竹中平蔵氏が韓国大統領の顧問に、ですって

 今日の驚き。
「韓国の李明博大統領が、竹中平蔵元経財相を大統領府に招き、指南役の顧問になってほしいと要請した」こと(ゲンダイネット)。


 
マイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏やシンガポール前首相のゴー・チョクトン氏ら15人の国際諮問団の1員と毎日jpにありますね。

 郵政改革を例に出して、「国民に議論のプロセスを公開しながら、だれが責任を持って話をしているか見せたのが効果的だった」などと、高支持率で小泉改革 を成功させた秘訣を伝授した、という話しで、「政界では、李政権が20%前後の支持率で改革の推進力を失う中、国際諮問団に改革の「箔付け」を期待したと の見方も出ている」のだとか。

 
 国民からの圧倒的な批判とデモに悩んでいる李大統領が何を血迷ったの? とびっくりしたのは私だけではないでしょう、きっと。

 以後のレポートはハムニダさんに任せることにして、やはりこの竹中氏の動きが気になりますね。

 竹中氏が参院議員を辞職したのが2006年9月。

 この時、金満家で、かつ石原都知事の仲良しで、16歳の少女買春事件の当事者で、石原都知事とは、大規模な金権・違反選挙で摘発される
74年初当選の前からの友だちの、あの糸山英太郎氏にまで、「何も解らない小泉首相に替わって竹中流経済政策を展開したわけだが、単なるアメリカかぶれの学者がやったこととは何だったのか」と言われてますね。

 また、「国民に議論のプロセスを公開しながら、だれが責任を持って話をしているか見せたのが効果的だった」と、竹中氏は李大統領に語ったらしいのですが、そもそも稀代の役者でプロパガンダの名手コイズミ純一郎を立て、メディアの全面的協力のもと、日本全国津々浦々にまで「民営化」と「抵抗勢力」という言葉を広げたのが決定的だった、となぜ言わなかったのでしょうかね。 

 それにしても参院議員を辞職した後の2007年1月、
 

……

改革への反対勢力は「確信犯」が多く、いくら説得しても改革派に変わることはない。企業や行政で働く若い教え子に も、それぞれの組織のなかでやりたいことや改革案を抱えながらも物事が進まないと悩む人がいる。いつも彼らにアドバイスするのは「いつでも辞めてやるとい う覚悟を持て」ということだ。そうすれば臆病にならず、正論を語れるからだ。

 ただ、実は最大の抵抗勢力は自分自身のなかにある。大きな会社にいる人ほど将来の地位や高い年収が見えてしまい、それが「自分自身の既得権益」となる。最後はこれをどうするかが問題だ。大きな視野を持って、広い世界を見てほしい。

 ……


 と、ほがらかに主張しているのは、辞任当初さまざまに語られた金銭疑惑等もケリがつき、なんとか自分のキャリアに傷がつかないことが分かったからかなあ、などと勝手に推測。


いつでも辞めてやるとい う覚悟」とか「最大の抵抗勢力は自分自身のなかにある」とか、やけに勇ましいのですが、  自己の主張を押し通そうとするとき極めて能弁なこの方の、例の辞任会見のときの態度はなんだか不自然でした。


 いろいろな憶測を呼んだのは当たり前ではないか、と思います。
 でも、自分の中の抵抗勢力に着目するのはさすがだ、とはいえ、住民票を米国に移して課税逃れしたこととか、スリード社のこととか、まさしくエコノミック・ヒットマンとなって今の日本社会の惨状を招くに大いに力があったこととか、いったい、ご自身の心の中ではどう処理されたのだろうか、とふと考えてしまいました。


 ほんとうに日本の経済・社会を良くするのだと信じて手がけたコイズミ改革だったのだろうか? それとも「確信犯」だったのだろうか?


 それにしても15人も、いかにも巨額のギャラが要りそうな人物を集め、さらには竹中氏のように余計な政策を進言され実行されるとしたら、韓国の人々にはなんとも気の毒な話しです。


 ところで、どこのテレビだったでしょうか、流ちょうな日本語を操り経済解説をしているこの方ロバート・フェルドマン氏は、チーム竹中(チーム・ポリシーウォッチ)の1員だったんですね。フェルドマン

 どおりで、おかしいな? と思ったはずです。


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 7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。

 こんな風だったらいいなあ。こんなのもあるけれど、子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう、とのことです。 



 

日雇い派遣労働の経験者の話から女工哀史を思い出したこと

私も一言! 夕方ニュース」では昨日に引き続き日雇い派遣労働がテーマで、リスナーからのメールを読んでました。
 その中で、驚いてあっと声をあげそうになりながらも、“さもありなん”と感じたこと。

 妊娠した女性が、仕事をしたかったら中絶しろ、と派遣会社にいわれ、その衝撃で流産してしまい、結局郷里に帰った、という話し。

 派遣に限らず、私の若い時代、60〜70年代には似たような話はけっこう聞いていました。流産までは記憶にありませんが、一般企業では、妊娠してもまだ働くのか、と言われる以前に、結婚しても働こうとするにはかなり度胸というか根性が必要でした。私自身、結婚したのだからパートになれば、と組合役員にわざわざ呼ばれてご忠言されましたし。

 まあ、へそ曲がりだったこともありまして、もちろんその提案は一蹴。それ以上は会社も組合も言えませんでした。
 でも結局、子どもが産まれてから周囲に頼る人もなく、保育園もなく、個人的に頼むほど収入も良くなく、仕事を辞めて専業主婦になりましたが、しばらくは悪あがきをしました。
 そして30代になるかならない時に夫の親が寝込み、介護の手が必要になり……と、絵に描いたような“女の一生”が待っていたわけです。

 まあ、そんな愚痴話は置いておきまして話しを戻すと、雇用される側が声をあげなければ、雇用する側はいつでも使いやすいように、やり易いように資本の論理に従って働かせようとするわけです。

