アベ政権で期待されるものって?

教員評価を厳格化」「カリキュラムを見直す」「“徴農”でニート解決」と、なにやら過激な小見出しの続く、9月4日付の産経web。なんでも、8月29日に開かれたシンポジウム「新政権に何を期待するか?」での発言ということです。

それぞれ下村博文現官房副長官山谷えり子現内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)稲田朋美衆議院議員のもの。

 前2者の方たちは、文部科学省では頼りにならない、官邸が主導する、駄目な教師は辞めさせて、いい先生の待遇をよくすると、語気荒く喋っているのが伝わってくるような記事でした。

 さらに同記事によると山谷氏は、官邸の教育改革推進会議と八木氏が設立準備室代表を務める「日本教育再生機構」のように、「官邸と国民運動が一緒に教育再生に取り組みたい。教育現場の実態をどんどん官邸に報告してほしい」と語ったそうです。

 ああ、これからは密告とパージの嵐が、教育界で吹き荒れるのでしょうか?! アベ・パージ内閣?

 そして稲田朋美氏の、加藤さんの家焼けちゃいましたね、という発言があったのもこの集会でのことですが、これについて産経webはひと言も触れていません。

 この稲田発言については雑談日記さんも書かれておられますが、私は北海道にお住まいの方のこちらのブログから知りました。

 なんでも稲田氏は、地元福井の新聞で首相の靖国参拝を批判する加藤紘一元幹事長と対談したことを紹介。加藤氏実家が右翼団体幹部に放火された事件について、対談記事が掲載された15日に、先生の家が丸焼けになった、軽い口調で話した」そうです。その上、「約350人の会場は爆笑に包まれた」とのこと。

 ちょっと待って、あなたたち、自分のやってること分かっているの? とまず当惑が先に立ちましたが、確信犯でしょうね。

 デリカシーとモラルの欠けていることは確かですが、何よりも法曹資格を持ち、そのうえ国会議員であるという、2重の責を負うものが、違法行為の被害者を嘲笑するかのようなこうした行為を率先してやることが許されるのでしょうか。

 人の不幸に溜飲を下げる「選良」とその支持者たち。このあまりの露骨さに、腹の立つ前に唖然としてしまう……こうした猛々しさに比べ、どうも良識派はお行儀が良すぎるのかな?

 氏はHPで「伝統と創造」という言葉を使って政治理念を述べていますが、なんだかよく分かりません。一部引用しますと、

「明治維新は700年前の天皇親政を取り戻しながら、近代化を推し進めた、ここに明治維新の特徴があったわけです。だからこそ日本は困難な時代において、アジアで唯一欧米に植民化されることなく、日清、日露の戦争に勝ち、近代国家へと生まれ変わることができたのです。私は、日本再建のキーワードとして「伝統と創造」を掲げ、日本のよき伝統を守りながら創造を続けることで真の改革を実現したいと思っています」。

 700年前の天皇親政とは、たぶん後醍醐天皇の建武の新政を指すと思われます。

 彼女の言う伝統とは、この「建武の新政」のことなのでしょう。

 そしてこの建武の新政の体制に戻って近代化を成し遂げた明治という時代を、どうも「伝統と創造」の時代として、構造改革のお手本とする、という主張のようです。理念を見る限りでは、どうも「天皇親政」の教えで純粋培養された感じです。

 どう考えても、天皇親政と構造改革が結びつきません。天皇親政という体制そのものが構造改革の目的というのでしょうか。幕藩体制が天皇親政体制に変わる。これも一種の構造改革として、それによって初めて近代化が可能となった、と考えるのでしょうか。

 うーん、分かりません。

 それに、明治と現代の間がスポッと抜け落ちているのは、なぜ?

