民主党の腰砕け
「私は昨年、柳沢大臣と郵政の視察で欧州に行かせていただいた。大変誇らしかったです。柳沢大臣がさまざまな国際的政治家、企業の方と堂々と渡り合っていただき、こんな立派な団長の下で議論、勉強できてうれしいと思いました」
安倍の答弁にも、「私と同じ認識で、ありがとうございます」と、原口氏はご丁寧に2回も言う。
舞台は国会だけではありません。謎の憂国者rさんが喜八さんの所で嘆き警告をされていますが、めったにテレビを見ない私でも、2月17日日本テレビ「太田総理。秘書田中」で「小泉首相は大好きだったんですが、質問をした後、アレルギーが出るんですよ」といいながら、「小泉首相が大好きだった」と連発しているのを見て、唖然としました。
確かこの方は選挙区で落ちて比例で当選した組です。野党議員としての自覚が皆無ですね。あの山本一太氏には「「ミスターTVタックル」と持ち上げられています。
もちろん民主党には地道に活動されている方々もいるだろうと想像はしていますが、テレビに出るなどしてこうした問題議員たちが目立ちすぎているのは事実でしょう。
メディア露出議員だけではありません。昨年12月の「関組長の東京・永田町ロビー活動日記」には、「民主党の国会対策が腰抜けの理由が、わかりました」と、自民党国会対策委員長二階氏と郵政民営化特別委員会・民主党筆頭理事の中井洽(ひろし)氏の取引が書かれていました。
国会対策といえば、民主党の国会対策委員は自民党委員と「握っている」という話しもあります。
国会対策って何だ? と疑問に思う方はこちらをご覧下さい。タイトルは「国会対策を上手にできる政治家が出世する」。
これによると、
国会議員は当選すると全員すぐに各党の国会対策委員になり、当選3回位になると数名は副委員長になれ、その副委員長の中から委員長になる人が決まる。
(ちなみに現在の委員は、委員長:二階俊博、筆頭副委員長:坂本剛二、漆原良夫(以上自民)、西義博(公明)、高木義明(民主)、重野安正(社民)、穀田恵二(共産)、糸川正晃(国民新党)の各氏です――村野瀬さん、ありがとう)。
国会対策時代は様々な問題解決、運営のために四六時中一緒にいたため、家庭で食事をするよりも副委員長同士で食べることが多く、相撲で例えるなら同じ釜の 飯を食った同部屋同士という感じだ。何をするにも一緒で、共に行動したものだった。この国会対策は「やればやるほど野党とのパイプができるので出世が早 い」と、(故)竹下登氏によくいわれた。
毎年の盆暮れには官邸機密費から幹事長を通して自民党国会対策委員長に5000万の金が渡され、その半分を国会対策費、言い換えれば根回し費とし与野党(共産党を除く)の委員長、副委員長に分け与えられる(現在はどうなっているのでしょう?)。
これが「実際には御歳暮や御中元、また交際費として使われ」、「ひとり年間100万〜200万は受け取っていたはずだ」と、糸山氏は語っています。
うっ、こんなところまで官邸機密費が使われていたのか! と絶句しそう。

↑ 旧首相官邸官房長官室(News Web Japan からお借りしました)。

↑ 問題の大金庫。新しい官邸でもこれが使われているのでしょうか?
立法がこのありさまで、司法が行政に屈する傾向もますます強くなっています。三権分立はすでに絵に描いた餅。
こうして私たち有権者・納税者は裏切り続けられるのでしょうか。
この状態を生んだのは、戦後60余年、ほんの短期間を除いて日本の中枢に居座り続けた自民党の独裁政権でしょう。アメリカの巧みな?対日政策がそれを許したことを考えると、なんともやりきれない思いでいっぱいになります。
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伊吹文明という人は?
改悪された教育基本法の前文に「公共の精神を尊び」という文言が加わったことについては、「日本がこれまで個人の立場を重視しすぎたため」と説明。人権をバターに例えて「栄養がある大切な食べ物だが、食べ過ぎれば日本社会は『人権メタボリック症候群』になる」と述べた。
そして翌26日には、「単一民族なんて言っていない。日本国民が、大和民族がずっと統治してきた国で、そういう意味で極めて同質性があるということを言った」と述べたという話し。
この方の強弁と論理は、今国会が始まってすぐの予算委員会でも見られました。
賃料のいらない議員会館に資金管理団体の「主たる事務所」を置きながら巨額の「事務所費(2005年は約4146万円)」を計上していた問題で、民主党の馬淵議員に「法律の通りにやっている。制度上の不備を理由に現時点では応じないというが、領収書を出すことで国民の不信は払拭できるのではないか」と質されました。
これに対して伊吹氏は「政治活動はすべて平等でなければならない。ある政治家だけが公開する、すべて選挙活動を公にするということは困る」と答えるのみ。
国会の質疑のありさまを見ると笑ってしまいますね。伊吹氏に限らず他の閣僚、アベ総理も、野党議員の追求には眉をつり上げ、語気荒く、こわいほどの剣幕で答えている人が、与党議員の優しいヨイショでえびす顔になるのですから。それがあまりに極端なので、日頃の生活でもこれだけ差があるのだろうか、という疑問がチラッと頭をかすめます。あの怒りのぶつけ方には一種の脅しがあるのかな?