『蟹工船』が若い人たちに読まれていることを知って記事にしたこともありますが、蟹工船と同時に『女工哀史』も戦前の苛酷な労働を描いたとして有名ですよね。

 そもそも日本で近代工業が産声を上げた時代の富岡製糸場は、旧士族出身の優秀な女性が働いたことが知られています。
 ここで技術を学んだ女性たちは故郷に帰って指導者となったらしいのですが、1872年の富岡製糸場が操業を始めてから53年後の1925年には『女工哀史』が刊行されています。

『女工哀史』を書いた細井和喜蔵が働いた工場はこの製糸場ではありませんが、それでもこの50年の間に、日本の紡績産業の間ではいったい何があったのだ? と考えてしまうほど、創業当時の富岡製糸場で働いた女性たちと女工哀史に描かれた女性たちの姿の違いに愕然とします。

 知り合いの古老のお話では、その昔、昭和の初め頃でしょうか、九州の田舎からも大阪の紡績工場へ働きに行く女性が大勢いたのだそうです。
 そして工場での無理な労働がたたって肺結核になり、親が引き取りに行ったそうですが、間に合わずに娘さんは死亡していたり、負ぶわれた父親の背中で息絶えたり、とにかく紡績工場に行くとみんながみんなと言っていいほど、結核に罹る女性が後を絶たなかったのだとか。当然ですよね、感染しますから。

 その古老のお姉様もやはり働きに行ったものの結核になって故郷へ戻ったそうですが、今度はそこで弟妹たちがつぎつぎに発病。お姉様はなんとか治ったもののすぐ下の妹さんがそれが元でなくなり、話しをしてくれたご本人もその後15年間床に寝付くことになったのだ、ということでした。

 本人の栄養状態も悪い上に劣悪の環境で長時間働かされて20歳前後の女性たちが次々に結核に倒れるなど、どう考えても許されることではないわけですが、当時雇用する側はそれを当たり前のこととして、改める気などなかったのだろうと想像します。
 一人が病気になっても代わりはいくらでもいる、ということでしょう?

 で、戦後の1947(昭和22)年には労働基準法ができあがっていますから、その後は“哀史”のようなことはなかっただろう、と考えるかもしれませんが、そうではないこともあったのが私たちの国の歴史です。

 たしか紡績工場の女性たちが私信まであらためられて、つまり私的な手紙まで開封されて内容を調べられた等々の不満がつのり争議が起こったのが1954(昭和29)年のことでした。
 これについては厚労省のサイト、おそらく労働白書でしょう、もう少し詳しい解説があります。

 争議の要求事項の中には、仏教強制反対、信書の自由、結婚の自由等まであったことが現代では信じられないほどです。でも、たしかにあったのです。

 そうした先人たちの苦労が重ねられて、これまで働く人が守られてきたのだろう、と今さらながらに思います。
 私が早々に諦めてしまった、家庭を維持しながら社会に出て働くということを歯を食いしばりながらやり遂げた女性も多いと思います。もう、それだけで私など尊敬してしまいます。

 で、とにかく、必ずしも利益を上げていたわけではない官営富岡製糸場は創業からほぼ20年後の1893年に三井に払い下げられ、その後、原合名会社、片倉製糸紡績会社へと次々に譲渡されていったようです。

 明治版民営化の後にこの工場の経営や働く環境がどうなっていったのかは私にはさっぱり分かりませんが、日本の紡績産業の場は、50年後には『女工哀史』に書かれたようなものになっていたということ。
 戦後もしばらくはその名残が現実にあった、ということ。

 派遣については、改革だ、改正だ、と言いながら平然と規制を取っ払ってきた政府と国会、特にコイズミ・竹中コンビの2004年の派遣法改定は罪が大きいですよね。
 それまで積み重ねてきたものを壊してしまったのですから。

 真面目にぎりぎりまで耐えてどうにもならなくなって、やっと少しずつ声が出始めたのが昨年あたりからでしょうか。

 まだ素朴に、世の中は良くなっていく、未来は明るい、と信じていた中学生の頃、まさかこんな風に働き方が問題になるような社会が来るとは思ってもみませんでした。


     
     
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 7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。

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政治家の劣化は、狡猾さだけは維持しながら、無邪気・無頓着に権力を行使しているところに表れているのかな

苛酷だなあ、と思ったのは朝早いニュースを見たとき。
 今回の東北の地震で被害にあった温泉施設の例があげられていました。施設そのものもさることながら、施設までの道が寸断されて復旧のめども立たず、営業できずに11人の従業員も解雇される、というもの。

 感想を求められてマイクを突き出されたマネージャーの男性が思わず涙ぐむのですが、こんな災害があるたびにこうした経験をする人たちがいるのだろうな、と気持も沈みます。

 東北の小さな町にとって、数少ない雇用の場であったようです。
 生活への不安を隠しきれない元従業員の女性の姿を見て、私が思い出したのは昭和30年代の日本でした。
 それもどういうわけか、「カッチャ9時運動」ということば。「カッチャ」とは「かあちゃん」のこと。

 横浜、神戸という大都市で育った私が、父の転勤で過ごすことになった新潟の学校でのことです。
 家庭科の授業中だったと思いますが、朝早くから夜遅くまで働く農家の女性も、せめて夜の9時には休んでもらいたい、そんな主旨の運動がある、という話しだったと思います。

 聞き慣れぬ「カッチャ」という言葉とともに、夜の9時になっても手足を休ませることができず、翌朝には早くから起き出して野良へ行かなければならないという農村の女性たちの話しがやけに胸に残り、その後もことあるごとに頭をかすめました。

 同じ頃、かあさんが〜よなべ〜をして、手ぶく〜ろ編んでくれたあ、おとうは土間で、藁う〜ち仕事、おまえ〜もがんばれよ、という歌が流行りました。一昔前の話しだろうと、都会生活しか知らない私は当時思ったのですが、案外目の前の現実だったのかもしれません。
 ただし、おとうたちはすでに藁打ち仕事ではなく、東京に出て杭打ち仕事をしていたのかもしれませんが。

