老人医療に突っ込んだ手は、やがては他の医療にも
偶然見た昨日10日のTBS「報道特集NEXT」。
後期高齢者医療制度が施行されてから次々に明らかになる問題にまた新たに一つ加わった、入院91日以降、診療報酬が減額されるという話しがとりあげられてました。
75歳以上の脳卒中後遺症や認知症患者の診療報酬が、入院日数90 日を超えると減額される。
減額幅は1日3,000円を超え、病院にしてみれば、患者1名で1か月延長すると9万円の減収。
お金のある人は自費診療が可能だが、そうでなければ当然病院に行きづらくなる、いられづらくなる。
治療を中止せざるを得ない状況が生まれるのではないか。
といった内容でした。
*追記1
おかしいな。3ヶ月で点数減額は前からある制度の筈です。
別に今になって出来た制度ではない筈なんですが…。ちょっと偏向報道を真に受けてませんか?
というメールをいただきました。わざわざありがとうございました。
現在、脳梗塞・脳卒中の後遺症や、認知症による脳機能・運動機能の衰えで重度障害を負った人など人も含めて工呼吸器を使用 するなど特別な治療が必要な場合は、91日以降も90日以前と同じ診療報酬が算定されていますが、今回の後期高齢者医療制度導入による改定でこの特例が 外されて減額対象になる、ということです。
この放送に対するご意見版には、当然、憤る人や不安に駆られる人などからいくつも意見が寄せられていますが、制度に対する賛成意見や制度に対する批判報道への疑問や批判等も散見します。
1973年:老人医療費支給制度が創設による老人医療費の自己負担の無料化
↓
1983年:老人保健法施行。高齢者の自己負担を外来1ヶ月400円、入院1日300円(2ヶ月限度)
↓
1986年:老人医療自己負担金額の定額負担の金額の引き上げの改定
1987年:高齢者の自己負担を外来1ヶ月800円、入院1日400円(2ヶ月限度)
1992年:高齢者の自己負担を外来1ヶ月900円、入院1日600円(2ヶ月限度)
1995年:高齢 者の自己負担を外来1ヶ月1,010円、入院1日
1997年:高齢者の自己負担を外来1日500円(1ヶ月4回まで)、入院1日1,000円
2002年10月:老人医療自己負担は1割負担の定率(現役並み所得者は2割負担)
老人保健の対象年齢が5年をかけて70歳から75歳に引き上げられることに決まる。
2007年:老人医療自己負担分、現役並み所得者が3割負担に。
といった過程をたどり、だんだんと老人自身の自己負担分も増えてきました。
2002年から5年をかけて老人保健の対象年齢が75歳に引き上げられることになったその後で、この老人保健対象者がそのまま後期高齢者医療制度の対象者となったのだ、と理解しました。
ところが、これまで単に自己負担金の額が増え続けてきた、いわば数字がどんどん大きくなってきただけだったものが、この後期高齢者医療制度の施行をきっかけに、質と云えばいいのか、考え方そのものがガラリと変わって、私たち日本人の医療制度そのものが大きく転換せざるをえないような事態に陥るのではないか、そんな怖れに身を震わす人が出てきた、そんな気がします。
*追記2
ゲンダイネットがこうした問題について、国からの関与によらず、地方の住民の意思に基づき行う地方自治がみごとに骨抜きにされていると、鋭い指摘をしていました。詳しいことはゲンダイネットの方をお読み下さい。
要するに、加入者が納める保険料(税)や国などの補助金によって運営される国民健康保険制度の下で、制度のもつ欠陥や地域格差などを補ってきた地方自治体は、新たに設立された「後期高齢者医療広域連合」によってこの権能を悉く奪われた、ということです。
***** 追記2 ここまで*****
負担増にとまどいや嘆き、これからどうなるのか不安に駆られる高齢者の方々を身近に見て、明日は我が身か、と思うにとどまらず、日本の老人医療制度に突っ込んできた手は、遅かれ早かれ、老人以外の医療制度にも触手を伸ばしてくるのではないか、そんな心配が出てくるわけです。
実際、医療保険で受けられるリハビリに日数制限が設けられるなど、すでに魔の手は2年前に伸びていたわけですし。
医療保険で受けられなくなっても介護保険で受けられるようになります、という説明も、どうもいい訳、ごまかしに過ぎないようで、サービスの低下は現実問題です。
この問題については、こちらのページに詳しく述べられています。
で、「報道特集NEXT ご意見版」に寄せられた意見のうち、後期高齢者医療制度を肯定的に捉えるものとして、「後期高齢者医療制度で考え方を変え、おもいやり家族になろう」という主張がどうも気になりました。
後期高齢者医療制度で気遣う心を取り戻せるきっかけになればと思う。病院にまかせればよかったことに甘えていた私たちが、お金がかかることで親を看病するというきっかけになる。
ど うしたらいいかと考える。人まかせから自分たちに降りかかる。その時は、兄弟での葛藤さえ生じてくるが、看病することで、やさしい心を取り戻せると思う。 余ってるのに薬をいりませんと言えない我が家の親。病院で社交場と間違えているお年寄り。お金がかからないからひどくなくても通っている人たちも多い。
……
おそらくこの考え方は、介護保険導入時でも根強く私たちの社会のある部分にくすぶり続けてきたものであろう、と思うからです。
また、私自身が寝たきりの義理の両親、つまり舅・姑を6年間看たとき、こうした考え方を強要されるのに絶えず疑問と抵抗を示してきたからです。
疑問と抵抗を感じながらも、看護するのは私たった1人でしたから、目の前の人からは片時も目を離すことはできない。30歳を過ぎたばかりの私の心は葛藤をくり返しました。
6年を過ぎた頃、我慢の出来なくなった私は、とうとう看護を拒否。
その後、同じくらいの年月を、義妹である実の娘がその母親を引き取って看取ることになりました。
介護制度が始まったのは、その母親が亡くなってから何年もしてからです。
目覚めてすぐにおむつを替えることから洗顔、食事、歯磨き、リハビリ……ときどき一人で語りかけたりもしましたが、反応はあったりなかったり。
若い私は、自分にはしたいことがあるのに、と胸の内に不満をため込みます。
そんなとき、寝ている義母へのご機嫌伺いのハガキが遠くにいる身内のものから届きましたが、宛先に記された名前は、義母と夫、2人の名。
当たり前のように、義母への見舞いの言葉だけが書き連ねてありました。
あれを見たときは、一瞬喉の奥が、カーッと熱くなりました。
いろいろなことがありましたねえ。あれからもう20年も経ちます。
「おもいやり」ですか。そうですか。
それだけですめば、そりゃあ楽でしょうが、聖女にはなれませんよ、普通は。
まさか、昔のように、「孝行嫁表彰制度」等というのが老人医療制度代わりにできあがる、なんてことになりませんよね?
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