単一民族なんて言ってない、日本は大和民族がずっと統治してきたという意味で極めて同質性がある、といったのだ、という伊吹大臣の主張。たしか古代史のこの問題については、結論は出ていないのではないでしょうか。だいたい、「日本」という概念自体、近代国家成立の前と後では異なりそうですし。
ですからこれは、伊吹氏個人が信じていることなのでしょう。
そして立場上問題にされることが分かっていて、あえて、というよりわざと、こうした発言をする。もしかしたら、どこまで世の中で許容されるか、テストをしているのかな?なんて考えました。
伊吹文明氏はご自身のHPで、戦後の長くて平坦な繁栄の時代に「国民全体が大切なものを見失って」しまった、と訴えます。大切なものとして例にあげているものが「『自助』の精神」、つまり「他人の世話になることの恥ずかしさ」だといいながら。
と同時に「競争拝金主義者」が急増し、社会的エリートがそれに対する批判精神を失った。その結果「他人への依存が強まり、社会のリーダー層に批判精神の欠如が見られ、国家や社会、家庭へのつながりが薄くなってくる。」と断言。
戦後日本の「社会主義的資本主義の軌道を転換」して「市場経済の方向に持っていった」のは正しいが「市場経済・自由社会は万能ではない」と言いつつ、最後に、今こそ、「慣習」「道徳」など日本の精神文化を重視し、市場経済と民主主義の欠点を補いつつ、日本を再生する、正しい保守主義が望まれると思いますね、と結論づけます(いきなり出てきた「民主主義」ですが、民主主義の欠点とは何を指していか不明です)。
繁栄の時代
自助の精神を失う
競争拝金主義者が生まれる
↓
日本の危機
↓
社会主義的政策は駄目だが、市場経済にも、ついでに民主主義にも満足できない。
「慣習」「道徳」等の日本の精神文化を重視する正しい保守主義が一番!
(と伊吹氏は語っています。タイトルは、精神文化で日本再生――政治家の能力は「哲学」、「信念」、「説得力」
です)。
これまでも、国民に犠牲を強いる政治家は、ことさら「精神」を強調してきました。精神さえ強ければことは片づく、とでもいうように。
この論理で、いったいどれだけの人が納得できるでしょうか。
いつか稲田朋美氏がHPで訴えていることがおかしい、と言いましたが、負けず劣らず伊吹氏のものもおかしい。
もともと頭のいい方でしょうから、本気でこのように考えているとは思えない部分を感じます。この文面で主張することはあくまでも支持者向けかもしれません。唐突に出てきた「正しい保守主義」についても、保守主義を標榜する政治家が「正しい保守主義」という言葉を口に出しただけで沸く人たちがいるのでしょう。そうした人たちは、みなそれぞれ、自分こそ正しい保守主義の持ち主だ、と思っていますから、伊吹氏がこの言葉を出しただけで、自分の代弁者として拍手するのではないでしょうか。
そんな支持者が伊吹氏を下から支える一方で、氏を上から引っ張り上げる支持者もいるはず。そうした支持者は、伊吹氏と同様にこの主張が本心でないことを分かっているのだと思います。あくまでも票をもらって権力の座を手中におさめるための方便。
まあ、そんなことが頭の中を駆けめぐりました。
政治家は、財界の男芸者ですから。ちなみに、男芸者とは、「太鼓持ち」のこと。
平成18(2007)年1月現在ですが、神道政治連盟国会議員懇談会の幹事長はこの伊吹文明氏です。
「神道政治連盟」はHPの最初に「神道精神を政治に」という言葉を掲げていますが、この神道精神というのは何でしょう?
