田母神氏に早期退職を求めただけでは、数々の逸脱行為を追認することになる
先週木曜日13日の参院外交防衛委員会での民主党藤田幸久氏と浜田防衛相の質疑応答の中継ををたまたま目にして、ビデオライブラリーからおこしています。
あまりに長いので追記にせずに新たな記事にしましたが、今日は続きの続きで3回目です。
「客観的に見て大変うぬぼれの強い方で……」とかなんとか、浜田防衛相は田母神氏の人格についてかなり踏み込んだ表現をしていています。聞いた本人はどう考えるでしょうかね。
「肉を切らせて骨を断つ」といえば、かの石原完爾がなにかの作戦で豪語した言葉だったと記憶していますが、これを連想してしまいました。まあ、田母神氏の場合は、肉を切るどころか、ほんのかすり傷でしょうが。
とにかく懲戒処分は適切でなかった、と繰り返す防衛相の答弁を聞いていると、本気でシビリアン・コントロールを考えているのだろうか、と疑念が深まります。
また「えこひいき大作戦とおじゃま虫作戦」の問題箇所を藤田氏が読むとき、山本一太氏等は、おそらくそれが載っている手元の資料に目を通しているのでしょうが、一太氏のすぐ隣の佐藤正久氏は顎を手で支えてひと休みのポーズを取っているだけ。
自衛隊を好きな人と嫌いな人は区別して、“えこひいき”をしろ、という大作戦は、佐藤氏らにとって“常識な”のかもしれません。
では以下は、前回の続きです。
*** ここから ***
浜田防衛相: 具体的な懲戒処分の手続は以下のとおり。
懲戒権者が部下隊員に命じて規律違反の調査を行う。
その際規律違反の疑いのある隊員の他、参考人等の供述を聴取し、また証拠を集めることになるが、規律違反の有無を証明するためには、必要により、規律違 反の疑いのある隊員等に供述を繰り返し聴取することになり、最終的に供述調書、答申書、必要な証拠を添えて調査報告書を作成し、懲戒権者に報告することに なる。
懲戒権者は調査報告書を持って規律違反の事実の有無を検討し、その事実があると認めたときには、規律違反の疑いのある隊員に対し、被疑事実を記載した書類を送達することになる。
この場合、規律違反の事実が明白で争う余地がなく、かつ規律違反の疑いのある隊員が審議を辞退した場合等を除いて審議を行わなければならない。
審議の手続としては懲戒権者の隊員の内から弁護人を指名し、また懲戒補佐官に命じて規律違反の疑いのある隊員及び証人の尋問その他の証拠調べを行うことになる。
さらに審議終了前には懲戒補佐官を列席させた上で被審議者または弁護人の供述を聴取し審議を終了したときは、審議に関与した懲戒補佐官の意見を聞いて懲 戒処分を行うか否かの決定をし、懲戒処分を行うと決定したときには、行為の内容、行為の程度、動機、状況、悔悛の程度、部内外に及ぼす影響等を総合的に判 断して、種別及び程度を決定することになる。
田母神航空幕僚長が所属していた航空自衛隊について言えば、過去5年間平成15年から平成19年度に懲戒処分を受けた隊員は605人の懲戒手続の平均日数は54日だ。
これらについてすべて、規律違反の疑いのある隊員の協力を得たもので、審議が行われた実績はない。
またこの中には交通違反などの規律違反の事実を争う余地がない懲戒手続に日数を要しない事案も含まれている。
他方、過去に審議が行われた例で、懲戒手続に要した期間について長短はあるが、過去10年間、平成10年から19年度に審議を行った6件の懲戒手続の平均日数は6か月。
そのうち規律違反の疑いのある隊員から十分な協力が得られず、懲戒権者が進める懲戒手続の進行に支障を来した事案については長期間を要する場合がある。
たとえば平成17年7月3日に懲戒処分とした陸上自衛隊ボウコウ(?)事案は約11か月。平成10年6月24日に免職処分とした航空自衛隊無断欠勤事案は、約10か月もある。
いずれにせよ、隊員に規律違反の疑いが生じた場合は先述の懲戒手続により、事実関係を十分に把握した上で適正な懲戒処分により厳正な対処について責任を 持って判断しているところだが、今般の田母神航空幕僚長については本人から迅速な処分の手続に協力が得られず、退職の期限までに懲戒手続を完了することが 困難であると判断して早期退職を求めたところだ。
藤田幸久: ようするに懲戒される意思がなかった、といこと。従っていろんないい訳をしていると。
懲戒の審議というのは職権審議だから、職権審議の大臣自身がそういったことを放棄をしたということではないか。
これでは先述の専守防衛の問題も含めて、今まであったことについては追認をしてしまうことになるから、こういう雑誌(自衛隊幹部の私的サークル機関誌の『朋友』のこと)を読んだ人たちは、このままでいいんだな、ということになってしまうことになる。
統合幕僚学校長が自分のいろんな主義主張をどんどん書いている。
それに基づいて、どんどん投稿しろ、といっている。
おとつい田母神氏は、もし自分が声をかけたなら1,000人ぐらいの人間が賛同したはずだと言っている。
それだけ自分の主張をこの機関誌で言って、みんなが自分の考え方に同意をしていると。だから自分が声をかければ1,000人ぐらいの人が賛成してくれると。
つまり田母神氏は、自分の職権を使いながら、自衛隊の広報紙を使いながら、若い、あるいは中堅の幹部に対して彼の思想を押しつけて、洗脳して、染めてしまったということが分かっている。
今回のことについては、いろんな自衛隊の校長先生たちがみんな批判をしている。
たとえば、西原前防衛大学学長は、思想信条を自由に発表することと、それを考えることは違う。
つまり、思想信条を自由に発表することは個人としては良くても、発表する場合には、当然、自衛隊の幹部は政府の方針に従って発表するのは当然のことだと言っているわけだが、この『朋友』等々で田母神さんが言ってきたことは、自分の主張をこういう機関誌を通して言い続けて、どんどん、こういうことをやるべきだと。
それから新しい歴史研究のグループについては、どんどん金を払ってでも応援をしろ、といっている。
こんなことが分かっているのにほうっておいたら、シビリアン・コントロールが機能しないではないか。
