案を決定している

 事務次官等会議は、月曜日と木曜日(原則)、首相官邸で開かれる。これは週2回の定例閣議の前日。
 ただしこの会議は調整済み案件をもちよる形式的なものがほとんど。
 翌日の閣議にはかり、法案ができあがる。

 キャリアに対して「ノン・キャリア官僚」、略して「ノンキャリ」は国家
種試験で採用された人たち。現場にいることが多いために、幹部官僚とは違った意味で裁量権が大きい。

 キャリア組は採用後15年くらいまでは足並み揃えて課長級まで昇進し、その後ふるい分けが進む。
 つまり年齢にして30代後半あたりから本省から外局、地方公共団体、所管法人へ出向するもの、あるいは退職するもの等が出てくる。

*こうした出世レースの弊害の一つが、「事なかれ主義」。


稟議制も日本の官僚制の特徴の一つ。
 
 稟議制: 指揮命令系統の下の人たちが考え、トップがそれを承認するという「ボトムアップ」形式。
 
 すべてがこれによって決まるわけではないが、私たちの国の政策の細かいところは、かなり下位レベルの官僚たちによって決まっている。

 

  なるほど、混乱を呼んで現在問題になっている「長寿医療制度(後期高齢者医療制度)」なども、フクダ内閣で強行採決した新テロ法案も、アベ内閣で 18回も強行採決された 数々の法案も、コイズミ純一郎氏が絶叫して支持を訴えた郵政民営化法案も、細かいところはこうして決まったの? 


  ここまで官僚の跳梁を許した一つは、政治家センセーたちが次の選挙で勝つことばかり考えてきたから? と考えると、いったい何のために“政策秘書”という制度をつくったの? と疑問ばかりが湧いてきます。 

   

 確か省庁再編を含む行政改革を支える考えが、 森田朗東大大学院教授の言葉によれば、


「官僚主導で行われていた政策形成を本来の担い手であるべき国民の代表である政治家の手に取りもどそうとするもの」

「中央の『行政府』の権限を縮小し、政治家ないし政党が実質的な権限を獲得しようとする改革」


 だったのではないでしょうか。


 そして現状は、江田憲司氏が何のための公務員制度改革か!・・・仏造って魂入れず」と慨嘆するものに。


 それにしても、省における官僚のトップである事務次官を“一番偉いもの”にしておくために同期のキャリア官僚は省を去らなければならない、という論理が、ことにいつも“偉い人”をつくっておかなければならない、という感覚が、正直言ってさっぱりわかりません。


 でもきっと、権力を握るものとしての“お上”の権威づけに必要なのでしょう。
 戦前の次官は今よりもさらに高い地位を誇り、“勅任官”と呼ばれていたらしいですから。名称からすると、その地位の正当性と権威は天皇に拠ったものでしょうか。


 民を治めるのには権威がいる、ということかな、などと考えると、水戸黄門の葵の紋の前にひれ伏す図を思い浮かべます。


 私たちにとっての“葵の紋”は何でしょう?


 きっと、そんなものないのです。振りかざしさえすれば他者がひれ伏してくれて、いうことを聞いてくれるようなものは、私たち一人ひとりにはありません。
 そんな私たちでも、一票の力が集まれば政治家のセンセーたちたちさえひれ伏せることができるんですよね。


 なにかと見させまい、知らせまい、言わせまい、とさせられる私たちですが。
 見よう、知ろう、言おう、で意思を示す必要がありますね。                                                                                                  

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節度に欠ける自公政府では、日銀の独立性を保つためには人事はことに大切です

7日、“混乱”を招かないために、日銀総裁人事にも衆議院の優越を認めるようにしようと自民党が動いていることがラジオで報じられていました。

 字面だけの、あるいは自分たちの都合だけで憲法や法律を解釈してきた政権と与党に怒りを感じている私にしてみたら、唯一、野党の意思が反映される場面なのに。
 まったく政権維持のためには手段を選ばない自民党・公明党だ! とひとりいきり立ってました。

 今日の朝日の朝刊で、

日銀総裁・副総裁人事で野党に主導権をも異議られるのはまっぴら――。こんな思いから、8日の自民党総務会では「日銀法の改正も視野に入れるべきではないか」という意見も出た。「両議員の同意を得て」と任命するという日銀法の規定を、衆院の決定を優先するよう改めるものだ。 (朝日)
                 
 と言及されています。

「中央銀行の独立性」というものがよく問題になるわけですが、こちらによると、

中央銀行の予算や政策の政府からの独立性が高い国がインフレ率が低く、財政赤字が少ないという実証結果がある。

  

 で、中央銀行の独立性を数値で示す代表的な指数によると、1980-89の80年代において各国の中央銀行の独立性は「1.00満点」でカナダ~「0.45」、フランス~「0.24」、ドイツ~「0.69」、イタリア~「0.25」、英国~「0.27」、米国~「0.48」となっており、日本はG7諸国最低の「0.18」とされていたそうです。


