「洪水のような報道で得したヤツら」です。
秋葉原17人殺傷事件が大きく報道される中で目立たなかった重要なニュースの指摘です。
ただ、注目したところが少しばかりずれて、私が気になったのは次の3点。
【沖縄県議選で与党が過半数割れ】
↓
自民党古賀誠選対委員長 山口2区補選に続いて連敗
【後期高齢者医療制度廃止法案参院可決】
↓
コイズミ純一郎元首相・桝添厚労相
【財務省から全中央省庁にまで広がった接待タクシー】
沖縄県議選のCMで活躍したというハマコーの役立たずぶりは、私にはそれほど大した問題ではありませんでした。だって、ある程度以上の年輩の人にとって、ハマコーこと浜田幸一は、国会議員当時でもその“悪っぷり”が有名だったくらいでしょ?
誰が今さら、ハマコーがお年寄りのことや福祉のことを本気で考えてる、なんて思うんでしょ!?
テレビタックルで名前を売ったことをかったか、安易に彼をCMに起用した自民党の感覚は、やはり有権者を舐めているのでは?
ちなみに現在の自民党広報官は野田聖子氏のようです。またこの方を広報局長に就任させたのは古賀誠氏の力ですから、沖縄県議選に関して、二重の意味で古賀誠氏は大きな傷を負ったわけです。
それでも、何にもできない自民党。。
それに、やみくもに、歳出削減すればいい、とばかりにこの後期高齢者医療制度の導入を決めたコイズミ純一郎。
20数年かけての霞ヶ関の一大成果とはいえ、無定見なパフォーマンス男の責任は大きいですし、同じくいろいろとパフォーマンスを気取る桝添厚労相は、とても改善されているとは見えない年金問題も含め、一向に責任を取る気配は見せません。
さて、昨日見つけた言論NPOのアンケート結果。
6月6〜14日の企業経営者、学者、新聞記者など200人を対象にしたものらしく、いかにも良識的な結果が出ているのですが、それでもどこか違和感を覚えます。
「政治は責任を果たしているか」の問にYesと答えた人はわずか2%。
“課題には取り組むも答えを先送りし、責任は十分果たしていない”と“課題に取り組みもせず責任はまったく果たしていない”という批判意見が94%を占めています。
こうした政治の惨状の原因を、「民主党が政権交代や選挙を最優先していることで、政治が権力争いに終始していること」と「福田政権にビジョンやリーダーシップが欠如していること」とあげたのがそれぞれ36%、35%で最も多く、これまた「いかにも」な回答。
戦後60有余年、ほんの一時期を例外として政権を取り続けてきた自民党が、霞ヶ関官僚と手に手を取り合って澱んだ水をさらに濁らせ腐敗させてきたことを考えれば、政権交代を唱えるのは至極当然ですし、2005年9月11日の総選挙のデタラメさを思い出せば、選挙を最優先するのも有権者の気持を代弁しているともいえる、ということはさておいて、日本の政治のポピュリズム性についての回答を見ます。
すると、「非常に問題だ」「本質的な問題ではない」の差はさておき、現在の日本の政治がポピュリズムに流れている、と捉えているのは83%にのぼります。
で、問題はその原因。
「政治家が増税などの国民負担の問題に触れようとしないから」という回答が最も多い40%を占めているのです。
う〜ん、「国民負担の問題」とは!
政権は消費税増税に向けて着々と外堀を埋め、このアンケートに回答を寄せた人たちがどういう顔ぶれかまったく分かりませんが、企業経営者はもちろんのこと、学者、ジャーナリストまでそれに協力する人が多い、ということでしょう。
だいたいこの言論NPOのアンケート自体、こうした設問で処理をしているわけですから、いっしょに消費税増税キャンペーンをしているようなものです。
なぜ法人税を上げることを問わないの?
所得税の累進性を高めることは?
相続税を上げることは?
それに、宗教法人の課税問題は?
こうしたことには目を向けず、目を向けさせずに、ひたすら国民負担ですものね。
真面目で優しい納税者である大多数の国民は、仕方ないなあ、払いたくないけれど、と認めてしまうのでしょうか?