 神戸では、社会科で日本は貿易立国を目指すのだ、と習いました。産業を盛んにして、原料を輸入し製品に加工して輸出するのだ、それで日本は豊かになるのだ、と。
 高度成長を遂げてからでしょうか、どこの国でも沿岸はその国が大切にしているものに占められている……日本は工場群が沿岸を占拠している……日本にとって一番大切なのは工業なのだ、と多少皮肉をこめて書かれた意見が新聞に載っていたのですが、この話しも妙に頭に残り、その後ことある毎に思い出されることになりました。
 
 原油高から原料高、そして食料危機が叫ばれると、自分が幼い頃から目にしてきたそんな日本の姿が目の前に彷彿とします。

 農業よりも工業を選び取ってきたことが、結果として日本を豊かな国に導いた、というのは本当だろうか? と、この頃ときどき考えます。もっとバランスある発展はできなかったのだろうか?と。

 工業化を目指す私たちの国の首都は、そして大都市は、周辺の農村地帯から流入する人口を貪欲に呑み込んで膨らんでいきました。それが国策だったのでしょうね。

 それでも、当時の農村は同時に豊かさも享受し、鶴のマークのJALパックかばんを肩にかけて世界の観光地に繰り出す農協ツアーが盛況だったような記憶も。そうした場面を見るたびに都会で働くサラリーマンはほぞを噛んでいました。
 あれはいったい何だったのでしょう?

 そういえば農村地帯は、ずっと自民党の大いなる票田でしたね。
 たしかあの頃、税の不公平さを表すのに「クロヨン」という言葉が新聞紙面で踊って、自営業者や開業医、農家などがよく叩かれていました。

 作れば、そして仕入れれば売れたあの頃とは、日本の社会もがらっと様変わりしましたね。
 家の金は財布なんかには入れてませんでした。タンスの引き出しに裸で入ってました。引き出しを開ければ、子どもの私でもいつでも使えましたよ、とは親から小さなお店を引き継いだ、私とさほど歳のかわらぬ人の昔話しです。

 今、そんな商店は大型店舗に押されると同時に人の流れも変わり、守勢どころか劣勢の一途を辿ってシャッターを下ろす店が増えるばかりですし、大都市近郊の農村は別にして、地方の農業地域の疲弊がいろいろと伝えられます。

 その一方で、いつの世にもいるであろう成り上がりというか成金というか、時流に乗って成功する人たちもいます。でも、人材派遣業グッドウィルの創業者折口雅博氏といい、昨日逮捕されたNOVAの猿橋望氏といい、あのホリエモンといい、みな、えらく無邪気に金満生活に走りましたよね。
 それも他人の苦しい働きの上にあぐらをかくように。

 きっと己の才覚と努力でそうした境遇を手に入れたのだ、と思っているのでしょうが、それは己の才覚と努力‘だけ’で獲得したものだ、と勘違いしているのではないか、とよく思います。
 才覚と努力以外にさまざまな要素が都合よく働いて成功にこぎ着けるのでしょうが、何よりも人の力、つまり他人に助けられたところが大きいのではないか、と私は考えるのですが。

 たくさんの人の世話になり、時には迷惑をかけ、時には相手を踏みつけるようなことまでしてたどり着いた成功ではないでしょうか。

 そんなことも忘れて、ただ無邪気に己の利益のみを追求する人たち。
 あのCANONと同時に日本経団連の御手洗会長もそんな人だな、と思いました。

 そもそも新自由主義経済の考え方そのものが無邪気すぎるのでしょうか。

 市民社会の勃興期、産業革命を経てそれまで王侯貴族や僧侶の手に握られていた数々の力を己のものとした人たちが、無邪気に信仰した利益追求プログラムみたいですね。

 しかし新自由主義を推進してきた人たちはコイズミ・竹中両氏も含めて、己の利益追求に貪欲なばかりか、狡猾でもあるなあ、とはよく感じるところ。

 そういえば政権ほっぽり出しちゃった安倍シンゾー氏は、無邪気に“最高権力者”の座を楽しんでいただけのような気がしますし、現首相福田氏はその後始末に追われる苦労を口にしながら、国民の生活不安に対してあまりに無邪気・無頓着すぎますね。それにサミットのホスト役を楽しみにしているのも、無邪気すぎるかな?

 結局、政治家の劣化は、狡猾さだけは維持しながら、無邪気・無頓着に権力を行使しているところに表れている、ということですか。


     
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沖縄慰霊の日 休日が廃止されそうになったことがありましたが

おしりに火のついた忙しさで朝からブログを開ける誘惑に耐えて、やっと、一息ついてます。

 今日は沖縄慰霊の日でしたね。
 外出中の車の中で知りました。
 ちょうど追悼式典を中継しているところで、首相・衆参両院議長3氏の挨拶を聞いたのですが、現実に行われている政治を考えれば、首相の言葉の何と白々しいこと。

 私は、無念にも散って行かれた人々の思いを、今の政治に反映する責務を負っている。戦没者の方々のその思いを、平和の尊さの礎として、大切に引き継いでいく。

 米軍施設の集中が今なお県民の大きな負担となっている。負担の軽減に向け、地元の切実な声によく耳を傾けながら、全力を挙げて取り組んでいく。

  
 いくら本音と建前の世界でも、ご自身がその手で実行してきた政治とはあまりにもかけ離れた言葉に、なんの感慨もわきませんでした。むしろ、呆れたくらい。。

 河野洋平衆院議長が踏み込んだ言葉で具体的に旧日本軍と日本政府の責任について明言し、3人の中では一番納得できましたが、それにしてもです……これだけのことを言える人が、なぜ自公与党の横暴にほとんどなすすべがないのか、何もできないのか?
 