懲戒もしない。
任命権者であり、懲戒権者である大臣がそれをしなかったということは、こういう内容のことを全部みとめてしまうということではないか。
浜田: 基本的に田母神航空幕僚長のコメントに関しては何も言いたくないが、客観的に見て大変うぬぼれの強い方で、そういったところもあり、そしてまた我々とすれば今回把握した時点で、以前からそういったことがあったことを把握していなかったのは事実だが、今回、解任ということの重さ、そして退職ということの重さを考えれば、こういう方が長くいるというのは問題であると怒りを持って退職を求めたところであるし、早期退職というのは、これから、あのまま制服を着たままご自分の意見を展開させるのは大変不適切と思ったから、解任をしたわけだ。
藤田: しかし結果的にああいう形だったので、退職金6,000万貰うことになっている。
あの段階で懲戒免職にしていれば、退職金の額はかなり減ったのではないか。
浜田: 当然これは先述の手続の問題があり、1月21日がくれば退職金が支払われる。
懲戒処分にも色々あり、懲戒処分の場合には減ると思う。懲戒免職であれば、これは当然ゼロ、ということになる。
しかしながら今回の場合にはその審議手続が長くなれば、1月21日がくるわけで、それですぐ自分で辞めることになれば額も変わってくると思う。そういうことを考えれば、私は辞めるように、辞職しろということをいわせてもらったわけで、それに応じてもらえなかったということだ。
藤田: この前から防衛大臣はお辞めになっていただいた、とか田母神さんに対してお公家さまがなだめるように、腫れ物に触るような形で言っていると。
それと懲戒免職の手続も、権限者は大臣だから、その進行も職権主義によって進めることができて、そういう形での新たな対応ができたと思う。
私は今回、一番の被害者は自衛官の方々であり、24万人の、ほんとうに真面目に国を守ろうと思っている
方々が、田母神さんに染められしまっている。
これだけ機関誌を読まされて、論文にも応募して、田母神さんの言っていることは、ただ一般的に自分の意見を言いなさいと言っているのではなくて、たとえば、『This is 読売』と『諸君』と『Voice』と、こういうのに投稿しなさいと。
また、もうひとつ『朋友』で見つけたが、「えこひいき大作戦とおじゃま虫作戦」という論文がここにある。
そこで、自衛隊を好きな人と嫌いな人を区分けするようなことを言っている。
たとえば、この国を愛し、国民の発展を願う善良な人も、とても善良であるとは思えない人も同じ扱いをしようとする。自衛隊を応援してくれる人と反自衛隊活動をする人とを同じ扱いさえをしようとする。自衛隊は反自衛隊派の批判を恐れ、彼等を丁重に扱い、親自衛隊派の人たちに我慢を強いているのだ。あるいは親自衛隊派の人たちは自衛隊が甘えさせておるのだ、と。自衛隊はもう少しえこひいきをしてほしい、と。
こういうふうな論文を通して、これだけ、隊員なり、これを購読している人たちに自分の価値観を押しつけて、こういう所に応援しろ、こういうグループはお金を払って応援しろ、と言っているのは、まさに職権の濫用ではないか。
浜田: 基本的にそういう意見を言うのは内容については今委員が言ったように不適切だというのは十二分によく分かる。
しかしそれがどれだけ影響を与えるかについては、我々とすればそれをチェックするところもなかったわけで、多くの皆さんが呼んだというけれど、果たしてそれが部隊内の雑誌であるので、自衛隊内にどれだけ影響を与えたか。
今のネーミングを見たときに、いったいそれを興味深く読む人がいるかどうかきわめてぎもんであり、そういったことを考えてみれば、昨日の前幕僚長の話を聞いてもらえれば、皆さん方もそこで判断がつくと思う。
藤田: 総理、この田母神さんはすでに4年前に専守防衛を超えたようなことを言っている。
それ以降もそのようなことを言っている。
平成4年には防衛省の局長がそういったものをチェックしますといったけれども、チェックをしていない。
そして結果的にこんな論文がばらまかれている。
にもかかわらず、去年、幕僚長に任命をしてしまった。
この一連の流れを防衛大臣に訊いているが、自衛隊の最高司令官は総理だ。
こういう形で、内部のこれだけの立場の人が政府と反対のようなことを議論でしていると。
それがチェックができない。一番トップになってしまった。
後になってそんなことが分かったということは、自衛隊の最高責任者としてどう思うか。
これでは文民統制がまるで効いていないということの証明ではないか。
アソウ首相: この田母神の見解の一つ一つについてコメントすることは控えさせてもらうと思っている。
一般論として言えば、専守防衛というのは日本の防衛の基本的なで方針で、これを今後とも逸脱するとか徹することに変わりないと思っている。
もう1点、田母神の不適任と分かっていて任命したものではないとはたびたび大臣の答弁のしていたところでもある。これまでの経歴、能力等を総合的に判断して任命したものとして承知している。
ただ、今指摘のあった論文が、いわゆる航空幕僚長になる前、然るべき立場にいるときから出ていたということに関しては、これもきわめて不適切であり、これを防衛省として検討させているが、隊員の監督、教育のあり方等々に関して、部外への意見発表の際の届け出とその内容等々についてはいろいろな影響を考えて再発の防止、また再教育については万全を期すようにと言っているところだ。
藤田: 論文のチェックは平成4年に局長が答弁している。
そうすると、まずチェックをしっかりするということ、中味についても逸脱したものが論文等に幹部の中で出てきた場合には、その段階で処分を含めて対応すると。
その後の任命についてそういったものを勘案しながら、権限者は、責任者は任命をしていくと。
その3つについては今後対応すると、最高責任者として約束してもらえるか。
アソウ: 今の答弁はそのことを言っている。