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7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。
こんな風だったらいいなあ。こんなのもあるけれど、子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう、とのことです。
雑誌「選択」によれば「築地市場の売却は1981年、国鉄民営化政策の汐留売却とセットで予定されていた都市再開発ビジネスである」とあります。 「環状2号線」の延伸部はズバリ、汐留、築地から臨海地区を結ぶ開発道路ということになります。1999年の石原都知事誕生により、2001年の市場移転 決定へと築地移転計画は強引に進められました。 計画道路は、築地付近ではそもそも地下を通す計画だったのを、市場移転を前提に地上案に変更。多くの反対意見を押し切って、2007年9月の都市計 画審議会で強行採決されました。豊洲の汚染は既に問題とされていて、「汚染状況を確認してからにすべき」の声も多く有りました。それを無視する形での不当 な採決でした。地上変更計画は直後の2007年12月に、たった3ヶ月と言う異例のスピードで事業決定されました。その間には(10月6日)豊洲の都によ る追加調査で、地下水から環境基準の1000倍に上る有害物質ベンゼンが検出されたことが分かっています。その事実を黙殺した都の事業決定(道路地上案) は、信じ難いものです。築地市場を分断する「地上変更案」は白紙撤回すべきです。 道路計画 道路の位置 橙が外堀通り、緑が現道、赤が建設中あるいは計画中(変更の可能性あり) 現在は外堀通りとして皇居の外堀に沿った路線が存在するが、実際に外堀通りなのは全区間の半分程度である。 元々は埋立地に延ばす予定はなく、本当に環状になる予定だったのだろうが、現在の計画では、名前に反し既に環状ではない。 環状第2号線延伸部 有明〜豊洲〜晴海〜勝鬨〜築地まで、埋め立て地を結ぶ区間である。 環状第2号線が露骨に環状線でなくなったのは、この環状第2号線延伸部が計画されたためである。 以上、通信用語の基礎知識「環状2号線」より抜粋終わり。 私は都民ではありませんが、しゃにむに理不尽な行政を押し進めるイシハラ都政に異議申し立てをしたい気持でいっぱいです。近くだったら、是非とも参加したいところですが。
けっこう最近、イシハラ都知事の次男である良純氏がヘリに乗って空から東京湾周辺を眺める番組がありました。豊洲について何というのか知りたかったので、 じっと見ていたのですが、かつて東京ガスがあったところという紹介だけでした。移転についてはまったくふれませんでした。
なるほど、こうしたやり方をするのか! と妙なところで感心してしまいましが、それにしても、なんという一家でしょう。
ちなみにその番組は今調べると、テレビ朝日「驚異の絶景ミステリー 空から見た地球 東京湾」というもののようです。
例の如く秋葉原通り魔事件の加藤智大容疑者の人となりをかつての同級生の証言で検証。
その後でしょうか、スタジオのコメンテーターに発言が移り、教育熱心でしつけの厳しかった親の期待に応えられなかった、いい子があぶない、とアーチェリーでの五輪メダリストが語り、酒鬼薔薇世代とかゆとり世代とか、元文部官僚が学校教育の面から問題を捉える。
比較的裕福な家庭の子どもがこのところ事件を起こすことが多い。いわゆる社会的地位の高い親の家庭ほど抑圧が強いので、それが爆発することがある、という意見も。
そのあと、鳥越さんが初めて派遣労働の問題にズバリ言及。
2004年にコイズミ純一郎首相(当時)の下で、それまで26の専門的業務に限られていた派遣業務の対象が製造業にまで広がり、一般化した。
今回の事件では、背景となる派遣労働の問題を考える必要がある。
この鳥越さんに落合恵子さんも賛意を示す。
犯罪予備軍は日本にはたくさんいる気がする、といった容疑者自身の言葉にも注意が向けられる。
と、大まかにいえばそんな具合でした。
チャンネルを変えると、そこでも同じ事件について、ちょうどテリー伊藤氏が見解を述べていました。
バーチャルの世界で妄想を膨らませていき、それがまた自身に返ってくるのだ、とかなんとか。
その後を継いだ江田けんじさんは、何といったのかまったく記憶に残らなかったほど。
ですが、ほっほう、人が違えばコメントもこれだけ違う……。
親の期待といい子の問題については私自身がこれまで何度もふれてきたことですが、これはあくまでも家庭という社会の中に散らばる小さな単位のみに目を向けた場合で、私自身の極めて私的な経験に基づいています。もちろんこれは、私自身が身をもって体験したことだけでなく、私の周囲で見聞きしたこと、それもかなりな程度まで見聞きしたことから導き出されたことですが。
ではどうして親がそこまで期待してしまうのか、とこれまでも考え続けてきたのですが、納得のいく結論は出ていません。人間の業に帰するのはたやすいことですが、一方では時代の風、社会の空気も感じています。
「街中から自然を破壊し、子供たちの遊び場所を奪い、命の大切さを知る機会が減り、むしろテレビゲームなどで残虐に人を殺す楽しみを小さい頃から植えつける という背景がないかどうか検討が必要だろう。貧しく苦しい時代と比較して人間が弱くなっており、世の中や周囲を逆恨みする人が増えていることも問題であ る。高齢化社会の深刻さを考えず、ひたすら「お年寄りいじめ」などと情けない批判と悪口を繰り返す政治もこうした『すべて他人のせい」』とする風潮を蔓延さ せている原因かもしれない」
