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 日本はいったい、核兵器をいくつ作れるのか?

最近気になったニュースのひとつ。

 日本はいったい、核兵器をいくつ作れるのか?

 もう少し丁寧にいうと、既存の原子力発電所、核燃料、プルトニウムなど、すべて核兵器に転用するとしたら、現在の日本はどれだけの核兵器を作る力を持っているのか、というもの。

 驚くなかれ、北朝鮮:10個、中国:1200個に対して、日本は9650個

 核兵器製造の潜在能力は、ロシア、アメリカ、イギリス、フランスについで日本は世界第5位とは、予想を遙かに超えていました。

 狭い日本、そんなに空港作ってどうするの? と同様に、核兵器、そんなに作れてどうするの? ですね。

 で、解せないのが、これまでどれだけ原子力発電所の建設・運営について反対の声が大きくなっても、けっして受け入れることがなかったこと。
 反対意見を聞く耳さえなかったこと。今でもないこと。
 いったい、どんな意図と意思で、この原発推進が実行されているのか、と疑問は大きくなります。

 80年代、「原発ジプシー」と呼ばれた人たちの存在が大きな社会問題になりかけましたが、いつの間にかすっかり聞かなくなりました。でも、放射能にさらされながら碌な防御態勢もなく危険な仕事に従事している人たちは現在でもいるはず。

 原子力発電の問題については、Rolling beanさんわこさんがずっと追跡されてますね。
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とほほさんのこと

いろいろ重なってあわただしいところを、ちょっと一息ついたので更新しようと思って見てみると、前回の記事は10日前でした。(>_<)

 お玉さんせとともこさん喜八さんも記事に書かれてますが、とほほさんが亡くなられてしまいました。知ったのは28日のこと。やっぱり、信じられませんでした。
 最後になってしまった質問のお返事がなかったので、おかしいな、とは感じてましたが。

 まだお会いしたことはないのですが、おしゃべりの相手は結構していただいていて、そのうち広島に行くかもしれないから、その時にはお目にかかろう、と思っていた矢先のこと。

 理に合わないことは頑として受け入れず、議論好きどころか喧嘩好きなどといった評もある方ですが、私にとってはお茶目な印象ばかりが残っています。
 時々、ちらり、きらりと皮肉も交えて蘊蓄を披露するのも楽しかったし、教えられることも多かった。

 この人は、生き急いでいるのでは? 自分で自分の命を縮めているのではないだろうか、と感じることもたびたびでした。

 あれは『ヴェルヘルム・マイステルの修業時代』でミニヨンが歌った詩でしょうか。

 涙とともにパンを食べたことのないもの、眠れぬ夜を過ごしたことのないものには、人生の味は分からない、というような言葉は。

 この、くさいほどのロマン派の心情を謳いあげた1行を思い出したとき、私がとほほさんを連想してしまったのはそうそう的外れでもないと思うのですが。

 あの頑固さと理詰めの奧には、こんな熱いロマン派の思いが煮えたぎっていたのではないか、と今さらにして思います。それが時々、お茶目な装いでチラッと表に出たり……
 
 とほほさん、安らかにお眠りください。

人生の秋


とうがん  ← 我が家の庭で、ゴミから生まれて育ったとうがん。全長30cmほどになってます。
 店先に並んでいる冬瓜からは想像も付きませんが、びっしり生えているトゲトゲが痛くて、素手で持つのは辛いほど。
                           柿の葉っぱ
 
             ↑ これまた我が家の庭でみつけた柿の葉っぱ。色づき具合がおもしろくて、思わずパチリ。

「秋」という言葉はいろいろと比喩にも使われていて、近頃しみじみ思うのが「人生の秋」。私もそんな歳になったということでしょう。

 私の信頼している友人の1人が、乳がんの手術から16年目の今、言い様のないほどきついと、ずっと伏せったままです。今年の2月、入院してたまった腹水を抜き、ちょっと持ち直したかに見えましたが、10月に入って、また腹水がたまっているらしいのです。