「日本らしさ」が神政連のテーマだといいますが、はなはだ抽象的で分かりにくいので、具体的な活動を見てみますと、
「皇室尊厳護持活動」をし、「A級戦犯分祀・国立追悼施設建設」に疑義を唱えて反対、「夫婦別姓」に反対、明治憲法を「明治の日本人が苦心して作り上げた帝国憲法」と讃え、「日の丸」掲揚をうたう、という具合。
日本全国で223名の国会議員がこの神道政治連盟の役員と会員に登録されています。でも、コイズミ純一郎氏の名は見えません。首相になる前は靖国参拝へは誘われてもいかなかったといいますから、無理ないですね。
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吉田茂の暗殺計画
びっくりしました。戦後、旧軍将校の間でクーデター計画があったとは。
26日までに解禁された米中央情報局(CIA)の文書で、旧日本軍参謀本部の作戦課長だった服部卓四郎ら旧日本軍幹部らが1952年7月、当時の吉田茂首相の暗殺計画を立てていたことが分かったという報道です。

この年10月31日付の文書によると、服部氏ら6人のグループは、吉田首相が国家主義者らに敵対的な姿勢をとっているとして、同首相を暗殺し、首相を鳩山一郎氏に代えるクーデター計画を立てていた。 しかし、服部氏の友人で元陸軍参謀の辻政信氏が「クーデターを起こす時ではない」などと説得。グループは計画実行を思いとどまったが、政府高官の暗殺まで検討した、というのですから。

写真上は服部卓四郎。下は辻政信。
2人とも天保銭組なんですね。つまり陸大出。しかも恩賜組。陸軍エリート。
胸いっぱいに勲章を着けた誇らしげな姿が象徴的です。
陸士・陸大出は青春期を寝食共に過ごし、その心情的結びつきは私の想像を遙かに超えそう。同期は学業成績できっちり序列ができ、また師弟の結びつきもことのほか強く、互いに引きたて合いかばい合って、陸軍中枢に君臨する。
お金はなくとも己の才覚、といっても単に陸士・陸大での成績だけですが、それだけで出世の道を極め、権力を握り、兵を、軍隊を、好きなように動かす。ただし、ノモンハン、ニューギニア、ガダルカナル等々、無謀な作戦を強行し、負け戦を重ねる。
その戦前・戦中の栄光を忘れられない結果のクーデター計画でしょうか。
辻はバンコクで敗戦を迎え、イギリス軍の戦犯訴追を怖れ、僧に変装するなどして逃げ、昭和23(1948)年に帰国。戦犯解除となる1950年まで逃避行を続けました。
「腹を切ってお詫びするのが道だがアジアの中で民族の再建を図るため」逃亡した、と強弁しているようです。理屈は後からいくらでもつけられますね。
逃走中の記録「潜行三千里」はベストセラーになり、52年の衆院選では地元の石川県からトップ当選を果たしたというのですから、またまた驚き。日本の政治の現実をよく表しています(泣)。
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自動車産業のノウハウがお手本ですか?!
以下にどのような文脈でその言葉が出てきたのか記してみます。
働く人を大切にしていくこと、人材に投資していくことが長期的展望につながる。
景気の回復は構造改革の果実であり、果実が行き渡り、果実を実感できる年にしたい。そのためには、これをさらに続けていくことが大切。
さいわい明るい兆しが見えてきた。正規雇用が増えてきて、新卒内定率が上がり、初任給が上がってきた。
人材に着目して就労支援をしていくこと、つまり人材への投資と中小企業支援という底上げ戦略を着実に具体的に進めていく必要がある。
中小企業が生産性を上げて力強く成長することが、日本経済が安定的に力強く景気上昇の波に乗っていくためには必要ではないか。また家計部門に波及していくことによってそれが消費にまわり、消費が景気を支える、という好循環に入っていくことができると考えている。
中小企業の生産性を上げて底上げを図っていくために、またその成果を下請けに波及させるために、たとえば、価格転嫁が下請けはなかなかできない状況下にあるわけだから、下請け取引の適正化を図っていったり、あるいは生産性を上昇させていくためにも、IT技術活用の支援をしていく。
大変、今、世界で競争力の高い自動車産業のノウハウを普及させることも必要だ。
(以上)
「長期的展望」とは、ちょうどその前日の公聴会で森田実さんが「長期的展望をもって現実にあたれ」と使われていました。それをさっそく取り入れたのかどうかは定かでありませんが。
また「景気の回復は構造改革の果実」という言葉を聞くと、即座に思い出すのが植草レポート。この中で植草氏は次のような説明をしています。
「小泉政権の5年半の期間に日本経済は最悪の状況に陥った。日経平均株価は7600円に暴落し、金融恐慌が目前にまで迫った。その後、日経平均株価は17000円台まで上昇し、日本経済も緩やかな改善を続けているから、小泉政権に対する国民の評価はさほど悪くない。
「改 革」で膿を出し尽くし、日本経済を再浮上させたなどという、見当違いの説明を聞いて思わず納得してしまう国民も多数存在しているようだ。だが、事実はまる で違う。小泉政権が提示した経済政策は文字通り日本経済を破綻寸前に追い込んだのだ。2003年5月に日本経済が破綻せず再浮上したのは、小泉政権が当初 示していた政策を全面撤回して、正反対の政策を実行したからにほかならない。」
この結果