と分析するのは自民党衆議院議員牧原ひでき氏。
氏のプロフィールをみると、なるほど、輝かしさに目がくらみそうです。世の母親の中にはこんな子どもを持ってみたい! と一瞬でも思う人は多そう。
身分と職業が固定して親の後を継げばよいとされていた江戸期までの社会は、職業選択の自由がないけれど、自分の将来像を描くのは至極簡単ですよね。
中には、門閥制度は親のかたきでござる、という福沢諭吉のような野心というか大望に溢れた人物もいましたが。まあ、立志伝中の人はそうした人たちだからこそ立志伝に名を連ねるようになったのでしょう。
でも、でも、自由競争が云われて久しい今の時代でも、生まれ育つ境遇によって人間はどれだけ左右されることか、とよく思います。
どんな両親の元でどのようにして育つか、という問題の半分はワイドショーのネタに任せることにして、ワイドショーでは語られないことに私は目が行きます。
だいたい子どもは、どこの土地で生まれ育ったか、つまり東京か地方か、地方でも都会かそれとも田舎か、等々ですでに差がついています。
それに比較的裕福な家庭、といっても、子どもにかける教育費についてはピンからキリまであります。そもそも「比較的」という言葉がつくこと自体、教育に掛ける金額の幅がかなり狭まれてくることを意味します。
で、学業成績に関していいますと、同じぐらいの学習能力であれば、ぜったいといえるほど、お金を掛けた方が良い結果が得られるのはほぼ確かです。つまり塾に行かせる、あるいは家庭教師を雇う、ということで学業問題はかなりな程度まで解決します。塾だって一つとは、家庭教師だって一人とは限りませんよ。
優秀な親御さんでも我が子の勉強を見るのはまた別問題で、どれだけ我が子に他人の手助けを求めて得られるか、またそんな機会を子どもに与えることができるか、ということが結構重要になります。
そんなとき、お金を出してそれなりの人に任せるわけですが、惜しみなくお金をつぎ込める親もいるんですよね。
大半の親は、“惜しみなく”まではつぎ込めません。ある程度までです。
ある程度まで子どもの教育にお金を掛けて、それ以上は本人にまかせるより仕方ない、というところが、世に言う「比較的裕福な家庭」の実際ではないでしょうか。
そして本人に任せるにも任せられない、というのが親の気持ちで、程度の差こそあれ、つい口出しをするし、口に出すのを控えても無言のうちには子どもに伝わっている。子どもは全身で親の気持ちを受けとめている、ということです。
誰だって、犯罪者に育てようなどと考えて子育てする親はいません。みな、いい子に育てたい。
で、明治になって“いちおう”身分制度も門閥制度も取り払われ、末は博士か大臣か、の立身出世の手段になったのが、教育、つまり学校制度でした。
戦後も一貫してそうしたシステムに変化はないと思いますが、ここにきてそれも崩れてきたようにいわれています。つまり高学歴が高収入につながるわけではないと。
これは、いわゆる高学歴がさらにふるいに掛けられているだけのことではないか、と私などは疑っています。
話しを元に戻しますと、いい子を育てたい、と思って親はエネルギーを注ぎます。金銭を注ぐのは限りあっても、親の心のエネルギーは、特に子どもが幼いうちは無限大に思えたりして、母親は、買いたいものも買わず、したいこともせずに、心血注いで子どもを育てようとします。
それに親の創作したものとして、子の評価は親の評価にもつながります。
親も子も、手厳しい他人の目に常にさらされ、さらには、そんな他人の目から我が子を守れるほどの強さまで、母親には要求されます。
ただし、「いい子」の定義は難しいです。
かつて「期待される人間像」なるものが中央教育審議会から提唱されました。これを巡っては日本中で侃々諤々の議論が続いたのですが、多くの場合は揶揄をこめて、親に期待されるもの、それも2人の親からそれぞれ期待されるもの、社会から、あるいは国家から期待されるもの等々がいろいろと人の口に上りました。
が、親の気持ちを考えてひとくちで言えば、学業成績優秀で、かつ聞き分けの良い子、といったところでしょうか。
けれど、そうした期待に、僕は/私は応えられる、と胸を張れる人はどれだけいるでしょうか。けっして多くはないと思います。
なお、往々にして、母性を強調する世の中の論調にはそこまでの要求が隠されていることは、ちょっと頭の片隅に入れておいてほしいところです。
世のお母さん方の多くは、この「いい子」という呪縛にとらわれて、自分の子どもはもちろんのこと、他人の子どもにも要求をくり返すことになります。
この呪縛から解放されて愉快さ、身と心の軽やかさを味わうと、それまで見えなかったことも見えるようになったりするのですが、世の中の傾向として、こうした呪縛の目に見えぬ形での強要は、自由競争を標榜とする世の中では強まりこそすれ、弱まる気配はまずありません。
ただし、ある種の人々にはこんな呪縛からも無縁であることは当たり前のようです。むろん、そんな人たちはごくごくわずかですが。
分かりやすい例では、米国プレップ・スクール出身者の中でもとびきりの有名人、ジョージ・W・ブッシュ君が、「あと1点足りなければ『戦闘機の操縦をするにはおつむが足りない』というレベル」の100点満点中25点という得点にもかかわらずベトナム戦争従軍を免れる州兵航空隊に合格したことなどがあげられるでしょう。
彼の母校、名門ハーバード大も私立大で、ちゃんとお金で入学できる枠があることは、ブッシュ氏を教えた経験を持つ霍見教授が語ってましたね。