藤田: さきほど、北澤委員長の一昨日の発言を言ったが、今やはり、民主党の谷岡郁子議員がワシントンに行っておりまして、議会関係者と会っておりました。
谷岡議員の話によると、そのアメリカの議会関係者は、この田母神発言、論文等を見て、日本は非常に危険ではないか、このままいったのではクーデターが起きるのもあり得るのではないか、という話しになったと。
官房長官に訊きたいが、総理がこの間寄稿したものに、東京裁判についていろいろな論文が出ているが、その中で、田中義一首相は、昭和3年だが、張作霖の爆破事件をおこした河本大佐を軍法会議にかけられず、与党や軍の圧力に屈して、行政処分だけに終わらせてしまった。
昭和天皇も厳しくこの田中義一首相を叱責したと。
これがいわゆる陸軍内の下克上の風潮を助長し、指導者が決断せず、組織が暴走した流れであると。
それが陸軍が政府や天皇を顧みず暴走するパターンを作り上げたということが出ているが、田中義一首相とも縁の深い河村官房長官は、こうした軍が偏向していった歴史の教訓を、今日も非常に明らかになった。
こんなことをどんどん幹部が言って、これを広めていたということについて、どのように認識しているのか。
河村官房長官: 今回の田母神航空幕僚長のことについては、解任後、辞任の説得、同氏の拒否、迅速な懲戒手続がなかなかとれそうもない、ということもあって、11月3日付の退職。現実にとりうる最も厳しい措置であったと考えている。
田中義一首相のことに関しては、満州某重大事件のことを指している。
あの当時は旧憲法下、田中義一首相は文民ではない、こういう条件下にあったわけで、今、現時点では総理の指示に基づいてこの防衛省における教育のあり方、部外への意見発表の際の届け出等の再発防止策を検討しているという状況下にある。
いずれにしても今指摘された歴史の教訓を十分ふまえて、我々としてもそれをケンケンフキュウ(?)しながら文民統制に万全を期すべきである、と私は感じている。
藤田: 歴史をしっかり認識することは非常に重要。
アソウ総理に伺いたい。
アメリカの国立資料館から取り寄せた資料。1946年昭和21年1月24日に、麻生工業が日本政府の補助需要局に対して、麻生工業のよしずみ炭鉱の詳細を記述した報告書を提出した。
パネルにあるのは、10数頁の中の最初のページと16ページである。
日本政府が1945年にマニラの連合軍に提出した英文の資料。これも何頁あるかのうちの一部資料。
麻生工業にそういう捕虜の方がいたという英文の資料を2枚ほど配っている。
第2次大戦中にこの麻生鉱山に捕虜が労役をしていたという事実を麻生総理はどのように認識しているか。
アソウ: 私は昭和15年生まれ。当時、4歳、5歳か、ちょっと認識するには早すぎる年齢でもあるので、正直言って、旧麻生工業に関してその事実をその当時知っていたわけではまったくない。
またその事実関係も確認されていないと承知している。
藤田: 当時何歳であったかということは、たとえば一国の総理が認識のある時代のものしか認識していないということになると、たとえば過去の歴史に、自分が直接会ったことでない人に関する政治に必要な項目についても自分は関与しないということになってしまう。
それで少なくともこういう事実があるということについて、総理が外務大臣の時にオーストラリアの方が手紙を出している。
それからこういった事実関係については、かなりいろいろ論評もされている。
少なくとも、アメリカの公文書館、日本の国会図書館にあるというものの事実に対して、認識をしていないということはあまりに無責任ではないか。
やはり捕虜の問題というのは、国の外交政策上きわめて重要な問題であると思うので、これだけ具体的なものがあるにもかかわらず、これを認識していないということでは、一国の総理とすれば責任が取れないと思うがいかがか。
アソウ: この資料というのは正直言ってヨウボウ(?)しただけであるので、これは確認はまったくされていないというのが事実である。それが1点。
それから二つ目についてはオーストラリア人の元捕虜からの書簡を受けとったということは外務大臣の時代にはない。
藤田: アメリカの公文書館にあるものには、中に何人ぐらいいたのかということは全部出ている。
当然、外務省の方で確認をしていなければならない事実だと思う。
それからニューヨークの総領事が、この関係のニューヨークタイムズの記事が出た段階で、日本政府はこの件に関して何ら情報を得ていないとしているが、そもそも1945年の段階で、日本政府は連合国に対してこういう文書を出している。
日本政府がこういった情報を得ていないということはおかしいのではないか。
中曽根外務相: これは2006年の11月15日付ニューヨークタイムズの記事のことと思うが、実際この記事には麻生工業に関する記述はない。
しかし同じ日のインターナショナル・トリビューン紙の記事には、麻生工業に関する記事がある。
二つの記事に関しては在ニューヨーク日本総領事館のHPに日本政府としての反論を掲載した。
この反論は麻生工業に関するものも含めて、当時私どもで入手可能な情報にもとづいて、東京の外務本省において必要な確認を行った上で、外務本省の指示によってニューヨークの総領事館でHPにこういう記事を掲載したもの。
今回委員が提示した資料もふまえて在ニューヨーク総領事館のHPに掲載されている反論の訂正の可能性も含めて、慎重に検討したい。
藤田: アソウ総理は外務大臣当時、東大阪市のジュウガン寺というお寺を参拝した。
ここは日本の各地で死亡した捕虜がいるところで供養したというふうに理解しているが、なぜこのジュウガン寺を参拝したのかということと、当初は在日8か国の大使を招いていたというのに、突然断った。
その真意とその大使をはじめ呼んでおきながら断ったその経緯をききたい。
アソウ: これは戦後一貫して戦争犠牲者などの慰霊を行っていたところで、これに敬意を表するということで、前々からいろんな友だちも言ってたので、戦争犠牲者などへの追悼の気持ちを表すために訪問した。