「多くの国民が本来直面せずに済んだはずの苦しみに巻き込まれ」「外国資本が日本の優良資産を破格の安値で大量取得できた」と氏は指摘。
この間にりそな銀行をめぐる国家的インサイダー取引が行われた疑いについても言及されていました。
「改革」を小泉が絶叫し、それに反応した皆が「改革」に熱狂。その結果が9.11以後の日本の政治。
「日本が『改革』と言い出して早15年、
平成に入ってから11人の首相が誕生しましたが『改革』を
主張しなかった首相は一人もいませんでした。
兎角政治家は『改革』が好きなわけです」
といわれたのは、小林興起氏でした。
政治家が好きなら国民も好きなんですよね、「改革」という言葉が。英語にしたら、単に「リフォーム」なのですが。
アベ総理の好きな言葉は「イノベーション」。23日の答弁でも使われていました。「イノベーション25」というのがあります。何でも、2025年までを視野に入れた成長に貢献するイノベーションの創造のための長期的戦略指針のこととか。分かったような、分からないような……。
イノベーション担当大臣が高市早苗氏で、内閣府には「イノベーション担当大臣25特命室」が設置されているとか。どこの世界の話し? と突っ込みたくなる。
で、世界で競争力の高い自動車産業のノウハウを普及させる、と聞くと、「トヨタ方式」なる言葉を連想してしまいます。『日経ものづくり』では礼賛されているようですが、私は鎌田慧さんの『自動車絶望工場』を思い出します。
「仕事をしていて恐ろしく思うことがある。これは労働ではなくて、なにかの刑罰なのだ、と。」
という鎌田さんの言葉に、
「全く同感。延々と続く単調作業の繰り返しは人間を壊していく。俺の場合、半年だから何とか耐えることができた。(まだ終わってないけど) 」と、現在トヨタの現場で働く青年が呟く。
そして「トヨタイズムの裏側で労組つぶし フィリピントヨタ労組の戦いに世界から支援の輪」
という記事が日刊ベリタに出たのが、去年の9月のことです。
「なぜトヨタはフィリピンに進出し、現地で何を行ってきたのか。労組つぶしだけではなく、フィリピン政府を手玉に取るトヨタの地域支配の実態」を労組委員長が語っています。
トヨタの強さは、下請けのみならず、こうした期間工、海外工場の現地従業員の犠牲の上に成りたっているのではないか、という思いがふつふつと湧き上がります。
いったいアベ総理は、「自動車産業のノウハウ」の何を中小企業に普及させようと考えているのでしょうかね。
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森田実さんの公聴会の言葉、そして日本会議に集う議員たち
平成19年度の予算書を読んだ感想を森田さんは、孟子の「民を尊しとなし、社稷(しゃしょく:国家のこと)これに次ぐ」というひと言で表していました。
国民のためにことをなすのは「選挙で選ばれた政治家」だけである。国家を優先させて国民に負担を強いる政治は、絶望とあきらめを生むおそれがある。抑圧とあきらめを終わらせるのが民主主義の政治の役割だ、と胸に染みこむような口調で静かに語りかけられました。
一利を興すは一害を除くにしかず、とも言われていましたが、この耶律楚材の言葉の後には「一事を生かすは一事を減らすにしかず」と続きます。
世間の耳目をそばだてるような派手なことをするよりも、一つ一つの弊害を取り除くことこそ
政治の神髄である、と言われているように聞こえます。
心身障害児の医療などに当たっている都立北療育医療センターへの総理夫人らの訪問。改革、と称して障害者を切り捨てるような施策をしてきたのはどう考えているのか、と真面目に考えれば次から次へと疑問が湧いてきます。
民の台所を心配して散歩をしながらごみ箱を覗いたというごみ箱宰相東条英機のパフォーマンス、小泉前総理のインパクトの強いワンフレーズとアクション。自分の都合だけを考えた嘘。人気取り作戦の裏には、自分の、あるいは自分たちグループの権益確保のためには何でもやってのける精神がはびこっています。
黒川紀章氏が石原慎太郎都知事が立候補を辞退しない場合には、都知事選に立候補することを表明したそうですが、2人とも確か日本会議に参加する同じ志を持った人たち。どういう作戦で何を狙っているのか、ちょっと分かりません。でも、せっかく手中にある都政の専横権ですから、これだけは他のグループに手渡したくない、と思っていることだけは確かではないでしょうか。
日本会議:多くの右翼の団体・個人がここ行き着き、ここからまた出立する。「右翼の活動における1種のプラットホームの役割を果たしている、と言う人もいます。ちょうど10年前の1997年に「日本を守る会(1974年設立)」「日本を守る国民会議(1981年設立)」を統合してできました。
日本会議の究極の目的は、第2次世界大戦の敗戦で否定された国体護持にあるようです。戦前・戦中の日本を貫く国体、天皇を中心とする政治秩序のもとで、よほど「「いい目」をみた人たちが存在するのかな? とつねづね疑問を抱いてきましたが、メンバーを見るとますますその思いを強くします。
けれどもここに関係するのは、神道指導者たちや、いわゆる社会の「エリート層」に属する個人だけではありません。
生長の家、モラロジー研究所、霊友会、キリストの幕屋等々の宗教関連団体が深く関わってきます。キリストの幕屋とかモラロジー研究所とか、聞き慣れぬ名が登場しますね。「結局、『日本会議』の屋根の下には神道だけでなく形式的には仏教、キリスト教など主要な宗教がすべて集まっている」といわれていますから、例の統一協会もここにからんでくるのでしょうか。石原都政をバックアップしているのも、こうした団体でしょうか。