 いったい議長とは何ものなのか?
 党籍離脱は何のためか?

 等々、頭の中をクエスチョンマークが駆けめぐりました。

 そんな中で、ふともう20年近くも昔の、友人の手紙を思い出しました。
 お連れ合いの転勤で沖縄に移り住んで4年ほど経った時に書かれたものです。


 今こちらで話題になっていることは、基地のこと、サンゴのことといろいろあります。
……
この日を慰霊の日として、戦争で死んだ県民の慰霊と反戦を考える日として沖縄独自のお休みとしてあったのですが、今、これを廃止すると、国や県は言っています。それでこれに反対する県民の声が上がっています。
……
(本土とのつながりが深まり)沖縄の役所や企業がお休みだということで不都合なこともあるでしょうが(銀行はお休みではありません)、何もかもが止まってしまうわけではないので……
 
 
 と手紙にはあるのですが、この後廃止されたかされなかったか、はっきり覚えていません。

 こちらによると、1972年の本土復帰後は日本国の法律が適用され、慰霊の日は休日としての法的根拠がなくなったそうです。1991年の地方自治法が改定されたことをきっかけにして、慰霊の日を休日と定める県条例が制定され、沖縄県庁、市町村役場、公立の小・中学校、高校などが公休日になったということです。
 
 またこちらによると、慰霊の日の休日廃止が問題になったのは、ちょうど20年前のこととか。

「慰霊の日の休日を廃止すれば、沖縄戦は風化する」「休日の廃止は地方自治の本旨に反する」と、県民の大多数が反発しました。たちまち県民の運動は大きく 広がり、各地でシンポジウムや集会が開かれました。「休日廃止案を撤回せよ」との要請が、各団体から県へ殺到しました。遺族連合会はじめ、市民団体、有識 者など、世代を越えて県民が結束しました。高校生は独自のアンケート調査を実施し、大学生はシンポジウムを開きました。「休日廃止案撤回」を求めて、県民 あげての取り組みが展開され、2万人もの署名が集まりました。県は県民の声を無視し続けることはできなくなり、翌年3月の定例県議会で「休日廃止案」の撤 回が決まったのです。

   
 デイゴの花 のことから語り始めた、いかにもそれらしき首相のあいさつ。

 無念の思いを抱えて亡くなっていた人たちの、その思いを政治に反映させる責務を自覚するならば、基地の負担を軽減することに、全力をあげて取り組む意思があるならば、サミット、サミット、と浮かれてないで、今すぐにでもすることがあるのではないでしょうか?


         
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また東国原。「愛のムチ条令」って何だろう? 

19日、偶然でしょうが、毎日と朝日それぞれに宮崎県の記事が掲載されていました。

 朝日は「『限界集落』呼称どげんかせんと 『元気の出る名』 宮崎県が募集中」、毎日は「東国原知事 『体罰は愛のムチ』」です。

「限界集落」という呼び名は危機的な状況をよく表していると思うのですが。名前を変えるだけで問題そのものが置き去りにされたら、事態はますます悪くなるでしょう。

「体罰は愛のムチ。昔はげんこつで教えられたが、最近はできなくなっている。愛のムチ条令はできないか」
「宮崎県で『愛のムチ条令』や『愛げんこつ条令』はできないか。愛という範囲で条例化するべきだ」

 と18日の県議会本会議終了後の記者会見で、議会で教育問題が取り上げられたことで知事が発言したのだとか。

 去年11月の「徴兵制はあってしかるべきだ」もそうでしたが、この方がこうした発言をするたびに、なんとも嫌な気分になって、軽い男だな、と思ってしまうのです。

 教育の場で、お前が悪い! とばかりに手を、あるいは拳を振り上げる……その行為は生徒への愛ゆえだ、相手を案じているからこそ、殴るのだ、と考える教師がいるのでしょうか。
 今、ここで、愛を持っているなら殴らなければならない、と判断して生徒に向かう教師はいるのでしょうか。

 どちらもおかしな話しです。

 殴るのは腹を立てたからでしょう。カーッとなって思わず手が出た、ということでしょう。

 それを「愛」で正当化し、相手を納得させ、より良い方向へ生徒を導く、と考える教師がいるのでしょうか。

 成長期の私がこの目で見た教師の暴力、母親となり、運動会当日目撃した中学生を殴る蹴るした暴力教師、小学生が怖れた、生徒の両耳を持ってつり上げる教師、知り合いにこぼされた、ダイヤの立て爪を見せるように丸めた手で小学生をなぐる教師……

 そのどれも、愛のために暴力をふるった、とはとても思えないものばかりです。 
 子どもの両耳を持ってつり上げる教師は、当時はやった吉岡たすくばりの語りで保護者を魅了した先生でもあるのですが。

 大勢の保護者の前で中学生を殴る蹴るした教師は、その前も後もやはり問題を起こしてますが、ババ抜きのババのような扱いを受けて勤務先をかえながら、うやむやになっていたようです。

 教師の暴力がなにかと問題になる社会でもそんな状態です。
 直接教師が手を振り上げないような事例もいろいろとあるでしょう。

 体罰は愛のムチです、生徒のためを思うならば殴ってもいいですよ、生徒を愛しているならば、積極的に殴りなさい、とでもいうのでしょうか。
 いったいどんな条令を作りたいというのでしょうか。


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秋葉原殺傷事件報道で命拾いをした人たち。国民負担=増税キャンペーン

 気になっていたことですが、15日のゲンダイネットがうまくまとめてくれてましたね。

洪水のような報道で得したヤツら」です。

 秋葉原17人殺傷事件が大きく報道される中で目立たなかった重要なニュースの指摘です。

 ただ、注目したところが少しばかりずれて、私が気になったのは次の3点。

沖縄県議選で与党が過半数割れ】 
          ↓
 自民党古賀誠選対委員長 山口2区補選に続いて連敗

後期高齢者医療制度廃止法案参院可決】  
          ↓
 コイズミ純一郎元首相・桝添厚労相 

【財務省から全中央省庁にまで広がった接待タクシー


 沖縄県議選のCMで活躍したというハマコーの役立たずぶりは、私にはそれほど大した問題ではありませんでした。だって、ある程度以上の年輩の人にとって、ハマコーこと浜田幸一は、国会議員当時でもその“悪っぷり”が有名だったくらいでしょ?
 誰が今さら、ハマコーがお年寄りのことや福祉のことを本気で考えてる、なんて思うんでしょ!?
 