 1996年の日銀法改正後はこの0.18が、ニッセイ基礎研究所高橋智彦氏の計算によると0.37まで改善されたといいます。

 が、いずれにしても日銀の政府からの独立性は大きな問題なのだ、と私は理解してます。


 そして向上は見たものの、高橋氏は日銀法改正後も残された課題としてこの独立性を第1にあげています。


第一の課題に独立性の不完全性が残存しているということがある。中央銀行の独立性をみる上で、政府に対する信用供与は重要な項目である。今回改正で独立 性は全般的には大幅に向上したが、FB(政府短期証券)の引受が認められたことで現行法の問題点である政府に対する信用供与規定の曖昧さが残ったことに なった。政府側の節度が求められよう。これは、後述の短期金融市場の発展の阻害とも絡み問題である。


 また、政府代表委員に議決権はないが、議決延期請求権が認められた。議決延期請求権は類似規定が中央銀行法にあったドイツ連銀でも欧州通貨機構による 「中央銀行の独立性を阻害するため廃止すべき」との勧告を受けた。改正法はこの点世界の流れに逆行し、グローバル・スタンダードからも問題である。

 日銀の予算面も金融調節に支障を生じさせない範囲との限定はあるが、経費などの政府認可が必要という点も独立性上、問題は残ろう。

 

 ここでいわれている“政府側の節度”、これこそが、2000年森内閣以来の自民・公明からなる今の政府にもっとも欠けているものではないでしょうか。


 ですから、日銀総裁人事について、「衆参両院の同意を必要としている今の制度を改めて衆議院の優越を認めるよう法律を改正すべきだ」、つまり「野党に人事権を握られている現状は承知できない」という自民党の考えは自分勝手なものにすぎないのだ、ということです。  


 渡辺氏日銀副総裁案に国民新党を除く野党3党が不同意を決めたことだって、財金分離を主張する野党側が呑まない可能性が高いことは当然予想されたことでしょうに。


「疲れた……。アホと付き合っていられん」という笹川尭衆院議員運営委員長の言葉が伝えられていますが、この“アホ”とは誰のことなのでしょうかね。


 なんでも副総裁に提示された渡辺氏について、その人物を知るために著書の提出を政府に求めたところ、昨日の朝やっと届いたものがすべて英語だったことに笹川氏は呆れてしまったのだとか。


 ああ、政府のことだったとすれば、自民党内でも政府に対する愛想づかしがいよいよ強まってきているのね。
 こうしていよいよ解散風が強まる、ということなら歓迎なんだけれど、まさか内閣だけが総辞職して、そのまま自公は政権に居座って、総裁の首をすげ替え、なんてことないよね?!
 もしあれば、これで3人目だし、
 などと目が離せない政局にハラハラ。


 ところで不同意で問題になった事務次官と財務官の違いって何なのでしょう。

 wikiによれば、

財務省設置法の条文に従えば、「命を受けて、国の財務に関する事務その他の財務省の所掌事務の うち、国際的に処理を要する事項に関する事務を総括整理する。」ものであるが、要するに、財務省国際局の所掌事務を専担する次官級の職位である。財務官の 英語名を直訳すると「国際担当財務事務次官」のようになることからも、そのことがうかがえる。(大蔵省の旧)財務官・財務参事官・(大蔵省の新)財務官・ (財務省の)財務官のいずれも、国際渉外業務を主な任務としている点は同じである。

 
   というものらしい。

 なるほど、  「事務次官がダメで財務官がいいという馬鹿な話しがあるか。財務省の天下りはだめだ」という小沢代表の言葉はそのとおりだ、 と思いながら、さあ、これをメディアは何と伝えるでしょうか。          


 なお、NHK正午のニュースでは参院採決で 賛成票を投じた渡辺秀央氏が、財務官からの就任が天下りにあたるなんてことあるわけない、みたいなことをしゃべって息巻いていました。
 違うんじゃないかなあ、と思いながら 、あらためて 「反小沢」の立場を鮮明にした渡辺秀央氏は、以前から
「現住所・民主党、本籍・自民党」と揶揄されてきたようです。     
                     

 輿石参院議員会長は「
党の規定に従って処分していくことになるだろう」と述べていますから、なんらかの処分が下されるのでしょうが、昨年の国民投票法案の採決の際も党議拘束に造反して賛成にまわり、厳重注意処分を受けていますから、これで2度目ということになります。
 
   
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ほんとうに子どもたちのことを考えるならば、別のやり方があるはず、高市早苗さん

報道2001らしい。
 日曜の朝、家人のつけていたテレビに高市早苗氏が映ってました。
 この人が出てくるときは要注意だ、と思って家事をしながら聞き耳を立てていると、どうやら学校裏サイトとネットいじめがテーマのようでした。
 被害者らしき若者が何人か登場し、たびたび高市氏の顔が画面に大きく映る……胸騒ぎを覚えながらも不愉快さに耐えられず、サンデーモーニングに切り換えました。

 学校裏サイトで理不尽ないじめにあった話しは、きっと本当の出来事で、ごく普通の中高生たちがネット上で同級生を陥れたり陥れられたりする現実は、たしかに今の社会の現実なのでしょう。
 DISAMOND on lineには、そのあたりの事情が説明されています。

 しかし被害にあってテレビカメラの前で自分の経験を口にする若者の前で、救いの女神のような顔をしてしたり顔で語る高市氏の姿に、なんとも違和感を感じてしまいました。

 ニコニコする高市氏は、自分を中心にしてとりまとめたネット規制法案に大いに満足して、それを宣伝する目的でテレビ出演したのでしょうし、その宣伝に一役買うのがいつものフジテレビ、というとても分かりやすい構図。