「日本会議」の実質的な中枢が、240名を超える超党派議員の集団、日本会議国会議員懇談会。右翼団体「日本会議」に集約された意見は、この組織を通じて政治の世界に反映されます。
これまでの執行部の中でも主だった人の名をあげると、麻生太郎(自民党、現外相)、平沼赳夫(無所属、元経済産業相)、中川昭一(現自民党政調会長)、下村博文(現内閣官房副長官)、古屋圭司(自民党)などで、200名を超える自民党議員と25名の民主党議員が加盟しているらしい。自民党と連立を組む公明党は宗教勢力をバックにしていることは周知の事実なのですから、日本の政界を覆う宗教の力がこれからどれだけ大きくなっていくのか考えると、おそろしいものがあります。
みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会、等どいうのもありましたね。みんなで靖国神社に参拝する国民の会、というのも。国民といっても、国体護持を支持する議員にとっては臣民ですから、みんなで靖国神社に参拝する臣民の会といい変えた方が分かりやすい。
しかし、どう考えても、全国民に対する日本会議関係者数の比率の低さに比べて、全国会議員に対する日本会議国会議員懇談会加入議員の数は多すぎるでしょう。
貧しい人が増えているのは否定しがたい現実であり、一害を除くことに政治の使命がある。国家と国民のバランスに異常を来しているのではないか、と語った森田さんの言葉は、日本会議を支えている議員たちの胸にどう響いたでしょうか。
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メディアの自主規制を狙う菅総務相 ムラの教育
関西テレビのデータ捏造問題をきっかけに総務省が放送局への監督を強化する法改正を検討していると報道されています。「報道の自由は当然だが、事実と異なったことを報道する自由はない」と菅総務相は16日述べ、改正に改めて意欲を示したそうです。
公共の電波を正しく使ってもらうという責任は総務省にある、ともいったそうですが、「(改正しても)業務改善命令を出すつもりはない。自主的なものを検討している」とつけ加えています。
「自主規制」を狙っているわけです。
今でも十分すぎるほどテレビ局・新聞等の報道機関は自主規制しているのに、まだまだ足りないというのでしょうか。まだまだ貢ぎ足りない、まだどこかに隠しているんだろう、残らず召し出せ、とでも言いたげな何ともあこぎな強欲ぶりに、百姓と何とかは絞れるだけ絞れ、という言葉を思い出します。
多分、人間のこうした欲望、とりわけ為政者、政治にたずさわるもの、人を支配していると思っている人たちの求めるさらなる要求は、際限がないのです。いつまで自分たちがその地位にいられるか不安に駆られる。権力の座にいる人は、自分がそこから滑り落ちるのが怖くてたまらない。
疑心暗鬼の目を周囲に注いで、さらなる忠誠を求めるのです。
と、腹ばかり立てているのもおもしろくないので、話題を変えて、昨日の桃太郎のエントリーで出てきた「若者宿」について、少々説明いたします。
明治5(1872)年の学制発布以前の日本では、子供たちはどのようにして大人になっていったのか考えるとき、この若者組はどうあってもはずせないもの。
当時、人口の85%を占めた農漁村の人びとは、支配層の持つ価値観、文化とは離れたところで生活の文化をつくり継承し、子育ての習俗を持ちました。
幕藩体制下の過酷な統治にあって年貢等の支配者の要求に応えるために、ムラは村極(ぎめ)や村法を定めて連帯責任を確認。これを全うできない場合は、赤ん坊なら間引き、成長しては勘当・旧離を届け出て人別帳から外しました。
一人前になるとはそうした村の構成員の一員になることであり、単に直系家族にとって意味があるだけでなく、ムラという共同体にとって重要な問題だったのです。ですから「若者組」とは社会的訓練として体系化されたムラの公的制度ともいえるわけです。
祭礼や芝居興行を企画するのも若者組の役目でしたが、一揆や打ち壊しの主力となったのも彼等であり、漁村にあっては海難救助の任にもあたりました。
夕食後若者宿に集まり、時には娘宿に夜なべ仕事を手伝いに行ったり、夜ばいに行ったりして朝までそこで過ごします。地方には高度成長期前までこの夜ばいの風習の残る村もあったようで、僻地に赴任した新卒の女性教師をこれから守るのも同僚教師の仕事だったと聞いたことがあります。
「質朴にして親切」だが「怠惰遊蕩の風」は逃れがたく、「村芝居に祭文読み、夜ばい」が好物だと明治の新聞に揶揄されたムラの住民たち。
ソフィストケートされた(爆)現代人は当惑するばかりですが、若者組は、もちろんこんなことだけをしていたわけではありません。大体15歳で加入して結婚まで、あるいは結婚後も最長42歳まで共に過ごすわけですから、宿の仲間はさぞ結束が固かったことでしょう。そんな結束がムラの運営で大きな力を発揮するのはわかりますね。
ヨーロッパにも同様な夜の集いヴェイエやキルトガングという風習があったといいますから、公教育制度以前の教育としては、けっこう普遍的な形なのかもしれません。