慰霊行事というのは万国戦争犠牲者慰霊祭というものを毎年やっている、と聞いたので私はここに行かしてもらう、たまたま近くにいたものだから行かしてもらうということになった。
これがその経緯。
各国大使の参加に関して、こういった行事が厳かに行われているという事実というものはいいのではないかと思ったが。何人かの対しに訊いてみたところ、いろいろ話が込み入ってきて、それならやめるということにして、あの時はいかなる形が最も適当かと色々考えた結果、物見遊山(「ものみゆうざん」と読んでたけれど、「ものみゆさん」)みたいな話しになって、話しばかり大きくなると、これは慰霊されている方々の気持ちに最も反すると思ったので、そういった意味では、静かにこれまでも執り行ってきたのが、たまたま大臣なり私などが私人の立場として行くという形になったとして、周りの騒ぎが大きくなるのは慰霊されている方々の最も望まないところだろうと思ったので、断らせてもらった。
藤田: 資料に戻るが、資料は10数頁だが、他の資料もある。国会図書館にもかなりある。アメリカの公文書館にもある。
これを示したらそれを検証して、総理自身が、それで実際に麻生工業における捕虜の当時の状態等について精査をしてしっかり後で答えるということを約束してもらえないか。
アソウ: あの資料が適切なものであれば、ちゃんと答弁する。
藤田: なぜこういうことを取り上げたかというと、捕虜の問題というのは、外交上の、今生きた問題だと思っている。
その対応をどうするかということが、やはり今日問題になっている文民統制の問題と、歴史観の問題と、きわめて関連していると思う。
この田母神さん自身が、村山談話というものは、言論統制の道具だとまで言っている。
その歴史認識の問題についてもいろいろ言っている。
その歴史認識の問題が日本政府の見解と異なっていた。
異なっていたことをいろいろな部分で、あまりにいろいろな部署で見過ごしたか、あるいはそれを無視したか。
結果としてそういう方が航空自衛隊のトップにまで行っている。
先ほどの、田中義一元総理の例ではないが、これだけ日本で、シビリアン・コントロールが行き届いた国だとと田母神さんは言っていたが、これだけズルズル言いたいことは言って、自分の言いたいことをいろんな人に押しつけて、そんなやり方をどんどん外に出せと言って、それを誰もチェックができないということでは、ほんとうにアメリカの方でクーデターが起きるのではないかと心配をしてしまっているぐらいに、この文民統制というものが、本当に危機に至っていると思っている。
その文民統制の基本が、委員長が冒頭以来言う、立法府と行政府の基本的な問題だろうと思う。
行政の方が立法府、つまり国民が決めたことに逆らい続けて、誰もチェックできなくて、結果的にそれをどんどんまた言って、それから私人になったから何もできないのだと言っている。
これでは追認をしているということとまったく同じではないか。
アソウ:田中義一首相の統帥権かんぱん事件というのは旧帝国憲法に基づくものであり、現憲法では、統帥権かんぱんのようなことは起こりえない。
軍に対して立法府は統帥権をかんぱんできないというのがあの時の見解だった。それが結果としてあのような形になった。
それが歴史的背景、よく勉強しているとおり。
今、新憲法になって、この新しい憲法の下ではっきりしているのは文民統制。
今言われたように、いろいろ問題があるのではないかということに関しては、今後きちんと対応していかねばならないと思っている。
藤田: その新しい憲法を変えるべきだと、国民を代表してきている国会議員の前で言ったのが田母神さん。
その田母神さんをこれだけ長い間、そういった言論活動、政治活動を容認してきて、それを他の人まで広げようとした。
24万人の自衛艦の多くの方々が、そういう人に染まって、誘導されて、それについていってる人がたくさんいる。
それを止めることができなかった。
政治がリーダーシップを発揮しないので、組織がそう暴走してしまった。
しかも、その新しい憲法を認めない人がやってしまったということが問題だ。
そのことに対する認識、責任がぜんぜんないではないか。
憲法を変えるべきだといった人が、結局、国民が、国会議員が決めたことを堂々と反対し、長年そういったことを続けて、それをどんどんまき散らして、その活動を続けていても、結果的にはその活動を停めることができなかった、という責任が総理にあるのではないか。
アソウ: 長年そのような状況を見過ごしていたということに関してが問題なのだと思う。
それがただちにクーデターになるとかいう話しは飛躍ではないか。
また少なくとも文民統制がきちんとしていたので、田中義一内閣の時は解任できなかったが、今回はただちに解任ということになったのだろう。
藤田: 多くの方々が、誘導されて染まって、それについていった人がたくさんいる。
それを止めることができなかった。
政治がリーダーシップを発揮しないので、組織がそうに暴走してしまった。新しい憲法を認めない人がそういうことをやってしまった。それが問題なのだ。
そのことに対する責任の認識が全然ないではないか。
憲法を変えるべきだと言った人が、国民が決めたことに対して堂々と反対を紙、長年そういったことを続けて、それをどんどんまき散らして、それを止めることができなかった、その責任が総理にあるのではないか。
アソウ: 長年そのような状況を見過ごしていたということに関してが問題なのだと思う。
それがただちにクーデターになるとかいう話しは飛躍ではないか。
また少なくとも文民統制がきちんとしていたので、田中義一内閣の時は解任できなかったが、今回はただちに解任ということになったのだろう。
藤田: 懲戒手続をしなかったということで、チェックができなかったということに関する任命責任は誰であって、先述の各項目における任命責任は誰にあって、その任命責任者に対する処分はどのようにするか、答えてもらいたい。
アソウ: 基本的には任命権者は担当防衛大臣ということになろうと思う。
藤田: 閣議でそれも任命をされる手続があるということで私の質問を終わらせて貰う。