 で、この法案の問題点等についてはさまざまなところで取り上げられていますが、ヤメ蚊さんの所にも。

 こちらでは自民党議員からも問題の指摘が相次ぐほどの“悪法案”ぶりが言われています。

 萩生田光一内閣部会部会長代理が「基本的には、この法案が自民党の考え方である」と述べたそうですが、そんなことで、どこが「自由」で「民主」なのか、党名を変えて分かりやすくしてください、と腹が立ちます。

 学校裏サイトのいじめの実態を訴えることでネット規制を容認させる世論を作り上げようとする高市氏の、規制すればことたれり、という認識は、そもそも「自由」と「民主」に反するでしょっ。

 明治生まれの義母でさえ、人の口には戸は立てられない、と言ったものです。
 物言わぬは腹ふくるる思いで、王様の耳はロバの耳よろしく、自民党は○○だ~、高市早苗は○○○だ~、と穴掘って大声でわめきたい誘惑にかられそう。

 子どもが学校裏サイトでいじめられたら、私だったらどうするだろうか、と考えながらも、ネットいじめ対策を口実にした高市氏の卑しい動機にどうしても関心が行ってしまいます。
 
 いつの時代も、ひとたび権力を握ればいかにそれを維持していくか、ということばかりに腐心する人の多いこと。自分ばかりが正義だ、とばかりに規制強化に乗り出す人が多いのには呆れるのですが、このごろ目につくのが、一連の女性議員たち。
 一種の広告塔なんでしょうかね。

 西のアン・コールター、東の高市早苗……なんて持ち上げるのもイヤだな。

 育児と老親の世話に関して、経験者が語るのは圧倒的に悔やむ例が多い。
 うまくやった、私はとてもいい娘だったとか母親だったとか話すのを、私は聞いたことがありません。みな、あの時こうすれば良かった、ああすれば良かった、という後悔ばかりです。

 で、私が子育てについて後悔するのは、なんといっても当の子ども、つまり我が子の言いたいこと、言っていることに耳を傾けなかったこと。
 もっと時間をかけて、子どもの背丈に合わせて腰を下ろし、相手の口から少しずつでも言葉が出てくるのを待つべきだった、と昔をふり返るたびに胸がチクッと痛みます。
 
 ネット規制をする前に、教師や親もいっしょに、携帯電話そのものについてもネットの利用についても、じっくりと子どもたち自身に考えさせて、話し合うことが大切ではないでしょうか。ましてや携帯電話を利用する年齢になれば、考えること話し合うことこそが必要ではないでしょうか。

 権力で規制を押しつけるのは簡単ですが、実際の効果は怪しい。むしろ、百害あって一利なし、になる可能性大。

 大事なことは、自立した人間が自己を律しながら自分の行為・行動を決めること。この、自立した人間に育てるのが教育でしょう。

 携帯電話を持つ年頃になれば、ケータイやネットについて導入前も導入後も、友だち関係から社会との関係までも子どもたち自身が考え、大人の懸念も伝えることが必要ではないか。
 これには当然時間も手間もかかるが、規制だけでこと足れりとするのは、あまりに安直で「教育」の名に値しないのではないか。

 と、まあ、そんなことを考えました。
 ほんとうに高市氏が子どもたちのこと教育のことを憂えているならば、そう考えるのではないか、とも。

 まあ、この方は子どもを育てた経験はないでしょう? とは言いたくありません。世の中には子どもを持たずともずっと愛情の溢れた人たちがたくさんいます。
 それに大人は必ず子ども時代を経験しているわけですから、分からないときは自分自身に聞けばいいのです。

 とにかく高市早苗さん、ネットいじめ対策をきっかけにして一般の市民に規制をかけよう、というのでは、ネットで被害にあった子どもたちへの、まさに冒涜になるのではありませんか。

 
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政権維持に固執する自公は、横領がばれるのが怖くて窓口から離れられなかった行員を連想させます

年輩の方は覚えておいでだと思いますが、まだ“昭和”といっていた時代、銀行員による億単位の巨額横領事件が何度か起こりました。

 そのうち記憶に残っているのが、窓口に坐って業務をこなしながら、架空口座にお金を振り込んでいた女性。横領を重ねるにつれてばれるのが怖くて業務を人任せにできなくなり、休憩も取らずに窓口に坐り続けていた、それがまたかえって仕事熱心と評されることにもなった、と伝えられました。

“億”などという金額はまったくピンとこなかったのですが、食事や休憩に要する時間も惜しみ、表面では平静を取り繕いながらも内心ビクビクして窓口に坐り続けるその女性像がやけに生々しく迫ってきて、哀れを誘ったことが印象に残っています。

 で、政権にしがみついてその維持に全力投球する、何でもありの自民・公明の与党の姿と、この窓口に坐り続けて悪事が発覚するのを怖れた女性行員のイメージが重なってどうしようもありません。

 ただ、人知れずこそっと犯罪に手を染める行員に対して自民・公明の方は、官僚、その他とも手をつないで、赤信号、みんなでわたれば怖くない! とばかりに、白日の下にさらされるのを様々な手を尽くして阻止、さらされた後も詭弁や時には恫喝まで用いて正当化もすれば開き直りもする、そんな感じがしますね。

 私はけっこう日頃から高齢者と話しをする機会があるのですが、近頃は悪賢い官僚と欲深で駄目な政治家たちにすっかりこの国が“やられてしまった”という考えがかなり一般化しているように感じています。