日本とアメリカの事情は多少は違っても、子どもの教育に関して、親のお金と権力がものをいうことがある、という事実はさほど変わらないのではないでしょうか。
米国の有名シンクタンクに就職というか遊学を果たし、箔を付けて帰国。父親の地盤・看板・かばんを受け継ぐのではないか、と噂されているコイズミ進次郎君の例だってありますよ。
結局、ある程度の地位やお金があっても、それが社会的なさまざまな条件を覆すほどまでに至らないときにこそ、競争が意味を帯びてくる、というような気がします。
能力あるものがその能力に見合った地位と収入を得る、というといかにも良さそうに思えるが、実態は中間層のあいだの共食い状態ではないのか。
おまけに、この自由競争の主張は純粋に理念で語られるときだけ通じる理屈で、生身の人間の社会では他のいろいろな要素も加わって、前提がひとつでも、結論はいくらでも違うものになりうる。
と、まあ、いろいろ考えていると、比較的裕福な、それなりに地位も収入もある中間層が厳しい競争にさらされているのだ、と分かります。昨今の、比較的裕福な中流家庭で問題が起こるのも当然といえば当然だと思えてきます。
進学競争に敗れ、就職競争にも敗れ、社会の中で居場所をなくす絶望はいかばかりか、と想像すると胸苦しささえ覚えます。それ以前に、親の期待に沿えなかったことで家庭の中でも居場所をなくしていたことは想像に難くないですし。
ひと頃一億総中流といわれた日本社会では、中流と下流の線引きは必ずしもはっきりしているわけではありません。ですが、非正規雇用がすでに働く人の1/3を占めるような現状では、中間層そのものが音を立てて崩れる怖さを感じます。
親も子も、一人ひとりがふるいに掛けられているような社会で、ふるい落とされるのも自由ですよ、と悪魔のささやきが聞こえてくるようです。
それに、おおかたの日本人にとっては、どこでふるい落とされるか、そのふるい落とされる時点がそれぞれ異なるだけでしょう。
こんなばかばかしい競争社会で心豊かに生き抜いていくには、別なものさしが必要です。
私たちは競争というふるいの上に残った人たちを養うために税を払っているのではない。私たちが安寧に暮らしていくために、税を納めているのだ。
そう確認したら、納税者/有権者の生活を制度の上でも保障するよう要求すべきではないでしょうか。
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去年10月の就任以来、下降の一途を辿っていた内閣支持率が初めて上向きになると同時に、不支持率は下向きに。

支持率: +5ポイント → 26%
不支持率: マイナス5ポイント → 61%
へえ……と驚きながら、支持率が上がるような条件がないのに、なぜ? とキツネにつままれた気分。
もしかしたら……サミット前にやけに張りきって外遊したりビジョンを発表したりしている……それでなんとなくイメージアップ?
政党支持率も、
自民党 32.0(+6.4)
民主党 23.8(−3.3)
公明党 2.8(−0.2)
共産党 2.9(+0.3)
社民党 1.2(−0.6)
国民新党 0.1(±0)
新党日本 0.1(+0.1)
特になし 30.9(−3.0)
という具合に自民党が6.4ポイントもアップして民主党が3.3ポイントもダウン。
他野党のそれらしい数字も見えますが、どれだけ実情を反映しているのか? と疑問に思った人も多いのではないでしょうか。
それにしても1711人の60%にあたる1022人の回答といいます。
全国の有権者数は1億人を数百万超えるぐらいですから、ほぼ1億人。1022/1億人。つまり1億人分のうちの1022人の回答ということですね。1022人がすべて選挙人名簿に登録されていると仮定してですが。
以前から世論調査の信頼性については、さまざまな人が問題を投げかけています。たとえば華氏451度さん。華氏さんは設問の面から私たちに注意を促していますが、私がよく思うのが、1億人をゆうに超える有権者の傾向が、このたった1,000人あまりの人の調査で分かるのかしら? ということ。
もちろん、そのことは私が好感を持って迎えるような数値結果が出ないときに限らず出たときでも言えることですが。
それでも一度、こうして数字となって総合テレビの画面で告げられると、いかにも客観的ぽく人々の印象に残り、以後の世論形成になんらかの作用を及ぼすのでしょうか。
それとも死に体のフクダ内閣を慰め励まして、このまま政権に坐り続けて解散・総選挙を回避する理由になるのでしょうか。
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おかしいというか、これまた限りなく100%に近い予想通りの展開で、自民党の、あの井脇ノブ子氏の思い人、衛藤晟一氏が、「自ら議会制民主主義を崩壊させるもの。このやり方はファシズムとしか言いようがない」というコメントをテレビカメラに向かって吐いてました。。
あらら、これまで自分たちが同様の手法で思い通りに法案を通してきたくせにと、とたんに白け気分を味わってしまいました。
高齢者の目には、与党の負担軽減策は慌てて手直ししたものに過ぎないとしか映らない。75歳という線引きをもうけたことに問題はなかったのか、と与党に苦言を呈し、野党にも廃止法案の審議が十分だったとはいえないと注文を付けた今日の毎日社説。
たしかに、そしていかにも正論で、優等生の見解。
うん、うん、わかる、としながらも、今、私たち有権者が一番望んでいることは衆院の解散・総選挙なんだ、とあらためて確かめる私。
まあ、喧嘩みたいなものよ。
幕は切っておとされた!