*** ふ〜、これでお終いです ***
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あまりに長いので追記にせずに新たな記事にしましたが、今日は続きの続きで3回目です。
「客観的に見て大変うぬぼれの強い方で……」とかなんとか、浜田防衛相は田母神氏の人格についてかなり踏み込んだ表現をしていています。聞いた本人はどう考えるでしょうかね。
「肉を切らせて骨を断つ」といえば、かの石原完爾がなにかの作戦で豪語した言葉だったと記憶していますが、これを連想してしまいました。まあ、田母神氏の場合は、肉を切るどころか、ほんのかすり傷でしょうが。
とにかく懲戒処分は適切でなかった、と繰り返す防衛相の答弁を聞いていると、本気でシビリアン・コントロールを考えているのだろうか、と疑念が深まります。
また「えこひいき大作戦とおじゃま虫作戦」の問題箇所を藤田氏が読むとき、山本一太氏等は、おそらくそれが載っている手元の資料に目を通しているのでしょうが、一太氏のすぐ隣の佐藤正久氏は顎を手で支えてひと休みのポーズを取っているだけ。
自衛隊を好きな人と嫌いな人は区別して、“えこひいき”をしろ、という大作戦は、佐藤氏らにとって“常識な”のかもしれません。
では以下は、前回の続きです。
*** ここから ***
浜田防衛相: 具体的な懲戒処分の手続は以下のとおり。
懲戒権者が部下隊員に命じて規律違反の調査を行う。
その際規律違反の疑いのある隊員の他、参考人等の供述を聴取し、また証拠を集めることになるが、規律違反の有無を証明するためには、必要により、規律違 反の疑いのある隊員等に供述を繰り返し聴取することになり、最終的に供述調書、答申書、必要な証拠を添えて調査報告書を作成し、懲戒権者に報告することに なる。
懲戒権者は調査報告書を持って規律違反の事実の有無を検討し、その事実があると認めたときには、規律違反の疑いのある隊員に対し、被疑事実を記載した書類を送達することになる。
この場合、規律違反の事実が明白で争う余地がなく、かつ規律違反の疑いのある隊員が審議を辞退した場合等を除いて審議を行わなければならない。
審議の手続としては懲戒権者の隊員の内から弁護人を指名し、また懲戒補佐官に命じて規律違反の疑いのある隊員及び証人の尋問その他の証拠調べを行うことになる。
さらに審議終了前には懲戒補佐官を列席させた上で被審議者または弁護人の供述を聴取し審議を終了したときは、審議に関与した懲戒補佐官の意見を聞いて懲 戒処分を行うか否かの決定をし、懲戒処分を行うと決定したときには、行為の内容、行為の程度、動機、状況、悔悛の程度、部内外に及ぼす影響等を総合的に判 断して、種別及び程度を決定することになる。
田母神航空幕僚長が所属していた航空自衛隊について言えば、過去5年間平成15年から平成19年度に懲戒処分を受けた隊員は605人の懲戒手続の平均日数は54日だ。
これらについてすべて、規律違反の疑いのある隊員の協力を得たもので、審議が行われた実績はない。
またこの中には交通違反などの規律違反の事実を争う余地がない懲戒手続に日数を要しない事案も含まれている。
他方、過去に審議が行われた例で、懲戒手続に要した期間について長短はあるが、過去10年間、平成10年から19年度に審議を行った6件の懲戒手続の平均日数は6か月。
そのうち規律違反の疑いのある隊員から十分な協力が得られず、懲戒権者が進める懲戒手続の進行に支障を来した事案については長期間を要する場合がある。
たとえば平成17年7月3日に懲戒処分とした陸上自衛隊ボウコウ(?)事案は約11か月。平成10年6月24日に免職処分とした航空自衛隊無断欠勤事案は、約10か月もある。
いずれにせよ、隊員に規律違反の疑いが生じた場合は先述の懲戒手続により、事実関係を十分に把握した上で適正な懲戒処分により厳正な対処について責任を 持って判断しているところだが、今般の田母神航空幕僚長については本人から迅速な処分の手続に協力が得られず、退職の期限までに懲戒手続を完了することが 困難であると判断して早期退職を求めたところだ。
藤田幸久: ようするに懲戒される意思がなかった、といこと。従っていろんないい訳をしていると。
懲戒の審議というのは職権審議だから、職権審議の大臣自身がそういったことを放棄をしたということではないか。
これでは先述の専守防衛の問題も含めて、今まであったことについては追認をしてしまうことになるから、こういう雑誌(自衛隊幹部の私的サークル機関誌の『朋友』のこと)を読んだ人たちは、このままでいいんだな、ということになってしまうことになる。
統合幕僚学校長が自分のいろんな主義主張をどんどん書いている。
それに基づいて、どんどん投稿しろ、といっている。
おとつい田母神氏は、もし自分が声をかけたなら1,000人ぐらいの人間が賛同したはずだと言っている。
それだけ自分の主張をこの機関誌で言って、みんなが自分の考え方に同意をしていると。だから自分が声をかければ1,000人ぐらいの人が賛成してくれると。
つまり田母神氏は、自分の職権を使いながら、自衛隊の広報紙を使いながら、若い、あるいは中堅の幹部に対して彼の思想を押しつけて、洗脳して、染めてしまったということが分かっている。
今回のことについては、いろんな自衛隊の校長先生たちがみんな批判をしている。
たとえば、西原前防衛大学学長は、思想信条を自由に発表することと、それを考えることは違う。
つまり、思想信条を自由に発表することは個人としては良くても、発表する場合には、当然、自衛隊の幹部は政府の方針に従って発表するのは当然のことだと言っているわけだが、この『朋友』等々で田母神さんが言ってきたことは、自分の主張をこういう機関誌を通して言い続けて、どんどん、こういうことをやるべきだと。
それから新しい歴史研究のグループについては、どんどん金を払ってでも応援をしろ、といっている。
こんなことが分かっているのにほうっておいたら、シビリアン・コントロールが機能しないではないか。
懲戒もしない。