 ひたすら従順でおとなしいと受けとられてきた人たちの層でも、ふつふつを怒りをたぎらせ始めているのを政治に関わっている人たちは承知しているのでしょうか。

 ひたすら選挙を生き延びて権力を手中にすることのみにエネルギーを注ぐ議員さんたちは。

 さて、昨日の山口からの帰途、まだぴっかぴかのレンガのビルが、国道沿いにあたりを睥睨して建っているのが目にとまりました。
 山口県国民健康保険団体連合会のビル、山口県国保会館です。
 
 何に使われるんだろう、こんな立派な建物がほんとにいるのかねえ、と車内はいっぺんに賑やかに。

 ネットを見ると、設計は超一流どころ、日建設計。お金かかったでしょうね。。。
 こんな例は、全国にゴロゴロしているのでしょうね。  

 山口県は自民党とアベ氏に連なる江島市長が公共工事を食い荒らしている下関に典型に見られるように、いろいろと政治の裏で蠢いている人たちが大勢いるのだろうな、と想像はしていましたが、この国保会館には笑っちゃいました……どちらかというと、やけっぱちに近い嘲笑かな。

 赤字、赤字と騒がれている国民健康保険。
 1日からは、緩和措置はあるものの後期高齢者医療制度がスタートしましたが、それで医療費抑制を図る以前に、こんなことに巨費を投じているわけです。

 ちなみに、山口市役所の建物は約40年前の移転で空いた山口大学教育学部の旧校舎を転用したもの。ただしこれが補助金等に頼らない市の仕事だとすれば分かりやすいのですが、真相は不明。
 

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山口

このところ旅づいているのか、今日は東京にいる息子に代わって友人のお母さんの用で、数年ぶりにわいわい4人で山口へ。

 はあ、やっぱり小京都山口はきれいでした。箱庭です。

御堀堂S まずはJR山口駅前の御堀堂から。

 ここで扱う唯一の商品が「外郎(ういろう)」。
 他の産地が米粉を原料にしているのに対してここはわらび粉が原料です。知る人ぞ知るおいしさです。

 朝早く行くと前日の商品が安く手に入ります。今日、明日の内に食べるのならば、それで十分。

    善生寺 山門 御堀堂から古刹「善生寺へ。これは山門。
  
 
 本堂が台風被害にあって倒壊し、これから再建。

       善正寺お地蔵様 S  善生寺のお地蔵様のひとつ。笑顔に魅せられました。

古熊神社 拝殿 善生寺のあとは山口の天神様、古熊神社へ。

   古熊 本殿奥 守りのための武人像でしょうか、山口の神社は本殿の両横にこうして座像が。

                    五重塔  おお、と思わず声もあがります。室町、大内文化の遺産、瑠璃光寺五重塔。お庭が整備されすぎた嫌いがありますが、塔はやはり美しい。
 
 池の鯉にソフトクリームのコーンをやって遊びました。

     毛利墓所 瑠璃光寺の隣は幕末期の毛利氏の墓所。

 枯れた草色の大きな土まんじゅうがお墓。手前の石畳はうぐいす張りで有名。
  洞春寺 観音堂 瑠璃光寺、毛利家墓所と行き、その隣は曹洞宗の古刹洞春寺。
 1430年創建の観音堂。

       洞春寺 観音堂.内部jpg  洞春寺観音堂の内部。岩山をくりぬいた祠をもしたのがおもしろいでしょ。右手の像はかぶり物といい動作といい、芸人のようですが。


             一の坂川 1  うっとりするほど櫻がきれいだった一の坂川。

      一の坂川 2  護岸改修に自然工法を用いたので夏には蛍が乱舞します。

        龍福寺  大内氏の館の跡に立てられた龍福寺の境内には供養塔が。

 この近く、大殿大路でフランシスコ・ザビエルは日本での布教活動を始めました。

                    十朋亭1  龍福寺のすぐ近く十朋亭は、醤油業で財を成した萬代家の離れ。

 幕末に藩庁をここ山口に移したときの藩臣たちの宿泊所になりました。当然、さまざまな志士たちがでいりをしました。

           萬代家   山口の街を歩いていると、こうした住宅がごく自然に表れます。

 落ち着いた静かな佇まいを見せる町です。

 ああ、ここ数日、睡眠不足がたたってきつい。

 明日、ゆっくりと記事を上げます。

   
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教科書検定って、公正さはどこにあるのでしょう?

午後、叔父に代わり、夫とともに叔母の入院している病院へ。
 ソーシャルワーカーの方も交えて、内科の主治医、リハビリ医の説明を聞き、今後の相談。

 叔母が昨年大晦日に入院して、すでに3ヶ月を過ぎました。1、2ヶ月間、生死の境をさまよってよくここまで回復したものだ、と感激するほど元気なったのですが、これまで、さあ、リハビリが始まるぞ、という段になって容態が急変したのは1度や2度ではありません。
 今後についても予断を許さないということですが、とにかく本人の意欲が強いので、リハビリもできるだけのことをしてみようということになりました。

 叔母は現在問題になっている後期高齢者医療制度の対象者ですし、また機能訓練リハビリの給付日数制限(発症から最長6ヶ月で打ち切り)との関連も心配でした。あと約2ヶ月の訓練期間です。