走り始めたのだから途中で降りないで!
法的拘束力がない、という理由で居座りを決めている与党と、最後まで喧嘩して! と野党にエール。
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国民が一人当たり250円負担している政党助成金は当初政党のシンクタンク機能を拡充するためと説明されていた。それが議員たちに山分けされてしまってい る。
* 追記があります。
「国防省とCIAの情報を鵜呑みにして戦争突入を認めてしまった苦い思い」を抱える議会の一つの結論が、このシンクタンク創設だったのですね。
もっともイラク戦開戦については、「大量破壊兵器がある」という情宣活動と大統領側の何が何でも戦争に持ち込もうという意思の方が強かったとはいえ、結果として無力に終わったのはなぜ? という疑問が消えませんから、このシステムが完璧とは、あるいは十分に機能していたとはいえないだろう、ということぐらい分かりますが。
(いずれにせよ、米国自身が頭に血が上った状態から少しでも冷静になって、なぜ9.11の報復としてアフガニスタン侵攻を、さらには大量破壊兵器に対する予防的措置を口実にイラク侵攻を決行してしまったのか、今後よーく考えてもらいたいものです。
この米国の決定にただ盲従すること以外に選択肢を見せなかった私たちの国の政府と与党もですが)。
それでも、シンクタンクを我々もつくろう、という姿勢を見せながらも見せかけだけで終わって、シャンシャンで山分けとは、いくら何でも酷すぎるというもの。
あるいは想像力はあっても、それ以上に既得権益を手離すことがこわかったのかもしれません。有権者/納税者はごまかせる、とこれまでの政治で与党議員たちは学んできたのでしょう。
なんだか機能不全に陥っているような私たちの国の政治ですが、それはよくメディアでいわれる「ねじれ国会」のせいじゃない。
政治への不信は同時に政党への不信に通じています。
議員はもっと勉強して仕事をしてください。官僚から自立する意味でも。
日本のように党議拘束が厳しい状況では、議員個人よりも各政党がもっと充実した政策を提言できるように、政党助成金(政党交付金のこと)の本来の趣旨を生かしてください。
しっかりしてくださいよ。野党、とりわけ民主党は。
いくら無党派でも、選挙の時には政党のどれかを支持しなければなりません。
ガソリン税暫定税率復活の決議を衆議院でした直後の世論調査で、朝日、毎日、日経、共同通信では政党支持率が軒並み自民と民主で逆転して、民主党が高くなっています。
去年の参院選前でも、こちらの調査では民主党への支持が自民党へのそれを上まわってます。
と同時に、
民主党のこの「どちらとも言えない」評価は、嫌われていないという点からは強みだが、強固な支持層を持たず、ちょっとした「風」で支持や得票が上下すると いう同党の脆弱な立場を示すものでもある。また、政党リーダーに比較して政党の評価が先行しているのも民主党の特徴である。
と もいわれています。この評は現在にもあてはまりそうですね。
リーダーに比較して政党の評価が先行しているというのも、悪政を重ねる自民・公明に対抗できる政党としての期待の表れのような気がします。
具体的な民主党を引っ張っていく人物の政治的スタンスよりも、あって欲しい政党のイメージを民主党に重ねているのかもしれません。
しっかりしてください、民主党さん。
鳩山由起夫さん、 30日は会場に入るのをじゃましてごめんなさい、なんて河野議長に謝っている場合じゃありませんよ。
むしろ河野議長には、議長になるとなぜわざわざ党籍を離脱するのか、本来の趣旨に立ちかえって欲しい。
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* 追記;
メールで、民主党にはすでに「公共政策プラットホーム」という名のシンクタンクがあることを教えていただきました。チャタロウさん、どうもありがとうございました。
2005年11月に設立されたようですから、あの9.11選挙で大敗を記してからということになりますね。そこでシンクタンクを創設ということになるのは前向きな姿勢がうかがわれて好感が持てます。
問題は、やはりその充実具合、ということになるのでしょう。
結果を見る限りでは、アメリカ議会のシンクタンクが、誤った口実で戦争を仕掛けるブッシュ大統領の決断を阻む力になり得なかったわけですから、民主党のそれも、どれだけ充実したものになるかというのはこれからの課題であるのだろうと推察します。
なかなか良い仕事をしている議員さんたちがいても、私が民主党支持と断言できない理由の一つに、議員の方々の中には歴史認識に不安を覚えるような人がいることがあげられます。
これはあくまでも傾向で、もちろん個人差はあるのでしょうが、たとえば、日本の近現代史、ことに戦中の出来事に対する見方が如実に表れる活動をされて、自民党議員の方々といっしょにワシントンポストに広告を出したようなこともありましたよね。