任命権者であり、懲戒権者である大臣がそれをしなかったということは、こういう内容のことを全部みとめてしまうということではないか。
浜田: 基本的に田母神航空幕僚長のコメントに関しては何も言いたくないが、客観的に見て大変うぬぼれの強い方で、そういったところもあり、そしてまた我々とすれば今回把握した時点で、以前からそういったことがあったことを把握していなかったのは事実だが、今回、解任ということの重さ、そして退職ということの重さを考えれば、こういう方が長くいるというのは問題であると怒りを持って退職を求めたところであるし、早期退職というのは、これから、あのまま制服を着たままご自分の意見を展開させるのは大変不適切と思ったから、解任をしたわけだ。
藤田: しかし結果的にああいう形だったので、退職金6,000万貰うことになっている。
あの段階で懲戒免職にしていれば、退職金の額はかなり減ったのではないか。
浜田: 当然これは先述の手続の問題があり、1月21日がくれば退職金が支払われる。
懲戒処分にも色々あり、懲戒処分の場合には減ると思う。懲戒免職であれば、これは当然ゼロ、ということになる。
しかしながら今回の場合にはその審議手続が長くなれば、1月21日がくるわけで、それですぐ自分で辞めることになれば額も変わってくると思う。そういうことを考えれば、私は辞めるように、辞職しろということをいわせてもらったわけで、それに応じてもらえなかったということだ。
藤田: この前から防衛大臣はお辞めになっていただいた、とか田母神さんに対してお公家さまがなだめるように、腫れ物に触るような形で言っていると。
それと懲戒免職の手続も、権限者は大臣だから、その進行も職権主義によって進めることができて、そういう形での新たな対応ができたと思う。
私は今回、一番の被害者は自衛官の方々であり、24万人の、ほんとうに真面目に国を守ろうと思っている
方々が、田母神さんに染められしまっている。
これだけ機関誌を読まされて、論文にも応募して、田母神さんの言っていることは、ただ一般的に自分の意見を言いなさいと言っているのではなくて、たとえば、『This is 読売』と『諸君』と『Voice』と、こういうのに投稿しなさいと。
また、もうひとつ『朋友』で見つけたが、「えこひいき大作戦とおじゃま虫作戦」という論文がここにある。
そこで、自衛隊を好きな人と嫌いな人を区分けするようなことを言っている。
たとえば、この国を愛し、国民の発展を願う善良な人も、とても善良であるとは思えない人も同じ扱いをしようとする。自衛隊を応援してくれる人と反自衛隊活動をする人とを同じ扱いさえをしようとする。自衛隊は反自衛隊派の批判を恐れ、彼等を丁重に扱い、親自衛隊派の人たちに我慢を強いているのだ。あるいは親自衛隊派の人たちは自衛隊が甘えさせておるのだ、と。自衛隊はもう少しえこひいきをしてほしい、と。
こういうふうな論文を通して、これだけ、隊員なり、これを購読している人たちに自分の価値観を押しつけて、こういう所に応援しろ、こういうグループはお金を払って応援しろ、と言っているのは、まさに職権の濫用ではないか。
浜田: 基本的にそういう意見を言うのは内容については今委員が言ったように不適切だというのは十二分によく分かる。
しかしそれがどれだけ影響を与えるかについては、我々とすればそれをチェックするところもなかったわけで、多くの皆さんが呼んだというけれど、果たしてそれが部隊内の雑誌であるので、自衛隊内にどれだけ影響を与えたか。
今のネーミングを見たときに、いったいそれを興味深く読む人がいるかどうかきわめてぎもんであり、そういったことを考えてみれば、昨日の前幕僚長の話を聞いてもらえれば、皆さん方もそこで判断がつくと思う。
藤田: 総理、この田母神さんはすでに4年前に専守防衛を超えたようなことを言っている。
それ以降もそのようなことを言っている。
平成4年には防衛省の局長がそういったものをチェックしますといったけれども、チェックをしていない。
そして結果的にこんな論文がばらまかれている。
にもかかわらず、去年、幕僚長に任命をしてしまった。
この一連の流れを防衛大臣に訊いているが、自衛隊の最高司令官は総理だ。
こういう形で、内部のこれだけの立場の人が政府と反対のようなことを議論でしていると。
それがチェックができない。一番トップになってしまった。
後になってそんなことが分かったということは、自衛隊の最高責任者としてどう思うか。
これでは文民統制がまるで効いていないということの証明ではないか。
アソウ首相: この田母神の見解の一つ一つについてコメントすることは控えさせてもらうと思っている。
一般論として言えば、専守防衛というのは日本の防衛の基本的なで方針で、これを今後とも逸脱するとか徹することに変わりないと思っている。
もう1点、田母神の不適任と分かっていて任命したものではないとはたびたび大臣の答弁のしていたところでもある。これまでの経歴、能力等を総合的に判断して任命したものとして承知している。
ただ、今指摘のあった論文が、いわゆる航空幕僚長になる前、然るべき立場にいるときから出ていたということに関しては、これもきわめて不適切であり、これを防衛省として検討させているが、隊員の監督、教育のあり方等々に関して、部外への意見発表の際の届け出とその内容等々についてはいろいろな影響を考えて再発の防止、また再教育については万全を期すようにと言っているところだ。
藤田: 論文のチェックは平成4年に局長が答弁している。
そうすると、まずチェックをしっかりするということ、中味についても逸脱したものが論文等に幹部の中で出てきた場合には、その段階で処分を含めて対応すると。
その後の任命についてそういったものを勘案しながら、権限者は、責任者は任命をしていくと。
その3つについては今後対応すると、最高責任者として約束してもらえるか。
アソウ: 今の答弁はそのことを言っている。
藤田: さきほど、北澤委員長の一昨日の発言を言ったが、今やはり、民主党の谷岡郁子議員がワシントンに行っておりまして、議会関係者と会っておりました。