 とにかく排泄が自力でできさえすれば、自宅に帰れる……それが目標です。うまくいかないときは、叔父も覚悟をしなければなりません。

 この人たちにはもっと高給をやってもいい。なにしろ命を助けてくれるんだから。
 病院の廊下ですれ違う医師や看護士を指して、これまでも幾度か、夫の口から出た言葉です。


 さあて、病人の話はここまでにして、新学期のついでに、教科書の話題を一つ。
 
 教科書といっても、教科書検定制度についてです。

 私の手元にある1冊の本。1977年に検定申請用として文部省に提出され翌1978年に2度目の不合格処分を受けた教科書原稿(白表紙本)の『検定不合格 倫理・社会』(三一書房刊)です。

 著者は久野収、中山千夏、森岡弘通、矢崎泰久、山領健二の方々。

「ほんの少し個性のある教科書を現在と未来の高校生へとどけたい」と希望して始まった教科書づくりでしたが、「門前払い以外の結果をもたらすことができなかった」と落胆する久野収さんは、「いまは何もいいたくない気分である」と前書きで語っておられます。

 この本を店頭で見つけるや、家永三郎さんが提起した検定制度とはいったいどんなものか、とたちまち好奇心が頭をもたげた家人が購入してきました。

 で、検定制度の仕組みについて中山千夏さんがまとめていましたのでそれをさらにまたまとめていきます。
 おそらく現在でも大して変わってないのではないでしょうか。

 まず、【検定の組織と手続】

      検定1

 教科書調査官と並んで重要なのが、教科用図書検定調査審議会
 この審議会は110人以内の学識経験者と関係行政機関職員の委員からなり、氏名は非公開

 審議会には3つの分科会があり、そのうちの教科用図書調査分科会が検定にあたる。
 この分科会は更に9つの分科会と各科共通の事項を審議する総括部会に分かれる、各部会の決定が審議会の決定となる。

 この他に、専門学識者や教員の中から文部大臣が任命した調査員の組織があり、その数、数百名といわれるが、この氏名も非公開

 第1段階:「調査」
 3人の調査員、審議会の関係委員、文部省教科書調査官の3つのグループがあたり、教科書1点毎に「調査意見書」と「評定書」が作成され、次の「審議」のための資料となる。

 第2段階:「審議」
  調査官の報告後委員の意見開陳。内容については一切非公開

* 調査員は民間人のためにそれぞれが他の職業を持っているため、時には10日~2週間になることもある約1ヶ月という短期間に教科書を吟味して調査意見書、評定書の作成は無理に近い。
    ↓
 文部省の教科書調査官が調査の中心となる。

* 審議会で委員に配布されるのは、調査官・調査員の評定結果の一覧表のみらしい。

* 結局、文部省の調査官がリードする調査であり審議である。

【評定】

 検定合格のための絶対条件と必要条件が法に定められている。

絶対条件;
 
1.教育基本法における教育の目的・方針や、学校教育法に定める各学校の目的との一致
2.学習指導要領に定める強化の目標との一致
3.政治的・宗教的立場の公正

必要条件;

以下の7項目に照らして欠陥がないと認められること。800点を超えれば「条件付き合格」となる。
     検定表Ⅱ

評定は次の7段階の尺度で行われる。

検定 表Ⅲ

この○やら△やら×については、○は満点の9割……等というように点数に換算される。

    検定表Ⅳ

第8項目の「創意工夫については次のように6段階に評定し、最高50点までに換算される。
    検定表Ⅴ
  
       検定表六

  これらの項目のどれにも×がなく、かつ全体の評点が800点を超せば「条件付き合格」。

 *調査者は欠陥箇所を見つけると、それぞれに「減点」をつけ、上記の必要条件1~7の項目毎に合計。
 その点数を教科書の総ページ数で割って得た比率を基準に評定記号を決める。

   以下参照

         検定表七

「修正しないと合格とは認められない」箇所1つにつき1~12、3点の減点。だいたいは2、3点の減点。
「修正する方がより良くなるが、修正しなくても合格と認められる」ものについては減点するものとしないものがある。

 

 * 評定法そのものが、採点者のさじ加減ひとつで結果に大きな隔たりが生じる「不明確極まりない方法」である。

 著者側にはこの「減点」の詳細は一切伝えられない。

 * 検定に提出する教科書は、“公正”を期すために「白表紙」と呼ばれるもので、著者、出版社名はどこにも載ってない。

 ところが、提出の際出版社は「著作編集関係者名簿」を文部省に届けなければならない。
 従って、著者、出版社名は調査の実権を持つ調査官に筒抜けである。
 
 これで公正が保たれるのか、甚だ疑問。

 なお、評定の詳細については家永裁判を通じて得られたものが多いようです。

 で、3月28日の官報で告示された学習指導要領は改訂案公表の後、文科省が勝手に181箇所を修正したことが報じられました。
 

 (修正の)大半は字句の修正や用語の整理だが、総則に「これらに掲げる目標を達成するよう教育を行う」と挿入し、「道徳教育」の目標に「我が国と郷土を愛し」を加えた。

 小学音楽では君が代を「歌えるよう指導」とし、中学社会では「我が国の安全と防衛」に加えて「国際貢献について考えさせる」と自衛隊の海外活動を想定した文言を入れた。

 改訂案に対しては、自民党内から「改訂案が教育基本法の改正を反映していない」と早くから不満が上がっていた。八木秀次・高崎経済大教授が理事長の日本教育再生機構も同様の立場で、文科省に意見を送るひな型となる「参照用コメント」を公表していた。