 テレビタックルで名前を売ったことをかったか、安易に彼をCMに起用した自民党の感覚は、やはり有権者を舐めているのでは?
 ちなみに現在の自民党広報官は野田聖子氏のようです。またこの方を広報局長に就任させたのは古賀誠氏の力ですから、沖縄県議選に関して、二重の意味で古賀誠氏は大きな傷を負ったわけです。

 それでも、何にもできない自民党。。

 それに、やみくもに、歳出削減すればいい、とばかりにこの後期高齢者医療制度の導入を決めたコイズミ純一郎。
 20数年かけての霞ヶ関の一大成果とはいえ、無定見なパフォーマンス男の責任は大きいですし、同じくいろいろとパフォーマンスを気取る桝添厚労相は、とても改善されているとは見えない年金問題も含め、一向に責任を取る気配は見せません。


 さて、昨日見つけた言論NPOアンケート結果
 
 6月6〜14日の企業経営者、学者、新聞記者など200人を対象にしたものらしく、いかにも良識的な結果が出ているのですが、それでもどこか違和感を覚えます。

政治は責任を果たしているか」の問にYesと答えた人はわずか2%。

“課題には取り組むも答えを先送りし、責任は十分果たしていない”と“課題に取り組みもせず責任はまったく果たしていない”という批判意見が94%を占めています。

 こうした政治の惨状の原因を、「民主党が政権交代や選挙を最優先していることで、政治が権力争いに終始していること」と「福田政権にビジョンやリーダーシップが欠如していること」とあげたのがそれぞれ36%、35%で最も多く、これまた「いかにも」な回答。

 戦後60有余年、ほんの一時期を例外として政権を取り続けてきた自民党が、霞ヶ関官僚と手に手を取り合って澱んだ水をさらに濁らせ腐敗させてきたことを考えれば、政権交代を唱えるのは至極当然ですし、2005年9月11日の総選挙のデタラメさを思い出せば、選挙を最優先するのも有権者の気持を代弁しているともいえる、ということはさておいて、日本の政治のポピュリズム性についての回答を見ます。

 すると、「非常に問題だ」「本質的な問題ではない」の差はさておき、現在の日本の政治がポピュリズムに流れている、と捉えているのは83%にのぼります。

 で、問題はその原因。

政治家が増税などの国民負担の問題に触れようとしないから」という回答が最も多い40%を占めているのです。

 う〜ん、「国民負担の問題」とは!
 政権は消費税増税に向けて着々と外堀を埋め、このアンケートに回答を寄せた人たちがどういう顔ぶれかまったく分かりませんが、企業経営者はもちろんのこと、学者、ジャーナリストまでそれに協力する人が多い、ということでしょう。

 だいたいこの言論NPOのアンケート自体、こうした設問で処理をしているわけですから、いっしょに消費税増税キャンペーンをしているようなものです。

 なぜ法人税を上げることを問わないの?
 所得税の累進性を高めることは?
 相続税を上げることは?
 それに、宗教法人の課税問題は?

 こうしたことには目を向けず、目を向けさせずに、ひたすら国民負担ですものね。
 真面目で優しい納税者である大多数の国民は、仕方ないなあ、払いたくないけれど、と認めてしまうのでしょうか?


    
   
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 7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。

 こんな風だったらいいなあ。こんなのもあるけれど、子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう、とのことです。
  

朝日・読売・日経さん、消費税増税を大前提にするのはおかしいでしょっ!! 福田さん、一所懸命考える気持があるなら総選挙です。

今年で80云歳の知り合いのところに来た年金特別便。
 生年月日が明治11年11月11日になっていたとか。
 わたしゃ130歳か?! とぼやくことしきり。

 あああ、なんだか今の日本の政治を象徴するような話しです。
 
 ひとつの命がいつ生まれたかなんて気にしない、気にしない。
 つじつま合わなくてもどうでもいい。

 とにかく、最初に消費税上げありき。なにがなんでも増税だ。
 理由は何でもつけておけ。幸い、高齢化社会、という言葉に国民はすっかり馴染んでいるし。
 福祉は金がかかることを教えてやるんだ、

 とでも言い出しそうな勢い。

 今朝の毎日第1面に「消費税上げ不可避 福田首相 決断の時期認識」の見出しが踊ってます。
 
日本は有数の高齢化社会だ。その国が5%でやっているから、これだけ財政赤字を背負っているとも言える。その辺のところを決断しなければいけないという、とても大事な時期だ。
                                                                                                                          
 消費税が5%しかないから、財政赤字なの?

 2006年6月22日の経済財政諮問会議で、
 
歳出をどんどん切り詰めていけば『やめてほしい』 という声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないといけない。
 
   といったのは当時のコイズミ純一郎首相。                                                                                                                
 で、この通りに動いてきてますね。

 昨日16日の朝日には「どうする年金 3社で座談会 朝日・読売保険料VS税方式日経」の記事が。司会があの白石真澄関西大教授ですから、これはかなり怪しいかもしれません。
 政権と自民党の外部広報パーソンとして、きっと、この白石センセーは、便利な存在なのでしょう。
 
 で、せっかく「VS」を使って二つの方式を主張する立場を対比させたのですが、消費税増税を当然のこととして、これを前提に話を進めているところは、両陣営ともかわりありません。



日経;
 基本は、基礎年金の財源を、社会保険料から消費税に置き換えるということ。
 企業の保険料負担は軽減される一方、消費税負担で家計の負担が上がる面はあるが、マクロ的に見た国民負担に増減は生じない


読売;
 現行の月額6漫千円レベルまでの年金を税で賄おうとすれば、消費税を大幅に上げる必要がある。


朝日;
 我々も、税方式を検討し、やるなら日経案しかないなと考えました。
             

                                                                                   

 日経の「企業の負担は軽減され、家計の負担は上がる。しかしマクロ的に見た国民負担に増減は生じない」という主張に頷けますか?