谷岡議員の話によると、そのアメリカの議会関係者は、この田母神発言、論文等を見て、日本は非常に危険ではないか、このままいったのではクーデターが起きるのもあり得るのではないか、という話しになったと。
官房長官に訊きたいが、総理がこの間寄稿したものに、東京裁判についていろいろな論文が出ているが、その中で、田中義一首相は、昭和3年だが、張作霖の爆破事件をおこした河本大佐を軍法会議にかけられず、与党や軍の圧力に屈して、行政処分だけに終わらせてしまった。
昭和天皇も厳しくこの田中義一首相を叱責したと。
これがいわゆる陸軍内の下克上の風潮を助長し、指導者が決断せず、組織が暴走した流れであると。
それが陸軍が政府や天皇を顧みず暴走するパターンを作り上げたということが出ているが、田中義一首相とも縁の深い河村官房長官は、こうした軍が偏向していった歴史の教訓を、今日も非常に明らかになった。
こんなことをどんどん幹部が言って、これを広めていたということについて、どのように認識しているのか。
河村官房長官: 今回の田母神航空幕僚長のことについては、解任後、辞任の説得、同氏の拒否、迅速な懲戒手続がなかなかとれそうもない、ということもあって、11月3日付の退職。現実にとりうる最も厳しい措置であったと考えている。
田中義一首相のことに関しては、満州某重大事件のことを指している。
あの当時は旧憲法下、田中義一首相は文民ではない、こういう条件下にあったわけで、今、現時点では総理の指示に基づいてこの防衛省における教育のあり方、部外への意見発表の際の届け出等の再発防止策を検討しているという状況下にある。
いずれにしても今指摘された歴史の教訓を十分ふまえて、我々としてもそれをケンケンフキュウ(?)しながら文民統制に万全を期すべきである、と私は感じている。
藤田: 歴史をしっかり認識することは非常に重要。
アソウ総理に伺いたい。
アメリカの国立資料館から取り寄せた資料。1946年昭和21年1月24日に、麻生工業が日本政府の補助需要局に対して、麻生工業のよしずみ炭鉱の詳細を記述した報告書を提出した。
パネルにあるのは、10数頁の中の最初のページと16ページである。
日本政府が1945年にマニラの連合軍に提出した英文の資料。これも何頁あるかのうちの一部資料。
麻生工業にそういう捕虜の方がいたという英文の資料を2枚ほど配っている。
第2次大戦中にこの麻生鉱山に捕虜が労役をしていたという事実を麻生総理はどのように認識しているか。
アソウ: 私は昭和15年生まれ。当時、4歳、5歳か、ちょっと認識するには早すぎる年齢でもあるので、正直言って、旧麻生工業に関してその事実をその当時知っていたわけではまったくない。
またその事実関係も確認されていないと承知している。
藤田: 当時何歳であったかということは、たとえば一国の総理が認識のある時代のものしか認識していないということになると、たとえば過去の歴史に、自分が直接会ったことでない人に関する政治に必要な項目についても自分は関与しないということになってしまう。
それで少なくともこういう事実があるということについて、総理が外務大臣の時にオーストラリアの方が手紙を出している。
それからこういった事実関係については、かなりいろいろ論評もされている。
少なくとも、アメリカの公文書館、日本の国会図書館にあるというものの事実に対して、認識をしていないということはあまりに無責任ではないか。
やはり捕虜の問題というのは、国の外交政策上きわめて重要な問題であると思うので、これだけ具体的なものがあるにもかかわらず、これを認識していないということでは、一国の総理とすれば責任が取れないと思うがいかがか。
アソウ: この資料というのは正直言ってヨウボウ(?)しただけであるので、これは確認はまったくされていないというのが事実である。それが1点。
それから二つ目についてはオーストラリア人の元捕虜からの書簡を受けとったということは外務大臣の時代にはない。
藤田: アメリカの公文書館にあるものには、中に何人ぐらいいたのかということは全部出ている。
当然、外務省の方で確認をしていなければならない事実だと思う。
それからニューヨークの総領事が、この関係のニューヨークタイムズの記事が出た段階で、日本政府はこの件に関して何ら情報を得ていないとしているが、そもそも1945年の段階で、日本政府は連合国に対してこういう文書を出している。
日本政府がこういった情報を得ていないということはおかしいのではないか。
中曽根外務相: これは2006年の11月15日付ニューヨークタイムズの記事のことと思うが、実際この記事には麻生工業に関する記述はない。
しかし同じ日のインターナショナル・トリビューン紙の記事には、麻生工業に関する記事がある。
二つの記事に関しては在ニューヨーク日本総領事館のHPに日本政府としての反論を掲載した。
この反論は麻生工業に関するものも含めて、当時私どもで入手可能な情報にもとづいて、東京の外務本省において必要な確認を行った上で、外務本省の指示によってニューヨークの総領事館でHPにこういう記事を掲載したもの。
今回委員が提示した資料もふまえて在ニューヨーク総領事館のHPに掲載されている反論の訂正の可能性も含めて、慎重に検討したい。
藤田: アソウ総理は外務大臣当時、東大阪市のジュウガン寺というお寺を参拝した。
ここは日本の各地で死亡した捕虜がいるところで供養したというふうに理解しているが、なぜこのジュウガン寺を参拝したのかということと、当初は在日8か国の大使を招いていたというのに、突然断った。
その真意とその大使をはじめ呼んでおきながら断ったその経緯をききたい。
アソウ: これは戦後一貫して戦争犠牲者などの慰霊を行っていたところで、これに敬意を表するということで、前々からいろんな友だちも言ってたので、戦争犠牲者などへの追悼の気持ちを表すために訪問した。
慰霊行事というのは万国戦争犠牲者慰霊祭というものを毎年やっている、と聞いたので私はここに行かしてもらう、たまたま近くにいたものだから行かしてもらうということになった。
これがその経緯。