このムラにあった若者組が、やがて官制の青年団へと再編成させられ、それの完了が大正末期。大正15年に創設された青年訓練所は主として軍事訓練を施し、これが後に実業補習学校と統合され、男子の義務となります。
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民権運動の中から生まれた憲法草案
その中で憲法研究会の鈴木安蔵さんが高知の民権家植木枝盛の憲法草案を見つけ出したときのことが描かれていました。
植木枝盛の憲法草案を初めて目にしたときは、私も驚きました。でも、うれしい驚きです。あの強圧的な明治政権下でここまで謳っている、と感動すら覚えました。部分的には何度か見てはいたのですが、それ全文通しで読んだのはここです。
私はこの憲法草案を昨年3月に取り上げています。その時は4回にわたってエントリーしましたが、今日はそれをこの1回でとりあげます。再掲載です。

植木枝盛は1857(安政4) 年、土佐(現在の高知市井口町)に生まれ、21歳の若さで立志社に入り、以後独学で自らの自由民権理論を確立。国会開設を要求した「立志社建白書」を起草 し、以後板垣退助のブレーンとして民権理論の普及と運動の発展に生涯を賭けます。1890(明治23)年、第1回衆議院議員に当選しましたが、1892 (明治25)年の第2回総選挙を前に36歳の若さで死去しました。
明治10年代、自由民権派を中心に数々の私擬憲法草案が作成され ましたが、植木も、立志社の憲法草案として1881年(明治14)8月に起草。18編、附則あわせ220条に及ぶものです。主権在民の画期的な憲法草 案でしたが明治政府に葬られ、65年後の1946年の日本国憲法において、ようやくその思想が引き継がれることになったのです。
明治憲法と現行の日本国憲法の違いについては中学・高校で学びましたが、南英世先生のVIRTUAL政治・経済学教室「明治憲法との比較」に詳しく載っています。一度ご覧になることをお薦めいたします。
この植木が起草した憲法草案を、明治憲法(大日本帝国憲法)と比べながらちょっと見ていこうと思いましたが、前提となっていることがあまりにも違いました。
たとえば自由権に関してですが、明治憲法では「法律の範囲内で」という文言が入ります。
第二十二条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ移住及移転ノ自由ヲ有ス
第二十九条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
逆に言えば、法律でいくらでも人権を制限することが可能だ、と考えられます。
本来、近代世界に誕生した国民国家の定めた憲法は、前の時代に専横を極めた君主の専制権力に対抗して、それに制約を加えるために、一定の政治原理を含む基礎法が確立されたものです。
ですから憲法とは、国家権力を制限し、国民の人権を国家権力から守るべきもの。植木の憲法案には、そんな近代国家を拓いていこうという気概が感じられます。
また明治憲法の前文ともいえる「告文」・「憲法発布勅語」の御名御璽と日付、明治二十二年二月十一日の後にずらっと並ぶ政権中枢の肩書きを見ると、「○○大臣」と共に「伯爵・子爵」の文字が見えます。
あらためて「維新」とは何だったのか、維新の主体となった彼ら下級武士は、どんな国家を目指そうとしたのか、考えてしまいます。
私が一番に興味を持った部分、現行憲法の「第3章 国民の権利及び義務」(第10条〜第40条)に該当するところは、【明治憲法】では「第2章 臣民権利 義務(第18条〜第32条)」、植木の草案【東洋大日本国国憲案】では、「第4編 日本国民及日本人民ノ自由権利」です。
「臣民権利義務」と「日本国民及日本人民ノ自由権利」。この語句の違いが、その内容の違いをよく表しています。
明治憲法「第2章 臣民権利義務」の全15ヵ条には、国民の「自由権利」の規定は皆無である、といっても過言ではありません。先に述べた第22条・29条以外に「自由」の文字が見えるのは第28条です。
第二十八条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
「安寧の秩序」は、いわゆる「公序良俗」ということでしょうが、ここでもやはり「臣民たるの義務に背かざる限りにおいて」という但し書きが入ってきます。
これに対し、日本国国憲案「第4編 日本国民及日本人民ノ自由権利」は、第40条・41条でのいわば日本国民の定義で始まり、第42条「日本ノ人民ハ法律上ニ於テ平等トナス」と続きます。
以後第74条まで、国民が享受する自由権利が謳われているわけです。ちょっと長いですが、一つ一つの条文は短く分かりやすいですから、ぜひ最後までご覧ください。
第43条
日本ノ人民ハ法律ノ外ニ於テ自由権利ヲ犯サレサルヘシ
第44条
日本ノ人民ハ生命ヲ全フシ四肢ヲ全フシ形体ヲ全フシ健康ヲ保チ面目ヲ保チ地上ノ物件ヲ使用スルノ権ヲ有ス
第45条
日本ノ人民ハ何等ノ罪アリト雖モ生命ヲ奪ハレサルヘシ
第46条
日本ノ人民ハ法律ノ外ニ於テ何等ノ刑罰ヲモ科セラレサルヘシ又タ法律ノ外ニ於テ麹治セラレ逮捕セラレ拘留セラレ禁錮セラレ喚問セラル丶コトナシ
第47条
日本人民ハ一罪ノ為メニ身体汚辱ノ刑ヲ再ヒセラル丶コトナシ
第48条
日本人民ハ拷問ヲ加ヘラル丶コトナシ
第49条
日本人民ハ思想ノ自由ヲ有ス
第50条
日本人民ハ如何ナル宗教ヲ信スルモ自由ナリ
第51条
