いじめられっ子との私的体験
福岡県のいじめによる中学生の自殺が大きな反響を呼び、文部科学省も乗りだしました。連日大きく報道されて、山谷補佐官やら「ヤンキー」先生、小渕政務官も聞き取り調査をしたことが朝刊に載っています。
山谷氏は「学校と教委の連携やパイプの流れ具合が悪い」といい、ヤンキー先生こと義家教育再生会議委員は「教育行政の構造上の問題を考えなければいけない」と語ったとか。これを読んで、不安が頭をよぎります。教育行政の構造上の問題とは何を指すのでしょうか。
小渕政務官の「さまざまな理由があり、現時点では(因果関係は)明らかでない」という言葉の真意はどこにあるのでしょうか。
実をいいますと、私はかつていじめに悩んだ女子中学生を2週間弱預かったことがあります。
彼女は今、元気に女子大生生活を楽しんでいますから、もうそろそろこの話も少しはしてもいいかな、と新聞を読みながら思いました。
私の大事にしている友人の親戚筋のお子さんでした。繊細で可愛らしい子でしたが、誕生時の小さな事故で神経が1、2本切れたとかいうことで、片足に軽い障害がありましたが、ほとんど分からない程度のものでした。それでも人が自分の足に注意を向けるのを非常に嫌っていました。
中学生になったとき同じクラスの男子生徒が中心になっていじめを始めたということでしたが、足のことをからかわれたのが発端かな、と推測されるくらいで、詳しい話しは何も聞いておりません。実際、彼女は、いじめの話の1つひとつを他人に聞かせるような精神状態ではありませんでしたし、私も無理矢理聞く必要もないと考えました。
部屋をひとつ与え、子供たちが使っていたものを自由に使わせ、とにかく2週間、私は彼女のおしゃべりにつきあい、言いたいことを言わせて聴くことに徹しました。あちらこちらにも連れていき、ふたりで遠足気分を味わいながら、自然も楽しみ、遊び回ったものです。
このとき当然級友たちは学校で勉強をしていたわけですから、夜は夜で、私に見られながらの勉強です。
結局2週間で、もう帰りなさい、と宣言。
駅で見送りながら、また来てもいい? という彼女に、勉強しない子は駄目、と言い放った私。
どういうわけか、私にも今だに謎が解けないのですが、不思議なことに我が家からの帰宅後、彼女は元気になって、決して高い学力レベルの学校ではありませんでしたがとにかく進学先の高校でうまく波に乗れて、現役で大学入学。この知らせを受け取ったときは、私もうれしくて、思わず心の中でバンザイを叫びました。
私が何をやったか。大したことはしませんでした。じっと耳を傾けて、時にはわがままとも思えるような彼女の行動も放ったらかしでしたし、いじめから心身の不調を来していたため黄色い胃液を吐き、他者や小さな動物まで思い入れ強く接するのを見ては面食らったり、まあいろいろでした。
結果的に、彼女の負のエネルギーを私が引き受け、かわりに自分の正(生にも通じますね)のエネルギーを与えたことになりました。傷ついた気を私がもらって、私の健康な気を彼女にやったことになります。ですから、今だから正直に言いますと、私の方はかなり疲れ、回復に少々時間もかかりました。
そして忘れてはならないことは、そんな私の回復には家族を初め、友人たちの力があったこと。
セラピストでもなく、ましてや医者でもない私が、なぜわざわざそんなことをしたのか、彼女を引き受けようと思い立ったのか。それはただただ、友人の可愛がっていた子の苦境を知って何か縁を感じただけのことでした。
うちにおいで、ただその言葉だけを信じて、中学生が新幹線に何時間も乗ってやってきたのです。もちろん私の方は仕事ではありませんから、費用の方は滞在費を含めていただきませんでした。そして往復の旅費は、中学生が自分のお年玉を貯めたものから出したようです。
色々と話しを聞くうち、自分のことを世界で一番惨めな存在であると彼女が受けとめていることに気づきました。あんなに優しい両親も、優秀なおばちゃんも、良くできたおばあちゃんも持っていながら、ただ、自分の不幸を恨むだけでした。
最後の晩は、いかに彼女が恵まれているか、私が話しをする番になりました。そんな私の話を言葉通りに受けとめて、ぱっと顔を輝かせたときの元気な声が、今でも響いてくるようです。
後に、中心になっていじめていた男の子と繁華街ですれ違った経験を友人に話したそうです。
私の方は遠くてもすぐ気がついたの。でも相手は、すれ違うときも気づかなかった……とは彼女の言葉です。そんなものかもしれません。
このいじめっ子については、「家庭生活が大変だったらしいの。私をいじめて気が済むならそれでもいい、と思ったのよ」と私には言ってました。これに対し、良くないよ、ちっとも良くないよ。いじめられたら怒りなさい、と思わず口走った私。
だれも聖女になる必要はない。
初めのうちは、自分がいじめられていることを泣いて否定した子でした。いじめられている惨めな自分を認めたくなかったのかも知れません。そして、そんな心がちょっとした身体症状にも表れて、親御さんや周囲の人を悩ませていたのです。