 一方、中学社会の「北方領土が我が国の固有の領土」という記述には、韓国が領有権を主張している竹島も加えるよう要望が出ていたが、「政治的判断」(文科省幹部)から応じなかった。

 改訂案への意見公募は2月16日から3月16日まで実施され、計5679件が寄せられた。

  で、こうした学習指導要領にいう“愛国心教育”という目的との一致は「絶対条件」にあたるわけですから、教科書は必ずこの線に沿ったものでなければ合格しない、ということ。

 ううん……

                             

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 (明日は早いので、今日はこれまで。さらに詳しい話しは、またの機会に)。

経済界の規制緩和と市民生活の規制強化が同時進行中?

死ぬのはやつらださんのところで知った参院内閣委員会での有村治子議員の質問の様子を掲載した産経アビル氏のブログを、物好きですね、のぞきに行ってきました。

 コメント欄には、

「『反日映画』に、国民の税金を使うなど、家財没収の上、蟄居閉門ですね。この部長」

「有村治子議員 GJ!ですね。

この反日映画に750万の助成を決めた専門委員のメンバーをオープンにして糾弾しなければなりません」

 等の意見がずらり。

 でも、試写を見た議員の方々にもさまざまな感想がありましたし、「反日」と断定した人もまだ見ていないのでしょう? イナダ先生の意見はイナダ先生の意見。
「反日」の定義そのものにも異議がありますが、虚心坦懐に先入観を排して自分の目で見てみるのが一番でしょう。
 
 もともと世で評判になったものにはちょっと斜めに構えてすぐにはとびつかない私でも、こうまで賛否両論入り乱れていろいろ言われているこの映画に、がぜん興味が湧いてきました。
 もちろん、ぜひ公開をしていただきたいし、ぜひ見たい。
 
 なお、有村治子氏の名前はよく覚えています。去年の参院選の時、下関の神社にポスターが掲げられてましたから。

 山谷えり子、稲田朋美、そしてこの有村治子の3氏、みんな感じがよく似ているなあ、とポスターを見て思ったものです。

 もしかしたらこの人たち、アグネス・チャンの「財団法人ユニセフ協会」と同様に「児童ポルノ禁止法」改定で単純所持に罰則で儲けようをもうけよう、という動きに関係するのかしら? と思って検索すると、有村氏がヒット。

 鳩山邦夫法相は4日の参院予算委員会で、児童買春・児童ポルノ禁止法をめぐり、児童ポルノ画像を所持しているだけで処罰する規定を新設すべきだと の考えを示した。有村治子氏(自民)の質問に答えた。単純所持に対する処罰を求める考えは根強く、法相発言をきっかけに法改正に向けた動きが進む可能性が ある。

 現行法は販売目的所持や違法画像提供などが処罰対象だが、抑止効果が上がっていないのが実情。有村氏は「子供の人格と人間としての尊厳を踏みにじり、生涯に及ぶ被害があまりにも甚大だ」と、単純所持も規制対象とするよう求めた。    (毎日2月4日)

自民党がまとめた児童買春・児童ポルノ禁止法改正案の骨子案

 
・児童ポルノに関する禁止行為(製造、輸入など)に「(目的にかかわらない)所持」を追加

・「所持」の範囲の限定(「入手経緯が受動的で、保管していることを知らなかった場合など」の除外を検討)

・「所持」に罰則規定を設ける           (朝日4月3日)


 ひぇ~、 わが家のアルバムにもまだ幼い頃の子どもたちの写真がいろいろあるわあ~。もしかしたら、中には……? と思わずあせってしまいました。

「目的に関わらない」とか「入手経緯が受動的で、保管していることを知らなかった場合など」とかの除外事例にあたる、と誰がどこで判断するのでしょうか。

 最近は、経済界の規制緩和とは逆に、市民生活上のこんな規制強化話が多いですね。

 統一協会の純潔キャンディーを思い出したのは私だけでしょうか?


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またこの方か、稲田朋美議員

世界中で極右の嵐が吹きすさぶような、そんな社会にしてはいけない。

 オランダの極右政党自由党の党首ウィルダース下院議員が、過去の大きなテロ事件とイスラム教の教えを結びつけた『フィトナ(闘争)』と題する短編映画を公開してイスラム世界の反発を招いているようです。
 
 映画『フィトナ』そのものも  、「アラビア語に興味があります」さんによれば、誤解と曲解に基づいて編集された内容になっているようです。 

 
 こちらによると、ウィルダース下院議員よりエールを送られたデンマーク、ラスムッセン首相は、

首相及びデンマークは表現の自由を大切にするが、ヘアト・ウィルダースが描く価値観や視点を共有するものではなく、これとははっきりと距離を置くとし、信仰や民族的背景によって一定のグループの人を悪者とするような発言、振る舞い、表現を非難する。