「この頃都にはやるもの、夜討ち 強盗……」と始まる二条河原の落首にうたわれた時代が、そんなにいいと思っているのかしら。

この人にとって、後醍醐天皇親政の時代が理想の時代

コメント

稲田氏のことは このコメントURLで書いたblogの記事を書くまで知りませんでした。 法曹界に身を置く国会議員で,自分の子どもが戦場に行くことを想像することも出来ないのでしょうか?
それともアベソーリは 「公教育」の再生を主張しており自分が通った私立の学校はそのままでも良しとするつもりなのでしょうか?
きっと国会議員の先生方のお子さんで地域の公立学校に通う子なんていないのでしょうかね。

なかまたさん、こんにちわ。
話しには聞いてましたが、すごいことを平然と喋るんだなあ、とびっくりしています。
保守の論客なんて言いますけれどねえ、この理念を読む限りではどうなんでしょう。

「保守の論客」には,いわゆる権威をかさに着た,これ見よがしの知ったかぶりを披露して,無知な庶民をだまくらかす詐欺師のような人が多いようです。山谷さんなんか,その典型ですよね(そういえば山谷にも詐欺師やヤクザが多いなぁ)。

天皇の男系・女系問題になると,わらわらと出てくる,名前も聞いたこともない私立大の「教授」なんかはその典型例でしょう。名前も聞いたことがない,というのは実際,博士号を持っていないということでもあります。彼(女)らがどのような講義や卒論指導をされているのか,一度見学したいものですな (笑)

所詮,その程度の人たちですから,まともな学者は普通相手にしないんですけど,その「無視」のせいで奴等が自分たちの自己評価を5割増し以上に高めているのかも知れません。普通の人は3割増しで,うつ病の人は自己評価を客観的に見ているというデータもありますが。

はじめまして。梅原猛さんの「神殺しの日本」を取り上げた弊ブログへの記事へのコメント、どうもありがとうございました。
国家神道なるものが、明治政府のでっち上げたカルト宗教であるとは、私の以前からの持論なので、星影里沙さんのブログ「憧れの風」で知った梅原さんの本に飛びついた次第です。この本が、教育勅語に立ち返れなどという、右翼的な教育基本法改正論者たちへの痛撃になれば良いなと思っています。
それにしても稲田朋美氏の発言には呆れますね。こういう輩が平然と「伝統と創造の会」なる集団を立ち上げ、それに自民党新人議員の半分が参加しているとは、心胆を寒からしめるものがあります。伝統と創造って、テロ黙認のことなんでしょうかね。
なおTBも試みましたがうまくいきませんでした。あとでまた試してみます。

お久しぶりでございます。
後醍醐って、かなり「特異な天皇」である、というのを、網野善彦さんの著作で読んだのですが、違うのか?
明治維新って、建武の新政の再現なの??だいぶんちがうんじゃないの?
・・・と、ソボクなギモンがわきます。

kaetzchenさん、おはようございます。
 相変わらず鼻息荒くて、口の悪いこと。(>_<)
でも、権威をかさに着た,これ見よがしの知ったかぶり、というのはあたってる。

kojitakenさん、いらっしゃいませ。
 TBもコメントも、一応保留に回しているのですぐには反映されません。ご心配とお手数をかけさせて申し訳ありません。
 政治もカルト宗教に浸食されているようで、それが時々表面化するのは、想像以上に浸食が進んでいる証しでしょうか。

うわあ、朱夏さん、おひさしぶり。うれしー。
 後醍醐天皇のことはあまり知らないのですが、wikipediaを見る限り、ずいぶんと帝位に執着したようですね。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E9%86%8D%E9%86%90%E5%A4%A9%E7%9A%87
小学館のニッポニカには「日本史上異例の独裁型執政を行うことによって波瀾(はらん)に満ちた生涯を送った」とあります。
稲田氏が理想とするのは、この「独裁型執政」なのでしょうね。「日本史上異例」というのですから、「伝統」に反することになるのでは、と思いますが、戦前は楠木正成らとともにもてはやされたようです。
隠岐に流されるときに忠臣が詠んだという、臥薪嘗胆の故事に基づく
「天 勾践(こうせん) むなしうするなかれ ときに沌蠡(はんれい)なきにしもあらず」という歌。なぜか戦後生まれの私でも、後半を歌えます。(>_<)
 脚色された歴史が、こうした歌と共に庶民の間に流布されていたのだと思います。