そんな歴史認識の問題についても、是非、論文なり資料なりで客観的な情報を議員さんたちに提供して欲しいと思います。
他紙での数値はごまめさんが伝えてくださっています。
支持率低下から抜け出す手だてはない、と与党幹部も厳しさを認めているわけですが、これではとても総選挙は戦えないということで解散はいよいよ遠のく、ということになるようです。
でも、どうにも割り切れないのが、この結論。
内閣支持率も政党支持率も低下して自民党と民主党は逆転。与党の一翼をなす公明党も低下しています。
解散・総選挙をして2005年9月11日以来の歴代内閣、コイズミ、アベ、フクダの3内閣を審判したいと思っている有権者の声がこれほど大きいというのに、かえって解散が難しくなるという矛盾。
そもそもあの見苦しいアベ内閣崩壊後も総理の首をすげ替えただけで終わらせたこともおかしかったわけですが、菅義偉選対副委員長は「国会を早く閉じて福田カラーを打ち出すべきだ」と訴えているのだとか。
今までが福田カラーでなかったのならば、いったい何だったの?
改造したからといって、これまで打ち出せなかったカラーが打ち出せるの?
福田カラーって、そんなにいいものなの?
と、不思議に思うことしきりです。
さらには「公明党幹部は『改造のような手段で国民の支持が広がるはずがない』と吐き捨てる」と伝えられているのですが、公明党自身内閣支持率低下に貢献をしているのですから、何をいってるの? 自分たちの責任はどうなるのよ、と一言も二言も言いたいですね。
3日の毎日朝刊にある全国世論調査の結果を以下に載せておきます。


この調査で、ガソリン税や日銀総裁人事の問題での民主党の対応についての質問があり、「評価する」より「評価しない」の方が10ポイントも上まわっているのは、そもそもメディアがそう世論を誘導していったからでしょう。
だいたい「評価する」については女性が男性を10ポイントも下回り、「評価しない」については女性が男性を4ポイント上まわっているのは、日銀総裁人事について、メディアが再三民主党の対応に否定的な評価を与えていた影響でしょう。ことにテレビを通して民主党の対決姿勢を評価しないとするイメージが、多くの女性の中でできあがったのではないか、と同じ女性として考えてしまいます。
またわざわざこうした内容で質問を用意するところに、新聞側の意図も感じます。
対決しないで妥協妥協となあなあで終わっていたら、いったいどうなっていたでしょう。
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朝、新聞を開いて思わず息をのんだニュース。
身体、知的障害者の相談を障害者自身や家族らが受け付ける「障害者相談員」制度を山口県下関市が4月から廃止したことが1日分かった。法律に基づいて約 40年前から全国に普及した制度で、同県内や隣の福岡県内では廃止例はほかにない。突然の通告に障害者団体は反発し、市議会に復活を求める陳情書を出し た。
市によると、07年度の相談員は42人。障害の種類別に、障害者本人や保護者、福祉施設職員などに委嘱していた。相談員は、福祉サービスや年金手続きを始め、生活全般にわたる悩みを聞いて助言。事務経費として年間2万4500円が支払われていた。
市に提出された06年度の報告書によると、相談件数は計463件。1人で56件をこなした人もいたが、7人が0件、3人が1件、4人が2件だった。市は実績が少ないとして廃止を決め、3月末に障害者団体に文書で通知した。
市は「1人あたりの相談件数は月1件未満で効果が薄い」と説明する。一方、市身体障害者団体連合会は「障害者同士で相談できる貴重な制度。実情を調べてほしかった」と困惑する。
視覚障害者として相談員を務めていた同連合会の舛尾政美副会長は「視覚障害のある相談員には文書を作るのは大変。実際には報告されていな い相談も多い」と話す。内臓疾患や人工肛門(こうもん)・膀胱(ぼうこう)利用者の場合など「当事者同士でなくては話しにくいことも多い」と必要性を指摘 する。
これに対し、下関市障害者支援課は「民間施設などの相談窓口を増やしている。より効果のある支援に変えていきたい」としている。
「障害者相談員」制度は身体、知的の各障害者福祉法に基づく。山口市では07年度、相談員30人の相談件数は355件。1人あたりの件数は下関市と大差はないが、「報告されていない相談もある。今のところ制度廃止が議論になったことはない」と話す。
実績が少ないから廃止とは、利用者が少ないから廃止、ということですよね。つまり、少数のものを相手にするのは税金の無駄、という判断なのでしょう。
民間施設などの相談窓口を増やしている、とはいっても、そもそも民間の儲けを追求する事業には馴染まないから公共事業になっているのでしょう?