 16年前の手術前にはすでに肺に転移していましたし、その後は脳腫瘍もでき、いろいろなところにも転移して、その都度放射線を当てたりして、それも自転車で通院して放射線療法を受けたりして、何度も何度も命拾いをして、好きなバドミントンやら旅行やらして、これまでやってきたのです。
          
 その彼女が、とてもだるくてきつい、と。
 しかたないやろ……という彼女の言葉を思い出すと、なんだか涙がこみ上げてきます。
 
 そんな彼女が「……まあくよくよしても仕方ないので何とか乗り越えようと思っています。家にこもっている時に本を多いに読みました。映画館にも通いました。それなりに楽しんでいます」というメールをくれました。

 いつも逆に励ましてくれる友人です。

カラタチのとげとアオガエルの生食

ははははは、と家人と大笑い……お口汚し、うん? お耳汚し、お目汚し……なんといえばいいのか、まあ、どちらにしても大した話ではありませんが、昔の日本人の姿が垣間見えるような。。

 ゆず胡椒を作るために、家人が黄色くならないうちにと思ってゆずの実を採っていると、通りかかったご近所さん。ゆずのとげからカラタチのとげを連想したようで、

「昔は、脱腸の人にカラタチのとげを使ったですもんね」。

 びっくりすると、こういう話でした。

「友達が、カラタチがあるなら、うちの妹が脱腸だからとげを持ってきて、というから持っていったら、その妹さんが出てきて、それを見ると、みるみる間に顔が歪んでねえ」

 という話でした。カラタチのとげをどうするの? と訊きましたが、分からないという返事でした。
 ゆずのとげの数倍の長さはあるカラタチのとげを、いったいどうしたんでしょうね。
 針治療にでも使ったんでしょうか?
 消毒でもしないと、かえって感染が心配じゃないかしら、と思ったりしますが。


 もうひとつは、やはり友人の妹さんが卵巣ガンになったときのこと。

 ねえちゃん、蛙を捕ってきて、と言われてガラス瓶にいっぱい詰めて入院している妹さんに持っていったそうです。

「蛙と言っても、ほら、こんなにちっちゃいアオガエルよ。
 それを瓶いっぱいにして持っていったら、一日一匹でいいんだから、そんなに要らない、と怒られてね」

 で、蛙の何がいいのかというと、あのアオガエルを生きたまま食べるとガンが治るのだそうです。
 きっと、そのまま呑み込むのでしょうが……。寄生虫は大丈夫なのかしら?

 
 ちなみに、カラタチのとげの妹さんは当時10歳ですから、戦前の話。
 アオガエルの妹さんの方は残念ながら亡くなられたそうですが、そうそう昔の話ではなさそう。少なくとも大人になってからの話ですから、戦後のことです。

 迷信だ、と言って笑うのは簡単ですが、藁をもすがる思いで、庶民が病から逃れようと苦心惨憺した記憶です。

 こんな庶民の対極にある発想かな? と感じたのが、昨日の米abcニュースで見た生命保険の売買。

 院内感染で両足を失って車いすで診療している黒人医師が、医学部に通う3人の子どもの学費捻出ために、証券化されている自分の生命保険を売った話です。

 そしてウォール街も、この生命保険の売買に関心を寄せているという話。

 保険金額に比べて買い取り金額はごくわずかなものでした。

 サブプライム問題の後も懲りずに、あらたな手口を見つけた、というところでしょうか。
 
 とげとアオガエルに見られる浅はかとはいえ命への生々しい執念に対して、こちらは何ともあからさまな他人の命への割り切りよう。人の命を金儲けの手段としか見ないのか、と思わず慨嘆しました。まあ、アメリカでもニュースで流すほどですから、違和感があるのでしょうが。

 
 根性ゆり  ← 「根性ゆり」。我が家近くで発見。

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