   と、公式にコメント。

 また国連の潘基文バンギムン国連事務総長は、

不快なほど反イスラム的な映画の放映を最大級の表現で非難する。

差別発言や暴力の誠意道は正当化できない。表現の自由の権利の問題ではない。自由は常に社会的責任を伴わねばならない。

隔たりはイスラム教徒と西欧社会の間にあるのではない。少数過激派の間にあるのだ。

  等と、声明で述べたそうです。
                                                                                        

 一方、私たちの国では稲田朋美議員が公的助成金を受けたことを問題にして『靖国 YASUKUNI』を俎上に載せたことから、公開予定の映画館が次々に上映を中止する事態になっています。それも街宣車による抗議を受けた映画館側が“自主的に”判断したのだとか。

 かつての日本は、大戦前夜も、戦争が始まってからも、きっとこんな風にメディアも社会も「自主規制」をしていって、自由と民主主義をどんどん譲り渡していったのだろうな、ということが実感として迫ってきます。

「表現の自由は尊重されるべきで残念だ」と述べる稲田氏は、してやったり、と今頃にんまりしているでしょうか。

 町村官房長官の上映中止についてのことば。

いろんな嫌がらせや圧力で表現の自由が左右されるのは不適切だ。


 同じく町村氏の稲田氏の行為についての言葉。

稲田さんは言論の自由はしっかり護られるべきだとも述べており、そのことが上映中止につながったとは考えない。


 こうも白々しくって軽い政治家の言葉。
 町村氏も稲田氏の目論見どおりにことが進んでいることを分かっているくせに、優等生的な一般論で言い逃れをしている。。。
 デンマークのラスムッセン首相や国連の潘基文バンギムン国連事務総長の具体的な言葉といい対照です。

 試写会を要求した稲田氏は、事前検閲ではない、助成金の支払いが妥当であったか否かだと主張しますが、この方の日頃の言動から考えれば、何を意図していたのかははっきりしています。

 神道と靖国を奉じるものとして、神の国の住民として、帝国と皇軍の過ちは一切認めない、というスタンスでしょ? 
 そんな自分の姿勢にちょっとでも触るようなことがあれば許さなーい、という不寛容の持ち主でしょ?

 日本の神さまというのはそんなにケチで狭量なものなのか、とよく疑問に思うのですが、それは稲田氏たちが勝手に思い込んでいる神さまのせい?

 こうした不寛容な考えに立つ人たちは、自分たちとは相容れないものあれば徹底的に排斥・排除して、社会的に抹殺しようとしますが、民主主義はそんな不寛容さまでも内にかかえ、存在を認めざるをえないですよね。

 悪意のあるものがいれば、民主主義はいつでもその内側から攻撃可能なわけです。

 自分たちは見境なく民主主義に寛容さを要求しても、自らが示す寛容さは最低限のもので、敵と見なしたものにはこれっぽっちの寛容さも許さない、というのが、“極”の字がつく理由かな?

 
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日本の政治をこしらえ直したい

以前のエントリー「体験から見た愛国教育 日の丸・君が代死守で何が得られるの?」で、愛されたいと願って子どもは懸命に親の期待に応えようとするが、それがうまくいかない場合がよくあることにふれました。
 期待が大きすぎて子どもを追いつめれば、問題はさらに深刻度を増します。

 では、なぜそうまでして親は子どもに期待するのか、という問題は折にふれて自分自身を含めた親の問題としていろいろ考えて今に至っていますが、まだ十分には掴み切れていません。そんな思いをつらつらと記してみます。

 多くの場合、子どもの反抗に出会った親が譲歩したり、親と子はそのまま平行線でも時間が解決したりして、社会に出ることで子どもが成長していくのを見守って親と子が互いに歩み寄ることになります。

 なぜ、親は子に期待するのでしょうか。

 親の心理として、子どもは親自身の延長だったり投影だったりして、自分のできなかったことを子に託す、あるいはできている親はステップアップを子に願う、ということかもしれません。
 そこにはまるで、たゆまぬ努力によって、人間はさらなる高みへと到達することが可能だという、信仰にも似た想いが前提になっていますね。
 もちろん、努力がかなわぬこともよくあります。

 子どものお尻を叩くのはたいがいが母親、ということになっているのですが、そんな時でも陰に陽に父親の存在が見え隠れするわけで、母親と父親は共犯関係でしょう。
 
 あんたのためなんだから、と子どもの尻を叩く親、それも過度に叩く親は、親自身が不安を抱えているのではないか、と思ったりします。子どもの将来と自分自身のこととがないまぜになるなど不安が強いと、それだけ尻を叩く程度もひどくなりそうです。

 追記;
   週刊ダイヤモンドの最新号の特集は、「学力大不安」。
   「ここまで来た子供たちの学力低下」
   「中学生レベルがウヨウヨ 今時の大学生」
    等々の見出しが躍ります。
    
    こうした現象と、この週刊誌のような分析が政治とどうかかわっているのか、もう少し、注視したい。


 どこをどうすればより良い未来が約束されるのか親も子も分かりませんから、とりあえずは学校のこと、ありていにいえば、学校の成績にエネルギーを傾けます。
 たいていの場合、親は自身の過去の成績についてはどこかに置いてきてしまってますから、何はさておき子どもの成績に期待。

 蛙の子は蛙、という場合もあれば鳶が鷹を生んだりする場合もありますし、努力も才能の内で、いやいやながらでも尻を叩かれて期待されただけの結果が出ることもあれば、その逆に親の期待が裏切られることも。努力を強要する親に反抗を示す子もいれば、ひとまずは親の言うことを聞いておこう、という子も。
 なお、今の世の中では、ある程度出費を惜しまなければ、学校の方はそれなりに何とかなることが多いものです。ただし、それが人間としての成熟にどれだけ結びつくかは別問題ですが。