より効果のある支援に変えていきたいというのは単なる口実にすぎない、と考えるのは、これまでの江島市政の実績を思い起こせば当然のこと。
相談員自身は無休のボランティアですが、年間で支払われる事務経費2万4500円は42人分で102万9000円。これをケチったのかな? とも思いましたが、おそらくそれだけではないのでしょう。
福祉は申請主義なので、地域にどういうサービスがあって、どのように利用すればよいのか、本人が知らなければ、たとえ充実したサービスが制度化されていても、絵に描いた餅です。
はたしてどんなサービスがあるのかというと、
医療、手帳、手当・年金、補装具・日常生活用具、税の減免、公共料金等の割引、介護・派遣、ショートステイ、貸付制度、施設、社会参加・日常生活、療育など、さまざまなサービスが制度化されています。
全体を把握して障害者に的確な助言をしてくれる人がいなくなれば、この多岐にわたるサービスを利用するには、かなりのエネルギーが要りそうです。制度をくまなく知って、誰がどのサービスを使えるか知るのは、ひとりでは事実上不可能かもしれません。
余程の熱意と根気で調べ尽くさないと利用も満足に出来ないとしたら、利用を諦めたり、利用できることすら知らずに一生を終える人が出てきても不思議はありません。
そんなことを下関市は目論んでいるのでしょうか
さらにはサービスを利用する者が少ない、ということでそのサービスを廃止するという結果まで予想しているのだろうか、とまで考えてしまいましたが。
で、こちらによると、相談員は身体障害者福祉法および知的障害者福祉法で定義されているが、障害者自立支援法(平成17年10月31日成立)の施行により、その位置づけの見直しが予定されているとのこと。
障害者の自立を阻害するものとして悪評紛々の障害者自立支援法の施行から見直しが考えられているとは、見直されてより良いものになるとはとても思えません。
その意味で、下関は全国に先駆けて制度改悪を手がけているのかもしれません。
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「いや、まだ分からないよ、まただますつもりらしいから」と私。
「これだけのことをされたんだから、もうだまされないだろう」
「そうだといいんだけれど」
6時半から総理の記者会見ということでテレビをつけてみましたが、聴けば聴くほど空しくなります。
言い繕いばかりはうまいけれど、なんだ、結局、自公与党の政治家たちのための政治じゃないか、それだけじゃないか、という思いにかられるからです。
一方米国では、夏場のドライブシーズンを控えて減税論議がさかんになってきていると今日の毎日夕刊が伝えています。
共和党大統領候補ジョン・マケインは、
「勤労世帯がガソリン高騰に苦しんでいる」
「夏場のドライブシーズンに入る5月から9月初旬までガソリン税を免除すべきだ」
ガソリン税の一時凍結を求める広告を作った民主党ヒラリー・クリントンは、
「大手石油会社の利益の一部をガソリン税(引き下げ)の代わりに充てるべきだ」
ブッシュ大統領まで、とうとう、言わざるを得なくなったようです。
「エネルギーや食品価格の高騰が、多くの国民の家計に悪影響を与えているのはよく分かっている」
「マケイン上院議員の免税の提案を含めて、いかなる提案にも耳を傾けたい」
これまで何度も、米国では暴動が起きてきたし、大統領選も控えて原油高騰に指をくわえてみ見ておくわけにはいかないよね、ブッシュさんも、と思いながら、つい私たちの国のことに思いは飛びます。
大人しく見える有権者だって、ただ与党の政策に唯々諾々と従っているだけじゃない。
これだけ悪政、失政に翻弄されてきた私たちだもの。
その分、1票1票に思いをこめるんだ。
衆院補選に民主党が勝ったことで解散がとおのいたとマスコミはいうけれど、来年の9月まではとても待てません。
(総選挙は)「選挙すべきだとの国民の声が高まったときに行われる。国会運営のテクニックではない」と、小沢民主党代表が日銀総裁人事に揺れた3月、浜松市の記者会見で述べました。
さあ、私たちに何が出来るのか、もう一度考えてみよう。
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1週間前にオープンした道の駅も見物してこよう、苺ももうだいぶ安くなっただろう、透き通るような身のモンゴウイカも季節だし、イカナゴもそろそろだし、新タマネギもセロリもたくさん出てるはずだ、久しぶりに美味しい鶏肉も食べられるぞ、とうきうきしながら車に乗っていると、いつもは信号もなくがら空きの路が渋滞。