>とむ丸さん,こんにちは。

>相変わらず鼻息荒くて、口の悪いこと。(>_<)

そうかなぁ(笑) 私は事実を言っただけですよ。鼻息よりも,外で吹いてる台風崩れの風の方が強いです(笑)

変な話,どうして(もと)短大には国文科と英文科しかない所が多いのか,という話があります(家政科がある所はまだましですけどね。被服は物理だし食物は化学だから,つまり自然科学を教えてる)。

要するに,文学部では博士号が取りにくかったという事情があるんですね。私がブログで取り上げた知里真志保さんは東大在学中に文学博士を取ったので,すぐに北大に就職できたんだけど。それだけ,つい最近まで文学博士というのは雲の上の世界だったんです。だから,国文とか英文のスタッフにはどうしても修士止まりが多くなる(教育学部にも多いけど)。

これがノーベル化学賞を取った田中さんのように,家庭の事情で学位を取らず企業の研究所に就職して,実力だけで(学者の世界で)有名人になった人なんかは例外ですけど。企業の工学系の研究者には結構こういう人が隠れてますけどね(特に地方大学出身者)。

逆に言うと,天皇制問題が出てくると,わらわらと文藝春秋なんかに出てくる「論客」に学歴コンプレックスを持つ人が多いのは,そういう事情が隠されているのかなと思ったりもします。つまり,きちんと史学方法論を学んだ経験のない,論理的な思考のできない人です。下手をすると記紀すら漢文で読めない人も多いのではないでしょうか。

後醍醐天皇がらみの話ですが、第三皇子の大塔宮護良親王ゆかりの大塔村が近頃の町村合併のあおりで無くなりました。
奈良県と和歌山県両方に在ったのですがそれぞれ五条市と田辺市に吸収合併されました。いくら歴史があっても人口700人程の村では平成の大合併に勝てなかったようです。
護良親王は南朝でもっとも有力な人材だったのですが見方に裏切られ北朝方に引き渡され足利尊氏の弟の直義に殺害されています。
美しい日本とか歴史とか言うのなら歴史のある村が生き残れる政治をして欲しいものです。

護良親王といえば鎌倉の土牢が有名ですが、なるほど、奈良の方にはそんなゆかりの村があったのですね。
 政治家が、「自分の主張に都合の良い」伝統しか大切にしないのは困りものです。
 これでは伝統を自分の主張に「利用」するだけ、我田引水みたいなものですね。

昭和の頃,電灯を引く・引かないで,政治家が動いたことがあります。ローカル線もしかりですけど,ここで言う「伝統」って一体何なんでしょうね。

特に奈良県と和歌山県の県境は山深い村落が多くて,県境そのものがあいまいな地域が多かった。逆に言うと,大塔宮護良親王がどうしてそのような僻地へ流されなくてはならなかった,という政治的な事実の解明の方が優先されなければならないのでは,と思うのですけれど。

どうも,こういう学問的な論議というのは,政治家の「伝統」史観にはまったく抜け落ちているようですね。

また「伝統」という場合,名前を持つ偉い人物ばかりが「歴史」(書かれた正史)に登場します。しかし,名前も刻まれず,正史からも削除・無視された人物を,それこそ網野さんのように村の庄屋の土蔵から発掘していく地道な作業こそ,本来の「伝統」ではないかと思うのですけど……。私も自分のブログでたまたまコペルニクスの裏面史を取り上げましたけど,そのうち他の「偉大な科学者」たちの「裏面史」もちまちま暴露して,「伝統」をひっくり返してやろうと,左様に思ってたりします。

kaetzchenさん、おはようございます。
今頃になってお返事です。
>名前も刻まれず,正史からも削除・無視された人物を,それこそ網野さんのように村の庄屋の土蔵から発掘していく地道な作業こそ,本来の「伝統」ではないかと思う
というのに、激しく同意!
伝統をひっくり返した科学史のkaetzchenさんに、エールを送ります。
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