 で、どんな成績を取ってどんな学校へ行くのか、などということはあくまでも表面的なことで、不安に駆られて子どもを叱咤激励する場面は、目にするだけでなく話しに聞くだけでもこちらの気持まで沈み込み、まるで底なし沼に足を取られるような気分になります。
 ましてや親に不安をぶつけられて、どれだけ子どもはいらだつことか。第一、親に言われる前に子ども自身が不安を抱えているのですから。
 思春期になれば口出ししたい気持をぐっとこらえて見守ることが多くなるなど子育ては、親の忍耐が試されます。
 
 子どもの成長には、自覚のあるなしにかかわらず、他人様の力を借りることがあり、親の懐から飛び立った子どもは、いったいどれだけよその人に助けられて自立への道を探ることでしょう。
  それを親が知ったところで、ほんの一端にすぎないほど、親の知らないところで子どもは成長しますよね。
 子育てはしんどい。でも不思議と楽しい。そう言うことができれば、万々歳。

 さて、男の子の育ちの難しさがよく問題になりました。 
 なんといっても母親の方が育児に携わることが多かったせいでしょうか、男の子が理解できない、とついこぼしたくなって、母親同士が慰め合うこともたびたびでした。では女の子は理解できるのかというと、それも心もとないかぎりなのですが、女親にとっては男の子は未知の生物かもしれません。

 男親の方は往々にして家族の成員一人ひとりの家庭内の居具合を肌に感じることが少なくて、とんちんかんな理解を示して、母親である妻からすれば、しばしば愚痴と嘲笑の対象になったりします。

 育ちがたさ、育てがたさの大きな原因のひとつが、男の子への期待の大きさではないか? 男社会の日本では、優位に立っているかに見える男そのものが、そのためにこそ重たい荷を背負わされているのではないか、と思います。
 そんな男の子に、時には追い回してでも、抑えられない不安をぶつけしまう話しを聞いたときは、さすがの私も言葉をなくしました。むろん、親の方は自分の不安に気づいてません。子どもの努力が足りない、とひたすら怒ってましたっけ。

 とかく世間では、子どもの出来不出来で親が、ことに母親が評価されますからね。それに、そうした評価に距離をおける人はそうそう多くはありません。

 この国では、女と男、男と女の立場が違うことをしきりと刷り込まれて親は成長してきましたし、子はそうした親と接触しながら、社会からも同様のメッセージを受けとりつつ、大きくなっていきますしね。

 難しいことは言ってません、この子が将来一家を養えるようになればそれでいいんです、と男のお子さんを持った親御さんの言葉をよく聞きましたが、今の時代、男ひとりで一家を養うこと自体が大変なことなのだと思います。

 じゃあ、社会に出たがった女性にはかえって好都合じゃないか、という声が聞こえてきそうですが、暫定税率延長はガソリン消費量を抑えて環境対策になるなどという、その時々で都合の好い理屈をつけたがる政府の言い分みたいなことは言ってほしくない。
 それに、いいようのない閉塞感の漂う昨今の世情で、親も子もさらに不安を煽られいるような気がします。

 働く人の3人に1人が非正規雇用という現状で、コツコツ働くことに真っ当な報酬を得られない世の中なんて、やっぱりおかしいし、そんな非正規雇用も国の政策の結果生み出されたことを考えると、国は好んで国民の多くを不安定な身分に固定しようとして、人々の間の不安を助長させているのではないか、と思ったりします。

 アリストパネスの『女の平和』の一節をご紹介しましょう。紀元前の話しですが、いい加減、小ずるい狡猾な自公政権も官僚たちも、こんな風にこしらえ直したい。

洗い桶の中で生の羊毛を洗うように、この国から脂と汚れを洗い落として、台の上で無頼漢どもを叩き出し、薊をつんで取り除き、政権を求めて党をなし、羊毛の中の塊みたいになっている奴らを梳きほぐし、その核を抜き取らなくはなりません。それから市民、在留外人、外国人、それから国庫の債務者も、みんないっしょに混ぜ合わせ、全体に共通の善意という糸巻き籠の中へ梳き入れる。

 ……

次にみんなから糸を取り、ここへ集め、一つにまとめ、それから大きな糸玉をこしらえ上げて、この玉から国民に外套を織ってあげなきゃなりません。

 手垢がすっかり付いてしまった言葉“改革”ですが、コイズミ政権下で連呼された「改革」がいったいどれほどのものだったのかは、改革に逆行しているといわれる現フクダ政権で、「このままでは海外投資家に見捨てられる」と脅されることに示されていると考えられるでしょうか。

 海外投資家よりも国民を大切にしてください。その上で、“改革”の再検証。

 でも、“コイズミ改革”の怪しさに負けず劣らず、フクダ政権は魑魅魍魎の跋扈する世界ですね。
 日本会議勢が期待するアソー太郎氏は、この2人よりもさらに悪くなりそう。 
 こんな選択肢しかない自公政権に、これ以上私たちの国の政治をいじくり回してもらいたくない。

 だいたいが、選挙なしで仲間内をあっちに持っていったりこっちに持ってきたりする政権って、どれだけ正当性があるのでしょうか。


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