あれから何年経ったでしょうか。この春、彼女に会ってきました。今、元気になって、きれいになって、生活を楽しんでいます。
山谷氏は「学校と教委の連携やパイプの流れ具合が悪い」といい、ヤンキー先生こと義家教育再生会議委員は「教育行政の構造上の問題を考えなければいけない」と語ったとか。これを読んで、不安が頭をよぎります。教育行政の構造上の問題とは何を指すのでしょうか。
小渕政務官の「さまざまな理由があり、現時点では(因果関係は)明らかでない」という言葉の真意はどこにあるのでしょうか。
実をいいますと、私はかつていじめに悩んだ女子中学生を2週間弱預かったことがあります。
彼女は今、元気に女子大生生活を楽しんでいますから、もうそろそろこの話も少しはしてもいいかな、と新聞を読みながら思いました。
私の大事にしている友人の親戚筋のお子さんでした。繊細で可愛らしい子でしたが、誕生時の小さな事故で神経が1、2本切れたとかいうことで、片足に軽い障害がありましたが、ほとんど分からない程度のものでした。それでも人が自分の足に注意を向けるのを非常に嫌っていました。
中学生になったとき同じクラスの男子生徒が中心になっていじめを始めたということでしたが、足のことをからかわれたのが発端かな、と推測されるくらいで、詳しい話しは何も聞いておりません。実際、彼女は、いじめの話の1つひとつを他人に聞かせるような精神状態ではありませんでしたし、私も無理矢理聞く必要もないと考えました。
部屋をひとつ与え、子供たちが使っていたものを自由に使わせ、とにかく2週間、私は彼女のおしゃべりにつきあい、言いたいことを言わせて聴くことに徹しました。あちらこちらにも連れていき、ふたりで遠足気分を味わいながら、自然も楽しみ、遊び回ったものです。
このとき当然級友たちは学校で勉強をしていたわけですから、夜は夜で、私に見られながらの勉強です。
結局2週間で、もう帰りなさい、と宣言。
駅で見送りながら、また来てもいい? という彼女に、勉強しない子は駄目、と言い放った私。
どういうわけか、私にも今だに謎が解けないのですが、不思議なことに我が家からの帰宅後、彼女は元気になって、決して高い学力レベルの学校ではありませんでしたがとにかく進学先の高校でうまく波に乗れて、現役で大学入学。この知らせを受け取ったときは、私もうれしくて、思わず心の中でバンザイを叫びました。
私が何をやったか。大したことはしませんでした。じっと耳を傾けて、時にはわがままとも思えるような彼女の行動も放ったらかしでしたし、いじめから心身の不調を来していたため黄色い胃液を吐き、他者や小さな動物まで思い入れ強く接するのを見ては面食らったり、まあいろいろでした。
結果的に、彼女の負のエネルギーを私が引き受け、かわりに自分の正(生にも通じますね)のエネルギーを与えたことになりました。傷ついた気を私がもらって、私の健康な気を彼女にやったことになります。ですから、今だから正直に言いますと、私の方はかなり疲れ、回復に少々時間もかかりました。
そして忘れてはならないことは、そんな私の回復には家族を初め、友人たちの力があったこと。
セラピストでもなく、ましてや医者でもない私が、なぜわざわざそんなことをしたのか、彼女を引き受けようと思い立ったのか。それはただただ、友人の可愛がっていた子の苦境を知って何か縁を感じただけのことでした。
うちにおいで、ただその言葉だけを信じて、中学生が新幹線に何時間も乗ってやってきたのです。もちろん私の方は仕事ではありませんから、費用の方は滞在費を含めていただきませんでした。そして往復の旅費は、中学生が自分のお年玉を貯めたものから出したようです。
色々と話しを聞くうち、自分のことを世界で一番惨めな存在であると彼女が受けとめていることに気づきました。あんなに優しい両親も、優秀なおばちゃんも、良くできたおばあちゃんも持っていながら、ただ、自分の不幸を恨むだけでした。
最後の晩は、いかに彼女が恵まれているか、私が話しをする番になりました。そんな私の話を言葉通りに受けとめて、ぱっと顔を輝かせたときの元気な声が、今でも響いてくるようです。
後に、中心になっていじめていた男の子と繁華街ですれ違った経験を友人に話したそうです。
私の方は遠くてもすぐ気がついたの。でも相手は、すれ違うときも気づかなかった……とは彼女の言葉です。そんなものかもしれません。
このいじめっ子については、「家庭生活が大変だったらしいの。私をいじめて気が済むならそれでもいい、と思ったのよ」と私には言ってました。これに対し、良くないよ、ちっとも良くないよ。いじめられたら怒りなさい、と思わず口走った私。
だれも聖女になる必要はない。
初めのうちは、自分がいじめられていることを泣いて否定した子でした。いじめられている惨めな自分を認めたくなかったのかも知れません。そして、そんな心がちょっとした身体症状にも表れて、親御さんや周囲の人を悩ませていたのです。
あれから何年経ったでしょうか。この春、彼女に会ってきました。今、元気になって、きれいになって、生活を楽しんでいます。



