失敗だ! 英国の教育改革から何を学ぶか? 政治干渉で子供たちの教育が駄目になっている
このお手本にされた英国で、今、教育改革の無惨な成果が明らかにされたという話です。大沼安史さんの所で知りました。
西側先進諸国の教育の自由度はドイツが最低で、日本も同じ。
共に戦前の“国民学校”の性格が今だに尾を引いているようです。
戦後一時期教育委員会にも公選制がありました(1948〜56年)が、長く続かずすぐに任命制になって首長の影響力が大きくなりました。
卒業式の君が代、日の丸問題にそれがよく表れています。
サッチャーが築き、ブレアが推進したイギリスの教育改革。
・教員の導入研修から指導まで行う教育基準庁
・政府の目標に忠実に従わせるための校長の再教育
・教育の民営化、といってもこれは、民間企業が「読み書き計算に関する国家初等教育戦略」と「中等教育・第3段階の読み書き戦略」の実施方法を教員に研修し、助言を与えるもの。
等々が、競争力を上げるのに期待される人間を育てるとしてブレア政権によって実行された政策です。
こうした新自由主義から望ましいと思われる教育政策に加え、私たちの国では戦前体制への郷愁を奉じるグループの考えを色濃く反映した教育基本法の改悪も実現しています。
そうした教育の国家統制がどのような結果を生むかは、戦前の例に劣らず、このイギリスでの調査結果でも表れているように思われます。
先ずは40年間で最大規模の今回の調査を報じるインディペンデントの記事から。
失敗だ! 政治干渉で子供たちの教育が駄目になっている、と報告書は断言
これこそ、一にも二にも教育を優先しよう、と約束した政府だ。優先どころか、数多くの驚くべき報告書で明らかにされているように、学校の自主性に任せられなかった政府として記憶に留まることだろう。
労働党の英国小学校への厳しい中央集権的統制は、子供たちの教育に破壊的な影響を及ぼした、と40年間で最大の初等教育調査の結論が昨日出された。マイクロマネージメント(管理者が細かいところまで規定して部下に裁量権を与えなが自由裁量権をはぎ取られたのだ。そして10年間のニューレイバー“改革”の最終的な成果は、子供たちの受ける教育の質が明らかに低下してきたことだ、と言っていい。
もし政府が、口出しを一切しなかったならば、事態はもっと良くなっていただろうと、ケンブリッジ大学主導で行われたプライマリー・レビュー――英国の初等教育に対する進行中の調査――は結論している。
今日公表された4つの報告書は先に発表された18の報告書にならい、小学校への政府の干渉の破壊的実態を描き、政権がテストへ執着し、教室での実践について細かな点まで指図したいと願っていることをさらけ出した。
1997年以来、教室での政府の影響力は増し続け、今や英国の小学校は、教師たちが何を教えるべきかのみならず、どのように教えるべきかという 「学習における国家理論」に支配されている、と報告されている。
過去20年のうちに「カリキュラムの削減とテスト準備の激しさ」のせいで初等教育の質が低下した、と同調査は警告した。ここから、教師たちが子供たちのテスト指導に腕をふるって、近年、実際には教育水準が落ちたかもしれない、といえる。
最新のレポートは、学校にさらに多くのカリキュラムを強制する政府の要求をなおも追う。今日、学校は放課後のクラブ活動も含め、1週間に、スポーツ5時間のみならず文化活動5時間の提供も期待されがちだ。けれどもプライマリー・レブビューからは、学校への干渉は、多くすることではなく、もっと少なくする必要があるということが明らかになる。
政府の初等教育管理は、保守党政権下の1988年に全国カリキュラムの導入で始まったが、1997年に労働党政権誕生以来確実に増大してきた、と同レポートは結論する。
ケンブリッジの大学のドミニク・ワイズ、およびマンチェスター・メトロポリタン大学のイレーヌ・マクレリーとハリー・トランスらによる研究はこう結論づけた。「カリキュラムとその評価に対する政府の管理は1988年から2007年までの時期、とりわけ1997年以降に強化された」