 経済を扱う人というのはこういう発想をするのか! と衝撃を受けたこの発言に、私はどうしても納得できません。

 もちろん、私はずぶの素人。マクロだ、ミクロだ、と言われると一瞬とまどいます。
 でも、ちょっと考えれば、マクロ的、つまり巨視的に見たら、企業負担が減り、家計負担が増えても、国民が負担していることには変わりませんよ、なんてよく言えたものだ、と呆れを通り越して怒りを覚えます。

 マクロ的に見たら、日本の社会に格差が広がっていることなど見えないのではないでしょうか。


 こちらにある国連大学の研究機関である世界開発経済研究所の2006年12月5日に発表された世界の富の配分・分散のレポートによると、

 世界の成人人口家計全体の富の分散を、預貯金や不動産価格から、負債を引いたものを“富”とした場合、

 成人一人当たりの富の世界平均はUS$20,500……で、

・$144,000 in USA
・$181,000 in Japan
・$1,400 in Indonesia
・$1,100 in India

  となって、日本が世界一だそうです。ただし、この数字は2000年のものですから、あれから中国やインドが富を貯え、日本は逆転されている可能性は大いにありですが。

 で、2000年当時でも、成人一人あたりの富が世界で一番、といったところで、私たち一人ひとりが世界で一番豊かだったわけではありませんよね。
 
 さて、今日のNHKニュースで見た先述の首相の言葉。「……とても大事な時期だ」の後にはこんな言葉が続いてました。

国民世論がどう反応するか一生懸命考えている。

 

 下手な考え休みに似たり、と昔からいうではないですか。
 どう反応するか、ああでもない、こうでもない、と迷わずに、有権者に意見を求めればいいのです。

 だいたい3年近く前、参院の否決をみて衆院を解散し、「郵政民営化、賛成か反対か」で総選挙をしたのです。消費税増税のような大事なことを、国民に問わずにどうするつもりですか。

 今回は、ただ消費税を上げるの上げないの、の問題ではありません。

 今回の朝日・読売・日経の対談に見られるように、現在の法人税・所得税・相続税などのありようには目をつむり、ただ消費税に焦点を当てる方向にのみ世論をもっていこうとしている政府とそれに協力するメディアの姿勢を見れば、消費税の問題は、同時に、法人税、所得税、相続税など私たちの国の税制の問題だ、とわかるではないですか。税は、政治の基本の「き」。

 消費税を上げるのか上げないのか、いっそのこと廃止か?
 法人税は? 所得税の累進制は? 相続税は?
 まさにこれこそ総選挙にふさわしいテーマではないですか!


    
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 7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。

 こんな風だったらいいなあ。こんなのもあるけれど、子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう、とのことです。
                                                                                                                     

医療費増に高齢化の影響はないし、医療費は野放図には伸びない、とは医療経済学の常識らしい

今日17日の毎日によると、高齢化や終末期医療を医療費増の原因とする説には根拠はない、と医療経済学の専門家は明言するそうです。

 高齢化が医療費を増やすように見えるのは見かけの関係で、医療費の増加率は国民所得の増加率で決まるとは、米国の医療経済学者ゲッツェンの研究成果らしい。 
 で、このことはどの国でも成立するそうで、結局、医療費の額は、社会のパイの中からどれだけ使うかという政治的な判断で決まる、ということです。

 で、先進7か国の中で日本は最も高齢化率が高いくせに、国内総生産(GDP)比でみた医療費は最も少ないんですって。
 持ってるくせに使わない、要するにケチ。道路にはじゃんじゃん使うけれど、医療費には使わない、というのが日本政府の政策スタンス、ということになりそうです。

 2002年の死亡者の死亡前1か月の医療費は約9,000億で、国民医療費の約3%。
 患者の8割は軽い病気で、使っている医療費は2割ほどなので、風邪などの軽い病気を保険の対象外にするというのも大した削減効果はない。

 2025年度の国民医療費が現在の倍の65兆円になる、という政府の主張もまやかしのようです。
 今から17年後に、同じ100円で何が買えるのか、誰にも分からない、ということ。
 
 おまけに、この厚労省の試算65兆円も、日本医師会の試算では49兆円。

 行政の試算というものがいい加減なことは、すでに私たちは経験済みです。
 国も地方自治体も、なにかイベントをしよう、空港を作ろう、等々言い始めると来場者数や利用客数の予想をぶち上げますが、それがあたらないことなんて、ほぼ常識。なぜって、始めに計画ありきだから。

 巨額の予算を使って計画・遂行するには、来場者・利用客をどれだけ集める必要があるか、ということからはじき出したのが予想数ではないか、と私は理解しています。
 ですから予想来場者数・予想利用客数ではなく、希望来場者数・希望利用客数ではないか、と。

 それでも国民のため、住民のためであれば、それでよいのです。そもそも、利益を見込めないが国民・住民の福祉、つまり公共の福祉のために必要だ、ということで公的な事業が認められるわけですから。
 ところが、今、私たち有権者/納税者は、ほんとうに公共の福祉のためにこれだけの、あるいはそれほどの税金が使われているのだろうか? と疑念を抱いているわけです。

