トヨタ 過労死 ワークシェアリング
「壊すな築地 7.12 東京大行進」は、無事に終えられたようですね。
Like a rolling beanさん、喜八さんも参加されそうです。お疲れさま。
それにしても、やっと記事に取り上げた朝日や産経の、参加者が市場内の仲卸業者や市民グループの計約700人とか300人とか、ひどいものですね。
さて、トヨタ技術者の過労死は長時間労働が原因と労働基準監督署が認定したと、9日の朝日にありました。
「過労死」という言葉は英語にもなっているとは聞いてましたが、10日のBBCで“karoshi”という語を目にすると、あらためて過労死に至った企業の労働環境、ひいては日本の労働環境に思いを馳せてしまいます。
BBCの記事は朝日のそれはだいたい同じ内容なのですが、「職場のストレスは世界中でよく見られることだが、日本の大きな問題で、過労死が現象としてみとめられたのは1987年だ」と、過労死を知らない読者に説明していました。
で、思い出すのが、死亡まで至らないものの日本のコンピューター開発に携わっていた某メーカーの研究者が神経症で出社できなくなった、というレポート。いつ、どこで読んだのかすっぽり記憶から抜け落ちているのですが、40年ほど昔、そんなことがあるのかと、まだ10代の私は衝撃を受けたものです。
苛酷な開発業務で神経をすり減らした人が、朝、会社の手前でどうしても足が先に進まずに後戻りしてしまうという話しでした。
キーパンチャーの職業病が社会問題になった時も、エコノミック・アニマルという語が世界中?を席捲したときも、どういう訳か、その話しを思い出しました。
そしてwindows95が話題になったときも、コンピューターはそこまで進化したのか! と驚嘆しながらもこの話を思い出してましたが、過労死の問題はその前からだったのですね。
死亡までは至らないまでも、神経症までは至らないまでも、わが家の主も入社したてから働き盛りまで、通勤分も含めて起きている時間のほとんどは、会社にとられていましたね。
子育ても年老いた両親の世話も妻に任せっきりでしたし。
ここで、昔からよく感じていた素朴な疑問。
過労死するほどオーバーワークでひとりに仕事が集中するシステムをなぜ改めないのか? それほど仕事があるならば、仕事を分け合えばいいではないか? と思うのですが。
もちろん現実の産業界でこれを適用させようと思えば、ことはそう単純にはいかないのでしょうが、基本の姿勢としては重要なことではないでしょうか。
ワークシェアリングというのでしょうか。
wikiに説明がありますが、ワークシェアリング様の「メカニズムを引き起こして、高い経済パフォーマンスを達成している」のが北欧諸国らしい。
ちょっと興味があります。調べてみる価値はありますね。
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Like a rolling beanさん、喜八さんも参加されそうです。お疲れさま。
それにしても、やっと記事に取り上げた朝日や産経の、参加者が市場内の仲卸業者や市民グループの計約700人とか300人とか、ひどいものですね。
さて、トヨタ技術者の過労死は長時間労働が原因と労働基準監督署が認定したと、9日の朝日にありました。
トヨタ自動車(本社・愛知県豊田市)のチーフエンジニアだった男性(当時45)が急死したのは長時間労働による過労死だとして、遺族が労災認定を求めた申請について、豊田労働基準監督署は労災と認め、遺族補償年金などの支給を決めた。決定は6月30日付。
死亡直前の2カ月の時間外労働時間は、1カ月平均80時間を超え海外出張も繰り返していたといいます。
「過労死」という言葉は英語にもなっているとは聞いてましたが、10日のBBCで“karoshi”という語を目にすると、あらためて過労死に至った企業の労働環境、ひいては日本の労働環境に思いを馳せてしまいます。
BBCの記事は朝日のそれはだいたい同じ内容なのですが、「職場のストレスは世界中でよく見られることだが、日本の大きな問題で、過労死が現象としてみとめられたのは1987年だ」と、過労死を知らない読者に説明していました。
で、思い出すのが、死亡まで至らないものの日本のコンピューター開発に携わっていた某メーカーの研究者が神経症で出社できなくなった、というレポート。いつ、どこで読んだのかすっぽり記憶から抜け落ちているのですが、40年ほど昔、そんなことがあるのかと、まだ10代の私は衝撃を受けたものです。
苛酷な開発業務で神経をすり減らした人が、朝、会社の手前でどうしても足が先に進まずに後戻りしてしまうという話しでした。
キーパンチャーの職業病が社会問題になった時も、エコノミック・アニマルという語が世界中?を席捲したときも、どういう訳か、その話しを思い出しました。
そしてwindows95が話題になったときも、コンピューターはそこまで進化したのか! と驚嘆しながらもこの話を思い出してましたが、過労死の問題はその前からだったのですね。
死亡までは至らないまでも、神経症までは至らないまでも、わが家の主も入社したてから働き盛りまで、通勤分も含めて起きている時間のほとんどは、会社にとられていましたね。
子育ても年老いた両親の世話も妻に任せっきりでしたし。
ここで、昔からよく感じていた素朴な疑問。
過労死するほどオーバーワークでひとりに仕事が集中するシステムをなぜ改めないのか? それほど仕事があるならば、仕事を分け合えばいいではないか? と思うのですが。
もちろん現実の産業界でこれを適用させようと思えば、ことはそう単純にはいかないのでしょうが、基本の姿勢としては重要なことではないでしょうか。
ワークシェアリングというのでしょうか。
wikiに説明がありますが、ワークシェアリング様の「メカニズムを引き起こして、高い経済パフォーマンスを達成している」のが北欧諸国らしい。
ちょっと興味があります。調べてみる価値はありますね。
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