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なかのひと

後期高齢者 生きてきた分だけ思いがあり、話しがある
昨日の毎日朝刊。
 ページをめくりながら、おおっと目が行く先は、岩見隆夫氏の怒りのコラム。

「当コラムがスタートして約19年になるが、憤りをこめて書くのは今回が初めてである。こんな情けない政治を目のあたりにしようとは、思いもしなかった」

 と書くのは後期高齢者医療制度のこと。

「高齢者を弱者とみてバカにしてはいけない。不信が日増しに深まりつつあるのを知るべきだ。そのうち、ほとぼりがさめるとタカをくくっていたら、こんどばかりは墓穴を掘る。
 山口2区補選だけではない」

 という言葉で締めくくっています。

「こんな情けない政治」は、このところ何年も続いていると私は思うのですが。


 昨日はまた用があって、とっくの昔に後期高齢者の範疇に入った(しばらくはこの枕詞がいつも付きそう)叔母・叔父の病院へ行ってきました。

 ベッドに横になりながら、叔母はよく昔の話しをしてくれます。

 JRだったか国鉄だったかのキャンペーンを利用して旅行嫌いの叔父と松島に行ったときには、一向に観光に出歩かない夫婦に旅館の人に自殺志願か、と間違えられた話しも可笑しかった(おじちゃんはもっぱら旅館でゴロゴロするばかりなので、自分も外出するのがためらわれたのよ、というところは昔の人です。私なら、一人でも好きなところに行ってます)。

 昨日は、商売で使うために購入したオート三輪が初めて届いたときの話し。

ミゼット


 エンジンをかけて右足でぐっと踏み込んだとたんに、店の正面に激突。
 届いたばかりのミゼットの新車を、その日のうちに修理に出す羽目になったのだとか。
 他人の店でなくて自分の店で良かったね、と私。
 そう、ガラスが割れただけだったしね、と叔母。

 生きてきた分だけ思いがあり、話しがある。

 実際に目の前でお年寄りを見ていたら、年齢だけで切り捨てることなどとてもできる話ではないのです。
 あの制度を考えた人も、法案に賛成した議員たちも、どこか欠落していたのではないでしょうか。

 なおあの制度を考えた人として某お役人の名前があがっていますが、そうした一公務員の、それもけっして上級職にある人ではない公務員一人だけの責任ではないと思います。たしかに講演では暴言を吐いてはいますが。

 5月17日のゲンダイネットにある「《後期高齢者医療》本当の巨悪はコイツらだ!!」では、問題は1997年の1997年の自社さきがけ政権、橋本内閣に遡ることが説明されてました。

 当時立ち上げられた与党医療保険制度改革協議会の3党合意文書に「高齢者医療は独立型保険を創設する」という一文があるのだとか。
 座長は自民党の丹羽雄哉元厚労 相。当時の厚相は小泉元首相。

「独立型保険の創設」という漠然とした表現ですが、老人医療費の膨れあがりへの対策が求められていて、それなりに数字の呈示なり議論なりがあったでしょうから、議員の頭の中では一番医療費のかさんでいる年齢層を切り離す具体的なイメージはできあがっていたのではないでしょうか。

 与党合意を受けて、厚生省は有識者による「医療保険福祉審議会」を設置。
 審議会のメンバーはトップの金平輝子東京都歴史文化財団理事長以外に、評論家の大宅映子氏、連合の高木剛氏、本間正明大阪大教授らが名を連ねていたようです。

 がこれは、厳しい中身に医師会も反発して頓挫。

 ゲンダイネットは次のように言ってます。

 ……

 さて、ここからが本番だ。一度は潰れかかった老人医療制度が復活したのは、金儲けに目がくらんだ医師会と経済団体が賛成に転じたからだ。

  日本医師会は2000年8月、「都道府県単位で75歳以上を対象に保険制度を創設する」「財源の9割は公費で賄う」ことを正式提案する。老人保険を認め、 税金を投入させれば、診療報酬が削られる心配がないからだ。さらに経団連と日経連が01年5月に老人を現役世代の保険制度から切り離す「シニア医療制度」 を提案する。こうすれば、現役世代の負担が軽くなり、企業の社会保障費も安く上がる。足りない分は税金で賄う「公費押し付け」を狙ったわけだ。ちなみに当 時の経団連会長は今井敬氏、日経連会長は奥田碩氏だ。

 そうしたら、小泉政権で公費負担が5割になり、老人の自己負担が広がった。公費負担5割を画策したのは厚労省で、坂口力厚労相が動いた。
「もちろん、最大の戦犯は小泉元首相です。97年、与党改革協議会の丹羽さんは小泉厚相(当時)と激しくやりあった。丹羽さんは老人医療を別建てにするならもっと税金を入れるべきだと主張したが、小泉さんが蹴ったんです」(厚労省事情通)
 巨悪がだんだん見えてきた。
 
 
    
 なんだか庶民には痛みばかりの改革の立役者たちが、いろいろと名を連ねて出てきてます。
 特権的な地位にいる人たちには分からないんでしょうね。                                                                              

 喜寿はとっくの昔にすませ、あと何年かで米寿を迎える叔父は、戦時中の10代から15年間を病床に過ごしています。周囲からは、お国のために役立たずの命はどうとでもなれ、というような言葉を吐かれたこともあったのだとか。
 それが、また別の周囲の助けでどうにか生き延びて、戦後、高度成長の日本を懸命に支えてきたわけです。

 叔父の入院理由は大したことではありませんが、昨年末に入院した叔母の方は、しばらくの間生死の境をさまよっていました。

 先日、終末期相談支援料のことで飯大蔵さんからこんなメールをいただきました。

  私の父は高齢だったので入院のたびに、延命治療の希望を私が書きました。3枚も4枚も役には立たなかったのですが、最後の一枚は有効になってしまいました。
 後期高齢者制度になる前から普通に行われていることです。それに2000円を出すとしただけのことでしょう。医療費の中で2000円など取るに足らない金額です。
 このような状況での、実際の医療費削減には別の手法があると思います。それが明らかになっていないのではないでしょうか?もしくは次回の改定でやろうとしているのかも知れません。
  いづれにしても、こんな恥ずかしい制度はすぐにやめるべきですね。         

                                                                                       
 
 そういえば、叔母の入院直後、そんな文書に叔父に代わって夫がなにやら記入していたような記憶があります。すでに実施済みのシステムをさらに推進させようと、行政が医師にご褒美代をあげようとしたのでしょうか。

高齢者医療制度がなくても、高齢者いじめは十分にあるので、この制度を廃止すれば解決というわけにもいかない」と言われる飯大蔵さんの危機感もさることながら、私は、それまでの負担金額を徐々に増してきたという数的変化とはガラリと異なった次元にまで医療制度が踏み込んでいってしまった、という思いが捨て切れません。

 
    
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改革 | 11:26:44 | Trackback(6)