 で、出てくる資料といえば、この疑念を補強するものばかり、ということになっているわけです。
 政治不信、ここに極まれり、というところで、それでも相も変わらぬ政府の対応にほとほとイヤになるのです。恥の上塗りではなく疑惑の上塗り。

 とにかく、

 25年度の65兆円は国民所得の12〜13.2%と推計されるが。04年度でも医療費は国民所得の8.9%。経済成長で国の「財布」の大きさも変わるため、名目額は倍増でも実質額はそれほど増えない、

 と専門家は説明しています。

 なんでも、「このまま医療費が増え続ければ国家がつぶれる」という「医療費亡国論」は83年当時の厚生省保険局長故吉村仁氏が唱えたそうです。

 84年には事務次官となり、86年に退官。同じ年56歳の若さで亡くなったようですが、病身をおして今に至る医療改革に邁進した、と聞くと何やら硬骨漢ぽく思われますが、「武見天皇」と呼ばれていた武見太郎の死去(83年)で、“医療改革”断行が可能になったのだとか。

 無料だったサラリーマンの医療費を2割負担にしたのもこの吉村氏の功績? だったそうです。

 そういえば、うっすらとそんな記憶が引き出されてきました。
 この厚生官僚吉村氏と医師会会長武見太郎氏との衝突がある前から、新聞等でなにかと武見太郎氏の傲岸不遜ぶりが話題になってましたし。
 おふたりとも、もうほとんど伝説上の人で実際のところはよくわかりません。
 でも25年かかって、今の医療崩壊に至ったのは事実ですね。

 こちらに当時の事情が記されています。


  
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 7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。

 こんな風だったらいいなあ。こんなのもあるけれど、子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう、とのことです。
 

エコ冊子を配り、反エコ政策を続ける不思議


おお、と思わず感嘆の声をあげたこの絵本。

       川合玉堂     

 この情緒豊かな美しい絵は川合玉堂、1954年の作「屋根草を刈る」だそうです。
 なぜか無性になつかしい、今ではものがたりになってしまったような世界。

 実はこれ、環境省が発行したパンフレットです。

      表紙
  
       ↑ これが表紙。

 開けてみると、めくるめくような別世界が広がります。                                 
    くじら1くじら10001


      チョウ棚田ホッキョクグマ

 ねっ。

 『いのちは支えあう』がタイトル。
 副題は『第3次 生物多様性国家戦略』。


 1992年5月 生物の多様性に関する条約を採択
 1995年10月 「生物多様性国家戦略」の決定
 2002年3月 「新・生物多様性国家戦略」の決定

 そして、

 2007年11月27日「第3次生物多様性国家戦略」閣議決定

 東京
   「100年後の国土のイメージ」として「都市地域」では、「森のような大規模な緑地が広がり、幼い子供たちが土の上で遊び、身近に生きものとふれあえる空間が点在している。人々は生物多様性に配慮した商品を積極的に購入し、持続可能な消費行動が定着している」と、なんだかこそばゆいような言葉が、明治神宮の広大な森の写真に添えられています。

 さらに、「今なすべき」こととして、生物多様性を社会に浸透させる、地域における人と自然の関係を再構築する、森・里・川・海も繋がりを確保する、地球規模の視野を持って行動する、と4つの目標を掲げているのです。

 100年後の日本が、世界が、ほんとうにこの冊子にあるような世界になっていたらいいのですが。。
 
 で、今日のゲンダイネットでは、

福田首相はサミットを前に、口にするのは浮世離れした「環境(エコ)問題」ばかり。経済や景気のケの字も言わない。 200年後の地球のことより、目先の景気や世相への対策が一国の総理のやるべきことではないのか。「エコ」のことしか頭にない首相が居座り続ける限り、景 気はドンドン悪くなり、国民生活もボロボロになる。

 と笑われているのを、首相はご存じでしょうか。

 この冊子、今年の3月に印刷されたばかり。

 立派な紙に印刷されてます。「古紙パルプ70%以上」の再生紙を使用しているとありますが、古紙70%で、こんないい紙ができあがるのだろうか? という疑問はさておき、川合玉堂の絵も自然の写真もすばらしいものばかり(欲を言えば、黒っぽい写真が多い気がする)。

 いったい誰がこんなパンフレットを見るのかな? そもそもどこかに配布されたわけではないらしい。希望すればもらえるようです。

 また、大枚はたいて、どこかの企業に丸投げしたんだろうな。

 これでまた億単位で税金が使われたのかも。

 と、100年後の日本はほうっておき、たちまち現実に引き戻されてしまった、なんとも貧乏性の私です。 

 せっかくですから、みなさんもぜひ、この環境絵本を手に入れてください。

 申込先は以下でいいと思います。他のイメージ同様に、クリックして大きくして見てください。無料で送付される、という話しです。

        環境省

 で、100年後の安心もいいけれど、現在の心配に取り組んでください。福田さん。

 それに、イラクで米軍等の輸送のお手伝いをして「憲法9条1項に違反する活動を含んでいる」と判断された空自、インド洋で米軍等の艦船に給油する活動を再開して4か月近くになる海自。こうしたものすべて、反エコ活動ですよ。
        
 その上、アフガニスタンに派遣なんて。

 町村信孝官房長官は13日、「また新たな国連決議が出るかもしれない。今の時点で単純に国連決議の期限が12月末で切れるから(空自の活動も)終わりだという議論は単純化されすぎた議論だ」と述べていますが、閣議でそういう話しになったのでしょうかね。

 辺野古や岩国の基地の問題だって。

 いったいいつになったら、日本政府のこの反エコ活動推進政策は方向転換するのでしょうか。
 
 ブッシュ・ジュニアが、イラク戦争のことなんか、ぜ〜んぜん後悔してないよ、といってる間はだめなんでしょうか。


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 7月12日の築地市場移転反対デモが盛り上がってほしい。

 こんな風だったらいいなあ。こんなのもあるけれど、子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう、とのことです。
 