1998年以降導入された労働党の国家戦略は、生徒と教師のふれ合いの質にとりわけ「否定的な影響」を及ぼしてきたが、まさに小学校における読み書きと計算能力の教え方を教師たちに命じるものだと、この研究で分かった。教師たちはもはや自ら考えもしなければ、個々のニーズに授業を合わせたりしない。かわりに、授業日は政府のシナリオどおりに教えるわけだ。
将来の進路を左右するテストの導入――英国の11才の生徒たちの国語、算数、そして理科のテストの成績にしたがって全国規模でのデータで小学校のランクを見る――は、同時に、学校が他の学科を犠牲にして読み書きと計算能力に焦点を当てたため、カリキュラムを狭めることにつながった。
読み書きと計算能力に焦点を当てすぎたために、小学校の理科はことごとく――1988年以後の全国カリキュラムの成功談の一つになっている――1997年以来ずっと「わずかに低下」している。7才と11才の生徒たちの受ける国語、算数、そして理科のテストを重点的に取り扱ったことで、「教育も、学習を改善すると研究で指摘されるものとは正反対のものにならざるを得ない」
たとえば生徒を小グループに分けて授業するような変化に富んだ教授方式を採用する代わりに、今では小学校の授業は、子どもたちをテスト用に教え込む一斉授業と大差ないものになっている。
120万人の小学生が毎夏受ける全国規模の学力テスト(標準評価テスト)の結果は、1995年から2000年まで急速に向上しているが、その後は「ほぼ横ばい状態」だ。
このことはおそらく「当初は教師たちに全国規模のテストの準備ができていなかったのが、すぐテストの指導方法が身についたためテスト結果が改善された。が、そうした指導によってこのシステムからどうにか得られるどんな利点も、その後長くかかって消耗され尽くした」ためだと、同調査は指摘する。
バース大学のマリア・バラリンとヒュー・ローダーによるプライマリー・レブビューに載る二つ目の研究で、この気の滅入るような知見は強固なものになった。「ニューレイバーが出現してこの方、中央集権的管理が教育活動の重要分野で強化されてきた」と結論。「政府は『学習における国家理論』とも呼べるものを通して、その支配を強化してきたのだ」
明らかにこのやり方は機能しなかった。政府の教育政策は、今や全面的な見直しが大きく求められている。デビッド・ローズ自由民主党の児童担当広報官は昨日語った。「学校を事細かに管理する政府の試みは、疑いなく非常な損害を与えている。政権は、カリキュラムへの絶え間ない口出しを止めなければならない。どのように子供たちを教育すべきか、学校へ命令するのを止める必要がある」
全国教員組合の書記長スティーブ・スコットは述べる。「最新のプライマリー・レブビューは、将来を左右するテスト、査察、そして昔から問題になっている小学校の財源不足からもたらされる害を論証している」
「教師たちへの信頼の欠如を助長するのは、ふたつのひどい説明責任体制だけだ。直ちに学校の評価方法全体を見直すよう、政府に要請する。
児童・学校・家庭省の広報官は、この調査を「二番煎じで、片寄っているか、もしくは時代遅れだ」とはねつけた。
「これらの主張を認めることはない」と述べた。「現在チャイルド・プランをデザインするのと平行して初等カリキュラムを見直しているところだが、10年間の学力水準の上昇の成功――独立した専門家によって幾度となく確認されてきた成功――を基に進めるだろう。子供たちがテスト漬けであると政府は考えない」
全国カリキュラムは、1988年、イングランド、ウェールズ、そして北アイルランドに導入された。それによって特定の重要事項をすべての生徒が確実に勉強するよう意図されたのだ。しかし、それはたちまちのうちに小学校の全授業時間を埋めるようになった。
全国学力テストは、また学校が生徒の進歩について説明する責任を持つために導入された。が、これらのテストは、1997年に労働党の政権獲得後までは学校の仕事で優位を占めるわけではなかった。
労働党は、学力テストの結果改善を、特に国語と算数の結果の改善を、やりがいのある目標に据え、1998年、読み書きと計算能力戦略を導入。
2006年に、政権は政府承認のやり方を使って教えることが求められると学校に通達した。
人気blogランキングへ