なにしろ狭い田舎道。新しい道の駅の駐車場に入るための車が、他の一般車両といっしょになって列をなしていたのです。
もちろんそこで見物気分も吹き飛んで、道の駅は素通り。
いつも行っていた買い物拠点を4、5ヵ所周って帰ってきました。
産直店に通うようになってもう10年ちょっとになるでしょうか。
最初の頃は悠々と買い物ができていたのに、特に夏場、殺気だった雰囲気さえ感じるようなときもあるなど、段々とせわしくせちがらくなっていきました。その度に売り場は拡張されていったのですが。
新しい道の駅はそんな産直拠点のひとつが移転してさらに面積を広げたものです。
まあ、来月くらいになったら少しは落ち着くだろうか、と思いながらも、このところの食に対する関心がこれまでになく高まっているから、どうなることやらと少々気になります。
で、驚いたことに、養鶏場が経営する店の鶏肉の値段がほとんど倍になってました。
これまではガラも入れた半羽分500円でおいしい地鶏が食べられたのですが、値段は同じでも量は半減していました。従来が安すぎたきらいはあるのですが、それにしても倍になることないでしょ、と心の中で独り言。
もう季節も外れたかと諦めていたサラダほうれん草があったのはうれしかったのですが、これまた量が少ない。もっともスーパーならこの量で値段も1.5〜2倍かな?
モンゴウイカはまだ生きているようなものが4〜5はいで1,000円。これはうれしかったです。2,000円分買い込みました。海が荒れているので、その他にある魚はアナゴくらいでした。
でもそのアナゴも、自分でおろすことを条件に、なんと5匹で500円。
わが家は夫がプロ顔負けの腕で調理してくれるので、迷わずゲット。
セロリもおおきな株が180円。
これはサラダにスープになんでもござれですが、意外なのが餃子に入れること。
ニラといっしょに入れると美味しい。もちろん豚肉は出来合の挽肉を買わずに自分で刻んで叩いて使います。ちなみにわが家は皮も自分でつくります。
苺は甘くておいしい高級種が、粒がちょっと小さくて不揃いのせいぐっと安くて1パック200円。これを1箱買っても800円。

……
という具合に、爽やかな4月の陽気に誘われた買い出しは順調に終わったのですが、あの渋滞を思い出すと、つい不安になります。
夏場の供給量が減った時期、混雑する産直店で棚の野菜にわれ先へと手が出るのに遭遇するたびに感じていたこと……食べるものに困らないような世の中は、これからもずっと続くのだろうか? と。
戦後生まれの私は、戦中・戦後のあの厳しい食糧難の時代は経験してませんが、すでに50年近く前、60年代には、日本の農業は「三ちゃん農業」だ、と自嘲気味に言われてました。
農業の実質的担い手が、じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんの3人だ、ということです。
“工業製品を売って稼いだ外貨で食料を輸入すればいい”政策で、農業就業人口はどんどん減り、高齢化率も高まるばかり。
もうずいぶん前から農村に住む叔父などは、減反政策なんかしなくてもいい、ほうっておけば年をとって農業ができなくなるから自然に減反されるよ、と言ってましたっけ。
産直から帰り、お土産の野菜と、きのう堀たてを茹でた竹の子をもって友人の家へ。
そこでご主人を交えて3人でおしゃべり。
結局、これから老年期に入って自分や周りのものの身をどうやって処していくか、という問題が話しの中心になりました。
そちらもわが家も、そして私のご近所も、どちらの家も、子どもたちがUターンしてくることはまず考えられません。
海の幸・山の幸に恵まれながらも、働くところがないのですから。
やっぱりいびつに発展してきたのかな、私たちの国は。
これからのこの国のかたちをどうしていくか、いよいよ本気で考え直さないといけない時だ、とあらためて思います。
今朝、カーラジオから聞こえてくるNHK日曜討論は自民vs民主。
自民:西川京子厚労副大臣、衛藤晟一参院議員、大村秀章衆院議員
民主:長妻昭衆院議員、福山哲郎参院議員、山野井和則衆院議員
で、自民の方はもっともらしい数字を並べての言い訳に終始して理念も哲学もありません。
西川氏は、高齢者も今まで同様に医療が受けられます等々、立て板に水の如くとうとうと、そして平然と言ってのける。
さすがは小泉風が吹いていたとはいえ、落下傘候補の身で自見庄三郎氏を破った人だ、ウソがうまい、と感心。いやあ、キツネですね、と心のうちで呟く。
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