   
 

【転載希望】 7月12日の築地市場移転反対デモへの参加を!(1万人以上集まりましょう)

Rolling Beanさんからの転載です。

築地・市場移転に断固反対! デモ予定(7月12日)
日時;7月12日(土)12時集合、12時半出発
場所;築地正門前(集合)
交通;地下鉄大江戸線、築地市場
 
「土壌汚染の地には行かない」4度目の訴え。
 東京都中央卸売市場(築地市場、中央区)の移転計画に反対する「築地市場を考える会」(山崎治雄代表幹事)は7月12日、市場移転反対のデモを行う予定です。

正午築地市場正門前集合、八重洲経由常陸橋(日銀)までの約1.5時間のデモです。 移転反対のデモは06年10月、07年3月、07年10月に続く今回4回目。

前回は自公以外の国会議員や都議会議員も多数参加し、豊洲の汚染の再調査を求めました。

築地市場の人たちが懸命に都を追求して来た結果、豊洲の汚染の再調査をさせることが出来ました。
去る5月19日、31日の東京都専門家会議では、再調査の結果として、土壌でベンゼンが基準値の43000倍、シアン化合物が860倍の高濃度の汚染が報告されました。
また地下水もベンゼンが基準値の10000倍、シアン130倍もの汚染が報告されています。都の専門家会議(御用学者)の言うところの土地改良案は、科学的な根拠などまったく無いデタラメなもので、日本環境学会も激しく抗議しています。

現在まだ調査は続いていて、さらに深度部分へと進められています。結果はさらに深刻なものになることが予想されます。

このような状況にも関わらず、石原都知事は築地の移転の方向性は変えていません。そもそも移転の目的が、築地の土地の売り飛ばしにあるからに他なりません。
東京がオリンピックの候補地に残ったことで、世論をオリンピックに注目させ、その陰で移転の既成事実を積み上げ様としています。
築地市場を分断する「環状2号線」(詳細下記)の計画道路の着工がそれです。6月18日には着工のための近隣説明会(19時、京橋築地小学校)が開かれます。
築地市場内の移転反対の声を潰すのが都の作戦らしく、築地市場の人たちは大変な危機ととらえています。
 
緊迫した状況です。都全域から市民が駆けつけ、デモの隊列を大きくしなければならないと感じます。築地の人たちが孤立しないように都民が支え、食の安全を一緒に守りましょう。
今回は、目標1万人!!あと1ヶ月ですが、なるべく沢山の人に声を掛けてください。
子どもも参加できる様に準備が進められています。デモ当日は、プラカードなど持ち寄って楽しく参加しましょう。
 
                                                                                                           

   

築地市場分断道路  工事着工の為の近隣説明会(6月18日)
日時;6月18日(水)19時から20時半
場所;京橋築地小学校 (中央区築地2−13−1)
交通;地下鉄日比谷線、築地(2)
 
築地市場を分断する「環状2号線」計画道路の「事業及び用地測量説明会」
 「環状2号線」の都市計画道路は皇居の外堀からの延伸部、港区新橋→江東区有明へ結ぶ臨海地区開発道路です。延伸部は1993年に計画変更されたもので、その時点で環状ではなくなっています。 

雑誌「選択」によれば「築地市場の売却は1981年、国鉄民営化政策の汐留売却とセットで予定されていた都市再開発ビジネスである」とあります。 「環状2号線」の延伸部はズバリ、汐留、築地から臨海地区を結ぶ開発道路ということになります。1999年の石原都知事誕生により、2001年の市場移転 決定へと築地移転計画は強引に進められました。

計画道路は、築地付近ではそもそも地下を通す計画だったのを、市場移転を前提に地上案に変更。多くの反対意見を押し切って、2007年9月の都市計 画審議会で強行採決されました。豊洲の汚染は既に問題とされていて、「汚染状況を確認してからにすべき」の声も多く有りました。それを無視する形での不当 な採決でした。地上変更計画は直後の2007年12月に、たった3ヶ月と言う異例のスピードで事業決定されました。その間には(10月6日)豊洲の都によ る追加調査で、地下水から環境基準の1000倍に上る有害物質ベンゼンが検出されたことが分かっています。その事実を黙殺した都の事業決定(道路地上案) は、信じ難いものです。築地市場を分断する「地上変更案」は白紙撤回すべきです。

 
以下、環状2号線資料

道路計画

道路の位置

橙が外堀通り、緑が現道、赤が建設中あるいは計画中(変更の可能性あり)

 


10070648791.gif

現在は外堀通りとして皇居の外堀に沿った路線が存在するが、実際に外堀通りなのは全区間の半分程度である。

元々は埋立地に延ばす予定はなく、本当に環状になる予定だったのだろうが、現在の計画では、名前に反し既に環状ではない

環状第2号線延伸部

有明〜豊洲〜晴海〜勝鬨〜築地まで、埋め立て地を結ぶ区間である。

環状第2号線が露骨に環状線でなくなったのは、この環状第2号線延伸部が計画されたためである。

以上、通信用語の基礎知識「環状2号線」より抜粋終わり。

 

 私は都民ではありませんが、しゃにむに理不尽な行政を押し進めるイシハラ都政に異議申し立てをしたい気持でいっぱいです。近くだったら、是非とも参加したいところですが。

  けっこう最近、イシハラ都知事の次男である良純氏がヘリに乗って空から東京湾周辺を眺める番組がありました。豊洲について何というのか知りたかったので、 じっと見ていたのですが、かつて東京ガスがあったところという紹介だけでした。移転についてはまったくふれませんでした。

 なるほど、こうしたやり方をするのか! と妙なところで感心してしまいましが、それにしても、なんという一家でしょう。

 ちなみにその番組は今調べると、テレビ朝日「驚異の絶景ミステリー 空から見た地球 東京湾」というもののようです。
 
                                                                                                  

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