日本人民ハ言語ヲ述フルノ自由権ヲ有ス
第52条
日本人民ハ議論ヲ演フルノ自由権ヲ有ス
第53条
日本人民ハ言語ヲ筆記シ板行シテ之ヲ世ニ公ケニスルノ権ヲ有ス
第54条
日本人民ハ自由ニ集会スルノ権ヲ有ス
第55条
日本人民ハ自由ニ結社スルノ権ヲ有ス
第56条
日本人民ハ自由ニ歩行スルノ権ヲ有ス
第57条
日本人民ハ住居ヲ犯サレサルノ権ヲ有ス
第58条
日本人民ハ何クニ住居スルモ自由トス又タ何クニ旅行スルモ自由トス
第59条
日本人民ハ何等ノ教授ヲナシ何等ノ学ヲナスモ自由トス
第60条
日本人民ハ如何ナル産業ヲ営ムモ自由トス
第61条
日本人民ハ法律ノ正序ニ拠ラスシテ室内ヲ探検セラレ器物ヲ開視セラル丶コトナシ
第62条
日本人民ハ信書ノ秘密ヲ犯サレザルベシ
第63条
日本人民ハ日本国ヲ辞スルコト自由トス
第64条
日本人民ハ凡ソ無法ニ抵抗スルコトヲ得
第65条
日本人民ハ諸財産ヲ自由ニスルノ権アリ
第66条
日本人民ハ何等ノ罪アリト雖モ其私有ヲ没収セラル丶コトナシ
第67条
日本人民ハ正当ノ報償ナクシテ所有ヲ公用トセラルコトナシ
第68条
日本人民ハ其名ヲ以テ政府ニ上書スルコトヲ得各其身ノタメニ請願オナスノ権アリ其公立会社ニ於テハ会社ノ名ヲ以テ其書ヲ呈スルコトヲ得
第69条
日本人民ハ諸政官ニ任セラル丶ノ権アリ
第70条
政府国憲ニ違背スルトキハ日本人民ハ之ニ従ハザルコトヲ得
第71条
政府官吏圧制ヲ為ストキハ日本人民ハ之ヲ排斥スルヲ得
政府威力ヲ以テ擅恣暴逆ヲ逞フスルトキハ日本人民ハ兵器ヲ以テ之ニ抗スルコトヲ得
第72条
政府恣ニ国憲ニ背キ擅ニ人民ノ自由権利ヲ残害シ建国ノ旨趣ヲ妨クルトキハ日本国民ハ之ヲ覆滅シテ新政府ヲ建設スルコトヲ得
第73条
日本人民ハ兵士ノ宿泊ヲ拒絶スルヲ得
第74条
日本人民ハ法廷ニ喚問セラル丶時ニ当リ詞訴ノ起ル原由ヲ聴クヲ得 己レヲ訴フル本人ト対決スルヲ得己レヲ助クル証拠人及表白スルノ人ヲ得ルノ権利アリ
第44条の「日本の人民は生命を全うし四肢を全うし形体を全うし健康を保ち面目を保ち地上の物件を使用するの権を有す」は、現行憲法の第25条「最低生活 の保障」を 、「面目を保ち」という語は、現行憲法の「個人の尊重」を思わせます。明治憲法にはそうした文言はみられません。
植木枝盛の憲法草案「日本国国憲 案」の第49〜56条にかけての8ヵ条、第58・59・60・63・65条の5ヵ条は、それぞれ思想の自由、信教の自由、言語表現の自由、議論の自由、出 版の自由、集会の自由、結社の自由、歩行の自由、住居・旅行の自由、学問の自由、産業の自由、国籍離脱の自由、財産の自由を定めています。第62条には 「通信の秘密」も規定しています。
幕藩体制の下で、志高く国の将来を憂う人々が処罰され、獄門に下ったことへの反省が、よくみられるではありませんか!
『海 国兵談』を著して版木没収、蟄居の憂き目にあった林子平が、「親もなく妻なし子なし版木なし、金も無ければ死にたくもなし」と自嘲気味に歌い「六無斉」と 称したのは、19世紀直前のこと。そして幕末の動乱期、これらの自由権が否定されていたことで、有名無名含めて、どれだけ多くの人々の血が流されたでしょ うか。
ただし明治の新政府においても藩閥強権政府の下で植木も含めて多くの民権論者が獄に投じられたことも忘れてはいけないでしょう。
第45条の「何らの罪ありといえども、生命を奪われざるべし」というのは、「死刑廃止」を意味するのでしょうか。
そしてすごいのは、第64条の「無法に抵抗することを得」という抵抗権の規定と、第70〜72条の規定です。
前者は、「国家権力の不当な行使に対して抵抗する国民の権利」を保証していること。後者は「革命」をも容認していること。
「政府国憲に違背するときは日本人民は之に従わざることを得」(第70条)、
「政府官吏圧政を為すときは、日本人民は之を排斥するを得。政府威力を以てほしいままに暴虐を逞しくするときは、日本人民は兵器を以て之に抗することを得」」(第71条)
「政府ほしいままに国憲に背きほしいままに人民の自由権利を残害し建国の旨趣を妨ぐるときは、日本国民は之を覆滅して新政府を建設することを得」(第72条)
少々笑ってしまったのが、第73条「日本の人民は兵士の宿泊を拒絶するを得」です。何か唐突に出てきた感のあるこの項目が、当時の世相を背景にしているのは間違いないでしょう。知り合いのさる識者(ただしこの分野の専門家ではありません)はこう説明してくれました。
「確 かな根拠を私もいまのところ持ち得ませんが、この「草案」が明治14年に発表されているということから、明治の初年から明治10年間で続く、各地での動 乱、秋月の乱・萩の乱、そして西南戦争などで、政府軍の各地での戦線拡大に際して、兵士の宿泊施設を強制的に民家に求めたことに対する、人民の権利確保が 背景にあるものと考えられます。」
兵士を宿泊させること自体大変なことでしょうし、その後の戦況の推移によっては宿泊所提供者にどんな災難がふりかかってくるか分かりません。当時の庶民の狼狽がうかがえます。

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タグ : 憲法
おじいさま・おとうさまコンプレックス
昨日7日の北方領土返還要求全国大会で安倍晋三首相は、「(父親の)遺志を引き継いで、平和条約の締結に向け全力で取り組む」と挨拶したそうです。
またか! と感じた人は多いのでは?