各国大使の参加に関して、こういった行事が厳かに行われているという事実というものはいいのではないかと思ったが。何人かの対しに訊いてみたところ、いろいろ話が込み入ってきて、それならやめるということにして、あの時はいかなる形が最も適当かと色々考えた結果、物見遊山(「ものみゆうざん」と読んでたけれど、「ものみゆさん」)みたいな話しになって、話しばかり大きくなると、これは慰霊されている方々の気持ちに最も反すると思ったので、そういった意味では、静かにこれまでも執り行ってきたのが、たまたま大臣なり私などが私人の立場として行くという形になったとして、周りの騒ぎが大きくなるのは慰霊されている方々の最も望まないところだろうと思ったので、断らせてもらった。
藤田: 資料に戻るが、資料は10数頁だが、他の資料もある。国会図書館にもかなりある。アメリカの公文書館にもある。
これを示したらそれを検証して、総理自身が、それで実際に麻生工業における捕虜の当時の状態等について精査をしてしっかり後で答えるということを約束してもらえないか。
アソウ: あの資料が適切なものであれば、ちゃんと答弁する。
藤田: なぜこういうことを取り上げたかというと、捕虜の問題というのは、外交上の、今生きた問題だと思っている。
その対応をどうするかということが、やはり今日問題になっている文民統制の問題と、歴史観の問題と、きわめて関連していると思う。
この田母神さん自身が、村山談話というものは、言論統制の道具だとまで言っている。
その歴史認識の問題についてもいろいろ言っている。
その歴史認識の問題が日本政府の見解と異なっていた。
異なっていたことをいろいろな部分で、あまりにいろいろな部署で見過ごしたか、あるいはそれを無視したか。
結果としてそういう方が航空自衛隊のトップにまで行っている。
先ほどの、田中義一元総理の例ではないが、これだけ日本で、シビリアン・コントロールが行き届いた国だとと田母神さんは言っていたが、これだけズルズル言いたいことは言って、自分の言いたいことをいろんな人に押しつけて、そんなやり方をどんどん外に出せと言って、それを誰もチェックができないということでは、ほんとうにアメリカの方でクーデターが起きるのではないかと心配をしてしまっているぐらいに、この文民統制というものが、本当に危機に至っていると思っている。
その文民統制の基本が、委員長が冒頭以来言う、立法府と行政府の基本的な問題だろうと思う。
行政の方が立法府、つまり国民が決めたことに逆らい続けて、誰もチェックできなくて、結果的にそれをどんどんまた言って、それから私人になったから何もできないのだと言っている。
これでは追認をしているということとまったく同じではないか。
アソウ:田中義一首相の統帥権かんぱん事件というのは旧帝国憲法に基づくものであり、現憲法では、統帥権かんぱんのようなことは起こりえない。
軍に対して立法府は統帥権をかんぱんできないというのがあの時の見解だった。それが結果としてあのような形になった。
それが歴史的背景、よく勉強しているとおり。
今、新憲法になって、この新しい憲法の下ではっきりしているのは文民統制。
今言われたように、いろいろ問題があるのではないかということに関しては、今後きちんと対応していかねばならないと思っている。
藤田: その新しい憲法を変えるべきだと、国民を代表してきている国会議員の前で言ったのが田母神さん。
その田母神さんをこれだけ長い間、そういった言論活動、政治活動を容認してきて、それを他の人まで広げようとした。
24万人の自衛艦の多くの方々が、そういう人に染まって、誘導されて、それについていってる人がたくさんいる。
それを止めることができなかった。
政治がリーダーシップを発揮しないので、組織がそう暴走してしまった。
しかも、その新しい憲法を認めない人がやってしまったということが問題だ。
そのことに対する認識、責任がぜんぜんないではないか。
憲法を変えるべきだといった人が、結局、国民が、国会議員が決めたことを堂々と反対し、長年そういったことを続けて、それをどんどんまき散らして、その活動を続けていても、結果的にはその活動を停めることができなかった、という責任が総理にあるのではないか。
アソウ: 長年そのような状況を見過ごしていたということに関してが問題なのだと思う。
それがただちにクーデターになるとかいう話しは飛躍ではないか。
また少なくとも文民統制がきちんとしていたので、田中義一内閣の時は解任できなかったが、今回はただちに解任ということになったのだろう。
藤田: 多くの方々が、誘導されて染まって、それについていった人がたくさんいる。
それを止めることができなかった。
政治がリーダーシップを発揮しないので、組織がそうに暴走してしまった。新しい憲法を認めない人がそういうことをやってしまった。それが問題なのだ。
そのことに対する責任の認識が全然ないではないか。
憲法を変えるべきだと言った人が、国民が決めたことに対して堂々と反対を紙、長年そういったことを続けて、それをどんどんまき散らして、それを止めることができなかった、その責任が総理にあるのではないか。
アソウ: 長年そのような状況を見過ごしていたということに関してが問題なのだと思う。
それがただちにクーデターになるとかいう話しは飛躍ではないか。
また少なくとも文民統制がきちんとしていたので、田中義一内閣の時は解任できなかったが、今回はただちに解任ということになったのだろう。
藤田: 懲戒手続をしなかったということで、チェックができなかったということに関する任命責任は誰であって、先述の各項目における任命責任は誰にあって、その任命責任者に対する処分はどのようにするか、答えてもらいたい。
アソウ: 基本的には任命権者は担当防衛大臣ということになろうと思う。
藤田: 閣議でそれも任命をされる手続があるということで私の質問を終わらせて貰う。
*** ふ〜、これでお終いです ***
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