昨年の日刊ゲンダイには、総理総裁の座を獲得した直後のアベ氏について「何かにつけて血筋を誇示したがる安倍の悪癖」と題する一文が掲載されていました。
「血筋を誇示する」というよりも、大人になりきれていないのでは? と私など心配になります。おかあさまに見守られながら懸命に総裁職をこなし、ことあるごとに祖父や父親を引き合いに出すのをみていると、マザーコンプレックスの土台の上に「おじいさま・おとうさまコンプレックス」が乗っかっている図を思い浮かべてしまいます。
血脈ネットワークが本来抱える現象でしょうか、それとも網目をつくっていくときの単なるちょっとした手違いなのでしょうか。
選択誌がこのネットワーク上にいるニューエスタブリッシュメント(新支配層)の共通項を「ひ弱さ」と指摘しているところから考えると、生まれながらにして将来が約束されている地盤・看板・鞄を受け継ぐ苦労知らずは、この罠にはまる率が高いのかも知れません。
昨日のことですが、「日中21世紀交流事業」で日本を訪問した上海の高校生約30人が在上海日本総領事公邸での報告会で、昭恵首相夫人のことをこんな風に語ったと夕刊にありました。
「優しくて気さくで、友だちみたいに話してくれた。それに、すごく可愛い」
ふむふむ、なんだかなあ〜。
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北九州市長選
金持ちが柴田さんを応援したのよ。
北橋さんは資金が無くてね、事務所も柴田さんみたいにたくさんは作れなくて、どこに置くか、ちょっと大変だったみたい。で、たまたま八幡西区で北橋さんに会って、握手してきたわよ! まあ、柴田さんとも握手したけれどね。
それでね、自民党の○○議員が柴田さんの応援に来てね、宮崎みたいになっていいんですか?! って言ったのよ。失礼よね。
ちなみに、この友人は結構まめに演説会場まで足を運ぶ人です。
北橋さんは新日鐵の出身ですから、八幡東西区は心配ない、という前評判でした。それでも、会社は柴田さんを応援して、労組が北橋さんを応援する、という構図。
小倉は自見さんがいるから心配ないでしょうと、この構図を説明してくれた人は言っていたとか。
沖縄知事選からまだ3ヵ月経っていませんから、学会票のことはそれほど心配しなくていい、とも。
結局、資金はそれほど潤沢ではなかったけれど、勝ったわけです。
考えてみれば、北九州市に限らず、世の中は圧倒的にお金を持っていない人の方が多いのですから。
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資金洗浄法案 修正
「共謀罪の行方に関心を持つ1人でも多くの皆さんに、依頼者密告制度を含む犯罪収益移転防止法案にも関心を持ち、その反対に立ち上がっていただくよう、心からお願いする」
と呼びかけた「一億密告社会を招く共謀罪と犯罪収益移転防止法案」ですが、「犯罪収益移転防止法案」の方は修正されて、弁護士は対象外になりましたね。
日弁連の反発が強かったために、法案をまとめた警察庁が「ギリギリの譲歩」をしたということです。でも資金洗浄、テロ資金対策のための国際機関「金融活動作業部会FATF」から実施を求められることは確かで、これで済んだ、という話しではないようです。
「法案を死なすわけにはいかない」ということで、とりあえずは「成立」を優先したそうです。なんだか、解決していないのとほとんど変わりませんね。
マネーロンダリングという見慣れぬ言葉が金融機関の貼り紙に現れたのはずいぶん前のことです。静かに暮らしていた市井の一市民である私にとって遠い世界の話しで、アメリカ映画を連想したものですが、実際のところはどうなのでしょう? 私たちの社会の裏で、マネーロンダリングはどんな風に、どれくらい浸透しているのでしょうか?
国際機関の勧告で、とにかく法案を成立させるのだ、ということですが、私には分からないことが多すぎます。
裏社会の話しでは、北九州でおかしな話しがあります。
若い人の暴力団加入をくい止めようと県警が北九州地区の中高校生向けに暴力団の実態を描いたビデオを製作したのですが、当の暴力団関係のみならず、校長からも「組員の子供がいじめられるおそれがある」と上映に反対の声が続出しているらしいのです。
これを聞いたとき、一瞬、クエスチョンマークが頭の中を駆けめぐりました。
いじめ問題がこんなところまで、こんな風に波及するなんて。なにか、問題があべこべでしょう?
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